日記でもなく、手紙でもなく
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思い残し症候群というのがあって、小さい子どもの時、親から愛情を注いでもらえなかった時に、成長過程や大人になった今も、過食症とか拒食症とか、集団不適応とか、内に完全にこもってしまう、あるいは、もうどうにでもなれという感じで、他人に対してものすごく攻撃的になってしまう、などということが出てくるという。
香川大学の(たぶん臨床心理の)先生が、その思い残し症候群を治療するというのをTVのニュースでやっていた。
親にやって欲しかったことを書いてもらい、その先生が(場合によりその奥さんが)その人の親代わりに、それをしてあげるという治療。大きい大人を子どもみたいに扱うので、先生もなかなか大変な作業。ミルクを哺乳壜で飲ませてもらったり、おむつを替えてもらう、あるいはご飯を食べさせてもらう、おんぶしてもらう、一緒に遊んでもらう−−等。
26歳の女性も出てきたけど、先生に親代わりでそれらをやってもらう。親にしてもらうことを、そこで再トレースして、生まれ変わる。 子どもの時親に甘えられず、それが尾をひきずっていて、そんなふうにしてもらうと、まさに子どもに戻っているようで、本人はとても気持ち良い表情の映像が映し出されていた。
その治療を受けた人が、今自分の子どもと遊びながら、「もし治療を受けてないと、結婚して子ども産んで、今こうして自分の子どもと遊んでいるというのは、想像できない」という話は、説得力があった。 だから今、子どもにそんなことをしてあげられる、子どもにそうしてあげたいと思う自分がいる、みたいなこと。
親の愛情というのは、子どもの心を育てるにも、ものすごく大きな影響を与えている、というのがそれを見てるだけでも、ほんとうに良くわかる。 TVカメラが入っているのだが、親にしてもらいたかったことをトレースしてると、本人はもうその気持ち良さのほうが上回ってしまって、カメラなんかもう全く関係ない感じで振る舞っている。
もちろん、こういう治療だけで済む場合は限られるかもしれないけど、心の問題って実は何だろうか、みたいなことを、また少し考えたりも。
興味深い内容の多い「地球に好奇心」(NHK-BS)再放送は、中国京劇の(ひょっとしたら最後の)女形をやってる人の話。今回、とりわけ興味深く見ることができました。
京劇の女形というと梅蘭芳(メイ・ランファン)の名前は、私でも以前聞いたことのある人ですが、その息子さん(名前があまり見かけない字だったので失念)が、梅派の女形を継いでいます。 しかし、なかなかその後継者が出てこないし、なりたいと考える若手もいないという状況、あるいは京劇そのものの人気も、新しい娯楽におされ、かなり苦しくなっている状況と併せながら、梅派の演技を若い世代に伝えたいと考えていて、その人の現在の日常や、今も舞台に立つ姿などが、本当によく描かれていていました。
後継者のほうは、次の2年で出てこなければ、また次の2年と、根気よく待つということです。
文化大革命以降、女性の役は女性がやるという動きが一般化していく中で、男が女性を演じることで、女性らしさをどう表現するか、その知識や技能を、実は若手の<女性>の役者に伝えていっているところなども、後半部分に出てきていました。 女性の役者にもそれがわかってもらえれば、また男性の女形が、そこから継承できるかもしれない、ということです。
梅蘭芳は、仏像の手の形から、手や指の形と動きで心の動きを表現し、完成させていて、その記録が記念館にきちんと残されているのを見ると、やはり少しもったいないように思ったりもしました。 日本の歌舞伎の世界は、これを見ると、まだずっと幸せなのかもしれません。
演技の世界では、確かに「女らしさ」みたいなものを、客観的に捉え直してみないと、具体的な動きとして表現できない、というのはよくわかる理屈です。ただ、それと同時にもう一つ私などが思うのは、その上での「妖しい美」の世界というのもありそうな感じがすることです。 例えば楊貴妃なんかだと、女性がそれを演じるのであれば、確かに「美人」の楊貴妃は、とことんまで出てくるかもしれませんが、「妖しいまでの美しさ」をどこまで出せるか、それを男性が演じることで、観客は息をのんでそれを見る、という構図が成立しやすいところもありそうです。
