ちゃんちゃん☆のショート創作

ちゃんちゃん☆ HOME

My追加

snow snow snow(BL■ACH コンBD)
2008年12月30日(火)

 その年最後の週、日本列島を襲った寒波はここ、空座町にも多量な雪をもたらした。
 それはそんな、雪が降りしきる真夜中の物語。


「外に出たい」
「・・・はあ」
「ンで、雪を見たい」

 ぬいぐるみの居候は、俺の体を使いたい理由をそう告げた。
 時計はと見れば、あと1時間で翌日になる時刻。・・・どうせなら、何でもっと早い時間に言い出さねえんだ、こいつは。

 もっとも、そのうちいつかはそう来ると思ってはいた。今年初めての雪が降った先日、あいつは時間と人目が許す限り窓にへばりついて、外を眺めていたから。
 何でも、雪を直接見るのは初めてとかで、珍しかったらしい。だからてっきり、その日のうちに外出許可を欲しがると思っていたのに。

 どうしてこんな年暮れに、しかもこんな真夜中になってから言いやがるんだ。

「・・・虚が出たら、とっとと部屋へ戻るって約束しろよ?」

 それでも、何故か断る理由が見つからなかった俺は、代行証を取り出してぬいぐるみへと押し付けた。



「すンげえな一護! 周り全部真っ白だ!」
「そうかい」

 屋根の上へ揃って登れば、真夜中の月明かりが雪に反射して、何とも幻想的な銀世界を演出している。

「吐く息も白いし」
「そりゃ、寒いからな」
「何だよ一護、随分感動が薄いじゃねえの」
「てめえが大げさに騒ぎ過ぎンだ。大体ソレ、俺の体だってこと忘れんなよ。下手に他人に見つかったら、後で何言われると思ってんだ」
「こんな真夜中の、しかも屋根の上なんて、そうそう誰も見てねえって」

 おまけに、こんなに寒けりゃ、尚更だろうよ。
 ───それが分かっていても、俺はコンの奴に文句を垂れるのをやめねえ。

「あー、やっぱりだー」
「大声出すなって。見つかるぞ」
「だってよ、いつもならこんだけ声出してたら反響して山彦みたいになるのに、今夜は全然だ」
「それは・・・雪のせいだ。音とか吸収しちまう、って話だぞ」
「へえ。だから雪降ってる時ってヤケに静かなのか。雨とかと同じ水なのに、何でこんなに違うんだ?」
「さあな」
「・・・ホント、一護って感動薄いよなあ。つまんねーの」

 コンはそう言いながら、天に向かって大口を開けた。降って来る雪を直接食べるためだ。それはもう楽しそうに、嬉しそうに。

 ・・・ああ、そうさ。俺は少し恥ずかしいんだよ。自分がガキの頃、雪が降った日にやらかしたこと全部、コンが俺の顔で体で、まるでなぞるようにやってやがるから。

 もう戻らない日を懐かしく思うのは、少しは感傷的になっている証拠だろうか。子供時代の俺の横には、お袋の笑顔がいつもあったっけ。


「姐さん、今頃何してんだろ?」

 ひとしきり雪の感触を楽しんで。コンはおもむろにそう呟いた。

 こいつの言う『姐さん』はむろん、死神の朽木ルキアのこと。言葉では『愛しの姐さん』と表現しちゃいるが、それは恋する男と言うよりも、半分は親愛の情なんじゃねえだろうか。そう、子供が母親に感じるようなのと同じ。
 ちょうどお袋のことを思い出していた時だったから、俺は妙な符号にドキリ、となった。

「・・・お前ひょっとして、ルキアのこと待ってたのか? あいつとこの雪景色、楽しみたかったとか? だからこんな時刻になっちまったのかよ?」
「んー、まあ、それもちょっとある」
「無理だって言ってたろうがよ。死神の仕事はギリギリ年末までだし、大晦日と元旦は朽木家の行事があるって」

 先日雪が降る前、まだ冬休みに突入してない時だったか。たまたま部屋を訪れてたルキアに何となく話の流れで聞いたら、年末年始の過ごし方とやらを教えられた。尸魂界にも大晦日があるのか、じゃあクリスマスやバレンタインデーは、とやけに盛り上がった記憶がある。

「ンなの分かってるけどさー、何となくひょっとして、とか思うじゃねえか。時間がちょびっとだけ空いたから、とか言って」
「それはお前の願望だろうが」
「別に良いだろ? 頭ン中で考えてるだけだったら、誰にも迷惑かけないんだしよ」

 あー、また雪が降ってきたー、と喜ぶ声に紛れて、けれどコンは聞き捨てならないことを口にする。

「せめて誕生日ぐらいは一緒に、って思うのはよ・・・」

 ───誕生日?

「ちょっと待て。今日、お前の誕生日なのか?」
「やべ・・・今、声に出てたか?」
「そう言う問題じゃねえよ。大体お前、以前俺が聞いた時、きっぱり『知らねえ』って言ってなかったか? 本当は今日、11月30日が誕生日かよ? もうちょっとで終わりじゃねえか!」

 俺は戸惑いを隠し切れねえ。



 ───確かあれは、まだ今月の話。
 遊子と夏梨のためにクリスマスプレゼントを買っておけと親父に厳達されて、俺はわざわざ学校を休んで(妹たちの目に触れないためだ!)デパートへと1人で繰り出した。・・・イヤ、正確にはぬいぐるみ姿のコンも一緒に、万が一虚が出現したらマズいってんで、交代要員として肩の辺りにくっつけて外出したんだ。
(カバンの中には入れておけない。万が一万引きと間違われたら厄介だし)

 結局虚は出なかったが、帰り道荷物を抱えて帰ろうとした俺は、運悪く通り雨に出くわして。折角のプレゼントを濡らすわけには行かなかったから、家電量販店の軒下で晴れ間を待つことにした。
 そこで放映していたテレビ番組が、ちょうど有名芸能人の誕生日とやらを祝っていた最中だったのだ。
 生まれた日はどんな出来事があったとか、どんな年だったとか、同じ誕生日の芸能人がいるとか、いかにも視聴者の興味の惹きそうな内容だったことを、覚えている。

 あの時軒下には、俺とコン以外誰もおらず。雨音とテレビの音声だけが聞こえる中、番組がコマーシャルに切り替わった頃、おもむろに聞かれたっけ。

『なあ一護。誕生日って自分を祝うよりも、周りの人間に感謝する日だって、ホントか?』
『確かにそういう面もあるかもな』
『だったらお前も、家族に感謝してんのか?』
『・・・とりあえず、だけど一応は、な』

 一瞬言葉が途切れたのは、お袋のことを思い出したから。・・・ああ、あの時も俺は、お袋のことを考えてたのか。

『一護の誕生日っていつだ?』
『7月15日。・・・そう言うお前は?』
『知らねー』
『・・・そっか』

 何故知らないのかは何となく想像出来たから、それ以上は追求することは出来ず。
 そしてタイミング良く雨が上がって、荷物を抱えて走り出した俺はそれっきり、その話題に触れることはなかった───。



「・・・別に嘘ついてたわけじゃねえよ。ホントにあの時は知らなかったんだ」

 コンは俺の顔を珍しくしかめて、こちらの抗議に答えた。

「けど、やっぱ気になってよ。あの後、お前が虚退治に出かけた時体借りて、浦原ンとこへ行ったんだ」
「浦原さんのところへ? 誕生日聞きにか?」
「ンなわけねえだろ。大体いくら元・技術開発局々長だったからって、改造魂魄の個々の製造年月日まで覚えてられないしよ
俺が聞いたのは、モッド・ソウルが廃棄されるって決定された日の方」

 コンの言葉に、俺はこいつと面と向かって話した初めての日を思い出す。

『俺が作られてすぐに尸魂界は、モッドソウルの廃棄命令を出した』
『つまりそれは、作られた次の日には、死ぬ日が決まってたってことだ』

 つまり、廃棄決定日が分かれば、コンの誕生日もすぐに分かるということで。

「で、歳はナイショだけど、作られたのが今日だ、って分かったってワケ」
「だったらルキアにも、ちゃんとそのこと言えば良かったろうがよ。そうすれば・・・」
「別に良いんだって。そんな大げさなことじゃねえし、大体どうやって姐さん連れ出すんだよ?
『所持することすら違法な改造魂魄の誕生日祝うために』なんて、言えるわけねえだろ?」

 廃棄されることに怯えて、途中で自分の歳すら数えるのをやめてしまったであろう改造魂魄の生き残りは、そう俺を宥める。

「たださ。時間があるんだったら、運がよかったら、って俺が勝手に思ってただけ。そういう意味では俺、運が悪いんだろうなー。生き延びたのは幸運だったけど。欲張るなってことなのかも。
ってかさ、年明ける前に処分しちまおう、って、いかにも在庫整理って感じだよなー。棚卸(たなおろし)かっつーの」

 降る雪に紛れさせるかのごとく、つとめて明るく愚痴るコンの背中に、俺は静かに語りかけた。

「コン」
「んー?」
「とりあえず間に合ったから、言っとく。・・・誕生日、おめでとさん」
「・・・・・」

 コンはほんの少しだけ、見開いた目で俺を見たけれど。

「あーあ、言われたからには仕方ねえなあ」

 そう言いつつ、フード付きジャンパーのポケットに手を突っ込み、ポイッ、と小さな物を投げて寄越す。とっさのことで、俺はそいつを落としかけながらも、何とか手のひらで受け止めた。

「うわっとと☆ ・・・何だよ、これ」
「チ■ルチョコ。浦原ンところで買ったんだ。ほら、誕生日は周りの人間に感謝する日だ、ってテレビで言ってたじゃん。だから、もし姐さんが来たら渡そうと思って」

 ───処分されるところを引き取ってくれて、有難う───。

「もっとも、もう間に合いそうにないからさ、代理に一護が受け取れよ? ま、あれだ、おめでとうって言ってくれたから、とりあえず感謝の印として、だ」
「随分小せえ感謝の印だな・・・」
「し、仕方ねえだろ、金ないんだから。いらないんだったら返せよ!」
「・・・もらっとく。チョコは好きだし」

 懐にしまいながら、ふと俺はこいつの購入元のことに思いをはせる。

「ひょっとしてお前、浦原さんにもこれ、渡したのか?」
「あー、うん。『何で今更処分決定日なんか知りたいんだ』って聞かれたからさ、説明したら『アタシが言うのも何ですが、誕生日おめでとうございます』って言われて。
・・・そう言えば夜一さんにも、テッサイにも渡したな。お祝い言われたから」
「メチャクチャ複雑そうな顔、してただろ。特に浦原さん辺りは」
「言われてみればそうだったような・・・。やっぱり、自分ンところで扱ってる商品で代用しちゃ、マズかったか?」
「別にいいんじゃねえの」

 俺はそうとしか言わなかったけど、浦原さんの気持ちを察して、苦笑した。

 だって浦原さんにしてみれば、処分決定日を聞かれるって事でコンに、仲間の死を責められてるような気分になったんだろうと思う。なのに一転して、感謝の印とやらを渡されたんだから、相当困惑したんじゃねえだろうか。コン自身がそう意図したかどうかは、疑問だし。
 もちろん、コンがこうして生き長らえてるのは、あの人が強行に回収しようとしなかったお陰もあるんだから、感謝すること自体はアリだろう、多分。

 静かな夜だ。
 先ほどから雪は降り続けているが、風で邪魔されたりせずほのかにコンの───正確には俺の───肩に、髪に、降り積もる。
 それを時々手で払いながらコンが見上げるは、雪の生まれる遥か上空。

「・・・なあ、尸魂界も雪って降るのか?」
「あいにく知らねえな。俺があっちへ行ったのは、冬じゃねえし」
「やっぱり寒いんだろうなー。草履履きなんだろ?」
「かもな。防寒具ぐらいはあるんだろうけど」

 ところで俺にはコンとの会話で、不意に閃いたものがある。

「・・・コン、お前、尸魂界に帰りたいのか?」

 もっともその疑問は、半ば憤然と否定されてしまうが。

「俺が? 尸魂界に? ンなわけねえだろ、向こうに俺のいる場所なんかねえんだし、下手すりゃ回収されて、命が危ねえんだぜ?」

 ただ。

「俺が作られた日ってのがどんなんだか、知りたかったんだ。・・・それだけの話」
「・・・・・」

 そう言えば、先日見た例のテレビ番組でも、誕生日はこんな日だった、って話題を扱ってたっけ。思い切り影響されてるみてえだな。

 ───ひょっとすると。
 コンは、ルキアに自分の生まれたのがどんな日だったか、聞いてみたかったのかもしれない。もちろん、一緒に雪景色を見たかった、一緒に誕生日を祝いたかった、と言うのもあるだろうが。
 生まれた場所がどんなところだったか。生まれた日がどんな日だったか。知りたい気持ちを止めることは、誰にも出来ないだろう。

 俺が、自分の無力さを思い知るのは、こんな時だ。どんな言葉をかけてやれば良いのか、あいにく何も見当つきやしない。せめて、物思いにふけるのを邪魔しない程度に、見守っているぐらいで。

「もうすぐ・・・やんじまうな、雪」
「・・・ああ」
「誰も気づかないうちに降って、いつの間にか消えちまうんだな、雪って。何か、寂しいもんだな」
「・・・・・」

 コンの言うとおり、降る雪は次第に勢いを失い、チラチラと舞い散るだけになっている。そしてちょうどこの雪がやむのは、コンの誕生日も終わる頃だろう。夜が明ければ、溶けてしまうかも知れない───降っていた名残すら、ないままに。

