「硝子の月」
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2005年09月30日(金) <揺らぎ> 瀬生曲

「ちょっと……待ってくれよ」
 明らかに自分よりも格上の人間から「礼」を示される。
 今までにない経験は青年を強く戸惑わせた。
「そもそも何でそれを俺に言うんだ。ルリハヤブサを連れてんのはティオで、『運命を知る』ってのはルウファだ」
「だからお前は面白い」
 揺らぐ彼に口を開いたのはカサネだった。顔を向けてみれば、声に含まれているのと同じ笑みがあった。
「何だそりゃ」
「いや」
 そこから彼女の考えを読み取ることは出来ない。
「ティオとルウファには我が改めて告げよう。今はお前の考えが聞きたい。我が王を仲間に入れてくれるかくれないか」
 まるで遊びの輪に入れてくれろという子供のように。
「俺は……」
「お前は?」
 紫闇の瞳に問われ、青紫の瞳を見やる。
(何だってこう……)
 身分も歳も、多分他にも色々と、自分よりずっと上のくせにこの男は。
「……好きにしたらいい」
 溜息交じりに言うと、その瞳は輝きを増した。
「言ったな?」
「言ったよ」
 グレンはぐったりと椅子の背にもたれ掛かる。
「よし、祝杯じゃ!」
「言っとくけどな、他の連中がいいって言ったらだからな」
「わかっとるわかっとる」


2005年09月05日(月) <揺らぎ> 朔也

 いいように振り回されて思わずふて気味になるグレンに、王は微笑んでつと姿勢を正し、明瞭な声音で告げた。
「これは、礼というものだよ。グレン・ダナス」
「……礼?」
 奇妙な言葉だった。礼を言われるようなことなどなにもしていない。
 訝しい顔をすると、そうではない、と王は穏やかに首を振る。
「礼儀であり、敬意でもある。
 つまりそういったものである、ということだ」
「……敬意って……」
 開いた口が塞がらない、とはこのことだ。グレンは絶句してまじまじと相手の顔を眺めてしまった。
 いくら気さくな王と言っても限度があろう。流れの旅人などにかける言葉ではないように思うが。
「なるほど、儂は王よ。それ故に払われる敬意も、振るうことのできる力もある」
 老王の言葉は重々しく、そして尚も凪いでいる。ぴんと張り詰めた力を底に秘めながら。
「だが今、儂はお主らを従えたいわけではない。利用したいわけでもない」
「……」
「……礼を尽くすべき相手を見誤るほど耄碌はしておらんつもりだよ。
 既にそうせねばならん存在だと思うがな、お主らは」


紗月 護 |MAILHomePage

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