★ 夏海の日記 ★

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2006年10月31日(火) 流行りもの

キリ番ゲット!
10100番でした。
....自分で踏んでどうするよ(。。;


さて、こんな軽い題名だけど、真剣な話です。
『流行りもの』
さて、何でしょう?

首吊り自殺。


その昔、とても可愛いアイドル歌手が飛び降り自殺をした時、
飛び降り自殺、後追い自殺が流行りました。

その後、一部人気ロック歌手が凍死した時も、後追い自殺が流行ったんだよね。

少し前、人気バンドのグループのメンバーの一人が うっかりなのか 故意なのか、首を吊る形になって亡くなったときも。

レンタンの集団自殺も、ずいぶん長い間 流行っていたよね〜。

そして今、
苛めによる首吊り自殺が流行っています。
そして昨日、高校の校長が 首吊り自殺を図りました。
(彼は苛めではないけれど、良心の呵責っつーの?
ってか、途方に暮れている生徒を置いて逃げたのかい?あなた一人だけの問題じゃないのに。)

命の大切さを教えるべき『先生』と呼ばせている学校の、その長が、
人生の最後に教えたことが、シャレではなく、『命を掛けて教えたこと』が、
死によって 現状から逃げることだったなんてね。

隣の県の女子中学生の話。
「苛めを受けているようだ」学校の先生に親が相談しに行った。
「それなのに」と ニュースで報道されているのを聞き、
「相談した時点で もうダメだよね」って、私はteaに言った。
「teaは、運不運があると思うよ。全ての教諭がダメ教諭とは限らないし、
相談して効果がある良い先生もいると思うよ」って、いつもは毒づくteaにしては まともなことを言った。

私は苛められる側で、teaは苛めに遭っていたのかどうか...。
まぁねぇタダでは苛められてはいないだろうなって、teaの性格を見て思う。
やられたら倍返し程度では済まないだろうし(笑)

「子供の喧嘩に親が口を出すな」
昔の言葉です。
昔昔の言葉です。
子供同士の喧嘩に、その子供のボスである『大人』である親が口を出すのは恥ずかしい行為だと。
今、子供が上手に喧嘩できない以上、
子供同士が喧嘩し、仲直りをする練習をしていない現状では、
親は口を出さなければ子供は潰される可能性が 高い。
今の子供は、喧嘩なれしていないので、(精神的、肉体的)打撃に、たぶん打たれ弱い。
また、打つ方も慣れていないので、その加減が分からず、うっかり死なせてしまったりしてしまう。
(人の命に関わっている以上、うっかりでは済まされないのだよ。)
部活動で苛めに遭っていた女子生徒が相談した学校の記者会見では、
「苛めとは、主観であって...」と説明していた。
「苛めとは認識していなかったと。」
おっちゃんたちよ。
『苛めとは、主観である』と、その言葉の意味を ちゃんと知っているのか?
おっちゃんたちは、先生と呼ばせている立場の人間だったよねぇ?
ちゃんと理解した上で おのれらはその言葉を吐いているのか?!

「先生に言った時点でダメだね」
これは 私の体験談。
先生など、当てにはならないと、小学校4年生の時に悟った。
チクった。(告げ口した)
ひいきされてる。
昔でさえ、そういう意識があったのだから、
現在の卑怯な小猿たちは、もっと狡猾に水面下で精神的ダメージを与える方法に切り替えるだろうね。
表面では『仲良し♪』を装い、先生を満足させてね。

私も部活を辞めたいと中学時代、顧問に相談に行ったことがあります。
人間関係が辛いと。
「君がそう思っているだけであって、実際そんなことはないだろう。君は頑張れるはずだ。もう少し頑張れ。」
そんな適当な言葉で引きとめられて、その競技が好きだったせいもあって、結局引退するまで続けた。
ああ...やっぱりこの人も人を見る目がなく、頼りにならないって思った。
やっぱ直接対決するしかないのか...ってね。
その顧問は生徒達を信用していたので、苛めがあるとは露ほども思っておらず、
その能天気な馬鹿さ加減のお陰で、私の相談は生徒には何も告げられることはなかった。
つまり能天気な馬鹿さ加減のお陰で、私が顧問に相談に行ったことは 誰にも知られなくて済んだのだ。

ある部活動では、先輩のしごき?苛め?のせいで、同級生が脱水症になり、救急車が来た。
顧問は無力だ。
教諭も無力だ。

身体を傷つけられたら、現在の子供達は、警察に行くべきなんだろうか?
たったプロレスゴッコで、自分を傷つけた相手を前科一犯にしてしまえる。
それは現実問題として可能かい?
調べて、もしくは人の良さそうな駐在さんと友達になって、相談してみると良い。

親も 教諭も 何も頼れる存在がなかった私は、自分一人で闘わなくてはならなかった。
本気で死を選ぶ時は、特攻隊よろしく、自分が命をかける以上、相手の人生も抹殺してやると心に決めていた。
相手を殺すのではなく、精神的ダメージによって、一生忘れられないように、世間から一生白い目で見られるように、
そいう方法はないかとアンテナを張って、絶えず探していた。
ねずみだって ネコを噛むのだ。
もし今 自殺してしまった女子生徒が私であったら、私はマスコミを動かそうと思うだろう。
「先生に相談した。
でも、取りあってくれなかった。
私は辛さの限界であり、もう生きていたくない。
どうしたら良いのでしょうか?」
即効性があるのは、TVのニュース番組かな。
ワイドショーも使えるかも。
「投書があった、○○学校です」とか言って、特集を組んでくれるかも知れないし、
それでも効果がなく、もし自分が死んだとしても、相手の名前を送りつけてさえいれば、
「こういう手紙(メール)が届いていました。心の叫びです。」とか したり顔で報道してくれるだろう。
相手の名前さえ送っていれば、報道で名前を伏せたところで、何者かが必ず嗅ぎつけ、馬鹿なマスコミはインタビューに行ってくれるかも知れない。
苛めを行ったやつらに。


私は、転校転校を繰り返していたお陰で、この学校が世界の全てではないことを知っていたのは幸運だったのかも知れない。
苛められているこの学校以外の学校では、私は苛められていなかったのだから。
この学校のアホな群れることしか知らないサルを お子ちゃまの集団だと 見下して(みくだして)いた。
学校と言う名の『守られた空間』だけでしか、私の前でしか威張れない お馬鹿なサルだと。
校門を一歩出たら、無力なコドモでしかない このサルたち。
早く、お子ちゃまだけの群から卒業したいと思っていた。

自転車のカゴに石を入れる程度の幼稚さを馬鹿にしていた。
カゴの中の石を捨てながら、あまりの程度の低さに、「幼稚園児か!」って、あきれ返っていたよ。
教諭に告げたり、犯人を探す気さえ起きなかった。
あまりの幼稚さに、あまりのお馬鹿さに、腰が砕けていた。
毎日やられていても、「馬鹿が一人〜」「馬鹿が二人〜」って 石をカゴから捨てながら、
こんな程度のことで私をどうにかできると思っている、私にダメージを与えていると思っている、
私に嫌がらせをしていると思っているなんて、百万年早くってよってね〜  ってか。


ここさえ乗り切れば。
子供には永遠のように長い長い時間に感じられる学生時代。
でもたった3年。

今はネットで友達ができる時代なのだから、その耐えている時間に 生きる力を蓄えて下さい。
もっと脳を鍛えて、もっと狡猾さを覚えて、人のあしらい方を覚えて、もっと賢くなって。
アホな小猿に負けない知恵を どうか養って下さい。

今が 人生の全てでは ありません。
冷静に敵を観察すること。
低レベルな 小猿に 負けるな。
戦い方をもっと学んで、もっとタフになって下さい。

哀しいかな、大人社会にも年を食った小猿が大勢いて、苛めは存在します。
その年を食って、その上権力まで持っていたりする小猿に負けない為にも、
低レベルな小猿で実地訓練して、知恵や生きる力を磨いてください。

あなたたちは 今、成長している途中なんです。
まだ、毎日 毎日 どんどん どんどん 成長している その途中なんです。
それを どうか忘れないでいてください。
低レベルな 小猿なんかに負けるな。
どうか 生きて下さい。

私ね、最近の『流行』に、本気で腹を立てているのだよ。
吐き気がするくらい腹を立てているんだよね。

過去に傷を持った人達は、きっと同化してしまい、苦しんでいるんだろうなって思う。
どうか 死なないで。
生き残って 最後に笑ってやる。
小猿どもに負けるな!
過去の遺物に負けるな!


2006年10月30日(月) 夏海ちゃん甘やかし強化月間開始

●夏海(372) 題名:夏海ちゃん甘やかし強化月間開始 投稿日 : 2006年10月30日<月>13時29分

引越しの日程を不動産屋さんで決定してきました。
立ち合い(荷物が全部運び出されているか、壁の傷等を確認し、鍵を返す儀式です)の時間も決定しました。

で、
昨日決意しました。
ストレス食いしてやるー!!

昨日の寝る前に、電化製品の移動を週末にやるって話をして寝ました。
したら、今朝から、どうも緊張が始まったようです。
(まぁ、朝のバタバタも原因なのかも知れないけど。)
電化製品の移動 イコール 今の家で住めない。
イコール 今の家で住むのは、今週が最後!
ギャーー!(>_<)
まだ先と思っていたのに、目の前に来ていることち突然気が付いてしまいました。

で、『夏海ちゃん甘やかし月間』を開始しようなかと(^^)v

優先順位を何にしようかって思って。
teaの家に慣れること?
いや、仕事ができないのはマズい。
じゃー仕事をすることを再優先にして、
ダメそうだったら、引越しはteaに任せてしまおう!
仕事も、会社に来れればOKということにして貰おう!
とことん自分を甘やかしてやるー!!


2006年10月29日(日) ホタルの光

【10月30日に書き込みました ^^;】

今日は弟の命日です。
土曜日にお墓参りに行こうと思っていたんだけど、予期せぬアタフタで時間が過ぎてしまって、
はっって思い出したのが昨日の夕方の5時過ぎ...
ごめんよ。
こんな姉ちゃんで。
7時過ぎに真っ暗なお墓で出掛けて、teaとお墓参りしました。
お線香も何も持ってなくて、お寺で拝借して(正確に言うと貰ったんだけど)、
お墓参りの作法?も出鱈目で、あの几帳面さは一体何だったんだろう?って、自分のいい加減さにびっくりしました。
こんな姉ちゃんで、本当に ごめんよ。 f- -;

さて本題。
婚家を出る時、出ようと決心して1ヶ月ほど、
ホタルの光が 毎日私の頭の中で流れてました。
「もう出て行くんだから」
「もう他人になるんだから」
そう思って、ムカツク言葉を言われても、無駄に腹を立てないで優しく接したりできた。
私がいなくなったら、頭が痛くなるくらい嫌いな食事つくりや、家事を全部しないといけない。
可哀想に。
そういう目で、うーたんの母親を見てました。
可哀想に。私というクッションがなくなって、これから この親子はどうするんだろう?
まだ家に住んではいたけれど、私の心はすでに渦中ではなく、
赤の他人として外側から 私には理解不可能な うーたん親子を見ていました。

家を出て最初に住んだ静岡から、今の場所へ戻ってくるときも、ホタルの光が流れていました。
ここでやるべきことはもうなくなり、卒業(引越し)を待つのみ。
そんな 卒業生の気分でした。
苛めに合い、でもそれとももうお別れして、苛めたヤツとは もう一生会わなくても良い。
もう一生会わなくても良いという安心感は、私を優しくしました。
何をやられても、何を言われても、あと○日の我慢って思えることは、私を優しくしました。

自分の実家を出て、うーたんと結婚した時も、やっぱりホタルの光が流れていました。


で、今回。
ホタルの光は流れていなくて、そのことに突然気が付いて、あれれ?って思いました。
今回の引越しでは、私は何とも決別しなくても良い。
何からも卒業しなくて良い。
私にとって、今までの引越しは、辛い過去と決別して新天地へ行く 人生の疲れと希望とがごっちゃになっていた引越しだったんだなって。
今回は、今住んでいる場所を移すだけで、何も変わらない(同居人が一人増えるが)生活を送れば良い。

そうか〜
ホタルの光が流れていたのは、そういう意味だったのか〜って
自分のことながら、改めて驚きました。
そんなに辛い過去ばかりだったんだ〜。
『卒業』がとても嬉しい出来事で、そんなに待ち遠しかったのねってね。
だから『ホタルの光』だったのねってね。

昨日、静岡から引っ越した そのままのダンボールを開いて中を整理しました。
蟹さんの下へ行った時の借りた家の契約書や
静岡時代の部屋の契約書やら、
私の生きた証、私の勲章として取っておいたものたちを、今朝ゴミとして出しました。
それらを手放したくなかった過去の私は、今はいません。
その心の変わりように、自分で驚いています。
本当の意味で、過去と決別するって、こういうことなのねって 改めて思いました。
昔のもの 私は頑張ったんだぞって過去の遺物を勲章として持っていなくても、
私は 私を誉めることができるし、私は私を認めることができる。
「これ」があっても なくても 今いる私が私であることに変わりはない。
過去に私と一緒に頑張ってくれたものたちと お別れし、新しい生活を始めます。
ここへ引っ越してきた2年半前、
お薬を 「もうこれ以上出せない。後は我慢して、どうか頑張って」って言われる程、MAXに出されて飲んでいた私が、
未来や明日にすら不安しかなく、何もかもに怯えて、過呼吸の発作の度に蟹さんに電話していた私が、
建物の中にいられなくて、一日中外を歩き回っていた私が、
仕事をし、
電車に乗り、
バスに乗れ、
エレベーターに乗れ、
結婚なんざして、同居までするようになるなんてね。

昨日、私が宗教にうっかり勧誘されてしまった、勧誘した姉さんにメールしました。
引越しをしますって。
終の棲家(ついのすみか)だと思っていたのに、たった2年で引っ越してしまうなんて、自分でもびっくりしてます。
人生って何が起こるか分からない。
人生って素敵ねって。