 そうやって、最後の一片が舞い落ちて来た───ちょうどその時。

 ヒラリ。

 この白き世界ではやけに目立つ、そして決してありえないものが、目の端に映る。

 そう。本来だったらこんな冬に、黒アゲハチョウなんて飛んでるどころか、生きているはずもない。
 だからこいつは、この黒い蝶は、尸魂界から現世へと死神を導く地獄蝶のはずで。

「コン・・・」
「分かったって一護。そろそろ部屋へ・・・」

 俺の声に答え、戻ろう、とこちらを振り返ったコンの目が、大きく見開かれる。

「遅くなって済まん。何とか間に合ったか?」
「ルキア?」
「姐さん!?」
「コン、今日が誕生日なのだそうだな・・・おめでとう」

 白一面の中、黒い死覇装を身につけた黒髪の死神・朽木ルキアが、微笑を湛えて立っていた。

「ね、ねえさああああんっっ!! 会いたかったっスうううううっ!」

 げしげしっ☆

「おお済まぬ、いつものくせで」
「俺の体で抱きつくな。ってか、泣くな」
「ま、まさかダブルで足蹴が来るとは予想外・・・☆」

 俺とルキアからの『攻撃』に撃退はされたものの、コンはさすがに嬉しそうだ。

「けど、何で姐さんがここに? 俺の誕生日なんて教えてなかったのに」
「今日夜一殿から聞いたのだ」
「夜一さんから?」
「久しぶりに尸魂界へ来ておられたらしくてな。運良く流魂街に私が出たところで遭遇して、そこで聞いたのだ」

 俺の部屋へと急ぐ道すがら、現世へ来た経緯を説明するルキア。それを歓迎するがごとく、再び空に白いものが舞う。

「全く、水臭いではないか。それならそうと事前に話してくれたら、時間ぐらいとるものを」
「ほらみろ、俺の言ったとおりだろうがよ」
「イヤ、まあその・・・それはもうイイっしょ? とにかく、わざわざ来てくれて、俺嬉しいっスv」
「あいにく急だったから、そんなに長く滞在できるわけではないがな。茶飲み話をするくらいの時間は、あるぞ」
「イイっスね、それ。後はお菓子の1つでも・・・って、そうだ一護! さっきやったチ■ルチョコ返せよ」
「やなこった。もう食っちまったぜ」
「何をモメておるのだ、たわけども。早く部屋に入ろうではないか。喉が乾いた」

 たわいない会話を交わしながら、俺たちは俺の部屋へと戻って行く。いつものように。

 さあ───お前の生まれた日の話をしよう。


≪終≫

      **********

※良く考えたら、原作での経過時間って半年かかってないんですよねえ? つまり、一護はともかくも、ルキアもコンもまだ誕生日を迎えてない、ってことで。
 だから、こういう話もアリかな、と思って書いてみました。きっと似たような話書く人、いそうですけどね(^^;;;)一護もルキアも、勿論織姫も恋次たちも、みんな無事でコンたち現世組のもとへ帰って来いよー。

 しかし、今読み返して気づいた。ルキアと一護がコンの誕生日知ったの、ビリとビリから2番目なんだな。しかも一番最初に知ったのが、都合上仕方ないとは言え浦原だった、ってのが何ともはや複雑な気持ち・・・。

 ちなみに、文中のコンの回想セリフは、原作ではなくアニメの方を引用しました。あの回はアニメの方が、しっくりするような気がするもんでして。

 最後に一言。
コン、誕生日おめでとう。
君と言う存在を知ることが出来て、
とっても嬉しいよ。


後日補填:↑やっぱり似たようなネタ書いてた人いた・・・。ま、いいか。
向こうはコミックだったし。




忘るる事象について、いくつかの報告(2)
2008年12月25日(木)

 劇場版ネタばれのため、注意OK?

注意:DVDが無事発売されたんで、先日まで行っていた反転解除しました。そのままお読みください。

    ******

◆そして、黒崎一護の場合◆


 ───夜一が、コンを見つけて確保した。

 一緒に行動していたルキアの伝令神機へ連絡が入り、心底安堵した一護はすぐさま、穿界門を開くと言う双きょくの丘へと向かった。

 瞬歩を使えば、少しの距離など何てことはない。だから今回も、連絡を受けてからさほど経たないうちに双きょくの丘へ到着出来たのだが。

「?」

 そこに居合わせた、隊長格の死神たちの様子がおかしい。穿界門の方角を見ようとせず、視線を宙へさまよわせている感じなのだ。
 加えて、特に男性陣の表情が引きつっていると言うか、人によっては逆にだらしなくニヤけているように思えるのは、果たして気のせいか。

 不審に思いはしたものの、それが何かを把握する前にコンの姿が視界に入ってきたので、一護は迷わず近くに降り立つ。
 ───が。

「△◎☆→#〜〜!?」

 次の瞬間、他の男性陣同様一護は、即座にコン『たち』から視線を逸らし、完全に背中を向けてしまったのだった。

「よ、よ、夜一さんっ! あ、あんたまた何で、こんな公衆の面前でっっっ!!!」

 そう。夜一は猫の姿から人間の姿へと戻ったはいいが、例によって例のごとく素っ裸の状態でいたのである。
 ごくまっとうで常識ある男なら、確かにイロイロと落ち着かなくなって当然だろう。

「相変わらず初心(ウブ)よのお、一護。いい加減慣れたらどうじゃ?」
「慣れてたまるか、ンなもんっっ!」
「黒崎サン・・・慣れるって、夜一サンの裸、そんなに見たんですか・・・」
「って、そこで殺気漲らせるんじゃねえよ、浦原さん! 見たんじゃなくて、見せられたんだっ、逆セクハラだぞはっきり言ってっ!」
「でっ、ですから夜一さまっ、これを早くっ! 早くお召しをっ!」

 ヤケに目の据わった浦原に迫られつつも、背後では砕蜂に手渡されたらしい羽織を着る衣擦れの音を確認していた一護だったが。

「どうじゃ? コン。儂の胸枕は心地良いか?」
「んー、暖かくて柔らかくて眠っちまいそー。人肌って気持ち良いなー」
「そうじゃろう、そうじゃろう。よく味わっておくのじゃぞ」

 どうやらコンが、夜一に抱き上げられた状態で話をしているらしいのを耳にし、眉をひそめる。
 それはどうやら、一緒にここへ来たルキアも同様だったようで。

「・・・おい一護。コンの奴、ちょっと様子がおかしいのではないか?」
「やっぱりルキアもそう思うか? 夜一さんのあんな姿見て、あれくらいの反応で済む奴じゃねえんだよ。いつもだったら」
「ああ、大人しすぎる・・・松本殿の現世での制服姿を見た時は、もっとテンションが高かったはずなのに」

 これは相当、落ち込んでいるのではないか───?

 2人が2人とも、うっかりコンを忘れていたと言う負い目もあって、真っ先にその可能性に行き当たった。いや、はっきり言ってそれ以外の理由なぞ、考え付くはずもない。

 とにかく、誠心誠意、心の底から謝ろう。まずはそれが先決だ───そう決意したルキアはだが、その謝罪すべき相手からのとんでもない言葉に、その気持ちを撤回することとなる。

「姐さんのまっ平らでささやかな胸に抱きしめられるのも良いけど、やっぱ夜一さんのせくしーだいなまいつな胸は気持ち良いなーv」
「───!」
「お、落ち着けルキア! 頼むから斬魄刀をしまえっ!」

 無言で袖白雪を抜こうとするルキアを、一護は必死に羽交い絞めにして止めた。

「何故止める。一瞬でもあやつに済まなかった、と思った我が心が口惜しいと言うのに」
「腹が立つ気持ちは分かる! 分かるけど今はやめとけ!」
「貴様どうして、コンにそこまで味方するのだ? よもや貴様、先ほどのあやつの暴言に賛同していると言うわけではあるまいな・・・?」
「だからそこで殺気立つな! ってか、賛同してねえだろうが俺は! いいから落ちつけってんだよ」

 ズルズル、と、ルキアを夜一たちから少しだけ遠ざかったところへと引っ張って行ってから、かなりの仏頂面で一護は切り出した。

「・・・あのな。コンのアレ、多分いつものあいつのやり口なの」
「は? やり口だと?」
「だから、絶妙なタイミングでこっちの悪口言って、こっちの謝る気持ちを削ぐ、って方法」

 思いもよらないことを打ち明けられ、呆気にとられるルキアに気まずい思いをしながらも、コンの弁護をする一護である。

「俺も何度か、経験あンだよ。さすがにこれだけ一緒に住んでると、ケンカしねえ方がおかしいだろ? 男同士だし。だから取っ組み合いなんか日常茶飯事だし、時々派手な口ゲンカもするんだけどな・・・たまにあんな風にかわされちまうんだ」

 ただし、コンがこのやり口を実行するのには、一定の条件がある。明らかにコンの方が悪かったり、逆に一護の方が悪かったりする時は、絶対にこんな方法はとらない。そういう場合は大抵、『悪かった』方が折れてとりあえずおしまい、だ。無論、折れる方の気分によって、膠着状態は変に長引いたりもする。
 だが。

「今回・・・俺たちの方が断然悪いはずなのにこんな態度取ったってことは、多分あいつ、俺たちに謝って欲しくないんだ、って気がする」
「何だそれは」
「理由は分からねえ。俺たちとはぐれてた時に何かあったのかも知れねえし、全然違う原因があるかも知れねえ。いや・・・どころか案外、落ち込んでる理由自体、俺たちとはまるで関係ねえ可能性もあるだろうがよ」

 第一、コンの身に起きたことが全て自分たち絡みだと思うのは、とんだ傲慢ではないだろうか。彼には彼の、彼だけの、自分たちがあずかり知らぬ世界があるはずだから。

「・・・だからアレは今、下手に見当違いのことで謝罪入れられたって困る、って意味なんじゃねえかと思う。あいつもそれが薄々分かってるから、敢えて誤魔化してんだよ」

 あいつ結構ややこしい性格してるしな、と一護が疲れたような苦笑を浮かべるのを見て、ルキアは怒りの矛先と斬魄刀を収めたのだった。・・・一護の顔を立ててとりあえず、ではあるが。


「おーう一護、やっと来やがったか。遅かったじゃねえか。さっさと現世へ帰ろうぜー」

 コンは相変わらず低いテンションのまま、夜一の『胸枕』を楽しんでいる。やはりと言うか、後頭部を胸に埋(うず)めると言うまさに枕のような扱い方で、本来の彼が好きそうな顔面を埋める『ぱふぱふ』状態ではない。
 一護に、自分の推測の正しさを確信させていると知ってか知らずか、ルキアたちにかける声は能天気を装って。

「姐さーんv 元に戻ってくれて嬉しいっスよ〜v 体の具合、大丈夫っスか?」
「・・・ああ、もう何ともない。しかしコン、貴様こそとんでもない風体になっておらぬか?」
「このくらい、一護とのケンカで慣れてますから」
「をいこら、人聞きの悪いこと言ってるんじゃねえ。いくら何でも俺は、ここまでひでえ状態にした覚えはねえぞ」
「それに、この状態なら井上さんに修繕と入浴頼む口実になるっしょ? ムフフ・・・楽しみだなあvv」
「人の話を聞けっての」
「一護・・・絶対に井上には修繕を頼むなよ。友人として彼女の身が心配だ」
「おおよ。ってか、石田でも贅沢だ。やっぱ遊子の奴に、全部頼んだ方が良さそうだな」
「げげっ☆ そ、それはちょっと勘弁してもらえねえかな〜」

 内包する気まずさは横へやり、かわされるいつも通りのやり取り。
 そんな彼らを、いわば微笑ましく見守っていた夜一だったが、おもむろにコンを抱き直した後ルキアに向き直った。
 ───ちなみに今は、ちゃんと砕蜂の羽織を身に付け、見苦しくないくらいの格好になっている。

「時に朽木。少し尋ねたいことがあるのじゃが」
「? 何でありましょうか、夜一殿」
「大したことではないのじゃが・・・お主今回の騒動中、一護のこともコンのことも忘れておったのじゃったな?」

 夜一の質問に、ほのぼのしかけていた空気が少しだけ、強張りかける。

「夜一さん、今更何を・・・」
「気になることがあっての。どうなんじゃ? 朽木」
「は、はい・・・あいにくと、その・・・」

 ルキアはコンの方にチラリ、と目をやり、すぐに逸らす。

 ───そう言えば、俺の名前は口にしていた気がするけど、コンのことは呼んでなかったような・・・。

 そりゃ気まずいだろう、と思いつつも一護は、ここで下手を打てば薮蛇になりかねないので、夜一の次の言葉を待つことにした。

「ふむ・・・じゃったら尚更、ワケが分からんのお・・・」
「だから何がだよ? 夜一さん」
「儂は時々猫の姿になっておるから、経験済みなのじゃがな。普通人間も死神も、自分の縄張りに自分の知らぬ存在がおれば、追い出しにかかるじゃろう?」

 いきなりの話題変換に、さすがの一護もついていけない。勿論コンは、まるで他人事のように首をかしげている。

「ええと・・・?」
「じゃから、例えばの話じゃ。野良猫が部屋にいつの間にか居座っていたら、普通は気味悪がるものじゃろう? 儂もよく現世で、日当たりのいい庭に入り込んで居眠りしておったら、血相を変えて追い返されたものじゃ」
「・・・まあ、それは確かに」
「隊長だったら、自分の昼寝場所を横取りするな、って怒りそうですよね?」
「松本・・・後で覚えてろ・・・」
「で、それが何だってんです?」

 浮竹や日番谷、恋次たちが何となく会話に割り込むのを見計らったかのように、夜一は今度は一護に向かって問いかけた。

「一護は今回、どうしてコンを追い出そうとしなかったのじゃ? と聞いておる」
「・・・・・はあ!?」
「喜助に聞いたぞ? お主も一瞬、朽木のことを忘れかけたのじゃろう?」
「だから、それが何でこいつを追い出すってコトに・・・」
「鈍い奴じゃのお・・・そもそも改造魂魄のコンは、お主と朽木のお陰で命を永らえたのじゃろうが。つまり、朽木の存在を抜きにして、こやつのことは語れぬはずじゃろう?」
「・・・・・!?」

 おぼろげながら、夜一が何を言いたいのか分かったらしい。コンは彼女の胸に抱かれたまま、表情を固くする。
 そんな彼を宥めるかのように、夜一は頬擦りをしながら尚も続けたのだった。

「見かけによらずお主は優しい男のようじゃが、さすがに正体不明の喋るぬいぐるみを自室で見つければ、妹たちの安全も考えて、追い出すのではないのか? じゃから疑問に思うての。
・・・ひょっとして一護、お主は、朽木の記憶を刈られたくせに、コンのことはずっと忘れずにいたのではないのか?」

 だから追い出すなど、考えもしなかったのだろう───?