宝塚のトップスターというのは、男役の場合が圧倒的に多いというのも、考えてみるとわからなくもありません。美男子の主人公を女性が演じてるわけですけど、女性から見た、そうあって欲しい男のイメージが、そこに具現化されて見えてくる−−みたいなことでしょうか(違うか?)。 宝塚のこのシステムも、なかなかへたりませんし、一時期なんかより、それを支える層は拡大しているようにも思えたりします。
梅氏が、やはりすばらしい役者がいないと、京劇は廃れる、ということを言っていました。 今の中国に、やはり中国の玉三郎が必要なんだろうなぁ、そんなふうに私には思われた番組でもありました。
| 2001年01月28日(日) |
横浜のカレー博物館と中国茶専門店 |
日本のカレー発祥の地である横浜に、カレー博物館というのができたというのを、12ch.のWBSでやっていて知る。日本全国からおいしいという定評のある店が何軒か、その中に入っていて、そこで食べられるとのこと。これは、一度は行ってみないと、と考えていたところ、その機会ができた。
伊勢崎町の入り口のPIAステーションの7−8Fが、そのカレーミュージアム。 エレベーターに乗って、そこまで行くのにすら並ぶのだから、先が思いやられる。なんとか、ミュージアムへは、さほど時間がかからずに入れたものの、7店ある店はどこも順番待ち状態。 よこすか海軍カレーで有名な「ぐーるMAN」に入ろうかと思ったら、列の最終尾で、今お並びになりますと、たぶん2時間半くらいかかりますが、よろしいでしょうか、と言われる。よろしいわけはないので、別のもう少し早く食べられる「トプカ」の列に並び直し、ここで約30分待ち。
いちおう、ここまでわざわざ来た以上は食べて帰らないとね、と思ってがまんして並ぶ。この店はインドカレー&欧風カレー両方あって、メニューには、メンチカツカレーとかあったのだが、既に売り切れマークがチケット自販機に点灯。 ビーフ野菜カレーを食べることに。こういうミュージアムに入ってる店なので、ハーフ・サイズメニュー(半額よりちょい高い金額)があるのは良いものの、でも、できれば待ち時間はせいぜい10分くらいになって欲しい。味については、悪くはないものの、果たして30分も待って食べるものかという点については、あまり納得できなかった。
特に私が入った店のカレー、あと口がよくない。長時間残る。おいしいと言われているカレー店で、最近これが比較的多いのは、ちょっと考えもの。
しかし、これだったら、私は並ばずに、銀座でカレー食べたほうがずっと良い、というのが率直な感想。
その後バス通りまで出て、吉浜橋で下車。
中華街のお茶専門店へ入って物色していたら、店のおっさんが、これ入ったばっかし。なにしろ美味しい、と言いつつ指でさし示すのは、凍頂烏龍茶。50g2000円を超す。 うむむ。やはりそうきたか、高いやつやっぱり奨めてきたな、と思いつつ、湯呑みに入れ熱湯を注ぐと花が開く、まんまるの形をしたのが5個入っているお茶と、これも入荷間もない東方美人(これも烏龍茶の一種)を50g、その高価な凍頂烏龍茶を、これ美味しくなかったら、今度来て首締めてやるから、と思いつつも買う。
家へ帰って、さっそくその高価な烏龍茶を入れて飲んだところ、さすがに見事な香りと味。 小さく丸まった茶葉が、湯の中で大きく茶の葉の形に開く。私の場合は、すこし大ぶりのマグカップに、紅茶でも普通のお茶でも、なんでもたっぷりいれて飲むのが好きなので、その烏龍茶も2回ほど出して、2杯たっぷり飲む。 特に感嘆したのは、冷めた時の味。美味しい紅茶でもそうなのだけど、美味しいお茶は、冷めても美味しいし、冷めた時に飲むとそのお茶の素性が良く分かる。
しかし、美味しいけど、それにしてもちょっと高い。紅茶でも私はこんな高いお茶は普通飲まない。その日二回目に思った、これもちょっと考えもの。
ところで、中華街で新たに発見した新事象。「回転飲茶」。 やっぱりこれ出てきたなぁ、と心の中で苦笑。少し長く感じた1日。
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