2008年09月30日(火) |
原爆とミルクシェイク |
伊坂幸太郎著「魔王」が文庫本で発売されていたので読んでみた。
これは以前から読みたかった本でドラマとはまったく関係なし。念のため。
最近、小説を読むのが以前より楽しくなった。 それは私の経験が小説の世界に追いついたせいなのかもしれない。
以前は文章を文章としてしか受け取れず、いわゆる行間を読むのは得意だけど(要するに妄想は得意)、表現されている状況を思い浮かべることが出来なかった。
それはおそらく、私の行動範囲が広がって、直接生活とは関係のない友人が出来たり、今まで行ったことのないところへ一人で行くようになったり・・・そういうもろもろの経験が関係しているのだと思う。
映画の中でしか見たことのない地下鉄の電車の中でぼんやり座っていることとか、都会の雑踏で、誰にも注目されずただ歩いていることとか、私の生活を一切知らない人との会話のなかで感じることとか・・・。
伊坂幸太郎さんの「魔王」は、読んでいて不思議だった。 まるで架空の話なのに、自分の目の前で起こっているような錯覚を起こした。 描かれる物語自体は、超能力が出てきて結末も悲しかったりするのだけど、なんだかとてもあっさりしていて、"今日、どんなことあったっけ?"と、今日の出来事を思い出すような感じがあった。
主人公の安藤は、ある日自分に超能力があることに気がつく。 一定の距離内にいる特定の人物に自分が入り込むイメージを作ると、自分が念じた言葉をその相手が口にする・・・彼はこれは"腹話術"と呼ぶ・・・という能力だ。
世間では犬養という政治家が、国民を扇動するような言葉を繰り返す。 その言葉に反応した人々がだんだんと暴力的になっていくのを目の当たりにした安藤は不安を感じる。 犬養にファシストの影を見た彼は、ある日意を決して、犬養の言葉を操ろうと彼に近づくのだが・・・。
3年ほど前に書かれたというこの小説、読みながら"伊坂さんは預言者?"というほど現在の日本の状況によく似ている。そして、安藤が考えていることはとても説得力があり、何も考えずに読み進むとだんだん彼が正しい人のように思えてくる。 でも、そうじゃないかもしれない・・・さらに読み進めるとそう考えが変わってくる。
伊坂さんの小説は、あっさりしているようで案外くどいというイメージがある。 説明的表現も割と多いが、文章自体があっさりしているのですらすらっと読める。 でも、そのリズムに嵌って読んでいると、"あいたたた"となったりするので、要注意なのだ。
普通に読んでいるのにいつの間にか変なところへ迷い込んで途方にくれる・・・という読後感がこの人の作品にはある。
で、「魔王」には普通の生活が描かれている。 地下鉄の電車のなかでの会話、自転車を押して家まで帰る、同僚との会話・・・。 それはすべて私の生活にもあるものなので、この小説を読むと自分がそこにいるような錯覚を持ったみたいだ。
「原爆とミルクシェイク」 WORDS & MUSIC & PLAY BY 浅井健一
2008年09月29日(月) |
男よ、それが正常だ!! |
堤幸彦演出、武田真治主演の舞台版『電車男』のDVDを見た。
くーっ! チケットが取れなかったことが悔やまれる。 こんなに面白いとは!
『電車男』はすでにTVドラマ化、映画化されており、内容については説明するまでもない。 胡散臭い"2ch"出身のネタだったのが個人的に気に入らなかったことと、ドラマや映画で、この話がコミカルだったとしても美しい恋愛ものになるのを想像すると気持ち悪かったので、大ブームだった時期はすべてを素通りした。 それが、3年前に武田真治が舞台でやると知り、"えええええ????"と思いつつ、公演スケジュールに北九州が入っていたため、葛藤の挙句・・・武田真治@オタク青年はぜひ見たい!という気持ちが募り、チケット争奪戦に参戦したのだが、見事に破れた。 その後、DVD化されたことは知っていたが、舞台演劇をDVDでみるのってなんだか損した気分だと、見る機会を逸していた。 『エリザベート』からこっち、武田真治君の舞台モノが気になって気になって・・・片っ端から見ているのだった^^;
『電車男』の起承転結は知っているが、ドラマも映画も見る気がしなかった(今後もない)のでどんな展開か知らない。 舞台版は、"エルメス"なる女性は、声のみの登場。 舞台上には、主人公の電車男と彼に数々の助言を与える6人の"毒男"の部屋が作られていて、つねにこの7人がやり取りをするだけ。 中央に電車男の部屋があり、左右に柱だけで立てられた3階建ての狭い部屋が設置してあって、後の6人はその中でパソコンに向かう。 電車男の部屋の中央には大きなモニターがあり、芝居が始まるとメインでせりふを言っている役者の顔が大アップで映し出され、そいつが書き込む内容も2ch仕様で字幕として映し出される。 電車男がエルメスとのデートにまつわる話をする場面では、実際にその場所で撮影されたスチール写真が映し出される。 (実際にあの格好で撮影したんだ・・・さすがプロ、武田真治!) 電車男とエルメスの電話での会話でのみエルメスの声が使われる。
2時間ちょっとの舞台なのだけど、私はずっと笑いっぱなしだった。 しかし、後半に入るとそれなりにぐっと来るセリフや状況が出てきて、いつのまにか自分も電車男と同じようにどきどきしたり、悲しんだりしていた。
電車男の何が面白いのか。 それは、見ず知らずの男たちが画面に映し出される内容に反応して、各々が書き込みをするというリアルタイム性ではないかと思う。 その後、その痕跡がインターネット上でまとめられ、本としても出版されて、みなはそのリアルタイムでやり取りされた内容の痕跡を追うことでその場にいたような気になって楽しんだ・・・というのがブームの流れのような気がする。 ここではその内容自体が事実か否かはどうでも良いことなんだろうな。 当時の私は、そこの部分が胡散臭いなと思ったのだった。
舞台版はそのリアルタイム性が見事に再現してあるのがとても興味深く面白い。 これは、おそらくあとで編集するのも楽しかったんじゃないかな。 DVDではライブの臨場感はかなり薄れていると思うけど、役者たちのテンションの高さはかなり伝わってくる。 速いテンポで芝居はぽんぽんと進む。 舞台には好き勝手に画面に向かって書き込んでる連中しかいないのに彼らのやり取りに夢中になってしまう。
ストーリーテラーの役目を、ロム専(読むだけの人)のエリートサラリーマンが担っているのだけど、演じる河原雅彦さんがものすごくうまい。 舞台上にいち早く登場し、これから始まる電車男の物語を最初は傍観しつつ、失敗するところを見て楽しもうと思ってる。 それがいつの間にか、(全員の中で唯一の普通の男なので)こじゃれた居酒屋とか、見た目の注意点とかをいつの間にか書き込んでしまってる。やがて最後には電車男を励ましちゃってるんだよなあ。
武田真治のアキバ系オタクぶりは見事としか言いようがない。 だってどう考えても武田真治がアキバ系オタクなんて・・・考えられんもんな。 彼は"何か"に化けているときの演技が抜群に冴えている。 エルメスとデートするあたりから、普段の武田真治に近い風貌になるため、演技もテンションが少し普通になってくる。 その格好で、"ピーチ姫!"とか、言うんだもん・・・・そのちぐはぐさがね・・・笑えるわけなのだよ。 ただ、セリフ回しは相変わらずぎこちないところがあって、まあ、それはすでに彼の持ち味とも言えるけど、そのあたりが電車男ってキャラのぎこちなさに一役買っていたのが不思議。 この人は、舞台向きだなとこの頃思う。 もともと彼はミュージシャンだから、一発勝負には強いはず。
その他の出演者はモロ師岡さん、鈴木一真さん、佐伯新さん、脇知弘くん、千代将太くん。
意外だったのは、脇知弘くん(ついこの間『魔王』で一番最初に殺されたあの人だ)。 思いのほか熱演! TVドラマではどうなのかなあと思っていたけど、いや、彼はなかなかいいです。 セリフ回しは、流れるように滑らかで、表現力もなかなか。 ほんっと、意外でしたな。
男7人が狭い舞台上で、座ったままとはいえ、喧々轟々わめき散らしている図を想像すると・・・おもしろそうだ・・・^^;
いわゆる舞台演劇は、たくさん見たことはないが、この舞台のようにセットが固定してあり、大きなモニターに俳優の演技が映し出されるというのははじめて見た。 モニター画面の切り替えタイミングもリアルタイムなのだろうか。 だとすると、担当スタッフも大変だ。
でも、彼らのおかげでこうしてすでに終わった演劇をDVDで楽しめるのだから、ほんっと、ありがたいことである。
再演は・・・ないんだろうなあ。 生で見てみたい・・・・ほんっと、残念である。
「男よ、それが正常だ!!」 WORDS & MUSIC & PLAY BY 斉藤和義
2008年09月28日(日) |
荒野へ還るものたちへ |
黒沢清監督作品『回路』を見た。
黒沢監督の作品は『アカルイミライ』がすごく好きで、時々思い出しては見ている。 一番最初に見た作品は『大いなる幻影 Barren Illusion』これは武田真治君が主演していると知ったので見た。 この映画のポスターで武田君が窓辺に座っている建物は今はなき同潤会アパート。 映画の中のこのアパートの印象がとても強くて、壊される前に見に行った。 正直、内容についてはあまり印象に残ってない作品だったので、『アカルイミライ』と同じ監督だとはすぐに気がつかなかった。
黒沢監督はホラー映画の人という印象があって、彼のホラーは怖いとよく聞く。 すでに見ている2本の映画にはそんな雰囲気はまるでないので、私にはピンと来なかった。
今回見た『回路』も怖いと聞いていたので真昼間に見たのだけど、いわゆるホラー映画的怖さは微塵も感じなかった。 映画の中で徐々に広がってゆく現象が、もしも本当に起こったら・・・そう考えるととても怖いと思ったけどね。 それは、多分ありえない話。
この映画を見て怖いと感じる人は、どういう印象で怖いと感じるのかな。
この映画では、インターネットを介して幽霊が現実世界にあふれ出してくる。 彼らはただ現れるのではなく、現実世界で生きている人間を幽霊にする。 インターネットとは関係ない生活を送っている人も影響を受けて次々と幽霊になってしまう。 別々の場所でその現象を目の当たりにする主人公2人(麻生久美子、加藤晴彦)は、それに巻き込まれまいと逃避行をするのだが・・・。
主人公の一人川島(加藤晴彦)は、図書館の中を徘徊する幽霊を目撃する。 その様子を見ていた大学院生(武田真治)から"あれは何か分かるか?"と問いかけられ、妙な話を聞く。 ある場所に入れられた幽霊は、その量を超えるとこの現実世界に出てくるしかなくなる。 そんな現象が起こるきっかけは些細なことで、誰か(哀川翔)が作った仕掛けが破られ、幽霊のいる場所と現実世界の"回路"が開かれたてしまうとあふれ出てくる・・・と言うのだ。 男は一度開かれたシステムはとめることが出来ないと言った。 この男は妙なコンピュータプログラムを作って後輩(小雪)に観察させている。 ・・・なんとなく、私はこの男の作ったプログラムがそもそもの発端なんじゃないのかね?と思ったんだけど、再度この男が現れることはなく、説明は最後までされない。
この映画の中での幽霊の概念がとても面白い。 説明しにくいが、肉体を離れた精神が永遠に浮遊し続けることをさすようだ。 それは川島の友人(小雪)がしゃべることなんだけど、面白いのは川島は死にたくないと考えているらしく、永遠にいき続けることが出来るはず・・・などと言う。 それってつまりは2人の言ってることは同じなんじゃないの?
