初日 最新 目次 MAIL HOME


セキララな思考。
安井 文
MAIL
HOME

2005年08月30日(火)
何度別れても

少し前にBSフジで放送されている「悲しき恋歌」の音楽について触れたんだけど、8月24日に発売されたサントラが手元に届いた。

さっそく聴いてみたので感想など。



今回私が購入したのは8月24日発売されたばかりの「悲しき恋歌」オリジナルサウンドトラック デラックスヴァージョン。2種類のサントラが抱き合わせになっていて、特典DVDが付属している。

1枚目は、ドラマに登場する俳優たちがそれぞれのシーンで歌っている曲のフルバージョンが収められていて、それ以外にドラマの挿入歌や挿入歌になる予定だったと思われる(今となってはイメージソング?)曲が数曲収められている。
ソン・スンホン、キム・ヒソン、ヨン・ジョンフンの歌のほか私が聞いたことのある範囲だとSG Wannnabe+、M TO M。
M TO Mは「愛していると言ってくれ」のサントラに入っている曲だった。
この曲はこのサントラではちょっと浮いている感じがするし、彼らの歌唱法はこのドラマには合わないと思う。(あくまでも個人的感想)
余談だが「愛していると言ってくれ」もドラマ自体はいまいちだが音楽がすばらしい。

2枚目は音楽を担当したユン・ゴン本人が歌っている。
もしも購入することを考えている人がいたら、私はこのユン・ゴンの歌っているサントラ「YoonGun's Sad Love Story」を強くお勧めしたい。
しかし、これは現在廃盤で入手不可能らしい。(韓国版)

2枚とも演奏に生のストリングスやピアノ、ギターがふんだんに使われていて、それがものすごく気持ちいい。音と音の隙間を感じることが出来て余韻がずっと続くような感じ。

日本ではこれだけ生の楽器をふんだんに使ったドラマのサントラはかなり少なくなっている。
だから逆にとても新鮮に聴こえるのかもしれない。

そして、そのサウンドにのるユン・ゴンの歌声がたまらない。
これから訪れる秋の夜長に聴きたい。

特典DVDで見るユン・ゴンは歌のイメージとは違ってかなり現代的な青年といった感じ。
日本によく遊びに来るらしい。
坂本龍一氏の音楽が好きだと語っていた。

このCDには日本語バージョンの「恋をするのなら」「何度別れても」「You’re gone」が収められている。
確認していなくて申し訳ないが、この日本語バージョンは韓国版CDに収められていたもので、もしかしたらこれから発売される日本語バージョンとは歌詞が違う可能性がある。
そろそろドラマが終盤なので、もしかしたらBSフジ版「悲しき恋歌」のエンディングで流れる可能性があるので、聴き比べてみたいと思う。

韓国版日本語バージョンの歌詞は、歌詞カードで見るとなかなかかっこいい詞ではあるのだけど、歌として聴くと言葉が難しく意味が汲み取りにくい。
日本発売版はもう少し分かりやすければいいなと思う。

パク・ヨンハ君の声とタイプが似ているような気がする。
少し低くて深い声。
トーン低めの高い音がスーッと伸びる感じがたまりません。
日本人好きしそうな声だと思う。(問題は詞だな。)

2人に共通しているのは、感情に走らず淡々と歌うことが出来るという点。
そういう歌い方のほうが、じわじわっと染みてくる感じがする。
だからといって口先だけで歌っているという感じではけっしてない。

一度お試しあれ。



「??? ????」
WORDS BY ???、MUSIC & PLAY BY ??(または???))



2005年08月24日(水)
そ〜り〜

コミュニケーションの悪循環をすっぱり切ったばかりで、今かなり脱力中。

それほどでもないと思っていたんだけど、実はかなり心の負担になっていたようだ。
後1ヶ月ばかりは何とか乗り切ろうと思っていたけど、私のほうがもう顔も見たくない状態になってしまったので、すぱっとやった。

何かを始める時、かなりエネルギーが要るけど、やめることはそれ以上のエネルギーが要るんだね。



抽象的で申し訳ないんだけど、具体的な内容については割愛させてもらう。
それはきっかけだけど書きたいことではないから。

いい関係が築けているかな?と思っていたら、実はまったく逆だった。
自分のどこが悪いのか考えてみてちょっと直してみたらほんの少し関係が修復されたように感じて、よし何とかなりそうだ!と思っていた。
でも実は、そんなこととは関係なく私という人間が嫌いだったらしい。

