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セキララな思考。
安井 文
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2008年03月24日(月)
愛が終わる時

さっきまでTVを見ていた。
『TV東京の『名曲ベストヒット歌謡 1970年代スペシャル』という番組で、1970年代のヒット曲を歌謡曲・演歌、フォーク・ロックというカテゴリー別に1年毎のベスト3を映像や生演奏を交えて発表していく・・・だけの番組。
そういってしまえばおしまいだが、最近の歌番組には珍しくオーケストラの演奏にあわせて本人が歌うという企画がなかなかよろしい。もちろん、全員生出演というわけではなかったけどね。

個人的には長谷川きよし氏の「別れのサンバ」(これはすごい!聴くべし!!)と猫の「雪」が聴けてラッキーだった。
1年毎のベスト3はほとんどの曲を知ってはいるけれど、そんな時期の曲だったのかとうなるばかり。
そして数々のベスト3の最後を飾ったのは冷静に考えれば当たり前だったのだが、オフコースの「さよなら」だった。

絶対聴いて欲しいのでリンクしてしまった・・・長谷川きよし氏。

別れのサンバ / 長谷川きよし



使用された映像は今ではDVD化された「1982・6・30 武道館コンサート」の映像だったわけなのさ。
何度もTVで流れたこの映像。
もちろん、リアルタイムで武道館に行ったわけではないけど、その後、全国展開されたフィルムコンサートで最寄の文化会館で見たことを昨日のことのように思い出す。
小田和正さんのアップの後どんな順番で映像が続くのかなぜか思い出すんだなあ。
改めてこのライブ音源を聴いて思ったのは、自分がオフコースサウンドに心底ほれてたんだなあということ。
だってね、ここで松尾さんの12弦ギターが入ってくるだの、鈴木さんのギターリフが聴こえ始めただのってほんの短いオンエアーだったってのにひとりで興奮しまくってしまったから。
そして、これから鈴木さんのギターソロだ!・・・ってところで映像は終わり。
えええええ〜!!っっっっっと消化不良の私は、自室に戻り1つだけ手元にあるベスト盤CD『オフコース・ベスト 僕の贈もの/さよなら』を聴いているわけなのである。アルバムは鈴木康博氏在籍時までのものは全部持っているのだけど、LPレコードなんだな。

「さよなら」は一番最初に聴いたオフコースの曲で、鈴木さんのギターソロはとても好きで今でも口で歌えてしまう。(実はあまり好きな曲ではないけど。)
久しぶりに聴くオフコース。
当時流行りモノのレッテルを貼られた音楽だったけど、今でもまったく古臭く感じない。
ちゃんと"オフコース"の音がする。
手元にあるベストアルバムは、鈴木康博氏在籍の頃の音源のみが収録されている。
私が一番オフコースらしいと思えるぎりぎりのライン。
もちろん、小田和正氏の作り出すメロディーは今でも心に響くし、彼の歌声もあまり変わっていないと思うのだけど、私は"小田和正サウンド"が好きになれない。
だから、彼がセルフカバーしたオフコースの音源を私はいまだに全部聴くことが出来ない。

不意にTVから流れた「さよなら」
そこからは松尾さんのギターが、大間ジローさんの太鼓の音が、清水仁さんのベースラインが、なにより、鈴木康博さんのギターの音が聴こえた。
それがなんだかすごく胸に染みてしまった訳なんだな。

じゃあなんで、タイトルは「さよなら」ではなく「愛の終わる時」なのかってーと。
これは鈴木康博さんから小田和正さんへの別れの歌なんじゃないかという解釈をどこかで読んだことを思い出したから。
すでに小田和正サウンドに染まりかけていたオフコースサウンドの中で、特にギターサウンドが際立っているこの曲。
当時は何気なくかっこいい大人の曲だぜ!なんてほれぼれしながら聴いていたのに今夜はやけに染みてしまった。
どっぷりはまっていた頃は、小田さん〜♪と騒いでいたのに、小田さんのソロにはどうしても耳が向かなかったのはなぜなのか。
今夜「さよなら」を聴いて、鈴木さんのギターが聴こえないからなのかもしれないと不意に思った。
そう思いながら聴くと余計に「愛の終わる時」の鈴木さんの声が染みる・・・。
(私が持っているベスト版はもう廃盤だった・・・)

