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セキララな思考。
安井 文
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2002年01月26日(土)
からたちの花

昨夜、すごい事実を知った!

「港のヨーコヨコハマヨコスカ 」で、宇崎竜堂さんの作曲方法がいいんだということを書いたんだけど、あの作曲方法を生み出したのは、実は音楽の教科書に必ず名前がのっている山田耕筰先生なんだそうだよ!

「芸術に恋して!」という番組をなんとなく見ていたんだ。
タイトルに興味をそそられたからね。

”山田耕筰とJ-POP”

むむむむ?
お風呂に入る時間をずらしてTVの前に陣取っていた。
昨夜は新年会があって、お酒が入っていたので頭は少々ボーっとしていたんだけどね。

あー、ところで、山田耕筰先生と言うとどんな曲を思い出すかな。

私は、「赤とんぼ」と「この道」

「からたちの花」は、知っていたけど山田先生が作曲者だ知らなかった。
ちなみに作詩は、かの有名な北原白秋先生。

何がすごいのかって言うと・・・。

山田先生は、日本ではじめて日本語のイントネーションに基づいて作曲する方法を編み出した人なんだ。
私は、番組を見ながら、宇崎竜堂さんが「横須賀ストーリー」の最初の歌詞を声に出したとき、”このリズムしかなかったんだよね。”と言った話を思い出していた。

日本の言葉には、”橋”と”箸”、”雨”と”飴”なんて感じにアクセントが変わると意味が丸っきり変わってしまう言葉がたくさんある。
山田先生はそれに気がついて、その言葉の意味を生かすようなメロディーを作る必要があると考えたんだそうだ。
しかも、それは、ドイツに音楽留学して気がついたそうだ。
ドイツと言えば、クラシックに代表される西洋音楽の原点だよね。

彼は、ドイツで勉強していてどの国にも、その国の母国語で歌われた歌があって、それらがその国の音楽を作られる過程で重要な位置を占めていることに気がついた。
だから、イタリアではイタリア歌曲が、ドイツではドイツオペラが、日常的に生活の中に根ざしている。

ということは・・・(その質はどうであろうと)、今日本で、J-POP・歌謡曲・演歌が日常的に歌われたりかかっていたりするのは、それが、日本の言葉を中心にした作曲方法がとられているからなんだ!

おおおおおっ!

私は、なぜ日本語の歌ばかりが私の耳に残るのかなあ?とずっと疑問に思っていた。
その理由は、意味がわかるからなんだって言う結論を自分なりに出していたんだ。
意味がわかりやすく伝わるのはなぜか?ということまでは考えていなかったんだけど、昨夜私は、アクセントやイントネーションが普段話す言葉に近いからだという論理的に実証済みの事実が隠されていたってことを新たに知ったわけなのさ。

それで、私は今、大興奮しているわけ・・・。

去年大ヒットした「TSUNAMI」をメロディーにのせないで、歌詞を声に出してみて。
そしたら、今ここに書いてきたことが事実だってことがわかるよ。

サザンオールスターズの曲は、あの声があまり好きではないので聴けないんだけど桑田圭祐さんの曲は結構好きだなと言う話を「HOTEL PACIFIC」に書いたけど、そう言う理由だったんだねえ〜。

うひょ〜♪なんかこー小躍りしたくなるほどうれしいなっ。

「からたちの花」という曲は、今まで書いてきたことを考えながら、なおかつ音楽的な余韻まで計算されて作られているという。

   からたちの花が咲いたよ

この”よ”は、今まで書いてきたイントネーションで考えるとちょっとはずれた音が使われている。
だけど、そのことによって聞いている人間に”そうなんだ〜。咲いてるんだ〜”とか”ふ〜ん”なんて思いを無意識に抱かせる効果を生んでいるんだそうだ。

つまり、やっぱり歌は聴いている人と会話をしているんだよ!!

さらに、山田先生は歌唱方法についても日本独自のものを大切にしたいと考えたそうで、「からたちの花」の楽譜には、信じられないくらいのアクセント記号が書かれている。それは、6回も修正されたそうだ・・・。
日本に昔からある長唄・地唄・小唄・・・そう言うものの歌唱方法がより日本の歌を聞き手に受け入れやすいものになると考えたんだね。

そんなわけで山田先生は、レコーディングでは、いつも細かく歌手に指示を出したんだそうだ。だけど、たったひとりだけ、山田先生が何も言わなかった歌手がいる。
それが・・・。

美空ひばり大先生

彼女は、いわゆる音楽教育を一度も受けていなかったけど、小さな頃から民謡・長唄・小唄などのいわゆる芸者や芸子が覚える芸事はかなりやっていたそうで、山田先生の必要とする日本人固有の歌唱法を出来る歌手だったのだそうだ。