そうなるともう打つ手がない。

そう結論が出るまで半年かかっちゃったんだよなあ。

それでもまだ何とかなるのかもしれないとふんばろうとしたんだけど、自分の心に耳を傾けて周りに助言を求めてみたところ、本当に限界だということがわかった。
口に出してみたら、本当に限界だったことがじわじわ分かってきたし。

もうこれ以上は無理。
目の前に立つことさえ出来ないくらい嫌だ。
私自身が彼らにとって目障りなわけだから、とっとと退散することにした。
同じくらい私にとっても目障りな存在になってしまったけどね。

昔はこういう状況が負けたことになると思って悔しかったものだけど、今は、ただ哀しいだけだな。
折角一生楽しめることに出会えたと思っていたのに。

その楽しめることは別の場所へ行けば続けることも可能だ。
でも今は、新しい関係を作るよりもぽっかりあいた心をゆっくり修復する時間を持つことにする。
やりたくなったらそのときまた考えることにする。

どこでおかしくなったのかわからないな。
最初からだったのかもしれない。
ただ楽しくやりたいだけだったのに。

悪いけど、そっちの気持ちは知らない。
だって、こっちの気持ちも知ろうとしないでしょ?
お互い様という事で痛みわけ。
お互い、次はそういう存在に出会わないことを自分自身に願いましょう。
そして、自分自身が誰かにそういう態度を取らないようにしたい。
こんな思いはもうしたくない。

「そ〜り〜」
WORDS & MUSIC BY 鈴木雄大 、PLAY BY 天才トノサマBAND



2005年08月16日(火)
Room

残暑お見舞い申し上げます。

お盆の4連休が終了。

特別なことはなかったけど、エアコンなしで過ごす時間が多くて汗がだくだく流れて気分爽快。
まあ、暑いのには閉口だけどね。
あっつい自室でじっと本を読んでいる時間が多かったなあ。
パソコンいじるのはごくごくちょっと。
もともとあまり好きではないのである。

あ〜でも、後半2日間は過去を清算する日々だった。



なんて、仰々しく表現してしまったけど、何のことはない気になっていながらぜんぜん進んでいなかった不要物の整理をしただけ。
古本や道具を売りに行って1万円弱の収入となった。
うれしいような悲しいような・・・。
道具の中には購入したときかなり高額だったものも含まれていたから。
まあ、所詮道具なんて使ってしまえばただの中古品。
プラスになっただけ儲けもんだったと思うことにしよう。

私は物を捨てるのが苦手で、10年単位でモノが蓄積されているような人間である。
いや、こと音楽の音源については、もうかれこれ30年は保存しているだろう音源もあったりする。
多分まだ聞けるはずだ・・・。
こと"音"については捨てられない。

だから、カセット、CDなどの類はまだまだ蓄積されているのだけど、それ以外のモノについては、それらが思い出したくない思い出と直結していたり、もうすでに必要ないがために重荷になっていたのは確かで、昨日、今日とそれらをろくに確認もしないで分別し、お金にできるものは変換し、できないものはごみとしてまとめて放り出した。
部屋の中はさぞかし広くなっただろうと思いきや・・・・まあ、片付いたねえ位のものだったりする。

3年前に一人暮らしを解消し、新築したばかりの実家に舞い戻ってきたのだけど、そのときから"自室書斎化計画"なるものを密かに抱えていた。
で、主に金銭的な理由から理想の自室を夢想しながら実現できずにいたのだけど、ちょっと年末までにその計画を実行したいなあという欲求に今狩られている。
やっぱり自室は一番長くいる場所なので、快適で楽しい空間にしたいんだよなあ。

というわけで、年末に書斎化を実行するためには、これから予算を立てて部屋の片付けの計画なんかも立てなくちゃ・・・とここ2日で一念発起。
ついでに、あやふやにならないようにこうして公にしておこうっと。
特に経過は報告したりしないけど、念願かなって書斎化された暁にはご報告なぞいたしましょうかね。



「Room」

WORDS BY 藤井郁弥、MUSIC BY 鶴久政治、PLAY BY THE CHECKERS



2005年08月11日(木)
人間の100年後

やっぱり今日も見上げた空

ここ数週間、アーカイブの整理をしていて過去に自分が書いた文章を読み直すという作業を繰り返していた。
読み直しただけで誤字脱字等恥ずかしいミスがたくさん見つかってきたので、少しずつそれも修正していかないとなと反省。

インターネットを使って自分の中にあるいろいろな思いや考えについて書き始めてからすでに4年が過ぎていた。
自分でその年数にはびっくりだ。
ここ2年ほどは開店休業していたけれど、それまでほぼ毎日更新していた。
よくもまあ、あれだけのものを書いたもんだと自分であきれ返ってしまった。



