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セキララな思考。
安井 文
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2009年02月18日(水)
リーベスリード〜愛の悲しみ

ちょっとばかり金欠なので、10数年ぶりにレンタルCDというものを物色する。
最初、ご機嫌でにぎやかな音楽を物色していたのだけど、ふと目に留まってしまい、借りてしまった・・・のが運のツキ。
山中千尋さんのピアノにすっかり魅了されている今日この頃。



とある場所で耳にした彼女のピアノがとても印象に残って、そのアルバムを手にしてからまだ2ヶ月もたってないんだけど、すでに3枚のアルバムを聴いた。
私の気持ちをくすぐったり、慰めてくれたり、あおってくれたりするこのピアノを弾いているのはどんな人なのかな・・・と例によって気になり始めた。
ちょっと調べたら、ジャズ賞(そういうものがあること自体今回はじめて知ったんだけど)を受賞するくらいメジャーなピアニストだった!

彼女のアルバムには、彼女自身がリスペクトするミュージシャンや作曲家の曲をカバーしたものが多いみたい。
実際、原曲を知っているとびっくりするくらいアレンジしてある。
だけど、不思議に原曲の匂いは残っていて、そこに強く惹かれたりするんだな。
一番最初に聴いた『マドリガル』では「スクール・デイズ」というタイトルで、「学生時代」がカバーされている。
最初ぜんぜん分からなくて、最後にネタばらし的な部分があるので、そこでやって"あ、そうか〜!"と気がついたときには、心底やられた感じがしたけど、すごくうれしかった。
それで、すぐ彼女のアルバムを探したんだ。
今、はまっているアルバムは『ラッハ・ドッホ・マール 』というタイトルで、メジャーレーベル移籍第2弾だそうだ。
このタイトルはドイツ語で"とにかく笑おう"という意味だそうで、なるほど、とてもご機嫌になれる一枚。
その中で一番気に入ったのが「リーベスリード〜愛の悲しみ」
アップテンポ気味な曲の中でちょっとペースダウンしてみる?というような落ち着いた雰囲気の曲。
だけど、途中から徐々に気持ちが高揚しちゃう感じ。
一番最後は、ギタリストがカッティングしているみたいなスパニッシュなリズムの連打になる。
そしてぱたっと消えちゃう。
なんか知らんが、ものすごくドラマチックなのだ。

またもやなんだか聴いたことあるんだけどな〜という感じの曲で、気になったので調べてみたら・・・。
クラシックの曲だった。
原曲はバイオリニストで作曲家のフリッツ・クライスラーという人のものだった。
Amazonでこの方が弾いている「愛の悲しみ」を視聴することが出来た。
いや〜、やっぱり、すごい・・・山中千尋。
どんなところで耳にしたのかは思い出せなかったけど、確かに聴いた事がある。
誰でもそうだと思う。
彼女のおかげで、知識欲のほうも刺激されて、気に入った曲の原曲探しをしては楽しんでいる。

誰だったか、なぜジャズがすきなのか聴かれて"目の前で音楽が生まれる瞬間を見ることが出来るから"と答えているのを読んだことがある。
山中千尋さんのアルバムを聴いていると、その気持ちがよく分かる気がする。

ジャズは、カバーして演奏するということは良くあるみたいで、それだけ自由度が高い音楽なのかなと・・・新たな世界にちょっとだけ足を踏み入れつつある今日この頃。
いや、今年もまた楽しみが一つ増えそうだな。

山中千尋さんの公式サイト
chihiro web 



フリッツ・クライスラー自身が演奏する「愛の悲しみ」を視聴できるよ。





「リーベスリード〜愛の悲しみ」
MUSIC BY Fritz Kreisler、PLAY BY 山中千尋(p)Larry Grenadier(b)Jeff Ballard(ds)



2009年02月15日(日)
善き人のためのソナタ


日曜日、映画を1本。
レンタルDVDで。

前の席の同僚が、良かったよと言うので。



ドイツ人監督の作品とは相性がいいみたいだ。
あまりに観念的なものはちょっと分からないけど、"人間"が描かれている作品は、どこかしら共感するところがあるのかもしれないな。

この作品は、2007年にアカデミー賞の外国作品性にノミネートされた作品だそうだ。
そんなことはまったく知らなかった。

落ち着いた色彩と静かに進んでゆく物語に最初から釘付けになってしまった。
カメラワークもほとんど動きがないし、結構ロングで引いて撮影していて、建造物の大きさがなんか際立って見えるような気がした。
そのくせ、人の通りは少ないんだよね。
ちょっと黄色い色がかけてあって古ぼけた印象をもたらしていたと思う。
ああいう色調って私の波長に合うんだろうな、とてもきれいに見えた。

劇中、たくさんの音楽が流れている。
それこそ、アシッドジャズのようなものから、ロックまで。
共産圏でそんなもの聴けるのか・・・とものすごく少ない情報しか持たない私はちょっと面食らってしまった。

最初、主人公に嫌悪感を感じた。
学生に向かって、尋問の仕方を講義しているのだけど、その内容があまりにもえげつないので。
しかも、講義終了後に登場する同級生の口ぶりから彼が結構上役であることも伺えた。

冷徹に仕事をこなす人物。
彼が所属しているシュタージというものを初めて知った。
物語が進むと、主人公は非常に真面目で自分の仕事にほこりを持っていることが伺えて来る。
対して同級生は、権力志向で、主人公のことも自分の出世に利用しようとしている。
主人公にはそんな欲望はつゆほどもないような感じなので、なんとなく彼に好感を持ってしまう。

彼はとある劇作家とその恋人である女優の生活を盗聴することになる。
先に彼らの舞台を見た彼は、おそらく舞台上の女優に惹かれたんだろうな。
恋人たちのやり取りは、ただ仕事をこなすだけの彼の心に微妙な変化をもたらしてしまう。