「生命力をつけましょう」って誘われた宗教だったけど、
この年まで生きてこれたのだから、生命力はあって、それを自分で知らなかっただけだって気がついた1年前。
日記の中で『神が降りた瞬間』って表現したけど、
「ああ、私はオリジナルなんだ」って 腹の底から思えたことが、私がお薬を減らせるきっかけでした。

今、私はウツのお薬を飲んでいません。
緊張を解くお薬を少し飲んでいるだけです。
1年前には、飲んで良い限界、MAXの量を処方されていたのにね。

何回ころんでも、そのたびに起き上がれば良いのよ。
ころんだ回数が多ければ多い程、転び方も上手くなるってもんだよ。
『転んでも前のめり』って題名の本を本屋さんで立ち読みしたんだけど、その言葉通りに、
転んでもタダでは起きないぞって、大阪商人の精神で図太く行こうよ!
転んだ目の前に、可愛い花を見つけたら、それだけでもラッキー、転んだ甲斐があるってもんだよ。

道に迷ったら、人に聞いたりして その人と友達になっちゃえ!
迷った道で 何か一つでも新しいこと、楽しいこと、珍しいことを収穫できれば、
道に迷ったこと自体が 意味のあることになる。
迷った道が、自分の地図の地名になる。
白い地図にたくさんの地名を書き込めることは、悪いことじゃないんだよ。
たとえそこが行き止まりであったとしても。
それ以上前に進めなくなったら、自分が通ってきたその道をたどって 元へ戻れば良いんだよ。
それは、恥ずかしいことじゃない。

経験したこと全て、失敗したことも 成功したことも、全てがネタになり、
経験したことのない人や 失敗したことのない人より 人生の幅が広がり、人間の幅が広がるってもんさね。
壁にぶち当たり前に 何だかんだ理由をつけて逃げたりしないで踏ん張った経験は、宝ものになる。絶対に。
(当然『逃げる勇気』も必要だからね ^^v)


どうか未来を恐れないで。

小学生の頃から人生にくたびれ果てて、未来に絶望していた私が、
死にたい歴30年のベテランの私が こう言えるようになったのだから、
人の人生って 捨てたものじゃないよなって思う。


2006年10月28日(土) 【私は、愛するに値する人間です。】

●夏海(369) 題名:アファーメーション 投稿日 : 2006年10月28日<土>09時00分

【あづまさんのメルマガです】

(今日のアファメーション)

 「私は、愛するに値する人間です。」

 愛するって誰が?
 あなた自身がです。

 あなた自身が、まず自分を愛してあげてください。

 すると、大切なものには人が集まるように、
 あなたを愛してくれる人が周りに増えてゆくのです。

 自分を粗末にしている人を心から愛したいと思う人はいません。
 寄ってくるのは、同じように自分を粗末にしている人です。

 だから、今日から、
 いや、難しいと感じるのならば、せめて今日だけは、

 自分を愛してみてください。
 無理なら、愛するふりだけでいいです。

 どうやって?

 まずは、アファメーションしてみましょう。

 「私は、愛するに値する人間です。」

 よく言えましたね。よく頑張りました。
 大事なことですよ。

【夏海より】

ああ!だからかって思いました。
私が私を大切に思っているから、私を大切に思ってくれる人が集まって来てくれたのねって。
『類は友を呼ぶ』
自分を大切に思えない人は、自分を大切に思ってくれる人に気がつかないし、
自分が嫌いな自分を、なぜ大切に思ってくれるのかが判らないため、
その人を、その人の言葉を信じることができない。

なるほど。
とても解り易い説明です。

言葉には魂があり、その『言霊』でもって自分を癒してあげて下さい。
「私は、愛するに値する人間です。」

あなたは、愛される価値がある人間です。
 
 
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http://www.mag2.com/m/0000164141.html



●夏海(370) 題名:ひとまず完了! 投稿日 : 2006年10月28日<土>10時03分

今週と先週の日記

『しあわせになろうね』の10/26と9/26
アップしました ^^

もしかしたら、私、すっごく腹が立っていたのかも知れない。
ま、そういう時期もあるやね。
ってか、腹を立てる、怒りを持つことは大切で、
私は 蟹さんの元にいる間に『怒り』は会得できませんでした。
怒れなかったから 自分が腹を立てていると気が付かなくて、
って言うか、腹を立てるタイミングを逃してしまったために、
言葉に出すことをしなかった(できなかった)為に、
どんどん心に溜めてしまって、壊れてしまったので、
怒りを言葉に出す、発散することは 大切なことだと思うの。

な〜んて、言い訳してみました。f^^;

いや、冗談だけじゃなくて、怒ることは必要なのだよ。
醜い怒りも 自分である。
それは悪いことじゃない。
どうか心に溜め込まないでね。


2006年10月27日(金) まるなげ

最近引越し屋さんの車をよく見かけます。
気候も良いし、引越しの季節なのかなぁ...確かに春と秋は引越しの季節だよなぁ。(何となく)
ってか、結婚シーズンも関係あるのかもね。
会社の女の子が結婚して、新婚旅行から帰ってきました。
お土産のマカダミアンナッツチョコレートは途中で止まらなくて、勢いで全部食ってしまいました。
と言っても、全部で5個くらいなので、勢い食いは3個だったかな f^^;
(もちろんteaにはナイショですとも!)
旅行中に彼が酔って、体調不良になって、喧嘩をした話を聞いて、
それより少し前に紅葉ちゃんと「リゾートへ新婚旅行で行くと、熱を出すのは日本人男性だそうだよ」って話をしていたばかりだったので、
やっぱりそうなんだーって紅葉ちゃんと大笑いしました。
仕事が忙しいのと、新婚旅行に向けて頑張って休んでも良いようにって余分に仕事を頑張って、ほっと一息してドッと熱が出るのが、日本人男性のパターンなのだそうな。
って、38度だか39度だかの熱を出した旦那さんのせいで、新婚旅行の一日を棒にふった友達が教えてくれました(笑)
旅行中に絶えず一緒にいる人が体調が悪いと、楽しみが半減しちゃうよね。
私のイトコは、北海道を車で走る新婚旅行をしたけれど、北海道って広いじゃない?
イトコは運転でくたびれてるけど、奥さんは移動中は暇で寝ていて、ホテルに着いたら元気いっぱいで、
お互いのテンションが違いすぎて喧嘩ばかりしてたって話してました。
だから、北海道を車で移動する新婚旅行は お勧めできないと(笑)
二人の趣味が同じで、同じテンションで行くことのできる旅行は楽しいよね。
新婚旅行の為に体調を整えておくって人は ほとんどいないだろうけど、
旅行なんて、環境がかなり変わるのだから、それに海外だから時差の関係もあるだろうから、体調を整えて万全の体制で臨むべきだよね。本当はね。
長期に会社を休むのだから、やらなくてはならないことがてんこ盛りなのは仕方がないんだろうけど。


さて、『まるなげ』
これは漢字で書くと、『丸投げ』です。
そう、つまりは 丸々相手に投げてしまうこと。
自分はホールドアップしてしまって、お願いする、やって貰う、決断をゆだねること。

今朝、アリさんマークの引越し社の車を見て、そう言えば、ここへ越してきた時、アリさんに丸投げしたよなぁって思って。
住む場所を変わりたい。
でも、自分で引越しの準備ができる精神状態ではない。
で、アリさんに相談してみました。
前回の引越しの時もネックになったのは自転車の存在で、自転車さえなかったら安く引越しできたんだけど、
自転車があると値段が跳ね上がるのです。
今回は家電もあり、重い冷蔵庫もあるし、引越しを手伝ってくれる宛てもない。
で、アリさんに電話を。
「安くでお願いしたい」
「県外への引越しになる」
「住む場所は階段しかない」
「女の私一人である」(つまり大物の荷物運びは手伝えない)
どうしたら良いでしょうか?

ここが営業の腕の見せ所、そして客の腕の見せ所でもあります。
お金の問題は、上限があり、私が手伝えない以上 作業者は一人では無理。
県外へ行くのであれば、一日仕事になる。
高速代、燃料代、お昼ご飯などなど。
で、繁忙期ではなかったのかな?そのお陰で、一人の値段でニ人派遣してくれることになりました。
「面倒臭いので、あと○○円で梱包を引き受けますよ。」と、これが結構お買い得な値段で提示され、
片付けに不安を持っていた私は、丸投げしてお願いしました。
「貴重品と下着はご自分で、それ以外は任せてください。」
で 手打ちとなりました。シャンシャン

当日来てくれたのは、明るい体育会系の男の子3人だったか4人だったか。
てきぱきと良く働いて、明るくお喋りして、ホイホイ あれよあれよと言う間に引越し準備完了。
高速へ乗って、途中サービスエリアで昼食を取ってから行きますと告げられ、
「へ?お昼代、私持ちでなくても良いの?」って思いました。
新居に集合し、私は冷たい飲み物の買出しをして、途中休憩をはさんで本当によく働いてくれました。
それはもう気持ちの良いほど。
アリさんは、紹介やリピーターが多いのも納得です。

ということを考えて、自転車をこいでました。

この『丸投げ』
ananに載ってました。
上司などに、「どうなってるんだ?!」「どうするつもりだ?!」と言われたとき、
「どうなってるんですかねぇ?」「どうしたら良いですかねぇ?」って答えるもの戦術だ
そう書いてありました。
日頃頑張ってる、それに対して理不尽にいちゃもんつける相手には、そうやって対処したら良いと。

考えたら、この『丸投げ』、私よく使ってるかも。
「困っちゃいましたねぇ」
「どうしましょうかねぇ」
「私にできますかねぇ」

自分一人でできることには限界があり、「できません!!」って言い切っちゃうより、逆切れしちゃうより
言われた言葉そのままを相手に丸投げしちゃうと、相手もそれなりに考えないといけない。
できる できないの判断は、自分でしないといけないし、その力量を知っていることも大切だけれど、
全てを自分一人で背負ってしまう必要もない。
「無理です」って言うより、「頑張りますけど、私にできますかねぇ?」って言っちゃうと、
任せた相手にも責任を持ってもらうことができる。だって「できる」って言って任せたんだから。

どれだけ狡猾な対応の仕方を知ってるかで、ストレスを溜めない生き方ができると思う。
試行錯誤しながら、このやり方(自分一人で背負わない方法)を見つけた私だけど、
これを雑誌で知ってしまうことは、その人の為には 果たして良いことなのだろうかとも思ったりする。
悩んで辿り着く答えは、その人オリジナルであり、
悩むことはとても大切なことだと思うからね。
悩んだり、考えたりして立ち止まる時間って、本当に大切です。
その 悩むこと 考えること をしないで、答えが用意されているのは、良いことなんだろうか...?
それも、anan世代の若い子にとって。

で、この丸投げ、
私はもう一人で頑張ったりしないぞって心に決めてるから、ガンガン丸投げしても へっちゃらになりました。
やって貰うことに対して 卑屈にならない。
過剰に恩を感じすぎない。
(ありがとうって感謝はするけど、この『借り』を早く返さなきゃって焦らなくなりました。)

ただし、「ここまで頑張った。これ以上無理」ってなった場合だけ だけどね。
頑張ることは やっぱり必要で、悩んだり考え込んだりすることも私には必要なので、
闇雲に丸投げしちゃうのは、人生の楽しみを半減させちゃうよなぁって思うので。(あたくしマゾですか? 笑)
それに、
最終兵器は、最終であるからこそ効果があるのであって、
毎回同じことをしていると、それは武器ではなくなり、無能というレッテルを貼られても仕方がないと思うのです

ananでも、失敗したときなどは、きちんと誠意をもって対処する方法が載っていて、
それでもウダウダうるさい人に対しての対応として載ってました。
頭の良い人は、最初の『誠意を持って対処する』を学ぶだろうし、
頭の悪い人は、まるなげだけを学び取るんだろうなって思う。
頭の良い、まじめな人には生きにくい世の中だよなぁ。
お互い、負けずに生きようね。


2006年10月24日(火) ただ今、帰宅中

●夏海(368) 題名:ただ今、帰宅中 投稿日 : 2006年10月24日<火>20時35分

ただ今帰宅の電車の中ざんす
週末は、まったり&バタバタと過ぎてしまって、日記をアップできませんでした。
あーだ こーだ 毎日色んなことを考えているので、
今度の週末にはアップしたいなと(^^)v

昨日、他のコトに気を取られていたら、乗り換えの駅で飛び乗った電車は
とって返して会社方向へ・・・
次の駅でまたもや今度こそは私の家に向かって走る列車に乗りましたとさ。
脱力したのさ・・・



【補足】

会社を出る時に 門のところに男の子が立っていました。
私と紅葉ちゃんが一緒に門を出ようとした時に一瞬目が合い、
「やばっ」と 何となく思いました。
誰かを待っているのかな?と思っていたら、私と紅葉ちゃんの後ろから付いて来ました。
目が合った時に無表情な嫌な感じがあり、
後ろを歩いているであろう彼の気配で背中が嫌な感じになっていました。
彼のイメージは『かおなし』(『千と千尋の神隠し』のね)

駅に着き、しばらく紅葉ちゃんと立ち話をしてから別れ、改札へ行くと、
改札口の中に彼が立っていて
やばっって思ったら、私が改札を抜けたら彼が付いて来ました。
うーん 困ったとか思って、私の駅まで付いて来られたら困るなぁって思って
乗り換え時にダッシュでプラットホームを駆け下り駆け上がり、
電車に飛び乗って、電車が走り始めてホッとしたら、逆向きに走っているのに気が付いたのでした。
ちゃんちゃん