あらためて読んでみると、なんだかサンプル音源みたいな内容だ。
4年前の自分は既に30代に入っていたけど若かったなと思う。
過去に自分が書いたものを読むのは恥ずかしい反面、そのテーマについて思い起こして新しい考えが浮かんできたりすることに気がついた。
全然変わらないものもあるし、今はそのときとは違う感じ方をするものもある。
だから、書きたいことは未だにたくさん沸いて出てくる。

ここ数年、私の中で変化が起こりつづけていて、文章にもそれが表れている。
ここ数ヶ月はもう少し文章を書くということについて向き合いたいなという気持ちが強くなっている。

でも、それを形にするにはもう少し勉強が必要なこともわかってきた。
それは学校で勉強するといったような意味ではなく、書きたいことを書くために何が必要なのかわかってきたってこと。
そのための方法を模索している。

文章は小さい頃から書いているけど、日記というものは書いたことがない。
私に合わないんだろう続かないんだ。
そのかわり思いついた面白い考えや興味のある事柄については、不定期でノートに書きなぐっていた。
最初の頃はほとんど日記状態で今は恥ずかしくて読み返すことが出来ない。
それをあるとき友人に見せたら、考え方が面白いと言われ、以後、誰かが自分の書いた文章を読んでいる姿を想像して書くようになった。

そして、4年前に現在アーカイブをおかせてもらっているサイトを友人に紹介され、日記というスタイルで自分の考えを公開する方法があることを知った。

20歳の頃、実は同人誌を作りたいと考えていた。
内容は音楽について。
実際には金銭的な問題と友人を巻き込む怖さがあったので実現できなかったんだけど、いつかそれを形にしたいとずっと考えていた。
このブログのタイトルはその同人誌に付ける予定のタイトルだった。

結局、その同人誌を出せなかったのは、私の中で何をどう表現したいかが決まっていなかったからだと今は思う。

これからJUKE BOXがどうなって行くか、自分でまだわかっていないけど、自分が面白がって続けられる場所にしたい。

ということで、数少ない読者の皆様、これからもどうぞよろしく^^;

(更新回数が少なくなったことへの手の込んだ言い訳??)





「人間の100年後」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY SHREBETS



2005年08月05日(金)
死神のサングラス

夏の必須アイテム、サングラスを新調した。

と言っても、資金不足なのでレンズだけ。
1年位前に買った薄青レンズのレイバンのレンズだけ入れ替えた。
1万円なり。(私は普段が裸眼なので、メガネの類は安上がり。)

偏光レンズのサングラスがずっと欲しかったのだ。



偏光レンズは、光の乱反射をカットして目の疲れを和らげる効果がある。
具体的に言うと、水面がきらきら輝いていると目がおかしくなることがあるでしょう?
あれを防いでくれるのだ。

私は真夏に野外に出ることがほとんどないけど、車の運転はよくする。
で、前の車の窓ガラスが乱反射して運転しにくいことが多々ある。
そんなわけでサングラスは1年中必需品なんだけど、夏は特に乱反射がひどい時期で、目が痛くなることがあるので困っていた。

色が濃ければ問題ないんだろうと思っていたんだけど、そうじゃないと言うことをサングラス好きの友人から教えてもらって、ずっと偏光レンズのサングラスを探しつづけていた。

といっても、なかなか好みのサングラスは見当たらなくて、でも夏がきちゃう〜と焦っていたところ。
とある眼鏡屋で新しい偏光レンズが発売されたという説明をうけた。

で、手持ちのサングラスのレンズだけ換えられるというので、それならさっそく〜とお願いしたのである。

レンズは青色。紺色に近いかな。
もともと入っていたレイバンのレンズよりはかなり濃い色になったけど、もともとちょっと薄いなあと感じていたので、出来上がった姿はなかなか私好みになっていた。

早速かけてみると、なんだかすごく普通。
で、今度は外してみると・・・・どわっ、世界はこんなに眩しいのかっ!と眩暈がしてしまった。
これはなかなか調子がいい!