後に自殺する演出家から誕生日プレゼントとしてもらった『善き人のためのソナタ』の楽譜。
劇作家はその曲をピアノで弾きながらその表紙に演出家が書いた言葉をつぶやく。

"この曲を聴いた者は、・・・本気で聴いた者は、悪人になれない"

主人公はこの言葉を聴いた瞬間、魔法にかかったのかもしれない。

そこから先は、微妙にはらはらし通し。
主人公は無表情に同級生に嘘を突き通そうとする。
劇作家と女優を守るために。
でもまあ、同級生は多分、途中で気がついていただろうけど。
主人公も自分のしていることが、人生を左右することだと分かっていただろうけど。

人生を左右する一瞬に彼は出くわした。
すべての事柄が終わり、彼は、約束されていた地位から急転落するけれど、後悔はしなかったのかもしれない。

そして、ベルリンの壁が崩壊し、劇作家は主人公の存在を知る。
彼はそばまで行きながら声をかけられなかった。
何を言えばいいのか分からなかったのかもしれない。

ラストシーン。
ここに書こうとしたんだけど。
とても素敵なのでぜひ映画を見て欲しいので書かないことにする。

何でか分からないけど。
ベルリンの壁が崩壊してから後、涙が止まらなかった。

主人公は劇作家と女優を愛していたんだと思うんだよね。
それは私が大好きなミュージシャンたちに向ける愛と似ているんじゃないかって思う。
この映画のラストシーンは、まさに私が思い描く理想的な芸術家とそのファンの姿のように感じた。

最初から最後まで、主人公の表情はあまり変わらない。
そのせいだろうか、一番最後に見せるほんの少しの誇らしげな笑顔がいっそう目に焼きついてしまった。

「善き人のためのソナタ」
MUSIC BY Gabriel Yared



2009年02月12日(木)
ダンシング・クイーン

2本目は・・・当然このタイトルしかないわけで。
『マンマ・ミーア!』でござるよ〜。

いや〜、さんざッぱら泣かされた後に見るにはうってつけだった。



何がすごいって、この映画。
メリル・ストリープが歌って踊ってる!
ピアース・ブロスナンが歌って踊ってる!!
さら〜に!
コリン・ファースが歌って踊ってる〜!!!!!

オリジナルのミュージカルは、見たことがなく、『マンマ・ミーア!』って聞いたことあるけど〜?という程度。
劇中で流れるアバのナンバーはどれも聞き覚えがあるくらいポピュラーなものばかり。

物語は説明するのが野暮なほど単純で、分かりやすい^^;
始まってすぐに最後どうなるか想像できちゃった。

でもまあ、ほんっとみんな四六時中歌って踊ってる映画なので、それを見ているだけで楽しい気分になる。
メリル・ストリープがとにかく楽しそうで、私もあんなおばさんになりたいなあとおもってしまった。

しかし、コリン・ファースがキンキンギラギラの衣装を着て、「サタデー・ナイトフィーバー」みたいな踊りを踊っている姿はかなり衝撃的だった^^;
それに、男性3人並べるとどう見たってコリン・ファースだけがかなり若いのが分かるから、なんか変な感じ。
その上、コリンのオチが・・・ま、まさか〜という感じで・・・^^;

でも、単純に面白かったッス。
音楽とダンスは楽しんだもの勝ち〜♪ってぇのは、世界共通だね^^

私はターニャが大好き^^



「Dancing Queen」
WORDS & MUSIC BY Benny Andersson、Stig Andersson、Bjo"rn Ulvaeus PLAY BY ドナ&ダイナモス



2009年02月11日(水)
アヴェ・マリア

祭日の今日、運良く映画館の女性デーだったので映画館へ。
どえらい人の山で、10分前に到着したのに席についたときにはすでに映画が始まっている始末。
遅く行った私も悪いけど、せめて開演時間ごとに列を作るとか・・・何か対策を立てて欲しいよ。

今日は2本。
まずは、上映していた時期に見逃してしまった『おくりびと』



素直に世界のいろんなところで評価されたのがうれしいなと思える作品だった。
この映画は、とてもバランスのいい話だと感じた。

人の人生は。
美しくもあり醜くもある。
楽しくもあり苦しくもある。
明るくもあり暗くもある。
正しいことだけでなく間違っていることもある。

どんな事柄も表裏一体の事柄で、本人自身だけでなくその人を見ている人にも、どちらの面が見えているか分からない。
そのすべての事柄の先に、人は誰でも死ぬという事実が待っている。
たいていの人はその瞬間を想像すらしたことないかもしれない。
この映画にはいろんな死が表現されていて、美しいものもあれば、醜くつらいものもある。
でも、日本では、死んでしまうとその人が生きていたときのことは何でもチャラになる・・・ということをこの映画を見ていて思い出した。

主人公は、ひょんなことから納棺師という仕事について、その仕事をやることを当たり前のこととして受け入れるようになる。
彼の妻も友人もみんな眉をひそめて仕事をやめるように言う。
それぞれの人が何故やめて欲しいのかその理由は、映画の中では出てこない。
ただ。
仕事に行った先では、まるで、何か罪をしたからこの仕事をしているように言われ、妻には汚らわしいからさわらないで、と言われてしまう。

見ていてとても不思議な気分だった。
見ている私には、彼の仕事は清らかで、意味のあるものに映るので、周りの人間の無理解に歯噛みしてしまうのだ。
人は誰でもいずれ死ぬし、毎日何らかの死にかかわっているのに、どうして誰かの死の始末をすることを忌み嫌うのだろう。

だけど。・・・当事者になったとき、自分はどう感じるんだろうね。

肉や魚を食べることは、その生き物の死にかかわっていることだと主人公の勤める会社の社長は主人公に言う。
その後で、焼いた白子を口にして・・・・"うまいんだこれが、やっかいなことにね。"と呟く。
そう、動物はどんな生き物だって他者の死と無関係ではない。