時々ある、『違うホームに電車が到着』し、いつもと同じ動作をしたら、
到着したホームがズレている分、駆け上がったホームがズレていて、逆戻りしてしまっていました。

本当のところ、どうだったのか は 判りませんが、
『かおなし』君は、私にとっては不気味で、
本当に怖くて、大ボケな出来事でした。

2007/04/28


2006年10月23日(月) 大人になること

うーん...やっぱりyoh君はズレている。
世間から隔絶されて育ったら、こうなるのねって思う。
かなり浮世離れしています。
そりゃーもう びっくりするくらい。

メールのやり取りは、とても『普通』なので、そして文章能力も高く、さすが本を読んでいるだけはあるなって感じなんだけど、
だから、すっかり普通じゃんって思ってたんだけど、
土曜日にアンジュに聞いたyoh君は、かなり浮世離れしてました。

仕事をしていない為、父親のお金で生活しています。
1日300円貰い、タバコ代にしています。
タバコを沢山吸いたいので、父親や母親の車を洗っては、お小遣いを貰っています。
洋服など、必要なものは、父親と一緒にお買い物して、その場で買ってもらうそうです。
つまり、お金を渡されて、お金を持って家を出て、自分で買うということをしません。

で、1週間に2泊3日 アンジュの家に泊まりに来ます。
行きの電車賃のみを 片道だけ父親に貰い、お金はそれがすべてなのだそうです。
滞在中の食費、光熱費はアンジュ持ちです。
帰りは、アンジュの姉妹が家に車で送って行くのだそうです。
(片道料金だけを渡す父親もイカレテル人で(失礼)、家にいるとお金がかかるから、あっちで暮らせと言っているそうです。)

アンジュの家の水道代、電気代が跳ね上がり、それは水道のメーターを検針に来る人に訊ねられたくらいだそうです。
水の使用の極端な増量は、水道管の水漏れや、他人の使用などが原因することがあるので、検針の人は聞かないといけないシステムになっています。
原因は、yoh君のシャワーの出しっぱなしなど。
まぁ、人が一人増えるのだから、トイレを流すのも2倍には 確実に なるのだけど。

夏の間もずっと家にこもっていたyoh君は、エアコンを19度に設定し、激寒の部屋に一日中こもっていたそうです。
そりゃー電気代も跳ね上がるってもんだ。

アンジュは自分で自分を養っており、私も過去にteaに言った言葉、
『私は私を養うことはできる。私を養って欲しいとは思わない。
でも、あなたを養うほど給料は貰っていないので、自分を養う分は何とかして欲しい。』
私が言った、まさしく同じ言葉を聞きました。

電気代がかかるの。
食費がかかるの。
そう言ったら、yohくんは、こう言ったそうな。
「お母さんに出して貰えば?」
「親戚は無理なの?」
・・・人の彼氏のことながら、あたくし絶句です。
無知って恐ろしいと思います。
あのね、もうちょっと考えようよ。
アンジュの年はいくつで、そのお母さんは、いくつになると思ってる?
yohくんは 十代ではなく、何の疑問もなく親に養って貰っていて良い年齢ではないと思うよ。
それに、あなたがいるせいでお金がかかるのに、自分のではなくアンジュの親戚は?って言葉が出てくるのは、なぜ??
そして言うそうだ。
「結婚しよう」
・・・ んっと。
無理です。
世間を何も知らないyohくんは、お金は天から落ちてくるものだと 人から貰うものだと思っているらしい。
打ちでの小槌は 悲しいかな、この世の中にはないのだよ。
すでに保護者は必要ない年齢になっていて、自分で自分を養わないといけない以上、働いてお金を稼がないと暮らしていけない。
「砂を食べるような苦労をしても、アンジュと暮らしたいと思っているよ」
...yohくんは、小説の中に生きています。
父親に電車賃を出して貰うのは、申し訳ないから、アンジュに出してとせがむそうだ。
困ったねぇ。アンジュ。
アンジュはお母さんではないのにね。

私は小学校4年生で 子供時代が終わった。
自分がお金を稼げない存在であることを自覚し、養われなくなることを望んだ。
母親が自分のお金を持っていなかった故に、家を出られなかったことを知っている。
家を出て、離婚するのにお金が必要だと言うことも 身を持って体験した。
奇麗事だけで 生活はできない。

大人になるってことは、私にとって 当たり前のことなのに、
世間では 大人になっていない人ばかりなのに驚く。
年を取る イコール 大人になる とは 自分の父親を見て思えないが、
年ばかり食って、子供のままでいる人の 何て多いことか!

泊まりに来て、ご飯をありがとうって 「お礼に部屋に掃除機をかけるよ」とか、
「お風呂掃除はまかせて!」って言ったところで、罰は当たらないと思うぞ。
ってか、『結婚』を口に出す以上、それくらいして貰わないとな。

育てるのが大変だーってアンジュは笑って言ってました。
アンジュは大人だなって思う。

本人が自覚しないと 今の日本では大人になることは 難しいのかも知れない。
子供のままで 充分こと足りてしまうから。
家にはお母さんがいて、何でもやってくれる。
料理も作ってくれて、洗濯や掃除も。
お父さんが会社で働いて、でも、そのお金は銀行から引き出すだけで、お父さんが働いているからお金があるのだと思えなくなって来ているのかも。
何でもカードで買え、お金がなくても買えちゃう怖さ。
サラ金業者(どうする〜ア○○ル〜♪ やら、まごころレイ○♪)のコマーシャルのせいで、とっても楽にお金が手に入ると思っている。
(その手に入れたお金は、他人のお金だぞ?判ってて借りているのか?大丈夫か?返せるのか?)
そして気軽にお金を借りてしまう お子ちゃまたち。
(おお!イトコのことだった ―“―;)

大人になるって、難しいのかもね。
自分が子供であるって自覚し、大人になろうって思わない限りはね。


2006年10月22日(日) 上司と焼肉を食べに行きました



金曜日、上司と焼肉を食べに行きました。
上司の結婚祝は、回転寿司を食べに行き、そして私の結婚祝でホルモンの美味しいお店に連れて行ってくれることに ^^
(いや、結婚して早2ヶ月だが ^^;)

私は誰かと食事に行くのが好きです。
それも、楽しいお喋りができる人と。
美味しいもの プラス 楽しい話 で、楽しい食事だと思っています。
で、上司と食事に行くのは、とても楽しいです。
ほんの時々お昼ご飯も食べに行きます。
上司が結婚前だと、頻度は高かったんだけど、最近はお弁当持参(愛妻弁当♪)なので、なかなか機会はありませんが。

で、行く途中、車の中でTVを見ていました。
その時の特集が『レンタルおねえさん』でした。
レンタルおねえさん??
なんじゃ?そりゃって思いました。
老人ホームなどで最近流行っている(?)レンタルペットのおねいさん版かい?って思っていたら、ニート相手のボランティアでした。
(個人か団体かは イマイチわからないんだけど)
『お水』の世界で働いていた人が、「お金ではなく、世の中の為に役立ちたい」と思い立ったのが始まりなのだそうで、
家族などの要請によって出動し、冷たくあしらわれたり、仲良くなっていったりと、現実世界でロープレをしていました。
相手によって、作戦を練り、どう接するかを試行錯誤する。
お水で培った力を思う存分発揮できます。

それを見ていた徹さん(上司)
「俺もニートになったら、おねえさん来てくれるのか?」って言うので、
「来てくれるだろうよ。でも、ニートって年齢制限があるって知ってた?」って聞いたら、やっぱり引きこもりと混同してました。
teaに年齢制限があって、あなたはアウト!!って言ったっていう話でゲラゲラ笑い、
「おお!そうか!俺がレンタルお兄さんになれば良いのか!」って言うので、
「徹さんは、無理!人に合わせて対応を変えることはできないでしょ!」って言ったら、「まぁな」って。
「遊びに来たぞー!!」って外に連れ出せば良いんだろ?
こんな家ばっかりにこもってるからダメなんだ。外で遊ぼう!!って野球とかして...って言うので、
「何か」きっかけを探している人には、外に出るきっかけや、チャンスになると思うけど、
心に傷を持っている人には、「ジャイアンが来たーーー!!!」ってなるよ。
ジャイアンが苛めに来たーーー!!!って。
どうしよう ジャイアンが苛めに来るーーー!!ってなるよって言ったら、
そうだよなって。
私は、男の子と遊んでいた関係もあるのかな?
徹さんの毎日のチョップも別に苛めだとは思わないし、
結構パンチやキックは同僚とやり合ってる(ってか、私が主に? ^^; 反撃にくすぐられるから、五分五分か 笑)
苛めも セクハラも 主観であって、本人が嫌ならば、それは全て苛めであり、セクハラである。

私にとって上司は 仕事においては キーッて腹の立つ相手だけど、
人間として好きだし、当然怖くないし、一緒にご飯を食べて楽しい相手だと思っています。
でも。
たぶんnobyには怖い人で、自分は嫌われていて、苛められていると思っていただろうなって思う。
ちゃんとフォローしたんだけど、本当に主観なので、本人が納得していない限り、それは苛めです。
ちょっと気合の入りすぎたスキンシップですが。
(本気で痛い時には当然文句を言い、反撃したり謝らせたりするのは礼儀です。)

同じ肩を揉むのであっても、嫌いな人に触られたら、セクハラです。
お尻を叩かれるのも、この人なら冗談で済ませ、こいつにやられた時には セクハラだと思ったりします。
一度苛めを受けた人は、(精神的に)被害者になる傾向にあり、
(注:過去に受けた傷のために、自分で自分を『被害者である』と思ってしまう)
過去は過去として、できるだけ色眼鏡で見ないで人と付き合えたら、世界が広がるだろうにって思うんだけど、
過去の傷をちゃんと癒せていない人は、どんなことをされても(されなくても)ビクビクしてるのでしょうね。
そんなこんな 話をしていたら、焼肉屋に着きました。


生レバは、びっくりするくらいマズくて、牛肉もイマイチで、マズイとか言いながら、バクバク食べました。
そこはホルモンが美味しいと徹さん自慢のお店なので、ホルモンを重点的に(笑)

食べながら 何を話したんだろう?
私が主に話していたような気がする ^^;
徹さんがゲラゲラ笑って話を聞いてくれて、話を聞くのが上手なのかな?
teaのことや 色々話をしました。

とりあえず、ここまで載せておきます。
続き書いてる途中だからね〜



ゲスト GAKUさん ^^

●GAKU(366) 題名:カウンター10000です! 投稿日 : 2006年10月22日<日>16時18分

まいど!GAKUです(^ー^)

トップのカウンターが『10000』でした(@0@)
凄いな〜!やれ、目出度いな!



◎夏海(367) 題名:キャーーーー(≧0≦) 投稿日 : 2006年10月22日<日>16時29分

GAKUさん どうもありがとう!!!!

引越しの準備に飽きて、現実逃避してて、HPを開いてみたら、カウンタが10001で、
誰かカキコしてくれてるかなって思ったら、GAKUさんが踏んでくれたのね。

...2分違いだったので、危うく自分で踏むところだったわ ^^;
教えてくださって、どうもありがとうございます。
すっっっっごく嬉しいです ^^


2006年10月20日(金) 調教

今朝も小猿たちは元気でした。
会社への最寄駅で、ここのところ毎日遠足なのかな?小猿たちとすれ違います。
小学1年生?2年生?
駅が公共の場であることを理解できていない小猿たちの騒がしさったら!!
出勤時間に出現されたらイライラします。
そう言えば、最近の小猿はセーラー服を着ていたりしますね。
腰で履くジーンズを履いていたり。
電車の中で携帯電話を取り出して友達にかけ、歌いだした女子高生を見た時には、この動物は一体何だ?!って思いました。
運良くその電車は普通だったので、次の駅で隣の車両に乗り換えることができましたが。

ごめんね。不愉快なことを書くかも知れない。(多分 不愉快な人には めっちゃ不愉快でしょう)
不愉快であれば、どうか それ以上読まないで下さい。
それ以上読んで、自分の心を もっと不愉快な方向に追い込むことはしなくても良いのですから。


昨日は改札口の前で全クラス?が座ってました。
『蜂の子をつついたような』とはこのことです。
微妙に屋内なので、子供特有の甲高い超音波が響き、わたしの中の不快指数が上昇して、速攻に逃げました。
今朝は先頭集団の小猿たちは動物園クラスの騒がしさで、次のクラスは静かでした。
そう言えば、2年生の先生が言ってたよなぁって思い出しました。
その言葉は、「2年生までに調教できなかったら、もう無理」です。

私は栄養士の学校へ行っていて、免許証を取得する為には校外実習を必ず受けないといけません。
大規模な工場の給食と、学校施設の給食と、病院の給食と、自分の学校での学食。
自分の学校での学食は自分達で献立を考え、仕入れをし、食券を売り、学食を作り、お金の集計をして終わりです。
予算内で栄養価を計算したバランスの良い献立を立てること。
それは 美味しい食事であること。
最終的に 予定したお金と、実際にやってみたお金は 合っているかどうか。
それを実習を通して学ぶのです。
実際 献立を立てる立場になるのですから、栄養価だけではなく、材料の仕入れ値から考えないといけないので。

病院では特別食、病人食を、工場では大量に作ることを学び、学校では食を通して子供に食の大切さを教えることも課題の一つです。

で、小学校へ行きました。
給食を作り、一人一学級に派遣されて、自分が作った給食を 子供達と一緒に食べる。
私が派遣された学級は2年生でした。
その先生は、とても若く、「私には その能力がない」と言いました。
「だから、こんなに騒がしい」のだと。
「この(動物園のような)状態が普通ではなく、他の教室を見てみて。それが普通。」って言ってました。
小学校1年生はサルです。
それまでの人生の中で、自分がまったく興味がないことを 時間を拘束されて同じ場所で動かないで受ける、『授業』というものを経験したことがありません。
1年生では、その状況に少しずつ慣らしていくことから始め、2年生になって ぐっと勉強が難しくなります。
勉強が難しくなる。
興味がない子供は ますます訳が分からないことを聞かないといけません。
イスという固定の場所に座って。
自分の意志とは関係なく、イスという固定の場所に強制的に座らされて。