番組の中で彼女の歌う「からたちの花」が流れた。
なんとも言えない雰囲気を持ってるんだな。

山田先生は、なくなるまでに3000曲もの歌曲を書いたという。
その中には、300曲余りの童謡が含まれている。
大作曲家と呼ばれた後年に一気に書き上げたそうだ。

なぜかというと、子供にこそ、日本人のための音楽を学ばせて定着させなければ、日本人が真に音楽に親しむことが出来ないと考えたから。
私たちは、子供の頃たっくさんの山田先生作曲の童謡を聴いたり歌ったりして育ったはずだ。そう言う子供の中から、自分で歌を作れるミュージシャンがたくさん育った。

だからこそ、今、J-POPに代表される日本人の作った音楽が親しまれ、作られつづけているんだね。

すごく壮大なスケールの話だと思わない??

私は、今のこの環境を生み出すために尽力した山田耕筰先生に深く深く感謝したい。

「からたちの花」
MUSIC BY 山田耕筰、WORDS BY 北原白秋、PLAY BY 藤原義江(もしくは美空ひばり)



2002年01月22日(火)
Free World

寒い、寒いね〜。
今日は朝から雪がちらついてた。
でも、夜は星が出てたから明日は晴れかな。

久しぶりに本屋に寄った。
月に数回会社がえりに本屋で立ち読みを2〜3時間。
片っ端から斜め読み。

音楽雑誌を手にとっては目次をぱらぱら。
よっぽど気に入ったインタビューが載っていれば買って帰ることもあるけどだいたいいつも立ちっぱなしで熟読。
今日はめぼしい雑誌がない。

ということで、専門誌を手に取る。
「ギターマガジン」と「プレイヤー」

いわゆる音楽雑誌より、こういう雑誌のほうがあんがいミュージシャンは面白いことをしゃべる。インタビュアーは仕事柄、技術的なことを聞きたがる。
ミュージシャンも本当はしゃべりたくてうずうずしている音作りの秘密を掻い摘んでしゃべるんだな。
いわゆる音楽雑誌のインタビュアーは、なぜだか精神的なことばかり聞きたがる。
ひどい人になると自分の観念をミュージシャンに押し付けたりする。そういうことは、音楽を聴いて自分で考えることだと思う。

ライブレポートもこういう雑誌のほうが辛口なので、自分のお気に入りのバンドが誉めてあったりなんかするとそれがたとえページの4分の1くらいしかなくても買って帰りたくなる。

おお、今最もはまりそうな音を出す2バンドの内の片方のインタビューが載ってる。

LOVE PSYCHEDELICO

そうか、新しいアルバムが出たばかりなんだ。

先週末、真夜中に彼らのアメリカツアーのドキュメンタリーを見た。
なんだかなつかしいロードムービーを見ているようだった。
1年前に出た彼らのデビューアルバムは気になっていながらまだ聴いていない。
キャッチーなシングルをいくつか知っているだけ。
ずっと気になっていたけどね。

すかすかの彼らの音が好きだなと思う。
ドキュメンタリーを見ながらそう思った。

ということで、インタビューを読んでみたわけなのさ。

彼らの音楽には体温と色と匂いがある。
もうひとつ気になっているEGO WRAPPIN'もそういうバンドだ。
けど、この2つはまったく違う体温と色と匂いを持ってる。

LOVE PSYCHEDELICOの音楽はすごくさりげなくて自然だ。
すかすかしていて、そのすかすか感がなんとも言えない。
1発録りに違いないと思っていたけど、ちょっと違うらしい。

音楽は心に中にあってそれをいかにその通り再現するかが自分たちにとっては重要なんだと彼らは言う。

かっこいいね〜。

そう言う意味では、とりなおしは何度もしたしギターは何本も使って、歌詞も全部書きなおしたものもあるそうだ。

ふ〜ん・・・。

言葉は、音に乗ってるだけでつながれば意味を持つと思うから、内容を組み立てて考えたりしない。

へえ・・・・。

受け答えもなかなか私好みだね。

きっと私はにやにや笑っていたことだろう。
不気味な客でごめんなさい(苦笑)

雑誌をとじて私は本屋をあとにした。
小脇には買ったばかりの本が挟んである。

店の外は、雪混じりの雨がちょっとばかし降ってた。
カラダは冷え切っててお腹も空いて来たー。
エンジンをかけてハンドルを切る。

さぁ〜てさって、給料が出たならアルバムなぞ買ってみようかね。
なんて、鼻歌を歌いながら。

「Free World」
MUSIC BY 、WORDS BY 、PLAY BY LOVE PSYCHEDELICO



2002年01月10日(木)
春よこい

寒い冬の夜、会社からの帰り道。
まだ、暖まらない車の中で、身を縮めていた。
せめて気分だけでも暖かくならないかなあとFMラジオを付けた。
うん悪くMDプレーヤーを持ち込むのを忘れてたんだ。

「・・・「SATORI」フラワー・トラヴェリングバンドでした。」

少し押さえた感じの声をした女性DJがちょうどそう告げた。

ん?