「愛の終わる時」はなかったけど、こんなもの発見したので景気づけに。

一億の夜を超えて/鈴木康博


「愛が終わる時」
WORDS & MUSIC BY 鈴木康博、PLAY BY オフコース



2008年03月15日(土)
Iceland Boy

昨日、会社帰りに思い切って本屋に寄ってみる。
たまにはいいだろうと思って。
不思議なもので、そういうときにはたいてい読み続けている本の新刊が出ているんだなあ。
今回は「蟲師」の第9巻に出くわす。
こりゃうれしいね〜と早速購入して帰り、着替えもそこそこにベッドに座り込んで読んでしまった。
ところがこれが・・・。



なんというかねえ、涙の止まらない話ばかりなのだよ。
「蟲師」は巻を重ねるごとに切ない話が増えている気がする。
おととしには、映画化もされていまだに原作は人気作品だ。

実は個人的に作者がこの映画に影響を受けてキャラクターや物語の持っていき方に多少の影響をうけるんじゃないかと少し懸念していた。
作者も映画は見たそうで、涙を流して感動したなんて記事を読んだことがあったのでそのせいかもしれない。

映画が公開されてからすでに2冊新刊が発売されている。
作品の雰囲気は変わることなくたんたんとした時間の流れを持っている。
冷たいわけじゃないのだけど、ひんやりした空気の中に暖かい雰囲気を感じる・・・といった感覚をこの作品を読んでいると感じるのだ。
雨の降っているシーンは冷たく感じるが、ギンコが誰かの体に触るとぽわっとぬくもりが生まれるイメージがある。
変わらなかったので、私はほっとしたし、この作品に対する作者の変わらない想いのようなものを感じるようでうれしい。

主人公ギンコは原作と映画ではまったく違う方向を見ている。
私の感じた映画のギンコは消えてなくなることを覚悟していた。
すでにあきらめの境地に至っているという雰囲気で、今にも消えてなくなりそうな感じだった。
映画では、原作の中でギンコがなぜそういう境遇になったのかを題材にした原作の話を中心にいくつかの話がつなぎ合わされた別の物語に仕上げられていた。
どの話が使われていたのか知りたい人はググってみると詳しく解説した文章をたくさん見つけることが出来ると思う。
ギンコがギンコになった経緯の話にぬいという女蟲師が出て来る。
映画では、江角マキコが演じた。
原作と映画ではこの女蟲師の役割がまったく違う。
映画ではそれが原因で話が途中からホラーっぽくわかりにくい方向へ変わってしまい、ギンコの雰囲気も変わってしまう。
私はできれば、原作のギンコをオダギリジョーで見たかったが、監督が求めたのはそうじゃなかった。
原作とまったく正反対の方向を向いた映画の物語も面白いと感じたけれど、ぬいとギンコの描かれ方は私の期待を超えなかった。
確かにスクリーンに映し出される景色はとても美しく、なくなりかけている日本の原風景を映し出していたんだけどね。

原作のギンコは投げやりのような雰囲気を持っていながら、実は生きることに前向きだ。
それぞれの物語の端々にそれを感じる。
第9巻では、ぬいとの別れの後の少年ギンコの話がある。
原作のギンコが何故投げやりながらも前向きに生きているように感じるのかの答えをもらった気がする。
だからギンコは投げやりなんだ・・・でも、だからギンコは生き続けようとするんだ。
そして、そこに人の温かさと残酷さも描かれている。

・・・何度読んでも涙があふれちゃうんだなあ。
って、昨日買ってきたのに何度読み返したのやら・・・^^;

映画版に影響されることなく「蟲師」の話は続く。
ギンコは本の中で歳を取っているのかとらないのか・・・わからないが、彼の旅の話を出来るだけ長く読んでいきたいなと第9巻を読んで改めて思った。

ニンテンドーDSで「蟲師〜天降る里〜」というソフトがあるそうだ。
ライフシュミレーションというジャンルだというのだけど、どんなものなのだろう。
しかもアニメ版「蟲師の監督が総監修をしていてオリジナルストーリーもあるんだとか!
ゲームをやる習慣がないので、ニンテンドーDSも持っていないのだけど、気になってしょうがない。



「Iceland Boy」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY SHERBETS