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セキララな思考。
安井 文
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2009年10月19日(月)
19600000の悲しい夜と眩しい夢

yakusima1019-1
旅行の話もいよいよ最終日。
待ち遠しかった屋久島の旅もあっという間に終わり、すでに2週間が過ぎようとしている。
時の流れっていうのはどうしてこうも早いのやら。



最終日は再びそれぞれ帰路につくことになる。
私は来たときと同じく船に乗り鹿児島へ渡り、新幹線を乗り継いで帰る。
友人は飛行機を乗り継いで帰ってゆく。
今度は私のほうが2時間半早く船に乗るので、それまでにまだいくつか回ってみたいポイントに行くため3日間の中で一番早く行動を起こした。

yakusima1019-2 あいも変わらず尽きぬ話で車内は盛り上がり、時間はあっという間に過ぎてしまった。
拠点にしている宮之浦から車で1時間強の場所にある千尋の滝(せんびろのたき)は、落差約60mもあるらしい。
最初に書いたとおり、屋久島は九州で一番高い宮之浦岳を頂いていて、千尋の滝はこの近くに位置しているので、その界隈に近づくとよりTVや写真で見たことのある屋久島の風景に近づいて行った。

曲がるポイントがよくわからず、本来の曲がり角より1つ手前で曲がったおかげで、もうひとつ滝を見ることができラッキーだった。

千尋のyakusima1019-3滝もまた、登山コースがあるようで、その説明書きの看板があった。

きれいにタイルを敷き詰めた遊歩道のすぐ脇に登山口があり、気軽に登れそうに見えるのだけど、後からこの界隈の登山についてちょっと調べてみたら、結構本格的なコースのようだった。

屋久島についてから歩いたタイル敷きの遊歩道の中では一番幅があり、いわゆる観光名所っぽい感じである。
その遊歩道をゆっくりと進むとその一番奥に千尋の滝が見えてくる。
いきなり大きyakusima1019-4な岩肌が見え、その奥に白い水が下へ向けて勢いよく流れ落ちている。
残念ながら、滝はかなり遠くに位置しているのだけど、その左横に渓谷に向けて斜めに走っている岩肌の大きさときたら・・・。

しばし呆然と見とれてしまった私である。

それから駐車場まで引き返し、行きに気になっていた生ジュース屋でタンカンの生ジュースにありつく。
私は屋久島到着時から"タンカンジュース、タンカンジュース"と騒いでいて、ここへきてやっと口にすることができて本当に満足だった。
友人はサトウキビの生ジュースを飲んでいた。
これが目の前で生のサトウキビをつぶして作ってくれるので、興味津々で眺めてしまった。
ちょっとだけ友人にそのジュースも分けてもらったのだけど、これがとてもやさしくて自然な甘さなのだ!
このジュースを煮詰めて黒砂糖は作られるんだね・・・。

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それから今度は、千尋の滝のすぐ近くにあるトローキの滝(轟の滝)を探す。
こちらはなかなか見つからず、道路沿いでちんまり営業していたアクセサリー屋(なかなか繁盛していた)で場所を尋ねる。
その場所からほの近い場所ではあったのだけど、看板が道路からはよく見えなくなっており、立ち寄る人も皆無のようだった。
白谷雲水峡の登山道を思い出させるような人の手の入っていない感じの道を用心深く進んでいくとやっとその姿が見られた。
トローキの滝は、川の水が海に流れ落ちているポイントで、滝の上には赤い橋がかかっている。yakusima1019-6

残念ながら正面から見ることができなかったが、なかなか美しい景色だった。
しかし、写真をとった場所はヒールのある靴などでは行かないほうがいいかもしれない。

滝を眺めて帰ってきたら、本来なら道路から見えたはずの看板がよく見えた^^;

yakusima1019-7

車を止めたお土産屋にちょっと立ち寄って、宮之浦に戻ることにする。
まずは友人が借りた登山用品を返さなくてはならない。
宮之浦まで戻ったら私はいよいよ屋久島を離れる時間が近づいてくる。

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レンタル品を返したら、まだちょっと時間があったのでお昼を食べておくことにした。
最初の日から気になっていた黒ラーメンというやつを食す。
面に竹炭が混ぜ込んであり、スープの出しはおそらくトビウオ。
ほんのり甘くてやさしい出汁が体にしみこむような感じがした。
yakusima1019-9
友人が興味津々でトビウオの餃子を頼んでいたので私もご相伴に預かった。
なんというか・・・いわゆる餃子とは似て非なるお味で、ちょっと不思議な感じがした。

絵葉書を1枚出したいので友人に託そうとしたら、郵便局周りの好きな友人が言うには、こういう観光地には記念スタンプがあるはずなのでそれを押してもらうと余計に記念になるよということだった。おお、それならせっかくだからそれを押してもらいたい。
そんなこんなで、宮之浦の小さな郵便局に移動。
この日は平日月曜日なので、郵便局は普通に営業していて、スタンプを押してもらって無事投函した。

それから、宮之浦港近くのお土産屋で会社用のお土産を買っていたら、これから乗るフェリー屋久島兇入港してきた。
3日前に私が乗ってきたフェリーだ。
屋久島とも友人ともそろそろお別れのときだ。
友人とはまたどこかで再会するに決まってはいるのだけど、なんだかやっぱりさびしい。
乗船できる時間が近づいてきていたし、友人も後2時間半ほどで屋久島を後にするので、まだ回っておきたいところがあるようなのであわてて荷造りをしなおし、車を降りる。
別れを惜しむまもなく友人は走り去ってゆきましたとさ^^;

いやまあ、今生の別れではないので、それほど寂しがることもなかったんだけどねえ。
それでもやっぱりちょっとね。

yakusima1019-10 フェリーが屋久島を離れる瞬間はかなり名残惜しくて、しばらく島を眺めて写真を撮っていた。
友人は今どのあたりかなあなんてことを考えながらね。
フェリーからは、3日間お世話になったホテル縄文も見えたし、上陸するときから気になり続けていた建設途中の病院跡、お世話になったレンタカー屋の看板も見えて、"ああ、またいつか来れるかな"なんてしんみり考えた。
船っていうのは時間をかけて別れを惜しむことができるので、思いっきり感傷にふけることができるなあと今回発見した。

さてそれから後は、ひたすら家を目指して帰るわけだが。
フェリーの中では持っていった文庫本をあっという間に読み終わってしまい、残り3時間くらいほとんど寝てすごした。

yakusima1019-11 鹿児島の港に到着するころにはとてもきれいな夕焼けで、またまたしんみり。
万が一のことを考えて、鹿児島中央駅にはタクシーで早めに移動し、文庫本を読み終わってしまったので駅ビルの中にある紀伊国屋書店に文庫本を物色に行く。
そこで探していた本を入手できたので、新幹線つばめ、リレーつばめ、新幹線こだまではずっとその文庫本を読み続け(面白かったので)4時間あまりで読み終わってしまった。

9両編成のこだまなんて始めて乗ったのだけど、これが結構乗客が多いのでそれに驚いた。
小さな子供づれの家族なんかもいて、みんなどんな用事で乗っているのかなあなんてちょっと妄想などしてみたりした。
博多駅では待ち時間が30分くらいあり、私のように待っている人も結構いるんだけど、売店などはもう閉まっているので、みんななんだかちょっと不安げなのが面白かった。

さらに、最寄り駅山陽本線在来線の最終便も乗るのが初めてだったのだけど、これも思いのほか乗客が多く、学生服もかなりいて驚いた。
私が寝ているときも活動している人がいるのは当たり前だが、みんな遅くまでがんばってるんだねえ。
自宅到着は日付の変わるころ、片付けもそこそこにお風呂に入って床に就いたのだった。

さてこれで、楽しかった旅の話も終わり。

行く先々での出来事はもちろん面白かったけれど、いっしょに旅した友人の今まで知らなかったところや気がつかなかったことや、今まで以上にいろんな話ができたことがとても大切な思い出となった。
自由気ままな私に付き合うのは大変だったろうなあ・・・でも、そんなことおくびにも出さずいろんなことに付き合ってくれた友人に本当に感謝している。
今日のこのタイトル曲は、私にとって人生で一番大切な曲だけど、友人に感謝の気持ちを込めて送らせてもらう^^



