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2002年08月23日(金)
■『クリプトノミコン1―チューリング―』 ★★★★☆

著者:ニール・スティーヴンスン  出版:早川書房  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
第二次大戦前夜、プリンストン大学に学ぶ青年ローレンスは、数学への興味を同じくする英国人留学生チューリングと出会う。やがて彼らは、戦争の帰趨を左右する暗号戦の最前線で戦うことに…それから半世紀、ローレンスの孫のランディもネット技術者として暗号に関わっていた。彼は大戦との因縁深いある策謀に巻き込まれていくが!? 暗号をめぐり、二つの時代―第二次大戦中と現代で展開される情報戦を描く冒険SF大作

【内容と感想】
 暗号をテーマにしたフィクション。4巻にものぼる長編となっている。一応SFと銘打たれているが、1巻目を読み終わってもまだSF的な要素はまったくなく、SFかどうかよくわからない(笑)。そもそもストーリー自体もこれからどう転がってゆくのか、まだ予測がつかない。


 ストーリーは大きく二つの時間軸に分かれて進んでいる。一つは第二次大戦中の出来事、もう一つは現代の出来事である。

 第二次大戦中は、アメリカ海軍の元木琴奏者から出世して米英連合軍の暗号解読に携わることになったローレンス・ウォーターハウスからの視点と、暗号を解読していることを勘付かれないよう工作するアメリカ海兵隊員ボビー・シャフトーからの視点で進められる。

 戦争を扱ったものはえてして重くなりがちだが、この作者の文体は軽妙で、重苦しくない。以前の作品『スノウ・クラッシュ』もユーモアあるスピード感あふれるものだったが、その軽快さがそのまま引き継がれている。また作者の日本好きなところも今回もそのまま引き継がれていて、プロローグの冒頭もボビー・シャフトーの詠む俳句で始まっている。上海の戦時中の風景が視覚的に描かれていて、なかなか印象に残るプロローグとなっている。

 一方現代は、通信のベンチャー企業で一旗あげようと夢見るランディ・ウォーターハウスからの視点で進められる。ローレンスの孫に当たり、TRPGオタクでインターネットに詳しい彼は、今後増大するであろうフィリピンの通信事業に参入しようと計画を立てていた。友人のアビが目をつけたフィリピン沖の小さな島を海底光ファイバーケーブルの中継地点とし、フィリピンに大容量のデータを送ろうというのである。

 事業内容などが厳重なパスワードで保護された上でやり取りされていて、ここに現代の暗合技術が見られる。架空の暗合用のプログラムなどは出て来るものの、大して現実離れしていないのであるが、現代のインターネット環境はすでに一昔前のSFじみてきていて、書き方次第で十分SFっぽく感じられる。


 二つの時間軸を行ったり来たりしているためストーリーが少し追いづらいが、個々のエピソードが独特で、それぞれ面白い。両者は暗合というキーワードで結びついて、どういう具合に一つのストーリーになっていくのか楽しみである。ランディ達が目をつけた島は戦時中日本軍に占領された島で、当時の海底に沈んだ船のサルベージといった話も出てきている。ここを舞台に色々な出来事が繰り広げられそうだ。



2002年08月20日(火)
〜 更新履歴 〜 「gr03」他追加

「ギャラリー」に、ビーズアクセサリー「gr03」「rd02」を追加しました。



2002年08月17日(土)
■『最果ての銀河船団』(下) ★★★★★

著者:ヴァーナー・ヴィンジ  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(扉より)
戦争を繰り返しつつ近代化への道を歩む蜘蛛族の世界に一人の天才科学者が現れ、彼らは今まさに原子の火をも手に入れようとしていた。一方、軌道上の主人公たちは、エマージェントの凶悪な指導者のもとで奴隷状態におかれながら、長い雌伏の時を過ごしていた。そして刻々と蜘蛛族世界への侵攻の時がせまるなか、ついにチェンホーの反撃が始まる。宇宙の深淵で3000年を生きてきた伝説の男が立ち上がったのだ! ハードSFとスペースオペラの醍醐味をあわせもつ傑作巨編。

【内容と感想】
 オンオフ星系でチェンホーとエマージェントが立ち往生してから、35年が経っていた。相変わらずエマージェントに指揮権を握られたまま、チェンホーの大半が集中化技術で意志を失い奴隷となっていた。しかし、チェンホー流の商売の慣習も少しづつ浸透していて、裏経済として成り立っていた。ラムスクープ船の破壊で航行手段を失った人類サイドの頼みの綱はアラクナ星の蜘蛛族で、彼らの科学技術力が発達し利用可能となるのを待っていた。チェンホーの反乱は一度失敗していたが、伝説の男は密かに活動を開始し始め、反撃の機会を窺っていた。

 一方アラクナ星では、前回の戦争でシャケナーの活躍により優位にたったアコード国が勢力を延ばしていた。しかし対立するキンドレッド国も力を付けつつあり、暗躍していた。シャケナーの子供達にも魔の手がのびる。再び暗期が近付いた時、アラクナ星は一触即発で戦争を引き起こしかねない状況となっていた。蜘蛛族の様子が非常に人間くさく、国同士の争いも現代の世界情勢を思わせる描き方となっている。


 スペースオペラには、便利なワープ航法やハイパートンネルといったものがよく登場し、広大な宇宙の距離と時間を埋めている。しかしこの物語に登場するラムスクープ航法は、光速を越えない。代わりに医学の進歩で寿命を延ばし、冷凍睡眠で時間を停める。チェンホーの発展してきた歴史の中にも、それがあちこち出てきて、新し味があって面白い。広大に広がった一つの文明が代表者による集会を開くのにも、何百年という時間をかけて集合するのである。大半の人々は、出発した時点での自分の文明がそのままの形を保っていないことを覚悟の上で旅立つ。人間のはかなさとしたたかさがそこに感じられる。どんなに栄えた文明も興隆を繰り返す。自然界には絶対にどうにもならないことが存在するのである。

 3000年間夢を追い続けた男は、自分の夢を叶える技術をついに見つけた。しかし、手段が間違っているならば、たとえ目標が達せられたとしてもそれでは駄目なのだと気付き、夢破れる。そしてそこから新たな夢を見い出すのである。この辺の葛藤が、物語に人間味と深みを与えていて面白くなっている。


 ロマンあり、冒険あり、策略ありで、気軽に楽しめるスペースオペラだが、異種族とのファーストコンタクトやさまざまな科学技術、謎のオンオフ星にちりばめられた伏線など、SFとしてもなかなか本格的に楽しめる。ただオンオフ星の謎は解明されることなく終わっていて、物足りない感じも少しあった。しかし、巻末にあった解説でそれが覆された。この作品の前に同じ宇宙を舞台とした『遠き神々の炎』が出版されているのだが、その宇宙観を酌んだ上で解説者が予想したオンオフ星の正体が紹介されている。それがなかなかスケールが大きくて、面白いのだ。予想が当たるかどうかわからないが、今後の展開が楽しみである。


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