納棺師が静かに死者の体を清め、旅立ちの支度をする間、家族は一様にその行為を静かに見つめている。
この映画のように丁寧な旅支度をしてくれる納棺師が本当にいるのかどうかはちょっと分からないけど、でも、あんなふうに家族が丁寧に扱われているところを見れば、どんな人だって亡くなったその人自身を静かに見つめる時間を持てるだろうな。
もしかしたら、その人の人生で一番家族から愛のまなざしを向けられる瞬間かもしれない。

"今まで夢だと思っていたものは、夢ではなかったのだ。"

5歳の頃からチェロを弾き始め、ようやくオーケストラの団員になったとたんその楽団が解散になり、主人公は職を失う。
やっと夢がかなったので、彼は家1軒買えるほどの値段のチェロをローンで買ったばかりだった。
妻は次を探せばいいというが、彼は、首を横にフリ、田舎である山形へ帰ろうかなとつぶやく。
妻はその話に賛成してくれる。
山形へ帰れば、2年前に他界した母の残してくれた家があるのだ。
そして、彼は高価なチェロを売りに出す。
手放すとき、彼は不思議に重荷を下ろしたような気分になるのだ。
そして、上記の独白に続き、納棺師の仕事とも知らずに会社面接に出かけてゆく。

納棺師の仕事を始めてしばらくすると、彼はまたチェロを弾き始める。
音楽が彼のところに戻ってきたのだ。

主人公の心の変化は、いつか私が体験したものに良く似ていて、いちいち彼の独白にははっとさせられるものがあった。
もしかしたら、誰でも感じることなのかもしれないな。



「Ave Maria」
MUSIC BY Johann Sebastian Bach、PLAY BY 小林大悟



2009年02月10日(火)
ACT SHOW

高校2・3年生の時、ブラスバンドでトランペットを吹いていた。
同級生でものすごくかっこいいトランペット吹きがいて彼と一緒に吹いてみたいと思ったのがその理由。



彼はブラスバンドが盛んな別の高校へ行くと思っていたら、なんと、初心者しかいないブラスバンド部しかない私と同じ高校へ進学してきた。
1年のときは躊躇したけれど、2年になったときとうとう我慢し切れず、ブラスバンド部へ入部した。
憧れの同級生に基礎からトランペットを習うことになり、毎日うれしいやら緊張するやら・・・今考えるとかなり幸福な時間を持っていたよなあ。
中学生のとき、彼のトランペット(正確にはフリューゲルホーン)をはじめて聴いてその音に惚れてから、面識のない彼のところへ行ってどんな音楽を聴いているのかとしつこく聞いた。彼は結構親切な人で、いろんな音楽を教えてくれたんだよなあ〜。
彼はとても厳しく、基本練習をサボると口もきいてくれず、反省して頭を下げたこともあった。
私の人生で一番最初に接した本物のミュージシャンだった。
その同級生は今プロとして活動している。

彼から借りたカセットの中にSPECTRUM(スペクトラム)というバンドがあった。
このバンドのことは小学生のときから知っていたけれど、きちんと聴いたことはなかった。
今でこそ、トランペットやトロンボーンのようなブラスセクションのあるロック系のバンドは普通に受け入れられているけれど、SPECTRUMは私が小学生の時、すでに東京スカパラダイスオーケストラのような編成で活動していた。
もっとも早すぎて時代に受け入れられなかったんだけど。
EARTH WIND & FIREを模した衣装を身に付け、ギターやベースはおろか、トランペットやトロンボーンまでまわすというパフォーマンスをしていた!
私が一番影響を受けたベーシスト、渡辺直樹さんもこのバンドに所属していた。
渡辺さんの歌とベースの音は聴くとすぐ分かる。
そのくらいはまっていた。(ちなみに、彼の同級生のトランペットの音も、今でも聴き分けられる。)
歌と同じで、聴き続けていればどんな楽器も自分の好きなミュージシャンの音は聴き分けられるようになるもんなんだよね。
街のどこかで偶然耳にしたりすると、どえらいうれしい!

彼らのデビューアルバム『SPECTRUM』のトップを飾る「ACT SHOW」はよく耳コピをした。
トランペットを吹いていたときはトランペットパートを、ベースを弾き始めの頃はベースパートを。
細かい音の連続で、完全コピーするのもかなり時間がかかったけど、レコードと同じテンポでメロディーやベースラインを吹けたり弾けたりしたときの喜びは筆舌に尽くしがたい。
なんかちょっと自分がかっこいいなって思ったりしますな。
そういう時間は、練習しているという感覚がなくって、音で遊んでいるという感覚に近いかもしれない。

結局トランペットは高校2年間だけで続けられなかったけど、あれは楽しい体験だった。
卒業までにはちょっとしたソロパートも吹かせてもらった。
同級生は厳しかったけど、その後の音楽に繋がったと思うので、感謝してる。
彼が在籍するバンドはBoogie Houseにもやってきたことがあった。
結構泥臭くて、かっこいいんだぜ!

ステージの上で音で遊んでるミュージシャンたちを見ているとこっちまで楽しくなってくる。
だからライブ通いはやめられない。

「ACT SHOW」はとても好きな曲の一つで、今でも聴くと踊りたくなっちゃう。



「ACT SHOW」
WORD BY 宮下康仁、MUSIC & PLAY BY SPECTRUM



2009年02月08日(日)
MOTOR WAY

音楽って、ものすごく直接的で生々しい。
好きなミュージシャンの音楽を繰り返し聴くのって、その人と対峙して会話しているのに近いと私は思う。
そういう感覚を持つようになったのは、私の音楽初めが歌モノだったせいなんだろうか。
だけど、インストゥルメンタル音楽も好んで聴くようになってからは、その思いはいっそう強くなったんだよね。