ここで、きちんと調教できていないと、「そうして良いのだ」と覚えてしまうのです。
授業中は、お喋りをしない。
授業中は、イスから立ち上がって自由に歩き回ってはいけない。
そして、先生の話を、授業を ちゃんと聞いていないと、勉強がわからなくなる。

人間は、生まれたばかりでは、サルも人間も そう大差ありません。
犬もネコも。
うちのテトは、とてもやんちゃで、まだ教えていないので 『お手』はできません。
じゃれて噛むので、噛んではいけないと教えているところです。
おしっこや うんちの場所を教えて、できたら誉めます。
失敗した時は、怒らないのがポイントだと、初めて知りました。
なぜなら、『おしっこ(うんち)をすること』がいけないのだと思うからなのだそうです。
仔犬にとっては、おしっこ(うんち)をするのは当たり前で、だから何に対して怒られたのかが理解できないのだそうです。
おしっこ(うんち)をした → 怒られた → おしっこ(うんち)をしたら怒られる → 極限まで我慢する → 当然病気になる
もしくは、おしっこやうんちをしたら怒られるので、隠れた場所でするようになる。
なので、上手にできた時にだけ、誉めるのが有効な『しつけ』なのだそうです。

先日 同じチワワの子に会いました。とっても大人しい女の子(2歳)でした。
「大人しいね。うちの子は、大騒ぎするよ」って言ったら、「しつけ教室に預けなさい」って言われました。
「最初が肝心よ。子供のうちに、しつけ教室に預けて、良い事と、悪いことを教えて貰いなさい」って。

獣医さんから、パピー教室(仔犬のしつけ教室)の案内が来てました。
叱り方、誉め方、犬との上手な接し方を教える教室なのだそうです。(たぶん)

で、今朝、子猿集団を見て考えました。
犬はしつけるのに、小猿はしつけないよなぁって。
野放しの野生状態のまま、小学校に入れて、そりゃー 学級崩壊もするわなってね。
優秀な先生はノイローゼになり、暴力で押さえ込む腐った教諭は 優秀だと勘違いされる。
TVで、先生をターゲットとした『人との付き合い方講座』を取材しているを見ました。
その中で、「授業中に立って歩き出した生徒の肩に手を乗せて「座って授業を受けようね」と言って座らせたら、
親に「強制的に座らされた」と抗議された。私はどうして良いのか判らない」と言っている先生がいると言っていました。
もし同じ立場であれば、私も言うでしょう。
どうして良いのか判らないと。

一定年齢を過ぎても小猿のまま人間になれない子供の親は 猿である。
自分を人間だと思っているだけに 性質(たち)が悪い

教育すべきは 親であって、子供は被害者であり、人間になるように育てられていないだけなのだ。

赤ちゃんは猿と同じ。
人間に育っていく為には、人間になるように育てないと無理です。
しつけや 教育とは そういうものです。

アメリカだったかな?
何歳までだったかは忘れたけど、ある年齢に達するまでは、『she(彼女)』『he(彼)』ではなく『it』なのだそうです。
まだ人間ではなく、野生動物と同じなのだと。
だから、人間になるように育てないといけない。


猿は群の中でしか暮らせない。
小猿時代、親や少し年上の小猿に群で暮らす為のルールを教え込まれる。
小猿だからと許されているものや、小猿でも許されないことがあり、
こっぴどく叱られている小猿の映像をTVで何度も見た。
今の日本人は、猿以下ですか?

そんなこんなを考えながら会社の門をくぐったら、社員証の替わりに定期を出していた。
朝っぱらから 私ったら お茶目さんだこと ^^;


で、ネットサーフィンをしていたら、こんなコラムを発見した。
例の苛めによる自殺の件。
私は新聞や週刊誌は読まないので、TVニュースかラジオ、ヤフーなどのニュースで事件を知る。
それにはこう書いてあった。
父親が「息子が夜遅くまでインターネットをしていて寝ないんです。」と教諭に相談していたのだと。
それがきっかけなのかどうかは分からない。
消しゴムを拾っただけなのに、なぜ『偽善者』という言葉が、どこからその言葉が出て来たのか、私には不思議だった。
その子が見ている見ていないは別として、腐った教諭ならエロサイトを見ていると思っても不思議はないわな。
でも、男の子は小さい頃から「おっぱい」が大好きで、
母親のから始まって、幼稚園の先生や週刊誌など、喜んで見るのは『普通』のことだと思うのだが。

腐った教師を見抜けなかった父親は、きっかけを作った一人だと思う。
それ以前に、早く寝ろと言うのは、早く寝かしつけるのは、親の仕事だと思うのだが、どうよ?
赤の他人に相談してどうするよ?!
仮にエロページを見ていたとする。
私の弟は、ロリ漫画が大好きだった。
私の母親はそれを読んで弟に言い聞かせていた。
「これは、漫画の世界であって、架空の世界であって、本当の女の子は、こんなことでは喜ばない」と。
漫画と現実を混同してはいけないと。

私と母親は相性が悪かったが、母親は愛する息子を犯罪者にはしたくなかった。
弟はボランティアで小学生と接する機会が多く、小学生からとてもとっても慕われていた。
だからこそ、きちんと話し合い、目を見て説明することが親である自分の仕事だと知っていた。

自分の息子の家庭ですべきプライベートな話を なぜ赤の他人に相談するのか?
なぜ自分の息子と対峙できないのか?

どうしてその子は助けてと言えなかったのか?
それは、家庭には、信用できる大人がいなかったからだ。
同じ気持ちを私は共有している。

息子を返せと父親は泣いていた。
それ以前に 息子の様子を観察できなかったのか?
息子と 目と目を合わせて 対峙できていたのか?

私は苛めに遭っていた。
大人は信用できないと思った。
教諭など信用に値する存在だとは思ってはいなかった。
助けてくれるとは夢にも思わなかった。
死ぬ時は、苛めの張本人の家の玄関で首をつって、その姿をさらして一生忘れられないようにしてやろうと思っていた。
自分の命を犠牲にするのであれば。
戦うとは、そういうことだと思っていた。

学校なんて、行かなくても良い。
日本になんて 住んでいなくても良い。
小猿や猿が大きな顔をしている今の日本では、人間の子供は、人間の大人は、生きるのに知恵を使って戦わないといけない。
一人で。
孤独に。

生きなさい。
どうか 生きて下さい。
生きて、力を蓄えて、どこの世界でも暮らせるように。
今ある世界が 世界の全てではなく、
世界は広く、あなたの幸せは無限に広がっているのだから。
あなたはそれを手に入れられる程の『人間』なのだから。


2006年10月17日(火) 死んで花実が咲くものか

●夏海(364) 題名:死んで花実が咲くものか 投稿日 : 2006年10月17日<火>09時20分

またひとつ賢くなりました。
『死んで花実が咲くものか』
ずっと『花見』だと思ってましたf^_^;

昨日、teaが読んでいた釣りの雑誌に書いてあったものの題名です。

teaは、磯で釣りをする人で、
その場所は、当然ですが足場は不安定だし、波はかぶるし、とても危険な場所です。
磯から転落し、海にではなく岩に打ち付けられて、頭を打てば当然死に、
運よく気絶しても、ライフジャケットを身につけて海上に浮いていてでさえかなりの確率で死にます。
波を読めない人は、海に入るべきではないのですが、
膝くらいなら大丈夫だろうと安易に海に入り、波に足元を掠われて転倒する、
もしくは、それ以上の大波がやってきて...

『自然を侮るな。』
そう書いてありました。
そして、一番大切なものを見失うなと。
死んでまでして得たいものはあるのか?
自身の命と引き替えにしても良いものとは、一体何だ?
家族など、愛する人たちと、もう二度と笑い合えなくなり、
好きな釣りをすることさえできなくなるではないかと。

『自然を侮るな。』
私は漁師の家で育ち、波の気まぐれさと恐さ、
潮には波以外に流れ(潮)があることや、潮には階層による温度差があることを教えられて育った。
私達は生かされている存在であり、自然をなめてはいけないと、遊びを通して自然に覚えていった。

で、死んで花実が咲くものか

生きていてこそ、今までの『借り』が返せる。
今、どれだけ辛くても、生きていたら、その人生を変えられる可能性は、必ずある。
どうか生きてください。
どうか死なないで。

昨日のニュースステーションで、虐めによる自殺はここ何年も0件だと国が発表していると報道されているのを聞いて、
怒りを突き抜けて、この国は一体何なんだ!?と呆れた。
校長ではなく、腐った教諭を出せ。
大人なら
それも『先生』と呼ばせる立場であるなら、
大人として、責任をとりなさい。
...結局 どう責任を取ったところで
失くなった命は戻って来ないんだけどね。

どうか死なないでください。
そんな腐った学校なんて行かなくても良いから!

生きることをまず優先して考えよう。
自分を生かす為なら、学校なんて糞食らえ!!
死ぬ為に 死に向かっていく為に、学校に行くなんて無駄なことはしなくて良いから!!

学校に行って死ぬよりも
学校に行かずに生きることを選んでください。
そして考えよう。
生きて行く為の方法を。
ネットでも 何でも どんな手段でも良い。
生きて行く方法を考えよう。
同じ時代、同じ地球で、一緒に生きよう!!


2006年10月16日(月) 雑考

何だかバタバタしているうちに、10月も半分終わってしまったことだよ。
一体何をしてたんだろうねぇ?
月日が光速で過ぎていってる感じが益々してます。

昨日、新車を取りに行きました。
最近の軽は、凄いねぇ。
私の車より 全然広いし、天井が高くて、圧迫感がない。
昔の軽と違って、静かなので、& 車高が高いので(私の車は、地を這う感じなのだー)
スピード感が全然違って、全然遅いと思っていたら、70kmも出てました。
(感覚としては、40kmくらいの感覚なので、teaと二人でびっくりしました!!)
私はマニュアル派なので、(クラッチをつないで、意識しないと動かない車でないと、私には危険だって思うので ^^;)
やっぱりゴーカート気分で乗れてしまうこの車は、私にとって危険だなぁって改めて思いました。

teaのお母さんが頭をぶつけないようにって、天井を高くして、
やっぱりteaのお母さんが乗り込みやすいようにって、ステップが一番低いものにしたんだけど、
これでもステップが高すぎて、天井が高すぎた為につかまる場所がなくて、乗りにくそうでした。
私の手で届く高さの天井にある『とって』は、teaのお母さんには 頑張らないと届かない高さで、
「ありゃりゃ 高すぎたか〜」って。
乗る人のことを考えて買うのであれば、乗る人を連れて行くべきだったね。
失敗失敗。
(teaの釣り道具を入れられるように、荷物入れのために高くしたのもあるんだけどね)
にしても、結構快適な車で、思ったより全然良かったです。
(交渉して、ガソリン満タンで引き取りだったし ^^v)

相変わらず朝の現実逃避をして、遅刻街道まっしぐらで、
今朝、電車に例の如くボーって乗っていたら、破れたジーンズを履いているオバサンを見たの。
明らかに破れたものを買ったと見た。
...大人ならさぁ、ちゃんとした格好をしようよー。

若い子であれば、ファッションとして通じるって思ってあげても良い。
私の若い時代にも破れたジーンズを履くのが流行って、
それは、今の『引っ掻き系』もしくは『すだれ系』ではなく、『切り裂き系』だったんだけど、
んでもって私も破れたまま履いていたけどサ。^^;
ただ理解できないのは、すでに破れているものをお金を出して買っていること。
(新品を破くなんて、「ワタシ ニッポンジン ワカリマセン」って、きっと中国の製服工場の人が言ってるよってteaと笑ってたんだけどね)

私達はファッションとして(いや、私は単に破れただけなのだがf^_^;)
自分の好みに加工してました。手間を掛けて。
切り裂く位置、自分に似合う穴の位置、セクシーに見える位置を試行錯誤しながらね。
インディゴブルーのジーンズを買い、漂白剤&軽石で擦り、『使い古した感』を出したりして、
「私はこのジーンズを履き古したのよ」という自然さが出ているのを履いている人を見ると、「おっ!お洒落だなぁ」って思ったよ。
面倒臭がりやの私には、そのお洒落にかける情熱は、凄いなぁって思ったもん。
今は、安易になり過ぎて、つまらないなぁって思う。
ファッションが みんなが群れちゃってる為に、『制服』に成り下がってる気がします。
お洒落ではなくね。
破れているものを買うなんてねぇ...。みんなが同じように同じ場所が破れてるの?ウゲッ
やっぱ 制服と同じじゃん。
そんだけハードな服を着たいのなら、オリジナリティー出そうよぉーー
ワタシ ニホンジン ワカリマセン

ってか、それ以前に、おばちゃん(45過ぎ?う〜ん50代だったかなぁ...)、もっときちんとした服を着ましょうね。
残念っっ!!


