えびすさま〜

今日は戎さまでした。

私は東京生まれなので、知らなかったのですが、お酉様みたいなものですよね。商売の神様なのかな。関西では戎様です。
これは関西弁でえっべっさんと呼ぶ。イントネーションが難しい。
「べ」が「べ」でなくて「ぶぇ」って感じなのよ。私には無理です。
写真は境内においてある「まぐろ」です。これにお金をはりつけます。




この戎神社は全国放送で流れていましたね。だぁーーーと走っているやつです。そこに昨年度分の笹を返しに行き、新しい笹をいただく。福をいただくのですね。
このときに、白いのでお祓いみたいなのをしてくれるんですよ。それで厄落としをしていただく気分。




会社帰りの時間に行くと、とても混雑していて、歩けるどころではないので、とりあえず、土曜日早朝に行ってきました。9時ごろかな。
この時間帯ではまだ、駐車場に車をとめることもできたし、参拝もスムーズ。モモも一緒だったのですが、しっかりお祓いしてもらってきました。

その後に、
丹波篠山までお散歩に。陽射しも温かくて、更に誰もいない。いない。いない。
ひろーーい公園に誰もいない。ゆっくりとお弁当(コンビニのおむすび)を食べてお茶を飲みながらまったりしてきました。
でも枯れた松がたくさん落ちていて、モモの毛につき、絡まってしまったので、帰宅後にシャンプーをごしごししたのですが、松脂(マツヤニ)ってとれないんですね。仕方なくじょりじょりとハサミで切る。部分的にハゲができてしまった。


そして、その後、立杭焼の窯元に。陶芸教室で器を作ってみる。
一応、私はモモミルクいれ、夫はモモご飯いれです。ただの丸い器なんですけど。これを焼いて、その後自宅まで送ってくれるらしい。昔にもしたことがあるのですが、かなーーーり分厚くなり3割ほど小さくなり、色もどろんとした色で帰ってくる。あまり期待せず


前日からおでんを煮込んでいたので、その晩はおでんの予定でしたので、おでんにあうお皿を各自探すことに。自分の好みのお皿を一皿ずつ。そして湯飲みも。
なかなか、楽しいお買い物でした。

今回のいいところ。
戎神社も、篠山の公園も、陶芸教室も、窯元さんのお店も
すべて、モモと一緒に入ることができました。最近少しずつ一緒に行けるところが増えている。有難いです〜
2004年01月09日(金)

小雪交じりの空。

この冬は暖かでしたが
今日から冷えてきました。お散歩にでかけたらちらちらと雪が舞っていましたよ。モモは寒いと特に元気。
♪犬は喜び庭駆けめぐり、猫はコタツで丸くなる♪
ですからね。
外で飼っている犬は冬毛といって、寒くなると毛が守ってくれるようになるそうですが、家の中の犬は夏も冬も変わらないそうです。モモはもともと毛が薄いし防寒されているとは思えませんが、でも元気。

今日はあまりに寒くて、いつもの池にも人影も少なく、犬もいなかったので、
2人で走っていました。
私の全速力と、モモのスピードはだいたい同じなんですよ。
私の運動不足解消と、モモが走りたそうだったので、
ついダッシュ!ダッシュ!

帰宅後ごはんを食べて、今は横でぐっすりと寝ています。



この間、お散歩でお会いする男性に
いくつ?と聞かれました。あ、モモでなくて、私がです。
その人は私のことを20代半ばだと思っていたらしい。それはあまりにも大きな誤解でこちらがびっくりしました。というか、ムコウもびっくりしていた。夫は私よりも上ですよと言うと、もっとびっくりしていた。
何をどう思っていたのか・・・
あまりにもびっくりされて、なんだか気分が悪かったです。なんでなんで?
いくらなんでもどう見繕っても20代には見えない(涙)

前に友人と話していて、なかなか40代で目指したいような女性がいないよねという話をしていました。回りにこんな女性になりたいなと思わせるような方がいてくださるといいのだけどな。

ところで、その前述の男性になぜなのか?とあまりに的外れなことを聞かれたので、「ちゃらちゃらしているからじゃないですか?」
と答えた私です。確かに私はちゃらちゃらと地に足をつけていないタイプだからなぁ。あと年下の友達が多いからでしょうか?
それにしても見当違い甚だしい・・・。がくん。
2004年01月08日(木)

今更20世紀のお正月。

いやいや、今年も早く日が過ぎていきます。
もう松の内もあけてしまいました。

夫の実家は古いおうちなので、お正月をきちんとされていますが
私の実家も昔は古かった(当たり前ですね)

祖母は1月6日の松の内の間は外出してはいけなくて、私たちがデパートとかに買い物に行く時に誘っても出れなかった。祖母の誕生日は1月6日なんですが、お誕生日なのになぁってずっと子供心に思っていました。
大晦日は朝からみんなで掃除して、夕方に買出しに行き、チョコレートとクッキーを買ってきて、レコード大賞と紅白歌合戦を家族全員で揃ってみるような家でした。階段の裏のひんやりとした空間におせち料理が作っておいてあって、私の大好きな数の子の松前漬けのような我が家独特のもの(たぶん数の子、するめ、こんぶをオダシに漬けておくのです)をつまみ食いしてみたり、栗きんとんを食べてみたりしていました。こっそりね。

そして「ゆく年来る年」を見ながら年越し蕎麦を食べて、祖父母は寝てしまい、それからゆっくりと民放の深夜番組を見ていたなぁ。
そういえば、皆さんはご存じないかもしれないですが
昔はNHKで「ゆく年来る年」をしていて、民放は全局同じ番組をしていたんですよ。民放の「ゆく年くる年」をね。毎年持ち回りで各局が制作していた。うちの父親は仕事柄、NHKの除夜の鐘がちゃんと鳴っているかが気になるらしくて、いつも楽しそうに見ていました。

そしてお正月、朝一階に下りていくと、祖父母は着物を着ていましたね。お正月だから。そしてお重に入ったおせち料理と、お屠蘇。お屠蘇をなんだか三々九度みたいにして、いただいてから、お年玉をもらって、おせちとお雑煮を食べていたな。
今年、家に帰ってから、実家のお雑煮を思い出しながら作ってみたのですが、たぶん、澄まし汁に、かまぼこと三つ葉と焼餅と玉子が入った気がします。そうそう、お節には何故か、蜜柑のゼリーが入っていた。金柑を煮たものとか。

こういうお節を教えてもらうこともなく、母が亡くなってしまったり、祖母も料理をしなくなってしまったから。写真にも残っていないし。記憶の彼方に押しやられているような気がします。
2004年01月07日(水)

たからもも / 薫

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