初日 最新 目次 MAIL HOME


セキララな思考。
安井 文
MAIL
HOME

2007年10月25日(木)
南風

初めての沖縄ダイブ
(写真は後ほど)

ナガンヌ島



台風が発生していたので、多少風と波が強く当初予定していたポイントでのダイビングは無理かもしれないとガイドから説明を受ける。
それでもせっかく来たからにはいいポイントで潜りたいなと思っていたところ、なんとか予定のポイントへ行く事ができた。
1日目はチービシ環礁というところのナガンヌ島付近で潜ることに。
ほとんど平地の割と大き目の無人島1つと小さな無人島2つがある。
本島から近く感じたので、本島に属しているのかと思ったら慶良間諸島に属するらしい。
ナガンヌ島には立派な桟橋があり、ここへ遊びに来るツアーも多いので簡易トイレの設置もされているそうだ。
私たちは3つの中で一番大きいナガンヌ島の本州側の沖合いにボートを止めてそこで潜ることになった。
ボートは小さな漁船くらいの大きさ。
時速40kmぐらいで一生懸命私たちをポイントまで運んでくれた。
島があるといっても木があるわけではないのでボートは風を受けてゆれている。
不安定な船内でどきどきしながら装備を身につける。
生まれて始めての沖縄でのダイビングなもんだから、手足が震えて緊張しまくりだった。

さて、いよいよ海に飛び込むのだが今まで海岸からのエントリーばかりだったので、ボートから飛び込むという行為に一抹の恐怖が付きまとう。
想像してみよう。
重い装備を背負ってフィンをはきゆれるボートから立ったまま飛び込む。
まあ、一度体験してしまうとそんな恐怖は忘れてしまったのだけど。

水温は28℃くらい。
水面から海を覗くとはるかかなた底に魚が泳いでいる。
真っ白な砂が海底に広がっていて、透明度は50mはあったんじゃないだろうか。
とにかく早く底へ行きたいのだが、耳抜きがうまくいかない。
友人たちはあっという間に足元まで行ってしまったのに結局私は50cm間隔で登っては降り登っては降りを繰り返して10分ほどかけて海底に到着。
あれほど耳が抜けなかったのはダイビングを始めてからは初めてだったかもしれない。
潜降については、全然問題なく沈めなくて困ったということにはならなかった。
沖縄に行く直前の青海島でどうしてもうまくいかないので、インストラクターの人に潜降についてアドバイスを受けたのだが、それが効を奏したようだ。

いったん潜ってしまうと、後はそれほど気になることはなかった。
水温は高く海底は明るいので非常に快適。
魚たちは実に優雅に泳いでいる。
当たり前だが、まるで私たちを気にしていない。
優雅に水の中を漂っているとほかの事はどうでもよくなってくる。

あっという間に時間は過ぎ去り、とりあえず休憩を取るためにボートに戻る。
ゆれる船の上で心地よい疲れを感じながら、温かいお茶を飲むとほっかりしながら、今見た海の中の話でみんなと盛り上がる。
さすがに10月ともなるとじっとしていると涼しい。

2本目は少し移動して、ドリフトダイビングを楽しむことになった。
ドリフトダイビングとは、潮流に乗って海の中を楽しむ方法で、ボートは私たちの上がるポイントまで移動してくる。
2本目のエントリーは耳抜きの問題はなくあっという間に潜れたが、今度はゆっくり行くようにとアドバイスされる。
流れのあるところを泳ぐのは初めて。
いつものようにフィンキックをするのになかなか進まない。
こんなに私は体力がなかったっけなあ・・・と少々へこむ。
1本目よりも切り立った岩が並んでいて、魚の種類も数もかなり多い。
そして流れも速い。
ガイドさんをしっかり見ていなければあっという間に離されてしまう。
とにかく必死に泳いでいたので、たくさん魚を見たのにあまり覚えていない。
しかし、最後に大きなウミガメに遭遇。
ガイドさんもうなるほど大きな亀で、優雅に泳ぎながらあっという間に私たちから遠くへと行ってしまった。
どこで見たって亀は亀だが、自分が泳いでいる目の前に亀がいるのはかなり興奮した。

水深が深いので、水面に上がるには水面から5mのところで3分間安全停止が必要となる。
通常は海岸へ戻るのに徐々に水深が浅くなるために特に安全停止をすることはない。
私にとっては初体験。
急激に水面に上がると肺の中の空気が膨張して破裂してしまう恐れもあるため、特に慎重に行う必要がある。
全体的な

普段自意識過剰な私だが、海の中では心はとても無防備だと思う。
新米ダイバーでいったんパニックを起こしてしまうとガイドの方の助けがないと私はきっと死んでしまう。
だから、カッコつけたって知ったかぶりしたってまるで意味はないのだ。
だから海の中ではいつも何も考えない。