ミュージシャンが楽器を奏でるとき、何を考えてるんだろうと思う。
私はひたすら、その人の繰り出す音の流れを一音ものがさしたくないと音を追い続ける。
だんだん、世界はその音楽だけになって、音そのものを見つめているような錯覚が生まれてくる。
そうなると、その"場"には、その人と自分だけがいるような感覚に陥り、その人と自分との距離はほとんどなくなっている。
それって、ちょっとイカした(イカれた?)感覚だと思うんだよ。
もしかしたら、ミュージシャンの気持ちを知りたくて、そんな聴き方をするようになったのかもしれない。

ライブ会場でもそうやって、音を追い始めるとその人を見つめるというよりは、その人の繰り出す音を見るために目を閉じて、ひたすら頭を振ってしまう。
長いことそんな聴き方をしていた。

でも最近はちょっと違うんだよね。
もちろん、ソロになるとそんな聴き方に変わるけど。
目の前の集団が、音を出した途端に一つになる瞬間を目の当たりにするのは、ものすごく不思議な気分で、ものすごく楽しい。
そんな風に感じるようになったのは、自分がバンドをやっていたことも関係あるだろうし、いろんな人のいろんなライブを聴きに行ってることも大いに関係している。
以前の「JUKE BOX」を始めた頃とは、確実に音楽の楽しみ方が変わった。
今はとにかく、音楽に限らずなんでも楽しいと思えるんだけどね。

私の耳が変わる最初のきっかけになったのは、20代の初めによく聴いたTHE CHECKERSだったと思う。
彼らは私が中学生のときにデビューして、ものすごい人気のアイドルバンドだった。
その頃すでに、オフコースやチューリップ、イーグルスやTOTOを聴いていた私は、そんな彼らの音楽があんまりすきじゃなかった。
彼らが「NANA」という曲をリリースした時、私はそれを聴いてぶっ飛んだ。
ものすごくかっこいいロックンロールだったから。
それから私は、彼らの音楽を聴くようになった。
後で知ったんだけど、そのシングルをきっかけに、彼らはセルフプロデュースするようになったらしい。
ファンクラブに入会し、足繁くコンサートに通った。
10回くらい足を運んだかな。
私のライブ好きは彼らがきっかけだった。

彼らのライブは本当に楽しかった。
全部ホールツアーだったけど、座ったことはなく、いつも踊っていた。
といっても、ステージ上の彼らのステップを見よう見まねで足を動かしていただけだったけどね。
リーダーの武内亨氏がNHKで音楽番組を持っていて、そこでたくさんの洋楽を知った。(鈴木雄大さんが歌う姿を生まれて初めて見て涙した。)
THE CHECKERSの曲の中で、武内氏のものが結構好きだったので、彼がプロデュースすると聞いてそれなら楽しいだろうと思い、武田真治君の音楽を聴くようになったのかもしれない。武田真治君という存在を知ったきっかけが何だったのか・・・はっきり思い出せないんだよなあ。
まだ、BLANKEY JET CITYのことは知らない頃の話。

そして2回目の変化は、BLANKEY JET CITYだった。
彼らのライブは衝撃的だった。いろんなことが。
それをここで繰り返しはしないけど、昔書いたので、興味があれば読んでみてくださいな。
楽しいとはまた違う。
MCは一切なし、とにかく出てきて演奏をして、そして去っていく・・・。
機嫌がよければアンコールがあり、悪ければないときもある。
とにかく音がマシンガンのように襲ってきて、それが実に生々しい。
THE CHECKERSとはまるで違う。(しかし、メンバーは仲良かったらしい。)
とにかく究極の3ピースという編成のBLANKEY JET CITYが繰り出す音楽は、絶妙なバランスと不安定さとがあって、3人そろってじゃないと出せない音というのを持っていた。
スカパーの音楽チャンネルで、彼らが他のバンドと一緒にイベントに出演しているものを見たことがある。
その時、一番人数が多いバンドは7人くらいいたと思うが、一番音の層が厚く感じたのは、BLANKEY JET CITYだった。
バンド全体の音を楽しめるようになったのは、BLANKEY JET CITYを聴くようになってからだったのだ。

そして今、20代の前半に浴びるように聴いていた音楽を聴いてみると、ぜんぜん感じ方が違う。
本当にこの音楽を私は聴いてきたのか?と自問自答をするくらい、聴こえ方が違う。
それまで聴いてきたすべての音楽がはじめて聴く音楽のように感じて、とても新鮮だ。

そして話は初めに戻る。

音楽って、ものすごく直接的で生々しい。
特に管楽器は、その人の口元から音が繰り出されるから、じっと聴いていると息遣いまで聴こえてくるから。
昔聴き逃していた細かい音のつくりが如実に伝わってきて、なんかちょっと微妙な気分になる。
この人って昔ッからこんな色気のある音を出してたんだなあ・・・と、武田真治君のアルバムを改めて聴いて思う今日この頃。
つい最近のサックスを吹く姿って、LOSALIOSでの印象が強かったし、LOSALIOSがすごく好きだったので、ソロアルバムを引っ張り出して聴いてなかったから気がつかなかった。
TVでいろんなところで吹いていたようだけど、なんとなくTV番組に出てる姿はあまり見たくなかったので、敬遠していて・・・今思うとちょっと残念だな。
そして、武内亨氏のプロデュースのさじ加減が実に心地いい。
参加ミュージシャンは実はかなり豪華なので、サウンド全体のクオリティーも高い。
いまさら私が言うことではないが。

武田君がソロ活動していた当時、ライブツアーの模様を収めたビデオとLDが発売されて、私もLD版を購入して、今も手元にあるのだけど、肝心な再生機がすでにない。
DVDも発売されているけど、昔ワクワクしながらLDを再生したときのことを思うと・・・、なんだかちょっと躊躇してしまう。
あのLDが見たいってな感じで。
内容は一緒なんだけどねえ。(だけど、きっと近日中に買ってしまうだろう。)