「19600000の悲しい夜と眩しい夢」
WORDS & MUSIC BY 鈴木雄大、PLAY BY 鈴木雄大USB



2009年10月18日(日)
太陽の匂い

yakusima101802-1 白谷小屋では思ったとおり、たくさんのグループが休憩していた。

トイレ休憩だけちゃっちゃと済ませ、"もののけ姫の森"をめざす。
その前に次は七本杉があった。
宮崎駿監督が何度も通って観察し、映画の中にも登場しているモデルとなった原生林を通称"もののけ姫の森"と呼んでいる。
ガイドブックにはそういう内容の看板が立っている写真が掲載されていたけど、実際にはなかった。
そのガイドブックの写真を見ていなかったら、分からずに通り過ぎたかもしれない。



yakusima101802-2 そのあたりは行きも帰りも人がたむろしていて、写真を撮るのもやっとだった。
あの映画は確か北関東から上の場所を舞台としていたと思うのだけど、こんな南の屋久島の森が出てくるっていうのはちょっと不思議だなとなんとなく思った。
yakusima101802-3
このあたりから徐々に登山道自体が小川のように水が流れている状態がしばらく続く。
水のせいで登山道は滑りやすくなっていた。

原生林のあたりまで来るとやっと写真やテレビで見知った屋久島の風景に近づいたものの、思い描いていたような神聖な感じというのは思ったほどには感じなかった。
なんとなく少し残念だが、全日程晴天に恵まれていたことを考えるとそれはそれですごいと思う。

登山客には観光客だけでなく、研修中の学生の集団もいた。
5,6人程度のグループごとに引率の先生が1人ついていたので、おそらくそうだろう。
生徒たちは一様に軽装で中にはバスケットシューズの子もいた。
息も切れずに上ったり降りたりしている彼らに何度も道を譲ったり譲られたりしながら登るのだが、その動きの切れといったら・・・若いってすごいな。

yakusima101802-4 原生林コースの折り返し地点は当の昔に過ぎ、すでに太鼓岩往復コースに入っている。
太鼓岩目前の辻峠ではたくさんの人が休憩していた。
また、休憩できるようにベンチもいくつか設置されていた。
ここまでで私はかなり疲れていた。
白谷小屋からあとの原生林では結構な勾配の登山道が緩やかに続いるうえに人の往来が多くて、なかなかペースがつかめなくなってしまったようだ。
最後の太鼓岩まではちょっと無理かもしれない・・・と少しばかりへこんでいたのだが、私とは違ってまだまだ元気な友人はベンチで休憩している人たちと情報交換をしている。
yakusima101802-5私は黙ってその会話に耳を傾け、ひたすら呼吸が戻るのを待っていた。

結局、"ここまで来たんだから太鼓岩まで行かないと絶対に後悔するよ"というどこかの高校の先生の力強い一言で私も心を決めた。

さて、いよいよ正念場の往復30分が始まる。
例によって私が先行となるわけだが、実はここで私は進路を大きく間違えそうになってしまう。
のぼりとくだりが目の前に現れたので、看板をよく読んで私は下りに行くのが正しいとなぜか思ってしまった。
しかも、その先に野生のヤクシカが歩いていた。
またまた興奮した私は、ふらふらとヤクシカのほうへ寄ってしまう。
後ろで友人が呼び止めるのだが、とにかくヤクシカをカメラに収めたい上に近寄りたいので耳に入ってこない。
しばし、人間のことをまるっきり気にせず行動するヤクシカを眺めてしまった。
姿
が見えなくなるまで見ていたかったのだけど、そういうわけにも行かず^^;

やっとこさ分岐点まで戻った私は今行こうとしたくだりからやってきた人に尋ねてみた。
"太鼓岩は行かれましたか?"
"行きましたよ"と若いお兄さんが答えてくれたので、"やっぱりこっちだね"と歩き出したのだけど、お兄さんは振り返って"太鼓岩はそっちじゃないですよ"と冷静に教えてくれた。

あれ〜やっぱり違ってたのか〜^^;
どうやら疲れもピークらしい、どうものぼりに足が向かぬ・・・。

yakusima101802-6
とにかく残りは急勾配で、どうにもこうにも辛い。
しかし、下山してくる人たちが口々に"がんばれ、もう少しですよ!"と励ましてくださるので、そのたび胸が熱くなり"よし、がんばろう"と気持ちが盛り返してくるのだ。
それを何度か繰り返し、ようやく日の光が見えてきた!

yakusima101802-7 太鼓岩だ!

日の光をいっぱいに浴びて、太鼓岩の天辺に登ったときの気分ときたら!!
声も出せずに絶景に見入っていたら、駆け上ってきた若者が叫んだ。

"これで来年の就活は絶対うまくいくっ!"

ガッツポーズで叫んでいた。
見ると岩の上には友人と私以外は白いジャージの若者が4,5人。yakusima101802-8

みんな口々に達成したよろこびを叫んでいる^^

彼らは静岡から研修で船でやってきた水産学校の学生だった。
入港する時に大きな船を見ていた私は、俄然元気になって会話に加わろうとしたのだけど・・・若者たちに怪しがられてしまった。

それからカメラを交換してそれぞれの記念写真を撮り合って、若者たちは我先に走って(!)下山していった。
しばらく景色を楽しんでから友人と私も下山する。
しかし、下山のほうが厳しいため、私はどうもスピードが出ない。
さすがに友人に道を譲り、ゆっくりと降りていくことにした。

とにかく私はおっかなびっくり歩くので、友人には本当に申し訳なかったと思う。

もののけ姫の森の辺りで、立派な角を持つヤクシカに遭遇、よく見るとその前方には母シカと子ジカまでいた!
すごい!とうとう親子まで見てしまった!
ヤクシカは奈良や宮島のシカより1回りくらい小さい。
慎ましやかで優しげな感じなんだけど、うかつに近寄れない雰囲気を持っていた。(残念ながらカメラには収まらなかった・・・)

太鼓岩まで登ったという達成感の後は、屋久島灯台で夕日を見たいと友人がつぶやいたので、超特急で下山した。
行きで長くて険しい登山道を通ったので、帰りはその半分くらいの距離を飛ぶように下ってゆく。
途中、友人が子供のころから大好きだという「エルマーの冒険」という絵本の話をしてくれた。
歩いていて、その中に出てくる島を思い出したらしい。
友人はとにかく話がうまくて、聞いているのがとても楽しい。
そのお話もとても楽しくて夢があって、私は読んだことのない絵本だったので、どんな絵柄かはわからないけれど、エルマーが行く先々で知恵を使って難問を解いていく話はとてもわくわくした。
山道をすいすい降りながらだったので、まるで物語の中にいるような気分になってたんだよなあ。
おかげで疲れなんて微塵も感じないであっという間に登山口までたどり着いた。
ありがとう!

yakusima101802-9 さて、それからは友人がハンドルを握り、夕日を目指してひたすらに車を走らせる。
看板が目に付かず、危うくヤクザルの群れに取り囲まれそうになった。
しかし、それが逆に功を奏し、行きには見えなかった看板を見つけることができた。
yakusima101802-10 無事に日暮れ前に灯台に到着したはいいが、今度は早すぎたようで、しばらく太陽を見つめていたが沈みそうにないので移動することにした。
夕日のポイントを探しながらの移動していたら、ホテルのおじさんが夕日ツアーに来ているところに遭遇した。
おかげで、とてもきれいな夕日を拝むことができた。
こんなにゆっくりと沈む夕日を見たのはずいぶんと久しぶりだ。yakusima101802-11

今日は一日、無心に上って歩いて、体は疲れているはずなのに、なんだかとても穏やかで静かな気持ちで夕日を眺めていた。

それから今度は、夕食の心配。
今夜こそは飲んだくれることがないようにしなくては。
結局、ホテルのすぐ横に立ったばかりだという居酒屋で今夜はまったりすることになった。
その前にコンビニによって水の確保をしたり、気になっていたパン屋でパンを買ったり・・・いろいろと段どりを済ませて・・・。
その後、料理を前に心行くまで友人と語り合い、とても満足な夜だった。
最終日へ続く・・・
^^;