 時に野良猫のふりをする、この貴人はそう問いかける。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、夜一サン」

 先ほどまで、一護が夜一の裸を見たことを根に持っていた浦原が、慌てて口を挟んだ。

「それはさすがに、ありえないんじゃないっスか? だって技術開発局々長だったアタシですら、コンさんのことは完璧に忘れてたんですよ? なのに・・・」
「・・・いや、確かに夜一さんの言ってる通りだ」

 一護は少しだけ思い出すような仕草をしていたが、驚くほどスッパリと断言する。

「さっきまでならともかく、現世ではコンのこと、俺は忘れた記憶はねえ」
「・・・なーに気取ってやがんだよ、一護」

 が、それに異議を唱えたのは、他ならぬコンだったことが一同を戸惑わせた。

「別に忘れてたって、俺は気にしてねえんだぜ? そんなの小せえことだろ。てめえが姐さんのこと忘れてたことに比べれば」
「そんなんじゃねえって」
「大体てめえ、あの時俺のコトまともに名前で呼んでなかったじゃねえかよ? てめえが俺の名前をハッキリ呼んだのは、一旦寝てたところを叩き起こしやがった、あの時からだ」
「あのなあ、そんなのお互い様だろうが。少なくとも浦原商店へ行くまで、てめえ俺のことちゃんと名前で呼んでたか? ルキアのことですら『姐さん』で済ませてたろうが」
「うっ☆」
「そもそも普段から俺たちは2人きりでいる時、わざわざ名前で呼び合うってコト、ほとんどなかっただろうがよ」
「そこはエバって言えることかよ、この野郎」
「まあまあ、黒崎さんもコンさんも落ち着いて」

 夜一の質問そっちのけで口論を始めそうな気配に、浦原がとっさに止めに入る。

「何だか、『おい』『お前』だけで会話成立させてる、熟年夫婦みたいなやり取りですねえ」
「・・・何だって?」
「いえいえ、聞こえなかったんだったら良いんですよ。でも確かに夜一サンの言う通り、おかしな現象ですねえ?」
「そうじゃろう?」

 夜一は頷いたが、どちらかと言うと愉快そうな顔に見えるのが、一護には癪だ。

「生みの親より、育ての親、と言ったところじゃな」
「「誰が親だ、誰が」」
「言葉のアヤじゃ、気にするな。それはともかく・・・喜助。元・技術開発局々長としてのお主の意見、聞きたいものじゃがのお」

 悪戯っぽい目をひらめかせる夜一に、一護は少々居心地の悪さを覚え始めた。

 ・・・何もそういう気恥ずかしいことを、皆が聞いているこの場で聞かずとも良さそうなものを。

「そうですねえ・・・」

 浦原はちょっとだけ、考えるそぶりをしながら周囲を見渡す。まるで皆が聞いているのを、確かめているかのように。

「まず1番目に考えられるのは、コンさんが改造魂魄と言う特殊な存在であるが故、記憶を刈り取られることがなかった、と言う説」
「! だが、それは・・・」
「そう、朽木さんも先ほどおっしゃっていた通り、その説はきっぱり否定できます。何たって、朽木さんを初めとした死神が皆、覚えていなかったのだから」

 気まずい思いを共有しながらも、この場にいる死神は皆納得する。

「2番目に考えられるのは、距離の壁というヤツです。尸魂界と現世の間には、断界と言う時空を隔てる壁が存在する。それ故に、刈られる記憶に差が生じた・・・」

 ですが、と浦原は、夜一と視線を交わしてみせる。

「その説もありえませんね。実際、私たち浦原商店の者は現世にいたのに、皆黒崎さんやコンさんのことを覚えていませんでした」

 ルキアの異変を感じ、浦原商店へ足を運んだ時の違和感を、一護は思い出す。確かにあの時応対してくれた雨の態度は、まるっきり初対面の人間に対するものだった。

「となると、考えられるのは・・・まあ、これはあくまでも想像でしかないので、なんとも検証がしづらいんですが」

 ヤケにもったいぶった言い方で、浦原は周囲の注目を惹いてから、告げた。

「黒崎さんと朽木ルキアさん、あるいは朽木さんとコンさんの間にあるものとはまた別の絆が、黒崎さんとコンさんの間にもちゃんと育まれていた・・・と言ったところでしょうかねえ?」
「へ?」
「・・・・・」

 浦原のそのセリフに、コンが仰天したような視線を向けてくるのを、照れからそっぽを向いてやり過ごす一護。
 が、そのくらいで浦原の主張を中断させることなど、出来るはずもなく。

「そもそも何だかんだ言いながらも、黒崎さんは廃棄処分されかかったコンさんを、ご自分の意思で引き取った。そう、朽木さんや誰かに、強要されてのことじゃない。その時点で既にコンさんは、黒崎さんにとっちゃ特別な存在になってるんです。本人も無意識のうちにね」

 自分の意思が故に、死神になったこと自体は忘れなかったのと同じ理屈っス───ルキアから死神能力を譲渡された経緯を聞かされていたらしい浦原は、そう結論付ける。

「だから黒崎さんが今回、朽木さんのことを忘れてもコンさんのことを覚えていたのは、別段不思議でも何でもなく、ごくごく当然の結果だった───ってところっスかぁ?」

 ───一瞬の沈黙の後。

「い、いちごおおおおおっ!!」

 感動のあまり、目から鼻から涙やら鼻水やらをただ漏れさせたぬいぐるみは、全身全霊で一護に抱きついた。

「だああああっ! 鼻水を擦り付けるなよ、コンっ!」
「やっぱりおめーは親友だああっ! 1人で凹んでて悪かったあああっ!」
「だから、そんなに派手なリアクションすんな! 顔がもげそうだぞ、顔がっ!!」
「いちごおおおおおっ! 俺は嬉しいぞおおおおっ!」
「・・・・・・・☆」

 どんな悪態をつこうが、感動の涙を止めようとしないコンに、さすがに一護もどんな態度をとって良いのか途方にくれてしまう。
 そんな彼の気恥ずかしさを、更にルキアが増長させるのだから、タチが悪い。

「ほほう・・・少々ヤケるな、一護。私がおらぬ間に、随分コンと仲良くなったではないか」
「ルキア、てめえっ!」
「ヤケるだなんて、そんな、恐れ多いっ! 俺はちゃんと、姐さんのことも愛してるっす!」
「ホントか? 愛想をつかされたと心配していたのだぞ?」
「マジっス! 俺のこのあふれる愛情を受け止めて・・・・・むぎゅ☆」
「ああスマン、いつものくせでつい足蹴に」
「・・・何か、シアワセそうな顔で伸びてるな・・・」

 やっと気まずさを拭い去り、本当にいつもどおりのやり取りを交わす3人だった。

 そしてそんな彼らを見守りつつも、密かにショックを受けている男が、約1名。

「ヤ、ヤケるって、ヤケるって・・・」
「だから阿散井、朽木はそういう意味で言ったんじゃねえだろうがよ」
「あーあ、全然聞こえてないみたいですね」


≪おしまい≫


※イヤだから、マジで謎でしょうが。一護がコンのことはちゃんと覚えてた、ってことは。
まあそうでないと、そもそも話が進みようがなかっただろうけどね・・・。


 もしHPで正式にUPすることになれば、製作秘話なんか書こうかと思ってます。多分劇場公開終了後でしょうけどねー。
 ちなみにここに書いた『改造魂魄が作られた理由』は捏造ですんで、本気にしないでねv







忘るる事象について、いくつかの報告(1)
2008年12月24日(水)

※BL■ACH劇場版第3弾について、あの笑撃!? のラストへのフォローと、ちゃんちゃん☆ 的最大の謎について、小説にしてみました。
 こういうのって本当は、劇場公開終了後まで遠慮するのが筋なんでしょうが、早い者勝ちって気もしますんで。

 一部ネタバレあるんで、ネタバレ嫌な人は読まんで下さい。OK?

注意:DVDが無事発売されたんで、先日まで行っていた反転解除しました。そのままお読みください。


     **********
 忘れることが不幸なのか、あるいは幸福なのかは、きっと誰にも分からないことなのだろう。


◆本職と代行の失態◆


 とりあえず、瀞霊廷始まって以来の未曾有の壊滅危機が回避され。
 黒崎一護たち一行を現世へ帰すべく、穿界門を開く手続きを行っていた時である。ちょっとした騒動が起きたのは。

「ところで一護くん。君が同行させていた、あのライオンのぬいぐるみはどうしたんだい?」

 浮竹十四郎に素朴な表情で尋ねられ。
 小首をかしげていた一護は次の瞬間、顔面から一気に血の気を失せさせ、絶叫する。

「だーーーっ!! しまった、コンの奴どこに行った!?」

 その慌てぶりは、護廷十三隊を皆敵に回していた際にはついぞ見られなかったもので、居合わせた死神たちをひどく驚かせた。
 そして、そんな彼の様子に、落ち着きを無くす者がもう1人。

 「何だと、一護! 貴様コンを、どこかに置き忘れてきたのか!?」

 朽木ルキアは先ほどまで、一護とのしばしの別れを惜しんでいたのだが、その穏やかさもどこへやら。狼狽の色を隠そうともしない。

「戦闘中に落っことされて、死神連中みたいに固まっちまったんだよ! ま、まさかどっかで砕けたりしてねえだろうな?」
「馬鹿者! それを言わぬか、早く探すぞ!」

 言うが早いか、ルキアは瞬歩でたちどころに姿を消す。

 一護もすぐに後に続いたが、浦原喜助の、
「手分けするんだったら、伝令神機で連絡取り合わないと、行き違いになっちゃいますよー」
との言葉は、果たして聞こえていたかどうか。

「全く・・・仕方のないガキどもじゃのう」

 ふう、とため息をつき、浦原の肩口から黒猫が一匹、地面に降り立った。むろんそれは、四楓院夜一の仮の姿で。

「喜助、儂も探してくる。猫の視線でないと、分からぬこともあるじゃろうからな」
「そりゃまあ、コンさんのあの大きさじゃあねえ」
「すぐに戻る故、いい子にしておるのじゃぞ?」
「・・・アタシも子供扱いっスか・・・?」

 微妙にふて腐れた顔に溜飲を下げたのか、夜一は一瞬口を笑みの形にゆがめてから、すぐ姿をくらませた。「瞬神・夜一」の異名は、未だに健在らしい。



◆阿散井恋次の場合◆


 日番谷冬獅郎は、そんな現世組の姿をしばらく眺めていたのだが、ふと思い立って視線を転じる。

「・・・・・・・」

 そこには、何やら苦虫を2、30匹ほどまとめて噛み潰したような形相の、阿散井恋次が立っていた。彼はルキアたちが走り去った方角を、黙って見つめたままだ。

 自分もそうだが、護廷十三隊の死神たちは皆、朽木ルキアのことを忘れさせられていた。それは、彼女と幼馴染であった恋次も例外ではない。
 ・・・いや、むしろもっとも親しい間柄だったこそ、忘れていたことがショックだったのではないだろうか。

 現に、ルキアが記憶を取り戻してからも、何やら彼の様子がおかしい。いつもなら、2人で漫才のような小気味いい会話を繰り出しているところを、身の置き所に困り果てた、と言う感じで、彼女と着かず離れずの位置を保っていただけだったのだ。

 日頃元気な男が、いわば意気消沈しているのは調子が狂う───日番谷が恋次にわざわざ声をかけたのは、多分そんな気持ちの表れだったのだろう。

「阿散井。何だその情けねえツラは」
「日番谷隊長・・・?」
「いい加減、今回の失態は忘れろ。
・・・朽木のことを忘れていて気まずいのは分かるが、それはお互い様だろう。向こうの方も我々のことを、覚えていなかったのだからな」

 が、恋次はゆるく頭(かぶり)を振った。

「一護は忘れてませんでしたよ? それともう1人・・・って言うか、あの改造魂魄も」
「黒崎が覚えていても不思議はないだろう。あいつは朽木に、死神の能力を分け与えられたんだ。言わば自分の存在意義を忘れないのと、同じようなもんだ」
「頭じゃ分かってるんですけどね、その理屈」
「大体お前、何で改造魂魄にまで対抗意識燃やしてやがる。あいつらは戦闘用だ。『そういう風』に作られているんだから、忘れなくて当然だろうが」
「けど、あいつらは覚えてて、俺は忘れていた。
・・・それは動かしようのねえ事実っスよ」

 それに、と恋次は、今までとは違った感じの疲れたようなため息を漏らす。

「何か・・・さっきの一護とルキア見てたら、その・・・現世の行楽地で迷子になったガキ探してる夫婦、みたいに見えちまいまして」

 自分で自分にムカつく、と力説する恋次に、周囲は必死で笑うのをこらえ。
 日番谷は重症患者を診察する医師の気分で、痛くなる頭を無言で押さえる。

 自分より十分の一以上年下のガキどもにそんな体たらくでは、これから先が思いやられやしないか・・・?

