日記でもなく、手紙でもなく
DiaryINDEX|past|will
俳優・根上淳氏が、彼のおじいさんにあたる人のことを、今日の日経の文化面にエッセイとして記していたのが、とても面白く読めた。
そのおじいさんであるルドルフ・ディットリヒは、ウィーンの音楽学校で、ヘルメスベルガーという人(はよく知らないが)と、なんと(!)ブルックナーに師事した人。 当時、日本政府の要請により設立間もない東京音楽学校(現・東京芸大)で、週26時間の授業を行っていた、いわゆるお雇い外国人教師であったということも書かれていた。
特に面白かったのは、今年、そのおじいさんであるディットリッヒの日本のわらべ歌などを編曲した楽譜が見つかり、他のお雇い外国人の曲とともにCD化されたということだ。 ブルックナーの弟子らしく重厚な和音とともに日本のわらべ歌などを聞いてみるのは面白そうだ。
ディットリヒの楽譜は、当時様々な言語に翻訳されて、プッチーニが蝶々夫人を作曲した時にもそれを引用したともされている。 まさに、遠くかすかに聞こえてくるようなピアノの旋律。
新しいJRの定期券を購入する。 定期券の自動販売機に古いカードを差し込んで、購入期間に触れると、新しいカードが出てくるのだが、既に旧来型の磁気カードと、IC(SUICAスイカ)カードの選択ができるようになっている。
SUICAカードだと、カードホルダーから定期券を取り出して、改札機にカードを通さなくても済むので、(ホルダーに入れたまま、ワンタッチさせればよいだけなので)他に使っている人を見ていると、いかにも便利そうな感じがしていた。
で、迷わずSUICAを選ぶと、デポジットとして500円余分に取られる。
ICカードなので、クレジットカードくらいの厚みがある。 大げさな感じがしたが、そのカードに1000円とか3000円とかチャージができ、乗り越しの場合、チャージされていると、乗り越し精算を出口の手前で別途しなくても、改札機を出る段階で(チャージされた金額から)自動的に差し引かれるということも後で知る。
話だけだと、これについても確かに便利そうな感じもする。 定期券とIOカードなどを別々に持っているより使い勝手は良くなるのは事実だろう。
ところで、SUICAというのは、Super Urban Intelligent CArdという単語の頭を並べたもの。 ペンギンとスイカ・カードの組み合わせのポスターを、実験時によく見かけたが、なぜスイカなのか、全く知らずにいて、今回やっとわかったりする。
東京大学総合研究博物館で、今日まで開催されていた<真贋のはざま/贋作捏造からデュシャンまで>展ですが、結局ここまで開館時間内に辿り着けず、行くのを諦めてしまいました。
新聞記事などでも取り上げられ、「コピーや贋物の意味と効用を再検討するとともに、オリジナル(真)の概念の曖昧さを問う」というような内容でした。ある意味で、普通の美術展ですと、そのバックヤードの作業にあたる領域。それをテーマ化した展覧会とでもいうべき内容です。 ただ、そこに積極的な意味を見つけようとしているところに、一番大きな価値があるのではないか、とも思っていたのですが。
東大には何回か以前行ったことはありましたが、総合研究博物館なるものがあったことは、この展覧会が開かれるということで、初めてその存在を知りました。
ただこの展覧会、夕方の4時までなのです。家でうだうだしていたり、ここへ向かうにあたって、途中のターミナルなどでうろうろしていると、土日の休みの日なんかですと、会場に着くのがこの時刻くらいになってしまいかねません。 昨日も、行こうかと思いながら、電車に乗ったときは、本郷三丁目の駅に着くと、4時を回ってしまうことに気がついて、途中で止めたのですが、今日も結局時間の余裕ができなくて、行けずに終わってしまいました。 もっと遠いところの展覧会で、どうしても行くぞと、心に決めていくのであれば、(戻ってくるのにも時間がかかることを想定しながら)結構早目に家を出て、余裕をもって出かけるのですが、意外に街中の大学内ということになると、この午後4時という時刻、なかなか曲者です。
普通の美術展ですと、早くて午後4時30分までに入れば、間に合う時刻ですので、この30分、私にとっては魔の30分であったように思いました。 特に12月、この時期は、心してかからないと、余計なことで時間をくってしまいかねません。
|