「太陽の匂い」
WORDS & MUSIC & PLAY BY 鈴木雄大USB



2009年10月17日(土)
太陽の靴

昨晩酔っぱらった私だが、思いのほか寝つきがよく、夜が明けるとすっかりアルコールも抜けて気分はすっきりしていた。
とは言うものの、だらだらとしているうちに山に出かけるにはちょっとだけ遅い時間にホテルを出発することとなる。

ガイドブックに載っているビジターセンターを探すもよく分からず結局訪問を断念した。
スーパーでお昼のおむすびと飲み物を購入して、いざ白谷雲水峡を目指す。

屋久島に来たとは思えないほどの快晴は、島を去るその日まで続いた。
年間のほとんどが雨模様だといわれる屋久島でこれほどの快晴に恵まれるなんてどのくらいの確率なのだろう。
もしかしたら今後数年の幸運を使い果たしたのかもしれないな^^



大阪に研修に行ったついでに何度か友人と屋久島旅行についての打ち合わせをしようと試みたのだけど、どうしても相談をそっちのけでお酒を楽しむ羽目になってしまう。
結局、レンタカーを借りることと、白谷雲水峡への散策だけは絶対に行くということと、その前後でヤクスギランドも歩いてみようという本当にピンポイントなことしか決定できなかった。
でもまあ、それで満足のいく旅になったのだからそれでよかったんだろう。(友人はどうだったか分からないが)

行きは私がハンドルを握る。
慎重とは程遠い私の運転に朝から友人の突っ込みが入りまくる。
だってしょうがないじゃないの、私の車とつなぎのタイミングが違うんだものと思いつつ、愛ある突っ込みがイタ気持ちいい。

なぜか私は屋久島は山がないと思い込んでいた。
実は屋久島には九州で一番高い山があるんだけど、そのことは屋久島に来てから知った。
それから、屋久杉は標高1000m以上の山に行かなければ見ることが出来ないんだそうだ。

yakusima1018-2 えっちらおっちら車は坂道を登る。
のんきにアクセルを踏んでいる私は、せっかくだから"ヤクシカが出てこないかなあ〜"などと、能天気に口に出してみた。
そしたら、なんと、ヤクシカの親子が目の前に出現!
朝から大興奮の私。
思わず停車してカメラを向けたのは言うまでもない。
この先何度か野生動物に出くわすのだが、そのたび大騒ぎの私に友人もちょっぴりあきれていたらしい。
私はいたって冷静に観察しているつもりなのだけど、友人が言うにはそのたび大興奮だったらしい^^;

そんなこんなで30分程度で目的地である白谷雲水峡に到着した。
すでに登山客が多数うごめいている。
駐車場は狭くて、後から調べたら20台分しかなかった。
しかし、運よく1台分スペースが空き待つことなく駐車することができた。

昨日のヤクスギランドとは打って変わって人人人・・・よく考えたら今日は日曜日だ。
白谷雲水峡入口で都道府県名を訪ねられる。
そういえば、ヤクスギランドでも聞かれたっけ。
大阪の正の字が一番多かったらしい。
ちらっと見えたと友人が笑っていた。

yakusima1018-3 最初の階段まではきれいにタイルがひいてあり、これから登山に行くという感じではない。
その後いきなり急勾配の木板で作られた階段が結構長く続く。
しばらくタイルの遊歩道と階段が繰り返され、ちょっとつらいかなあとちらっと思ってしまった。
これは覚悟しなくては・・・と実は考えながら慎重に歩いていた私だった。

左に1つ目の吊り橋(ひりゅう橋)が見え、いきなり小さな滝が出現。
まだ触りだというのにちょっと興奮気味の私たち。
どのコースで歩くのか全く打ち合わせなし。
とりあえず原生林コース(4時間)のつもりで歩き始めた。

まずは友人が先行していたが、足の速さがまるで違うのでついていくのがやっとの状態だ。
結局途中で私が先行させてもらうことで落ち着いた。

左に曲がりさつきつり橋を渡ると原生林コースに入るというところまで来たとき、見上げると、正面にも階段があり、説明書きを見ると原生林コースを選んでしまうとみられない屋久杉があるようだった。
せっかくだから、それをまず見ようということになった。

かなり急な階段が続く。

下山する人の中に3歳くらいの男の子がいて、驚いたので手を引いている母親に"上まで行ってきたんですか?"と尋ねたところ、"いえいえ、200mくらい先に(屋久杉が)あるんですよ"と答えてくれた。
子供が歩いて行けるくらいだからたいしたことないだろうと進んでゆく。

yakusima1018-4 がしかし、徐々に山肌がむき出しになってきた。
目的の屋久杉(二代大杉)に到着するころにはすでに立派な登山道だった。
これはもう引き返す時間がもったいないと、そのまま進んでゆくことになった。
その結果、最終的には太鼓岩往復コース(6時間)という最長のコースを歩くことになる。
あまりに汗が流れるので、私はハンカチ代わりのバンダナを頭に巻いた。

それから三本足杉、びびんこ杉、三本槍杉、奉行杉あたりまでは、ほとんど人と出会うことがなく、後ろからも人はやってこなかった。
とにかく急な勾配が続く。
もちろん人の手が入っている登山道なのだけど、そんな風に意識しなければそのことはあまり分からない。
出来るだけ自然に見えるように石が並べてあったりするからだ。
そして、等間隔に木に縛り付けられているピンク色のリボンを頼りに進む。
時々見失ったりもしたけれど、不思議と遭難するかもしれないというような不安は起こらなかった。

yakusima1018-5 細かく張った根が階段のように続く山肌や、岩の積み重なった登山道をひたすら登る。
私はとにかく登ることに夢中で、ほとんど話題を振ることができなかったのだが、友人はずっと面白い話をしてくれていた。
蝉の声が聞こえ、秋とは思えないよねと言うと、何のセミかを教えて(友人は子供の頃、セミ博士だったことがこの日判明)くれたり、バーで出会った面白いおじさんの話をしてくれたり・・・この状況でどうして息切れもせずに話せるのか・・・まったくすごい人である。
しかし、その面白い話のおかげで、ともすると座り込みたくなりそうになる私は随分と勇気づけられていた。

yakusima1018-6 途中3ヵ所ほど川の中の石を渡って超えて行くポイントがあった。
そういうところは鬱蒼と生い茂った場所で、雨だったらとても怖いだろうなと感じた。
雨の日には増水するので、その場合は引き返すようにという注意書きもところどころにある。
こんなところまで登ってきて引き返すのも・・・いやだよねなんてことを友人と話す。
二代くぐり杉を通り過ぎると、次はくぐり杉でここで当初歩く予定だった原生林コースと合流した。
このあたりまで来ると上から下りてくるグループが増えてきた。
あとで聞いたところによると、ふつうは当初登る予定だった原生林コースを通って白谷小屋まで行って下山で私たちが登ってきたコースを下るんだと聞いたのだけど、勾配のきつさを考えると、先に登ったほうが帰りが楽な気がする。
ちなみに、登山では下山者が優先だそうだ。

yakusima1018-7 次は白谷小屋で休憩の予定だけど、ちょうどお昼なのでその手前の分岐点に座り心地のよさそうなベンチがあったのでそこでお昼を食べることにした。
白谷小屋はきっとたくさん人がいるだろうからとその手前での休憩にしたのだけど、そこはコースの分岐点でもあるので人の行き来は結構あった。
人間観察しながら歩き始めて一番長い休憩をとった。

最終目的地までは地図で見るとあとちょっと、もう少し森をゆく話は続く。
でも、長くなってきたので今回はここまで。

「太陽の靴」
WORDS & MUSIC & PLAY BY 鈴木雄大



2009年10月16日(金)
雨が降っても

yakusima101702-1 さてさて。
やっと本題に入っていく。

雨は降ってなかったけど、森を散策していたときは天才トノサマBANDの「雨が降っても」が流れてた^^



大阪の友人と合流し、とりあえずヤクスギランドに今日中に行きたいと伝えると、友人もそうしようと言ってくれた。
まずは、登山用具をレンタルするためにいったんフェリーの到着した宮之浦まで戻る。
友人が予約しておいてくれたホテルもこの界隈だったので、チェックインも済ませておく。

それらを済ませて、ヤクスギランドを目指す。
1時間20分ほどの道ゆきは、いつもどおり話に夢中・・・いったい何の話をしていたのかは、とにかく話題がとんでゆくので断片を思い出せればいいというほど。
今は思い出せなくとも、いつか何かの拍子に思い出すことがあるので、そのときを楽しみに待つしかない。
途中、へたくそな運転に突っ込みを入れられつつ無事にヤクスギランドへ到着。