 彼の憂鬱は結局、彼らの会話を耳にしていて気を利かせたのか、「実は黒崎サンも当初、朽木サンのこと忘れてたみたいっスよ?」と浦原が打ち明けるまで、続いたのだった。



◆改造魂魄・コンの場合◆


 本人にも無論自信があったとは言え、コンを真っ先に見つけ出したのはやはり、猫の夜一である。

 瀞霊廷の片隅で発見した彼は、無残なまでにみすぼらしい風体だった。
 ぬいぐるみの色は褪せ、生地はボロボロ、土と埃にまみれた上に、あちらこちらが千切れている始末。加えていつもの、1人でも騒がしい言動はどこへやら。黙り込んでうずくまっていたため、さすがの夜一も一瞬、見過ごすところで。

 この調子では、一護たちが彼を見つけ出すのは骨だ。もちろんコンとしても、別に隠れていたわけではないだろうが。

「ここにいたのか。探したぞ、コン」

 夜一が後ろから近寄って声をかけたところ、予想に反してコンは、こちらを振り返ろうとしなかった。

「・・・探しに来てくれたんだ、夜一さん」
「何じゃ。迎えが一護か朽木ではないと、不満か?」
「別に。探しに来てくれただけで、有難いから」

 その口調は、すねていると言うよりは本気で投げやりで、夜一の琥珀色の目を瞬かせる。

「一体どうしたのじゃ? お主の探査能力なら、今一護たちが懸命に探していることなどお見通しじゃろうに。どうして答えようとしなかった?」
「・・・・・」
「どうやら、単に置いてけぼりを食らったから、というわけではなさそうじゃな?」
「そっちにもちょっとは凹んだぜ? けど、俺は今回一護にくっついてたばっかで、実際何の役にも立たなかったし。ま、置いてけぼりもしょうがねえかな、と」

 折角の戦闘用改造魂魄なのによ、と、半ばやけくそ気味に呟くのを、夜一は呆れた風に応じた。

「・・・何を言う。皆が忘れていた朽木のことも、一護のことも、お主はちゃんと覚えていたではないか。ただそれだけのことでも孤立無援だった一護にとっては、どれほどの救いになったと思っておる?」
「そんなのお互い様だって。俺も愛する姐さんに忘れられてて、結構ショックだったしよ。カラ元気でいられたのも、一護が俺のこと覚えててくれたからだったんだ」

 ま、今はうっかり忘れてやがるけどさ、とツッコミを入れるのを忘れないコン。

「大体、俺が2人のこと忘れてなかったのは、あいつらみたいに信頼とか絆とか言った理由じゃねえ・・・。
俺たち改造魂魄は元々、『絶対忘れたりしないよう』作られてっからなんだぜ?」

 淡々と告げる口調はコンらしからぬものだったが、決して自虐的ではない。むしろ本当のことを何の誇張もなく伝えている───ただそれだけのもの。

「・・・浦原に聞いて知ってるんだろ? 夜一さん。俺たちが作られたのは、勿論魂の抜けた死体を有効利用する意味もあったけど、それだけじゃない。要は、戦闘経験やデーターを効率よく次の戦闘へ繋げる為だった、ってこと」
「一応は、な」

 そう。
 死神を一から訓練するのは、時間と労力が相応にかかる。そのために真央霊術院があるのだし、一護みたいに短期間で『使える』ようになるのは、異例中の異例なのだ。
 だが、戦闘中に殺されては、その手間も無と化してしまう。だから、死体さえあれば何度でも繰り返して使える尖兵として、コンたち改造魂魄は開発されたのである。

 もっとも、その尖兵計画自体は既にない。今はコンと名づけられたこの、ただ1体の生き残りが存在するのみ。彼らは結局、後々の戦いへ糧になることもなく、一方的に処分されてしまったのだから。

 ・・・それなりに複雑な心境で口を噤む夜一をよそに、コンはあっけらかんとした笑顔で言った。

「端から俺たちには、忘れるって言う選択肢は持ち合わせてねえ、ってだけのことなんだぜ? ・・・ま、今回はそれが、姐さん助ける手助けになったみたいだったから、ある意味良かったけどさ」
「ある意味は、と言ったな。つまり、良くなかった部分もあったと言うことか?」
「・・・聞くかねえ・・・今、それを・・・」

 無表情のはずのぬいぐるみの顔が、明らかに寂しさで歪む。涙腺などないはずの作り物の眼球が、夜一には潤んで見える。

「だってよ。俺だけ馬鹿みたいじゃん。皆が狡くも忘れてられることまで、強制的に覚えさせられてるなんて・・・損してる気分なんだよな、ものすごく。貧乏くじ引いた、ってか、横着できねえ、ってかさ・・・」

 それでも、どこかおどけたように振舞うコンを見るにつけ夜一は、どうして彼に元気がなかったのか判ったような気がした。

 ───疎外感。言葉で表せるとしたら、まさにそれ。

 コンとてさすがに改造魂魄の自分を、死神や人間だと思ったことはないだろう。それでも、半分人間で半分死神の一護と一緒に暮らすうち、同等の存在だと言う意識が芽生えたのだとしたら?

 なのに今回の騒動で、いきなり突きつけられた『事実』。決して自分は、ルキアや一護とは同じにはなりえぬ、と言う───。
 そして彼にはその苛酷な現実すら、忘れることは許されていないのだ。

「断っておくけど、俺は別に、忘れたいって思ってるわけじゃねえぞ?」

 無言でたたずむ夜一をどう思ったのか、コンはいつものようなお調子者の声を装う。

「・・・そうなのか?」
「あったりまえじゃん。今回の騒動でよく分かっただろ? 自分の都合のいいことだけ覚えていてもらおうって考えたって、結局はうまくいかなかったわけだし」
「確かにそうじゃったな」
「ただ、さ」

 ぽてん、と力なくその場にうつぶせてみせるぬいぐるみ。

「どうしようもないって分かってても考えちまう、ってあるじゃん。今の俺、まさにそいつなんだよな。そうでもしないとやってらんねー、っつーかさ。
・・・今日だけでいい。1日だけで良いから・・・ちょっとだけ凹ませておいて欲しいんだ、夜一さん。・・・頼むよ」

 寝て明日になったら、また元気になるから───そう虚勢を張るコンの姿は、同居人の一護はともかく、大好きなルキアにはあまり見せたくないものなのだろう。

 かつて───遠い昔。そんな風にちょっとだけ落ち込んで、でも次の日までには力強く歩み出した男を、夜一は最も身近な存在で知っている。

 彼女はだから、コンの気持ちが分からぬではない。が、時刻が迫っているのも事実で。

「じゃがなコン、落ち込むのはいつでもできるじゃろう。今はとりあえず、穿界門を通って現世へ戻るのが先決ではないのか?」
「自分の足で歩く気、しねーし。断界なんてもっとムリムリだし」
「どうせここに来る時の断界は、一護にしがみついて駆け抜けたのじゃろうが。・・・全く」

 猫特有の細い目を笑みの形に歪ませ、夜一はコンの傍に駆け寄ったかと思うと、その体を銜えて強引に、自分の背中へと放り投げた。

「特別サービスじゃ。しっかり捕まっておれよ」

 ───個人的に気になることもある。ここは一護と話してみるとしようか。

 そう決意した夜一の足は、それはそれは軽やかである。


≪続く≫


※容量多すぎたので、2分割します・・・。





いつか来たる結末、されど遠い未来であれ・後書き
2008年12月05日(金)


 えー、初めてのBLEA●H小説が、こーんな長丁場になろうとは。自分でもちょっと驚いてます。
 どうせ自分のサイトがあるんだから、そっちの方へUPしてもいいんでしょうけど、編集作業がメンドくさいので、とりあえずこちらへ投稿いたしました。劇場版第3弾に間に合わせたかったんですよ。コン、今回はかなり出まくりだって話、聞いたもんですからv

 くれぐれもこの後書きは、ちゃんと最後まで本編を読み終わってから見てくださいね? 問答無用でネタバレ行きますから。




 さて、もともとこの話を書くきっかけになったのは、ある日いきなり欝モードになった自分の発想。何故か、

「一護やルキアが知らない間に、コンが消滅してる」

って結末を想像しちゃいまして。

 最近の原作、コンがこれっぽっちも出ないもんだから、うっかりそんなこと考えちゃったのかも知れません。が、直後に「そんなのだけはイヤだ〜〜!!」と大却下くらわせたんですが。何も全部が全部を否定しなくてもよかろう、とも思ったんです。

 要は、こういう結末だけはイヤだと喚くファンがここにいるぞ、と言うささやかな主義主張にしちまえ、と。

 ・・・何だか、自分でボケといて自分でツッコミ入れるお笑い芸人みたいだな、自分・・・☆

 一護とルキアとコン。この3人の擬似家族が、ちゃんちゃん☆ は好きです。アニ鰤のかつてのOPアニメで流れてた「TONIGHT×3」のラストの止め絵を一目見た途端、

「てめーらピクニックしに来てる家族かあああっvv」

と目からウロコ。あれで一気に目覚めました。3人が仲良く・・・とまではいかなくても、何やらほのぼのとした雰囲気で居眠りしてるなんてなあ。(他の改造魂魄いるじゃん、ってツッコミは却下☆)何だよ一護、コンが脱走しないようにって足掴んでる手、ちょっと優しげじゃなーいvv こういう親子、結構見かけるよねーとか、まあイロイロと。

 かと言って、何故かイチルキ派ではなく、一織派なんですよ、ちゃんちゃん☆ は。あくまでも一護とルキアは名コンビ。
 だから冒頭にちゃっかり、一織シーンを入れてみましたv 一護と織姫とコンのトリオも、そのうち書きたい。ってか、是非原作で見てみたいですv

 ところで、原作じゃ織姫、コンとは数えるくらいしか顔合わせてませんよね? コンのこと、何て呼ぶんだろ? 一応ここでは織姫がコンを「君」付け呼ばわりしてます。が、実はそれにはふかーい事情があったりします。深刻だけど、しょうもない理由が(ーー;;;)いつかそっちも、書ければいいんだけど・・・。

 ちなみに、織姫がコンに買ってあげた生キャラメルですが、さすがに今話題の『花■牧場』のじゃないです。学校帰りの学生にゃ、買うの困難でしょ?
(かつてネットで予約しようとして、予約開始数分での「完売」の壁に負けたやつ☆)

 この話では尸魂界側には、コンが改造魂魄だとは知られていない設定になってます。
でも、原作でだって今の時点じゃそれっぽいですよね? 一護の家に押しかけた死神たちも、コンを義魂丸だと言う認識はあっても、改造魂魄とは思っていないみたいだし。
 ひょっとして彼ら、死神代行、ってことで、一護が義魂丸を湯水のように使うのを遠慮してるんだろ、と誤解してるのか?

 ところでラスト。一護がコンのことぶん殴る! って宣言してるところで終わってますが、きっと賛否両論なんでしょうなあ。一護とルキアのこと考えて命張ったコンに、そんな仕打ちはないじゃん! もっと優しい言葉かけてやって・・・と思われてもごもっとも。

 けど、どうもウチの一護は口より先に手が出ちゃうタイプでして。それに、誰かが犠牲になって物事を終わらせる、ってのがどうも苦手なんです。ちゃんちゃん☆ もですが。
 だって、置いていかれる人間のコトなんか、まるで考えていない行動でしょ。かつてルキアが同じようなことをした時メチャクチャ嫌がった一護だから、多分コンがこんなことになっても同じような反応示すんじゃなかろうか、と。・・・イヤ、むしろ相手が男な分、もっとストレートに怒るだろーなー。

 大体、記換神機で記憶を差し替える、ってことですけど、よくよく考えたら半分死神の一護に記憶変換が効くのか? って問題がありますし。半分人間だから効くだろ、って説もありだろうけどさ。

 一護は元来が長男な分、お兄ちゃん気質なんでしょうね。だから時々淡白にもなっちゃうけど、家族に対しての愛情は呼吸するぐらいに自然に思ってる。だから、居候のコンに対してもそうなんだと、ちゃんちゃん☆ は思ってます。ええ、原作にてケッコー無碍に扱っていようとも、根元はそうなんだよ、きっと(T_T)

 で、一応ウチのコンは、変に同情されるよりは、他の人間と分け隔てなく扱われる方がいい、と感じてるんじゃなかろうかと。や●い設定じゃない限り、男同士なんてそんなもんじゃないかなあ?