幽霊になってしまうと、ずっとひとりで過ごさなければならないようだ・・・永遠に。 幽霊を見た人はみんな、恐怖のあまり死んだほうがまし・・・と思うのか、死ぬことを選ぶのだけど、死んでしまうともう他の幽霊と触れ合うことが出来ず、孤独になる。 そして、また彼らも生きている人間に助けを求め・・・・その現象が映画の中では世界中に広がってゆく。 一人ぼっちで孤独だという人間は、幽霊の仲間になれば寂しくないと思うらしく、"回路"を開くための"開かずの間"(どうやらこれが件の仕掛けらしい)を作った後、自殺する。 その映像がまた次の孤独な人間の前に映し出され、"開かずの間"が何も知らない人間によって結界を破られ・・・。 世界中の人々が幽霊になっていく。
孤独から逃げるために孤独になってしまうなんて、考えただけで恐ろしい。
不思議なんだけどこの映画を見て『大いなる幻影 Barren Illusion』のことを思い出した。 こちらは、主人公(武田真治)がだんだん消えていく話だった。 ぼんやりしているとだんだん姿が薄くなっていく。 それは、幽霊になるんじゃなくまさに消えて行くのだ。 微妙にリンクしてるのかな。(もう一回見てみよう。)
映画を見るたび、黒沢監督がナニを表現したいのか、正直分からない。 分からないんだけど、面白いと感じるんだよな。 見ているうちにだんだんと自分の頭の中で想像力の翼が広がり、画面の中で起こっていることを見て思考が開かれるって感じ。 私が感じているものが、黒沢監督がもくろんでいる方向のものなのかはわからないけど、面白いと思う。 『アカルイミライ』などは、ほんっとーに意味不明な映画なんだけど、最後がすごく好きで。 そこはかとなく目の前がぱっと広がる感じがするんだな。
小難しい表現でいろいろ書くことは出来るけど。 案外、黒沢監督の言いたいことは単純なことなんじゃないかと『回路』を見ていて思った。
『回路』のラストには、悲しい幸せを感じた。 どうなるか分からないけれど、未来はあるはず・・・そんな風に思った。
「荒野へ還るものたちへ」 MUSIC & PLAY BY LOSALIOS
沈静化・・・とか言ってたくせに。 行って来てしまいましたよ、もう一度。 『エリザベート』博多座公演。
だってだって、座席状況見たら残席があるんだもん。 それに、『エリザベート』は著作権の関係で絶対にDVDが発売されないという話を小耳に挟んだもんだから、余計にいてもたってもいられなくってさあ・・・・。 そのくらい武田トート閣下は衝撃的だったわけなのさ。
今回はA席のちょっと後ろのほう。 それでも結構近かったのだけど、やっぱり顔をしっかり見たいのでオペラグラスを借りた。 それが実は、いけなかったんだよなあ〜^^; 結局、トート閣下が出てくると彼ばっかり追ってしまって、帰りの新幹線ではトート閣下のアップばっかり思い出しておりました。
今回、幸運にもまたエリザベートは朝海ひかるさん。もちろん、トート閣下は武田真治なり〜。 皇帝は石川禅さん、ルドルフは伊礼彼方さん。
先に見たときから14日後。 やっぱり俳優陣には疲れが見えた。 特に武田君、朝海さんはかなり声帯が疲れている様子だった。 高い音から低い音に音階を下がるフレーズのコントロールが利かなかったり、高音の出だしの音が不安定だったり・・・とは言っても、かなり声の出方が良くなっていて、歌が格段によくなっている。 東京の帝国劇場での公演まで休息が取れるのかどうか分からないけど、声帯を休められれば、帝国劇場ではもっといい声になっている可能性もある。がんばれ!武田!
次に疲れを感じたのは高島兄。 彼はずっと一人でルキーニを演じているので、無理もないかもしれない。
長年ミュージカル畑で鳴らしている方々とそうじゃない方々の歌の安定感の差は歴然。 やっぱり基礎は大事なのよと思いました。
今回ちょっと、朝海ひかるさんの苦しそうな顔が目に付いてしまった。 ちょっと低めの彼女の声は悪くないと思う。 だから、次の公演まで充分休養が取れればいいですなあ。
今回の皇帝役石川さんは、結構若い俳優さんのようだった。 最初登場したときかなり若いのでちょっと変な感じだったのだけど、歳を取るにしたがって渋みが出てきたのでびっくりした。 安定感は前回の鈴木さんのほうがあるんだけど、こちらもなかなか捨てがたいかな・・・。
そして、ルドルフ!いや、びっくり。 最初は涌井さんという人だったのだけど、なかなかこの人が武田君とのバランスが良かったので気に入っていた。 今回の伊礼さんは写真で見るとかなり濃い感じの人で、う〜んどうなのよ?と思っていた。(ようするにあまり好みじゃない^^;)実際見ると背も高いしね。 武田君との息はこっちのほうが合ってるんじゃないかなあ。 「闇が広がる」は今回のほうがぞくぞくした。
ルドルフは拳銃で自分の頭を打ち抜いて死ぬ設定になっている。 史実としては、女性と心中したという説があり、そういう話のミュージカルもあるそうだ。 前回事前にそれを知らなかったので、意識もしなかったのだけど、ルドルフと対するときのトートの衣装ってかなり女性的な曲線なんだよね。 歌い方と手招きもかなりねっとり妖艶系で・・・。 もしかしたら、ルドルフには女に見えてる可能性もあるんじゃない???と勝手にどきどきしてしまった^^; ところが、ルドルフがトートにすがろうとすると男性的なしぐさで突き放したりする。 それを見ながらかなり妙な気分になってしまった。
そして、ルドルフがいよいよ絶命する直前、トートダンサーが登場して彼を翻弄するわけなんだけど、このとき彼らは客席側の半分だけの真っ黒いドレスを着ている。 ルドルフが手を伸ばすと、ダンサーはそれを突き放すようなしぐさをした後にその半身のドレスを脱いで上半身裸になる。 散々ルドルフを翻弄すると、トートが登場して・・・。 う〜ん。思い出しただけでどきどきするんですけど^^; 史実をちょっと知っているだけで、シーンの意味の受け取り方ってこんなに変わるのね・・・。
今回は、穴が開くほどトート閣下の顔を見つめたわけですが、おなじみの美しいスチール写真とはメイクが違うことを発見。 舞台用なんだろうけど、目の周りがかなり白くつけまつげかかなり長い。 かつらもライトのせいだと思うのだけど、かなり銀髪に見える。(カーテンコールではスチールと同じくらいの青に見えた) そんなわけで、死の帝王というよりも白豹か若い白虎の化身みたい。 くるっと後ろを向いて奥に下がっていく姿なんて、かなりしなやかで・・・うっとりですよ!