ヤクスギランドなんてまるで遊園地のような名前だが、屋久杉自然休養林とパンフレットには書いてある。
江戸時代に大量に屋久杉が伐採された林だそうで、その大きな切り株からまたさらに若木が育っている様子を観察することが出来るとパンフレットに紹介されていた。

夕暮れと呼ぶにはまだ早い時間だったけど、いろいろな喧騒が聴こえてくる海岸線とはまるで違い遠くで水の流れる音だけが聞こえてくる。
暑いほどの日差しもなんだか心なしかひんやりする。
登山に入るにはもう日が落ちすぎていたのかもしれないけど、軽く30分か50分のコースをぐるっと回るくらいなら大丈夫だろうと入り口で森林環境整備推進協力金300円を支払って、ときめきの経に足を踏み込む。

yakusima101702-2 吸い込んだ空気のひんやりした感触が森へやって来たと感じさせる。

くぐりヅカと呼ばれているらしい大きな木の股を通ってまた少し森に足を踏み入れる。

ヤクスギランドと言う名前のイメージから散策路は平坦な道だと思っていたけれど、これが結構上下している。
今から歩く散策路が下に見えたり、上に見えたりする。
頭の上には木が生い茂っているので、守られているような気分になる。
なんだかとっても静かな気持ちになったんだよなあ。

とは言うものの、おしゃべりはずっと続いていて、私たちの声が森の中に響いている。
結構大きな声だったけれど、なんの問題もなく進めたのは、森が私たちの話を楽しんでいたからかもね・・・なんて思ってみたりした。
ヤクスギランドの30分、50分コースはサンダルやぞうりでもヤクスギを散策できるのが売りなので、散策路も整備が行き届いていて本当に歩きやすかった。
眺めておきたい屋久杉をきちんと見学できるように散策路は作ってあるので、パンフレットどおりに名前がつけられた屋久杉を見て回れた。
ここなら少々の雨でもゆっくり散策できるのではないかな。

どこもかしこも写真で見たことのある屋久島の風景で、どうしても残しておきたくてたくさんデジカメのシャッターを切ってしまった。
後から思い出して、思いっきり観光客だったよなあとかなり反省。
友人はあきれていたかもしれないな。

yakusima101702-3 江戸時代に伐採された大きな屋久杉の切り株の上に新しい屋久杉が根を下ろしている。切り株更新と言うそうだ。
木というのは人間なんか足元にも及ばないくらい長い時間を生きている。
この切り株の上の比較的若い屋久杉だって私の年齢よりはるかに年上なんだ。
彼らは何も言わずにずっとここにいてゆっくりと年齢を重ねるんだね。
そんなことを考えていたら、『ロード・オブ・ザ・リング』に出てくる大きな木の精を思い出した。
今ここで洪水が起きたら、この屋久杉たちが抱き上げてくれそうだよねなんて友人と話した。

yakusima101702-4 仏陀杉という大きな屋久杉の足元まできたら、看板があった。
きちんと柵が設けてあるのに木の根元までみんなが踏み込んで写真を撮るために弱っているらしい。
確かにちょっと痛々しい。
そんな近くに寄ってしまったら、仏陀杉が大きすぎて何の木のそばで写真を取ったのか解らないのにね。

yakusima101702-5 あまりに快調に歩が進むので、いきおいあまって80分コースに足を踏み出しかけたのだけど、日暮れのことを考えて江ぐっと我慢したのだった。

かなり水の音は大きいのだけど、それがうるさいとはちっとも思わないのが不思議だ。
森の中ではそれが当たり前だとなんとなく思っているからかもしれない。
それから、自分たち以外にほとんど人がいないのも関係していたかもしれない。

翌日の白谷雲水峡よりもヤクスギランドのほうが屋久島っぽかったなあと思う。
できれば、ヤクスギランドの150分コースはいつか歩きに行きたい。

浮き足立っていた気分がヤクスギランドを一周する間に少し落ち着いたような気がした。
森の力ってすごいね。

yakusima101702-6 帰り道は友人の運転。
いつも旅先で会うので、二人で車に乗っていて片方が運転しているというのはとても妙な感じがするだろうなあと思っていたのだけど、これがまったく当たり前な感じだった。
帰り道に俵状溶岩という看板を見つけ、海岸に出てみた。
満ち潮だったようで水面がとても高く感じた。
普段瀬戸内海しか見てない私には、ちょっと怖さを感じるような海で、もぐってみたいなとはちょっと思えなかった。

そういえば、レンタカー会社の人が、戦争の名残の戦闘機などが沈んでいるダイビングポイントがあると言っていた。
そういうところをもぐるツアーもあるそうなので、いつかいてみたいなどとちょっと思った。

潮溜まりにきれいな黒い魚を発見、一応カメラに収めたけど、小さすぎてよく解らない^^;

yakusima101702-7 それから晩御飯はどうしようかと話ながら、ホテルに向けて走っている途中で、「大衆割烹 漁火」という看板を見かけた。
"大衆割烹"という言葉が気に入ったので、晩御飯はここに行こうということになった。

メニューを覗き込んで新鮮な魚介類を次々注文する。
お刺身の盛り合わせに鯖があり、これが生なのにみがひきしまってしこしこするんだな!
yakusima101702-8 瀬戸内海では生の鯖はやわらかいので、びっくりしてしまった。
それから、山芋をすって出汁(もしかしたら飛び魚だったかも)を混ぜててんぷらにしたものはふわふわなのにしっかりした食感がたまらなかった。
これは自宅でもやってみようと思う。
yakusima101702-9私が一番おいしいと思ったのは鯖のお茶漬け。
だしをかけていただくのだけど、このだしと鯖の味が程よく混ざった感じがとてもたまらなかった。
こんなものを食べてしまったら、今後お茶漬けの元なんかじゃ物足りなくなってしまうんじゃないかとちょっと不安になるくらいだ。

ホテルからはちょっと遠いので、友人が車を運転してくれることになり、せっかくだから私は屋久島の焼酎を飲むことにした。
ところが、1合というのが最小の単位で、そんな量は飲んだことがないので不安だったけど・・・これがとてもすっきりしていて飲みやすく、友人がいるという気安さもありあっという間に飲み干してしまったのさ〜♪

あとは・・・前日の二の舞^^;

明日は本格的に山登りだし、今夜は友人と話し込む予定だったのになあ・・・。
ほんと、お酒はほどほどにしないと・・・^;
なんだか最近酒飲みになっている気がするのだが・・・いや、気のせいじゃないのかも^^;
立派な酒飲みへの道は険しいね。

とにかく明日の登山を考えて水分をたくさん取ってはアルコール分解を促した屋久島の第1夜なのだった。

「雨が降っても」
WORDS & MUSIC BY 鈴木雄大、PLAY BY 天才トノサマBAND



2009年10月15日(木)
FRIENDLY

yakusima1017-1 さて、旅の続きを書こう。

酔いつぶれた翌日は、なにやらすっきり。
別段起きにくいこともなくさっさと出発の支度をしてチェックアウトをした。

フェリー乗り場までホテルからは10分程度ということだったので、方角だけをしっかり確かめてキャリーバックをごろごろ引きずって歩いた。
風は少し冷たかったけど、それがとても心地よく感じたのは、いよいよ屋久島へ行くのだと気持ちと体が高揚していたためかもしれないな。

ほんとに10分程度で港に到着。
もう一度フェリー乗り場の位置を看板で確認してからさらに進むと、想像していたよりも大きなフェリーが待ち構えていた。
往復切符を購入していよいよフェリーに乗り込むとき、目を上げると桜島がきれいだった。



yakusima1017-2 船に乗ったらすぐに船内を散策し、落ち着ける場所を探した。
進行方向の景色のよく見える位置にコーヒーラウンジがあり、自由に出入りしていいということだったのでここに落ち着こうとしたのだけど、結局途中で眠くなり二等客室でごろ寝した。
乗客は少なくて広い二等客室の1スペースに多くて3人程度の人口密度で、私が陣取ったところは一人だったので十分にくつろげた。
船内では1時間だけうどん屋が開店し、コンビニに寄り損ねた私も月見そばを食べた。
1時間だけなので、次から次へと人がやってくる。
この人たちはいったいどこから出てきたんだとひそかに思う私なのだった。

yakusima1017-3 フェリーはほとんど揺れることなく快調に海を渡り、4時間後に屋久島に到着した。
着岸15分前、私は船首方向の甲板で迫り来る屋久島を見ていた。
風は想像していたよりも生暖かく、寒いと思い込んでいた私はちょっとだけ出鼻をくじかれてしまった。
やがてフェリーは宮之浦港に着岸した。