フラワー・トラヴェリングバンド?
なんか聞いたことあるぞ??
確か伝説のバンドって言われてるんじゃなかったか??

ちらっと聴いたその音は、なんかこー胸がわくわくしてくるような私好みの音だった。
DJは別に曲の解説をするつもりもないらしく、たわいのない話題を喋っている。

洋楽かなあ??

なんて心に引っ掛かりを感じながらもぼんやり車を運転し、家を目指す。

特に集中していたわけでもないのでDJがなにを喋っていたのかは思い出せない。
そのうちに次の曲が掛る。

おおおおお??

その曲は、もこもこしたベースに骨太のギターサウンドが耳に残るジャパニーズロックの音だった。ボーカルの後ろでもうねうねギターがソロっぽく弾いているので、歌よりもギターに耳がいってしまうなあ。
それでも、音と音の隙間は多くてそれがいい味を出している。
私がすごく好きな音っ!
70年代頃のジャパニーズロックの音〜。
それに友人の歌うたいにそっくりなその歌い方だったのでびっくりした。
わくわく感が高まってきて車の中の私は興奮していたっ!

♪〜みんな変わったなんて言うけど
本当は変わってなんかいやしないんだ
変わってしまったのは周りのほうなんだぜ 〜♪

1度しか聴いていないので正確ではないけど、こんなようなフレーズが飛び込んできた。歌詞もなんだか攻撃的で刺激的ではないかっ!

「ジャックスで「堕天使ロック」ボーカルは早川義夫さん」

えええ?ジャックス??
ジャックスってGSバンドじゃなかったっけ?
うひょ〜どえらいシブイじゃんよ〜。
なんだなんだ、この番組はっ??

・・・「次の曲は、はっぴいえんど「春よこい」」

うひょひょ〜♪
なんとなくそんな感じはしたのよね〜♪

やっぱりもこもこのベースにギターサウンドが耳に残る。
リズムがクリアでタイコの数も分かりそうなくらい単純な音が出てくる♪
でも、さっきのジャックスと違って何処かスタイリッシュなんだなあ。
音がクリアで、わかりやすい。それがはっぴいえんどなんだけどね(ハート)
そんでもってかっこええ〜♪

ああ、やっぱ今年はCD買わなくっちゃなー。

なんて思わずところで新年の抱負なんか呟いてしまった。

その番組は、ローカル番組で毎日その時間にやってるヤツだった。
2時間くらいある番組で、流行の曲ばかりかけているので普段は聴かない。
いや〜でも、たまには聴いてみるといいことあるんだね〜♪

やっぱ、今年もラジオはやめられないね。
どえらい寒い冬の夜なのにこんなちょっとしたことでお手軽にしあわせになる私なのだった。

・・・とは言ってもさむいもんは寒いっ!
はやく!春よこ〜いっ!

「春よこい」
MUSIC BY 大瀧詠一、WORDS BY 松本隆、PLAY BY はっぴいえんど
Thank you !! TOTORON



2002年01月09日(水)
瑠璃色の地球

私が小学生の頃、ちょうど70〜80年代。
歌謡曲全盛期だったね。

西条秀樹さん、郷ひろみさん、山口百恵さん、フィンガー5、狩人、ピンクレディー、高田みづえさん、柏原郁恵さん、松田聖子さん、田原俊彦さんなどなど・・・・。

最近だとSMAPとかモーニング娘。がそうだと思ってる。

今でも流れると無意識に歌えてしまうような曲がわんさかあったのさ。
昔は、今みたいに歌詞のテロップなんて流れなかったから、TVの前に座って食い入るように眺めてて、智恵が付いてくると、ラジカセのマイクをTVのスピーカーに近づけて録音したりもしたねえ。

中学生くらいになるとニューミュージックという日本のフォークソングが洋楽の影響を色濃く受けた音楽が若者にウケて、高校生になると歌謡曲がださいって流れに変わった。それが今で言うJ-POP。

J-POPでは、作詞作曲編曲まで自分でやっちゃうのが当たり前っていう風潮で、作詞家、作曲家、アレンジャーなんて人達の作る歌を歌っている人達は逆にださいと言われる。

それはなんだかおかしいと思うんだ。

タイトルと歌っている人のことは知っているけど、誰が作ったのか分からないって曲はたくさんある。
でも、いい曲はたくさんあるよね。

私は、松田聖子さんはあまり聴かなかったけど、「瑠璃色の地球」は大好きなんだ。
これは、松本隆さんっていう超有名な作詞家が詩を書いてる。
松本隆さんは、確か松田聖子さんの歌のほとんどの詩を書いていたのではないかな?
彼自身もミュージシャンで、今では伝説と化したロックバンド (はっぴいえんど)を大瀧詠一さん,鈴木茂さんらと結成して活動していた。彼はドラマーだったんだよ。

