「硝子の月」
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2003年07月19日(土) <錯綜> 朔也、瀬生曲

「……解き、放つ?」
 ティオは驚いて目を見開いた。
 硝子の月とこの国の繋がり。あの夢で初代国王が願ったことを思い出す。
「だって硝子の月は、この国の――」
「護り。その通りだよ少年」
 王だという青年は、まるでそれらしくない仕草で肩をすくめて見せる。

「気まぐれと言われる「硝子の月」にしては真面目にその役割を果たしてくれている。外の騒ぎも多分もう鎮まっているよ。けれど私としては――私達としては、と言うべきかな。代々の王の考えなのだからね――「硝子の月」の望む時に、解き放ってやりたいのだよ」
 微苦笑を浮かべる彼の眼は優しかった。
「何だか妙な肩入れを感じるな。「硝子の月」に意志があるらしいのは何となくわかってきたが……生き物なのか? それは」
 その彼にグレンが問う。ここで王に対する敬意を表する必要はないと判断したのか、別に言葉に気を遣う様子はない。
「さぁ、どうかな」
 青い瞳はいたずらに細められる。
「国のことなら大丈夫。確かに「硝子の月」を失うのは痛いが、この国の護りはそれだけではない」
「何故それを我々に?」
 次に口を開いたのはカサネだった。積極的に話に参加しそうなルウファは意外なことに口を挟まない。「運命を知る」という彼女は、その理由も知っているのかもしれない。
「簡単なことだ。君達は「硝子の月」を求めている。『紫紺の翼持ちたる証』を連れて、ね」
「『紫紺の翼持ちたる証』……?」
 耳慣れない言葉にティオとグレンは首をひねる。思い浮かぶものといったら――
「「ピィ」」
 アニスとヌバタマが同時に鳴いた。


2003年07月16日(水) <錯綜> 瀬生曲

「『輝石の英雄ジェム・オブ・ヒーローズ』は五人」
 壁の肖像画を示しながらアルバート四世が語る。
黒瑪瑙ブラック・オニキスは強力無双の重戦士、黄玉トパーズは俊敏な弓使い」
 三枚目の絵の前で、彼はルウファを見てにっこりと笑った。
紅玉ルビーの魔法使いはお嬢さんに似ている」
 その女性はルウファよりも年上のようだったが、勝ち気な眼差しは肖像画からも充分読み取れるものだった。髪も赤い。
「気の強そうなとこがな」
「何か言った?」
「別に」
 呟きを拾われたティオはふいと顔を背けた。
「早くからアルバート一世と共にあり、彼の右腕であり続けた雪花石膏アラバスタの賢者」
 少年はその顔にも覚えがあった。奇妙な体験の中で見た建国祭前夜、建国王の隣にいた。
「そして私と同じ青金石サファイアの瞳、建国王とその妃」
 先程は青年のほうに気を取られていて気付かなかったが、アンジュもまたその二人の面差しを受け継いでいた。子孫だというのだから当然なのかもしれないが。
 そして何故か、自分の母親の面影をもその肖像画に見出す。
「彼等の活躍でこの国は成り、以後「硝子の月」は歴史から姿を消した。そして今でもこの国と共にある」
 若き国王は誇らかに一行を見渡す。
「今ここに『第一王国』国王の務めを告げよう。「硝子の月」を求めるそれにふさわしき者が現れ、時が満ちた時――私は「硝子の月」をこの国から解き放つ」


紗月 護 |MAILHomePage

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