そんなわけで、今日も私は彼のアルバムを聴いて微妙な気分を楽しんでる。
体が勝手に動き出して、今にも踊りだしそう。



「MOTOR WAY」
WORDS BY 冷牟田竜之& MOTSU、MUSIC BY 冷牟田竜之、PLAY BY 武田真治



2009年02月07日(土)
JOY

この頃、お酒を飲んだ後と翌日には無性にはちみつレモンが飲みたい。
何かで読んだとか、そういうのじゃなく、飲みたくなるようになったのだ。
最近、ゆっくりお酒を飲んでほろ酔いになるとちょっと幸せな気分になることを知りつつあって、そういう機会が増えている。

で、毎回、飲んだ後にははちみつレモンが飲みたくなって、1リットル入りの紙パックのやつを買って帰って、寝る前に3分の2くらい飲んで寝る。
これが、実に私の体に合っているようで、翌日頭が痛くなることもないし、気分が悪くなることもない。
残りの3分の1は翌日目が覚めて、喉が渇いていたら飲んでいる。

はちみつレモンを飲んで、二日酔いにならないということに、本当に科学的根拠は有るのかどうか気になって調べてみた。



以下のような記事を見つけた。
結構、信憑性があるらしい。

二日酔いの頭痛、最もよい解消法は“はちみつ”―米研究報告(2008年9月1日 06時19分 エキサイトニュース)

この習慣を始める前は、お酒を飲んだ翌日は、どうしても気分が優れず、お酒を飲む→気分が悪くなるという印象があって、あまり飲まなかったのだ。

そういえば、韓国ドラマでよく酔っ払って帰ってきた人にはちみつ水を飲ませるシーンが出てくる。
本当に効くのかどうか、かなり疑っていたんだけど、身をもって体験してみるとほんとだったので、韓国の民間療法は侮れないなと思った。
レモンのほうもどうやら科学的根拠があるようだ。
しかし、酔っ払ったときに紅茶を入れてはちみつとレモンを入れるって行為は、出来そうにないんではちみつレモンでいいや。

元々、アルコール分解を促す酵素が体内に少ないので、体質的にアルコール摂取に向いていないらしい。
肝機能があまりよろしくないので、あまりお酒を飲まないようにと医者に言われている。
でも、嫌いなわけではないので、なんとか楽しめるようになりたいなあと思っていた。

種類によっては、摂取した直後から関節が痛くなって頭痛が出てくるものがあって、ようはそれを避ければよいのだ・・・といまさらながらに分かってきた。
飲むと関節が痛くなって翌日気分が悪くなると自分で体験済みなのは、日本酒、ビール、ワイン、ジン(これは好きなんだけどなあ)。
飲んでも大丈夫なのは、焼酎、ウィスキー。
大酒のみの父によると、この分類には納得できるそうだ。
日本酒のならびは、醸造酒というもので、発酵させた原酒をそのまま絞ったもの。
焼酎、ウィスキーは蒸留酒というもので、しぼった原酒を蒸留釜で沸騰させ、アルコール度数を高める工程をへているもの。
・・・なのだそうだ。

その分類が私の体にどんな影響を与えるのかとか、気になるけど、面倒くさいので調べるのはやめた。
ようは、楽しく飲めるお酒の種類と、どのくらいの量なら大丈夫か知っていさえすればいいのだ。

私が好んで飲むのは、バーボン・ウィスキーか芋焼酎。
ペースとしては、周りの人がジョッキビール4杯飲む間に、ロックで1杯。(お水は3杯)
一晩で体調が良けりゃロックで2〜3杯。
このくらいが"ちょっと幸せな気分"になれる限界らしい。

・・・安いなあ。

ちなみに、バーボンにはチョコレートが合う。



「JOY」
MUSIC & ARRENGEMENT BY 武内亨、HORN ARRENGEMENT BY B.B.B.B.HORNS、PLAY BY 武田真治 (and B.B.B.B.HORNS)



2009年02月06日(金)
GYPPER



数日前に見た夢は、どうやら、一部正夢だったようだ・・・にやり。
今の私は最強だぜ!

以下は、最強になる直前の出来事。

年に1回か2回、異常に煮詰まって電話をかけたくなるときがある。

ほとんどの場合、実際にかけることはない。

おとといくらいにまたその衝動に駆られ、のた打ち回っていた。
今回、煮詰まっている原因について、しゃべれる相手はただ一人。
でもその友人はとても忙しいので、いきなり電話するのははばかられて。
とりあえず、時間伺いのメールを流してみた。

で、案の定、戻ってきた返事には今日も明日も遅い〜って。
こればっかりはしょうがない。
"気にするなゆっくり休め"メールを送って、なんとかかんとか、その煮詰まった状態を自己解決した。

そして翌日の夜、電話はかかってきた。
通話ボタンを押した私の耳に届いた第一声は・・・。

「何がしゃべりたいのかメールに書きなさい!」

・・・ああ、やっぱ、こいつっきゃいないよな〜とその瞬間わたしは思った。

すでに旧友の域に達した友人であるその人物とは、隣県に住みながら数年に何度かというようなペースでしか会えない。
でも、会うと、昨日別れたかのように話は弾み、この第一声のような感じで私を叱咤激励してくれる。
別れるときは、"じゃあまた明日!"なんて感じで別れる。

いつも唐突に電話をくれるのは彼女のほうで、たいてい私の好きなミュージシャンのライブスケジュールを見かけたり、CDやDVDを見かけたりしたときに、"知ってる?持ってる?"と気にかけてくれての電話なのだ。

彼女は、学生時代の友人で、それこそ私よりも私のことを理解している。
間違っても生暖かい言葉なんかくれず、叱咤激励してくれる貴重な友人の一人なのだ。
そんな彼女と私は、音楽好きという共通点がある。
もっとも、私はギターサウンド中心のロック系の音楽が好きで、彼女はブラスセクション中心のフュージョン、ジャズ系の音楽が好きなので、好みがちょっと違う。
だけど、時々それぞれの好きなミュージシャンがそれぞれのフィールドに飛び入りしてライブをすることもあるので、ミュージシャンの話では結構波長が合うのだ。

