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セキララな思考。
安井 文
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2001年10月31日(水)
夢見るストロベリー

朝早くに目が覚めた。
頭痛もなく気分がいいので、歩いて仕事に出かけよう。

靴下を履いて布団から飛び起きる。

さて、まずは、朝ご飯の支度だ。
それがすんだら布団を片づけて・・・。
ニュースを見ながらいっただきます〜♪
暖かいお味噌汁が体中に染み渡り、細胞がびっくりしている。


天気予報では今日は朝からとても寒いと言っている。

厚着したほうがいいのかな?

あ、でも、昼間は平年並みの温度になるようだ。
歩いたら体温も上がって熱くなるからちょっと薄着にしよう。


昨日届いたばかりの新しい服を着てちょっときめてみる。
同じく昨日届いたばかりの新しい音楽をMDプレーヤーにセット。

すべての準備が整ったら、ドアを開けて朝日の中へ歩き出す。

今朝はとても気分がいい。


「夢見るストロベリー」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY SHERBETS



2001年10月30日(火)
ROLL OVER THE DEVIL

流れる雲を見ていたら、急にどこかへ行きたくなる。
今ここにいる自分が偽者のように感じて。

今ここにいる自分が偽者のわけはない。
今この状況から逃げ出したいだけだ。

それは自分で分かっていることだけど、認めたくないから自分は偽者だと思うこととすり替えようとしている。

一番恐い敵は自分だ。
今日は負けたくないし、平静な気持ちで一日を始めたいんだ。

自分自身とたたかうために今日はどの音楽を聴こうか。

自分自身を慰める音楽はなににする?

「ROLL OVER THE DEVIL」
MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY SHERBETS



2001年10月29日(月)
海を見ていた午後

ユーミンこと松任谷由実さんってすごいソングライターなんだ。
私はほとんど彼女のアルバムを聴いたことがないのでそれに気がつかなかった。

いつだったか彼女の名曲を東芝EMI所属のミュージシャン達がカバーするという企画のCDが発売された。
その中に椎名林檎の名前があったので私は興味を引かれて手にいれてみた。

彼女が選んだのは「海を見ていた午後」

この曲はピアノの美しい伴奏が印象的な美しい曲。
少女のすごく純粋な気持ちが歌われていて、心に残っちゃう。
ユーミンの無表情な声が淡々と歌うオリジナルは、初めて聴いた時にかかなりショッキングだった。
なんか硬質なクリスタルみたいな少女を想像する。

その印象深い曲を林檎が歌うっていう!これはぜひとも聞かなきゃと思った次第。
わくわくしながらCDをかけてみた。

・・・やられたっ!!

林檎はこの曲をエレキギターでやってしまった。
衝撃的だった。
林檎のギターは歪んでいて、それが余計にこの歌の主人公の虚勢を張った脆さを強調しているように感じられた。
強そうに見えるけど本当はもろいガラス細工のような少女。
悲痛な叫び声にも聞こえる歌。

すげ〜。

やっぱり林檎は天才だよ。

どこかでユーミン本人もこの出来には満足していたという話を読んだ。

おそるべし、椎名林檎!
そして、ユーミンのソングライターとしての才能に完敗。

歌を作った人がうまくその歌を生かせるとは限らない。
この曲は、オリジナルも強い生命力を持っていると思うけど、林檎って言う表現者を新たに与えられて違う形に変化した。
う〜ん、摩訶不思議なり。

さて、残りの曲はどうだったのか?
う〜ん、それは自分で聴いてみてちょうだい。

「海を見ていた午後」
MUSIC & WORDS BY 松任谷由実、PLAY BY 椎名林檎



2001年10月28日(日)
オール・バイ・マイセルフ

ここ最近映画漬け。
年に数回こんな状態になる。

特に冬が近くなるとね〜。

これはもしかして現実逃避の現われの一つなのかなあ??
な〜んて。

何は徒もあれ・・・。
映像と音楽って実はすごく相性がいいと思う。

私は何かしらの音楽を聴くといろいろなことを想像する性質だけど、やっぱり作り手の頭の中のイメージってどんなものなのかなあなんて知りたくなることってある。
だから、ビデオクリップ見るの結構好きだな。
スペースシャワーTVを付けっぱなしにしてよくぼんやり眺めてる。
でも、全部が全部その曲を作った人のイメージと言うわけではないみたいだけどね。

映画も同じ。
音楽がチョットでもださいと少しばかり落胆しちゃう。
ハマってるといつまでもいつまでも頭の中でぐるぐるしちゃうね。

最近、「ブリジット・ジョーンスの日記」って映画を見た。
冒頭のシーンで主人公のブリジットがFMラジオ番組”30代のためのリクエスト集”なんて番組でかかっている「オール・バイ・マイセルフ」に合わせてフリつきで大熱唱する。彼女は酔っ払ってて、もー大泣きしながら歌うんだけど・・・。