 劇場版第3弾、平日になると思いますが、きっちり見に行く予定です。できたらそっちでも、3人の絆がちゃんと描かれていたら嬉しいなっv イヤ、多分描かれてるでしょう今回は、うん。

(後日補填)

※実はこの話の裏設定に、コンの魂魄が通常より早く壊れかけたのは、一護の母親の仇・グランドフィッシャーに一護の体ごと思い切り踏みつけられたから、ってのがあったりします。そのことに気づいたのと、口止めしてる弱みもあって、浦原さんもコンに対して親身になってたりするんだな。イヤ、もちろん顔なじみになってて情が移ってるのもあるんだけどね。




いつか来たる結末、されど遠い未来であれ(4)
2008年12月04日(木)



「・・・亡くなりました」


「「・・・・・・っ!?」」



























































































 が。

「・・・・・って言ったら、信じます?」

 その数秒後、まるで先ほどまでの緊張感を忘れたかのような能天気な声が、浦原さんの唇から飛び出す。

「・・・・・は・・・?」
「信じます、って・・・」

 まるで馬鹿の一つ覚えみたいに、鸚鵡返しにしか言葉を発することが出来ねえ俺たちを嘲笑うかのように、浦原さんはにっこり、と唇を歪める。ご丁寧にも、懐から取り出した扇子をヒラリと広げながら。

 ───言われた意味を、おぼろげながら理解するのに数秒。そして、からかわれたと察するのに、更に数秒を要し。

 気がつけば俺は怒りに任せて、浦原さんの胸倉をあらん限りの力で掴み上げていた。

「ってことはてめえ! コンは無事なんだな!」
「ええ、とりあえずは。今治療の真っ最中っスよ。ほら、こうやって、ね?」

 彼が懐から取り出したのは、小さな蓋付きの瓶。
 その中には透明で粘り気のある液体が8分目ほど入れられていて、更にその真ん中辺りに───見覚えのある、義魂丸に似た球体の改造魂魄が、ゆらゆらと浮かんでいた。

「特別コーティングを施してるところっス。よっぽどの無茶でもしない限りはこれで当分、壊れずに済むでしょう」
「あ・・・・・・」

 緊張の糸が切れたのだろう。ルキアはその場で、腰を抜かしたようにうずくまる。
 が、あいにく俺も気持ちに余裕がなかったもんだから、彼女のことなど構っていられなかった。

「タチ悪いぞ! この状況でそういう冗談、口にするんじゃねえっ!」

 コンの奴が死んでしまったかと、早合点しちまったじゃねえか! 俺がそう憤るのも、無理はないだろう。

 が、ヘラヘラと笑っていたのは、そこまで。
 浦原さんは急に表情を変えると、逆に俺の胸倉を思い切り掴み上げた。

「あなたに・・・そんなことを言う資格があるんですか? 黒崎さん」

 帽子の下から現れたのは、明らかに怒りの両眼。その容赦のない殺気に、俺は思わず浦原さんから手を離していた。

「もしコンさんが、アタシを頼らず治療も受けずにいたら、さっきの宣告はまさに現実になっていたんですがね? 正直、間一髪のところだったんスよ」
「・・・・・っ!」
「思い出して下さい。アタシは一度は、霊法の名の下に彼を殺そうとした。下手をすれば、これ幸いと再び廃棄するかもしれないのに、どうしてコンさんがアタシに相談を持ちかけたのか、分かってますか?
他には誰も頼ることが出来なかったから。そ、たとえ黒崎さん、あなたにすら、ね」

 ───そう、だ。その通りだ。
 もしルキアが、たまたま真央霊術院で改造魂魄の実験報告書を見つけていなかったら、俺はコンの異変には気づかなかった。
 いや・・・正確には、コンの態度に違和感は覚えていた。が、それを深刻なものとは、受け止めていなかったのだ。

 とりあえず立ち話もなんだから、と、浦原さんは俺たちを伴って店の中へと入る。
 何度か訪れた店の茶の間のちゃぶ台の上には、良く見慣れた少しくたびれた感じの、ライオンのぬいぐるみが横たわっていた。

 むろん、今はピクりとも動かぬ、物言わぬ存在。

「まあまさか、朽木さんが尸魂界から訪問されているとまでは、思いませんでしたからねえ。もし来られると分かっていれば、もう少し穏便な方法を採らせていただいたんですが」

 テッサイさんにお茶を淹れてもらいながら、浦原さんは畳の間に座った。それにつられるように俺とルキアは、その向かい側へ腰を降ろす。

 それぞれの前にお茶を置き終えるのを見計らって、口を開いたのはルキアだった。その指先で、ぬいぐるみの頭を優しく撫でながら。

「・・・私が来ているのが分かったら、何か都合が良かったと言うのか?」
「材料集めと必要経費っス。今回何が手間取ったって、コンさんに施すコーティング剤の原料を集めることでしたから。さすがに店で揃えてるものだけでは足りなくて、急遽夜一さんにもお頼みして、尸魂界でかき集めて来て貰ったんスよ。むろん、護廷十三隊には知られないように、秘密裏にね」
「材料はともかく、治療費取るのかよてめえ。コンの命がかかってたんだろうが」
「アタシもボランティアでやってるわけじゃありませんから。それに、夜一さんだけで集められないものを好事家から、買い取る必要があったんですよ」
「それも秘密裏故に、相応の経費が必要だった、と言うわけだな?」

 コックリ頷く浦原さんを見ながら、俺はつくづく自分が無力な子供だということを痛感させられていた。
 確かに今の俺にはコン同様、自由になる大金があるわけじゃない。後で分かったのは、俺がこれまで倒した虚の何匹かには追加給金があったものの、それも微々たるもの。コンの治療費には、あいにく足りなかったって話だ。

 とりあえず、かかった必要経費は後日現金でルキアが支払う、と話がまとまったところで。

「・・・で? 浦原さん、あんたは一体どういうつもりで、今回の騒動を計画したんだ?」

 俺はおもむろに、今一番気になることを直接、ぶつけることにした。

「はい? 何のことっスか?」
「とぼけんな。コンに、本来なら必要のねえ義魂丸渡したのは、俺たちに警告を促すためだったのは分かる。口で言うよりは、自分たちで気づかせた方がコトの深刻さを思い知る、って意味だろ」

 確かにこのところ、藍染との戦いが終結したばかりってんで、少し油断してたのは事実だ。だからこそ浦原さんは、手がかりをあれこれとわざとらしく提示して、コンの危機を俺たち自身で感知するように仕向けたに違いない。でなきゃ俺とルキアは、真相にたどり着くのにもっと時間がかかったはずだ。
 案の定、とぼけた商人は俺の質問を否定しやしない。

「・・・分かってるんだったら、何も聞く必要なんてないでしょうに」
「俺が分からねえのは、コンが本気で死ぬ覚悟でいたらしい、ってことだ。あいつは必要以上に仲間と関わらないようにして、記換神機で記憶を差し替えても違和感のないように仕向けてる。
・・・あんた、まさかとは思うが、コンに治療のこと、全然話してなかったんじゃねえのか?」

 俺の言葉に、ルキアはハッとした顔つきになる。

 ───そう。このところコンは、明らかに挙動不審だった。
 いつもなら口実すらなくても会いたがった井上に、キャラメルの礼を言いに行けと何度もすすめたにも拘らず、ついに行かなかったのがその証拠。
 もし端から治る見込みがあるんだったら、あいつはその可能性にくらいついたんじゃねえのか? なのにあいつの態度は、むしろ潔いと例えていいぐらい、生に執着していなかった。

 疑惑でつい目つきが悪くなる俺の前で、浦原さんは困ったような笑みを浮かべる。

「そうっス。まるで話してませんでした」
「! 何故だ浦原!?」
「1つには、コーティング剤の準備が出来るまでに、果たしてコンさんの魂魄が『もつ』か、と言う問題があったんです。下手に期待をさせておいて、実際には出来ませんでした、じゃ、そっちの方がよほど残酷でしょ?」
「残りの理由は?」
「・・・やっぱり、話さなきゃいけませんかねえ?」

 のらりくらりと構え、こちらの出方を伺うような視線を向ける浦原さん。

「ここまで話しといて、今更何隠す必要あんだよ?」
「聞かない方が、きっと良いと思うんですけどねえ」
「聞いても聞かなくても後悔するんだったら、俺は聞く方を選ぶぜ」
「それが偏(ひとえ)に、あなた方のためを思っての行動だった。・・・そう言っても、ですか?」

 一瞬怯みはしたが、ルキアの方を伺ったところ、力強く頷いてくれる。

「・・・・・・ああ」
「私も一護の意見に賛成だ。聞いて後悔した方が良い」
「分かりました。・・・本当は口止めされてたんですけどね、また同じようなこと繰り返されても困りますし」

 目の前にいるぬいぐるみの鼻を、咎めるように1度だけ突付いてから、浦原さんは話してくれた。

「ま、要はコンさんの置かれた立場が極めて厄介だったから、なんですけどね・・・」

         *********

 それは、ほんの1週間前のこと。店には浦原さんとテッサイさんだけがいた時、唐突にコンがぬいぐるみ姿のまま現れたらしい。
 何やら深刻な雰囲気のコンを、とりあえず長丁場になると判断したテッサイさんが今いる茶の間へと通したところ、あいつはいきなり頼み込んだのだ。

『頼む、浦原! 俺に記換神機を譲ってくれ!』

 当然、浦原さんは断った。義魂丸もそうだが彼の扱う尸魂界製の道具は、簡単な気持ちで使っていい代物ではない。
 理由を尋ねた浦原さんに、コンは何度となく躊躇した後、ボソリと呟いたんだそうだ。

『多分俺、もうすぐ砕けて壊れちまう。この間一護の体から抜ける時、魂魄の辺りがギシギシ軋んで、痛くてたまらなかったんだ』

 ───それはむろん、改造魂魄が壊れる前の自覚症状。

 ただちに状況を悟った浦原さんだったけど、それがどうして記換神機を欲しいということに繋がるのか、そっちは理解できなくて。
 とりあえず診察をしてみたらどうだ、と持ちかけたのだ。単に、俺の抜き方がまずかった可能性もあるし、今ならまだ治療のしようもあるかもしれないから、と。

 だが治療、と聞いてコンは、

『ぬいぐるみの方はともかく、改造魂魄本体に治療が必要なのかよ?』

と返したのだ。それこそ、何を言われているのか分からない、と言わんばかりの表情で・・・。

 ───確かに、かつてコンたちを作った技術開発局も、改造魂魄のことは『多少使い勝手の良い、量産できる尖兵』と言う認識しか持ち得なかったのは事実。
 でも、それなりに付き合いのあるコンに対しては、さしもの浦原さんも情が移りつつあったみたいで。何の気負いも、何の疑問もなくそう言われてしまったことに、思わず絶句させられたのだと言う。・・・まあそれだけ、あいつの置かれてた環境が苛酷だった、って証拠なんだろうけど

 とっさに何も答えられなかった浦原さんに、コンは静かに訴えたらしい。

『今なら・・・俺様があいつの身代わりしなくてもいい状態が長く続いてる今なら、きっと記憶を消しても不自然じゃねえよ。義魂丸を使ってた、って記憶操作すれば済むだろ?
あいつ・・・一護のヤツさあ、ちょっと気負いすぎてるっつーか、必要以上に重荷、背負ってる気がしてならねえんだ。だからこの際荷物の方から、気取られないうちに降りてやろう、って思ってさ。ちょうどいいじゃん。やっと平和になったんだし、これ以上しんどい思いしなくてもよ。
もともと廃棄処分されるはずだった俺がいなくなれば、あいつが尸魂界に処分されるって危険も、なくなるんだろうし』

 あまりに達観しきった主張は、さすがの浦原さんにも作戦の変更を迫らせた。
 変に説得しようとしたところで、コンが決意を変えようとしないのは目に見えている。だから、記換神機を買う金がない、という方向から攻めることにしたのだ。

 曰く、現在自分が極秘裏に進めている実験があり、それには希少価値の改造魂魄が必要。その実験に、死ぬ間際で良いから付き合ってくれると約束したら、代わりに記換神機と義魂丸を提供しよう、と───。

 その約束の日、つまりは実験決行の日が、まさに今日。コンはそれまでに覚悟を固めかけていて、更にルキアの訪問により、完全に心を決めた───まあ、こんなところか。

          **********

「もっともその実験、と言うのがたまたま、壊れかけた改造魂魄にコーティングを施して延命させる、って前代未聞の代物だった、ってだけでしてv」
「・・・モノは言いようだな・・・」
「ちょっと待て。その実験の本当の目的、きちんとコンに話してあるんだろうな?」

 事情が事情とは言え、いくら何でも人体実験すると思い込んだまま、ってのはあまりにマズいだろうが。

 どうにもその辺が気になって尋ねたが、さすがに浦原さんは抜かりはねえ。

「勿論ですよ。後で『この世に未練はなかったのに余計なことを』なーんて恨まれても困るっスから、コーティング液につける直前に、ちゃんと説明しました。ただし、成功率は五分五分っスから、あんまり期待ないで下さいね、って付け加えときましたけど」
「「をい【怒・始解】」」
「嘘ですって。本当の成功率は、まあ99.9%と言ったところでしょう。
・・・ま、人の気も知らず、勝手に重荷気取りで勝手に人生の幕を下ろそうとしたやんちゃ坊主に、せめてもの嫌がらせ、ってことで勘弁してくださいな」

 その呟きに、俺は思わず浦原さんを見やる。

 彼はまだ少し、怒っているみたいだった。コンの窮地に気づいてやれず、もう少しで死なせるところだった俺へ、の憤りかも知れない。
 そして、周囲の心配をよそに、独りよがりな行動をとりやがった改造魂魄へ、も、むろん。

 俺の視線に気づいたのか、浦原さんは少し疲れたように笑って、付け加えた。

「・・・アタシはね、黒崎さん。彼にはもう、不幸な死に方はして欲しくないんですよ。かつてコンさんの仲間たちに、一方的に理不尽な死を強いた立場の1人として、ね」

 もっともこんなの、単なる自己満足、エゴかも知れませんけど。
 元技術開発局々長だった男のその言葉に、俺とルキアはいつしか、お互いの顔を見合わせて苦笑いをかわしたのだった。

      ***************

 ルキアと、そしてぬいぐるみに注入されたコンと共に、俺が自分の部屋へ戻ってきたのは、ギリギリ門限前。
 夜はとっぷりくれ、階下から聞こえる遊子や夏梨たちの声に、旨そうな食事の香り。いつもどおりの日常が、ここでは息づいている。

「・・・まだ寝てンのか、コンの奴」
「ああ。随分楽しそうな寝言を言っておるぞ」
「ったく・・・ノンキに眠りこけやがって」

 ゆったりとベッドの上へ横たえられたぬいぐるみは、時折むにゃむにゃと何かを呟きながら寝返りを打っていて、その寝顔は安らかだ。・・・さっきまでのことがあるから尚更、そう見えるのかも知れねえけどな。

 とりあえず自分の体に戻り、ようやく訪れた安心感に伸びなんぞしていると、コンの横に座り込んでいたルキアに声をかけられた。

「なあ、一護。いきなり訪ねておいて済まぬが、今晩はここに泊めてもらえぬか?」
「押入れに? そりゃ俺は構わねえけど・・・尸魂界の方は大丈夫なのかよ」
「問題ない。明日まで休暇をとってあるから。それに・・・」

 ルキアの手は、コンの毛並みを確かめるように優しく撫でている。

「目が覚めたこやつのそばに、いてやりたいのだ。お前はちゃんと生きているぞ、一人などではないのだぞ、と。・・・いらぬことを吹き込んだから、謝りたくもあるしな」
「謝る、なあ・・・お互い様なんじゃねえの?」

 俺が半ば憤然と呟くと、ルキアがキョトン、とした顔を俺に向ける。

「・・・何だ一護、貴様は謝らぬのか?」
「ぜってー謝んねえ」
「一護・・・いくら何でも、それは冷たいのではないのか?」
「知らねーよ、ンなこと。浦原さんも言ってたろうが。勝手にてめーのこと重荷扱いして、一人で勝手な行動しようとした馬鹿に、頭なんか下げるかってんだ。
俺は荷物持ちじゃねえっての。あいつのことは図々しい居候だとは思っても、お荷物だの重荷だのと考えたことすらねえんだ。なのに、メンドくせえ早合点しやがって。
大体、一緒に住んでる俺より、何であんなうさんくせえ下駄帽子の方を頼りにすんだよ。まずは俺に相談だけでも、とも思わなかったってのが、断然気に食わねえ」

 目が覚めたらソッコーぶん殴る! 
 んでいつものように2、3度、床で踏みにじってやる!