そんな彼女と私は、つい最近、実は同じミュージシャンのファンだったことが判明して、お互いびっくりしたばかり。
しかも、10数年前、彼女の住む隣県であったそのミュージシャンのライブツアーにそれぞれ行っていた事まで判明した。
私は1人で、彼女はまた別の友人と2人で。
その話が出たときも、確か私の好きなミュージシャンのライブスケジュールを教えてくれるために電話してきてくれていたのだった。
短い会話の中で、そのミュージシャンについて熱く語ったばかりだった。

実は、煮詰まっていたのはそのミュージシャンのことで・・・。
だから、彼女じゃなきゃ・・・と思ったのだった。

バスの待ち時間に電話してくれた彼女は、"3分でまとめろ!"と言ったのだが、それはとても無理な話。
"じゃあ、バスを降りる頃メールするからかけなおせ"と言うので、"愛してるぜ〜!!"と叫びそうになってしまったのさ。
彼女からメールが来てすぐ電話したけれど、"遅いっ!家に着くまで聞くから。"
そして私は、たまりにたまった思いのたけを彼女相手にマシンガンのように話した。
聞き終わって彼女は"まったくわがままなファンだね〜、あんたは。"と一言。
"でもまあ、あんたの気持ちも分かる。あんたの言いたいことも私は分かるよ"と力強く言ってくれた。
ほんと、涙が落っこちそうだったよ。
やっぱりあんたは同志だよ・・・とわけの分からない安心感を持つ。

実は、自己解決の過程でなんとか本来の自分を取り戻しつつあったのだけど、彼女が駄目押ししてくれたので、今日はかなり正気に戻ってきた。
浴びるように音楽を聴いていたら、だんだん頭が冷えてきたようだ。

さんきゅ〜。あいしてるよ〜。

そして、今夜もきっと帰りの遅い彼女にこの曲を贈るぜ!!

「GYPPER」
MUSIC & PLAY BY 武田真治



2009年02月05日(木)
胸がこわれそう



先週末、すごい舞台を見た余韻をまだずっと引き摺っている。
頭の中はちょっとした興奮状態が続いていて、舞台で聴いたミュージカルナンバーとそのシーンが順番ばらばらで頭の中でひっきりなしに再現され続けている。

朝、車の中では先月発売されたばかりのBLANKEY JET CITYの『Monkey Strip Act2』という貴重なライブ音源がハードローテーションしている。
でっかい音でこのCDを聴いて、単純でありながら複雑な表情を作り出す3人の音に耳が釘付けになりながらも、頭の中では彼のミュージカルのナンバーが実は流れ続けていて、脳内興奮はとまらない・・・。

会社に到着する頃には、、興奮状態は最高潮。

職場では、引き継いだばかりの仕事の要領がまだ分かっていないせいもあり、忙しくてぼんやりする暇がない。
お茶を飲む暇さえない始末。
それでも頭の中ではずっと、何かしらのシーンが再現され続けていて、頭はフル回転しているらしく、家に帰ると結構疲れている。
いつもなら嬉々としてかじりつく録画してあるTVドラマも見る気が起こらず。
でも、なにかしらの気配を感じたくて、彼の人のCDをかけ続けてぼんやり思考のカケラを見つめている。
そして、泥のように眠る。(明け方に都合のいい夢を見たりもする)

そんな興奮状態がここまで続くと、気分は急降下で落ちていくのは時間の問題。
案の定、あっというまに脳内は興奮状態なのに気分がどんどんおちていくという奇妙な現象が始まった。

それは一人のときにやってくる。
そうならないために、また音楽をがんがんかけて・・・・疲れて泥のように眠り、また朝が来る。

どん底まで落ちれば、後は浮上するのみ。
それもまたいきなり訪れるだろう。
こういう気分のときの思考のカケラは、複雑怪奇で面白い。
捕まえるのはなかなか大変だが、少しでもと思い、こうやって残しておく。

きっと明日には、どん底まで落ちた気分も浮上し始めるはずだから。

「胸がこわれそう」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2009年02月04日(水)
サファイアを手に入れろ

朝見た夢は正夢になるという。
それを願って書いておこっと。

そんな夢を見たのは、昨夜武田真治君のかっこいい写真をまじまじと見たからなのは明白。
だってその写真の髪型だったし。

朝、夢の中ですごくかっこいい音楽を聴いた。
これはすごい!と私は飛び起きて、夢の中でその音楽を演奏していた当人のところへ報告に言った。
その人はまだ寝ていたんだけど、結果的に私がたたき起こしてしまったようだった。
"すっごいかっこいい曲じゃん!"と興奮してしゃべってしまった。
ぼんやり起き上がったその人は、私の話を聴いて意味ありげに笑っただけで何も言わなかった。

興奮気味の私は、みんなにも教えてあげたくて、その人の家を飛び出した。

場面が切り替わって、どこかのスタジオのようなところで、その人がサックスを吹きながら楽譜を書いている。
私は周りの友人たちとちょっと離れたところからその様子を見ている。
隣には、降谷建志くん(Dragon Ash)がいて、"もしかして今年中にアルバム発売かな??"とちょっと声を潜めて話しかけると、私のほうを振り返って"いや、4月か5月には出るんじゃない?"となんでもないことのように呟いた。

"おおおっ、そんなら、秋までにはツアーもあるかも"と私は心の中で呟いて、その人をじっと見つめて一人興奮状態になっていた。

以上・・・^^;

目が覚めたときは、よく分からない興奮状態に包まれていて意識が覚醒すると"あほだなあ・・・"と自分に突っ込みを入れていた。
どう考えても私の願望丸出しの夢だもん。
しかし、夢の中で夢を見るとは・・・そうとうイカレてる証拠かもしれないなあ。

夢の中で聴いた音楽は、本当に今まで聴いたことのないかっこいい音楽で、しかも武田真治君がサックスを吹いている姿までもが見えたんだよなあ。
私は音楽好きでありながら、ジャンルわけして聴かないので、何々のどんなものに似ているとかいう説明が出来ない。それがちょっと残念。
本当にものすごくかっこよかったのだ!