舞台用のメイクって表情が読みにくい・・・いや、トート閣下のメイクが特殊だからかな? TVで見慣れている武田真治の表情じゃないんだよね。 まるで人間という感じがしなくて(トート閣下は人間じゃないけどさ^^;)、普通、彼が何かのキャラクターを演じている時ってなんとなく武田真治の気配を感じるんだけど、トート閣下はまるで感じないんだよ。 トートだからなのか・・・それとも、武田真治の演技が進化したからなのか?? 今まだちょっと分からないなあ。
今回は、ウィーン版DVDを見た後だったので、舞台が小さく感じて俳優の人数もかなり少ないので、東宝版はかなりコンパクトだったんだなあと、気がついた。オケもかなり少ないしね。 それから、かなり舞台から離れていたので、前回は武田君の歩く音まで聴こえたのだけど、今回は群舞の音も届きにくく、音声はかなり調整されているけど、小さい音に感じた。
まったく同じ演目なので、途中飽きちゃうかと思いきや・・・やっぱりしっかり楽しんでしまった。 それはやはり、武田トート閣下の魔力なのだろうか? うん、多分そうだと思う^^;
2008.9.26(FRI)『エリザベート』(at 博多座) 「闇が広がる」 WORDS BY MICHAEL KUNZE、MUSIC BY SYLVERSTER LEVAY、(日本語詞:小池修一郎)、PLAY BY 武田真治 & 伊礼彼方
今更ながら、また"ひとり"を感じる。 これは随分昔からのことで、恐らくこれからも感じるだろう。 これはきっと私の癖なのだ。
"ひとり"を感じる時、昔は哀しくて、よく涙を流していた。 いろんな人とひっきりなしに出会っていた頃は怖さを感じたこともあった。 仕事に忙殺されていた時期には"ひとり=孤独"になってひたすら心が閉じていった。
今は…。 ほんの少しの寂しさと安堵感がある。
夕べ、友人と交わした下らないメールの内容を思い出して笑ってしまう。 会社で交わした同僚との会話がおかしかったことも思い出したらおかしいし。 偶然出会った人からの熱い思いの籠ったメールの内容は、私をわくわくさせてくる。 "ひとり"を感じることは、孤独なこととは違うんだろう。
゛ひとり゛を感じながら、他の誰かの気配を感じる。
「未来」 WORDS & MUSC & PLAY BY BACK HORN
一昨日、広島で開催された「中村達也×The Birthday Presents WEEKEND LOVERS」に行ってきた。 このライブイベントに行くのは実に6年ぶり。
最新型のロックを聴いた。
この日、中村達也氏が参加しないと勘違いをしていて始まるまでかなりテンションが低かった。 おまけに今回は一人で参加することにしていたのでテンションは下がるばかり。 それでもせっかく用意したチケットがもったいない・・・もしかしたら、新しい音楽に出会えるかもしれないし、と気持ちを奮い立たせて広島へ。
開演ギリギリに会場入りし、箱の中に入るとPAブースに赤いスポットライトを浴びた村上淳氏。 思わず"おおっ"と声に出してしまった。 今回のWEEKEND LOVERSすべての会場で、彼はDJを努めている。
DJというと、大きなヘッドホンをして極彩色のTシャツ着た派手な人というアナクロいイメージを持っていたのだが、最近はそんな人はいないことをやっと認識した。 村上氏も白いつなぎにキャップの上からタオルはちまき(しかし、キャップの上からタオルがはちまけるって・・・どんだけ小さい頭)その上には大きなヘッドホンがかぶさってる。 選曲はアナログな音源が多くて、選曲もスイングジャズのおなじみの曲だったり、リミックスされた「COME TOGATHER」だったり・・・バンド入替の待ち時間になかなか楽しませてもらった。 しかし、DJって最新音楽に精通しているだけでなく、かっこいい音楽の発掘もしなくちゃとても勤まらないよなあ・・・ということに気がついて、思わず尊敬の念を持った。
この間見た武田真治君も顔の小さい人だったが、村上氏は顔が小さいと言うよりも、頭蓋骨が小さい! ライブ後には1m以内の距離で再び彼を見たが、体もかなり細くてくやっぱり小さい頭でしゃくしゃの顔をしていた。 なんというか・・・TVって少し太って見えるもんだとは聞いていたが、ホントに同じ人間なのかねと少々うらやましく感じた。
ライブには3バンドが出演。
まずは、SPECIAL OTHERS ギター、キーボード、ベース、ドラムスの4人編成。 時々歌が入るがほとんどインスト。 キーボードはハモンドオルガンみたいな音を出す。 (実際オルガンだったのかもしれないがよく分からなかった。) オルガンとギターが似たような音で似たようなフレーズを引き続けるのでとっても単調。 こういうのが好きな人もいるんだろうが、私がもっとも苦手とするタイプ。 最近とあるミュージシャンのインタビューで"フレーズで切ってほしいのにこない"ってな話を読んだことがあるが、この日、私はその意味を知った・・・気がする。 限りなくリフが続く・・・誰かメロディーを演ってくれ!と叫びそうであった。 ドラムスとベースのリズムは悪くない。とにかく、なんかこーもっとざっくりメロディーがほしかった。 でも、時々ご機嫌なフレーズがあり、そういう時は自然と体が揺れた。 近々広島でワンマンライブがあるらしい。
お次は、The Birthday
元THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのチバユウスケがヴォーカル、ドラムスをのクハラカズユキを勤める今回のライブでは一番人気のバンド。 私はクハラのドラムス結構好きなんだな。 転がるような猛スピードのリズムはマシンガンを思い起こす。 規則正しい猛打は数を数えれそうなほどきれいな音で鳴る。 しかし、The Birthdayはサウンドは好みなのだけど、チバの声がだめなのでほとんど聴かない。 あの声がこのバンドのサウンドを爆音化してるんじゃないかと思うんだが、ファンはそれがいいんだよね。きっと。
しかも、チバはテネシアン(グレッチ)というギターを弾きながら歌う。 最近の彼の髪型とテネシアンとがとある人物を思い起こさせ、"どんだけ憧れてるのよ"と突っ込みたくなる(・・・そう思っちゃうのは多分、私だけだろうけど。) でもこの日聴いた中で彼らの「カレンダーガール」が一番よかったな。
そして、JOY HEIGHTS登場。
すっかり中村達也氏が出演しないと思い込んでいた私は、The Birthdayより後に演奏するバンドってどんなバンドなんだとはてなマークを飛ばしていた。 会場は人が引く気配がない。 編成は、ギター、ベース(その前に小さいキーボード1個)、ドラムス、DJが使うような機械(その後ろにギター1本)・・・何が始まるんだ??