魚はどこかしこにいるようなイメージを持っていたけど、彼らにも生活空間があり、大きな岩や大きな珊瑚の株にはたくさんの魚が群がっているけど、白い砂地ではあまり魚の行き来はない。
魚も一生ひとつの珊瑚の株の中で生きるものがいたり、流れに乗って遠く旅をするものがいたりする。
白い砂地はまるで砂漠のよう。
まるで生命がいないのではなくよく探すと砂に色を似せているハゼ科の魚がいたりそのそばにはえびがいたり、大きななまこがいたりする。
じっとしている彼らを見ていると、いつもちまちま考えて動いている自分が馬鹿みたいに思えるから不思議。
ゆったりと漂って海の中を進む、後から考えると夢の中の出来事のように感じる。
海の中ではほとんど思考していないようで、後から何を考えていたのか思い出すのは難しい。
いい意味での思考停止。



「南風」
WORDS BY 夏実唯、MUSIC BY 神保彰、PLAY BY More Than Paradise



2007年10月24日(水)
Hello

沖縄へ行ってきた。
目的はスキューバダイビング。
私をダイビングの世界へ誘ってくれた友人夫婦と共に楽しんできた。
(とりあえずテキストのみ、写真は後ほど)



7月末にスキューバダイビングを初めて技術を磨いたら沖縄の慶良間諸島に潜りに行くぞと意気込んでいたのだが、ダイビングショップの20周年企画のおかげで往復航空チケットと1泊分の宿泊費をプレゼントされ、いきなり沖縄にいけることとなった。
一緒に行く友人夫婦と技術の差があると迷惑を掛けるし自分も面白くないので、沖縄までには自力で潜降出来て中性浮力を保てるようにならなければと、時間と体調の許す限り週末には青海島へ潜りに行って技術向上に励んでいた。

2泊3日の行程で初日と2日目で合計5ダイブ。
一番早く那覇に到着する航空便の乗るため前日は空港近くのホテルに宿泊した。
スキューバダイビングをした後は体の中に窒素が残留するので、決まりとしてダイビングをしたその日に飛行機に乗ることができない。そんなわけで最終日は沖縄観光。

出発前のこちらの気温は20℃程度で夜は長袖を着ていなければ肌寒い。
水温も5℃近く違うとは聞いていたが、すでに秋モードのため沖縄の気候が想像出来なかった。
ところが、沖縄の空港に降り立ったとたん真夏とまでは行かないが動けば汗ばむくらいの気温で考えるまもなく上着を脱いでいた。

空港へはお世話になるダイビングショップのスタッフのお迎えがあり、ホテルへの送迎もしてもらえるので移動で疲れるようなことはなかった。

ワゴン車に揺られ、ショップに向かう。
朝起きてあっという間に沖縄に着いたために気分の切り替えがうまくいかず、あまり現実感のないまま窓の外を見ていた。
少し雨が降ってはいたものの空は明るく美しく空気はからっとしていて気持ちいい。

もちろん潜るのはとても楽しみなのだが、いかんせん経験値が低いため、実を言うと緊張のほうが勝っていたのだ。
普段は海岸から歩いて海に入り徐々に深く潜っていくので耳抜きもうまくいくようになった。

しかし、今回は以下にあげる初めてのことばかり。

1.ボートから飛び込んでのエントリー
2.水面からロープを伝って潜っていく
3.ドリフトダイビング(流れに乗って泳いでゆく方法)がある

本当にうまくいくんだろうかと不安は募るのであった。



「Hello」
WORDS & MUSIC & PLAY BY 浅井健一



2007年10月16日(火)
霧山修一朗のテーマ


つ、ついに買ってしまった・・・『帰ってきた時効警察』DVD-BOX
ぷくうちゃんキーホルダーつきだっ!

いきなりのようだが、"時効警察病"(?)は継続中。



つい先日、妹にスカパーのテレビ朝日のチャンネルで『帰ってきた・・・』の放送前に放送された『時効警察』を録画したものを貸したところ、まんまとはまってしまった妹と顔をあわせるたびにこの話で盛り上がっている。その中でも、時効管理課の黒板に書かれた"十文字"と正の字。
これは十文字刑事が又来さんをどついた回数をカウントしているもので、最終回ではさねいえが書き加えていると聞き、不覚にもまったく気がついていなかった私は衝撃を受けてしまい、それを確認するためにDVD-BOXを開いてしまったため"時効警察病"再発^^;
まじまじと現在第3話まで視聴終了。