 右手を固く握り締めてそう宣言する俺に、ルキアはかなり驚いていたようだったが、不意にクスッと笑みを零した。

「そうだな。貴様たち2人は、お互いそれでいいのかも知れぬな」

 今日、ここへ来てから初めての、心からの笑みを。



 命あるもの、形あるものは、いつか必ず終わりの日が来る。それは決して、逃れることのない結末だ。

 けど。せめて遠い未来であってくれたら、それに越したことはない。
 そして願わくば、穏やかな結末であってくれたなら───。

≪終≫





いつか来たる結末、されど遠い未来であれ(3)
2008年12月03日(水)


「・・・だからルキアは、あいつに自覚症状がないか、聞いたんだな?」

 だが、そう聞いた俺はまだまだ甘かった。事態はもっと、深刻なものをはらんでいたのだから。

「そうだ。まだこの部屋にいる時なら良いが、万が一外出先でそのような状況になってみろ、下手をすれば尸魂界にもあやつの存在が知られかねぬ」
「・・・・・!」
「貴様の死神代行許可も、取り消しになる恐れもある」
「なっ・・・!」

 ルキアのあまりの言い草に、俺は思わず彼女の胸倉を掴んでいた。

「何だよ、それは!? ルキアはあいつを心配してたんじゃねえのか?」

 それではまるで、人手不足だと言う死神を少しでも減らさないため、みたいに聞こえる。コンの寿命を案ずるのでは、なく。

 だがルキアは、そう詰めかかられるのは予想していたのだろう。顔色こそ悪いもののひどく落ち着き払って、俺に静かに諭した。

「あやつは全て、覚悟の上だったぞ?」
「覚悟って・・・」
「だから貴様には、このことを聞かせたくはなかったのだ。やはりまだまだ、死神としての自覚と覚悟が足りぬ。
・・・そういう意味では、まだコンの方が性根が座っていると見える。さすがに改造魂魄として、作られただけあるな」

 振り払うのではなく、ゆっくりとした仕草で胸元を掴んでいる俺の手を外すと、ルキアは静かに語り始める。

「一護、貴様がコンのことを案ずる気持ちは分かる。そもそも今日(こんにち)のような状況になったのも、あいつの境遇に同情してのことだったな。ましてや長い間一緒に暮らしてきて、情も移ったのだろうし。・・・だが、逆の立場のことを考えたことはないのか?」
「逆?」
「仮にも貴様は、あやつの命の恩人だ。尸魂界の掟に反して、あやつを助けた。
・・・もしそのことが尸魂界側に知られ、貴様が罰せられでもしたら、あやつがどんな気持ちになるか、考えたことはないのか?」
「・・・・・!」

 ルキアの厳しい言葉に、俺は一瞬思い出す。
 仕方なかったこととは言え、死神能力の譲渡と言う重罪を犯した、目の前のルキア。
 こいつが俺を助けるために、何の抵抗もせず連行されて行くのを、ただ、見守るしかなかった、無力な自分を・・・。

 あんな思いを、俺は、コンにもさせている、って言うのか?

「口でどれほど生意気なことをほざいておっても、コンは本音では貴様のことを慕っておる。そして、自分のせいで貴様が危険な目に遭うなど、きっといたたまれぬ。それに・・・朽木家と言う後ろ盾がある私とは違って、貴様は死神代行とは言え、単なる無力な人間に過ぎぬのだぞ?」

 言い方は傲慢だったものの、俺にはルキアが言いたいことが良く分かった。分からざるを得なかった。
 だって、俺はあの時いたたまれなかったから。ルキアが処刑されると知って、何が何でも、どんな手段を用いても助けたいと願い、ついには実行に至ったのだから。

 だが、コンの場合は、俺とは違う。
 あいつが今戦ってるのは、尸魂界の掟なんかじゃない。自分の寿命、と言う、いつかは必ず訪れる、逃れきれない運命。

 人も死神も、不老不死ではありえない。改造魂魄って「モノ」も、いつかは寿命が尽きる。それはあいつにだって、ましてや俺にだって、そして死神であるルキアにでさえ、既にどうしようもないことではないか───。

 俺は押入れの中で聞いた、コンの、らしからぬ殊勝なセリフを思い出していた。

『せめて俺からの、最後の思いやりってヤツ?』

 どうしてもやり切れぬものを感じる俺に、それ以上論じても意味はないと察してくれたんだろう。ルキアは少しだけ笑みを見せて、こう言った。

「・・・大切なことを隠していて、すまなかったな、一護。だがこれは、今日明日の切羽詰った話ではない。遠い未来のことを、私たちだけでとやかく言う筋合いのものではないだろう。
ただ、そういう前提のことなのだと、心に留めておいてくれ。今は、それだけでいい」

 確かに、あいつが既に覚悟を決めているんなら、俺が下手に騒いでも逆効果だろう。
 だがそこで、ルキアの言葉に渋々頷きかけた俺は、急に背筋が寒くなるのを感じた。

 無意識のうちに手で押さえているのは、さっき打ち付けた体。
 打ち付けたのは、さっきまで眠り込んでいた押入れの壁。
 その押入れの奥底で───俺は、俺は、何を見つけた!?

「待てよ、ルキア・・・本当にコンのヤツ、自覚症状ねえのか?」
「・・・何?」
「ルキアはあいつに、検査とかしたのか? それともただ、問診しただけなのか?」
「いきなり何を・・・」

 眉をひそめるルキアに構わず、俺は再び押入れの中に入った。夢であってくれ、単なる心配のしすぎであってくれ、そう願いながら・・・。

 だが、もぐりこんだその奥にあった2つのアイテムは、決して夢幻(ゆめまぼろし)ではなく。
 夕日が眩しく差し込む部屋の中、俺はコンが隠していたものをルキアにも見せる。

「見ろよ、さっき気づいたんだ。2、3日前、あいつがここに持ち込んだヤツ」
「これ・・・は・・・まさか、記換神機と義魂丸!?」
「何で義魂丸が必要なんだよ? 俺はコンを、義魂丸の代わりに使ってるんだぜ? なのに今更こんなもん、何であいつが!?」

 そう、通常の状況であれば、決していらないもののはず。

 ・・・・・だが万が一、もしもの事態となっていたとすれば?
 記換神機と義魂丸、その両方が必要となるではないか!

『そっか・・・覚えてたのか』
『井上さんからも、お前からお礼言っておいてくれよ』

 必要以上にしがらみを作らないようにしていた、あの態度。

『もしあいつが、俺が・・・んだことに気づいたら、消してくださいね?』

 そしてコンがルキアに頼んだ、あの言葉。

 俺にはきちんと聞こえなかったけど、ひょっとしたらこういう意味だったのではないか。

 もしあいつが、
 俺が死んだことに気づいたら、
 消してくださいね?
 俺の記憶を、皆から───。



 ルキアの顔色の悪さは、先ほど俺が盗み聞きしていたと悟った時の比では、なかった。

「そん・・・な、馬鹿な! だってコンは、ここしばらく一護の体には入っていなかったのだろう? 改造魂魄は本能で、人間の体を死に場所に求めるのだぞ!? なのにあやつは、このところずっとあのぬいぐるみのままでいたと・・・今は一護の代わりをする気分ではないと・・・だから私は・・・」
「正確には、1回だけ俺の体を預けたことがあったんだよ。
けどあいつ、勝手に俺の代行証を使って、自分で魂魄抜き取りやがったんだ」
「・・・・・・・・!?」

 一見ワガママなコンがとった行動が、何を意味するのか───俺は最悪の結末を、想定せずにはいられない

 ルキアが改造魂魄の寿命について知り、現世を訪れるまでもない。
 手段を選ぶ暇などなく、一刻も早く俺の体から抜け出さなければならぬほど。
 そしていざと言う時のため、記換神機を傍らに置いておかねばいけないほど。

 とっくの昔にコンの身に、壊れる自覚症状が現れていたとしたら───!?


 ここで改めて俺は、コンの不在に薄ら寒いものを感じずにはいられなくなった。

 さっきまで一緒にいたルキアの話だと、今日は遊子と遊ぶ予定があると言っていたらしい。が、俺が直接遊子の部屋に駆け込んだが、遊子もあいつもいなかった。勿論他の部屋も探し回ったが、影も形もなく。

 もし本当に、あいつに自覚症状が現れているのだとしたら、一刻も早く見つけ出さないと。さもなくば、あいつはもう俺たちのところへ戻ってこない気がする。

 死を悟り、決して行方を告げず、ふらりと姿を消してしまう猫の如く───。

 必死こいてあいつの僅かな霊圧を探っていた俺に、ルキアはハッとして叫んだ。

「浦原商店だ、一護! あやつは義魂丸も記換神機も、浦原のところで手に入れたはずだ!」

 聞くが早いか、俺は代行証を使って直ちに死神化する。そして窓を飛び出し、浦原商店の方角をひた走った。

「待て一護、落ち着け!」

 俺に追いすがったルキアが、俺に向かって懸命に訴えてくる。

「浦原のところへ向かったと言うのなら、まだ望みはあるのだ、だから冷静になれ!」
「望み? 望みって何だよ?」
「浦原が何も言わず、何も聞かずにコンへ、記換神機を手渡すことなどありえぬ。必ず理由を聞き出しているはずだ。それに、単に死に場所を求めるつもりなら、あいつは絶対浦原の元へなど行かぬ! 思い出せ、あやつは浦原に、一度破棄されかけたではないか! わざわざあの時の恐怖を、再び味わいに行くはずがなかろうが!」

 走りながらも、絶えず辺りの気配を拾い上げる。あるいは浦原商店へ到達する途中で、あいつが行き倒れているかもしれないから。

「だからもし本当に浦原の元にいるのなら、それは全然違う理由になる」
「何だよ、その全然違う理由って!」
「治療だ! 浦原はあれでもかつては、改造魂魄を開発した技術開発局の長だったのだ。改造魂魄の仕組みを知っているのなら、延命治療が可能やも知れぬ! いや、きっとそうに違いない!」

 そう断言しながらも、ルキアの横顔は今にも泣きそうだった。

「一護・・・」
「何だ」
「私は・・・コンにどう詫びればいい?」
「ルキア・・・」
「そんなつもりはなかったのだ。あやつに最後通告をするつもりなど、これっぽっちも。私はただ、せめて残された人生をせいいっぱい生きて欲しいと、そう言いたかったのだ。だから、そのための覚悟を持たせてやりたかっただけだった。なのに・・・」

 ルキアの思いやりは、決して間違ってはいなかったんだろう。俺としては、納得出来ない部分もあるけれど。
 だが、もし俺が同じくルキアの立場だったら、何かあいつに気の利いた言葉をかけてやれただろうか?

 せっかく破棄処分を逃れ、せいいっぱいに生きていたコン。
 けれど俺は徒(いたずら)に、いつか必ず来るあいつの寿命を、ほんの少し先へと延ばしてやっただけに過ぎないんじゃねえのか・・・?


 俺もルキアも瞬歩を使っていたから、本来ならそれほど移動時間はかかっていないはず。だが、浦原商店の建物が見えてきた時には、まるでやっとの思いで長旅から帰って来たかのような錯覚に陥っていた。

 はやる気持ちを抑えつつ、上空から一気に店先へと舞い降りる。が、俺は即座に店内へと駆け込もうとした自分の体を、思わずたたらを踏んでその場にとどめていた。

「───いらっしゃい。黒崎さん。朽木さん」

 何故なら、浦原商店の店長にして、元技術開発局々長・浦原喜助が、まるで、俺たちの到着を待ち構えていたかのような風情で、店先に立っていたから。

「浦原!」
「浦原さん!」
「随分遅かったじゃないっスか、お2人とも。コンさんを探して、ここへ来られたんでしょう? 折角アタシがあれこれと、手がかりを残してあげたって言うのに」
「手がかりだと?」
「そうっス」

 飄々としたその態度からは、何を考えているのか全く伺えねえ。

「だって、良く考えてみてくださいよ? タダでさえ自由になるお金が少ないコンさんが、代わりの義魂丸だの、記換神機だの買えるわけ、ないじゃないっスか」
「なっ・・・・・!?」
「あなたがもう少し、彼の体調に気を払ってくださっていれば、こんなことにはならなかったんですよ? 黒崎さん。
もっとももう・・・今更何を言っても、仕方のないことっスけどね・・・」

 え・・・?
 何だと・・・?
 今、浦原さんは俺に対して、何を言った?