村上氏の選曲を楽しみつつ、ステージに注視していたその時、中村達也登場!! おおおおおっ!やっぱり来てたじゃないか〜(気持ち的に涙)
のっけから面白いんだか面白くないんだか分からないことをブツブツとマイクに向かってつぶやく達也氏。 前日に山口情報芸術センターに行ったとかいう話をしている(!) すでにイッちゃってる感じの達也氏。
私は太鼓たたきの中ではこの人の音が今のところ一番好き。 爆裂ドラマーの異名を持つ彼のドラムは、そりゃまあ走る走る。 しかし、めちゃくちゃにたたいているようで実は、繊細な音を出す。 太鼓はきれいに響くし、ハイハットやシンバルだってへしゃげた音は出ない。
今回はJOY HEIGHTSという新しいユニットで登場。 どうやら最近LOSALIOSは活動してないらしい。(かなり残念)
そして、これが・・・・超最新型ロックだったわけなのさ。
うまく説明できないが。 ドラムスが、すべてを引っ張っている。 ドラムスがメロディーであり、リズムであり・・・。 達也氏はずっと叫んでいて、気持ちがノッてくるとギターのフレーズまで歌いだす。 残りのメンバーをそれを聞いて即座に楽器からそのフレーズをたたき出すってわけ。 ジャムセッションの極みというか・・・。 あとでこのユニットの説明を読んでみると"超音波ロック"だって。 うん・・・まさに・・・それそれ。
6年前、同じステージでLOSALIOSを見た。(武田真治がいてびっくりした) 彼らもまたジャムセッションを繰り広げてくれたが、まだまだメロディーやフレーズが存在していて、JOY HEIGHTSを体験した後聴いてみると、なんて秩序のあるジャムセッションなんだ・・・と思う。
そうは言っても、達也氏のドラムスはやっぱり最高だ。 ドラムス以外の楽器が金切り声(!)をあげるので、彼のドラムスの音が入るとほっとする。 めちゃくちゃにイッちゃってるように見えて、その実リズムが狂うことはない。 よくまあ息切れしないもんだと言うくらいたたき続ける。 そう、今の私はこれを欲してたんだ・・・狂ったように太鼓をたたき続けるステージ上の達也を氏を見ながら、体温が上昇し始めた。
いや・・・思いがけずすごいものを体験してしまった。 でも、やっぱりLOSALIOSがいいデス。
2008.9.23(TU) 中村達也×The Birthday Presents WEEKEND LOVERS(at広島クラブクアトロ) 「カレンダーガール」 WORDS BY チバユウスケ、MUSIC & PLAY BY The Birthday
同僚がウィーン版『エリザベート』のDVDをとうとう購入(!)したので、便乗して見せてもらった。 はまりついで・・・というか、"祭り"状態の自分を鎮めるため(!)とりあえずの締めくくりをするつもりで感想を。
このDVDはもしかしたら私が購入した輸入版CDと同じ日のものかもしれない。 なんとなくそんな気がするな。
字幕のおかげで物語の全貌がよく分かった。 オリジナル版はかなり歴史ドラマの色合いが強くて、日本版ほどトート"死"への比重は多くない。 また、皇太后ゾフィーの苦悩も盛り込んであり、エリザベートによってもたらされる悲劇を盛り上げるのに一役買っていると思った。 ミュージカルってもっと踊ってるものだと思ってたけど、オリジナル版は東宝版よりも踊ってない感じがする。 歌が重視されてるのかな。
舞台装置がかなり大掛かりで、すでに見ている宝塚版とも東宝版ともまるで違うので、同じ物語なのに雰囲気はぜんぜん違う。面白いなあ。
とにかく、舞台がよく動くんだな。 床が上下に動く、右端から跳ね橋が上がったり下がったりする。 この跳ね橋は、ルキーニがエリザベート殺害に使用したやすりを巨大化したものなのだそうだ。 ここを上ったり下ったりするのはルキーニとトートだけ。 2人ともよくしなる橋の上で飛び跳ねるので、折れそうでひやひやした。 特にトート役の人は体格がしっかりしてるので、怖かったな。
で、とにかくオリジナル版はルキーニがすばらしい。 高嶋さんはオリジナル版のルキーニを参考にしてるんだろうかと思った。 外国人は年齢が分からないんだけど、高嶋兄よりは若く見える。 声がすばらしい。 彼の熱唱は一聴の価値あり!
トートは日本版に比べると登場回数が少ない。 エリザベートかルドルフの登場シーンのみに出てくる。 これはなかなか興味深かった。 で、このトートがものすごく動物的。 かなり衝撃的だった。 「最後のダンス」でエリザベートを挑発しまくりだもん。 もうちょっとお上品に出来ないのかよっ!と思わず突っ込みを入れてしまった。 まあイメージとしては武田真治のトートと大差ないのだけど、武田トートのほうがお上品^^; (武田君はたぶんこのトートをお手本にしている!) 死の帝王という説明は出てこなかったが、最初のシーンの歌で"誰でも一度はトート(死)と踊るもの だけど、エリザベートは特別・・・"というような訳が出てきて、"ああ、やっぱりそういう位置づけなんだな"と納得。 トートはとても野性的というか動物的。 どちらかというと美形な人なんだと思うけど、とにかく体が大きくて、なんかいっつも興奮してて・・・。 私の持ってるトートとはまた違うイメージ。 やっぱり武田トートが一番じゃ!
東宝版にはあるけどウィーン版にはないシーン、また逆もある。 まあ、それは当然なんだけど。 一番特徴的だと思ったのはエリザベートが木から落ち、初めてトートと出会うシーン。
私はウィーン版のほうがいいと思う。
日本版ではここでトートがエリザベートに惚れちゃって「愛と死の輪舞」を熱唱しつつその気持ちを伝えるのだけど、ウィーン版では、トートがエリザベートを抱いてベッドに横たえた後、エリザベートの"私はあなたを知ってる・・・"とトートを呼び止める歌に続く。 この時、私にはエリザベートに呼び止められて初めてトートがエリザベートに興味を持ったように思えた。 最初にトートを求めたのはエリザベートだったというのがはっきり印象付けられているので、分かりやすい。 エリザベートの心しだいでトートは現れるんだという感じがする。
歴史物語なので、そういう表現についてはウィーン版がやっぱ一番すばらしいんじゃないかと思う。 でも、エリザベートとトートの愛の物語としては、東宝版のほうが美しく表現してあると思う。 (宝塚版は美しさを追求するあまり都合よく歴史事実が削除されていて私の好みではない。)
これでやっと、この作品の全貌を見た感じがするので、とりあえず自分の中では落ち着いたなあ。 一度気になるととことんまで掘り下げないと気がすまないたちなので、どどーんとはまり込んだけど、知的好奇心が大いに刺激されてとても楽しめた数週間だった。
でも、武田トートはまた見たい〜!
「私は私だけのもの」 WORDS BY MICHAEL KUNZE、MUSIC BY SYLVERSTER LEVAY、(日本語詞:小池修一郎)、PLAY BY (Maya Hakvoorta もしくは 朝海ひかる)
2008年09月23日(火) |
僕の心を取り戻すために |
とっちらかった部屋は、私の心の中を現(あらわ)してる。 引っ張り出したままのCDや本。 聴き散らかして、読み散らかして・・・気まぐれにまた拾って読んだり聴いたり。 呆然とその部屋の状況を目に映しながらも、今現在の私自身にはどうすることも出来ない。 自分で抑えられない衝動が突き上げてきて、出口を探している。
落ち着かなくっちゃとささやく自分がいる。 なんでそんなことになってるの?とささやく自分がいる。 でも、自分では抑えられないんだ。
休日の朝、目が覚めてBLANKEY JET CITYの『LAST DANCE』を見る。 出かける時間があるから、そうそうゆっくり見ていられないのは分かっているが、今どうしても見たかった。
急停止する一歩手前の猛スピードを画面の向こうに見た。 ひと時ぼんやり画面を見つめていた。 やがて体がリズムを取り始める。
そして私は、ベッドから立ち上がって・・・。 とりあえず、足元のCDと本を元の場所に納めていた。
今日は、WEEKEND LOVERSだ。
「僕の心を取り戻すために」 WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY
1996年公演の蜷川幸雄演出『身毒丸』のDVDを見た。 主演は武田真治。
ハマりついでに俳優 武田真治について考えてみる。
蜷川幸雄演出『身毒丸』は今でこそ主演は藤原竜也なのだけど、初演は武田真治だったんだよね。 1996年当時、もちろんこの舞台のことは知っていて、見に行きたかったけど適わず、後日発売されたビデオを友人から借りて見た。 (そういえば、その友人に私が武田真治ファンというのは意外だといわれたなあ。)
しかし、当時の私にはこの演劇の良さがさっぱり分からなかった。 武田君がとても怪しく美しい・・・けど、わざと一般的には見目が麗しくない人々を登場させ、白石加代子さんのメイクもわざと怖く見えるようにしてある。不可思議な音楽と妙な台詞回し・・・なんだか薄気味悪かった。 まあ、そんな程度の感想しかもてなかった。 なんだかすごく恐ろしいもの見ちゃったなというばつの悪い気分になった。
それをもう一度見ようと思った理由は、演劇雑誌で『エリザベート』の演出をした小池修一郎さんが『身毒丸』の武田君を見て人ではないものを演じさせたら面白いだろうと思ったというようなことをインタビューで語っていたからだ。
『身毒丸』をやってた頃の武田君は”フェミ男”と呼ばれていて、TVでは彼の中性的な美しさがもてはやされていたような記憶がある。私はあんまりそういう観点で武田真治という人をみていなかったので、ぴんとこなかったのだけど、『身毒丸』を見ていて、"う〜ん、なるほど・・・"と10年もたってその美しさにどきどきしてしまっている。 その当時の武田真治は私にとってはサックスプレーヤーだったので、びしっとスーツを着てサックスを吹きまくる姿のほうが目に焼きついているんだよね。
かれこれ10年もの月日を経てみた『身毒丸』 以前見たときよりはなんとなく意味が分かったし、面白かったような気もする。 なんかしらんが、見終わったときに居心地の悪い気分になるんだけど、もう1回見ようかなと思ってしまうのは何故なんだろう。 ミュージカルではないけど、歌が物語の一端を担っていて、役者が踊ったりもしてる。 DVDのカメラワークがかなり凝っているので、それも手伝って摩訶不思議な雰囲気がかもし出されてる。
この演劇ではかなりの高評価を受けたようだけど、本人は再演に際して出演を断ったとか・・・私はそれ分かるような気がする。
インタビューを読む限り、武田真治っていう人は自己主張がわりと激しくて、なんでも自分が納得しないとやらない・・・とても現実的な人物だなと私は感じている。 この当時、役者は仕事、音楽は好きでやってるという線引きが彼の中にあって、音楽のほうが優先順位が高かったみたいだ。(ごく最近はそういうインタビューを読んでないので現在の心境は想像しがたい。)
"身毒丸"っていう人物は、常に死んだ母のところへいきたいと思って生きることを放棄しているように見え、かなり浮世離れしている。 私の感じている武田真治という人からはそんな雰囲気はまるで感じない。 身毒丸とは対極の位置にいると思う。 だから、武田君がよくまあ"身毒丸"になれたもんだなあと、DVDを見て感心してしまった。 やっぱり俳優としても底知れない力を持っているのかな。