はっぴぃえんどはすごくかっこいい音楽を作った。
私も数年前からCDを手に入れようと思いつつまだ手元にないんだなあ。
(私の敬愛する鈴木雄大さんもファンだったという。)

「瑠璃色の地球」はとても優しくて美しい言葉が並んでる。
松田聖子さんの声は、透き通っていてきれいなのでぴったりだと思う。
そういえば、年末の紅白で歌っていたね。

私は歌謡曲って大好き!
作詞家の作る詞は、声に出しやすくて覚えやすい。
気軽に口ずさめるそんなところがいいと思うんだ。

カラオケで歌ったりすると気分いいよ〜♪


「瑠璃色の地球」
MUSIC BY 平井夏美、WORDS BY 松本隆、PLAY BY 松田聖子



2002年01月08日(火)
ジマーマンラビン

17歳のアメリカ少年がビルに小型飛行機を激突させて死んだ。

彼のポケットには遺書のようなものが入っていて、ラディンに共感するなんて事が書かれていたらしい。
当局は、単独犯と断定したそうだ。

TVニュースを見たとたん、込み上げる笑いを押さえ切れずにいるラディンの姿を思い浮かべた。
思わず背筋が寒くなったね。

スティーブン・キングというホラー作家がいる。
アメリカ屈指のホラー作家で世界中にファンを持つ。
私もその中のひとり。

このニュースを見た時、私は彼の「ゴールデンボーイ」って小説を思い出していた。
新潮文庫から出版されている彼の『恐怖の四季 春夏篇』に収録されている。(余談だが、これには映画『ショーシャンクの空に』の原作「刑務所のリタヘイワース」も収録されている。)

スポーツ万能・成績優秀のアメリカの一優等生の少年が町で一人の老人を見かける。
少年は彼が元ナチス将校である決定的な証拠を掴み彼を脅迫する。
それは単に、彼の昔話を聞き出すためだった。
しかし、少年はいつのまにかその狡猾な老人に操られはじめる。

今までに読んだキング作品の中で1番恐かった。
悪魔もモンスターも出てこないけど、恐いよ。
これは映画化もされているんだけど、あまりの壮絶な終わりになんとも言えない気分になるという話だ。
私はまだ見る勇気がない。

小説の終わり、興味半分だった少年は、老人に殺人技術を伝授され、巧みに意識を操られ最後には衝動的に殺人を犯してしまう。
そんな気はなかったのに・・・。

老人は、おもしろ半分に過去を根掘り葉掘り聞き出そうとする少年にうんざりしていて、憎しみさえ生まれていたんだ。こいつさえいなければ、自分は平穏無事に一生を終えられているはずなのに・・・。
そこで、その憎い少年に昔話を話して聞かせるという形で、彼を殺人者に仕立て上げていくのだ。ナチス時代にしていたようにね。
その過程、老人は時を追うごとに冷静さを増し、少年は熱に浮かされ我を忘れていく。
アメリカって国の暗い部分を垣間見た気分になる。

小説に出てくる少年とビルに激突した少年はよく似ている。
もしかしたら、この小説を読むことで少しは彼の気持ちが分かるかもよ。(まあ、これはあくまでも勝手な憶測だけどね。)

さて・・・・そういう訳で、ニュースを見ながら私はこう思ったんだ。

ビルに激突した少年は、本当に単独犯といえるんだろうか?
そして、この事件はアメリカだから起こった話なのかな?

どこかで生きてるだろうあいつが、一番望んでいる結末はまさにこういう事件なんじゃないのだろうか。

「ジマーマンラビン」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY SHERBETS



2002年01月07日(月)
港のヨーコヨコハマヨコスカ

こないだ土曜日の朝にTVを見ていたら、宇崎竜堂さんが昔のことを喋ってた。

彼は昔、サングラスにリーゼント、白いつなぎでギター片手に「港のヨーコヨコハマヨコスカ」なんてタイトルの歌を歌ってた。

誰でも知ってるこの曲の詩は、奥様である阿木耀子さんが書いたんだって、そりゃ知らんかった〜。女の人が書いた詩だったのね!

