日々是変化...遊丸   
炎の蜃気楼(直高小説、イラスト等)&犬夜叉(弥犬小説、イラスト等)ファンサイト『七変化』の日記
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近況&ウェブ拍手のお返事
- 2017年02月14日(火)


最近、「ふらり旅 いい酒いい肴」というテレビ番組にはまり、
おやじ化がますます加速している遊丸です。

太田和彦さんというデザイナーのおやじ(失敬)が、
全国のオススメ居酒屋を巡るというおやじ度マックスな番組なんですが、
紹介してくれる居酒屋のすばらしさもさることながら、
太田さんの上品でありつつもどこかお茶目な人柄が垣間見え、
なかなか楽しい番組であります。
元々BSで放送されている番組なんですかね?
私は千葉テレビで観ています。
しかし相変わらず、旅番組ばっかり観てるなあ。


さて、大変なご無沙汰で申し訳ありません。
11、12、1月と、何やらあっという間に過ぎてしまいました。

鳥取県の境港というところに、高齢の祖母がいたんですが、
今年に入ってから亡くなりまして。
九十九歳という大往生でしたので、
亡くなったことは残念ですが、寿命を全うできたのかなと。
終戦後帰ってきた夫(私の母の父)は、その直後に病死し、
舅と姑も、夫に先立って同じ年に死去し、
女手ひとつで子供二人を育ててきた苦労人ですが、
きっと夫の分も長生きしたんでしょうね。

何年か前に、会いに行った時には、
「誰かが川向うからおいでおいでと呼ぶ夢を見る」なんて話していました。
川が深くて渡ろうにも渡れなかったんだとか。
まるで三途の川だね、旦那から呼ばれたの?と聞くと、旦那じゃなかったと。
昨年秋から意識が朦朧とすることが多い状態が続いていたようですが、
もしかしたら、今度は旦那から呼ばれて川を渡ったのかもしれません。

大正6年生まれでした。
戦争の記憶を持つ世代は、次第に少なくなっていきますね。
昭和編の景虎様より何年か年上でしょうか。
…というと、加瀬さんももし長寿だったら、
今現在生きていてもおかしくはないわけですね。
加瀬おじいちゃん…。

今週末は四十九日法要で、また境港に行ってきます。


それでは、ウェブ拍手のお礼&お返事です

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●1月29日にコメントを下さった貴方さまへ

ウェブ拍手とコメント、ありがとうございました♪
お返事が遅くて申し訳ありません。
小話でしょうか。読んで下さいまして、ありがとうございます。
どれも自分が楽しくて書いた妄想の垂れ流しのような話ではありますが、
楽しんで頂けましたようで、とても嬉しく思っております。
そうですね、また小話も書きたいなぁと常々思っているのですが、
ミラツアのレポートもたまりにたまっており、
最近はなかなか腰を据えて小話を書く機会がありません。
でも、ミラージュとは末永く向き合っていきたいと思っていますので、
そのうち、妄想を垂れ流す日もまた来るかなと…。
更新もマイペース過ぎる、のんびりサイトですが、
また是非おこしくださいね。
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ここ三か月くらい、ツアーレポートも捗らず…。
2016年1月の熊本ツアーから、またボチボチ編集を再開します。
新たに行ったツアーは、
2016年10月の足摺と、2016年11月の大阪&神戸くらいでしょうか。

足摺ツアーの写真をいくつか紹介したいのですが、
長くなりそうですので、一旦区切ります。
明日か明後日付けくらいで、また日記を更新する予定です。



...

鹿児島もいいところですね。
- 2016年11月07日(月)


こんばんは。
今年もあっという間に年末が訪れるなあと感慨深く思う遊丸です。


高知に引っ越したら、そんなに悠長に旅行もできないかなと思っているので、
なるべく早く回れるところは回ろうと、頑張ってツアーに出かけているのですが、
レポートの方が例によってだいぶ滞っています。
現在は、火輪ツアー第二弾を鋭意執筆中です。
ミラツアの合間にも、関係ないところとか旅行してるから余計にたまるんだな。

9月には、生まれて初めて鹿児島を旅してきました。
というわけで、少し写真をご紹介します。


また例によってジェットスターが安く取れたので、初めての鹿児島です。
二人で往復で5,000円ちょっと(空港使用料、支払手数料込)。嘘みたいな価格。
会員セールの価格ではあるんですが、それにしても安い。
鹿児島空港でレンタカーを借りまして、霧島にやって来ました。
霧島は、坂本龍馬が妻のお龍さんと新婚旅行に来た土地として有名です。
何でも日本で最初の新婚旅行だとか(ほんまかいな?)
そんで、龍馬さんとお龍さんが入った湯船というのが今も残っているそうで、
↑の写真がそれです。
場所は、霧島の塩浸温泉(しおびたしおんせん)というところです。


こちらは霧島神話の里公園。
リフトで山の上に登ることができ、
上からは、龍馬さんとお龍さんも登ったという高千穂の峰を望めます。
(火輪に出てきた宮崎県の高千穂とは別もの)
この日は高千穂の上には雲がかかっていて、きれいには見えませんでしたが、
リフトは気持ちよかったです。
因みに、龍馬は高千穂峰の頂上に突き刺さっている天の逆鉾(今もある)を
引っこ抜いたとかいう逸話があるそうですね。
そのことについて龍馬自身が姉の乙女さんに書いた手紙を、
高知のどこかで見た覚えがあります(龍馬記念館だったかな)。
当時高千穂は女人禁制だったらしいですが、
お龍さんは男装して一緒に登ったらしいですよ。
そもそも旅行の移動手段自体、徒歩だったわけで、
(鹿児島までは船で来たようですが)
昔の人は本当に勇ましいなと感じます。


こちらは霧島にある鹿児島神宮。
龍馬さんたちも立ち寄ったそうです。
山中にひっそりとある神社ですが、
この日は日曜だったからか、結構な賑わいでした。


一日目は霧島ロイヤルホテルに宿泊。
実は、当選した宿泊券を使わせて頂きました。
飛行機のチケットを取った後で、応募していた分なので、
言わば決め打ち…ですかね^ ^;
色々旅行はしますが、貧乏旅行ばかりなので、ありがたい限りです。
そして、そのただで泊まらせて頂いたお部屋が、
かつて見たことがないほど広々としたお部屋でびっくり。
随分豪勢なソファセットなど置いてありますが、
実はこの写真の右側には和室まであるんですよ。
ホテル自体の規模も結構大きくて、
観光バスで乗り付ける団体のお客さんもいたようです。


無料宿泊券に夕食は含まれていませんでしたので、
折角だからということでホテル内の居酒屋さんで頂きました。
というか、周囲に何もないところですので、他の選択肢はないんですけどね。
「薩摩」という名の居酒屋さんで、鹿児島の郷土料理を味わえます。
鹿児島と言えば、もちろん焼酎なわけで。
この焼酎瓶の圧に負けて(笑)、本来は日本酒派のおいらも焼酎を頼みましたよ。


霧島の芋焼酎で何かオススメをと店員さんに相談し、
「国分(こくぶ)」という銘柄を呑みました。
まろやかで、なかなか旨い。
手前は、「豚の軟骨味噌煮」。これが、また、笑っちゃうほど焼酎に合う。
相方は肉がダメなので、私が独り占めしましたが、
これだけで、一晩中ちびちびやれそうでした。
味噌煮なので味付けは違いますが、沖縄のラフテーを思わせるような料理なんですね。
薩摩と琉球って、近いだけあって、色々つながりがあるようです。
その辺りの歴史に詳しくはないのですが、勉強すると面白いかもしれませんね。
ただ、沖縄が日本になったことについては、
沖縄の人にとってはどうだったんだろうと考えさせられます。
以前、首里城を見学した時、沖縄がもともと日本ではなかったことが、
はっきりと体感できました。
半分は清王朝、半分は日本…みたいな。
言語的にもたぶん、漢語の発音が残っている言葉って多いんだろうなと思います。
そう言えば、こういう豚をとろとろに煮込む料理というのは
そもそも大陸の方に由来するのかもしれませんね。
鹿児島に来て沖縄を感じ、更にその向こうの中国に思いを馳せるというのは、
正に旅の醍醐味だな、なんてくだらないことを思いながら酔っぱらう霧島の夜でした。
他にもきびなごのお刺身とか、
さつま揚げとか(揚げたてて本当においしい)、
奄美の黒糖焼酎(意外にすっきりとした味わい)とかを頂きました。


明けて二日目。
一旦空港に戻り、レンタカーを返却してから、空港近くの西郷公園にやってきました。
この西郷さんの像は、日本の人物像としては最大のもので、高さが10.5メートルもあります。
水曜どうでしょうファンの私としては、
対決列島の最終決戦が行われた場所という方が馴染みがありますが^ ^;


空港からバスで鹿児島中央駅まで出てから、再びバスに乗り、
鹿児島市街地の少し北に位置する「仙巌園(せんがんえん)」までやって来ました。
島津氏の別邸と庭園がある場所ですが、
周辺には、江戸末期から島津が西欧諸国に対抗すべく取り組んだ
近代化工業の工場群があり、2015年に世界遺産に認定されています。
昨今では鹿児島のお土産として薩摩切子が有名ですが、
あれもこの頃に島津斉彬が推し進めた事業の一環だったようです。
(現在生産しているものは、一度途絶えたものを復活させたもの)
写真は仙巌園の中の「御殿」。
明治になってからは、島津氏はここで生活していたそうです。
この日は天気が悪かったですが、桜島が近くに見え、
ここに居を構える気持ちが少しわかる気がしました。
中の見学は有料ですが、色々説明してもらえますし、
中庭を見ながらお抹茶を頂くことができます。


こちらは、明治25年に築かれた、水力発電用のダム跡。
園内の照明にはここで発電した電力を使っていたそうです。
随分小規模ですが、照明用くらいならこれでも電力が賄えるんですね。
というか、当時はまだ、日本の電気事業の草創期ですよね。
そういう時期に、この日本の隅っこで、
自家用水力発電ダムが造られたということ自体がちょっと驚きです。


園内には水辺も多いのですが、海が近いからか、
ちょっとした石垣の間に真っ赤な蟹ちゃんがたくさんいました。
「集成館」と呼ばれるその工場群には、
鉄を溶かすための反射炉や機械工場があったわけですが、
こんなふうに蟹も顔を出すのどかな土地で、
日本の近代化の最先端を行くような事業が行われていたとは、不思議な感じです。


鹿児島を旅していて、ふと思ったのは、高知とどことなく似ているなと。
薩摩と土佐。
薩摩は九州の最南端、土佐も四国の南。
大らかで豪快な県民性。方言が独特。とにかく酒が好き。
そう言えば、高知でよく見る穴の開いたおちょこ
(穴を塞いで持ち、すぐに飲み干さねばならないというもの)、
あれ、鹿児島でも売ってるのを見ました。
そして、薩摩も土佐も、幕末に新しい時代の潮流が生まれたところでもありますね。
薩摩には西郷どん、土佐には龍馬さんという偉人がいます。
なんでこんなに共通項があるんだろうと思ったのですが、
この近代化工業に関してだけは違いますね。
土佐にこういうのはないなあ。
島津はあなどれん。
↑の写真は、仙巌園近くにある「鹿児島紡績所技師館」。
紡績所の指導者として招いたイギリス人技師の宿舎だった建物だそうです。
高知にこういうのないもんなあ…。


二日目の宿は、城山観光ホテル。
鹿児島市街地の西にある小高い山(城山)の上に建てられた、見晴らしの良いホテルです。
恐らくは鹿児島市内で最も格式の高いホテルではなかろうかと。
私たちは、ふるさと割(15,000円引き)を利用させてもらい、宿泊しました。
立ち寄り入浴も受け付けている「薩摩の湯」というのが有名で、
桜島の見える露天風呂があります。
温泉の泉質もとろとろで、実に気持ちよかったです。


部屋から見下ろす鹿児島の夜景。
2食付きのプランで、朝夕食ともにバイキングでした。
夕食は、洋風のおかずがメイン。ちょっとこじゃれた感じで。
オレ的には、どこかの居酒屋でちびちびの方が好みだったかな。
でもどれも美味しくて、相方には好評でした。


翌朝、朝食前に散策に出かけました。
写真は、城山の展望台から望む桜島。三日目も天気は優れず。
それでもこの日は桜島に向かう予定です。


ここ城山は、実は西郷隆盛終焉の地だったりします。
西南戦争で熊本城を落とせなかった薩摩軍は、
鹿児島へ戻り、ここ城山を占拠して、最終決戦に備えていたようです。
写真は、「西郷隆盛洞窟」と名付けられた洞窟で、
西郷さんが死の直前の数日間を過ごした場所だそうです。
少し離れたところに、西郷隆盛終焉の地もあるのですが、
ホテルまで戻るのが大変そうだったのでそちらは行きませんでした。
再来年の大河は西郷さんをやるみたいですね。楽しみです。


ホテルをチェックアウトした後、
ホテルのシャトルバスと路面電車、桜島フェリーと乗り継いで桜島に向かいます。
写真は、出港したフェリーから城山の方を振り返って。
山の上に見える茶色い建物が、宿泊した城山観光ホテルです。


桜島では、島内の一部を周遊するバスが走っていて、
展望台などの名所を回ってくれます。
展望台ではある程度の停車時間があるので、
フリーパスを持っていれば、停車時間内に降りて再び同じバスに乗ることも可能。
…なんですが、通勤バスかってくらい激混みでした。
私たち以外は、ほとんどが中国系と東南アジア系の観光客の皆さん。
あまり日本語がわからなさそうな人にも、運転手さんは一生懸命案内していて、
停車時間内に戻って来ない人をわざわざ呼びにいったりして
(バスの本数が少ないので、同じバスに戻って来ないとかなり待つようになるため)、
とても丁寧な対応をしていました。
こういうおもてなしをしてくれると、日本の印象がさらに良くなるんだろうな。
最後には、この運転手さん、お願いされてお客さんと一緒に記念写真に入っていました。
最近、どこに行っても外国からの観光客を見ますが、
観光で成り立っている地方にとってはうれしい悲鳴なんでしょうね。


湯之平展望所。
入山できる範囲の中で、一番桜島を間近で望める展望所です。
やっぱりちょっと雲がかかっていますね。


周遊バスを降りて、溶岩なぎさ遊歩道というところを少し散策。
でも、大体の様子を見て引き返してきました。
というのも、9月上旬でしたが、鹿児島は暑くて暑くて、歩く気力がなく。
それでも、溶岩が迫りくる光景はとても迫力がありました。


帰る間際、山頂の雲が一瞬だけ晴れました。
ああもうこれで満足。
ごつごつした形の桜島は、そのまま鹿児島の人の気質を現しているかのようですね。


鹿児島港から見た桜島と桜島フェリー。
数時間だけでしたが、良い体験でした。
バスではなく、レンタカーで回っても良かったかもしれません。


空港に戻るまでまだ少し時間があるため、鹿児島の繁華街・天文館にやってきました。
天文館と言えば、「白熊」の本家「むじゃき」です。
またしても、水曜どうでしょうの話題で申し訳ないのですが、
対決列島のラストで、大泉くんと安田くんが
ダッシュで白熊を買いに来たお店がここです。


その白熊がこちら。
ふわっふわで、甘くて、冷たくて、とってもおいしい。
なるほど、鹿児島の気候には、この味が最適なんだなとよくわかりました。
暑くて体力消耗した後に食べる練乳たっぷりの白熊は、この甘さでちょうどいい。


空港に向かうバスの車窓から…実はこれも桜島なんです。
全然雰囲気が違いますよね。
桜島は見る角度によって同じ山とは思えないくらい形が違って見えるそうです。


旅先で手頃なお猪口を見かけるとつい買ってしまうクセがありまして。
今回の旅では、四つも買ってしまいました。
木製のお猪口は屋久杉なので1,000円しましたが(とは言え屋久杉なら安い…)、
他のはどれも数百円という安さ。
手前のは、逆さにすると桜島の形になるというのが面白くて購入。
黒いのは黒薩摩焼、一番奥のは霧島の太郎窯という工房のもの。
お気に入りはやはり屋久杉かな。
木目がものすごく細かくて、杉の良い香りもします。



日記の更新も久しぶりで、今回紹介したのは9月に行った旅の話ですが、
その後、えっと…どこに行ったんだっけ(笑)。
高知に2回、金沢に1回…か。
高知の2回のうち1回は、念願の足摺に行ってきましたよ。
レポート書く前に、また後ほど日記で簡単な紹介を書きますね。
今日はここまで。



...