実は、武田真治という俳優は、とっても中途半端だなとずっと思ってる。 演技がうまい下手ということではなく、なんかずっと迷っているような感じを受け続けてるのだ。 最初は別に俳優って仕事をやりたくなかったそうなので、途中ちょっと逃げちゃってるの?と思う期間もあったし。(これはあくまでも私の主観。)
インタビューでは常に自分とかけ離れた役は出来ないと言ってた。 なるほど、彼の演じているキャラクターというのはどれも武田真治を匂わせている。 なんというか、とても生々しいんだよな、武田真治という俳優は。 でもね、このごろのTVドラマや映画では"なんかちょっと違わないか、武田真治ってこんな感じだっけ?"っていつも思う。
で、今回"なんで?なんでミュージカル?"と思いつつ、『エリザベート』を見に行って、なんとなく腑に落ちちゃった。彼はライブで勝負するのが一番本領を発揮できてるんじゃないかってね。 演じ終わった後で笑顔でカーテンコールするのが気持ち悪いと言ってるのを読んだことがあるけど、今回見たカーテンコールの武田君はとてもうれしそうだった。 どんな変化が彼にあったのだろうか、すごく気になったりして。
話がわき道に反れたが、本題に戻る。 小池修一郎さんの意見はすごく的を得ていると私は思った。 『身毒丸』にはすでにトート閣下の片鱗が見えている。 普通の人の役も彼はたくさんやっているけど、ありえないキャラも結構やってて、私はどちらかというとそういう武田君の演技が好きだ。本人は真面目だけど端から見ると変っていうやつ。 こういう武田真治はもっとたくさん見たいかなって思う。 だから、トート閣下は彼にはとってもはまり役だよなあと、舞台を見ながら感慨深かった。
サックスプレーヤー武田真治に関しては、どんな方向へ行っても変わらないだろうなという信頼感がすでにある。 でも、俳優 武田真治に関しては『エリザベート』の後、どんな方向へ行くのか・・・とっても楽しみだ。
・・・あんまりうまくまとまらなかったな^^;
「hit man」 MUSIC & PLAY BY LOSALIOS
2008年09月21日(日) |
オーロラが舞い狂うとき |
買ったままほったらかしにしてあった横溝正史『真珠郎』を急に読みたくなってしまった。 で、1日かけて読んじゃった。
昨日、武田真治君主演の『身毒丸』(1996年作品)という演劇のDVDを見ていたら、読みたくなったのだ。
なぜなら、この小説の冒頭に真珠郎が水の中から出て来るくだりがあって、それがなんともいえず怪しく美しいという表現だったので、おおお、イメージが似ている〜と思ったのよね。 最後まで読んで、"う〜ん、このオチなら武田真治ではだめかなあ"と、ちょっとばかりがっかり^^; 女装させたところを想像してみたが・・・女装姿を想像したはずが、トート閣下になっちまう。 でもまあ、オチにたどりつくまでは充分妄想(!)させてもらったので楽しめたけど。
今まで読んだ横溝作品の中で、一番好きだな。 殺人シーンは今まで読んだ中で一番残酷だけど、話が急展開するまでの雰囲気がとても怪しいし、まるで先が読めない感じがしてずっと不安定な気分で読み進めていた。 なんだかとてもどきどきした。 完全に主人公の気持ちに同調してしまって、最後まで突き進んでしまった。 私が購入したのは扶桑社文庫のもの。けど、これだけはかつての角川文庫のものが欲しいなあなんて思ったり。 何でそう思うのか・・・両方を検索したら理由は分かります^^;
横溝作品を毎回読んで思うのは、事件が起こっている最中の部分では本当に夢か現か・・・という気分で読んでしまっている。迷っている主人公の心情に完全に同調させられちゃって、まんまと横溝マジックにかかってしまっているわけなのさ。 それが、金田一耕助(今回は由利麟太郎だった)が、出現して謎解きを始めたとたんに目が覚めてくる。 "もしかして・・・もしかして・・・"と期待しつつも、"ああ、でも、それを知ったら終わっちゃうじゃん!"と悲しい気持ちになってしまう。
まんまと"真珠郎"に惑わされ、横溝正史さんの思惑に嵌って悔しいが、ひと時"真珠郎"という幻を追うというある意味至福の時をもらって、なかなかいい休日だった。
ということで、残りの短編も今から読みまっす。
「オーロラが舞い狂うとき」 MUSIC & PLAY BY LOSALIOS
武田真治君のインタビューが音楽専門誌「SAX&BRASS Magazine」に掲載されているという情報を仕入れたので、本屋に立ち読みに行った。
表紙の武田君がどえらいかっこいいので、ほしいと思いつつも専門誌はお値段が高いので、インタビューの内容を読んでから決めようと立ち読みに行った。 しかし、これがすごく面白いものだったので全部読む前にレジに持って行った。
インタビューは"この人ってサックスが、音楽が、本当に好きなんだなあ"とストレートに伝わる内容。 これほど専門的にサックスや音楽について語っているインタビューは初めて読んだ。 そして、昔読んだインタビューで言っていたことと変わらないことを語っていて、この人は一本筋が通ってるよなあと改めて惚れ直してしまったのさ。
THE CHECKERSの藤井尚之さんに憧れてサックスを始めた話はいろいろなところでしていて知っていたが、中学生の頃から専門書を読んで音楽理論を調べたり、音の出し方も自分で探し出したりしていたらしい。
彼の音の出し方は初めて聴いたとき、"タンギングが甘くて音がバリバリだなあ"と思って、これはうまいのか下手なのか???ものすごく不思議で謎だった。 いわゆるサックスの音とはかなり違って、とんがっていてひずんだギターの音に似ている。 でも、それが彼の持ち味だったんだな。
武田真治名義のアルバムは2枚出ているが、かれこれ13年位前。 この頃2回ほどコンサートツアーもやっていて、私も行ったんだよなあ。 申し訳ないけど、当時は彼のサックスのうまさやすごさがわかっていなかったと思う。
その頃はTHE CHECKERSに傾倒していた時期だったので、その延長で武田真治君の音楽を聴いていた・・・多分。 私が聴いていた頃のTHE CHEKCERSはセルフプロデュースの時期に入っていて、R&B色が強かった。 (本来の彼らのサウンドに戻っていたと言うべきかな) THE CHECKERSはライブがとても楽しくて、ライブは踊ってなんぼだなと教えてくれた。 武田君の音楽もそれに近くて、コンサートツアーもご機嫌で楽しかった。 ジャズのビックバンドみたいな編成で、ビシッとスーツで決めてサックスを吹く武田君はめちゃめちゃかっこよかったんだよなあ。
その後、Blanky Jet City(以後BJC)を聴いて衝撃を受け、実は爆音系ロックが好きみたいだと気がついて、日本のロックを聴くようになった。 直接の引き金ははじめていったBJCのライブだったけど。 そういうサウンドにはブラス系の楽器が編成されることがほとんどない上にTHE CHECKERSとはまるで質の違うライブなので、武田君のアルバムも聴かなくなっていた。THE CHECKERSも解散していたし。
やがてBJCも解散して、メンバーそれぞれが独自の活動を始めたので、それらの情報を仕入れては追っていた時期にまた武田君のサックスを聴くことになった。
ドラムスの中村達也氏のLOSALIOSに武田君が参加するようになったのだ。 それももかれこれ8年位前のことだなあ。 その後3枚のアルバムに武田真治君の名前がクレジットされる。
私がBJCの音楽に興味を持つきっかけが武田君だったので、LOSALIOSのライブで彼の姿を見たときは感無量というか・・・妙にテンションがあがった。
LOSALIOSというバンドは、元々中村達也氏が青山のとあるクラブで週末にセッションを繰り返していて、その中から生まれたユニット。 つまり、元々フリーセッションから始まっているバンドなので、アルバムも曲によって達也氏以外のメンバーが流動的に変わる。そのライブツアーメンバーの中に武田君がいるというのは正直驚いた。
フリーセッションに参加するには、かなりのレベルの技術が要求される。 半端な技術では他のメンバーに消されてしまいかねない。 申し訳ないけど、武田君がそれほどの技術を持っているとは思いもよらなかったのだ。
つらつらと武田真治君のサックスにまつわる思い出を書いてしまったけど、雑誌のインタビューを読んでいたら、思い出したんだよね。つらつらっと。
最後に武田君のサックスを聴いたLOSALIOSのライブのとき、彼はなんとなく影が薄かった。 やっぱり技術的に無理してるんだろうかなんてあの時は単純に思っていた。
でも、実はそうじゃなかったのかもしれない。 ジャムセッションで演奏するために自分の何がよくないのか・・・機材のこととか、技術のこととか・・・熱く語る武田君の言葉から、もしかしたら、あのバンドに参加したことでいろいろ分かったのかなと・・・そんな風に思った。
LOSALIOSは今でも聴いていてライブにも行くが、今は武田君がいた頃とはまた違った雰囲気のバンドになっている。 その後、武田君は忌野清志郎さん率いるラフィータフィーに参加しているということを聴いたが、なんとなくこのバンドは未だに聴いた事がない。
その後は、自分でバンドを立ち上げて今でも活動しているのだが、いわゆるクラブ系の音楽をやっているらしい。そっち方面はどちらかというと苦手・・・な私。 そんなわけで、最新の武田サウンドは体験したことがないが、インタビューを読んで久々に彼のサックスを聴きたくなったので、デビューアルバム『S』を引っ張り出してローテーションしている。
あの頃は、ただ聴いていただけだったけど、今聴くとスタジオ録音なんだけど、ライブみたいな感じがして、凄く熱い! よく聴いていたあの頃から好きな音楽の幅が広がったからなんだろうけど、ものすごくかっこいいなと。 バリバリいって尖がってる武田君のサックスとギターが競い合っているような部分もあって"うおっすごっ!"っと朝から車の中でハイテンションになっちまった。 ああ、今、生で聴いたら大興奮だろうなあ。
インタビューの最後に武田君は"とにかく続けることが大切"と語っている。 そう、そうなんだよなあ・・・でも、それが一番むずかしい。
「BLOW UP」 MUSIC BY 武田真治 Arrangement 武内亨、武田真治、 PLAY BY 武田真治
2008年09月17日(水) |
SWEET DAYS |
昔見たTVドラマの話を同僚としていて、VHSビデオを物色していたら懐かしい映像が出てきた。 NHK総合の「ポップジャム」という歌番組にBlankey Jet City(以後BJC)が出演し、ライブ演奏しているものだ。
歌っているのは「SWEET DAYS」 かわいらしい歌詞と軽快なリズムが気に入っているキャッチーでポップなシングル曲。 おまけにこの曲は「ポップジャム」のオープニングを飾っている。
ちょっと調べてみたら「SWEET DAYS」は1998年11月に発売されていた。 10年前だ。
懐かしくてこのビデオをしばらく流していたら、他にも懐かしいモノがたくさん出てきた。
YouTubeで発見。これこれ!