フェリーの乗務員にお礼を言って、いよいよ上陸。
友人の飛行機は1時間後に到着だから、一足先に上陸だ。

港にはレンタカー会社の人が私の名前が書かれた看板を持って待っていてくれた。

車の中で、矢継ぎ早に質問する。
そこで仕入れた情報は、屋久島は亜熱帯だから結構湿気があって熱いということと、観光関係の仕事をしている人は8割くらいが外から来た人で、シーズン中だけやってくる人もいるということと、屋久島は死火山なので温泉は実は外から引っ張ってきている・・・などなど。

yakusima1017-4 その中で一番私の興味を引いたのは、船から少しだけ見えたコンクリート作りの建物だ。
なんでも建設が途中で中止になってしまった病院だそうで、ベッドやらはさみやらがそのままになっているそうだ。
レンタカー会社の人は子供のころ、お約束だが、その廃墟に入っては遊んだらしい。
"ちょっとしたきもだめしが味わえましたよ"
なんだか映画の撮影に使われそうですねと言うと、笑っていた。

この廃墟はホテルの部屋からもしっかりと見えた。

レンタカー会社で手続きをして、いざ、空港へ。

大阪からやってくる友人が来るまで、好きなところを見に行こうと考えていたのだけど、実際にはそんな時間はなかった。
空港までの移動と昼食の時間を考えるとしょうがない。
昼食は最初から空港のレストランでと考えていたので、早速移動。
寒いだろうと思って着込んでいた上着を脱いでしまう。
エアコンを止めて外の風をとも思ったのだか、あまりにも湿気が多いのでエアコンをつけたままにする。

どこまで走っても左側はずっと海が続いている。
瀬戸内海とは違って波が結構強い。
海の色が深く、なんだかわくわくしてくる。

ラジオの周波数は合わせ方が解らず、CDデッキも着いていない。
でも頭の中では勝手に音楽が流れているから、気にすることはなかった。

yakusima1017-5 到着した空港はこれまた想像していたよりも小さかった
おそらく私が今までに立ち寄った空港で今のところ一番小さいだろう。
飛行機の到着時間が迫っているせいか、エントランスには大勢人がいた。

取り急ぎレストランに行くと、それはレストランと言うよりもちょっと食堂っぽい感じ。
食券を買って注文するシステムになっている。
すぐ食べられるものがいいなと思い、屋久島そばを頼む。

yakusima1017-6 屋久島そばは日本そばなんだけど、だしがやさしくて甘かった。
飛び魚でだしがとってあるんだそうだ。
トッピングにはさばの燻製やさつま揚げも乗っている。
それと、飛び魚のから揚げもついていて充分おなかいっぱいになる。
移動中ちょっと道草をしてしまったので、到着時間が迫っていた。
友人が出てくるときにはカメラを構えて待ち構えていたかったので、少しあせって食べ終える。
お客待ちの旅行会社の人やレンタカー会社の人たちに混じって私も"歓迎○○さま"っていう旗でも作ればよかったかなあなどとくだらないことを考えてしまった。

yakusima1017-7 さあ、いよいよ友人がやってくる。
空港が小さいので飛行機の扉が開き、乗客が降りてくるところが丸見え。
彼らは、そのまま自動ドアをくぐってこちらにやってくる。

逆光で友人の表情までは見えなかったが、とりあえずカメラに収めた。
2ヶ月ぶりくらいの再会だ。

う〜ん、長い。
そんなわけで、閑話休題。
まだちっとも本題に入ってないなあ。



「FRIENDLY」
WORDS & MUSIC PLAY BY 浅井健一



2009年10月14日(水)
ルワンダ

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yakusima1016-2
旅に出てきた。
行き先は、屋久島である。
現地で友人と落ち合い、もののけ姫の森のモデルになったという森を散策に行こうという計画だ。

屋久島はほとんど雨と聞いていて、友人ともども雨と気温の心配ばかりしていたのだけど、これが信じられなくらいの快晴で、帰るころには日焼けで顔が赤く
しばらく旅の話を書きたいと思う。なってしまった。
いったい今は何月なんだ?

ではまずは、旅の始まりから。



屋久島上陸は、友人との数年来の約束で、なかなか実現できずにいた。今年こそは実現しようと何度か日程を調整して、やっと旅の日程が決まった。

友人とは、現地で落ち合う。
住んでいる地方が違うので、そうするのが都合をつけやすかった。
まあ、その友人とはいつもどこかの町のライブハウスで再会ということが多いので、こういう再会はいつものことなんだけど、今回は旅先で再会となるのでなかなかおつだなと私は楽しみにしていた。

私は財布事情と相談して、新幹線を乗り継ぎ鹿児島まで行き、フェリーで屋久島に上陸することにした。
いろいろ検討したのだけど、これが一番楽で安かったのである。
しかも、九州新幹線に乗れる機会なんてめったにない。
その上、船で屋久島に上陸なんてとても素敵ではないか。
私はたいていの乗り物が好きで、その中でも船は特に好きなのだ。
友人は関西の人なので、便のよい飛行機を乗り継いでやってくる。
私のほうが1時間ほど早く到着するので、レンタカーを駆って空港まで出迎えることになっていた。

さて、フェリーは朝8:30分に出発なのでどう計算しても前日に鹿児島入りしないと間に合わない。
それで私は前日に鹿児島入りをした。
出発の日の朝、JRチケットを確認していて大変なことに気がつく。
帰りの新幹線がフェリーの到着時間よりもかなり早い時間になっている。
なんでこんなことに!!
あたふたと時間の計算をしなおしてメモをする。
結局予定時間よりも少し遅く家を出る羽目になった。
それでも最寄り駅でチケットの変更をするくらいの時間はあり、滞りなくチケットの変更は終わった。
やれやれ。

yakusima1016-3
新幹線は、山陽新幹線から九州新幹線に乗り継ぐ。
山陽新幹線は終点の博多までだが、乗ったとたんに大爆睡してしまった。
博多に到着するとすぐに荷物片手にホームを移動、新八代駅で待つ新幹線つばめに接続する在来線特急列車のリレーつばめに飛び乗る。
新八代での乗り換えは3分。
これは目の前に新幹線つばめが待っているからである。
リレーつばめはとてもシックでかっこいい。
座席もなんだか特別な感じがして、乗務員もまるで飛行機のフライトアテンダントのように素敵だった。
列車に入り口に立っていて乗り込もうとする私たちに"いらっしゃいませ"と丁寧にお辞儀をする。
特急列車に乗ってこんな待遇は初めてでどきどきした。

約2時間の行程は持ってきた文庫本を読んですごした。
山陽新幹線でぐっすり寝たので眠気はない。
座席のすわり心地がよいので、読書するにはうってつけだった。
車内は少し薄暗くしてあり、LEDライトを必要に応じて手元に灯すことが出来た。

窓の外は普通にどこかの誰かが暮らしている日常の風景が通り過ぎてゆく。
その中をちょっと気取った特急列車が走りすぎる光景を遮断機の下りた踏切で学生が見上げていた。
それを見ている私はなんだか不思議な気分になった。

yakusima1016-4
そんなことをぼんやり考えたりしているうちに、リレーつばめは新八代駅に到着。
リレーつばめと新幹線つばめの座席指定は同じ番号の車両になるように配慮されていてとてもありがたかった。
列車を降りて目に入ってきたのは、車体に書かれた"つばめ"の文字。
墨で書いた文字のように真っ黒くはっきりと書かれている。
そのそばの入り口の前ではやはりアテンダントの人がにっこり笑って待っていた。
山陽新幹線では絶対にないよなあ・・・とちょっとうらやましくなってしまった。

