ちゃんちゃん☆のショート創作

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茂保衛門様 快刀乱麻!(10) 外法帖
2002年09月17日(火)

※ほとんど隔月間化している(隔月間どころじゃねえだろ☆)、と言われても仕方ない状況の、お久しぶりの「茂保衛門様〜」であります(汗)。でも、忘れてるわけじゃないんですよ? いくらワンピに浮気しようが、時々他のゲームのプレイ日記を挟もうが、榊さんはちゃんちゃん☆ にとって、『剣風帖』の伊周ちゃんとはまた違った意味で、思い入れがあるキャラですんで。
 で今回でありますが・・・キャラの大暴走、とはこう言うことなんでしょうねえ。当初この話を考え付いた時は、よもやこんな大胆なことを榊さんがやらかすとは、思いもよらなかったです。ハイ(汗)。まあこの方法でしか、榊さんたちが《鬼道衆》を撒くすべはなかったわけですから、仕方がないと言えばそれまでですが。
 いよいよ話は大詰め。怒涛の新展開と相成ります。では。

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茂保衛門様 快刀乱麻!(10)


 正直言って、あたしはあんまり足の速い方じゃない。
 とりあえず(内股走りの)逃げ足は速い、って、他の与力たちにからかい混じりで言われてるけど、そりゃ誰だってそうでしょ? 命がかかってるともなれば必死で走るんだからさ。

「さ、榊さん、一体、いきなり、どうなさったんですかっ!?」

 そんなわけだからいくら前を走っていても、言わば体力バカの御厨さんにはすぐに、追いつかれちゃう。
 それでもあたしは足を休めない。
 御厨さんも、理由は聞かされていないものの、緊急事態だってことだけは勘付いてくれたんだろう。走りながら声をかけてくるのも質問だけで、一切苦情は口にしないのは有り難いことだわ。
 後ろから彼以外の足音が聞こえてこないことを確認してから、あたしは事情を説明することにした。もちろん、走りながら、よ?

「さっきの、桔梗って女の話聞いて、御厨さんには心当たりがないんですかっ?」
「心当たりって・・・」
「『行商人』『預かる』。そして『首から何かをぶら下げていた』よ!? 夕刻、与助から聞いた人間の、特徴に、該当するじゃないですかっ、被害者候補の、特徴とっ!」
「・・・・・! 油売りの行商人ですかっ!? 赤いお守り袋を身に付けていたと言う!?」
「そうっ! 殺された又之助たちって、当然、火事の直前に、小津屋へ向かってたはずじゃない? 彼らに、油売りは、勇之介を『預けた』のよっ。
だ、だけど、火事の後で、勇之介らしき子供が、焼け死んだって知ったら? 当然、食って掛かるんじゃないですかっ」


『そんなつもりであんたに預けたんじゃなかったのに!』


 ───そうだ。
 確かにその油売りは偶然見たのかもしれない。小津屋から火の手が上がる前に、又之助と久兵衛が引き上げて来るのを、行商中に。
 そしてあるいは、何の気なしに尋ねたかもしれない。
「あのボウズを届けて下さいましたか?」ぐらいは。
 ・・・だから又之助と久兵衛は彼の存在を、あたしたち火付盗賊改に告げたのだろう。図々しくも、自分たちの『身の潔白』を証明するために。

 だけどそのうち彼は知ってしまった。姉の凶行を止めるべく、病をおして駆け付けた弟がいたことを。そして紛れもなくその少年が、自分が又之助たちに託したあの少年だということを。
 さぞや彼は愕然としただろう。そして憤然としただろう。与助が耳にしたと言う又之助との諍いは、きっと彼の義侠心の表われに違いない。

 ・・・でも、彼の商いが油売りだったことがあるいは、彼の不運だったとしたら。
 もし又之助が久兵衛やその奥方を脅したのと同じ形相で、油売りを脅したとしたら?
 例えば、こんな風に。

「あんたが忙しさにかまけず、最後まで責任を持って小津屋へあのガキを届けていたら、あの火事は起こらなかったってことじゃないか。あんたにも責任はあるんだよ、あのガキが焼け死んだ責任はね。・・・へっ、お笑い草だねえ。油売りが火事を招いたなんて世間様に知れたら、商売上がったりどころの騒ぎじゃないんじゃないかい?」

 ───自分が罪を逃れるためなら人は、どんなに残酷で卑怯なことでもしかねない、って話。
 あたしは火附盗賊改として、それはもうイヤってくらいに身にしみて知ってる。
 そして、人の心ってものが案外脆いってことも、ね。
 もし本当にあたしの推測通りだったら、その油売りが火事以降寝込んでしまった本当の理由は、恐怖は恐怖でも火事そのものへの恐怖からじゃない。又之助に心の隙をまんまと突かれた挙げ句、過剰に促進された罪悪感から来る恐怖だってことに・・・なる。