2006年10月13日(金) 殴る母

こんなHPを発見しました。
http://www.chugoku-np.co.jp/gyakutai/index.html
それは、中国新聞の特集『殴る母』

お隣の国の中華人民共和国ではなく、日本の中国地方(岡山・広島・山口・鳥取・島根)の新聞社の特集記事です。
何からたどり着いたのかなぁ...
児童虐待の記事から 飛んで飛んで飛んで だったのは確か。
これはとても丁寧に記事として扱っていて、読んでおいて無駄ではない記事だと思って『お気に入り』登録してありました。

タイトルの『殴る母』
凄いタイトルを打って出たもんだ。
母側の心理。子供の心理。
殴られて育った子供が、今度は殴る母親になった。
もしくは 殴った母との距離の取り方や 和解...(本当に本当の和解は無理だろうけど)

殴る母親も 加害者であり、被害者でもある。
その最悪な連鎖を自分のところで止めなければ、暴力は世代を経るごとに ますます過激になり、そして...
私は被害者であった。
そして加害者にならないように。
これ以上被害者を増やさないように。

昔いた会社で一緒に働いていた男の子のお姉さんが、カッとなったら暴力をふるう人で、
ある日カッとなって殴ろうと思ったら、子供に手をかける手前に柱があり、指を骨折したらしい。
「柱があってくれて良かった。あの勢いで子供を殴っていたら、殺していたかも知れない」って言っていたそうだ。
骨折して冷静になったそうだ。
自分は 今まで どれほどの力で子供を殴っていたのかを思い知ったらしい。

よっぽどの暴力好きでなければ、抵抗しない子供を一方的に殴って、心に痛みを感じない人はいないでしょう。
子供も傷つき、自分も自己嫌悪に陥る。

殴らせないであげるには、家族や周囲のサポートが必要で、
時にはカウンセリングの有効なのかも知れない。
カウンセリングを受けるための敷居が もっと低かったら良いのに。
そして、ちゃんと保険適応しているカウンセリング専門の機関があっても良いと思う。

昨日、アンビリーバボーで、『前世療法』をやっていた。
いや、『前世療法』の話をしたいんじゃなくて、
「悲しみが止まらない」と、「うつろな気持ちがなくならない」と、「どうしたらいいの?」と
そうやって気軽に相談できる機関が、日本には普及していない。
昔は相談できる世話役のような人が どこの地域にも存在した。
今は 地域ごと過去家族化が進んでしまい、人との付き合い方を覚えないで育った大人達に囲まれ、
お互いに人との距離を計れない為、
個人情報を言えない近所付き合いしかできなくなってしまった。
そして我慢して 我慢して、お薬を飲まなきゃいけない程の症状になってしまうのだ。

悲しいできごとが多すぎます。
悲しい子供が多すぎます。
私の街では、相談できる公共機関が充実しているような気がしますが、
相談したことがないので、その実態はつかめていません。
虐待していることを恥じているのであれば、相談なんてしないだろうし。
もっと大らかな世の中に戻れないものかと思う。
もっと『大人はちゃんと大人でいてくれる』世界に。


2006年10月12日(木) プラスとマイナス

やっと『どうして冷たい物を食べちゃいけないの?』の答えを書き終えました。
んでもって、過去の日記を調べて それに関連する資料をプリントアウトして。
人に何かを説明することは、言葉を選んだり、理解してもらうような文章やら、理解して貰えるような内容やらを考えたりするので、
とっても疲れます ^^;
脳の使い方が、日常と違うので。
最近は 家でもパソコンに向かう時間が増え、携帯でのやり取りも増えたので、目が疲れちゃって...
いやん お年かしらん ><

さて、
今朝ね、「ああ...青になっちまった!」って言ったの。
駅へ向かう道の最後の信号は、手押し式信号機で、曲がり角を曲がって最初に目に入るのが、車への信号機。
車への信号機が青ってことは、私が渡る歩行者信号は赤。つまり渡れないってことで...
ちょっと待てよ!この場合、「赤になった」が正解か?って思ったの。
自分が言った言葉に引っかかったの。今朝は。
何を基準にするか によって、方向が変わる。
自分が渡りたい信号機が赤であることと、車の信号が青であることは、結果として私が渡れないことにおいて 同じことだけど、言葉にすると違う。
teaによく怒られるんだけど、道を右に曲がると...って言うと、
「どっちに向かって右なの?!その右は、東西南北どっち?!」ってね。
私は進行方向に向かって右(みぎ)左(ひだり)って言うけれど、道路はその向こう側にもあって、向こう側から来た場合、私の説明と逆に曲がらないといけない。
何を基準にするか
何を基準に説明するのか によって、まったく逆の方向へと導いてしまう可能性があるんですよね。

んで、最近特に思うんだけど、
それはね、私の歩んできた人生で 私が負の遺産として経験してきたことが、今プラス方向に生かされてるなぁって思って。
1ヶ月前(おお!もう1ヶ月も前の話になってしまったことだよ!)に、ソーシャルワーカーの人に愚痴を聞いてもらっていた時のこと。
teaの母親との同居をするって話をしたら、「夏海さんは、同居に対してストレスとか感じないタイプですか?」って言われてね、
色んな家で暮らして、自分の家族でさえ 私にとっては『血の繋がった他人』でしかなく、
居心地の良い家ではなかったし、心がホッとする家庭ではなかったから、
どうやら私は他人と暮らすことに対して 拒否反応をおこさないタイプらしいって、最近気がついたの。
子供の頃、ホッとできる場所でなかった『家庭』というものがなかったお陰で、
『家庭』の中にあって、家族を他人と感じて暮らしていた子供時代があったお陰で、
新しく 他人と生活することに違和感なく拒絶反応がないってことは、私にとっては幸せなんじゃないかって思って。

枕が変わったら 眠れないタイプだからって、旅行でよく言われる言葉だけど、
私の場合、自分の居場所がコロコロ変わった。
自分ちだったり、伯父母んちだったり、祖父母んちだったり、
自分ちも、引越し 引越しのせいで、ここが自分の故郷、魂の帰る場所、自分の心の居場所、大人になってもノスタルジックな懐かしい場所ってのがなくて、
私が結婚してから建てた 私に実家には、私の実家だけれど、私の居場所なんて当然だけどない。(それ以前にもなかったが)
やっとできた友達も 父親の都合で引き剥がされ、新しくまた一からやり直しを何度繰り返したことか。
でも、そのお陰で、この土地に執着しなきゃいけないって思いはなく、私に合う場所があったら、ここではなく そこに住めば良いやって思えるし、
今住んでいる家ではなく、teaの実家に移り住むことにも特別な感慨はない。
(うまくやっていけるだろうか?っていう不安はあるけどね)

家の居心地が最悪だった為に、家に対して 狭い空間に対してアレルギーがあり、
家にこもれないことは、私にとってはとても幸運だったと思う。
家から出ることは緊張してするけれど、家から出ないともっと緊張するから、外出しないといられない状況だったことは、私にとって幸運だったと思う。
淀んだ空気が怖くて、新しい風を入れたいと思う性格も、私にとって幸運だったと思う。
お陰で『PO』に出会い、『PO』の仲間に出会い、
私は 私に出会った。
私は 私へと還っていった。

誰も信用できなかったから、私一人で全部処理できる大人になった。
一人でも処理できるけれど、「助けて」って言うことを 大人になって覚えた。

誰も助けてくれなかったから、自分で戦った。
そうやって体当たりして戦ったことは 経験値として私の財産になった。

誰も信用できず、誰も助けてくれなかったから、婚家を出て一人で生活しても、今まで通りに一人で生活することに変わりはなく、
自分の面倒は 自分でみることに対しての不安はなかった。
その不安がなかったことによって、家を出る選択ができたことは幸運で、家に残って死を選ぶことをしなくて済んだ。

過去を振り返ると私は不幸だったかも知れない。
とても厳しい環境にいたのかも知れない。
でも。
マイナスとプラスは紙一重で、
マイナスをプラスにするか マイナスのままでいるか は、その人の考え方次第だと思う。

最近気づいたこの現象を私は、『幸せの連鎖反応』と呼んでいます。
良い方向に転がり始めた私の人生は、過去の負の遺産が プラス方向へと作用していって、私は今 ガハガハ笑って暮らしています。
『人生万事塞翁が馬』
何が起きても、最終的に 笑って過ごすことができたら、それで良いじゃんって。
終わり良ければ 全てよし。
私は過去に生きている訳ではなく、今、生きて ガハガハ笑っているんだから。
過去が苦しくても、過去が不幸であったとしても、今幸せであれば、それで良いもの。

過去の負の遺産が、もうすぐプラス方向へ歩き始めるよ。
一度加速がついたら、どんどん幸せな方向へ 転がり始めるよ。
あなたのきっかけは 何?
あなたにとって、始めの一歩は 何?


2006年10月07日(土) 亀田君に思う

亀田君が騒がれている。
ランダイエとの疑惑の判定から、バッシングの対象になっている。
人気はうなぎ下がり?...かどうかは、微妙かも。
ただ、彼は子供であり、檻の中で父親に純粋培養されただけであり、
その通りに動いている彼は、親孝行の良い子なんではないかい?

あの試合は、確かに負けていたさ。
でも、それを勝たせたのは 大人の都合であり、
彼のせいではない。
彼は精一杯戦っただけなのだから。
そして、最後までダウンしないで立っていただけなのだから。
(休憩のたびに 父ちゃんの平手打ちを受けて、頭クラクラしてただろうにねぇ
 全国的に、「おいおい!」って父ちゃんに突っ込んだと思うよ。
 相手に打たれて、父ちゃんにも打たれて、よく最後まで頑張れたもんだ)
最速チャンピョンにならせたかったのは、大人の都合で、
TV局の都合で勝っただけなのに、亀田君をバッシングするのは、大人としてどうよ?

今回、疑惑を払拭する為に組まれた防衛戦に怪我を理由に延期をして、
それは 目の上を切って縫った全治1ヶ月の診断からなのだそうだけど、
それに対して、小学生の妹の運動会に元気よく出たと騒いでいる醜い大人達よ。
目の上の傷だからこそ 防衛を延期したのだよ?
そして、何針か縫った、その縫い目は、全治1ヶ月と診断されてもおかしかないだろう?
全治1ヶ月の重症に見えなかった?
そりゃ〜そうだろうともよ!
縫い目がふさがるまで、1ヶ月かかるってだけで、他は全然元気なのだもの。
その状態で戦って負ける姿を見たいのかい?
見たいんだろうねぇ。出来るだけ早く。
そして、ざまーみろ!と言いたんだろうね。醜いねぇ。

亀田君を好きか嫌いか は、別として、(私は下品だから好きではないけど^^;)
自分を売り出すパフォーマンスとしては、あれは『アリ』だと思う。
努力家で、ちゃんとトレーニングを積んでいて、
闇雲に打たれてばかりではなく、ちゃんとガードをして打たれないようにして相手を打つという基本を徹底している。
打たれすぎると、やっぱり選手生命が短くなるからね。
そこのヘンは、よく考えてトレーニングしているなぁって思います。
自分を打たせて 相手を打ち負かすタイプでは、どれだけ打たれ強くても、
引退した後 やっぱ脳みそ打たれてるよなぁって発言してるなって思うもん。

最近廃れてきたボクシング界を背負える逸材だとteaも私も思うわけさ。
だから、良い大人に育てられて欲しいなぁって。
もっと練習して、小さな試合をコツコツ積み重ねて実力を積んで、
もっと狡猾な戦い方を身に付けて欲しいと思うのだよ。
こいつは 本当に憎たらしいよなぁ。でも強いよなぁって言われる為にね。
それには、育てる人の資質が大いに関係してくる。
あの父ちゃんには、それは無理で、
父ちゃんではなく、父ちゃんが頭を下げて、ちゃんとしたジムに預けて、
ボクシング業界や マスコミ 周囲の大人みんなで育てないとね。

「お前は まだまだや」
「お前より強いやつは、世界にはいっぱい いてるんやで」
そうやって 頭を押さえて謙虚さを教え、もっとやる気を出させるか、

「そうや!!お前は強いんや!」
「よっしゃー!その調子や!もっともっと いてもうたれ!」
そうやって、うまく乗せて、いい所を引き出すのか は、その子の性格や資質による。
だから、あの下品なパフォーマンスや父ちゃんの息子への接し方は、アリだと思う。
ただし、孤立させちゃ〜可哀想やわな。
だって、子供やもん。

「やっぱり大人は信用できひん!!」ってなって、ますます『父ちゃんが全て!』になってしまったら、
彼はボクシング界にいられなくなる。
スポンサーがいなければ、世界で戦うお金すら調達できない。
勿体無いと思うぞ。

資質ある子供を その資質通りに育てるのは 大人の責任でもある。
馬鹿なマスコミに潰されないで欲しいと願う訳さ。
格闘好きのあたくしとしてはね。




●GAKU(359) 題名:綺麗なお月様です! 投稿日 : 2006年10月7日<土>01時42分

夜中に一人、お月見しながら呑んでいます(^0^)「ウサギさん!ニンジンがあるよ〜!」なんて言いながら。ウイスキー&野菜スティックで・・・。

でも、十六夜の方が趣があってすきですね(^ー^)夜中の酔っ払いでした〜!