しかも、よく立ち読みに行く本屋のDVD-BOXコーナーを覗き込むと(ガラスケースに入っていて鍵がかかっている)な、なんと〜『帰ってきた時効警察』DVD-BOXが・・・あ・・・る。
いつもならAmazonで割引品を購入するところだが、だってだって・・・目の前にある。
発見してからたっぷり3週間悩んだ挙句結局購入。

現在『時効警察』DVD-BOXを再視聴中でまだまだ『帰ってきた・・・』まで到達できない。
実は『帰ってきた・・・』の第1,2話は野球中継延長のため録画できなかったので、その後の話は録画したもののどうしても頭から見たいのでちゃんとみていないのだ。
楽しみは後に取っておくのだ〜♪

しかし、昨日手にした『帰ってきた・・・』DVD-BOXを裏返すと特典映像のところに"オダギリジョー×麻生久美子による各話解説対談(第二話〜第九話)"の記述。
おおお、すごいじゃんと思いつつ・・・あれ?と思って『時効警察』を手に取り裏返すとそこにも特典映像のところに"オダギリジョー×麻生久美子による各話解説対談(第一話〜第八話)"の記述。
な、なんですと〜???・・・み、見落としていたぜ。
探してみると5枚目のDVDに入っていた。
わくわくしながらスタート!

いや〜、時効警察ファンはこれは必見ではなかろうか。
なぜみんなが「くっ!」って笑い出したのかがわかった。
面白いので何も考えずに見ていたが、原因はちゃんとあったのだ。
2人とも見ながら大笑いしているので、こっちもいっしょに大笑いしてしまう始末。
それぞれの回で苦労したことや面白かったことなどをそのつど解説しているので、全部見た後「よし!じゃあ頭から・・・」と思ってしまった。(しかしそんなわけには)
おまけに最終回は副音声(オーディオコメンタリーと言うらしい)として三木監督も加わって3人で爆笑トーク。
作った本人たちが大笑いしながら見ているっていうのもすごい。
結局1時間30分かけてみてしまった^^;
とにかく、思いつきでいろいろ小ネタを入れまくったことがよくわかった。
麻生さんは別の現場で"やりすぎ"警告を受けたらしい。
監督とオダギリくんから麻生さんはいじられまくりだった。
かわいいなあ〜♪

そこでやめりゃよかったのに、どうしても見たくなって『帰ってきた時効警察』DVD-BOXの"オダギリジョー×麻生久美子による各話解説対談(第二話〜第九話)"を見てしまう。
しかし、こちらは、オダギリくんがなんかやる気がない感じ。
麻生さんはそれでもなんとか盛り上げようとしているのがなんとも健気。
このオダギリくんの感じは『仮面ライダークウガ』のトークショーのときに似てるぞ。
もしかして、オダギリくんもう飽きちゃったでしょう・・・・?
こりゃもう3回目の霧山君はないかもなあ・・・とちょっと思った。
(しかし、忘れた頃にやってくれると・・・)

どちらのシリーズもDVD-BOXでは未公開シーンを含んだ再編集版がいくつかの話で見られる。
といっても、違いがわかるかって言われると・・・・多分わからないだろうなあ^^;

『時効警察』DVD-BOXを全部見て『帰ってきた・・・』DVD-BOXまで全部見たらまた感想なぞ・・・。
公式オフィシャル本も欲しいなあ。



テレビ朝日|帰ってきた時効警察



「霧山修一朗のテーマ」
MUSIC by 坂口修



2007年10月15日(月)
お前の名


そういえば、映画『蟲師』の感想を書いてなかった。
DVDも発売されたんだね。

蟲師公式サイト
※2012.4.4現在リンク切れ


正直なところ、監督が大友克洋と聞いた時点でアララと思った。
原作「蟲師」と対極のテーマで作品を作っているというイメージがあったからだ。

オダギリジョーがギンコ役、大森南朋が虹朗役と聞いて、へえ・・・とちょっと期待し、蒼井優が淡幽役というのはちょっと違うんじゃないの・・・などと不満も持ったりした。
これはあくまでも原作のもつイメージの範囲内の期待と不満で、大友克洋監督がどんな切り口で来るのかわからないので、無駄に期待はしないことにした。

で、結論から言うと原作とはまるで違うテーマの映画だった。
原作のことは頭からすっぽりはずしたほうが映画を何とか楽しめるかもしれない。
CGはもちろんすごいが、それはこの作品の性質上どうしても必要な技術なので、そこだけ取り出してすごいということを感想としてのべるのは違う気がする。

原作の中の4つのエピソードをぐっちゃぐちゃにして大友アレンジを加えてある。
その大友アレンジが中途半端で、そのために全体的な物語をわかりにくいものにしているように感じた。
原作を知っている人はそれらをなぞって気持ち悪くなるだろうし、知らない人はそれぞれのつながりが見えなくてはてなマークを飛ばしながら見てしまうかも。