「とにかく、あたしの推理が正しければ、勇之介が次に狙うのは、その油売りに違いないわっ! 御厨さん、彼の住まいはどこっ!?」

 道の角を、減速せずに苦労して曲がり切りながらあたしは、律義に着いて来る御厨さんにそう尋ねたんだけど。
 彼の返答は歯切れが悪いながら、端的だった。
「それが・・・神田の長屋なんですが・・・」
「神田あ!? 神田ですってえ!?」
 あたしは大慌てで、その場に立ち止まることを余儀なくされた。
 あまりに急激に止まざるを得なかったから、道の脇の木塀を思い切り蹴飛ばしたんで大きな穴が空いちゃったんだけど・・・不可抗力、よねえ?
(もちろん後で直させますよ、当然費用はこちらもちでね)
 大体、その時のあたしはもう、塀垣云々を気にしてる場合じゃなくなっていたんだから。だって・・・。
「よりにもよって、こっちとは正反対の方角じゃないのおっ!」

 言われてみれば、《鬼道衆》が割り込んでくる直前に、そういう話を御厨さんから聞いたような気もするものの・・・時、既に遅し。
「すみません! もっと早く申し上げれば良かったのですが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・別にあなたのせいじゃありませんよ、御厨さん」
 どっと押し寄せてくる疲れと頭痛に、あたしはそう答えるのがやっと。

 と言っても、この事態を引き起こしたのがあたしのせい、ってわけでもないのは当然よねえ。
 だって、《鬼道衆》の連中が居合わせたあの場で、油売りの住まいを聞いてなんてご覧なさいな。あいつらが抜け目なく聞きつけて、そっちへ向かうのは必至。下手をすれば事態を悪化させないとも限らない。

 ・・・え? あの桔梗って女もさすがに反省していたから、この際協力を仰ぐべきだろう、ですって?
 冗談じゃないわ! 《鬼道衆》は曲がりなりにも、徳川幕府を転覆させようって連中なのよ? この事態を利用して、どんなとんでもない企てをしでかすか、分かったものじゃないわ。
 彼らの情報は信用しても、彼ら自身を信用するな───これが今まで盗賊たちと渡り合ってきた、与力としてのあたしの経験から言えることなの。疑っておくにこしたことは、ないですからね。

 とは言うものの、現状を打破するにはあまりに手持ちの材料が少なすぎるのも事実。
 何せ今から引き換えそうにも、後ろからは《鬼道衆》のあの3人が追ってきているのは明白だ。そのまま引き連れていくわけにはもちろんいかないけど、あたしの足じゃ振り切ることも正直、不可能だと思う。
 だからと言って、川沿いに船で行くわけにもいかないし、駕籠を呼ぼうにも時間がなさ過ぎる。とにかくこの場で《鬼道衆》の尾行を撒き、かつ、神田まで一刻も早くたどり着かないと・・・・・!

 その時。あたしのすこぶる優秀な耳が、遠くからこちらへと近付いてくる物音を捉える。
 ガラガラガラ、と言う・・・これは荷車の車輪が転がる音かしら?
 いっそ《鬼道衆》を振り切るのは諦めて、一気に荷車で神田まで───と思った矢先、耳に飛び込んできたのはこれこそ地獄に仏と例えるべき、嘶き。

 ブルルルル・・・。

<これだわっ!>

 とっさに判断し、あたしは走りに走った。
 そしてちょうど角を曲がって来た荷車の前に、両手を広げて立ちふさがる。
「火附盗賊改です! 火急の用につき、止まりなさいっ!」
「榊さんっ!?」

 ヒヒーン!

 いきなり飛び出して来た人間に驚いたのか。
 荷車を引いていたその動物───馬、は何とかその場で停止したものの、後ろ足2本で立ち上がり興奮状態になってる。前足をガシガシと空中でかき、今にも前方のあたしを蹴飛ばしそうな勢いだ。

「うわああっ、おさむらいさま、おやめくだせえ! ウチの馬は気性が荒くてっ!」
「榊さん、危ない!」

 馬子と御厨さんの、血相を変えた制止を振り切って。
 あたしはツカツカ、と馬へ歩み寄ったかと思うと、即座に手綱をぐいっ! と引っ張った。
「静かになさいなっ!」と叱り付けて。