 混乱して頭がぐらぐらする。両足が、地に付いている気がまるでしねえ。

「仕方ないとは、どういう意味だ、浦原! まさか、まさかコンがっ・・・!」

 動揺のあまり口も利けねえ俺に成り代わり、ルキアが血相を変えて浦原さんに詰め寄る。
 が、彼は淡々とした口調で、義務的に俺たちへと告げたのである。

「・・・亡くなりました」


≪続≫






いつか来たる結末、されど遠い未来であれ(2)
2008年12月02日(火)


 それから、2、3日経ったある日のこと。
 俺が夕方学校から戻ってくると、例によって例のごとく、コンは勝手に外出してしまった後だった。
 あれからコンとは、ロクに顔を合わせちゃいない。俺も夜間の死神代行業がことのほか忙しく、加えてあいつが部屋にいないもんだから、自然とそうなっていた。

 さっさと井上に、キャラメルの礼言っておけよな、全く───。

 そう思いつつも、あいつが気が向かないと行動しないのはいつものこと。俺は大して気にも留めず、制服から私服に着替えながら自室の押入れを開けた。
 季節は秋。衣替えの時期である。そろそろ冬服を出しておかねばならないと、クリーニングに出しておいた詰襟の制服に手を伸ばした、その途端。

 ポロッ☆

 何の弾みか、詰襟のボタンが外れて落ちた。実に唐突に。
 そしてそのまま、押入れの奥へとコロコロ転がっていってしまう。

 詰襟のボタンは校章がかたどられたもので、他のもので代用できやしない。慌てた俺は急いで押入れへと上体を押し込み、ボタンを探すことにしたんだ。
 が、どこをどう転がったもんだか、そう簡単には見つからない。仕方なく俺は、下半身まで体を入れてから、改めて押入れの中を探索した。

 正直言って、押入れの中は狭い。子供の頃はそうでもなかったが、今の俺は成長期で、手足を折りたたまないと体が入りきらねえ。だから相当苦心して、手が奥の壁まで届くぐらいに体を突っ込む。
 そうしておいて、大体ボタンが転がっていった方向へ手をくぐらせると、ラッキーなことにそれらしきものに指が引っかかった。

 そのまま引っつかみ、手元に引き寄せると、まさにそれは制服のボタンだったのだが・・・。

「?」

 どうも一緒に、引っ張り出してしまったらしい。見覚えのある薄い布が1枚、ボタンと共に俺の前に現れる。そしてその弾みで、何かがひっくり返る音がして、俺に舌打ちをさせた。
 どうやらうっかり俺が触ったのが、コンの風呂敷だったから。あの夜、あいつが「触るなよ」とわざわざ念を押した。多分俺が引っ張ったせいで、中身を全部放り出してしまったに違いない。

 ・・・わざとじゃねえからいいよな? 元に戻しておけば、あいつもそう目くじらを立てねえだろう。

 そんな気楽な思いで、更に押入れの奥へと体を踏み入れた俺だったが、さて、とばかりに風呂敷筒の中身とおぼしきモノを目にした途端。

 ───固い氷入りの水を猛烈な勢いで、頭からぶっ掛けられたような衝撃を受けた。

 そこにあったのは、駄菓子の類ではない。それどころか、本来普通の人間だったらまず、手になんかできない代物が、2つもあったのだ。

 1つは、まだ分かる。あいつは時々俺の体を使って、本当の俺ならまずしやしないことをしでかすことがあるから、その証拠隠滅のため。加えて俺も、一般の人間に死神としての姿を見られてはまずいんで、ひょっとしたら必要になるものかもしれない。

 だが、もう1つは。こっちの方は。
 あいつが───改造魂魄で、今は義魂丸の代わりをしているコンが、死神代行の俺の傍にいる限り、決して必要としないもの。

 何でこんなものをあいつが!?

 慌てた俺は、思わずその場で立ち上がってしまい。

 ごいん☆

 頭を押入れの天井に打ち付け、その痛みと眩暈、そして・・・このところ連発してた虚退治の疲労も重なり、間抜けなことにそのまま俺は、押入れの中で気絶してしまったのである。

**********


 ・・・頭の痛みが治まり始めた頃、俺は変な夢を見た。

 窓の縁に死覇装のルキアが、コンと並んで座り、ひそやかな声で話をしている風景。

 もうすぐ夜になるんだから、窓ぐらい閉めろよ、と言いたくなったが、どうせ夢だ。あいつらに俺の声は聞こえないだろう。

 そう思いながら、俺はボンヤリとしたまま2人の会話を聞いていた。


『・・・では、まだ自覚症状はないのだな?』
『もちろん。俺はまだまだ元気ですって。恋にバカンスにと、人生満喫してますからv』
『それなら良いのだが・・・とりあえず、早く忠告しておくに越したことはないと思ったのでな』
『しっかし姐さん、何で今更そんなことが分かったんです? 俺たちの研究成果の書類って、みんな処分されたはずでしょ?』
『先日浮竹隊長の御供で、真央霊術院へ赴いたのだ。そこでたまたまな』

 しんおうれいじゅついん? 何だそれ?

『とにかく、良いな? コン。代行とは言え死神である一護の、手を煩わせてはならぬぞ?』
『分かってますって。幸いあいつ、代行証は部屋に置きっぱなしにしてるし、いざって時は1人で抜け出せますから。ただ問題なのは・・・』
『そうだな。せめてその体の時に寿命が来れば、厄介なことにならずに済むのだが』
『そうなったら多分あいつ、2、3日は気づきませんよ。ニブチンだし。だから姐さん、その時は俺からお願いがあるんですけど』

 寿命・・・? 誰の寿命が来る、ってんだ?

 何やら物騒な話題を聞いているらしいのに、俺は大して驚いていない。
 だって、これは夢だから。

『もしあいつが、俺が・・・んだことに気づいたら、消してくださいね?』
『コン・・・』
『一護のヤツ、何だかんだで甘いから。俺がそんなことになったら、きっとイヤな思いさせちまうと思うんですよ。なーんかそう言うの、結構うざったいしー』

 ああ、やっぱりこれは夢なんだ。

 うざったいとか言ってるくせに、何だよコン。どうして妙にそんな優しい声になってる?
 どうしてそんなに・・・哀しそうな声になってる?

『せめて俺からの、最後の思いやりってヤツ?』

 コンが、あの生意気なぬいぐるみが、こんな殊勝なセリフを口にするわけ、ないじゃないか・・・。

**********

「・・・・・・あれ?」

 目が覚めたのに、周りは真っ暗だった。いつもだったら月や星の光で、うっすらと室内の様子が見えるはずなのに。

 が、すぐさま自分が押入れにいたことを思い出し、慌てて外へ出ようとした俺は、再びうっかりと体を中で打ち付けてしまった。

「イテッ!!」

 まだ頭じゃないだけマシとは言え、痛いものは痛い。患部を押さえつつ、這う這うの体(ほうほうのてい)で押入れから抜け出した、その時。

「・・・一護!?」

 聞き覚えのある声が窓際から聞こえる。視線を転じれば、いつの間にか開けられた窓の縁に、死覇装がはためいているのが見えた。

 ルキア、だ。俺に死神の力を与えてくれた恩人で、かけがえのない仲間。その彼女が、いつになく両目を見開いて、俺を見つめている。

「よ、よおルキア、久しぶりだな。またこっちで仕事か?」

 押入れで体を打ちつける、なんてベタなことをしでかした気恥ずかしさから、無難な挨拶を手始めにしたのだが、ふと眉をひそめる。

 ルキアの様子がおかしいのだ。わなわなと体を震わせ、何かを恐れているかのように見える。何があったってんだ?

「な、何で貴様が、そんなところから這い出てくるのだ!?」
「何でったって・・・押入れの中に制服のボタン、落っことしちまってよ。それを拾うために中に、入ってたんだけど」
「ずっとか? ずっとそこにいたのか? 貴様、気配を消すなどと言う芸当は、出来なかったはずではないか!」
「ええと・・・実はよく分からねえ、ってか。中で頭打ち付けて、あんまり痛かったからそのまま寝ちまってて・・・」

 それがどうかしたか、と聞きかけて、俺の中で何かが引っかかった。

 さっきのルキアの言動から察するに、こいつは俺がここにいようとは、思ってもみなかったんだろう。確かに俺は、所謂『霊圧垂れ流し体質』らしく、気配を隠すなんて真似は出来ないから、他の死神連中からは探査しやすい、って聞いてる。

 それはいい。だがルキアがどうして、俺が本当はここにいたってことで、これだけ動揺するってんだ?

 ───その時不意に、俺の頭の中に浮かび上がるのは、先ほどまで押入れの中で見ていた夢の断片。


『自覚症状はないのだな?』
『その体の時に寿命が来れば、厄介なことにならずに済む』
『俺からの、最後の思いやりってヤツ?』


 もし、万が一、あの時聞いた会話が、夢などではないとすれば───!?

 俺は思わず、自分の激情の赴くまま、ルキアに問いただしていた。

「ルキア! 寿命って何のことだよ!? コンのヤツ、体調でも悪くしてるってのか!?」
「一護・・・聞いていたのか? さっきのあやつとの話を、全部か?」
「分からねえよ! しんおうれいじゅついんって何のことだよ? 自覚症状って何だよ!? あれってみんな、夢じゃなかったのかよ!」
「・・・・・・・落ち着け、一護」

 青ざめちゃいたが、さすがに場数を踏んでいるだけ、ルキアの方が立ち直りは早い。「今日明日の話ではないから、とりあえず冷静になれ」と言い含めてから、俺に話してくれた。

「・・・別に改造魂魄に寿命があっても、おかしくなかろう。命あるものは必ず死に、形あるものは必ず壊れるのが、この世の習いなのだから。むしろ改造魂魄の方が、義魂丸よりも寿命は長い方なのだ」
「どういう意味だよ?」
「言い方は悪いが、義魂丸は消耗品だ。服用して役目を終えれば、そのまま体内で消化されておしまい。が、改造魂魄の方は戦闘用であるが故に、そして死体に入れると言う特質故、例え生きている人間が服用してもそう簡単には消化されぬ。・・・コンのようにな」

 そう言えば、ルキアが以前使っていたチャッピーは、ルキアが義骸に戻ったら跡形もなくなっていた。アレはそういう意味だったのか。

 俺が少しだけ落ち着きを取り戻したのが分かったのだろう。ルキアは一旦言葉を切り、部屋のベッドに腰掛けた。長丁場に備えるつもりなのかもしれない。
 俺も、ちょうどルキアが見下ろす格好になる位置の床に、腰を下ろした。

「私も最近までは知らなかったのだ。・・・だが先日、浮竹隊長の御供で真央霊術院へ出かけた時、空いた時間を図書館で過ごすことになって・・・」
「だから、その、しんおう・・・って何なんだよ?」
「真央霊術院、だ。言ってしまえば死神の学校だな。だから現役の死神が講演に招かれることも、ままある。とにかく、私は待ち時間に図書館で書物を眺めていたのだが、その時偶然見つけてしまったのだ」

 何を見つけたのか、は、さっき聞いたコンとの会話で何となく察せられはしたが、俺はそのままルキアに続きを促す。

「計画も存在そのものも破棄処分となってしまったはずの、改造魂魄を使用しての尖兵計画についての報告書を、だ」
「・・・・・・!」
「だが、書類が真央霊術院に残っていた、そのこと自体はありえない話ではない。要は、このような事情から尖兵計画は白紙となった、だから今後も決してそのような計画を起こしてはならぬ───そう、戒めるための道具として、だがな。現にその書類は、原本ではなく写しだったし」
「その中に・・・改造魂魄の寿命について、書かれていたんだな?」
「そうだ」

 ルキアによると、多量に並べられた書籍をボンヤリ眺めているうち、何となく目に付いてしまったのだと言う。多分、間近に改造魂魄の生き残りがいるためだろう。

「そこには、こう書かれていた。・・・死体に入れた改造魂魄たちがこぞって、ある日突然体内で砕けて消滅してしまう、と」
「なっ!?」
「だから、話を最後まで聞け、一護。・・・さすがに何の前兆もなく、いきなり改造魂魄が壊れてしまったのでは戦いに支障をきたす。だから当時の研究者は、何とかして前兆を見つけられないかと躍起になってな。ストレス、使用時間、死体の損傷状態、気温湿度、戦闘状態など、ありとあらゆる条件から検証をしたんだ」
「検証、って・・・」

 ゾッとする話だ。
 死体を戦わせるって自体、胸糞が悪くなるってのに、当時の研究者は改造魂魄の寿命を知りたいがために、非道な実験を繰り返したってことか。
 確かにこれでは、計画そのものが廃案になってもおかしくないぜ。

「結果分かったことは、意外にも単純なものだった。必ず改造魂魄たちには自覚症状があった、と言うものだ。だが、それを自分以外に悟られるのを拒んだ」
「・・・どうして?」
「悟られれば、ただちに体外に摘出されてしまう。研修者たちにとっては、折角の実験のサンプルを失うことになるからな。
だが、死体とは言え、折角手に入れた自分の体。『せめて死ぬ時は、尖兵とは言え人間の肉体のまま、人間として死にたい』───それが、死に掛けた改造魂魄たちの、全ての願いだったんだ。いや、本能と言っても差し支えないだろう」