オダギリジョーは個人的にギンコっぽいなあと思っていた。(もちろん、配役が発表されてからそう感じたのだけど)
原作のギンコはちょっとクールだけど、人情味があり面倒見がよく悲壮感がなく生命力を感じるので、オダギリジョーでいけるかも・・・!という期待があった。
しかし、登場したオダギンコ(映画版のギンコをどこかでこう呼んでいた。わかりやすくするために使う)は、人情味があり面倒見もよいが、生気がなく死に掛け?・・・と思ってしまうほどはかない。
地毛を銀髪に染めるんじゃないかなあと期待していたが残念ながらかつら、そのためか少し不自然な感じ。

虹朗は虹(実は彼の探しているものは虹ではなく蟲)を捕まえようと旅している男で、私は原作のこのエピソード結構気に入っている。
大森南朋が演じる虹朗は生気がみなぎっていてすごくさわやか。この映画の中では数少ない普通の人。
ものすごくはまっていて、彼が登場したときはうきうきしたんだけど、エピソード自体はなおざりにされていてそこがすごく不満。
ちなみに。
まったく物語の筋には関係ないが、虹朗は橋大工のみならいで映画の最後に岩国に錦帯橋を見に行くという台詞が出てくる。(作者へのプレゼントか?)

淡幽は原作ではもう少し子供。どちらかというと、吽の話で出てきた女のこの方がイメージが近い。
映画版では、ほんのちょっぴりオダギンコと淡幽の恋のエッセンスも加えてあるようで、そういう意味で蒼井優なんだろうかと(監督の趣味かもしれないが)
でも、監督が「蟲師」で一番描きたかったのは、きっと淡幽が書物から這い出てきた蟲を特別な箸で元通りに書き直していく蔵でのシーンじゃないかと思った。
そのくらいあそこのシーンは作りこんであったと思う。

江角マキコは、ギンコが蟲師になるきっかけとなる事件にかかわった女蟲師ぬい。
原作ではその話はそれ自体で完結していたが、映画ではこの話を膨らませてまったく違うものにしようとしていた。
その展開を私は面白いと感じたのだけど結局中途半端に展開してしまってとても残念に感じた。
原作をなぞらえている部分まではなかなかよかったのだけど、その後の展開が
あれじゃあ江角マキコがかわいそう。

率直に言うと、原作からは生きる力を感じるのだが、映画からは消えてゆくものへの寂寥感を感じる。
だからオダギンコははかなくて生気がない。
映画が進んでわかってきたことだが、オダギンコの中では消える瞬間へのカウントダウンが始まっている。
すごくわかりにくいがそう表現されていると思う。

そのかわり、これでもかというほどに映し出される風景はとても美しい。
わざわざ選んで撮影された風景は、それだけで息を呑むほど静かで美しい・・・が、ただそれだけなのだ。
原作にもたくさんの日本の原風景が描かれている。
書き込まれてないそれら原作の風景を実写でそのまま映し出してしまったために、登場人物が見えにくく物語り自体もその中に沈んでいるような感じだ。

監督はなくなりつつある日本の原風景を画面に閉じ込めたかったそうだ。
確かにそういう意味ではうまく閉じ込められたと思う。
しかし、せっかく実写化された「蟲師」は原作の雰囲気を世襲できず、かといってまったく違う世界観を表現するにもいたっていない。
設定を日本の明治後期としてしまったことはよくなかったんじゃないだろうか。
非常に残念である。

それでも、世界ではそれなりの評価を受けているらしい。
どういう意味での評価なのか・・・気になるところだけど。

蛇足だが、原作「蟲師」を感じたい人は、ぜひアニメ版「蟲師」を見てはどうかと思う。
こちらは映像化に成功していると私は思う。



「お前の名は」
MUSIC BY ヅ臻明



2007年10月10日(水)
惑星メランコリー

最近気になっていること。

スピリチュアルがとても持て囃されている。

"スピリチュアル"は本来は「霊的な、精神的な」と言う意味の形容詞。
私はこの言葉を聴くと自然崇拝に近い精神的なものを連想する。



今もてはやされているスピリチュアルは特定の個人をさす固有名詞のようになっている。
確かにもてはやされているスピリチュアルも包括的に見ると私の考えるスピリチュアルに含まれることだと言われればそれは否定しない。

そういう意味でひとつの話の種としては許容範囲ではあるが、それが事実であるかのように好評価されているのはどうかと思う。
しかも、テレビでは誰もが見るゴールデンタイムにそんな番組が集中しているのはなんかおかしいんじゃないだろうか。

