日記でもなく、手紙でもなく
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| 2003年07月06日(日) |
横木安良夫<サイゴンの昼下がり> |
昨日、家に戻る途中で読み始めた写真集&エッセイ、あっという間に今日の行きの電車で読み終わってしまう。
アオザイというのは、現地の発音では<アオヤイ>となるそうだが、これが実は結構薄手で、下着が透けて見えるという。この本の中にも、横木氏がそのような写真を撮っている。 気候から考えて、やはり厚手のものなどは、避けられるのだろうし、薄手であるからこそ、体の線が出てセクシーな感じも出てくるのだろう。
写真展や、この本の表紙に使われている白いアオザイ姿の女性も、その写真をよくよく見ると、腰のあたり下着が透けて見えている。なるほど。 だから、若い女性たちは、アオザイを着る時には、かなり下着に気をつけるのだ、ということも書かれている。 ちょっと、ベトナムに行ってみたい気にもなる。
日本(だけに限らず各国)の中古バスが、まだ使われていたりして、行き先が漢字表示のままになっているバスの写真があるかと思うと、海辺の砂浜のようなところで、雪が降っているような写真もあった。 一瞬まさか、と思い、最後のほうのページに記載された(とても小さいフォントで印刷されていて、えらく読みにくいのだが)それぞれの写真の解説・コメントを読むと、石英の砂がそこに大量にある、ということだった。 やはりこれほど、砂の色が違ってしまうものか、と思う。
cf. http://www.alao.co.jp/saigon/index.htm
国立近代美術館を出て、まだ時間的な余裕があったのでサントリー美術館のポスター展でも見ておこうと思ったのだが、地下鉄で行こうとすると大回りになる。タクシーだと、さほどでもないだろうと思い、どちらから回っていくかよくわからなかったので、近代美術館前でタクシーを止める。 赤坂見附まで、と言うと、ここでUターンしますので、と運転手。
工芸館の方向へ向かい、平河町へ出る。ここへ出てくるのだった。坂を下って左折すると東急ホテル前。
*****
サントリー美術館を出て、Café de Crieでお茶でも飲もうと思い、田町通り(ベルビー赤坂の裏手の通り)に入る。
その通りに入ってすぐのところにあるビルの1F入口に、写真展覧会の小さいリーフレットが案内板に貼られている。 リーフレットの写真は、見覚えのある、白いアオザイを着た若い女性が通りを横切っている写真。麦わらで作ったと思われるような帽子をかぶっていて、小さな庇に造花があしらわれている。 はっとするほど、女性の全身から感じられる美しさを捉えた一枚の写真。
このビル(紀陽ビル)の4Fに東京写真文化館のサロンというのがあり、そこで横木安良夫写真展が開かれている。 ちょっと覗いておこうと思い、エレベーターでそのサロンまで。さほど広くないスペースに、A4くらいに引き伸ばされた写真が、かなりぎっしり展示されているのが、エレベーターを下りてすぐわかる。
受付の手前横の壁には、この白いアオザイを着た女性の一連のカット5枚がかけられている。 これだけ見て、中には入らずに帰るのなら、入場料は要らないし、結果的にはそれでも良かったのかもしれない。
小さいテーブルを置いただけの受付で、入場料650円。テーブルの上には<昼下がりのサイゴン>という、エッセイと写真集を合わせたような本、絵葉書のセットなどが置かれている。 ちょっと入場料は高いかも、とは思いながら、入ってみる。
横木氏らしい人とまだ少し学生っぽい女性が、小さなテーブルで話をしている。 入ってみて、ああ、そうだったNHK−BSの「わが心の旅」で、この横木氏がヴェトナム再訪をしていたのが、確かにあったことを思い出した。番組の中で、なかなかきれいなモデルも出てきたし、留学してロシアでバレーをやっていたのだが、ヴェトナムに戻されたという少女なども出てきた。 その時に、このアオザイ姿の女性の写真が、番組の一番最初に登場していたのだった、そうだった。やっと思い出した。
出る時に、10枚入り絵葉書セットと、「昼下がりのサイゴン」を買ってしまう。 絵葉書のほうは、そのほとんどが、今回の展示では少なかったヴェトナムのモデル嬢などを撮った写真。
Caféで冷たいものを飲んで時間を少し潰した後、そこからもう少し通りを先に行ったところにある、創作中華の店へ向かう。 地下1Fの店へ入っていく入口には、まだ<仕度中>の札がかかっている。まさかまだ開いていないのだろうか、と思いながら、階段を降りていくと、掃除をしている。 まだ入れませんか?と尋ねてみると、どうぞというので、カウンターの席に。 餃子は変わらず、やはり美味しいと思う。海鮮刀削麺は、どういうわけか、麺の量が多くて食べきれず、残してしまう。
| 2003年07月01日(火) |
キャサリン・ヘプバーン |
6/29午後(日本時間30日未明)に、米国でアカデミー主演女優賞を4回(現時点では最多)獲得した、キャサリン・ヘプバーンがコネチカットの自宅で亡くなったというニュースが流れていたことを知る。 1907年5月12日生まれ、96歳。大往生である。
<First Lady of Cinema>と言われ、演技派の右代表でもあった−−と書きながらも、実際に映画館でこの人の作品を見たのは、2回目のアカデミー賞を受賞した(招かれざる客/1967)年の翌年、3度目のアカデミー賞を獲得した<冬のライオン/68>と、もう少し若い時の作品であるデビッド・リーン監督作品である<旅情/1955>くらいしか記憶にはないのだが。
それでも、<旅情>は一回こっきり見ただけなのだが、夏の長期休暇でヴェニスを訪れたハイ・ミス役の心の動きが見事に表現されていたことが、眩しいヴェニスの夏の風景と、美しいテーマ曲の「ヴェニスの夏の日」のメロディとともに、心に染み付いた映画だった。
心理学博士の学位をもっていて、舞台でも活躍した俳優だったということも知る。 なお、最初のアカデミー賞は、1933年の<勝利の朝>、最後(4回目)のアカデミー賞作品は、1981年の<黄昏>。後者は、ヘンリー・フォンダの遺作となった作品。 なお、1933年の<若草物語>で、ジョー(四姉妹のうちの次女)の役を演じ、ベネチア映画祭最優秀女優賞も受賞している。
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