 そこまで一気に言い切ると、ルキアはハアッ・・・とため息をつく。
 俺もそばで聞いていて、ものすごい疲労感を覚えた。
 それだけの、極めて人間臭い理由を知るために、一体何万個の改造魂魄が実証実験につき合わされたのだろう。そして・・・人知れず死んでいったのだろう。

 ───けれど、改造魂魄たちのその気持ちは、判るような気はする。
 俺はきっと、あまり褒められた死に方はしないだろう。死神代行なんてやっているから。別にそのこと自体を、後悔するつもりはない。
 けれどもし、自分のわがままが許されるのなら、死ぬ時には俺が愛した人たちに見守られて、自分の家で息を引き取りたい、と願う。
 改造魂魄たちにとっちゃ、手に入れた肉体こそが、せめてもの自分の望んだ死に場所なのだろう。

≪続≫





いつか来たる結末、されど遠い未来であれ(1)
2008年12月01日(月)

※今度劇場版が公開される、BLEA●Hの二次創作です。で、これは、誰が何と言おうとノーマル話です。一応一織前提で、ルキアと一護の関係はあくまでも家族感覚です、念のため。


いつか来たる結末、
されど遠い未来であれ(1)



 変な例えで悪いが。
 時々俺は、所謂『災難』とか言われるものには、ひょっとしたら意思があるんじゃないか、って思ったりするんだ。

 何ていうか・・・一難去ってまた一難、ってヤツ?
 とんでもねえ出来事に出くわして、それを何とか解決して。気が緩んでヤレヤレ、と胸をなでおろしてた直後、その隙を見計らったかのごとく足元をすくっていく───そんな、悪意ある意思が。

 むろん、それは人間の側の身勝手な言い分に違いない。
 悪いのは、目の前に訪れたつかの間の平穏につい油断しちまう、人間の心の方なんだろうけどな。


*********

「黒崎くん、今日黒崎くんのおうちに寄ってもいい?」

 その日の放課後。授業も無事に終わり、後は家へ帰るだけだった俺に、遠慮がちに声をかけてきたのは井上だった。
 啓吾辺りに聞かれたら大騒ぎされる、って心配がさすがにあったんだろうか。俺が校門を出、ちょうど啓吾たちと別れてからのタイミングで。

「へ?」
「あ、ち、違うの、遊びに行きたいんじゃなくって、ちょっと寄りたいだけ。用事が済んだらすぐ帰るから」

 唐突な申し出で、戸惑う俺に慌てたんだろう。変な勘違いをしながら、井上はカバンの中から1つの可愛らしい包みを取り出す。

「ほらこれ、コン君が欲しいって言ってた生キャラメル! 2個セットで売ってたから、あたしの分と合わせて買っちゃったのv」
「・・・あーーー」

 言われて思い出す。

 以前何かの弾みで、俺と一緒にいたコンと井上が話をしていたことがあった。その時好きな食べ物の話になり、コンが「一度生キャラメルってヤツを食べてみたい!」って妙に力強い主張をしてたんだっけか。
 そしたら井上がお人よしにも、「平日なら置いてあるお店があるから、今度買って来てあげようか?」なんて言い出して、2人してヤケに盛り上がってたな。

 あれは確か、井上が虚圏へ浚われる直前の話。それからあまりにも色んなことがありすぎて、俺は完璧に忘れ果ててたんだが───井上のヤツはちゃんと覚えてたんだ。律儀なヤツ。

 ちなみにコンは、さっきも言ったとおりキャラメルが好物らしい。で、俺はチョコレート。お互い好きな味覚が微妙に違うもんだから、たまにあいつ、俺が食いそうにもないお菓子なんぞを、俺が自分の体を預けている間に買ってきたりするんだよな(キャラ△ル■ーンとか)。こっそり押入れの奥に隠してるけど、バレバレだぜ。
 そーいや、最近はあまりそういうことがねえな。さすがにあいつも、ぬいぐるみ姿で買い食いは出来ないってだけだろうが。

 何とも複雑な気持ちを抱きつつ、俺は井上を連れて家へ帰った。むろん、玄関先で妹2人と親父に出くわしたせいで、いつもの恒例行事(詮索&覗き&盗み聞き立ち聞き阻止☆)を経た上で、自室へ彼女を上げる。

「お邪魔しまーす。コンくーん・・・あれ?」

 予想通り、コンは部屋にはいなかった。
 最近あいつは、やたらとアチコチへ出歩いてるらしい。それも、ぬいぐるみの格好のままで。代行証のお陰で、俺がコンを飲み込まなくても死神化出来るようになったからか、ちっとも家でじっとしてやしねえ。また泥んこのボロボロになっちまっても、知らねえぞ?

 一方井上は、目当てのコンがいなくて、途端に落ち着かなくなる。

「あ、あの、そしたらあたし、帰るね? 黒崎君、悪いけどこれ、コン君に渡しておいてくれる?」

 まるで逃げるように部屋を出ようとするもんだから、俺は泡を食って止めにかかった。

「ま、待てって。あいつもきっと、お前から直接手渡しでもらった方が、断然喜ぶと思うぜ?」
「え?」
「だ、だから、その・・・もうしばらく、そう、あいつが帰って来るまで、ここでゆっくりしていかねえか? も、もちろん、井上がイヤじゃなければ、の話だけどよ」

 照れが手伝って、ついついそっぽを向きつつ、それでも俺は言うべきことは言う。
 すると井上のヤツ、見る見る嬉しそうな笑顔になって、「うんっ!」と返事をしてくれた。

 ・・・やっぱり可愛いな、畜生。

 ちょうどタイミングよく遊子がジュースを持ってきてくれて、そのまま俺と井上はこの部屋でたわいもない話で盛り上がったのだった。



 実は、あの虚圏の出来事をきっかけに、俺は晴れてこの井上と「お付き合い」している。
 もともと、彼女から俺へ寄せられている好意が、ひどく心地のいいものだったことと、もう1つ。彼女の視線やら関心が俺以外の男に向けられる、ってものに、正直言って腹立たしさしか覚えることが出来なかったことで、そういう方面に疎かった俺でも自覚しちまったんだ。
 自分が井上に惚れてる、ってことに。

 皆と一緒に無事、虚圏から戻ってくることが出来てから、俺はなけなしの勇気を振り払って井上に告白したんだが───破面の連中と戦ってた時でも、あんなに切羽詰った気持ちになったことはねえ───、まあ、あれだ。
 俺の言葉を全部聞き終った後の井上ほど、あれほど綺麗で嬉しそうな涙と笑顔を見せてくれたことは、きっとなかったな。自惚れでなく、そう思う。


 結局コンのヤツは、俺が井上を引き止めている間には帰って来なかった。俺としては、思いもかけず長い時間彼女と一緒に過ごすことが出来て、良かったには良かったんだが。

 帰り際。

「あの、よ、井上。今度はその、コンだけじゃなくて、俺に会いに来てくれたら嬉しいんだけど。ってか今度、俺もお前ん家に遊びに行って、良いか?」

 さっきの勘違いだけはきっちり訂正せねば、と上擦る声を懸命に宥めつつ俺が告げた言葉は、それでも何とか井上に通じたみたいだった。
 何故なら彼女は、ちょっと頬の辺りを赤く染めながら、弾けるような笑顔を見せてくれたから。

「・・・! もちろん! 遊びに来てね!」

*********

 井上が帰り。
 遊子の夕食を皆で食べ、自室で寝るまでの時間を寛いでいた俺の耳に、奇妙な声と言うか、物音が飛び込んで来る。

「・・・しょ、うん、しょっと・・・」

 ずりずり、と、何かが壁を登っているような音と、小さな息遣い。泥棒、と言う可能性もあるにはあるが、それにしちゃ重量が軽すぎるだろ、音から察するに。

 ったく、やっと帰ってきやがったのか、コンのヤツ。

 読んでいた雑誌を脇へどければ、目の前の、鍵のかかっていない窓がそーーっと開かれるのが見えて。更にそこから、見覚えのあるぬいぐるみのペタンコな体が現れたのを確かめてから、俺は強引に室内へと引きずり込んだ。

「わわっ、何だ何だ!?」
「何だじゃねえよ。今何時だと思ってやがんだ、コン」
「一護!? いきなり何しやがんだよ、吃驚するじゃねえか」

 いつもの喜怒哀楽の激しさで、俺の同居人・コンは人の親切? を罵りやがる。

「何しやがる、じゃねえよ。夕方まで井上が、お前のこと待ってたんだぜ? いつもは何も言わなくても井上のところへ行きたがるくせに、何で今日はいやがらなかったんだよ」
「へ? 井上さんが、俺に何の用だ?」
「前にお前、生キャラメルが食いてえとか言ってただろうが。今日手に入ったからって、わざわざ届けてくれたんだぞ?」

 自分は貰えなかったやっかみも半分込めて、可愛らしい包み紙に包まれた生キャラメルをコンに押し付ける。ご丁寧にも『コン君へv』て書かれた手作りカードまで添えられてやがんだよな、これ。

「・・・・・?」

 この時、俺は少しだけ違和感を覚えた。
 てっきり「井上さんがこの俺様のために〜vv」とか何とか感激しながら喜ぶだろう、と思っていたのに、何故かコンが一瞬黙り込んだからだ。そして受け取った贈り物をしばらくじっと見つめていたのだが、「そっか・・・覚えてたのか」とポツリ、呟く。

 その口調は、もちろん嬉しさも込められていたものの、妙に静かで、どこか空虚なものをも感じさせるもので。
 ようやっと顔を上げた後、コンが俺に向かって言い放った言葉に、俺は更に驚くこととなる。

「・・・悪かったな、一護。それと、ありがとな。井上さんからも、お前からお礼言っておいてくれよ」
「はあ? あのなあ、俺に言付けてどうするんだよ。いつでも良いからお前が直接、礼言えっての」

 詫びやお礼は、出来るだけ人を介さず、直接本人へ。それが人に対する、最低限の礼儀ってもんだろ。
 大体、何かすると井上に会いたがるのだから、口実を作ってやりさえすればコンは自主的に会いにいくだろう───そう踏んでいたのに。

 予想に反してコンのヤツ、やけに冷え冷えとした視線を俺に浴びせやがった。

「一護、お前なあ・・・折角俺様がチャンス作ってやってるのに、何ボケたこと言ってやがるんだよ?」
「チャンス? 何のだよ」
「お前が井上さんに会いに行く口実、だよ。あーやだやだ、これだからお子ちゃまは」
「余計なお世話だ☆ 大体俺は、今日帰り際にちゃんと、井上とまた会おうって約束してんだよ」
「ほーぅ、おめーにしちゃ上出来じゃねえか。彼氏になりゃ、さすがに甲斐性も出てくるってもんだな、おい?」
「うっせ。とにかく、井上にちゃんと礼言えよ?」
「・・・・・・」
「返事は?」
「わーったよ。そのうち礼言いに行くって」

 ・・・何でそこで、いかにもめんどくさそうな言い方をするんだよ、この野郎。井上の好意が重荷とでも言いてえのか?

 俺のもやもやした心境をよそに、コンは「あー疲れた」と言いながら、背中に背負っていたものを床に降ろす。見ればそれは、風呂敷包みだった。

 ああなるほど、だから家の壁を登ってくる時、少しだけ手間取ってたのか。
 ・・・じゃなくて。

「お前まさか、どっかでお菓子でも買い込んできたのかよ? ああ、だからか? 折角買って来たお菓子が食べられなくなるから、井上から貰ったキャラメルがあんまり嬉しくなかった、ってか?」
「え?」
「けど、ちょっと待て。お前、そのぬいぐるみの格好で、どうやってお菓子買うンだよ?」
「あ、いや、その・・・」
「って、そんなの分かりきってるか。浦原商店なら、その格好でもOKだもんな」
「・・・・・・。分かってるなら、最初から俺に聞くなよ一護。大体、何だよその態度。てめえで聞いといて、てめえで答えんなって。質問の意味、ねえじゃねえか☆」

 イヤ、質問しながら理解する、ってこと、日常でも結構あるだろうがよ。

 もっとも、俺のそんな受け答えがコンには気に食わなかったらしくて。
「もー何でもいいから、寝るっ。俺の荷物触るなよ?」と風呂敷包みを引きずりながら、押入れへと引っ込む。

 どうも最近、反抗的だよな、コンのヤツ。俺がコンなしでも、代行証で死神化できるのが、よっぽど気に食わねえんだろうケド。

 実際、虚圏から戻ってきてからこの方、ほとんどコンに体預けたこと、なかったしな。一度だけ預けたことがあったけど、あの野郎、置いていった代行証勝手に使って抜けやがったし。夜でこの部屋だったから良かったものの、もし他のヤツに見られてたら救急車騒ぎだったぞ、アレは。

 押入れの中からごそごそと言う音が聞こえていたけど、それもほんの数分のこと。そのうち唐突に静かになったから、俺はコンがそのまま寝入ったのだろう、と判断したのだった。


 やっと訪れた、平安な日常。
 いつも通りの、穏やか・・・と言うのとは少し違うが、死神代行を務めながらの、毎日。
 以前とは多少の変化はあったにせよ、それらは俺が目くじらを立てるほどのものでは、決してなく。

 ・・・だけど。
 俺は後日、心底悔いる羽目に陥るのだ。
 この夜、僅かながら現れていた違和感に気づいていながら、何の手立ても打たなかった、自分を。

≪続く≫






BACK   NEXT
目次ページ