よくわからないまま不安に思っていることを具体的に表現されれば、わからないだけにそうかもしれないと納得はしやすい。

あなたに見えないものが私には見える。
あなたがそんななのは私の目に見えているそれのせいだからと言って断定的にこうしなさいと言うのは、胡散臭いと私などは思う。
不安感をあおって否定を許さないで断言するのはほとんど命令に近い。
悪い言い方をすれば、公開放送で催眠術をかけているのに近くないかな。
そういうことをTVを使ってゴールデンタイムに放送するのはどうなんだろう。

見えている人たちは本当に見えているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
それはこのコラムの本筋に関係はない。
そういうことを商売にしている人を批判したいのでもない。

彼らから何かの指針を得た相談者が、どうしようもない泥沼から這い上がるきっかけを手に入れるところを何度か見たことがある。(まだ深夜番組で放送されていた頃のこと)
結局、その人がその境遇からどうやって這い上がるかが重大なことなのだから、目に見えない形で説明し信じてこの行いをしなさいと言われ、それを実行することで自分の力ではどうにも出来なかったものから脱出することは可能だと思う。
そういうやり方を私は否定しない。
だって、その人にはその苦しみを取り除くことが一番重要なことだからだ。

TVで放送するということは、想像以上の絶大な効果をもたらす。
身近なところで言えば、本屋に行くと"スピリチュアル"という本が目に付きやすい場所に何冊も並べられているのがその証拠だ。
みんながみんなその本を読み、特定の個人の持つ世界観を共有し、また別の誰かにその世界観を説明し・・・画一化された思考がテレビの外に広がっていく。

本当に自分の判断でその本を選んだんだろうか?

・・・なんてね、そんなことを考えてしまう。

私はよくその人にとって信じるべき神様を持つ人たちに誘われる。
自分の精神状態がおかしいんじゃないかといろいろ調べまわって精神医学系の本をたくさん読み、少しずついろんな人と話をするうちに今の私の思考は形作られた。
その間一度も特定の神様の教えをいただいたことはない。

信じるべき神様を持つ人たちと気持ちが通じるのは、きっと彼らが求めているものも私の求めているものも同じものだからなんじゃないかと最近思う。
彼らと私は違う方法でそれを見つけた。
でも、お互いに好感を持てた。
それでいいんじゃないかと思う。

私自身は生まれ変わりを信じていないし(というよりそんなもの夢がなくていやだというのが本当のところだが)、もしもとうとうと説教をされても自分の直感が違うと答えを出せば時間がかかってもその呪縛をとくことが出来ると思っている。時間はかかるかもしれないけど。

私は自分の直感を信じるので、その直感が不安な場合は他の人の言葉を行動の指針にすることがある。
それは何かの歌詞だったり、何気なく話していた友人の言葉だったり、スクリーンで役者がしゃべった台詞だったり・・・それは私にとってのスピリチュアルなもの。
本来、スピリチュアルな体験っていうのはそういう超個人的なものなんじゃないかって私は思う。

もちろん、テレビを見てそういう直感を感じることだってあるだろう。
つまり、何を見て何を感じてもいいけど、最終的には自分自身の判断が頼りだってことを頭の隅においてテレビは見たほうがいいんじゃないのかな、と。

盲目的に何か信じる人の話はとても怖い、怖いんだよ!わかってる?
(ああ、自分自身につばがかかっちゃったよ・・・)



「惑星メランコリー」
WORDS & MUSIC & PLAY BY THE BACK HORN



2007年10月09日(火)
未来

相変わらずDVD三昧継続中。
頭の中は程よく妄想状態(笑)

夕べはどうしても見たくなってしまい映画『アカルイミライ』のDVDを引っ張り出して鑑賞。
見直して気がついた・・・松山ケンイチ君が出てるじゃないか〜!
まだ取り壊される前の同潤会アパートも出てくる。
ラストシーンでいつも涙がにじむんだ。
THE BACK HORNの「未来」を聴くと胸が詰まる。
映画館で1回見てDVDで見るのは3回目くらいではなかろうか。
とても好きな作品



これはよく出来た青春映画だ。
内容はなんじゃこりゃ〜!というほど無意味な行動の繰り返しなんだけど、主人公が少しずつ変わっていく姿に(微妙に変わっていくのでわかりにくくはあるが)微妙な共感を感じる。
見終わっていつも未来は明るいものなんだなと漠然と感じる。

主演はオダギリジョー、主人公に影響を与える友人に浅野忠信、友人の父親に藤竜也。
監督は黒沢清。
なんとなくホラー映画のイメージがある監督。
『アカルイミライ』がとても気に入っているので他の映画も見てみたい。
難解だという評判なので躊躇していたんだけど、今度こそ見ようかなと思っているところ。