相当突っ張ってる彼は、でも、昔はすごく穏やかでまじめな青年だったんだって。
だけど、”絶対売れる!”と確信のあったダウンタウンブギウギバンドがなかなか売れなくてイライラしている間にあんなになっちゃったんだと。

それから、奥様の耀子さんは、初恋の人で始めて付き合った人だったんだと〜!!
いやいや、人って言うのは見かけでは分からんね。

宇崎さんの曲の作り方って結構面白いと思う。
時々TVで喋ってるんだけどね。
彼は、詞ができあがってから曲を付けるらしい。
で、まずその詞を声に出して読むんだそうな。そのリズムにメロディーを付けると曲になるという・・・。

これは山口百恵さんの「横須賀ストーリー」って曲の歌い出しを作った時の話。
(これも有名な歌い出しだよねえ。)

♪〜これっきりぃこれっきりぃ もぉ これっきりぃですかぁ〜♪

普通に声に出してみると分かるんだけど、もうすでにリズムを持ってるんだよね。
これ以外にはないでしょ〜と思ったそうだ。
彼はそれに音階を付けただけ。・・・だと言っていたぞ。

「港のヨーコヨコハマヨコスカ」も奥様はメロディーに載せるつもりで書いたそうなんだけど、あまりにも字数が多いのでああいう形にしかならなかったんだとその番組で言っていた。

作曲のしかたっていうのは、言わば企業秘密だと思うんだよね。
まあ、最近のJ-POPの人達はあんまりそういうことは考えてないだろうけど。
その企業秘密を面白おかしく喋ってくれる宇崎さんを私は結構好きなんだな。

彼は奥さんと共に山口百恵さんの曲をたくさん書いていて、それも軒並みヒット。
その頃のミーティングの話もしていて歌謡曲ってすごく面白い分野だったんだなあと思った。曲はみんながミーティングして作るんだってさ。面白いよね。

これって、洋楽の全世界でヒットするような曲の生まれ方によく似ていると思わない?
そういえばさ、日本の歌謡曲は、昔、世界で一番進歩した音楽と言われていたんだよ。

そういう意味では最近はそういう試みが減ってしまって、私から見ると日本歌謡界は質が落ちてきたと思う。

かなしいね・・・。

番組の終わりにこれからの夢は何ですかと聞かれた宇崎さんはこう言った。

何十年か経った時、誰が作ったのか知らずに誰かが歌っている歌を残したい。
そう、読み人知らずの歌を作りたいね・・・。

「港のヨーコヨコハマヨコスカ」
MUSIC BY 宇崎竜堂、WORDS BY 阿木耀子、PLAY BY ダウンタウンブギウギバンド



2002年01月06日(日)
Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド

正直、モーニング娘。にはちょっとばかしうんざりって感じがあった。

昔、おにゃんこクラブってのがあって、キムタクの奥さんの工藤静香さんとか国生さゆりさんとか渡辺まりなさんとかが会員番号なんてなものをふられてたなあ。

夕焼けにゃんにゃんっていう夕方やってたバラエティー番組から生まれたんだったよね、確か。
そういや、秋元康さんが首謀者だったね。(ちゃっかり奥さんもその中から選んだし。)司会は、とんねるず。

フジ系だったので私ん家では見られなかったけど、あまりにも人気があったので知っています。でも、興味はなかった。
だって歌も踊りも下手だったんだもん!!
そんなんプロじゃな〜い!!・・・という主義だったので(当時は。)

モーニング娘。はちょっとそれを思い出しちゃうんだよね〜。
ASAYANっていうテレビ東京系のオーディション番組出身でしょ。(CHEMISTRYもそこ出身だよね。)
司会はナインティナインで、プロデューサーは、つんく(つまり首謀者)

どんな経緯でつんくがそういうものに首を突っ込むことになったのか私は知らないんだが、選んだ人すごい千里眼だったね。

私は、シャ乱Qってバンドは好きじゃなかった。(なんかぎらぎらしてるし、メイクもイケてなかったし。)
「ズルイ女」なんてさ〜、はっきり言ってチェッカーズのパクリじゃんよ〜!!
なんて憤慨していたし。(何の曲かってーと「ONE NIGHT GIGOLO」ですな。)

日本テレビ系の芸能人カラオケ番組(「夜もひっぱれ」だっけ?)でチェッカーズのメンバーだった鶴久政治さんがこの歌を歌った後「なんかね〜すごく歌いやすかったんだけど」ってコメントしてたのがすごく笑えた。

・・・が、今にして思えば、それはその後のモーニング娘。プロジェクトの前振りに過ぎなかったのかもしれない・・・。

つんくって実は、歌謡曲に対して並々ならぬ愛を燃え滾らせている男だったのね〜♪
密かに歌謡曲復興をねらう男。

ふっ、なかなかかっこいいじゃん。

とにかくモーニング娘。の曲は、どれを聴いてもなつかしいったらないねっ!
歌謡曲好きの私にとっては、こーなんか歌謡曲魂をくすぐられるっちゅうかなんちゅうか・・・。
そういうおじさんおばさんはかなりいるでしょう〜。

「Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド」なんかあーた!
とうとう笠置シズ子さんの世界を復活させちゃいましたもの〜♪

おまけにタイミングよく世間では、ブライアン・セッツァーなる大物ギタリストがその名もブライアン・セッツァー・オーケストラなんてビッグバンドを引き連れて、古きよきスウィングジャズを世に復活させてるし。

ブライアン・セッツァー・オーケストラお勧め!
ぜひ聴いてみるべし!