このVHSビデオには"大失恋"とタイトルが書かれているが、そういうタイトルの映画が標準録画されていたものに音楽番組を上書きしていた。
この映画はいろんな失恋物語を人間群像のように描いている作品で武田真治君が出演している。 彼が出演しているので標準録画したのだった。 つまり、10年前から私は彼のファンだったんだな。でも、それをBJCの出演番組で上書きしているわけだ。 いやはや。
このビデオはそういう当時の私の心情が表れているシロモノだなと思うとなんだか面白い。
BJCに嵌る直接のきっかけになったのは武田真治君のコンサートツアーでの彼のMCだったよなあ。 実は武田真治ファン歴の方が長いのよね。(そんなことはどうでもいいか^^;)
スペースシャワーTVの番組にBJCが出演してしゃべってるものがたくさん入ってる。 3人そろってちょこんと座って。
ああ、BJCだ〜(涙)、かっちょいいよぉ〜。
ひとしきり見ほれた後、早送りする。
そしてまた再生ボタンを押してみる。 今度は斉藤和義さんのミュージッククリップの特集が出てきた。 おおお、そうよ。 彼の音楽もこの頃から聴き始めたんだったわ。
早送りの映像を見ていると懐かしいミュージシャンもちらほら。 あの頃、四六時中スペースシャワーTVをつけっ放しにしていた。 TVからは新しい音楽がたくさん流れていて、わくわくしたっけ。
音楽チャンネルから録画したものの一番最後はCoccoのミュージッククリップだった。 タイトルは忘れてしまった。 でも、カメラをまっすぐに見つめられず伏目がちに歌うCoccoを見ていたら、なんだか胸が熱くなってきてしまった。 10年前も私はそんな気持ちだったのかな・・・なんてふと思った。
10年・・・長いのか短いのか。 そして、私は10年ちっとも変わらずこのビデオに収まっているモノたちを愛でている。 変化のないやつだなあ。
「SWEET DAYS」 WORDS BY 浅井健一、MUSIC BY 照井利幸・浅井健一、PLAY BY Blanky Jet City
日本版『魔王』が最終回を迎えた。 どえらい大騒ぎしたので、一応ピリオド打たなきゃね。
そして、最終回で一気にここまで持続した私の魔王熱(韓国版含む)もピリオドが打たれた・・・なんとなく。
第10話(最終回一つ前)でそれまで私がさんざんっぱら文句を書き続けていた芹沢直人(生田斗真)が本心を吐露した。 それまでの展開を考えると"えーっ!今ここでそれを言うのか??"と思わず声に出したのだった。 (まあ、その演出はともかく生田斗真君の演技はなかなかすごかった。) それはあまりにも引っ張りすぎと思ったのは私だけではなかったはず。 ここまで来て、直人が成瀬の顔を知らなかったというオチはどうなのよ? あまりに成瀬が悲惨じゃないか! そりゃ、成瀬も困惑します。
芹沢父(石坂浩二)が成瀬に頭を下げたシーンは、日本版オリジナル。(日本らしいシーン) それまでの父の言動から"まだなにか企んでいるのでは?"と深読みしたんだけど、それは考えすぎだった^^; ここはなるほどなあと思ったが、これもなんだか唐突だったなあ。 でも、成瀬の正体に気がついた瞬間の石坂浩二さんの表情の変化は、金田一シリーズっぽかった。 もしかしてこのシーンのためにキャスティングされたのか?と思ったくらい。
そして最終回。 予想外の人物が2人死んでまったく驚いた。 芹沢の兄(劇団ひとり)と葛西(田中圭)。 しかも、山野(清水優)がぶち切れてナイフを取り出すなんて。 芹沢の父兄に関しては、この2人が死んだことによって直人と成瀬は立場が同じになり、同等の憎しみと悲しみを持つに至るので納得なのだけど、葛西が死んだのには驚いた。 でもまあ、よくよく考えてみると仲良し5人組で葛西だけ生きてるってのもバランスが悪くはある。 しかし、山野が成瀬を刺し、さらに葛西を殺し射殺されるというのは、後味が悪すぎる。 あまりにもご都合主義な展開といわざるを得ない。 非常に残念だった。
山野が死んでしまったためにこの事件は永久に迷宮入りになる可能性がないか? あ?成瀬の部屋を整理すればいろんなものが出てくるからそんなことはない?