気に入らないとすぐにきれてしまうニムラ(オダギリジョー)に俺のサインをよく見ろといってなだめるアリタ(浅野忠信)。
アリタは猛毒を持つアカクラゲを東京で生きられるようにと真水に慣らしている。
2人はおしぼり工場に勤めていて、工場ではおとなしくしている2人を上司(笹野高史)はなんとなく馬鹿にしている感じだ。家庭の用事を押し付けたり、休みの日に押しかけたり。
そのたび切れそうになるミムラをアリタがなだめる。
ところがある日、アリタが・・・。

浅野忠信がすごい存在感。
台詞の量はおそらく3人の中で一番少ないと思うけど、立っているだけで目を引くからすごい。
彼の横に立つとオダギリジョーがその辺の若造に見えちゃう。
ただ、ちょっと台詞が聞き取りにくいんだよなあ。

この映画は俳優オダギリジョーを好きになるきっかけになった作品。
今のところ、最も次の作品が楽しみな俳優である。

ラストで流れるTHE BACK HORNの「未来」がどうしても聴きたくてアルバムを購入。
アルバムは全体的に重たい感じのリズムなのだけど、メロディがとても日本っぽく歌詞も全部日本語。
結構好きな声だけど、がなっていることも多く歌詞が聴き取れない。
あれ以上がなられるとちょっと聴き続けられないだろう。ぎりぎりだ。
歌詞が結構えぐくってだからちょっと聴き取りにくく作ってあるのだろうかとも思ったり。
全体的に思い熱を持っているようなイメージ。
だけど、「未来」は素直に心の中に入ってくる曲。
彼らは「CASSHERN」のエンディング曲も歌っていたらしい。



「未来」
WORDS & MUSIC & PLAY BY THE BACK HORN



2007年10月05日(金)
海水浴

7月末からスキューバダイビングを始めた。



私はきれいな水を見ると季節かまわず水に入りたくなる性分で、毎年必ず1日くらいは誰かを無理やり連れて須佐町というところに海水浴(シュノーケリング)に行っていた。
去年は友人に誘われて沖縄の慶良間諸島にある阿嘉島(「マリリンに会いたい」に出てくるわんこのいた島)にこれまたお盆に行って思う存分シュノーケリングをした挙句、くるぶしから下をひどい日焼けに見舞われていまだにその後が消えない。
とにかく水に入るのが大好きだ。
とはいうものの、ボンベを背負って水の中へ入っていくのは抵抗があってスキューバダイビングに興味はあったものの体験する機会がなかった。

ところが思いがけず、今年、安く体験ダイビングができるので行ってみないかと誘われ、とりあえず行ってみようということになった。
場所は山口県長門市にある青海島。

6月半ばの青海島はすでに夏の日差しに近く体験ダイビングの待ち時間には今年初めての日焼け。
それでも海水はまだ冷たく、体験ダイビングではドライスーツというのを着用。
このドライスーツ、服を着たまま水の中に入れるという優れもの。

体験ダイビングはフィン以外の装備をつけるのでほとんどスキューバダイビングと同じなのだけど、インストラクターの人が引っ張ってくれるので、私は引っ張られるままに浮いていればいいだけだった。
正直、海の中は少しにごった感じがしてきれいとは言いがたかったけど、とにかく気持ちがいい。
こちらのことを気にしないで泳いでいる魚を見るととても不思議な感じ。

結局その30分程度の体験でにわかに興味がわいて、とりあえずCカード取得を目指すことになった。

Cカードというのは、スキューバダイビングの講習を受けましたという証明で、俗にライセンスといわれている。
日本ではスポーツでボンベを背負って潜るという行為に法的な拘束がないので本当の意味ではライセンスとはいえないそうだ。しかし、海外に行くと最低でもこのCカードを持っていないと潜らせてもらえない国もあるらしい。
Cカード取得目的の海外ツアーもあるらしく、そういうものを利用して取得する人も多くいるそうだ。

目標は10数年前にシュノーケリングを覚えた沖縄県慶良間諸島の海に潜り、モンガラカワハギを見ることだったんだけど、なんと10月にその慶良間諸島にいけることになり、目下のところ経験値を増やすため、青海島にせっせと通っている。

台風やら自分の体調不良やらで海洋講習がなかなかできず、7月末やっとCカードを取得した。
毎回インストラクターのアドバイスを受けながら恐る恐る水に入る。
その後もたびたび体調不良に見舞われ、なかなか経験値は上がらない。