おっと脱線。

とにかく今では、つんくの試みを密かに応援してしまっている私なのだ。

モーニング娘。のメンバーには正直興味はない。
でも、日を追うごとにプロ根性が育っている彼女たちを見ると、がんばれ〜とついエールを送ってしまったりする。いい顔になっていくのはいいけど、やっぱりちょっとは社会常識を身に付けた方がいいよなんて姑根性まで生まれる今日このごろ・・・。

最近では嫌がってたわりに、次の展開をわくわくして待っている始末・・・。

むむむむむ。おそるべし、つんく!

がんばって歌謡曲を復興してくれ〜♪

「Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド」
MUSIC & WORDS BY つんく、PLAY BY モーニング娘。



2002年01月04日(金)
越冬つばめ

昨年末の(!)紅白歌合戦は面白かった。
久々に”歌合戦”って感じがした。

今回は絶対見ようと思っていた理由が一つ。
それは、十数年ぶりの森昌子さんの復活!!

実は、彼女の歌は大のお気に入りなのさ〜。

彼女の「越冬つばめ」は唯一歌える演歌だったりする。

演歌って難しいんだよ〜!!
テクニックはもちろんのこと、感情表現も豊かじゃないと歌が生きてこないからね!

歌合戦終盤にようやく彼女は現われた。
ダンナさんである森進一さんに手を引かれて。

ぜんぜん変ってないんだもん、びっくり〜。

「せんせい」
「悲しみ本線日本海」
・・・そして「越冬つばめ」

と3曲メドレーを彼女は歌った。

母とふたり息を詰めてその第一声を待ったね。

出てきた歌に私は鳥肌が立っちまった。
母も一言。

「いい年の取り方をしたんだねえ。」

幸せなんだろうなあ。
彼女の歌は、一層丸みを帯びていて包容力があった。
とても久しぶりに歌った人の歌い方ではなかった。
やっぱプロだなあ。

歌うたいは、生まれつき歌心を持ってると思うんだ。
もちろん誰だって歌心は持っているけど、歌うたいとしてステージの中央に立つには、資質がいる。
それが生まれつき持っているものなんだ、きっと。

最近、技術的に”うまい”歌手はたくさんいるけど、”歌うたい”だと思える人は皆無だ。カラオケ行ってもみんなその技術ばかりを真似するので、歌い方が似ている。せっかくお金出して歌うんだから、もっと自分の歌を歌おうよって思っちゃうんだよね。
それは、プロの人でも同じだと思う。

ねえ、口先だけで歌っているといつかみんなに忘れ去られてしまうよ。

とにかく、久しぶりに聴いた森昌子さんの歌は、なんだかとても感動してしまったわけなのさ。
(だけど、勝つのは白って決まってたんだもんねっ!)

「越冬つばめ」
MUSIC BY 篠原義彦、WORDS BY 石原信一、PLAY BY 森昌子



2002年01月03日(木)
東京者

怒涛の29日が過ぎ去って、翌日30日はチェックアウトを済ませると雄大さんお勧めの新宿西口にあるという思い出横丁なんてイカした名前の小さな路地に行ってみた。

彼お勧めの鯨肉の揚げ物が乗った丼物を出すお店はどれだかわからなかったので、適当にお店を選んで朝食などいただいた。安くておいしかった。
睡眠時間が少ない上に二日酔い気味の私はなんとなくエンジンが掛らない。

しかし今回、どうしても行っておきたい場所があったので、げんちゃんにわがままを言って付き合ってもらった。

それは、表参道にある同潤会アパート

映画『Wの悲劇』で世良正則さんが薬師丸ひろ子さんに一緒に住もうと案内するアパートで、その間取りが一目で気に入ったんだよね。
最近では、武田真治君主演の『大いなる幻影』のポスターで彼がこのアパートの窓際に座っている。

何かのニュース番組で、このアパートが昭和初期建てられたもので、当時としてはモダンな水洗トイレがあるんだと紹介していた。
実は、この時映った部屋の映像を見て映画の部屋だってことに気が付いたんだ。

かなり老朽化が進んでいて、取り壊して新しくしようという話もあるようなことをその番組で喋っていたので、どうしても取り壊される前に見たかったのだ。

東京は、どこもTVで見るよりも狭く感じたけど(特に新宿の街中は狭いね。)表参道はとても広かった。人は多かったけど、想像していたよりも静かな通りだった。
それは年末だったからかな?