こんな夢を見たのは、3日前にみたあの舞台の興奮がずっと続いていることと、去年から断片的に届いている情報が都合よく自分の中で願望を伴って繋がった結果だと思う。

でも、本当にアルバムが出て、ツアーまであったら・・・涙が落っこちるほどうれしいなあ。

今朝、車の運転をしながら夢の内容を反芻しながら、異常な盛り上がりを一人でしてしまった。

いやほんと、アルバムだけでも・・・(まだ言うかっ!)

「サファイアを手に入れろ」
MUSIC & PLAY BY 武田真治



2009年02月02日(月)
ミルク

昨日おとといの自分が書いた『エリザベート』の感想を読んで、ぜんぜん書きたかったこと書いてないじゃん・・・と気がついた。
だから本日も引き続き、『エリザベート』を何回も見て感じたことを書いてみる。



もっとも、武田真治君については、そりゃもっといろいろ思ったり考えたりしていることもあるのだけど、それ全部書くととんでもないことになるんで・・・、あれが精一杯。
私にしてはがんばって冷静に書いたほうです・・・はい。
そのうち、もっと人に読ませられるほど気持ちが落ち着いたら書くかも・・・です。

ミュージカルは、子供の頃に人形劇団「飛行船」というものの子供向けミュージカルを見たことと、前田美波里さんのミュージカルのような演目を15年位前に見たことがあるくらい。(電飾で飾られた舞台幅いっぱいの階段を10cm以上はあるハイヒールを履いて、足元を見ないで下りてくる彼女を3列目真ん中あたりで見て、すげーっと思った。)

正直なところ、今回、武田真治君が出演していることを知ることがなければ、『エリザベート』を見ることはなかったし、この先ミュージカルを見る機会はなかったと思う。
もちろん、普通の演劇(ストレートプレイというんだね)は、武田真治君が出演していなくても見たいなと思うものはいくつかあった。
でも、わざわざ大阪まで出向いてみようと思うような作品はどれもチケットが取れなかったのでその願いはかなっていない。

『エリザベート』はその物語のつくりがとても面白いなと感じた。
人間が主役というよりも歴史を描くのに人間が動かされているというのが最終的なこの作品に対する印象。
大筋で、この作品に描かれているのはハプスブルグ家の滅亡への道程だ。
その流れの中にエリザベートという女性がかかわっていたおかげで、このドラマは生まれた。
とにかく、歴史の流れを"死"という抽象的なものに人格を与えることで、物語そのものを動かすという発想が、すごいと思うんだ。
最初にそれを思いついた原作者はすごい想像力の持ち主だと、私は目からうろこだった。
そして、トートはこの作品ではとても重要なキャラクターで、本当に魅力的でなければならない。
最終的にトートが全体の流れを指先一つで決めているんだと感じながら見たので、トートの恐ろしさ倍増になっちゃったんだけど、それ以上にその美しさのとりこにもなってしまった。

『エリザベート』は、トートの登場シーンと同じくらい、群舞シーンが私は好きなんだな。
しょっぱなの棺おけからそれぞれの登場人物が起こされ、もみ合うシーンを始めてみたときは、鳥肌が立った。
「ミルク」のシーンが私の一番のお気に入りで、ミルク缶を打ち鳴らしながら、何故ミルクがないのか、誰がミルクを持っていったのか民衆たちが知っていく過程での彼らの怒りが歌の盛り上がりによって倍増される・・・思い出すだけで高揚してくる。
ユダヤ人を追い出せとドイツ人たちが雄たけびを上げる。
大人数の踏み鳴らす足音とユニゾンで歌われる歌が、ほんとうにすごい。

千秋楽、武田真治君の挨拶を聞きながら。
どれだけ大勢の人たちが、この舞台を成功させるために動いているのかを想像して、その規模の大きさを想像しきれず怖くなった。
彼が声を詰まらせて、やり遂げたことをスタッフに感謝する姿にそういうものを感じて、彼が声を詰まらせるのも無理はないなと思った。
舞台に出ていないスタッフのほうが実は多いんじゃないかと思うのだけど、何度か2階席から見ていて、きちんとタイミングを計って奈落が競りあがったり下がったりするところを目の当たりにして、少しでも呼吸が狂えば、何が起こるか分からない・・・ちょっと怖いな、なんてことも考えたりした。
ただ紙に書いてある台本から、効率的に配置された舞台装置を作り出す想像力のすごさを感じた。
キャラクターを作り出し、物語に配置する演出の想像力にすごさを感じた。
私はただ、目の前に広がる舞台とそこで動き回る俳優たちの演技でこの物語の全体を感じて、楽しむことが出来るけれど、その形になるまでには、何もないところからすべてを作り出したという事実が横たわっているんだよなあ。
そして、ゼロから作り上げられたカンパニーと呼ばれるプロ集団の中にたったひとりで飛び込んだ武田真治という俳優の勇気にも脱帽してしまう。

舞台ってすごいなあ。
本当にそう思った。
もっとたくさん舞台の上で繰り広げられるドラマを見てみたいなあと・・・単純な私は思うのだ。

がんばってみたが、今回も失敗のようだ・・・。

「ミルク」
WORDS & MUSIC BY MICHAEL KUNZE AND SYLVERSTER LEVAY、Japanese Words BY 小池修一郎



2009年02月01日(日)
闇が広がる

今回の大阪訪問は、当然ながら、武田真治君の千秋楽を目に焼き付けるため。
これが見納め、忘れないようにしっかり武田トートの歌を私の中に記憶してきた。
そして、今回は、俳優武田真治への期待。