海の中は現実感がなく、ただ漂っているだけなんだけど不思議な感じ。
時間の流れが止まって感じる。
9月から10月は青海島の海の中はベビーラッシュで魚が群れを成して泳いでいる。
いつも見かける魚は、キュウセン(ベラ)、真鯛、サビハゼ、カワハギなど。
始めて泳いでいるのを目にしておおおっと思わず声を出したのは、アオリイカ、しかも魚を捕食しながら泳いでいた!それから、エチゼンクラゲとそれにくっついているクラゲウオ。
エチゼンクラゲは優雅だったが、カワハギにつつかれてぼろぼろになっていることが多いそうで、私はつつかれていない美しい姿を見ることが出来た。

沖縄で見た青い小さな魚が青海島にもいると本で読んだことがあった。
それで、どうしてもその魚を見たかったのだけど、実は今たくさんの青い魚を見ることが出来る。
魚の名前はソラスズメダイ。
光の加減でその青い姿はいろいろな青に変わるのだ。

ダイビングはバディといって必ず最低限2人一組でコミュニケーションをとりながら潜るのが決まりになっている。
それはなんとなく知っていたので、いつも何かをやり始めるときにはひとりのことが多い私は、どうだろうなあとそこがかなり不安だった。
ところが、いざ始めてみるとひとりでやってくる人がかなりいることがわかった。
年齢もまちまちで毎回はじめて会う人たちと海の中で漂っている。

50歳代の女性とご一緒する機会も多く、ダイビング中の休憩中や終了後の片付け、ログ付けなどで話すのも結構楽しい。
今見てきた海の中の話を今日あったばかりの人と楽しく話す・・・不思議な感じだけど、面白い。

「海水浴」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY JUDE



2007年10月04日(木)
リトルリンダ

10月27日公開の映画『クローズZERO』の劇中歌に浅井健一さんの「リトルリンダ」が使われることになった。
ご機嫌なロックンロールナンバー!

『クローズZERO』は小栗旬主演のヤンキー映画で、いくつか選ばれている劇中歌のひとつくらいに思って少しわくわくしながらもあんまり気に留めていなかったんだけど、10月に入って映画のプロモーションが本格的になるにしたがって「リトルリンダ」がTVから聴こえてくるようになっている。なんだこりゃ〜♪
公式サイトでも流れているらしい。

朝っぱらからあのかっこいい曲がいつも見ているTV番組から流れてくると自然にハイテンションになってしまうんだよなあ。だって好きなんだ、この曲!



画面に現在大注目中の小栗旬くんが出ているにもかかわらず、浅井さんのギターと歌が聴こえるとそっちに耳がいってしまう。
朝っぱらから、しかも芸能ニュースで彼の歌が聴こえるなんて!!!!
その衝撃ったら!

そんなわけで朝っぱらから「リトルリンダ」を小耳に挟んだ日にゃ、車の中ではハードローテーション決定。
9月29日にライブで生「リトルリンダ」を聴いたばかりなので、テンションはあがるばかり。これを書いていてもあがってくるくる。
いつものように映画の挿入歌に決まったからってそんな報告もあるわけではなく、ライブ後にもらった広告類の中にちゃっかり『クローズZERO』の立派なチラシが入っていたことは書いておこう。

「リトルリンダ」は今年6月に発売されたアルバム『Rod Snake Shock Service』のラストを飾る曲。このアルバムはすでにシングル化されている2曲を含むハイテンションでご機嫌なアルバム。
同日にアルバム『CHELSE』も発売されていて、私はどちらかというとこっちをよく聴くのだけど、「リトルリンダ」が聴きたくなるとCDを入れ替える。『CHELSE』はディープな浅井ワールドが広がるちょっと不思議な感じのアルバム。

公式サイトの雰囲気からすると、『Rod Snake Shock Service』はまるごと映画の雰囲気に近いんじゃないかと思ったりもしている。
(BLANKEY JET CITYの曲に「ぼくはヤンキー」っていう名曲があるんだけど、これも使ってくれないかなあ〜。)

ヤンキー映画に歌詞が可愛すぎないかなと思わなくもないが、まあどうせ初見で彼の歌を聞き取れる人はあまりいないだろうし、全体的にハイスピードで転がるようなこの曲の雰囲気は、大勢男子が暴れまわるらしいあの映画にはぴったりだと思う。

これを機会に『Rod Snake Shock Service』を聴く人が増えればちょっとうれしい。・・・いや、かなりうれしい!
映画はもちろん見に行く予定、どんなシーンで流れてくるのか今から楽しみ。



「リトルリンダ」
WORDS & MUSIC ' PLAY BY 浅井健一



2007年10月03日(水)
HIDE

やっと朝晩涼しくなってきた。
まだまだ気温は高めで、とても10月とは思えない。
それでも私の好きな季節がやっとやってきた。
だんだん涼しくなって冬の気配がする頃が一番わくわくする。
きっと頭がはっきりしてくるだろう。