◎夏海(360) 題名:十六夜(いざよい) 投稿日 : 2006年10月7日<土>08時28分

昨日は十六夜でしたか。
味気ない月齢ではなく、美しい呼び方があって、
日本語って、本当に美しいですね。
満月を待って、去り行く月を惜しむ。
その一日一日に名前があって、日本人の感性の豊かさは、もっと誇っても良いと思います。
つい先日も『ハレとケ』の話が朝食時に話題にあがって、
teaが その言葉を初めて聞いた!と言ったので、
ネットで調べて その意味をメールで送信しました。
(カタカナだけだと思っていたのですが『ケ』は漢字『褻』があったんですね!)
会社の子に言ったところ、その子も知らなくて、失われていく美しい日本語たちを憂いています。

昨日は一日中雨だと思っていたので、
会社帰りに美しい月が見られて、見とれてしまいました。
空気は冬の匂いがして、「ああ...本当に夏が行ってしまって、秋なのだなぁ」って思いました。
(いや、すでに衣替えも済んだ10月なのですが ^^;)

今日も雨だと思っていたのですが、すがすがしい晴天で、久しぶりに養老山脈が綺麗に見えています。
(そう言えば、『すがすがしい』は、秋の季語だったんですってね!)
一週間イライラして腹が立ちっぱなしだったのですが、
天気も良いし、山も綺麗だし、色んなことが 何か、どうでも良いや〜って思えて。
やっぱり山って良いですね ^^
この景色ともうすぐお別れなんて、惜しい気がします。

昨日は やっと言いたかったことを上司に伝えることができました。
対話をすることは大切で、
そしてちゃんと対話することができる人が上司で良かったなぁって改めて思います。

やりたいことや やらなくちゃいけないことが盛りだくさんで、
なかなかボードに取りつけに行けなくて、欲求不満の夏海でした。




●夏海(361) 題名:お知らせ ^^ 投稿日 : 2006年10月7日<土>10時50分

はぁ〜
ずいぶん 長くなってしまったことだよ。
オチをつけることができてホッとしてます。
(アンジュの為に、ちゃんと印字することができました ^^v)
...今、書き足したり 書き直したりしたから、ちょい書き変わっているけど ^^;

今週の日記を更新しました。
『食育のすすめ』は、3日間の大作です。
んでもって、PHPにメールにて確認中ですが、
引用文を削除することになるかも(たぶんなりそうな気がします)知れないので、
読んで琴線に触れた方は、コンビにや本屋さんでの購入をお勧めします。


2006年10月06日(金) 食育のすすめ 3

食育のすすめ、3日目になりました。
伝えたいことが盛り沢山で まとまらなくて困っています ^^;

では、服部先生のお言葉の引用から。
> 『孤食』によって社会性が育たず、
> 『個食』のせいで我が儘になる『固食』と『小食』と『粉食』では栄養も行き届くはずはなく、健全な肉体は作れない。

『孤独な食卓によって、社会性が育たない』は、人のペースに合わせて食事をすることや、
お喋りをして 人の話を聞くことや、自分の話を聞いてもらうことによって、
会話の練習をすることができないことによる弊害だと思います。
家でさえ喋れないのであれば、家の外で喋れるわけがない。
家で人のペースに合わせることができないのであれば、家の外で出来るわけがない。
季節のものを食べていて、でも季節の話題を話していないのであれば、それはエサに過ぎない。
一年 何を食べても 季節感など育たない。
「もう栗の季節なんだね〜 つい昨日まで暑かったのに、早いねぇ」って栗ご飯を食べて話をする。
「このサンマ、焦げちゃったね ^^; ごめんごめん」って言いながら食べるサンマは、無言で食べるサンマよりも断然美味しい。

この食卓を囲んでお喋りすることによって、家族の記憶としての食事があり、食べる姿を見て体調を読んだり気遣ったりして
家族というものが 成り立っていくんだと思います。
また、好き嫌いをなくすことができ、成長に充分な身体の栄養を摂り、心を満たしてくれる食卓があるからこそ
夕飯の時間には家に帰ろうって 温かい家族が待っているって思って、
友達と喧嘩しちゃって泣いた日も、家に帰って温かいご飯を食べたら元気が復活しそうだって思える
そんな『絵』が 孤独な食卓には ない。

> 学校は社会性を身につける大切な場所。
うーん 微妙だね。
ただ、世間は 理不尽だってことを勉強するのには 良い機会だとおもうよ。
意味のない校則や 偉くも無いのに威張っている先生は、先生と言うだけで権力振りかざしたい放題だし、
でも、世の中って理不尽なことばかりだから、それを知るのに学校という囲まれた空間っていう特殊な環境は有効かもね。

> そこへ良い状態で子供を送り出してやることこそが親の役割で 、
> 一生懸命に集中して勉強ができ、思いっきり身体を動かして遊ぶことができる身体を作ってやれるのは、親しかいない。

親しかいないのだよ。
もしくは、親代わりをしていてくれる人。
勉強に集中できる脳みそを作るのも、体力を作るのも お口から摂る栄養で、
人や動物の身体は、たんぱく質やアミノ酸でできていて、それが摂取できていないと生命の危機にすらなる。
きちんと栄養が足りていないと人はイライラし、少しのことでもキレる。
お腹が空いた状態で口論は避けるべきで、取りあえず何かお腹に入れてからでないとただの罵りあいになる。
現代人は心も お腹も飢えているから、些細なことで 人を傷つける方向に思考や身体が向かってしまっているのだろうね。
私の母は太っちょです。
結構な勢いで でぶっちょです。
でも、栄養失調と診断されて点滴を打ちました。
太っている イコール 身体に栄養が足りていること ではないのです。


> 子供の発育段階をざっくり分けると、0才〜3才は親とのスキンシップが最も重要。
> 3才〜8才は人格形成の時代。
  人間の一生を左右する大切な時期だそうです。
> 8才〜10才で脳はすさまじい発達をする。
> 自我が芽生え、好き嫌いも明確になってくる。
> 食に関しては、この時期までに好き嫌いをなくさなければ、一生残るらしい。

さて、私はこの大切な時期に 一体どこで何をしていたのでしょうか?
毎朝吐いて学校へ行った時期。
大人は信用できないと悟った時期。
誰も私を助けてなんてくれない。頼れるのは自分だけだと悟った時期。
そして転校につぐ転校によって、理不尽に生活や人間関係を破壊される経験をし、
母は体力的にいっぱいいっぱいの状態で生きるのに疲れ果てていたし、
父はスイッチを握りっぱなしで、いつスイッチを押すか顔色を窺いながらの食卓。
そして父母が怒鳴りあっていた食卓だった気がする。


> この中で3才〜8才の5年間が、家族で食卓を囲むのが最も多い時期だとされており、
> 一日三食で365日。一年で1095回の食事がある。
> 子供は食卓を通して作法を学び、身体を作り、家庭の温かさを知る。
> この五年間に生きていく為の基礎がたくさん詰まっている。

作法は学んで、身体は作れなかった。家庭の温かさは知らない。
でも生きていく為の基礎は、充分学んだよね。
反対方向にねぇ (苦笑)
人生って何て理不尽なのだろうってね。
長い休みの間に生活していた祖父母や伯父母の家での食卓は 色々思い出すけど 結構微妙かなぁ。
でも、人々が言い争わない穏やかで和やかな食卓だったよ。

そしてこの言葉に愕然とした。

> 動物は我が子に、まずは食べてもいいものと食べてはいけないものを教える。
> その次に食料を得る方法を教える。
> そしてそれができたところで一人前として扱い、子供を突き放す。
> そうすることで生きていく力がつく。

なるほど!先生の言うとおりです。
食べて良いものといけないものを教え、食料を自分で得られるまで養い、
食料を得る方法を自分がお手本になって何度も練習させて習得させる。
でないと死んでしまうから。
そして、生き残る知恵を教えて親としての努めを充分果たしたら、手を離す。
(動物界において、これは次の子供を産む為になのだけれど。)

で、
これを読んで、このままの日本はダメだと思う。
生きる為の知恵以前に食べることの大切さえ教えられない親。
って言うか、親自体が その大切さを知らないでいる。
先生が嘆いていた。
入学して2年間で、インスタントラーメンやコンビに弁当やハンバーガーの生活をしていた生徒の
そのほとんどが食生活の改善がなされていない。
栄養や食事に携わる為に入った学校の生徒で、
人の『食』に関わる仕事をするであろう人たちの 自分の『食』に関する感覚が、この低落なのであると。

私は栄養士の学校へ行き、先生によく言われていた。
「自分は貧血なの」って言うことは、「私は馬鹿なのよ」って自慢していることと同じだ。
恥ずかしいことなのだと 恥だと思いなさいと。
人の食事を管理するあなたたちが、自分の食生活を管理できないことは恥ずかしいことだと思いなさいと。
その言葉と、結婚している間の食の権利を握るものとして、
この人たちの健康を握っているのは私であるという意識は絶えず私にはあった。

私は携帯世代ではないので、携帯には依存していない。
メールを打っても 返事が返ってきても来なくても気にならないし、すぐに返さなきゃって思わない。
だから、teaと一緒にいる時は、teaと一緒に過ごしたいって思うので、PCもあまり構わない。
teaがいない時間や teaが仕事や遊びでいない日に返事をすれば良いことで、
休日は急いで返事をしないといけない必要がある時以外は携帯すら見ない。
(メール 送ったでしょ!ってteaにはよく怒られます ^^;)

赤ちゃんを抱っこしたまま メールを打っているお母さんを見かけました。
子育ては日常で、毎日休みなく続く。
でも。
赤ちゃんも24時間起きてはいないし、赤ちゃんが起きている時くらいメールするのを止めようよ。
食事中は、お喋りしょうよ。ちゃんと目を見て。
楽しいお喋り、それ込みで、楽しい 美味しい食卓だと 私はこの2年間で学びました。

夜遅く帰っても、teaは「夏海ちゃんの為を思って♪」って、お箸を持って来て、「いただきマンモス2(ツー)」をします。
(私の夜のカロリー摂取を押さえる為って言うけど、嬉かないぞ...って ま、いっか楽しいし)
teaが寝ている時間に帰った時でない限り、
私は一人ではなく、一緒に食卓を囲んでくれるteaがいます。(横取りされますが 。。;)
そしてゲラゲラ笑いながらご飯を食べています。

食道ガンで亡くなったteaのお父さんは、昏睡に入るまで お医者さんから言われて口から食べることに固執しました。
点滴よりも 口から入れる食事の方が 流動食でさえ 生きる力になる。
楽しい食事をすると、身体がきちんと吸収してくれます。
楽しい人生を送りたいなら、きちんと楽しく食べること。

子供の頃の 楽しい食卓の思い出がなくても大丈夫。
今から初めてみませんか?
TVを消して、携帯の電源を切って。
もしくは、携帯でメールするのではなく お喋りしながらね ^^




●夏海(358) 題名:食育について 投稿日 : 2006年10月6日<金>09時05分

が、どんどん長く大作になっています
文章はワードで打ち込み、3〜4ページを目安に打ち込んでいるのですが、
もう3つめに突入しています

琴線に触れた理由は友達のアンジュの話を聞いていたので。
今読んでいるPHPの雑誌もアンジュからから貰ったもので、
アンジュは自分の採用された文だけに意識が集中していたので
自分が今直面している問題が掲載されているのを見落としていたのでした
チャンチャン
んで
明日返しに行って、と同時に私の文も印字して渡そうとおもっているんだけど
(アンジュはネットをしていないので、私の日記は読めないのだf^_^;)
どんどん大作になっていってしまって…
何とか今日中に落ちを付けて仕上げてしまわないと!と焦っています

にしても
今年になって、食べることの本当の意味での重要性を痛感しているこの時期にアンジュから話を聞いて、
たまたま貰った本にまさしく『今』のテーマが書かれているなんて
本当に時期というものはあるもんですね。
これが夏や春だったら、とても薄っぺらい一般常識的な書き方しかできなかったと思う。
偶然だけど偶然じゃないものを感じます。

只今電車の中デス
相変わらず遅刻街道まっしぐらの夏海でした


2006年10月05日(木) 食育のすすめ 2

さて、昨日の続きです。

食事なんて、個人的なことでしょ?
何をどんな風に食べるのかは 人それぞれ個性があって当たり前でしょ?
それが なぜそんな言われ方をしないといけないの?

そうなんですよね。
食べると言うことは、とても個人的な問題で、その嗜好性は誰にも侵せないものです。
ただ。
食べると言うことは、とても原始的な儀式で、とても原始的な欲求です。
人間は、動物は その身体を 生命を維持する為には、必要な栄養を摂らなくてはなりません。
例えば、ハンバーグばかり食べていたら、
ねぇ?ハンバーグって知っています?
ハンバーグに使用するお肉って、ものすごい脂ぎっしゅで、その「うまみ」の素である脂肪分で確実に太ります。
そして、成人病をひきおこす原因になります。

野菜不足は脚気になり、
たんぱく質が足りないと お腹だけが異様に膨らんだ体型になります。
ひとつのものを過剰に摂取し過ぎると、栄養過剰の症状が出たりします。
(脂溶性のビタミンや鉄分過多によって現れる症状は、有名ですよね)
そして何よりも 必要な栄養をきちんと摂らないってことは、
身体の中で一番大食漢である『脳』へ栄養が行き渡らなくなり、ストレスに弱い脳へと変えていってしまうのです。

脳みそがうまく機能しないとどうなるか?
体温の調節など、自律神経が上手に働かなくなります。
最近の子供は 変温動物だと言われているそうですが、
http://www.babycom.gr.jp/eco/kodomo/s3.html 【babycom ecology】 参照
外の気温に身体が上手に反応できず、朝は低体温(36度未満)で活動できる状況に身体がなっていない。
そして下校時間には37度にあがっている。
(あれれ?うーたんちで生活していた頃の私かい?ヤバイ ヤバイ)
病気じゃないのに、いつも身体がだるい。動きたくない。
(うーん...tea2(甥)に「疲れるじゃん」って遊びを断られたおばちゃんとしては、怖いくらいに現実的危機に直面しているぞ。)

これは、健康な身体や健康な脳を作る為、子供から大人に成長する為に必要な栄養素が充分摂れていないことに由来しているのだと私は思います。


そして、これも大切な『粉食』と表現されている柔らかいものしか食べない問題。
噛むということは、顎の筋肉を発達させ、顎の筋肉が発達すると、脳をも鍛えてくれるのです。
噛む事 イコール 脳の運動。
顎の発達 イコール 脳の発達 です。
柔らかいものばかりを食べていると、顎が弱り、歯が本当は生えなくてはいけない本数が並べない程度にしか顎が育たず顎自体が大人サイズに育たず、
結果として 歯並びが悪い(ので、虫歯になりやすい イコール ますます噛むことをしなくなる)とか、
顎がずれて、結果 背骨や骨盤までずれて、姿勢が悪くなり、姿勢の悪さが さまざまな病気を呼びます。
頭痛、耳鳴り、肩こり、そして自律神経失調症...

