日記でもなく、手紙でもなく
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2001年09月08日(土) 加賀屋・銀座店

 午後6時30分過ぎ、銀座5丁目に新しくできた<加賀屋>の前を通る。
 今日から開店のはずで、地下1Fにある店なので、そこへの階段の入り口のところあたりにでも、メニューの内容が出ているか、などと考えていたら、メニューどころか、和服の女将が入り口の前にいた。

 開店のご挨拶をさせていただいています、ということを言っていた。開店の日に女将が店の前で挨拶している、というような店は珍しいなぁ、などと思っていた。
 すぐ誰かと話し始めたのだが、それを何気なく聞いていると、和倉温泉にある宿の<加賀屋>で、そこが銀座に出した店らしい。

 入り口には、長嶋はじめ、他にも野球選手など、なかなかの有名人から贈られたかなりの数の生花が、麗々しく飾られており、画廊の開店のような、あるいは、和服の女将がいるような店といえば、過去には良く見られた、銀座高級クラブのような雰囲気もある。
 そういう意味では、なかなか敷居が高そうな気配。

 特に、和倉温泉の宿のほうにきてもらっているような東京の常連客へのサービスとして、もし開店しているということなら、私などは全然お呼びでない人種になってしまう。上得意へのサービスということで、それをやり続けられるのであれば、それはそれで決して悪いことではないとも思うのだが。
 ただ、それだけではあまり客は入らないような気がしないでもない。


2001年09月02日(日) 新宿雑居ビル火災、死者44名


 1日未明、歌舞伎町の雑居ビル(ペンシル型ビル)の火事で亡くなった人は44名。一酸化炭素中毒が原因とされている。

 雑居ビルのいいかげんな管理の問題は別として、亡くなった人の数が多い火事というのを調べてみると、70年代に入った時期、72年の大阪・千日デパートビルの118人を筆頭に、翌年熊本・大洋デパートの103名、55年神奈川・カトリック修道院99名、80年栃木・川治温泉・川治プリンスホテル雅苑の45名。
 いろいろな意味で話題になってしまったホテル・ニュージャパンの火事で亡くなった人は33名(82年)。

 このあたりのことを考えると、今回の火事で亡くなった人の数は(戦後)歴代の上位に食い込んでしまう惨事となってしまった。

 つまり、川治プリンスホテル以降、40名を越える死者が出た火災は、この20年間なかったようなのだ。
 つまり、このことは、非常時を想定した非常階段や、消火装置などが、大規模建造物では的確に組み込まれ準備され、またいざという時に適切な安全誘導がなされてきた、そういう賜物ではないかとも思う。

 今回の雑居ビルの汚点というのは、結構大きな意味をもっているようだ。



2001年09月01日(土) 青龍(小田急百貨店内中華料理店)

 
 昨日、富士美術館の後、新宿まで出て小田急美術館へも寄った。

 少しお腹が空いたので、美術館のあるフロアの1F上にある「青龍」という中華料理の店で、五目焼きそばを食べたら、大変美味しかった。
 一口食べてわかるのが、使っている油が良いこと。変な中華料理店に入って後悔するのは、油が悪かったりすること。最近はさすがに減ってきたものの、それでも結構しつこい油感の残るところはまだ多い。
 少し食べていると更にわかるのが、味付けの良さ、後味の良さなど。かなりレベルは高いのではないかと思う。蒸し餃子2種を追加で頼んだら、これも悪くなかったので、たぶん2〜3人向けのコースなども、かなりお得な内容になっていることが想定できる。

 決して値の張る店ではなく、ちょっと寄って食べるには、なかなか良さそうな店のようにも思える。

 ところで、小田急美術館も、閉館してしまうらしい。東武美術館も今年閉館したが、やはり時代が変わってきているのだろうか。


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