先々週あたりからDVDをむさぼり見ていて現在も継続中。
相変わらず小栗旬出演作品を探し回っているのだけど、なかなかDVDが空かない。
「花より男子リターンズ」→「花ざかりの君たちへ イケメンパラダイス」と続いているもんだから(実は間に映画「キサラギ」ってのもあったんだけど)、世の中に小栗旬大好きな人が増えちゃっているせいなのか、もともとすごく人気がある俳優だったのかはちとわからない。

せっかくレンタルショップに行ったのだからと、オダギリジョー出演テレビドラマなんかも借りたりしているんだけど、こちらもなかなか空きがなく次を見られない。

私が見たい作品は他の人も見たいのよね〜と妙な納得をしている。

そんななか小栗旬出演「is A.」(イズエー)なる作品を見てうなってしまった。



14歳で爆弾を作り大事件を起こした少年の出所後にその事件で家族を殺された刑事と少年の父親の対立を中心に描かれた作品。
小栗旬はその爆弾犯の役。これが空恐ろしい人物で何を考えているのかわからないし、何が不満なのかもわからない。この人の言動からはなんの感情も見つからない。
やさしげな面立ちと声がその不気味さにいっそう滑車を掛けている。
本人は罪を犯して人を殺したことにも、それによって家族が苦しんでいることも別に気に留めてない。
そしてまた次の罪を犯すのだ。

私は以前読んだ石田衣良の「うつくしいこども」を思い出した。
この作品は少年が少年を殺すというなんとも言いがたい事件がこの世をにぎわしたあと、石田衣良さんがなんとか形にしたいと書いた作品。
「is A.」とは設定が違うけど、登場する罪を犯す少年のイメージが妙に重なる。
「うつくしいこども」で直接殺人を犯してしまう少年は別の少年に操られて罪を犯す。
物語は人殺しをした少年の兄がその動機を調べる形で進んでいく。
最後のほうで、操られ人殺しをした少年がその罪の重さを感じることなく発言するシーンがあって、読んだとき背筋がぞっとしたんだけど、小栗旬演じる少年に同じものを感じた。
見た後読んだあとの感想はどちらも後味が悪い。
かみ締めた味はとうに消えてしまったのに何かの拍子で思い出してしまうような感じ。

「is A.」という作品自体は幻想的な娯楽作品に仕上げた感じがして、はっきりと問題解決を求めるタイプの視聴者には不満が残るだろう。
少年の動機は最後までわからないし、復讐に刈られた刑事がしていることはほとんど犯罪行為だし、少年をかばう父親の行動はまるで意味を成さない。

それぞれの登場人物の本当の気持ちは見えてこない。
私は逆にどうしてそんな行動をとるのか、いまこの人は何を感じたのかなんてことをいろいろ妄想しながら見てしまった。
そういう意味では、非常に頭を使う作品のような気がする。

どこに感情移入するかによって感想は顕著に分かれるだろう。
私はあえて言うなら、刑事なのかもしれない。
あんな得体の知れない化け物に家族を殺されたら彼ほどではなくとも怒りがわくはずだ。
ただこの映画の中で一番かわいそうな人は少年だと思う。本当にかわいそうな奴。
映画の中では絶望的な結末が待っている。
ただひとつだけ希望が残るので、そういう意味では救いがあると思う。

加害者、被害者、加害者の家族。
ニュースで見る事件には、それぞれのことなんて見えてこないから、こういう作品を見ることで想像出来るという意味では、機会があれば見て欲しいと思う作品だった。

復讐に駆られる刑事役は津田寛治さん。
津田寛治さんはTVドラマの名脇役というイメージがあったんだけど、この映画では鬼気迫る雰囲気で、こういう一面もあるんだなとびっくりした。
少年の父親に内藤剛志さん。
私実は内藤さんの演技は少々苦手だ。
なんかちょっと作りこみすぎな感じがして・・・。
だけど、この作品ではそれが重みになっていて内藤さんじゃないとねえと思わせた。
少年とかかわりながらも惑わされなかった少女に水川あさみさん。
少女は暗い過去を抱えつつ飄々と生きている少女として描かれている。

出所後の少年と友達になる少年は姜暢雄くん。
この人は「花ざかり・・・」で第3寮のオスカー役でひときわ目立っていたなあ。
あまりに感じが違うので最初わからなかった。
この役も優しい感じだが、映画の中ではいったん切れてしまうと暴力的になる少年。
彼も悲しい人だ。

ちなみにこの作品を見て小栗旬という俳優は結構すごいかもと思った。
もっといろいろな役柄を見てみたい。



「HIDE」
WORDS BY MUST、MUSIC &、PLAY BY BENNIE K