一度かけ始めると、朝運転する時もかけるようになった。
今はこれ無しじゃ、日中やってられない〜。

サングラスはかけたほうがいいらしい。
なんでも裸眼から入ってくる紫外線で肌も黒くなるらしいよ。
ひええ、それはいやだなあ・・・。


「死神のサングラス」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、
PLAY BY BLANKEY JET CITY



2005年08月02日(火)
DISCO2002

私は小学生の頃からSF小説が大好きで、ずいぶんと読み漁った。
小学生の頃は、学校の図書館の本をジャンルに関係なく端から読み倒したもので、その中にいくつか今なお名作と呼ばれるSF名作を子供向けに訳したものもあった。

今でもSF小説は大好きなんだけど、子供の頃のようにあっという間に本を読めなくなっているので、年間に読める本の冊数はかなり減っている。
歳のせいかなあ^^;
今も5月に読み始めた上下巻ものの作品の下巻を一生懸命読んでる。

ところで、SFというジャンルは世間では何かと敬遠されているようだ。
ミステリー、ホラー、ファンタジーと書かないと誰も読まないらしい。
それってなんだかちょっと切ないよねえ〜。

だからといって、SFってのはね!と説教したいわけではなく・・・^^;



この頃、日常生活で子供の頃読んだ未来世界を描いた小説に描かれていたものに似た光景を見かけるようになったよなあと感慨深いもんで、それについて書こうかなと。

例えば、CD屋の店先の壁に立てかけてある液晶TV。
その中では新作DVDのCMが流れてる。
近頃よく見かけるね。
まだまだ、ブラウン管のTVがでんと置いてあるお店もあるにはあるけど、これが液晶に変わっただけでずいぶんとSF的に見えるんだよね。
それから、CD屋にはほぼどこでも見かけるようになった試聴用の機械。
これも液晶画面で検索出来る機能がついてるのものもあるんだねえ。

東京の新宿や銀座にもビルの上に大きなモニターがある。
これを初めて目にしたときはSF映画の名作「ブレード・ランナー」(監督:リドリー・スコット、主演:ハリソン・フォード)を思い出した。

私は文章から絵を思い浮かべることが苦手で、見たことのない生き物が出てくるファンタジーを読むことが出来ない。夢がないのかもしれないが^^;
「指輪物語」も「ロード・オブ・ザ・リング」という映画になったので、その世界の面白さを知ることが出来たけど、未だに小説のほうは読めないのだ。

SFでも見たことのない宇宙人が出てくる話はほとんど読んだことがなくて、好きだったのは・・・。

未来世界を描いた話
タイムトラベルする話
平行世界から誰かがやってくる話
超能力を持った少年が活躍する話
電脳世界を描いた話(「マトリックス」のようなやつ)

平行世界から誰かがやってくる話は別にして、それ以外は全部、今自分が生活しているこの世界の未来の話なので、まったく見たことのないものというのが出てくるのことはそうそうない。
自分が今使っているものが変化しているだけなので想像がつくでしょ?

とはいうものの、それは全部お話の中の作り事だった。

それが今、どのくらいの割合かはわからないけど、小説の中に出てきたものが生活の中で溢れようとしている。

ネットワークでつながれたPCやTV
携帯電話
(私は持っていないが)車のGPS
個人認証システム
電子決済システム
家庭用ロボット(まだ愛玩の段階だけど・・・)
コンピュータ制御されたおもちゃ

・・・きりがない。

これ全部小学生の時読んだSF小説に出てきた。
すごいよねえ。

そんなわけで、最近私は街を歩くととても不思議な気分になるのである。



「DISCO2002」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一
PLAY BY JUDE



2005年08月01日(月)
ガードレールに座りながら

憧れの人がいると、その人の前に立った自分を想像しない?

私はいつもそうしているんだけど、想像してみて・・・今の自分ではその人の眼力に負けてしまうわっとがっくりくる。



実は私。視線恐怖症の気がある。
写真がこっち向いているのは怖くて恥ずかしいし、一番ひどかった頃は電車の中で顔を上げられなかった。
写真は今でも怖いけど、電車の中は平気になった。

たぶんに私は、自意識過剰なところがあるので、そこが直ればこの視線恐怖症気味なところも直るんじゃないかなと思っている。
って、早く直さなきゃ〜^^;
もういい年なんだからさ〜。(と軽く言ってみたりして。)

文章にするとかなり深刻なようにも思われそうだけど、実はそれほど深刻でもない。
本当は、深刻に考えないようにしてきた結果なんだけどね。

私が他人の視線が怖くて恥ずかしい理由を実は自分でよく分かっている。
それを克服しないといつまでたってもソ・ジソブ君はおろか鈴木雄大さんともまともな会話はできない。
でも、なかなかそれが難しい・・・。

その人の眼力に負けないためにどうすればいいのか・・・・?
その答えは遠の昔に分かっているんだけどねえ。
なかなか自己暗示はかかりにくいようだ・・・^^;



「ガードレールに座りながら」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY