日だまりに咲く

2008年01月04日(金) 目標を明確にする

セラピーを受けに来て下さる人と話していて
「あぁ、辛いんだろうな」と感じる時がある。
話していると心の叫びが聞こえる瞬間がある。
本当の痛みなんて当人じゃないともちろん判らない。
でも悩んで迷っている人の心は
過去、痛みを抱えてきた時の自分とリンクする。
きっと解きほぐせたら、うんと楽になる!そう感じる。

自分の人生だもの。
自分をまず第一に信じてあげることが一番なのだけれどね。
これってなかなか難しいのかもしれない。
「だって」とか「でも」とか「だけど」とか、
自分を守るための前置きがあって
一生懸命自分自身に「出来ない言い訳」をしちゃってるんだ。

辛そうに話す人、笑って気持ちをはぐらかしながら話す人、
涙をポタポタ流して話す人、気丈に話す人。
いろんな人がいて、カルテを書きながら自分も様々学ぶことがある。

セッション中の経過をカルテに書き込んでいく。
後で振り返って確認してもらうために。
セラピー中は漠然と口にしていたことでも、
ひとつひとつ確認しながら読み返していくと
「あぁ、そうだったんだ」と
カチリと心にハマル答えを自分自身でみつけてくれる。
このカルテってとっても大事。
2時間のセッションでクライアントさんが口にしたことを
一語一句間違えずに覚えておくなんて無理。
何故そう思ったのか、何故そう感じたのか・・・
セラピーの中で出てきた過去生やインナーの
その時の感情や感覚を、ひとつひとつ思い出してもらいながら
今の自分と照らし合わせていく作業。
カルテに書きだすこと、口に出してそれを読み返すこと。
それを繰り返し、今度はクライアントさんが
自分の心の中からセッションを思い出しながら取り出してみることで
そこから見つけ出す答えや、自分を塞いでいた原因を知る。
対処法がみつかる!あるいは問題だと思っていたことが
問題でも何でもなかったことに気付く。
心が軽くなる。前を見ることが出来る。
目標を見つける。一歩が踏み出せる。

気付くことが一番の解決の早道。
だとしたら、普段から気付ける状態を作っておくと
迷いが生じても迷路に入り込むことはないような気がする。
毎日ちょっとずつ、あるいは繰り返し
書いて、見返して、口に出して読んで、
次に自分がどうあるべきかを考えて行動してみる。
意識を変えると行動が変わる。
行動が変わると周囲も変化してくる。

2008年の自分自身の道筋をしっかりと明確に捉えて
足元で大地を感じながら歩いていくために
書いて、声に出して読んで、行動してみること。
悩んで解決しきれないで抱えているなら
是非、実践してみて欲しいな。
手帳でも日記でもブログでもいい。
自分の心を書き出してみよう。

それでも判らなくて迷ってしまったら
その答えを探る選択肢のひとつに
セラピーもあるんだっけ、と思い出して
それからじっくり取り組んでみればいい。

書き記して気付く作業で目の前の霧が晴れるってことは
自分のことは本当は自分が一番よく知っているってことだよね。
自分を知るってとっても楽しいことだよ。



2008年01月03日(木) 写真

祖母の家から整理して持ち出した写真。
祖父母の写真もあれば、立て替える前の旧家もある。
父の幼い頃や私や弟妹の懐かしい写真も。
伯母達の写真も判る分だけ、可能な限り振り分けて
それぞれの元へ届けられるように。

曾祖父母がいて、祖父母がいて、
父母や伯母達がいて、私や弟妹がいて
生を受けて育まれて結婚して結ばれて授かって産んで育んでいく。

顔も覚えていない曾祖父母やその親兄弟の写真もあって
代々受け継がれていく命って凄いものだなぁって思った。
ただのほほんと生きているだけじゃ勿体無いよね、ホント。
大切に大切に、紡いでいかなくちゃ。

祖母が大切に持っていてくれた写真。
みんなの手元へ届けられて、繋がっていく
生命の尊さが伝わればいいな。



2008年01月02日(水) お正月恒例のお食事会

我が家で、私の実家と妹と妹の彼も揃っての
お正月恒例のお食事会をしました。
弟夫婦は遠くアメリカの地で新年を迎え、この場にはいないけれど
今年もこうしてみんなで一緒に食事できることを嬉しく思います。

豚しゃぶと蟹しゃぶの鍋を囲んでの大騒ぎ♪
子供達は蟹をモリモリ食べ、大人もそれに負けじと鍋をつつきます(笑)

蟹を頬張る笑顔のチビたちを見ながら
本当によく食べるようになったなぁ・・・と実感。
4月から1年間の留学の間、子供達と
同じ食卓を囲む機会もほとんどなくなるので
ニコニコ嬉しそうに食べる顔を
今のうちにたくさん見ておきたい!そう思いました。

色々なことがあって、苦しかったり辛かったりする日々もあったけど
みんなそれぞれに「生きて」それを乗り越えていける強さを
少しずつ積み重ねて、今の笑顔があるんだね。
素晴らしいことだなって思う。

今年もまたきっと沢山の課題が訪れると思うけど、
それを思いっきり楽しんで笑顔で歩んでいこう!

いつも傍に居てくれる家族に
命を授けてくれた両親に
かけがえのない弟妹に
そして、私という存在と接点を持ってくれるすべての人々に
ありがとう!の(^人^)感謝♪を込めて
今年もどうぞよろしくお願いします!



2008年01月01日(火) こと初め

2008年の幕開け・・・初っ端から寝正月です(≧m≦)ぷっ!

まずは無事に年越し出来たことに一番に(^人^)感謝♪

トイレ掃除!玄関の水拭き!盛り塩!撒き塩!
神棚日供祭!ご先祖への感謝!   完了♪

子供たちの春からの山村留学が決まっていることもあって
意気込んで福袋を買いに走ることもなく
計画性を持って必要なものを必要なだけ用意できるよう
じっくり思案しながら、のんびりとしたお正月を過ごしています。

年の暮れから少し、我が家は変わったこと続きで
普段起こらないようなことが立て続けに起きていて
何かを知らせようとサインを送ってきているみたい。
家を建ててからかれこれ11年。
今まで落ちたことの無い漏電ブレーカーが
見えない力を加えられたようにギギギッと音を立ててバシャッと落ちたり、
その直後に旦那さまの携帯ストラップが触れてもいないのに切れたり、
かと思うと、オール電化の我が家で突如ガス警報機が作動したり、
悪天候で半乾きだった洗濯物を部屋の鴨居に掛けておいたら
誰も通っていないのにカタリと音を立てて揺れたり、
その後すぐに離れた場所に在る今年のカレンダーが壁から落ちたり、
愛用していたステンレスのマグカップの取っ手が
触れただけでポロッと取れたり。
はてさて、一体なんでしょう?

普段滅多なことで起こらない出来事が続くので
「あれあれ?」と思うのだけれど、
不思議なことが続いても悪いことの前兆と捉えずに
何かに気付かせるための天使からのサインだわ
なんてのー天気な受け取り方をしているので
本当のところ、何が伝えたいのか掴めていなかったりして(^-^;
だから余計に何度も知らせてくれているのかもしれないなぁ・・・(笑)

さてさて、そんなのん気な私への2008年のチャレンジごとは・・・

■毎日手帳のデイリーサクセスシートを記入する
■毎日お手洗いと玄関のお掃除をきちんとやる
■毎日ブログを更新する(外泊時は除き)
■毎日神棚と御先祖さまへ手を合わせ、感謝する
■毎月フォトリーディングで10冊本を読む
■毎日ハガキを1枚書く!
■何事も中途半端な放置をせずに完了させる
■毎月新月に願い事リストを記入し、地球ヒーリングで恩贈りをする。
■毎日旦那さまと子供達に笑顔で(^人^)感謝する♪

ま、ごく当たり前にやって当然のことかもしれないけれど、
日々の積み重ねで見送ってしまいがちな事柄も含めて
段飛ばしせず、先送りせず、丁寧に
一日一日を大切に生きてみたいと思います。
何しろもともとが大雑把でおき楽で横着な性格ですから
自分自身に言い聞かせておかないとね。

ってなわけで・・・
これからもどんどん楽しいことだけ積み重ねて
愉快な人生歩んでいきましょう♪
みなさま☆今年もどうぞよろしくお願い致します♪



2007年12月31日(月) ありがとう

学びに始まり感謝で終わる年^^

思考も行動も心も身体も
本当に大きく変化に富んだ素敵な年でした。
人と会い、人と話し、人と和み、人と歩む。
人に響き、人を想う、人との縁-えにし-というものを
到る所で感じられた、今年はまた特に濃厚で味わい深い時間が多かった!

面白い一年でした。
楽しい一年でした。
ワクワクしっぱなしの愉快な一年でした。
何一つ無駄の無い、良い経験をいっぱいしました。

人っていいもんだなぁ。
つくづく実感。
心ってどんどん加速度を増して大きくなっていくんだなぁ。
育んでいく喜びも感じつつ。
去年よりちょっと成長できた自分と
去年よりうんと広がった人脈。
そして、去年よりもっとしっかり楽しさを掴めたセラピーのいろは。

人に無駄や失敗はない^^
どれもが経験と学びと成功とわくわく♪

また来年も、もっともっと心の進化を感じられる
すっばらしい一年になる!って考えると
楽しくて楽しくて眠れなくなりそうです(≧m≦)ぷっ!

今ある幸せをしっかりとみつめて、
当たり前の日常に思いっきり感謝しつつ
家族みんなで、神棚とご先祖様に手を合わせて
一年を締めくくりたいと思います。

みなさまも、どうぞよいお年をお迎え下さい♪

これから来る年がみなさんにとって
幸せのいっぱい溢れる素敵な一年になるよう祈りを込めて・・・
(^人^)感謝♪



2007年12月22日(土) 捻挫

12月3日、昼食後の事務所でお茶出しを終えた直後
少し浮いていたケーブルの線に足を引っ掛けて
真横にスッ転びました。
全身無防備に倒れこむ瞬間、激痛とともに右足首にグキッと鈍い音。

うわっ!やっちゃった。

お手洗いに立つことも、書類を取りに移動することもままならず
就業後、即刻接骨院へ。
「しっかりと捻挫ですね。完治まで2、3週間はかかるでしょう。
 骨折より癖が悪いのが捻挫の難点ですがから
 軽視せずにしっかり治して行きましょうね。
 今夜は痛くて眠れないと思いますよ」
にこやかなおじちゃま先生の予告通り、足は腫れ上がり
この日は激痛に一睡も出来ず・・・

右足首に包帯を巻いての日々の生活が始まりました。
かれこれ通院2週間。
随分痛みは軽減してきたものの、何かの拍子に
少しいつもと違う力加減で体重をかけると「痛いっ!」
なかなか治りませんなぁ。

そうこうしているうちに身体に異変が。
右足をかばって日頃の姿勢も崩れているからか
腰が痛いし、肩もこり過ぎて頭痛まで続くように。
人間湯たんぽとまで言われる温体の私が手足の先まで冷えて
お風呂上りでも芯が冷えて寒い。

症状がひどくなっていく前に、と
困ったときの神頼み(≧m≦)ぷっ!
愛しの整体院へ行ってきました。

前日の電話予約は、
人気アーティストのコンサートチケットなみに混みあって
30分以上リダイヤル。
ようやく繋がって午後からの予約をお願いすると
もうほとんど空きがない。
どうにか午後4時の枠に入れさせていただいて
車で片道1時間40分、豊橋まで行って参りました。

捻挫をして崩れたバランスが
腰からあちこちに影響していて、
背筋にススーッと指を走らせながら
「ココとココ、どうですか?」と
先生が指摘する場所はすべて激痛。
痛過ぎて笑いが出てしまう私に
「可愛そうに、すぐに治してあげようね」と若先生。

よしっ、よしっ、よしっ!
テキパキと骨のズレを調節して
「さぁどうだ、立ってみて」とものの15分。
「足の炎症はね、異常を治そうとする人間の自然治癒力だから
 今すぐに痛みが消えるわけじゃないけど
 転んだ拍子にズレた箇所を治しておいたから
 痛みも徐々に取れてくるよ
 もう随分楽に歩けるはずだからね」
診療台から立ち上がると身体は軽いし、
歩くとき右足をかばっていた変な歩行もなく
普通に違和感なく歩ける。
腰も肩もおっきな錘が取れた感じで、首も軽くなった。
立ってるだけでも、すっごく楽〜っ♪

ひゃ〜♪もっと早く来ればよかったぁ。
「ありがとうございました!」

帰りの道のり、同じ1時間40分でも気分まで軽い(笑)
これで2週間の接骨院通いも早いうちに終止符が打てるかな。
完治と太鼓判押されるまでは頑張って通いますが
年内に終われるといいなぁ。

久々に整体で歪みを治して調節してもらって気分爽快であります♪

何十年ぶりかの捻挫でここ2週間
かなりアレコレ手を抜いてるリカ(^0^)/でした



2007年12月21日(金) 息子がひとり増えました(笑)

MAKE THE HEAVENからパパママ大作戦の奨学生の通知
奨学金証書が来た!
カンボジアの子供たちへ奨学金を贈る教育里親支援。

ちょっぴり緊張した硬い表情の4年生の男の子の写真^^
この子が我が家のもうひとりの息子くんってわけね♪
つくづく我が家は男性運が強いのか(笑)
愛犬まで含め、女は私ひとり(≧m≦)ぷっ!

カンボジアの息子くん、サトやユキと一緒で
物事の分別や大切な心の育成として
一番吸収できるお年頃だよね。

人として大切なことの学びをいっぱい吸収して
どんどんどんどん大きくなぁれ♪
心のでっかい人になぁれ♪



2007年12月18日(火) 鳴りを潜めておりまする

お誕生日以降、35歳の私が1年向き合うべきは家族かな
なんて日記にポツリ呟いたとたん
やっぱり次々とやってくる課題[m:206]
先見の明なのか自己防衛本能なのか(笑)

10月下旬に祖母がなくなって
今も片づけやら何やらで何かとバタついていて
ココに顔を出すのも仕事の休憩時間を利用しながらようやくと言ったところ。
それでも何とか祖母の五十ヶ日も済んで多少の余裕もできたかな。
いろんなイベントのお知らせやらお誘いもいただいておりますが
一応服喪期間が明ける春先までは
もうしばらく楽しいことや賑やかしいことから距離を置いておとなしく
故人を偲びながら、命の尊さや家族の有難さをかみ締めてみようと思っています。

心の落ち着きが出てきたとたん、さてさて次の課題。

我が家のやんちゃ坊主たちが、なんとなんと
4月から親元を遠く離れた北海道へ
一年間山村留学に出ることが決まりました。
里親さんのお宅でお世話になりながら
全校生徒わずか十数名という山村の小学校[m:89]に通います。
小学6年と3年の兄弟にどんな冒険が待ち受けていることやら。
親にとっても子供にとっても、離れて暮らす一年は
貴重な経験とかけがえのない学びを積む大きな年になりそうです。

と、いうわけで・・・

現地の見学や里親さんとの顔合わせ、留学手続きや生活用品の準備など
年明け早々から慌ただしくなりそうで、
寂しそうにしている旦那さまを尻目に
私も子供たちも、何故かワクワクしております。

またポツリポツリと近況報告など交えて
ブログに呟きを載せていこうと思います^^



2007年11月26日(月) 今在る自分

自分の足元を見るようになりました。
セラピーを通して人を見る、心を知ることから
「まず自分はどうあるべきだろう」と自分を見つめなおすようになりました。

私のセラピーを受けに来てくださったクライアントさんの多くは
「私も人を癒してあげられるセラピストになりたい」と
学ぶ機会を選択する道を模索し始める方も多くいて
嬉しいなと思ったりもするのですが、
「〇〇してあげたい」と言っている以上、まだ
人に施すことは出来ない何かを持っているということで、結局
自分が必要とするだけ、まずは自分へのセラピーを行う未来にぶつかる。
この道を選んだ一番最初の私自身がそうでした^^;