まほろばの奈良ツアー
- 2016年09月06日(火)


こんばんは、遊丸です。
8月も終わってしまいましたねぇ。
そう言えば、今年は花火を一度も見なかった…。



★メールアドレス変更のお知らせ★

以前より使っていた「ku」から始まるメールアドレスは、
変更をしたため、現在使えません。
なりすましメールに悪用されていることが発覚したためです。
色々策を講じましたが、どうすることもできず、変更とあいなりました。
万一、ご迷惑をおかけしている方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ありません。
この場を借りて、お詫び申し上げます。
現在使っているのは「yu」から始まるメールアドレスです。
このアドレスをご存知なくても、
トップページ下のメールフォームから送信頂ければ、遊丸に届きます。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。




さて、8月頭に行って来た、まほろばツアーの写真でもご紹介しますね。

朝、夜行バスで王子駅に到着し、先ずは信貴山へ。
バスで一睡もできませんでしたが、空鉢さんまで登ってきましたよ。
写真は、なぎが千秋に説明していた水を入れるポットと、空鉢さんまでの参道。
作中にはブリキって書いてありましたが、アルミだったと思います。


二日目に行った柳本にある長岳寺。
高耶さんと千秋が、ホイホイ火のことを調査するために来たお寺でした。
本堂(写真奥の建物)の血天井、結構はっきり見えました。
池からは、高耶さんも聞いたという牛蛙の鳴き声が聞こえてきて、
高耶さんがここに来たことを妙にリアルに?感じてしまいました。


こちらも二日目に行った室生寺。
結構な山奥にあるお寺で、女人高野として有名です。
このアングル、よく写真で見ますよね。
シャクナゲの花が咲いていると、また一段と絵になるようです。


室生寺は、何かのシーンの舞台になったというわけではないんですが、
25巻のあとがきで桑原先生が訪れた時のことを描いていて、
なんだか妙に心に残っていたのです。
奥の院から下を眺めながら、「高耶よう……」と心の中の高耶さんに話しかけるという話。
写真は、その奥の院に続く長い長い石段。
登るのは一苦労なんですが、それだけに人もあまりいなくて、
ひぐらしの声がかえって静寂を感じさせるような場所です。
奥の院から昼間でもうす暗い森の中を見下ろすと、
どことなく、高耶さんの心の底をのぞき込んでいるような感じもしてきます。
桑原先生が胸に高耶さんを抱きながらやって来たのならば、
ここもまた、高耶さんの足跡を感じられる場所のひとつなのでしょう。


奈良ツアーと言えば、もちろん東大寺ですよね。
その東大寺へは、一日目の夕方、二日目の夕方と、二度行きました。
夕焼け…となると、当たり外れがありますからね。
写真は、南大門の前でカメラ目線を決める鹿さん。
直江も二月堂に行く際、この南大門を通っていました。


東大寺の二月堂。
直江は、三月堂で月光菩薩像を拝んでから、二月堂を訪れていました。
しかし、現在は三月堂には月光菩薩像はありませんので、ご注意下さいね。
月光菩薩さんは、南大門にほど近い「東大寺ミュージアム」にいらっしゃいます。
(不空羂索観音は変わらず、三月堂にいらっしゃいます)
というわけで、私は東大寺ミュージアムで月光菩薩に会ってから、
三月堂を訪れ、その後夕暮れ時を見計らって二月堂にやって来ました。


二月堂から見た残照。
この空か。
直江が、高耶さんをいとおしいと思う気持ちによく似ていると思ったのは。
闇に包まれる前の、一瞬の燃えるような空は、
確かに、誰かを想い焦がれる気持ちに重なるものがあるのかもしれませんね。


灯籠の灯った二月堂は、あたたかさと物寂しさが入り混じって、
胸が締め付けられるような美しさです。
刻一刻と変化する夕焼けは、一瞬も目が離せません。
ずっと、来たかったんですよね。二月堂。
ミラージュツアーを始めた頃から、
次は奈良か次は奈良かと思っていたのですが、
案外来るのが遅くなってしまいました。
あ、この夕焼けの写真は、色合いは加工してありますのでね。
ズルしてます(笑)。
実際は、ここまできれいな色ではなかったです。
でも、感動は変わりません。

他にも、天理駅前とか郡山城とか筒井順慶の墓とかに行っています。
彼らが宿泊したであろう「ホテルフジタ」にも泊まってきました。
詳しいレポートはまた後日書きますね。


例によって、アップするべきレポートが滞っておりますが、
現在、熊本&阿蘇ツアーを書いている最中です。
もう少しでアップできるかと思いますが…、
この後、立て続けに用事が入っているので、9月後半くらい、かな。


私信。
江蓮さま。
長旅おつかれさまでした〜。
まるで自分も行ったかのような気分で楽しく読ませて頂きました。
続きの鮫ヶ尾城のお話も楽しみにしていますね^ ^
富山と魚津もいいですよ〜。
何といっても魚と酒がうまい。
おっと、私もまた今度書きますね。




...




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