2人の対決シーンは、成瀬が思いのたけを口にするところは、日本版オリジナルで成瀬の気持ちがひしひしと伝わる感じがしたし、"大野君結構やるじゃん"と思った。
が!その後からは、ぶっちゃけ演出もセリフも韓国版とほとんど同じで唖然とした。 大野君も生田君も韓国版は見ていないと発言している。 なのにあそこまでそっくりというのは、ああいうふうに演出されたってことなんだよね、きっと。
そんなわけで、第10話まで盛り上がっていた気分はここで一気になえてしまいました・・・とさ。
そして最後、海のシーンは意味不明。 おまけに最後の最後で思わせぶりなリーディング。
特典映像としてそれをDVD-BOXに収録するそうだが、特定の人しか手に取らないDVD-BOXの特典映像でって・・・これは反則だよなあ。
で、後出しにならないように予想してみる(白字にしたので反転して読んでね。) まず、山野が成瀬を刺すところが見えるかもしれない。 芹沢直人(生田斗真)が息絶えた後、成瀬領(大野智)は彼の手を引っ張って(死体を引きずって)車が積んであるところまで連れて行く。芹沢をきちんと座らせた後に自分もその横に座り、ハーモニカを懐から取り出し、芹沢の手に乗せた。 そして最終回でつぶやいて息絶えるシーンに続く。
・・・これ実は韓国版の最終回の中にあるシーン。(ハーモニカではなく青いホイッスルだけど。) 驚くような真実ってこのくらいしか思いつかなかった。
来年1月にDVD-BOXの特典映像を見た人はぜひ連絡ください(笑) 私は思わずポチッとやりそうになりましたが、すんでのところで思いとどまりました。
最終回で一番哀しかったこと。(色反転してます。) 成瀬の日焼けしてブツブツになった肌を見て、気分がかなり盛り下がった。 そりゃないだろう・・・というのが本当に正直な気持ち。 イメージがぶっつぶれた(涙)
「LiVE/EViL」 MUSIC BY 澤野弘之
ミュージカル『エリザベート』をすっかり気に入ったので、博多座ロビーで販売していたウィーン・オリジナル版2枚組みCDを購入した^^
もちろん日本版のCDもあったのだけど、武田真治・朝海ひかる版はまだない。 せっかく今聴いたばかりの歌を違う声で上塗りしたくなかったので、日本版はあえて避けてみた。
CDはウィーン版・オランダ版などがあり、ウィーン版でも全幕を網羅した2枚組みとダイジェスト版があったのだけど、今見た物語を反芻して忘れないために全幕を網羅した2枚組みを購入。 輸入版らしくドイツ語で書かれているタイトルなどは読めない。 そこで、同じく購入したパンフレットに書かれているタイトルリストと比較してみたのだけど、曲数が合わない。 曲名ではなく、シーンがタイトルになっているような気がする。 しょうがないので、自分が気に入った曲が何番目に収録されているかで曲名を大体把握することにした。
ウィーン発のミュージカルということで、どういうわけだかオペラのような音楽を想像していたのだけど、割とロックな感じ。 歌のほうもトートやルキーニはシャウトする場面もあるので、すごくわくわくする。 でも、皇帝やエリザベートたちはオペラっぽい歌い方をしていて、そのちぐはぐな感じが・・・病み付きになりそうな感じ。 オペラのような歌い方の後ろでエレキギターがギュイーンとか鳴っていたりして、かなり不思議。 アメリカ産のミュージカルソングのような華やかさはないが、堅実な感じがして私はとても気に入った。
しかし、ドイツ語ってかっこいいなあ。 "っ"っていう音がたくさん入るんだけど、そこで結構けっつまづいた感じに思えていたのだけど、聴きなれてくるとそういう音がすごく気持ちよくなってきて・・・。
・・・なんてはまりやすいんだろう私って^^;
私が気に入っているのは。
「エリザベート(愛のテーマ)」 第1幕では皇帝が歌うが私の記憶にあるのは第2幕の終盤、トートがエリザベートを迎えに来たとき歌うほう。
「最後のダンス」 第1幕の中盤でエリザベート相手に熱烈にアタックするシーンでトートが大熱唱。
「闇が広がる」 第2幕中盤で成人した皇太子ルドルフ(エリザベートの息子)とトートが大熱唱。
「キッチュ」 第2幕の頭で、きんきら衣装を着たルキーニが街の人たちとともにハプスブルグ家を揶揄している歌、ルキーニがひっぱって大人数で大合唱。
ここには書かなかったけど、ルキーニの歌はどれも好き。 ちょい悪オヤジ風な声が素敵。 それから、意外と皇太后ゾフィーのパートも好きである。
日本版では、第1幕でエリザベートが木から落ちて生死をさまようシーンでトートが登場し宝塚版のために書かれたという「愛と死の輪舞」を歌うのだけど、ウィーン版ではこのシーンがなくこの歌もない。 「愛と死の輪舞」が嫌いなわけではないけど、私はここにこのシーンと歌は必要ないんじゃないかなあ・・・と思っている。
このCDは、現在、通勤時間にハードローテーション中。
4日前に見たばかりの舞台はまだ頭の中に残っていて、俳優たちの動きと歌が生々しく頭の中で反芻されている状態。 ウィーン・オリジナル版のライブCDを聴きながら、見たばかりの舞台を思い出すというのはかなり妙だなと自分でも笑ってしまう。
「キッチュ」 WORDS & MUSIC BY MICHAEL KUNZE、SYLVERSTER LEVAY、(日本語詞:小池修一郎)、PLAY BY Luchini(Serkan kaya もしくは 高島政信)
2008年09月09日(火) |
エリザベート(愛のテーマ) |
昨日、博多座でミュージカル『エリザベート』を見てきた。 なんというか・・・すごい体験をしたという感じ。
タイトルに選んだのは、このミュージカルで一番印象に残った歌。
あれだけ大勢の人間が舞台の上で踊りながら歌うのを目撃するのは生まれて初めてで、しょっぱなからそのスケールの大きさに圧倒された。 ちなみに座席はステージに向かって左側の最前列。
すでにDVDで宝塚月組の舞台を見てはいたけれど、14型TVの前に座ってみるのと目の前の大きな舞台で繰り広げられるのでは、衝撃の度合いが違う。 大勢の人間が舞台を踏み鳴らす音を聞くと、否が応でも心拍数とテンションがあがる。
一緒に行った友人によると、博多座の舞台はそれほど大きくはないということだが、舞台セットがシーンによって配置が大きく変わっていたり、皇帝の乗る馬車が動き回っていたりするので、小さくもないと思う。奥行きがかなり深いようだった。 ただ、バンドはかなり少人数だなと思ったので、やはりミュージカルをやるには規模の小さい舞台なのかもしれない。
今回は武田真治君の姿を目に焼き付けようと思って行ったのだけど、主人公エリザベートを演じる朝海ひかるさんが私のイメージどおりのエリザベートを演じていて、彼女の演技にも惚れ惚れして見入ってしまった。 2人とも顔が小さく全体的に細身でスタイルがいい。 まるで人形が演技しているようだ。
昔は歌うことを極端に嫌がっていた武田君がミュージカルで歌うというのがぴんとこなかったのだけど、実際に聴いてみると、これがなかなかはまっていた。 彼はミュージシャンでもあるから実はそれほど心配もしていなかったけれど、音程のぶれや息切れなんかもほとんど気にならなかった。 もちろん、ベテランの俳優さんたちに比べるとまだまだではあるが、歌いこんでいけばもっと声も出るだろうし、音域も広がるだろうから今後がとても楽しみだ。
武田君というと、滑舌が悪く台詞回しがいつもつまずきそう。 それゆえ(言葉が出てきにくいので)演技も感情が先行しがちなイメージがある。 歌でもやっぱりそんなところがあって、"ああ、武田君だなあ〜♪"と、ミュージカルでも変わらない彼の姿をみつけられてうれしかった。
トートの歌う歌は思いっきり低い音から始まるものが多くて、大変そうだが、それを吐息交じりで(ごまかしなのか?そういう解釈なのか?・・・微妙だ)歌うのは、はっきり言って反則だ〜! なんかものすごく生々しくてエロい・・・。 奇声を発するのは彼の得意とするところ(!)なので、またここでも"ああ、武田君だ〜♪"とうれしくなる。
今回、宝塚月組版にはなかったシーン(史実)が入っていて、分かりやすかった。 宝塚月組版になかったのは・・・。
・初夜の翌日皇太后ゾフィーがベッドチェック ・無理を言って旅につれて出た長女(ゾフィー)の死 ・エリザベートが倒れた理由は、ダイエットではなく皇帝から性病をうつされたから (→そのため顔にしみが出るようになったため、隠すようになった・・・と読んだことがある) ・皇太后ゾフィーが苦悩するシーン ・皇太后ゾフィーの死 ・ナチスドイツの台頭
舞台には仕掛けが多く、エリザベートが木から落ちるところがスクリーンに映される映像だったり、本物の肖像画や写真が大きな額縁で出てきたりと動きのない場面も結構あった。 ちなみに、宝塚月組版は四六時中群舞しているイメージが残っている。
目の前で見たからというのが一番大きいかもしれないが、やはり"闇"の深さは今回のほうがより強く感じた。奥行きを感じられる分恐怖も増すという。 ふっと気がつくとトートの手下(トートダンサーと言うらしい)が馬車を操っていたり、エリザベートを着替えさせたり、皇帝とエリザベートを引き裂いたり・・・。 常に死の影がそばにあるという感じでぞっとした。
私の場合、エリザベートとトートの関係が自分の中ではっきりしないので、そこが知りたくてこの作品に嵌ったといっても過言ではない。 自分なりにエリザベートとトートの関係について落とし所を探っているうちに自分の中で"こう考えるのなら納得がいく"という人物像が出来てきた。
トートは人の姿をしているけど人ではない。 日本版では死の帝王という位置づけになっているけど、それもなんだか私的にはしっくり来ない。 そのトートがいう愛ってなんなのか。 それは、エリザベートという主人公をどう解釈するかによってかなり変わる可能性があるなあと今回の公演を見て感じた。 とりあえず、今回の『エリザベート』は私が思い描く物語に近かったと思う。 でも、まだトートが人間くさく感じてまだちょっと違う気がするんだな。
となると・・・ウィーン・オリジナル版見たいなあ。
なにはともあれ。 武田真治君は意外とミュージカルが似合ってる。 楽しそうに舞台を走り回り、誘惑の手招きをする武田真治君をすでにまた見たいのであった。
「エリザベート(愛のテーマ) 」 WORDS BY MICHAEL KUNZE、SYLVESTER LEVAY、MUSIC BY シルヴェスター・リーヴァイ、日本語詞 小池修一郎、PLAY BY 武田真治(トート)
2008年09月05日(金) |
Move Your Body |
すっかり日本版『魔王』のとりこになってしまっている今日この頃。 ついに主題歌のCDを購入。 オリコンヒットチャートの5位以内(本日現在)にランキングされているCDを買ったのは多分初めて・・・だな。 "成瀬領(大野智)"効果恐るべし!?