食べると言うことは、本当に 生きる上において基本中の基本であり、身体もだけれど心の成長にも大きく関わってきます。

ダイエットの『小食』に関して言えば、
私の身長は145cm。
小学校4年生かな?5年生かな?の頃に成長が止まりました。
それに比べて 妹は160cm。
いつも見下ろされて 話をしていました。

妹は丼でご飯を食べていました。小さなお茶碗では、何杯もおかわりしないといけないから面倒臭いってね。
成長期に、太るという心配をしないで沢山食べていたんですね。
成長期には、一度太らないと背が伸びないので、太るということ イコール 肥満でもないのです。
つまり、物凄くお腹が空いて沢山食べる時期があり、少し太って、その後身長が伸びる(相対的に痩せる)
そして、また食べて少し太って、身長が伸びて...を繰り返すのが『成長期』というものなのです。

で、私は...?
小学校4年生で、すでに子供を止めていた私は、毎朝朝食を食べ、一度吐いてから学校へ出掛けていました。
毎朝、毎日。
(微妙に拒食症?無理に吐いていたのではなく、毎朝気持ち悪くなって吐いていたんだけどね。)
お昼の給食や 夕飯の記憶は、作ったという記憶はあるものの、食べたという記憶はありません。
母に聞くと、「ダイエットするって食べへんかったやん」って言ってました。
母ちゃん、あんた 母親失格やなぁ...
小学生がダイエットして、それを止めさせられなかったあなたは、育て方を間違っていました。
そして父はと言えば、小学6年生か中学1年生の記憶では、
「二重顎やのうて(訳:ではなくて)三重顎になってきてるやん」って大笑いしていました。
そしてその傍で 母も...

teaの姪っ子が今同じ年頃です。
teaは 同じように からかいますが、最後にはきちんと言います。
一度太らないと背は高くならない。
子供は 痩せることなんて考えなくても良い。
どんどん食べて、大きくなるんだよ。

teaの育て方は正解。
私の両親の 私への育て方は間違っていました。
妹は大らかに育てられ、弟はもともと食が細かったので、食べさせようと母は努力していましたから。
もともと顎に肉のつきやすい体質の私は、笑われたことによって、ますます痩せようと思ったに違いありません。
(ダイエットした記憶も食事をした記憶もないのですが... ^^;)
子供の頃の写真を見る限り、私は痩せており(う〜ん ガリではなく、『普通』かなぁ)、笑われるいわれなどなかった気がします。
部活も結構ハードだったし、おやつも食べなかったので、太る要因などなく、なぜ私だけが二重顎だと笑われていたのか不思議です。

さて、ここからは、精神面での発達と食卓についてです。
私は今年、生まれて初めて夏が行くことに落ち込みませんでした。
秋が来る。
それが怖いことではなく、秋刀魚が食べられる、栗の美味しい季節だ。
柿はまだかな?梨は早いうちに食べておかないと!
おお!湯豆腐の季節になるのね。
おでん食べたいなぁ。
これらが風や空気の匂いで「秋が来た」と体や心が感じた時の感想でした。
(そして今年はもう コウチン(名古屋コウチン:鶏)鍋をしました!)

夏が好きな私なので、秋風を身体に感じると、必ずズッドーーンと落ち込みました。
10月には 『何か』事件がおき、大切な人を失くすか自分が傷いていました。
なので、一年で10月が一番大嫌いでした。
夏が終わり、長い夏休みが終わって伯父母や祖父母の下から自分の家に帰り、日常生活戻るのが嫌でした。

結婚して同居しても、相変わらず食卓は楽しくはなく、
うーたんの母親のお喋りをできるだけ聞かないようにして、食べ物を機械的に口に運ぶ作業に没頭していた気がします。
そして『うつ』になり、食べ物の味がなくなり、何を食べても味を感じなくなる、本当にエサの感覚になり、
うーたんちを出て一人で生活を始めても、色々なものが美味しい春や夏の食事は思い出せるんだけど、
秋や冬の食事は イマイチ思い出せません。

そして。
teaと一緒に食事をし、一緒に暮らして、食料の買出しを一緒にして、
(食糧の買出しから、すでに楽しい食卓のはじまりです!!)
ゲラゲラ笑いながら楽しい食卓を囲み、もうすぐ2年になります。
teaは暑いのが苦手で、(寒いのも苦手ですが 笑)冬の暖かい食べ物には余念がありません。
コーチン鍋の鶏の脂が染み込んだポン酢に漬けて食べる 白菜の美味しいこと!!!
何日も煮込んだおでんで1週間過ごしたり、
湯豆腐も!
私の人生で一番お豆腐を食べたってくらいの勢いで 湯豆腐を食べました。

その『楽しい食卓』の記憶が、たぶん私を変えたんだと思います。
今年は生まれて初めて秋の訪れが怖くない。
もうすぐ鍋の季節だなぁって思うと、とても楽しみです。
人生で初めての『楽しい食卓』の記憶、それも嫌いだった季節をも変えてしまう力があるなんて!

蟹さんのところにいたのは、梅雨から秋の始まりの時期。
なので、夏の食卓は、楽しかったけど、秋から冬への楽しい食卓は初めてだったんです。


2006年10月04日(水) 食育のすすめ 1

すっげー!
私ったら、今日は余裕で定時じゃ〜ん (^^)v って思っていたら、
洗濯物を干すのを忘れてました f^_^;
結局今日も遅刻でありんす。

さて、
PHPという雑誌?をご存知?
月刊で190円。
コンビニでも売っている、B6?A5?くらいの小さな薄い雑誌です。
啓蒙系のアヤシイ物は手を出さなかったのですが、気にはなっていました。
友達が投稿し、採用されたと言うので、立ち読みでもするべと探したんだけど見つけられず、
「見つけられなかったー」って言ったら友達がくれました。
で、これに寄稿してある服部幸應先生のお話は、大変ためになりました。
(読むなら今です!10月号です!)
以下、ざっくりとまとめてみました。

注意:ただいま、この文をこのページに掲載して良いのか確認中です。
   服部先生の文章は削除するかも知れませんので、
   自分に、身近な人にとって必要だと思われた方は、雑誌の購入をお勧めします。





『PHP 10月号』PHP研究所 出版
[ 特 集 ] 頑張っている人の「こころの休日」上手な休ませ方・励まし方
[今を生きる] 服部幸應
[ 特別企画 ] 快眠の知恵
HPアドレス : http://www.php.co.jp/

服部栄養専門学校校長 服部幸應 先生 著

題名:子供をダメにする五つの『こ食』

子供をダメにする五つの『こ食』とは、
1.孤独の『孤食』
2.家族がバラバラな物を食べる『個食』
3.同じものを食べる固定の『固食』
4.ダイエットの『小食』
5.パンなどの『粉食』は噛む力が弱くなる。

『孤食』によって社会性が育たず、
『個食』のせいで我が儘になる『固食』と『小食』と『粉食』では栄養も行き届くはずはなく、健全な肉体は作れない。

学校は社会性を身につける大切な場所。
そこへ良い状態で子供を送り出してやることこそが親の役割で 、
一生懸命に集中して勉強ができ、思いっきり身体を動かして遊ぶことができる身体を作ってやれるのは、親しかいない。

子供の発育段階をざっくり分けると、0才〜3才は親とのスキンシップが最も重要。
3才〜8才は人格形成の時代。
人間の一生を左右する大切な時期だそうです。
8才〜10才で脳はすさまじい発達をする。
自我が芽生え、好き嫌いも明確になってくる。
食に関しては、この時期までに好き嫌いをなくさなければ、一生残るらしい。

この中で3才〜8才の5年間が、家族で食卓を囲むのが最も多い時期だとされており、
一日三食で365日。一年で1095回の食事がある。
子供は食卓を通して作法を学び、身体を作り、家庭の温かさを知る。
この五年間に生きていく為の基礎がたくさん詰まっている。

それに対して 最近は朝食を摂らない大人が増え、夕食はみんなバラバラ。
これでは箸の持ち方も身につかず、楽しい会話をする術も分からない。
社会性の欠如した子供が増えるのは当然だと服部先生はのたまう。

動物は我が子に、まずは食べてもいいものと食べてはいけないものを教える。
その次に食料を得る方法を教える。
そしてそれができたところで一人前として扱い、子供を突き放す。
そうすることで生きていく力がつく。

今、真剣に『食育』というものを 考えないといけない時期にきていると先生は締めくくった。




なるほど。
目が覚める思いだよ。

で、私の解析と分析、私なりの考察を述べると...
『こしょく』と言う言葉は、少し前から流行っていた。
両親が共働きの為と、老人が家にいない為と、子供が塾へ行っているなど その家庭のさまざまな理由で、
子供が一人孤独に食べる『孤独な食卓』の『孤食』
やはり塾などに行くために、手軽に食べられるジャンクフードのハンバーガーや、朝マックなどや
ハンバーグやカレー、スパゲッティなど、好きなものしか食べないのは、『固食』ですね。
好き嫌いが激しいので、家族が同じ食卓を囲みながらも同じものを食べない、
もしくは、それぞれが自分の好きなものを買ってきて、好き勝手に食べる『個食』。
これは、お菓子を食べ過ぎて夕飯が食べられない(そして栄養不足になる)原因でもありますよね。

同じものを食べる『固食』においては、口の中に違う味が混ざるのを嫌がる小学生が増えたってニュースを聞いたことがあります。
なので、ご飯を食べるとご飯だけ。
それをごっくんって飲み込んでからでないと、次のから揚げを口に入れることはできない のだそうです。
そして、から揚げをごっくんしてから 次のお味噌汁へ...
これの究極の食べ方が、それを全て食べてからでないと、次のものを食べることができない状態になる。
こうなると、病院へ行くと『強迫神経症』と診断されます。
昔、給食では 『三角食べ』と言って、パン、おかず、牛乳と、三角形の順番で食べ(順番は好みでバラバラだけど)、
同じものだけを集中的に食べないようにって指導されていましたが、
現在は、それが『できない子供』が 増えてきているそうです。
彼らいわく、口の中で ものが混ざり合うのが許せないのだそうです。
口の中で ものが混ざり合うことを想像するのが気持ち悪いのだそうです。

この世に生まれてからしばらくたち、まだ食べることに慣れていない子供は、好きなものしか食べません。
一点集中で、「これも食べなさい」と言われない限り、それ以外のものに目がいかない。
それは、食べる以外でも言える 子供の子供らしい習性です。
ただし
これは 生きる上において良くないことです。
生命を維持する為に、何でも食べられることは とても重要なことだと思います。
それも 順番関係なしに。
子供にあーんってさせている時代は、
子供が食事自体に飽きてしまわないうちに、どんどん口に中に放り込んで行くので、お口の中が色んな食べものでごっちゃになります。
さて、これを 食べさせる側の人が『固定のもの』しか口に入れない、もしくはTVを見ながら、もしくは携帯でメールしながら、
子供のお口に何も入っていない状態に気が付いてからあーんをしていたとしたら、それが習慣だったとしたら、
そりゃー子供は口に色んな味がごっちゃに入っている状態が気持ち悪いと感じるでしょうねぇ。




●夏海(357) 題名:すっごい!!! 投稿日 : 2006年10月4日<水>21時18分

すっごーい!!
これ、携帯から書き込んでいるよ!
今、帰りの電車なのだー
何気なく検索してみたら、私がヒットして
したら、書き込めるではないか!
携帯あなどりがたしっ!

今、PHPという薄くて小さいサイズの雑誌を読んでいます。
琴線に触れたので、日記が大作になってます。
友達の彼が、『冷たく冷やしたもの』でないと食べない、
食べる姿は醜いから見られたくないから、飲み込んでいるという話を聞いたばかりで、
そして私の秋が怖くないこの思いも含めて、
幸せな食卓を囲んだ記憶があるかないか
食べることをエサとしてでなく、楽しいことね一つにできるかどうか
生きることの大切で簡単な答えになる気がして。
(知ってからの道のりは長いんだけどね)

例の如く、アップは週末になります。
この本はとてもお勧めです。
私が読んだのは、10月号です。
売り切れないうちに、立ち読みでも♪
コンビニでも売ってるよ(^^)v
HPもあるみたいだから、覗くのも良いかもね

では!


2006年10月03日(火) 神無月(かんなづき)

神無月に入りました。
『かんなづき』と読みます。
10月のことを、昔の呼び方で、こう呼んでいました。
何度も耳にしたことがあるでしょう『皐月(五月:さつき)』『師走(しわす)』も、昔の呼び方です。

『神無月』の由来は、年に1度(一ヶ月?)神様が出雲大社へ集まる為に、その地方に神が無い月という意味で、神無月です。
反対に出雲の国(島根県)では、日本中の神が集まる月なので、日本中で唯一、10月の和名は『神在月(かみありづき)』です。
『神無月』で検索してみたら、ここがヒットしました。
お暇な時にでも ごらんあれ ^^v

http://www.echizenya.co.jp/mini/colum/kannaduki.html


日本は、美しい言葉が多いのに、戦争に負けてアメリカに占領されてから、憧れのアメリカ目指して突き進んでしまい、
美しい言葉が、どんどん死語になっていくのは、とても勿体無いことだと思います。
1年を12ヶ月としていない国もあるのだから、月の呼び方くらい和名で呼ぶくらいしても良いと思うんだけど。
睦月(むつき)、如月(きさらず)、弥生(やよい)、卯月(うづき)、皐月(さつき)、
水無月(みなづき)、文月(ふみづき、ふづき)、葉月(はづき)、長月(ながつき)、
神無月(かんなづき)、霜月(しもつき)、師走(しわす)
6月は、梅雨の時期だけど、雨が降る イコール 天に水がなくなる で、水の無い月。
12月の『師』は、『先生』のことで、いつも落ち着いている先生ですら走らなくてはいけない程
慌しく去ってしまう とても忙しい月という意味。
美しい言葉で 月を迎えられる心の余裕を持ちたいなって思います。

大晦日は、(おおつごもり)と読み、
『つごもり』は、その月の最後の日 の意味です。
1月31日は、睦月の晦日。
そして『その年の その月の最後の日』だから、大晦日(おおつごもり)です。

五月晴れ(さつきばれ)は、旧暦の5月 つまり今の6月の梅雨の晴れ間を意味し、
五月雨(さみだれ)は、同じく旧暦の5月、つまり梅雨のことを指しています。

http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/kotoba_qq_02040102.html 参照

ここに、『さわやか』は、秋の季語(俳句や短歌などで季節をあらわす言葉)と書いてあって、ほぉ〜って思いました。

小春日和(こはるびより)は、春の陽だまりの形容句ではなく、秋の暖かい日のことを言うって知ってましたか?