車内に入ってびっくり。
座席の背もたれが全部木で出来ている。
そこにすわり心地のよいクッションがくっついているのだ。
車内の照明は和室のような暖かいオレンジがかった色で、なんとなく優しい気持ちになった。
足元はこれまたお風呂のようにタイルが敷き詰めてあった。
なんだかとても高級な感じである。
しかし、残念ながらつばめでの移動は1時間弱。せっかくだからもう少し乗っていたいなと思うくらいの時間だった。
いつか博多から直接つばめに乗り換える日が来るらしいが、いつになるやら。

鹿児島に向けて走り出すと、きれいだけどまぶしい夕日が直接窓から入ってくるようになった。
しょうがないので日よけを下ろそうとしてまたびっくり。
これまた竹で編んであって、程よく外の光を取り込んで景色も程よく見えるのだ。
なんとなんとこれはとても気分がいいじゃないか!
ここでも終点までを本を読んですごした。

電車やバス、船のいいところは、乗ってしまえば勝手に目的の場所まで連れて行ってくれるところだ。座席は私だけの宇宙と化す。
音楽を聴きながら窓の外を見て空想するもよし、ほんの世界に没頭するもよし、もちろん爆睡するのもよし。今回は、音楽よりも読書に没頭していたなあ。
何もしなくてよいので楽ちんなのである。

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そんなこんなであっというまに鹿児島到着なのだった。
ここまでかかった時間は、待ち時間を入れて4時間。
さて長いのか短いのか。

それから今度は市電に乗り換え、鹿児島屈指の繁華街である天文館通に移動する。
キャリーバッグに30Lくらいのデイパックを背負っているので、電車に乗ってすぐ後ろのほうへ座った。
ところが、次々人が乗ってくるので、これは降りられるかなあと不安になってしまった。
10分足らずの時間中ずっとそのことが気になってしまった。
幸い、ほとんどの人は天文館通で下車したので、私も問題なく降りることが出来た。

大きな荷物のときにはできるだけ電車の前に乗るほうがいいな・・・というのはちょっとした教訓になった。

翌日の移動を楽にするため、港に一番近いホテルを物色した結果、天文館通のほど近くに宿泊することになった。
夕方到着するように時間を調整してあったので、ホテルにチェックインした後財布と携帯電話くらいをぶら下げてアーケード外を冷やかして歩いた。

天文館通は、江戸時代に天文学や暦を研究する施設がたくさんあった場所だそうだ。
アーケード街の中に石碑が立っていた。
ざっと見渡してもそんな痕跡はほとんどなかったけどね。
とにかく人が多い。
お土産屋、飲食店がずらっと立ち並んでいるんだけど、どこかちょっと寂れた感じの商店街といった趣もある。
ああ、観光地に来たなあとなんとなく思う。

ホテルを出る前に駅の観光案内で貰った無料のガイドブックでいくつかの飲食店にめぼしをつけていたので、それらの店を探して歩く。
今回は絶対に黒豚のしゃぶしゃぶを食べるのだ〜と意気込んでいたのだけど、どのお店もコースの料金は手ごろでもしゃぶしゃぶは別料金というところがほとんど。
なんだか探して歩くのも疲れてきたそのとき、なんとなく目に飛び込んだ居酒屋でしゃぶしゃぶを含んだ手ごろなコースを発見した。
こりゃいいやと意気込んで入り口をくぐったはいいが、とてもおしゃれな居酒屋だったのでちょっと気後れしてしまった。

この後料理を堪能したのはいうまでもない。
食いしん坊の私でもおなかいっぱいになるほどの量だった。
前菜から始まっておさしみ、さつま揚げ、角煮、しゃぶしゃぶ・・・その時点でかなりおなかが重くなっていたのだけど、その後今度はなんと黒豚のとんかつ!
それでもおいしいのでぺろりと平らげる。
そしたさらにお茶漬け・・・締めは鹿児島名物の白くま。
その間、この時期しか作られていなくて、鹿児島にしかないという紅芋で作られた"流川"という芋焼酎とお約束の"魔王"をロックでいただいた。
なんだか気分がふわふわして、ニコニコしながら会計をした・・・ような気がする。
お店の人はあほな客だなあと思ったかな^^;

帰りはちょっと千鳥足になってしまい、ホテルまで一生懸命帰った^^;
さらにホテルではしこたま水やはちみつレモンを飲んで、ベッドの上でうんうんうなる羽目となる。
一人のときはあんまり飲んじゃいけませんね〜(自戒の念をこめる)
これで明日大丈夫なのか・・・とチラッと思う私なのだった。

料理についてはお店の方のご好意で撮影することが出来たので、アルバムとしてアップします。
興味のある方はそちらをごらんあれ。

そんなこんなで比較的ゆるく屋久島上陸前日は過ぎて行ったのであった。

「Luwanda」
MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY SHERBET



2009年10月13日(火)
シェルブールの雨傘

昨日、どうしても聴きたい音楽があったのでCD屋をはしごした。
イメージしたものはなかったんだけど、CD屋に在庫はないだろうと思っていたすごいものを発見した。
やっぱり、今必要なものって目の前に現れるのかなと改めて思った。

探していたのは、フランス映画『シェルブールの雨傘』のメインテーマを演奏したもので、すごいものというのは、その音楽の生みの親であるミシェル・ルグランという人が、自分でピアノ演奏している音源だ。
いや〜探してみるものである!

上司から借りたDVDを3連休中に見て、この映画にはまってしまった私なのである。



最近単身赴任してきた上司が、かなりの映画好きであることが、とある歓送迎会で判明した。
わいわい話をしていた同僚たちを置き去りにして、上司と私は古い映画の話で盛り上がってしまった。
DVDをたくさん所蔵しているそうで、"よし!貸してあげよう"と、上司は酔っ払い上機嫌で私に言った。
盛り上がったお酒の席での話だったので、私はぜんぜん期待していなかったんだけどね。

ところが、この上司は自分の好きな映画を人に勧めたくてしょうがない性質の人だった。
次々にDVDを持ってきてはみんなに貸して下さるのだ。
その中の1本が『シェルブールの雨傘』だった。

「シェルブールの雨傘」の有名なメインテーマは、私が小学生の頃から聴いている大好きな曲のひとつ。
1曲丸ごと口ずさめてしまうくらいだ。

昔、NHKで年に2回くらい2時間特番で映画音楽大全集と銘打った音楽番組を放送していた時期があり、私の家では家族全員でその番組をよく見ていた。
私の母が映画好きだったからだろう。
毎回ベスト10を決めて、それに沿ってオーケストラが有名な映画音楽を演奏する。
演奏中はその曲が使われた映画のスチール写真が何枚か写され、音楽がどんな場面で使われていたのかをいろいろ想像したものだ。

それとは別に、子供の頃、両親が買い与えてくれたミュージックテープでクロード・チアリさんの映画音楽を集めた作品集があり、それをよく聴いていた。
クロード・チアリさんはムードギターの大家だ。
彼がクラシック・ギターで紡ぐギターの音は、その後の私の音楽の好みに多大な影響を与えている。

ミュージックテープとNHKの番組、どちらが先だったか記憶が定かではないけど、とにかくそんなわけで、子供の頃から映画音楽をしこたま聴き続けてきたため、クラシックといわれる古い映画については、曲を聞いて映画タイトルを言える作品がいくつかある。

でも、その中で実際に映画本編を見たものというのはほとんどなかった。
レンタルビデオはおろか、ビデオデッキだってまだ家庭にはない時代で、映画というと映画館で見るものだったし、そういう時代が来ても、見るものはそのときの最新作品のほうが多くて、忘れてしまっているのだ。

NHKの特番でいろんなスチール写真を見ていたせいだろう、お気に入りの映画音楽の中には見た気になってしまったものもある。
『シェルブールの雨傘』もそのひとつだった。

『シェルブールの雨傘』はミュージカル映画だった。
見るまでそれも知らなかった!
ミュージカルと言っても、セリフが途中で歌に変わっちゃったり、登場人物が突然踊りだしたりというような事は一切ない。
セリフが全部歌なんだ!
物語は割とよくあるメロドラマで、特に感動するというような感じでもない。
全体的に大いに盛り上がるというシーンもない。
でも、ラストシーンでものすごく苦くて甘い切ない思いが生まれる・・・そんな映画。

メインテーマは、物語の中盤に主人公の男女が別れを惜しんでやり取りをするシーンで歌われるものだった。
それほど劇的なシーンじゃないけれど、ラストシーンの後、なぜか2人が見つめあいささやくように歌うその場面が思い出される。

フランス映画はフランス語の音があまり好きじゃないので好んで見ていないんだけど、この映画はフランス語だから出来たミュージカルだなと思う。
とてもよく練って作られた作品だ。
場面場面での色彩は、見ている人の感情を揺さぶるように配置されている。
歌はもちろん吹き替えだけど、それに合わせて役者が自然に動いて演技しているのはほんとうにすごい。
きっと、綿密にリハーサルを繰り返したんだろうなとうかがわせる。
ちょっとしたことがいちいちおしゃれで、卒がない。

音楽からイメージされるような劇的なシーンはどこにもなく、男女のすれ違いを淡々と追っている・・・物語はそんな端的な言い方で片付けられてしまう。そこだけ取り出すとものすごく現実的で生々しい。
だけど、そんなある意味陳腐な話のセリフを全部歌にしてしまい、音楽によって小川がゆっくりと低いほうへ流れるように映画自体の流れを作ってしまったところがとても面白い作品だと思う。

そして、今日も私の頭の中では"あの場面”で2人が歌う「シェルブールの雨傘」とクロード・チアリさんの演奏するその曲がごちゃ混ぜになって流れ続けてる。
昨夜はミシェル・ルグランさんのピアノ演奏まで加わって・・・アタマの中はすごいことになっている!

「シェルブールの雨傘」はYouTube検索するとたくさん映像や音源がアップされている。
その中にはコラムの中で書いた"あの場面"もあるので、お暇な方は探してみてくださいな。

いえいえ、その前に映画本編をぜひ見てください^^



「Les Parapluies de Cherbourg」
MUSIC & PLAY BY Michel Legrand



2009年10月12日(月)
ボーダーラインを歩け

今週末、今年一番のイベントが控えているにもかかわらず、どうもいろいろ調子が上がらずもがいていた。
"またか"と思いつつ、今回もまたそうなってしまったきっかけは解らずじまいではあるけれど、そこから浮き上がるきっかけについてはなんとなく感じるものがあった。
まあ、そういう意味では収穫あり・・・だな。



私には、毎日をこう過ごせる自分でありたいなと思い描いている目標がある。
その最たるものがどんなときでも平常心でいる事なんだけど、それはきっとそういう状態のときが一番安心感があって、ちょっとシアワセな気分でいられるんじゃないかと想像しているからなのだ。
それで、心と体が常にリラックスしていないとそういう境地に立つのは難しいなといろいろな場面で思い、日々いろんなことをやっている。

私はあまり、自分の体を大切にしてこなかったので、いろんなところが実はぼろぼろだったりする。
腰痛もちで調べたら椎間板ヘルニアが判明し、そのうえそれが原因の坐骨神経痛を発症していたり、その腰の辺りの背骨には背骨が傷ついて治癒した形跡もある。原因は太りすぎ。
右肩の腕とのちょうつがい部分は、関節の骨が傷ついた形跡があり、骨と骨が当たる部分に骨が傷ついて石灰分が流れ出た形跡と、その石灰分が固まって釘のようにちょうつがい部分に突き出ているところがある。
そのため、私は右手を体にそって頭の上にあげるとその石灰分が刺さっていたい。
手術すれば取れるそうだが、そんな手術はプロのスポーツ選手しかしないそうだ。
痛いので、何もしないでほっておいたら今度は五十肩である。

整形外科に行く度、言われたのは"とにかく痩せてください"だった。

指圧や整体に通っていたこともあるけれど、結局は自分で体を楽にしてやらないとそういうこともぜんぜん意味がないんだなという結論に達した。

それで、スポーツクラブ通いが始まった。
そこでもいろいろ試行錯誤があって、たどり着いたのは、とにかく体をやわらかくしたほうがいいということ。
指圧にしても整体にしても他人の力に頼ってほぐしてもらうので、自分はなんら変化しない。
もちろん、体は気持ちよくなるんだけど、気持ちのほうが前のままなので、体は元の木阿弥になってしまう。

やっぱり自分の力で体の痛みは取るべきだなという思いが強くなった。

そして、現在、ヨガまでたどり着いた。
ヨガは体はもちろん、その状態を左右する心についても連動させるものなので、私にとっては究極の癒しになるに違いないと意気込んではじめた。
もちろん最初は、とにかく体が楽になるように(ついでに痩せればなおいい)と思いながらやっていた。
ここ数週間、とにかくヨガもあんまりよくない。
あんまり私がもがいているので、体がぜんぜんついてこなくなった。
インストラクターの方もついに見かねて、とうとうカウンセリングをしてくださった。
時間外・・・ありがたいことである。

インストラクターの方は、私の生活を知っているわけではないけど、毎週私の体の変化を見ている人なので、私自身が停滞していることを見抜いていて、その原因を一緒に考えてみようといってくれた。
そこで出てきた問題点は、食事を制限しすぎて体が疲れ、甘いものをたくさんとりすぎていること。
ただし、そうなる原因がどこかにあるはずなので、それについては自分で探るしかないですねということだった。
話している途中で、はっとすることが何度も起こった。
インストラクターが話してくれていることは、以前自分でもそう考えていたことだったんだよね。
そう、実はすでにそういう風に考えて行動していたのにそのことをすっかり忘れて停滞してしまっていた。
目からうろこだった。

インストラクターからのカウンセリングを受けている最中、頭の中で流れ始めたのは鈴木雄大さんの「ボーダーラインを歩け」だ。
これはとても不思議な感覚なんだけど、なんかちょっと"降りて来た"ような感じ。
もうずっと聴いてきてよく知っている曲なのに、今、やっとたどり着いた感じ。
インストラクターにはもちろん聴こえてないけど、雄大さんの声が頭の中で歌ってる。

そこからは、つき物が落ちたように思考が180度変化し、なんとか平常心でいられる自分を目指そうという気持ちが戻ってきた。

ここ数週間というのは、とにかく自分を取り巻く周りのことが気になってしょうがなかった。
他の人と比較をしてすねてみたり、悔やんだり落ち込んだり・・・でも、本当の敵は自分自身だったことを思い出す。

そして、そういう変化が訪れたときの自分の癖にひとつ気がついた。
意識に変化が訪れると、私は溜め込んでいる書籍の整理をするようだ。
昨日まで執着していた本を突然必要ないと感じる。
何度も何度も読み返した本だけど、ある日突然いらないと感じる。
今日は39冊の本を里子に出した。
他の誰かの気持ちに届けばいいなと願いながら、代金を受け取った^^;

まだ少し、本調子ではないけれど、この週末の大イベントでまた何か変化が訪れればいいなと思っている。



「ボーダーラインを歩け」
WORDS & MUSIC BY 鈴木雄大、PLAY BY 鈴木雄大USB(鈴木雄大、吉池千秋、木村万作)



2009年10月04日(日)
ニュース

昨日も今日もいいお天気。
話が前後するけれど、昨日の昼間は父の弟に当たる叔父が来ていて、父と2人で自家製味噌作りに精を出していた。
何にもしないでお味噌を食べてるのもなんだかなと思ったので今年は少しだけ顔を出し、ほんのちょっとだけ手伝いをした。



我が家では、昔から味噌の仕込みと梅干しの仕込みは男性の仕事で、秋の今頃は味噌を仕込む時期だった。
今は庭にある小屋でやっているけれど、子供のころは、毎年、秋になると家の中に麹の匂いが充満していたものだ。
麦を蒸したものに麹の種をまき、時間と温度を調節して麹の花を咲かせる。
この花の咲き具合によって、その年の味噌の味が左右されるほどの大切な工程だ。
1日半ほどかけて花を咲かせる。
うまく咲かなければ、毛布をかぶせて温度を上げ、早く咲きそうなら扇風機をかけて温度を下げる。
麦全体にきれいに花が咲くように混ぜる作業もしなくちゃならない。
麹を仕込んだ日の夜は、大きななべに水を張って大豆をかしておく。
翌日は朝からやわらかく大豆を煮込んで、きれいに花を咲かせた麦麹と合わせるのだ。

miso02 私が起きて2人が作業をしているところへ顔を出したときは、その作業の真っ最中。
御影石をくりぬいただけの昔ながらの石臼に叔父が杵を振り下ろしていた。
小学生のころは、まだこの石臼で餅つきをしていた。
親戚が10人以上集まってみんなで餅を揉んだ。
真っ白い粉にまみれて汗を流しながら揉んだお餅のおいしかったことを思い出す。
この日は、叔父とそんな思い出話などもしながら、気がついたら作業に参加していた。

味噌は麹の発酵によって味が決まる。
究極の自然食品だよねえ・・・なんてことを感心しながら私も麹を石臼に入れる作業をやっていた。

これから何日か置いてから、それぞれ親戚の家に味噌は送られていく。
小分けにして、日ごろお世話になっている父母の友人などにも配られる。
父と叔父が作る味噌は結構人気がある。

もちろん私も大好きだ^^

「News」
WORDS & MUSIC & PLAY BY 鈴木雄大



2009年10月03日(土)
太陽の匂い

車飛ばしていつもの街へ〜♪
行って来ました。半年ぶりのUSBライブ。

3月と比べて私自身が落ち着いた気持ちでライブを楽しめたみたい。
久しぶりに一人で車を走らせて広島の繁華街まで行ってちょっと緊張感があったのかもしれない。
行きの高速道路では、遅れちゃうよ〜と気があせっていたけどね^^;



今夜は広島で雄大さんのライブといえば、いつも集まってくる旧友たちとの再会や3月岡山ネスホールでのライブでいろいろお世話になった素敵な雄大ファンの方との再会もあって、ライブ以外でもいろいろ楽しいことがあった。
みんなでこのライブを楽しめたことはうれしさ倍増だった。

そんな気分も手伝って、ライブが始まる前からなんとなく高揚していたわけなんだけど、登場したUSBの面々もなにやらうれしげで、ますます私も心拍数が上がっていった。
今回はステージに向かって左側の背の高いテーブルで、同席した友人の好意でまっすぐステージに向かって座る席に座らせてもらった。これは非常に助かった。本当に感謝である。

そのおかげでステージ左側にあるアップライトの鍵盤が良く見えて、ピアノマン鈴木雄大を十分堪能させてもらった。
きれいな長い指が白と黒の鍵盤の上をときにやさしく、時に激しくたたいたりなぞったり。
気分が盛り上がってくると、雄大さんは鍵盤を叩くように弾いちゃうことに今日は気がついた。
それを見ていると私の気持ちまで盛り上がっていく。
3月に同じピアノでの演奏を聴いたはずなのに、今日のピアノはまるで違うピアノの音に聴こえた。

USBのアンサンブルは、ものすごく私のつぼにはまる。
木村万作さんのドラムスと吉池千秋さんのベースが絶妙なコンビネーションで、リズムのタイム感がものすごく私好みなのだ。
彼らのリズムに雄大さんのきらきら光るピアノの音が乗って飛び跳ねてる・・・そんな感じ。
楽器3つと3人の歌だけで構成されているUSBのサウンドはシンプルだけど、よく聴いているといろんなおかずがたくさん入っていてとても楽しい。
演奏される曲は、もともと雄大さんのオリジナルの曲で、USBとは違うサウンドのものを長く聴いていたけれど、それを全部忘れちゃうくらい私はUSBの音が好きです。
今日のUSBは3月に聴いたものともどこか違う。
たとえば「君のシアワセ」の頭のコーラスとか、「Sometihng Never Change」のイントロの千秋さんのベースラインとか・・・。今具体的に思い出せるのはこれだけだけど。
流れに任せて聴きいっていると、聴きなれないドラムスのリズムがさりげなく入ってきたり、ピアノがものすごく音数弾いていたり、ベースがちょっとリズムを変えたり・・・・いちいちわくわくさせられちゃった。
メンバーは本当に楽しそうで、その気持ちが反映していたんだろうなあ。
客席の雰囲気もとてもよくって・・・(よい気分になりすぎていたおじさんもいてちょっとびっくりしたけど。)みんなで大合唱も繰り広げられた。

USBの音がね。
体中に沁み込んで、えもいわれぬシアワセな気持ちだった。
千秋さんが今日のこのライブで楽しかったっていう記憶が、明日からの生活の中で何かつらいことがあったときに希望になったらうれしいなとつぶやくように話していた。
もちろんそうなるに決まってる!
すでに帰り道、一人で高速道路のICまでたどり着けるか不安だった私を勇気付けてくれましたからね^^

そうそう、帰り道は手に入れたばかりのUSBのアルバム『君のシアワセ』を大音量でかけて、80キロ巡行で高速道路を爆走しましたとさ^^

鈴木雄大さん、木村万作さん、吉池千秋さん、そして今夜ライブを一緒に楽しんだ皆さん、楽しい時間をありがとう!
また一緒に歌いたいですね^^
ではまた、半年後にJIVEで♪(なんてね^^;)

・・・今夜はこれが限界です^^;

jive02

>セットリスト<
1.君のシアワセ
2.あの日のままで
3.Sometihng Never Change
4.ボーダーラインを歩け
5.雨上がりの駅で
6.Starshine
7.Only One
8.Just Your Life
9.New World
10.白日夢の街
11.静かな戦い
12.太陽の匂い
---アンコール---
13.飛び方を忘れた小さな鳥
14.YOU CAN MAKE ME HUSTLE

ライブ終了後のメンバー♪
(撮影はPさん・・・私のはちょっと画像が暗かったので^^;)
雄大さんからOKいただきました。
左から、(Dr)木村万作さん、(B)吉池千秋さん、(Vo、P、G)鈴木雄大さん

jive03



2009.10.03(SAT)『鈴木雄大USB USBツアー2009「きみのシアワセ」1stアルバムリリース記念ライブツアー』(at 広島JIVE)
「太陽の匂い」
WORDS & MUSIC BY 鈴木雄大、PLAY BY USB(鈴木雄大、吉池千秋、木村万作)



2009年10月02日(金)
はかない命

音楽に出会わなかったら、今の私はここにいない。
今日またそう思った。



音楽って、何気なくあっちこっちで流れている。
耳はいつでも外に向かって開いている器官なので、音楽に限らずいろんな音がとめどなく脳には届いている。
意識している範囲では自分に興味がない音は聴こえてないような気がするけど、実は脳には絶えず音が届いていて、めまぐるしく反応している。
とめどなく流れ込んでいる音を脳は無意識下でとんでもない力を発揮して識別していると思われる。
でも、やっぱりそんな脳の働きを左右するのは、自分の心なんだ。
自分の心が欲しているものを脳は感知して識別していると思う。

今、自分が大好きな音楽はそんな道のりを経て意識することが出来るようになり、自分で選んで聴く音になった。
いつの間にか、イントロのギターの音だけで瞬時にその音を識別できるようにもなってゆく。

そういうふうに私が選んできた音楽。
今自分に必要な音楽は、たいていは蓄積された音楽の中のいくつかが心の中から表に出てくる。
大好きな音楽人から届けられる新しい音は、不思議なくらいすっと体の中にしみこんでくるような感覚がある。
なんら拒絶反応も見せず体の中に沁みて、やがて心の中まで届く。
そのときの気持ちをきっと幸せな気持ちというんじゃないかとこの頃思う。
体中にその音楽が沁みて、私を癒してくれるような気分なんだ。
素直にその音楽が大好きだと言ってしまう。

日々の生活で縮こまってしまった体と心にすっかり沁み込んで、やがて心の奥に隠れてしまっているものを自分で思い出せるように心の奥まで届く。
音楽はただ流れているだけで、私をどうこうしようとは決してしない。
流れる音のかたまりが体を通り過ぎるとき、きっと何かの化学反応が起こっているんだね。

たくさんの音の中から、その音楽にめぐり合えたのはどんな作用なんだろう。
それを偶然と呼ぶのか、運命と呼ぶのか・・・そんなことはたいした問題じゃないけどね。

そんな風に感じる音楽を私はたくさん持っている。
自分ではどうやっても動かせなかった心を今日、新しく届いた音楽が動かした。
それは思わず涙が落っこちそうになるほど、幸せな気持ちだったんだ。

だから改めて思った。
音楽に出会わなかったら、今の私はここにいない。

あしたは、どんな音楽が届くんだろう。



「はかない命」
WORDS & MUSIC PLAY BY 浅井健一