時を経て、少しずつ経験を積んで進んできた今でも
不思議なことに、自分が「今はまだだ」と感じるときには
セラピーの予約も途切れるので
充足期間を十分に設けて次につなげることができています。
人の心は日々変化するもので、浮き沈みもあるのですが、
これまた不思議なことに「もう大丈夫」と感じると立て続けに予約が入ってくる。
この流れを知ると、面白くて楽しいセラピーが
ますます楽しくて大好きになれちゃうわけです。

今年はセラピー以外にも、さまざまな活動を通して
昨年までとは比較にならないほどの人たちと出会い
たくさんのお友達と交流することが出来ました。
モチベーションを維持するための日々の工夫や
日常生活からのちょっとした意識改革による環境改善など
結局、全部が自分の足元を見ることに繋がっている。

様々な活動を通して視野も思考も広げつつある中、たくさんの人達の中から
立派なことを言っていても自分が不安定だったり
たくさんの講演会を聴衆していても家庭がおざなりになっていたり、
いろいろな活動を実践していながら独りよがりになっていたり、
あれもこれもと手を広げすぎてどれも中途半端になっていたり・・・
人様を見て「おやおや?」と感じ得たり学んだりすることを
自分に振り替えて考えてみた時に、同じ危うさを持っているんじゃないかと思いました。
まずは何より自分の中心をしっかりと捉えていないことには
自己満足な偽善で終わってしまうことになるなぁ、と痛感。
やっぱりこれも「自分の足元を見る」大切さから始めようと思い直し
活動の幅も自分の理想距離を保って必要な面を絞って動くことにしました。

日々のちょっとずつの成長が今の自分を創っている!
私は常に今が大好きです^^



2007年11月25日(日) 祖母

祖母が先月25日に亡くなってからひと月経ちました。

だいぶ落ち着いたと言うか、平穏な日常に戻りつつあると言うか、
気持ちの上ではとっくに区切りがついているのですが
祖母の住んでいた借家を年内に退去しなければならず
その片付けに追われて何となくバタついた日々を過ごしています。

人ひとりが亡くなるということはやっぱり大変なことなのだなぁと
色々な意味を含めてそう思います。

人生勉強だなぁと思えるほどの入り組んだ人間模様を目の当たりにして
祖母の死よりも先に、複雑な人の心の痛みを
たくさんたくさん実感してしまって、
聞き流せるほどの寛容さを持ち合わせていない自分は
結局それを自分の痛みとして受け取ってしまった部分もあって
大きな心の傷を負ったように思います。

祖母について考え、親について考え、親戚について考え、
兄弟姉妹について考え、子供について考え、儀父母や継母について考え、
ただグルグルと尾ひれのつく痛みを追いかけて
その渦の中でもがいているだけのようで辛い日々でした。

セラピーという手法を持っているおかげもあって
その痛みの逃し方を知っているので
今はもう自分の中からは手放すことができましたが、
未だそれを引きずっている周囲を見ていると
人の持つ感情の難しさをつくづく感じます。

祖母は可愛そうな人だった、と周囲がそう言います。
確かに、産まれ育った環境も幼い頃から複雑で愛情の希薄な人生だったようで、
常に悲観的かつ閉鎖的なところがあって、徒然に書き綴った日記にも
自分はなんて不幸なんだ、相手はなぜ自分を受け入れてはくれないのだ、と
嘆く言葉ばかりが並べられていて
いつの頃にも決して幸福であったと感じていない祖母の悲しさが見て取れました。
ずっと寂しくてずっと求め続けていた祖母の心の声が聞こえた気がします。

けれど同情的視点で可愛そうな人だったと
祖母の人生を一区切りにまとめて欲しくはないなぁと思うのです。
臨終の際に病室に入りきれないほどの人が来てくれた
それだけをとっても、祖母を取り巻く人々の中で
決して祖母は孤独ではなかったことを感じました。
祖母自身が自分の人生の歩みの中から
寂しさを手放して光の世界へ戻ってくれたらいいなぁと
今はそう思います。

祖母の心境を汲んだ周囲の複雑な心模様だけが波紋を残している現状が
少しでも早く解消することを願って
今は祖母の遺品をひとつひとつ片付けながら心で祖母との会話をしています


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里伽 [MAIL]