アパートは、思っていたよりも小さくて狭そうだった。
おまけに、あんなにすぐ歩道に面しているのにもびっくり。
表参道には、歩道の端に座れるように設計されたらしいフェンスみたいなのがあって、げんちゃんとふたり、ちょっとの間そこに座って話しながらアパートを見上げていた。

なんだか自分の街にいるみたいに感じていたな。
座って話していても誰もじろじろ見ないし、街が大きいので音は空に向かって抜けていくから静かだし。もう、すっかりくつろいでしまっていつもの自分だ。

私はどこへ行ってもこんな調子で別にそこへ行ってなにかしようとか目的がない。
見たかったのは同潤会アパートで、くまなく(外からだけど)見たので、もう満足。
行きたいところは他にもあるけど、それはまた別の機会にすればいいんだしねえ。

東京はたくさん人がいて電車に乗ったりする時にうんざりするけど、誰も人のことなんか見ちゃいないので楽だね。
私の住んでいる街は小さいので、そんな風に過ごしていると次の週にはもう会社で噂になってたりする。

表参道をゆっくり歩きながら感じたのは、どこにいたって考えることって変らないってこと。ああ、というより、私自身がそういう人になれたってことなのかもしれないなあ。
いつでも自然体でいられるというか・・・。
そうだったらうれしいなあ。

そろそろおなかも空いたよねえということで、私はげんちゃんにもう一つ注文をした。

オープンカフェでお茶っ!(憧れてたのよっ。)

が、しかし、オープンカフェは恥ずかしいので、大きなガラス戸のあるカフェの窓辺でげんちゃんと2人いろいろな話をしたんだ。
とても広いカフェでおしゃれなサンドイッチなんか食べながら他愛のナイ話を延々・・・。げんちゃんはよく付き合ってくれました。ありがとう・・・。

とても静かな年末は、穏やかな気持ちで過ぎていったんだ。

「東京者」
MUSIC BY 鈴木雄大、WORDS BY 陣内大蔵、PLAY BY 鈴木雄大



2002年01月02日(水)
パラダイス(2)

ゆったりした雰囲気でライブが始まった。
今夜は2ステージ。
どんなライブになるのかな。

毎度のことながらセットリストは覚えきらなかったんだな。
しこたま酔っ払っていたし・・・。

たしか、南佳孝さんの曲ではじまったと思う。
南佳孝さんの音楽には、実は思い出があって私の中ではちょっと別枠の音楽なのだ。
雄大さんと南佳孝さんが結び付くとは思わなかったなあ。

そっか、南佳孝さんの音楽好きなんだ〜。

すごくうれしくなってしまった。

しかし、やっぱり雄大さんの歌はすばらしい。
なぜ”しかし”がつくのかって言うと、南佳孝さんの歌声はかなり独特な雰囲気があって、その雰囲気は雄大さんの歌の持つ雰囲気とはまったく違うから。

その南さんの曲をやっぱり雄大さんは、自分のものにしちゃうんだなあ。って言う意味で、”しかし”がついちゃうんだな。

ジョン・レノンミュージアムのイベントで南さんと一緒になったお話を雄大さんは楽しそうに話していた。その様子から、私が雄大さんに会うときに感じるのと同じようなときめきを彼も南さんに感じていたのかなという印象を受けた。(ちょっと失礼かもしれないけど。)
雄大さんの中にもやっぱりアイドルがいて、その人に会うとどきどきして見つめちゃうんだなあなんて、ちょっとだけ親近感。

第1ステージは、洋楽のカバーや日本の音楽のカバーが中心だった。
ほとんどがはじめて聴く曲ばかりだったからとても新鮮。
ケニー・ロギンス(だったはず)のくまのぷーさんの歌が、とても可愛くてよかった。
とても古い曲だそうで、ある人に本人よりいいよ!と誉められたんだと言う話をしていたなあ。ふ〜ん。

やっぱねえ、歌は可愛がってくれる人のところに落ち付くんだね。
くまのプーさんの歌は、雄大さんが高校生の頃から彼のところにとどまりつづけているようだ。

そうそう!
里村さんは、来る途中で桐で出来たお茶の箱を拾っていた。
ライブの前に「今日の主役だよ!」と、みんなに見せて回っていたんだけど・・・。
とても立派な箱で、捨てるのももったいないくらいのもの。
里村さんは楽しそうにその箱をひっくり返して、たたいている。
ナンでも楽器にしちゃうんだ!