 途端。
 飼い主ですら恐れをなす暴れ馬は、おとなしくなった。

「「は・・・・・?」」

 呆気に取られる他の2人を尻目に、あたしは馬の顔をゆっくりと撫で、落ち着かせる。
「いいわね? あたしを神田まで乗せて走るのよ? 間に合えば、美味しい飼い葉をご褒美にあげますから」
 そう言ったところ、どうやらあたしを乗り手として認めたというのだろう。馬は頭を下げて、人間を乗せる体勢になった。
 荷車を引いてる馬だから、さすがに鞍なんかは付けてないけれど・・・この際背に腹は変えられないわ。目的地まで、お尻が痛いのを我慢すれば済むことだし。
 どうしても邪魔になる裾や袖口を、たすきがけにして動きやすい格好になった上で。
「よっ・・・と」
 あたしが華麗な動作で馬にまたがると、やっと我に返った御厨さんが、合点がいった風に話し掛けてくる。
「・・・ひょっとして榊さん、乗馬がお得意なんですか?」
「まあね。こうして乗るのは久しぶりですけれど」

 意地が悪いことに馬って生き物は、人間をなめてかかってるところがある。
 その最たるものは、乗り手の実力を推し量ると言うもの。色々と狼藉を働いて人間を試し、手綱さばきが下手な人間の言うことなど聞こうとしなかったりするのだ。
 つまりこの馬の飼い主は、言っちゃ悪いけど馬に見くびられていることになり、一方のあたしはそこそこの乗り手だと認められたってわけ。
 ・・・まあ、この江戸の町じゃあ町人が馬に乗ることは固く禁じられているから、仕方ないと言われればそれまでなんですけどね。
 あたしはそうして、さっさと馬に乗ってしまった上司の代わりに、馬子へ馬を借りる約束を取り付けている御厨さんへと、声をかけた。

「早くなさい御厨さん。報酬なら、あとであたしがちゃんと払いますから」
「え? 早くって・・・」
「あなたもこの馬に乗って、神田まで行くんですよ。当然でしょう?」
「ちょ・・・! 私は乗馬の心得はないんですよ? それに、事は一刻を争うんですから、2人乗せるより1人で走った方が速いんじゃ・・・」
「あのねえ。この暗い中、どうやって灯りも無しに神田まで走れるって言うんですか?」
「・・・・・私にたいまつを持て、と?」

 正直提灯じゃ、すぐに落っこちて灯りとしての役割を果たさなくなるのが関の山。即座にそう判断しての、御厨さんの返答なんでしょうね。
「あたしが馬を片手じゃ走らせられないのですから、そうするしかないでしょう。緊急事態です。文句は言わせませんよ」
「しかし・・・・・」
 思い切りの良い御厨さんにしては、何とも渋い返答の仕方をする。多分彼のことだから、自分が落馬するとかそういう事よりも、万が一にもたいまつから火の粉が飛んだりすることで発生する、火事を懸念しているんだろうけど。
 ああ、だから今は、そんな風に躊躇してる場合じゃないのよ、気持ちはよく分かるけどさ!

「それに、私たちの今の役目は飛脚じゃあないんですよ」
「え?」
「早く神田へ行けば済む、ってわけではないでしょう? 到着次第油売りの行商を保護するなり、勇之介を説得するなりしなきゃいけない・・・けどあたしの体力では、馬を走らせるだけで精一杯ですから。つまり御厨さん、あなたが一緒に来てくれないと、正直何の解決にもならないのですよ。・・・お願いできますね?」

 浮かんでいたためらいの表情は一瞬で消え。

 スパッ!

 あたしたちが持ってきた提灯が一刀両断され、火も消える。
 それから中の菜種油が入った皿を取り出すと、そばに落ちていた棒切れを拾い、御厨さんが袖口を破った布を巻き付け上から菜種油を染み通らせた。
 簡易たいまつの出来上がりだ。
 馬子から火種を借り、即席たいまつに明かりを点した御厨さんは、それをいったん馬子に手渡す。
「・・・・・失礼いたします」
 そう律義に一言告げてから、御厨さんは素早く馬によじ登った。そうして、首にしがみ付く格好のまま馬子からたいまつを受け取る。

 まさにその直後だった。さっきあたしたちが曲がってきた角から、九桐たち《鬼道衆》が走り込んで来たのは。
 やっぱり、きっちりと追いついてきたのねっ。あんたたちがそういう態度に出るんなら、こっちにも考えがあるわよっ!
「はいっ!」
 掛け声をかけるや否や、あたしは馬を走らせる。
 一路目指すは神田。
 そして───!

「うわあああああっ!?」
「きゃあっ!」
「くっ・・・」
 《鬼道衆》の3人が上げる悲鳴を背中に聞きながら、あたしは手綱を手繰る。
「さ、榊さん、今のは少々荒っぽすぎるんじゃ・・・」
 馬の首にしがみつつもたいまつから手を離さずに、そう声をかけてくるのは御厨さん。
「・・・ふん、仮にも鬼と呼ばれた連中が、このくらいで死ぬもんですか。それにあたしは、あいつらに言外に忠告してやったんですよ。これ以上追ってくるんだったら、馬にひき殺されても文句は言えない、ってね!」

 ───そう。さっきあたしは馬をたきつけて、避けようとしていたあいつら3人の頭上を、ギリギリで飛びまたいでやったのだ。いくら鬼と恐れられる彼らとは言え、さぞや肝が冷えたことだろう。馬って生き物はそりゃあ大きいんだから。
「しかし・・・」
「無駄口は叩かない! 大体馬に揺られてちゃ、舌噛むのがオチですよ、必要がない限り黙ってなさいなっ!」
 ひづめの音でかき消されそうになる声を張り上げて、あたしはそう言ってやる。
 今はともかく馬を走らせて、御厨さんを神田の油売りのところまで運ぶこと。それが先決なんだから。

 それにしても・・・。
 いい加減、痛いを通り越して感覚が麻痺してきた下半身のことを忘れるためもあり、あたしは考えを巡らせる。
 一体どうしたら、勇之介の暴挙を止めることが出来るのだろう、と。
 だって今回の件は、先に起こった又之助、久兵衛の2件とは様相が異なっている。そして孕んでいる危険の度合いも、また段違いなのだ。
 むろん、油売り本人やその周囲の人間が巻き込まれる恐れについても、考えないではない。だが彼は、この油売りは明らかに、お門違いの怨みを買っているのである。

『おじさんが最後まで自分について来てくれていたら、あの2人も自分を殺そうとしなかった・・・』


 ───確かにその、勇之介が桔梗に言った言葉は正論ではあるけど、その実結果論に過ぎないのだ。

 考えてもみなさいな。
 久兵衛にしろ又之助にしろ、まさか出会った当初から勇之介がおろくの弟だと、ましてやおろくの凶行を止めに来たのだとは、知るはずがない。だから彼ら2人が勇之介を預かったのも、最初は本当に単なる好意からだったかもしれないのだ。そして、彼らから不穏な空気を感じなかったからこそ、油売りも安心して勇之介を預けたのかもしれない。
 そして。死んだ人間を悪く言うのは気が咎めるけど、あるいは勇之介がうっかり口を滑らせたことが、2人のせっぱ詰まっていた商人の心に闇を落とした可能性がないとは、誰が言い切れようか。

 なのに、勇之介は姉大事と怨みで頭がいっぱいになっていて、冷静さを失っていたとしたら?
 久兵衛と又之助に自分を預けた───『たったそれだけ』の理由でもし、そのまま油売りを殺してしまったとしたら?
 口惜しさと怨みは晴れることなく、いやむしろ増幅された上に、その矛先はまるで無関係な大勢の人間に向けられるかもしれないのである。
『自分たちが苦しんでいるのに手を差し伸べてくれなかったから』
『姉が小津屋へ行くのを見掛けていながら、止めてくれなかったから』
 ・・・等等、まるで見当違いの理由をこじつけて!

 そうなったら・・・この江戸はおしまいだ。ほとんど全ての人間が勇之介の怨みの対象になってしまい、火の海に沈むことだろう。


『オレがこうなったのは、全ては親を盗賊に殺されてみなしごになったせいだ!』

 世の中の全ての人間を怨んでいた、あたしが斬り殺したあの『女誑』が、何の関係もない人間を殺そうとした、あの時みたいに・・・!


 でも・・・確かに、世間を恨みたくなる気持ちは、このあたしにも分からないではない。
 火付盗賊改与力としての生きがいを見つけられなかったら、或いはあたしもそうなっていたかもしれないから。
 剣術も腕力も会得できない自分の無力さを悔やみ、なのにそんな自分を大それた役職につかせた家族を恨み、自分だけが空回りするどうしようもない焦燥感を覚えていた、アノ頃のあたし・・・。
 なのにあたしは、何故かそんなには澱んだ考えに身を浸さずに済んでいた。
 それはきっと、変に前向きなアノ夢を時々見ていたから。(優秀な与力として凶悪犯をねじ伏せてるっていう例の夢よ)
 そして御厨さんを初めとする部下達の、江戸の人々を守ろうとの真摯な心に触れたから。
 だからこそ分かるのよ。世間を恨むってことが、どんなに悲しくて空しいことなのかってことが。


 絶対に、勇之介を止めなきゃ。例え、この命にかけても。
 ───けど、一体どうやって!?
 あたしは絶望的になる考えを必死に叱咤しながら、手綱を握る力を強めたのだった。

《続》


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※今回のこの話を書いていて思い出したんですけど。
 確か「外法帖」の戦闘シーンには、確か敵として馬にまたがった武士が何人か登場してるんでしたね(汗)。幕末、乗馬ってそんなにすたれてもいなかったのかなあ? でも、HPで調べた感じだと、かなり絶望的にすたれてたって話だし・・・。うーん、どっちなんだろお?





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