ついでに同僚から最新アルバム『Dream"A"live』も借りて聴いてみた。 んなわけで、今日はその感想を。
私が手にしたシングルCDは初回限定2。 「風の向こうへ」「truth」の順で収録されている。 特典DVDがついていて「風の向こうへ」のビデオクリップが入っていた。
・・・ってぇことは、初回限定1っていうのはもしかして・・・と調べてみたら、DVDは「truth」(曲の並びは当然「truth」→「風の向こうへ」)
あちゃあ、そんなこと知らないからなあ〜。 それで、こっちのほうは手に入らないのだろうかと探したのだけど、見つからなかった。 嵐人気恐るべし。
「truth」のビデオプリップはYouTubeで見かけたし、『うたばん』で彼らが歌っているのも偶然見たので、よしとしよう。(と無理やり納得する) しかし、初回限定なのに1,2って^^; しかもさらに通常版では違う曲入ってるらしいし。 ・・・やりすぎだって。
まあ、それはともかく。 「風の向こうへ」は日本テレビの北京オリンピックのテーマだったんで、ほとんど日テレ系固定の我が家では割とおなじみではあったが、フルコーラス聴いたことはなかった。 「truth」は毎週これでもかというほど聴いていてすでに歌えるほど覚えてしまったので愛着もあるが、それ以外の嵐の曲って知らないし、「truth」は気に入ったけど、アイドルの曲だからなあと不安もあった。
が、さわやかなアコースティックギターの調べから始まるこの曲、素直に好感を持った。 アイドル系の音源って何でもかんでも打ち込みで作ってあって"安い"音がするイメージがあったのだけど、このCDの曲はどちらもサウンドが作りこんであって、なんだかとても感じがいい。
それに、嵐って5人の声のバランスがとてもいいし、みんな変な歌癖がないので聴きやすい。 これは正直、びっくりした。
ラップを担当しているのが桜井翔くんだということは知っていたけど、それ以外のメンバーの声って聴き分けるのが難しい。 嵐ファンの同僚いわく、"一番うまいのが大野智くん"ということなのだが、「truth」ではこれだなとなんとなく分かるようになったけど、そのほかの曲では残りの二宮和也くん、松本潤くんの2人を含めてどれだかよくわからん。 相葉雅紀くんだけ声に特徴があるので分かるようになってきたぞ。
大分はまってきたところで、アルバム。
『Dream"A"live』というタイトルを見て"ああ、これはライブを意識したアルバムなのね"と思った。
『24時間テレビ』の中で、カナダのダンサーと嵐がダンスでコラボレーションした企画で流れた曲がアルバムのオープニングと2曲目を飾っていたので、"おおっ、あの曲じゃん!"とわくわく。 かなり複雑に変わっていくリズムは、なるほど、私でさえ踊れそうな気になるほどかっこいい。 いわゆる"ダンスミュージック的"な機械的な打ち込みや低音を増幅したようなサウンドではないところが私的にはOK。
車通勤の私の通勤時間は30分以上なので、このアルバムも自宅に帰り着くまでには半分くらい聴いた。 で、なんか知らんが楽しかった。 いろんなタイプの曲があって、"おお、こんな曲もやるのか〜♪次はどんな感じなんだ〜♪"とかなりわくわくした。 なるほど、それで『Dream"A"live』なんだね!
このごろ、新しい音楽を取り入れるのに勇気が必要で、固定ミュージシャンばかり回転して聴いていたけれど、久々にハードローテーション出来そう・・・なんて思っている。
中にはもろアイドルっぽいノリの曲もあってそういうのはちょっと居心地が悪い感じだけど。 ("愛してる〜♪"を連発する歌はこっぱずかしいぜ。)
ほとんどの曲はなかなか私のつぼを押してくれた。
今のところ気に入っているのは、オープニングの「theme of "A"live」と今回のタイトルになっている「Move Your Body」、初回特典音源の「Gimmick Game」
特に「Gimmick Game」はかなりつぼ。(ちょっと歌詞が惜しいなあと感じるけど。) 誰が歌っているんだろうなあ・・・聴きながら、考え中。(それも結構楽しい。)
次はライブDVDかなあ^^; (そして転がり落ちるの?)
「Move Your Body」 WORDS BY HYDRANT・櫻井翔、MUSIC BY Mike Roze、PLAY BY 嵐
2008年09月04日(木) |
幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする |
日本版『魔王』第9話の感想。
サントラが発売されるそうな。 ・・・ほしいなあ〜^^;
実はスーツフェチの私^^;
かっちりスーツを着ているキャラクターに弱いという性質を持っている。 スーツを着ているだけで、どの人も3割増のいい男に見えるという色眼鏡まで装着している(!) そんなわけで、弁護士役に入れ込んでしまうのは必然的ではあったのだが、とうとう、第9話では"魔王"化した芹沢兄役の劇団ひとりまでかっこよく見えてしまった。
第9話は、葛西役の田中圭君が絶品!! 正直なところ、最後のところは芹沢役の生田斗真君が食われてた。 田中圭君は見るたび脇役で登場していて、毎回目を引く演技をしているので(顔もかわいいし)結構好きな俳優。 苦悩する男は美しい〜!
成瀬役の大野智君もすごかった。 本家とはまるで違う弁護士像が出来上がっている。 顔が丸いからか元々温和な感じの顔立ちなのに、酷薄な表情になるととたんに冷たくなってこわい。(突き放されたような感覚になる) だけど、その奥に成瀬という男の複雑さが感じられて・・・どきどきする^^; "魔王"の時(!)は瞬きしないのが大野君のこだわりだとか(公式サイトのプロデューサー日記にそう書いてある)
今までは無意識に本家と比較して"ここはあのシーンに相当するな"というようなことを考えながら見ていたのだけど、第8話終わりあたりからそんなこと考えないほど食い入ってみている。 もしかしたら、本家とは違う終わり方をする可能性もあるんじゃないかなあ、想像できないけど。
やっぱり芹沢には苦悩を感じない。 "はやく俺を殺せ"と叫ぶ芹沢は、まるで何も分かってないんだなと思った。 第9話頭の成瀬を問い詰めるシーンで、完全に迫力負けしてる。
11年前、真実を隠蔽したということについてはかなり苦悩している感じがするけど、事故とはいえ、人を一人殺したことに対する罪悪感が正直彼にはないんじゃないかとまで思えてくる。 それが原因で自分の周りの大切な人が死んでいくことをそうとう苦しんでいるけど、そこまでのことをせざるをえなかった成瀬の心情には程遠い。 ものすごくその部分にこだわってしまっているけど、そこは芹沢の人物像では絶対必要な要素だと思うのだ。
その点、成瀬は自分の復讐のために直接関係ない人(領の姉、空とその母親、しおり)を利用することにかなり苦痛を感じているということが伝わってくる。 日本版『魔王』の弁護士は、そういう位置づけで周りの人間を分けているように見える。
芹沢の写真に向かって"やっと会えましたね"と声をかける成瀬の声が、心なしかほっとした感じに聞こえた。 なぜだろうね、とても切ない感じだった。 今、11年前のあの事件が事故だったと彼が知っても、あまり意味のないことなのかもしれない。 彼は芹沢からの謝罪の言葉がほしいんだろうか。
成瀬=真中友雄について。 母親が英雄の葬式で倒れて亡くなり、アパートを引き払ったあと、ホームレスのような生活をしていて、成瀬領と出会い彼が事故死したときに入れ替わった・・・そこまでは芹沢の調査で明らかになっている。 でも、その後、彼がどれだけ苦労をして今の地位までたどり着いたかが説明されてないし、その頃の彼の様子を知る人物が出てこない。 なにより、彼をとめようとする人物がしおり以外にいない。 (芹沢はあくまでも成瀬=真中友雄=雨野真実を捕まえることしか考えていない。)
同じ事件を発端に人生が変わってしまった2人の男。 被害者である成瀬には彼の過去を知り、温かい心で彼を受け入れる人がいなかった(成瀬姉弟は今のところ、唯一その存在とだったいえる)のに、加害者である芹沢には彼を信じて助けてくれる同僚がいるという構図がなかなか皮肉。 もちろん、芹沢の家族・友人関係は薄い氷の上にあるような脆いものだったことが第9話までにわかったけれど、それでも成瀬=真中友雄が歩んできたと思われる孤独で寂しい人生と比較すると、彼自身を受け入れてくれていた人たちがいたのだから、まだましなんじゃないかって思えてくる。
ここへきて、葛西の麻里(吉瀬美智子)への気持ちが真剣なものだったことが分かった。 宗田(忍成修吾)殺しの濡れ衣を着せられたとしても、麻里を守りたいという葛西の気持ちが哀しい。 麻里はそこまで葛西のことを思ってなかったかもしれないのに。
正直、麻里はそんな素敵な女性には見えない。 それなのに、あれほど真剣に守ろうとする葛西を見ていると葛西もまた孤独な人だったのかも・・・なんて思った。 友達と言いながら、自分を追い詰める宗田との関係、あれは事故だったと信じたいけど、芹沢の父のやっていることを目の当たりにしてその気持ちも揺れていたかもしれない芹沢との関係・・・う〜ん。
後残り2話なのに、まだまだ謎が多いような気がする。 どんな結末になるんだろう・・・そして今夜も第9話を見てしまう私なのだった^^;
「幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする」 WORDS & MUSIC & PLAY BY Blanky Jet City
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