お客さんの手元にあるビール缶をうまく使う方法やなんかを教えてくれて、みんなで机やいす、缶、ビン・・・いろいろなものをたたきながら楽しく過ごしたよ。

あっというまに第1部が終わっちゃった。
そのときは、一瞬寂しい気分になっちゃったんだ。だってね、雄大さんのオリジナルがほとんどなかったからね。
でも、よく考えたら、そのあとまた続きがあるんだったね!すぐに思い出してすごくうれしくなった。
ライブに行ってあんなにお酒を飲んだのは、実を言うとあれが初めてだったんだ。
だって、帰りの車の心配もしなくていいし、電車の時間も気にしなくていい。
なにより、周りはみんな同じ音楽を楽しみに来ているし!

2ステージ目が始まる頃には、私の人見知りもなんとかとけて、周りにいる皆さんと楽しく話をして盛り上がることが出来ていた。
東京に住んでいたら、月に数回はこんなことも出きるのになあなんてちょっとうらやましくも思った。

だけど、もしかしたら、年に数回しかないからこそこの時間を存分に楽しめるのかもしれないね。感動はより大きくなるんじゃないかなあ。

そうこうしているうちに2ステージ目が始まった。
う〜ん、こっからは本当に酔っ払っててどの曲をどの順番でやっていたのかまったく思い出せないんだよ。
だけど、ずっと聴いてみたかった「パラダイス」が流れ始めたとき、不覚にも涙が出そうになった。私は今もこの歌の気持ちで生きているしねえ。
それからおまけでこの曲のB面に収録されていた「手のひらに空をのせて」もさわりだけ聴くことが出来た。
みんなからリクエストがあったところを見ると、みんなも好きな曲なんだな〜。
うれしいねえ〜、同じ時まったく違う場所で、違う人たちと生きてきたみんなが同じ歌を好きだってことが・・・。
『STREET OF ECHOES』からの曲も多かったかな。
ライブの最中、ずっとどきどきしっぱなし、ずっと歌いっぱなし。
時々涙も出るし・・・。
感動の連続だったよ。

去年の夏、雄大さんは私の住む街のBoogie Houseでライブをした。
そのとき久しぶりに「Midnight Chance」を歌った。今はもう、恥ずかしいなあなんて言いながら。
でも、それがかえって新鮮だったのかな。
その後、彼はいろんなところでこの曲をまた歌うことにしたようだ。
そして、今晩も!
すごくご機嫌なこの曲では、みんな盛りあがって大変!
お店の中は熱気むんむんだったなあ。

そして、やっぱり「太陽の匂い」も忘れちゃいけないね!
みんなで大合唱して、やがてライブは終了した。

あー、あっという間だったなあ。
待っているあいだは長く感じたんだけど、楽しい時間はいつもあっという間なんだ。

次に雄大さんのライブを楽しめるのはいつになるんだろう。

そんなことをすぐに考えてしまっている自分がちょっと悲しかった。
雄大さんは、何時でもどこかで歌っているんだから、必ずまたその歌を聴ける日はやってくるっていうのにねえ。

そして、また、ことしもマローネにやってこようなんて、年越しの決心をしたのだった。
次のときは、どうしても生で聴きたい曲があるから絶対リスエスとしよう!
そうだ!その曲を聴かなくちゃならないから、また、ライブに行く計画を立てなくっちゃね!

そのときは、雄大さんお願いしますよ〜♪

なんて、心の中で呼びかけてしまう私なのだった・・・。

2001.12.29(SAT)鈴木雄大つぶやきバースデイライブ+忘年会(at 新宿マローネ)
「パラダイス」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 鈴木雄大



2002年01月01日(火)
電線マン音頭

正月一発目はこれって決めてたのさ〜♪

数年前の大晦日。
今年は、年明けそうそうFMラジオを聴こうと決心してた。

で、24:00ちょうどにスイッチを入れて一番最初に流れたのが「電線マン音頭」

赤坂泰彦さんのミリオンナイツをやってたんだな〜♪
何のコメントもなくいきなりよ?
しかも、フルコーラス!!

私は一発でDJ赤坂のファンになったね。

これは小学生の頃、土曜日のお昼時にやってた『笑って笑って60分』ってバラエティー番組の中で歌い踊られてた曲なんだな。
ベンジャミン伊東ってキャラが歌ってましたが、なにを隠そう伊東四郎さんのはまり役だったのだ〜。

ぎんぎらぎんのタキシードを着て、鼻の下には上向きに尖がった髭。
馬術用ブーツを履いて鞭まで持ってた。

狭い居間のセットの中に置いてあるこたつの上で歌いながら踊るのよ〜。
毎週楽しみだったなあ。

つうことで、知ってる人はこの曲の調べ(!)を思い出し口ずさみながら今年一年楽しく過ごしちゃおう〜♪

今年もよろしく!

Y(^○^)Y

「電線マン音頭」
MUSIC BY (--sorry unknown--)、WORDS BY (--sorry unknown--)、PLAY BY ベンジャミン伊東 & 電線マン