今まで、お気に入りのミュージシャンのライブツアーでだってここまで同一ツアーでライブに行ったことはない。
それが今回、『エリザベート』に5回も足を運んで自分でもびっくりしている。
音楽の場合は、レコーディング音源があるから、ある程度それを聴きながらライブを思い起こすことが可能なので、あまり切羽詰ることがない。
もちろん、会場ごとにライブパフォーマンスは変わるものだから、たくさんいけるほうがいいに越したことはないけど。
実際問題としては少し難しい。
ところが、『エリザベート』に関しては、DVDはおろか、CDの発売さえも今のところ予定がないという。
だったら、忘れないように武田トートの姿を目に焼きつけ、その歌を記憶しなくちゃという切羽詰った思いがあった。
そのくらい、去年9月最前列で目撃した武田真治演じるトートはものすごい衝撃だった。

ステージを駆け抜ける武田真治君は、私の持っているイメージとはまるで違う姿をしていた。
もちろん、トートの衣装を身に着け化粧をしているので違うのは当たり前なんだけど。
そういう意味ではなく、私は初めて、武田真治という役者が楽しそうに役を演じているのを見た気がしていた。
目がきらきら輝いていて、生き生きとしている。
今まで、画面やスクリーンで見てきた武田真治と違う。
解き放たれた・・・という表現がぴったりだと思った。
おまけに、すごい声で歌う!
元々、彼のしゃべる声は好きだったのだけど、あんなふうに色気のある歌を歌えるなんて。
最初に聴いた『最後のダンス』を私は死ぬまで忘れられないと思う。
もちろん、千秋楽の『最後のダンス』のほうが、技術的にも声の点でもいいはずだ。
だけど、あの日なんの心の準備もしていなかった私の胸を突き抜けたあの歌が一番記憶に残ってしまった。

そして、我慢できずに2回目に行ったときは、喉がかなり痛んでいて、声を出しずらそうな上に音程のコントロールもままならない感じだった。
だけど彼はそれを絶対に顔に出したりはしなかった。
かなり苦しくて、声を出すのもつらかったかもしれないけれど、ステージの上では常にトートだった。

印象は見るたびに変わる。
もちろん、ひと区切り終わるたびに演出が変わっていくようだから当たり前。
そのうち、私のほうがこの演目の物語を理解してくる。
そうすると、トートの表情からいろいろなことを想像できるようになって物語自体の解釈もかなり変わっていった。
武田君のインタビューや小池修一郎さんのインタビューから自分なりの解釈をして、また目の前で繰り広げられる物語の印象が変わる。
最後までその繰り返しだった。

最後までその存在理由に疑問を持っていた『愛と死の輪舞』
きっと何度聴いても心動かされることはないと思っていたのに。
12月に不完全な形のこの歌を聴いていたせいもあると思うけれど、前回大阪で完全に胸を打ちぬかれた。
その後しばらくは、その歌声が耳を離れず夜眠れなかったんだよね、実は。

私がもうちょっとかなと思っていると、次の時にはその部分を武田君は乗り越えていった。
そのたび驚かされ、その姿勢に何度も頭が下がる思いだ。
こういう人をプロと呼ばなくて誰がプロなんだ!!

本当に最後の今夜、始まった瞬間から武田真治はちょっと違っていた。
声の張りも、踊りやしぐさも、すべてが最高潮で、非の打ち所がなかった。
その表情からは自信がみなぎっていて、ハプスブルグ家の滅亡を手引きしているのは、やっぱりトートだと私は思った。
今夜のトートは、本当に"死"そのもので、どのシーンも壮絶な色香を放っているにもかかわらず、登場するたびに冷たい死の予感を残していた。

そして、今夜聴いた『闇が広がる』
思い出すと涙が落っこちそうだ。
父のようにルドルフを激励しながらも、巧みに死へと向かうようにルドルフの気持ちを修正してゆく。
自分の思うようにルドルフの気持ちが向くと酷薄な笑みを浮かべ、でも、ルドルフがまた気持ちを変えると舌打ちして、思案し、またほくそえんで彼を死へと巧みに誘う。
今夜聴いた『闇が広がる』は一番怖くて、きっと忘れられない。
ルドルフがフランツに最後通牒をされた瞬間のトートの表情に私は鳥肌が立った。

一番最後、エリザベートとデュエットするけれど、その第一声で私は"あ、これはやばいかもっ!"と正直思った。
歌う前から感極まっているのが分かったので、ワンフレーズ歌って、思わず詰まっちゃったとき心のなかで"やりとげろ!!武田真治!!"と思わずエールを送った。
でも彼は、やっぱりプロだったね。
その後、そんな感じを微塵も見せずに歌いきったんだ。
エリザベートを棺に戻し、客席に向かってすくッと立っているトートの顔は少し穏やかで、自分自身と戦い続けたエリザベートの最も切望する姿でい続けたトートにも安息のときがやってきたんだなあとなんだか唐突に思った。

最後の挨拶、緊張しまくった上にパニクってしゃべりたかったことを忘れてしまった武田君。
本当に緊張してたんだなあと思った。
なんども泣けてきて詰まるんで、私は思わず何度も"がんばれ〜"ってつぶやいちゃったんだよ・・・届くはずないのになあ。
この長い公演をやり遂げたことに彼は感無量で、そういう気持ちが私にも伝わってきて・・・涙が落っこちちゃったよ。
本当に良くやった。
すごい俳優だよ!武田真治は!!

武田君には、これからもずっと舞台に立って欲しい。
もちろん、私は、ミュージシャンである武田真治を一番愛しているので、サックスを吹く姿を見られたら一番うれしい。
だけど、舞台の上で、目をキラキラさせて走り回る武田真治もこれからはたくさん見たい。
ミュージカルでもいいし、演劇でもいい。
舞台の上で常に一発勝負をする姿を私は見たいなあ・・・本当にそう思う。

本当にお疲れ様、でも、これからの武田真治に大いに期待もするよ!!

「闇が広がる」
WORDS & MUSIC BY MICHAEL KUNZE AND SYLVERSTER LEVAY、Japanese Words BY 小池修一郎、 PLAY BY 武田真治