美しい日本語を正しく知り、美しい心 穏やかな心で 使いたいなぁって思うんだけどね ^^;


私が日常心がけている言葉は、「ありがとう」と「ごめんなさい」です。
私の為に 何かしてくれたら、その全てに「どうもありがとう」って言います。
学生時代に、友達が「どうもありがとう」って言ってたの。
「ありがとう」じゃなくて、必ず「どうも ありがとう」ってね。
それを聞いて、これいただきっ!って思って、意識して使っているうちに、身に付きました。
そして、「ありがとう」って言われたら、「どういたしまして」「いえいえ どういたしまして」ってお答えします。
甥っ子、姪っ子など、子供が生まれて、一番最初に覚える芸「ちょうだい」と「あっとう(ありがとう)」
言葉でななく、ゼスチャーで「あっとう」をした時も、きちんと「どういたしまして」って。^^
言葉はコミュニケーションの手段であり、「ありがとう」のご挨拶に対して「どういたしまして」と言うことは、
私にとっては「I‘m fine.And you?」と同じで定型文になっています。
「Thank you」の返事(慣用句)の
「Your pleasure is mine(直訳すると、あなたの喜びが私の喜びです)」って感じかな。

自転車で チリンチリンってして どいて貰ったら、「ありがとう」って通り過ぎます。
(ガンをつけられたら、もちろん無言でガンつけかえしますが 笑)
買い物をしてレジで、「お願いします」カゴを渡し、終わったら「ありがとう」って言います。
(私はスーパーやコンビニでレジを打っていたので、「ありがとう」と言われると とても嬉しかったです)
外食をしたら、「ごちそうさまでした」って言ってお店を出ます。
感謝を言葉に出すように意識し、自分の気持ちを相手に伝える第一歩は、私にとって「ありがとう」でした。

そして、「すみません」ではなく、「ごめんなさい」「申し訳ありません」「申し訳ございません」
家を訪ねた先では、「すみません」ではなく、「ごめんください」
できるだけ意識をして「すみません」で済ませないように心がけています。
語彙をできるだけ沢山使うこと。
一つの言葉で簡単に使いまわしたりしないこと。

ムカツクとは言ったり書いたりしますが、
人と対面したりメールのやり取りなど、1対1で話す時には、「ムカツク」という単純な言葉で片付けたりしないで、
こういうところが気に入らない。腹が立つと説明します。
これからも付き合いたい人ならなおさら、簡単な単純な単語で終わらせません。
一言で切って捨てることは簡単だけど、私は話がしたいのではなく、会話や対話がしたいのです。
(ただし私は本当にムカついた人には、その人がその後どういう人生を送ろうと どれだけ他人に嫌われようと
私には関係ないので、何も助言したりしません。
私は意地悪で、嫌いな人に助言してあげる程、そんなに優しくないもの。(笑))

  紅葉ちゃんと話をしました。
  『ムカツク』は、『むかつきを覚える』から来ていることを知ってる?って話しから。
  この『むかつき』とは、気分を害してムカムカする。
  吐き気がする程腹が立っている様だと私は理解しているのですが、
  そしてそれと同じ意味合い?で『反吐(へど)が出る』って知ってる?って。
  紅葉ちゃんは、『反吐』と聞いて、その意味を知ってる最後の世代かも知れないって言ってました。
  人を罵る言葉は、確かに汚いけれど、本気で罵りたいのなら、
  できるだけ相手を激怒させられる単純じゃない美しい汚い言葉を知っていた方が 愉快な気がする。
  (by 根性曲がっている 夏海でした ^m^ オホホ・・・)

美しい言葉は、美しい所作(しょさ)を生みます。
スカートを履いて地面に座ってあぐらをかいた姿で話す言葉ではありませんよね。
乱暴な言葉は 乱暴なしぐさを誘い、その乱暴なしぐさが 乱暴な言葉を助長します。
乱暴な言葉は どんどんエスカレートしていき、心を興奮状態に高揚させて暴力的にさえしてしまいます。

ばばぁ!と言うと、もうその人を2度と尊敬できない。
その人に どれだけ学べるところがあったとしても。
自らの言葉のせいで、向上できるかも知れないチャンスを自分から無くしてしまうなんて、勿体無いことだと思います。

日本には季節があり、美しい言葉があります。
『もみじ』は、紅葉(あかくなったもの)や黄葉(きいろくなったもの)の総称だって知っていましたか?
高くなった空を見上げ、澄んだ星空を見て、澄んだ月を見る。
美味しいものを沢山食べて、秋を楽しむ心の豊かさを持っていたいと思います。


2006年10月02日(月) 育て方を間違えた

掲示板で知り合って、そして今、ネット以外の現実世界で 孤軍奮闘しているお友達がいます。
その人には、その掲示板で、私よりも以前からの長い付き合いのお友達もいて、
その人のことを解かって、心の問題や体の問題に対して、無理はしないでねって心配したり、
頑張れって言わないけど、応援してる掲示板やメール交換をしている友達はいるけれど、
現実世界では、風当たりは厳しく、そして両親の無理解の為に その人は苦しんでいます。
今日は その人へのメッセージを書きます。

一人で頑張っているあなたへ

あのね、掲示板を見てからずっと考えていたの。
そしてやっと解かったことがあります。
「育て方を間違えた」と言った母親の言葉に対して、あなたは傷つく必要などないってことを。


今、私は冷静に言えます。
私の母親は、育て方を間違った。
正確に言うと、
私の母親は、間違った育て方をした。
人を育てるのに、間違った方法で育てようとした。
『母親の子育ての哲学』は、(私にとっては)間違っていた。

そして私は、その『間違った育てられ方』に染まらないでここまで生きて来られた奇跡に感謝しています。

私は 私として 間違った育ち方をしていない。
私の人生において、私は間違っていない。
私は 私の母親のように生きたくない。
私には、母親の人生が幸せそうに見えたことがない。
そして、私は 間違った母親の教育に毒されないで、奇跡的にここまで来ることができました。
幸せそうに見えない母親の人生を受け継がなくて済んで 幸運です。


『間違った育て方をした』は、母親の理想とする自分そっくりに生きる子供にできなかったことに対して、母親が愚痴った最悪な言葉。
でも、あなたは、間違った育ち方をしていない。
きちんと まっとうな育ち方をしています。
掲示板とメールでしか知らないけれど、私は、あなたの方が正常な感覚を持っていると思うもの。

苦しんでいる子供に対して、「育て方を間違った」と言う母親に同感する人は、おかしい。
あなたは、「ごめんなさい」ではなく、逆切れして「私の人生を返せ!」と怒っても良い権利を持っています。
仮に 母親に『間違った育てられ方』をされたのであれば、その責任は母親にあるのだから。

あなたは、母親の間違った育てられ方に影響を受けないで大人になれて幸運でした。
あなたが間違いではなく、母親が間違っていた。

母親の育て方が 反面教師として、あなたの性格に反映しているのであれば、
母親の育て方や 母親の存在は、有意義だったのかも知れない。
だから、母親が合格点を出すあなたに育たなかったことは、幸運でした。
母親が合格点を出す、『母親そっくりのあなた』でなくて、幸運だと思います。

「育て方を間違った」
間違ったのは、母親であり、
あなたは まっとうに まっすぐに 感性豊かに育ちました。
悩んで、現在辛い思いをしているであろうあなたのことが 私は好きです。
母親が合格点を出したい理想とする娘として育ったかもしれないあなたではなく、
私は 今のあなたの方が 数倍も 数百倍も好きです。

だから
あなたは、母親の言葉に傷つく必要などなく、
そして、当然 謝る必要などないんです。
「こんな娘に育ってしまって ごめんなさい」ではなく、
「あなたに似なくて 幸運だ」と 心の中で言い返してやればいいのです。
(言葉に出して罵倒すると、凄い勢いで攻撃されるでしょうから、直接対決は、元気になってからね ^^v)

自分の意志に反して、こんな娘に育ってしまったと、あなたが今現在苦しんでいるのを自分のせいにしたがらない母親や父親に対して、
こんなに辛い思いをしなくてはいけないのは、お前らのせいだ!と怒ってもいいのです。

どうか そんな薄情なやつらに負けないでください。
どうか 生きてください。
そんなやつらとは違う次元で、違う世界で 笑って生きていくことこそが、
「あなたの育て方は 間違っていた」と こちらから胸を張って言ってやれるようになる唯一の愉快な復讐 そんな気がします。

あなたは 間違っていない。
私は 今のあなたが 大好きだからね。


2006年10月01日(日) うーたんママの暴挙について

●夏海(353) 題名:アファーメーション 投稿日 : 2006年10月1日<日>11時21分 返信

私がメルマガ登録している『あづまさん』のアファーメーションです。
(メルマガ登録は、下記アドレスからどうぞ ^^)
http://www.mag2.com/m/0000164141.html

【アファーメーション】

『もう、自分を責めないでいいんだよ』

人は、自分を責める心を持って生きているものです。
程度の差はありますが。

自分を責める心が強くなりすぎると、生きるのが辛くなってしまいます。
だから、時々は意識的に自分を許すことをしてみませんか?

自分の中にいる、もう一人の自分にむかって言ってみましょう。
「もう、自分を責めないでいいんだよ」

楽になりますよ。


夏海から あなたへ

私のHPへ来てくれて、とても嬉しい。
そして、掲示板を 日記を見てくれて、とても嬉しい。
私を喜ばせて、幸せにしてくれているあなたは、私にとって、とっても大切な存在です。

だから、幸せになってね。
あなたは、幸せになる権利を持っていて、
自分を幸せにしてあげられる力を持っています。

もう自分を責めるのは やめようよ。
私を幸せな気分にしてくれるあなたは、責められて良い存在などではなく、
ましてや 自分を責めることなんてしなくても良い。
私にとっては、感謝している大切な人なのです。




さて本文です。

昨日(今日は9月2日です ^^;)sea姉さんにエステ&毛穴の掃除をして貰いました。
で、顔をして貰っている間に、うーたんの母親が私の物やらを息子が家にいない間に勝手に棄てた話をしたら、
「私なら、家を出た時点で棄てるね!」って言われました。
息子大好きで、まだ息子の上に君臨している人のお言葉でした マル
「息子が何て言おうと関係ない。
 家を出た以上、その物は私にはいらない物だから、棄てるね。」
(それは、2度と帰って来るな!のアピールでもある)

・・・やるね。
sea姉さんなさ必ずやるでしょう。
とてもプライドの高い人だもの。
そして、息子を溺愛しているから、
息子を置いて出て行く以上、2度と顔を見せるな!くらいの勢いだろうね。
お客さんとしての私ではなく、自分の心を吐露した訳やね。
「ま、どっちも上手くこなせない 本人が どうしようもないってことやね」と、sea姉さんは締めくくった。

うん。
姑として、あなたは正しい。
でも
sea姉さんの息子さんは、まだ20代前半。
うーたんは、もう40過ぎで、
40過ぎの立派な大人である息子の部屋に勝手に入り、
その部屋にある荷物を息子の許可なしに棄てる母親や
それに対して怒りもしないで何も言わない息子は、私は気持ち悪いと思うの。
(うーたんは、ちゃんと怒ったらしいんだけれども)
世間一般は、どうか分からないけど、私にとって、少なくとも30歳過ぎた男が、自分に対しての権限を母親に握られてるなんて、とても気持ちが悪い。
それをマザコンと言わずして、何をマザコンと言うのであろうか?!の勢いで、
私には気持ち悪い母息子関係だと思う。
(これは、あくまでも『私は』の考えただけど)

いくつになっても 親にとっては子供は子供。
それは正論。
でも、子供ができ、子供が成人して、孫が生まれてでさえ
親から自立できずに大人になれなかった(大人にならなかった、大人になる気がなかった)人を 私は知ってて、
子供のまま死んでしまったその人の人生は、何も責任を負わなくても良かったから楽だったかも知れないけど、
その人の子供(tack)は、
大人である偉大なる祖父と、大人になることを拒絶して子供のまま死んでしまった父の間に挟まれて育った、
年齢だけ大人に育ってしまったtackは、今でも大人になる方法が分からなくて苦しんでいるよ。
そして、そのtackと結婚した人や 周りの人みんなを巻き込んで 人生という大海原を迷走している。
その困った状況は、そのtackだけの問題ではなく、そのtackも被害者で、
でも、責められるのは、今現在困った状況を巻き起こしているtackなんだよね。可哀想に。
本人は、どうして良いのか分からない状態で試行錯誤しているか、
もしくは父親と同じで責任を負わなければならない大人になることを(無意識に?)拒絶しているのか...
子供のまま年老いて死んでしまった父親という名の見本があるからね。


話がずれました ^^;

うーたんとの離婚の原因は、私にある訳ではなく、(本当の意味で言ったら、うーたんにも ない)
そして、うーたんと何度も話し合った この問題の本当の根本原因は母親と父親にあり、
うーたんは、被害者のまま苦しんでいることを うーたんの母親にぶちまけたい。
うーたんがメンタルクリニックに通院するようになったのも、
私が家を出て行ったのも、
おのれらのせいじゃー!と。

絶対に しないけれどもね。
理由を聞いて、ショックを受け、ボケてしまったら、うーたんが可哀想だから。
もしくは、怒りで血管が切れて、動けなくなってしまったら、うーたんが可哀想だから。

ぶっちゃけて言ったところで きっと何も変わらないし、私抜きで生活が始まっていて、実際に普通に生活しているのだから、
私を悪者にしている方が、きっと精神衛生上都合が良いんだと思う。
原因は、全て私にあり、私が悪いのだと。
家を出た時点で、自分の息子を否定された(イコール 自分の子育てを イコール 自分を否定された)のだから。

一度に持ち出せない量の荷物がまだあり、
そして、次回行ったら、また 八つ当たり廃棄されるでしょう私のものたち。
困った...
捨てられたくないものと、別に捨てられてもいい物があり、
捨てられたくないものを 次回の訪問で 私は全て持ち出せるだろうか...


夏海@夏海のお部屋 |★お手紙★夏海のお部屋★

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