その気持ち分かるんだよね〜。

分かりすぎて、ほら、今もそのシーンが頭ん中で繰り返されてるんだよぅ。

彼女はその翌日、「来年からはもうあんな番組は聞かなくてすむようにしなくっちゃ」と心機一転、街を闊歩する。

きっと、だれでもそんな経験を持ってると思う。(女性に限らずね。)

小田和正さんが昔、一番印象に残っている曲は何ですかと尋ねられて「ムーン・リバー」と答えているのを聞いたことがある。
彼にとっては、それが音楽を意識した瞬間だったそうな。

彼はきっとその曲が頭の中で流れ出すと、そのシーンを思い出すんだろう。
私が「オール・バイ・マイセルフ」を聴いて、ブリジットが大熱唱するシーンを思い浮かべるようにね・・・。

「オール・バイ・マイセルフ」
MUSIC & WORDS & PLAY BY (--sorry unknown--)



2001年10月27日(土)
ネイヴル・オブ・ジ・アース

8年くらい前、私はYAMAHAポピュラーミュージックスクール(PMSというらしい)でちょっとだけベースレッスンを受けていた。
楽器の中ではギターと同じくらい好きな楽器で興味もあったし、ちょっとバンドでやってみないかと誘われたので一代決心をして始めたのだ。

PMSでは年に1回くらい特別講習会を開いていた。(今はどうなのかな?)
これは、現役で活動しているYAMAHAゆかりの有名ミュージシャンの授業を受けられる上にミニライブのようなものが行われる。
これがなんと\1500くらいで体験できるんだ。
一般の人には告知されないので、地方だと参加者もあまり多くない。

で、私はベースレッスンだったので、ある日櫻井哲夫さんの講習会があるよと先生に教えてもらった。

まじですか??

当然私は参加することにした。

櫻井哲夫さんは日本が世界に誇るスーパーベーシストだ。
カシオペアのベーシストだったと言えば分かる人も多いのかなあ。
多方面で活躍している。
すごい人です。

で、その櫻井哲夫さんが神保彰さんを伴ってやってくると言う。
こりゃ行かなきゃでしょ〜♪

神保彰さんも言わずとしれた世界に誇るスーパードラマーだ。
やっぱりカシオペアのドラマーだった。
最近では、ソロドラムでTVに出たりしている。先月Boogie Houseにやってきたけど、金欠の私は行くことが出来なかった。とほほ。(だって高いんだもん!)
神保さんは、私がドラムスってポジションを意識するきっかけになった人・・・にこの日なった。
やっぱりすごい人。

二人はジンサクというユニットで活動している。
パーマネントではないらしいけど、私の知らない間にかなりたくさんアルバムが出されていることを知った。
(そういえば、この2人は私の敬愛するミュージシャンの1人鈴木雄大さんが参加していたMORE THAN PARADISEにも参加していた。)

その講習会は、リズムコンビネーションの説明で、ジンサクの2人がいろいろなパターンをやってみせてくれた。

なんかねえ、すごかったっす。
いろいろ参考になることとかあったけど、私にゃ実行不可能に近かったね・・・。

櫻井さんのベースは、言わずもがな。
教則ビデオも持ってたくらいなので、改めてそのすごさを目の前で見せ付けられた感じ。
それよりも私は、神保さんのドラムスに口が開いたまま閉じなかった。
ドラムスがちゃんと音階を持ってるなんてこと、この日初めて知ったんだもん。
にこにこ笑いながら神保さんはドラムスでメロディーを叩く。ひええええっ。
櫻井さんは何もせずそれをにこにこ見てるんだけど・・・。うがあああ。
ドラムスってこんなきれいな音も出るのねえ〜。

その後のジンサクのミニライブはもっとすごかった!
ひえええっ!
¥1500しか払ってないのに・・・。
びんぼったれの私はそう思った。目の巾涙で(これは気持ちだけ。)
私なんかよりよっぽどジンサクファンの友達がいたんだけど、やつにこれを聴かせたかったねえ〜。
(あ、でもその友達はしっかりCD買ってサインして貰ってきてくれとCD代を私に託しておりました。むむむ、しっかりしてるね。)
打ち込みはなかった。
つまりベースとドラムスだけで曲を演奏してるんだよ!
いや、プロにしてみりゃそんなのあたり前かもしれないけどね。
基本のリズムや音階さえままならない私からしたら、ほんっと神業の連続ですよっ!
しっかり目と耳の保養をした。

自分の楽器を持ってきて櫻井さんや神保さんにサインしてもらっている人がいたな。
私もそうすればよかったのにって後から友人に言われたけど、それは出来ない相談だったのよね〜。
なぜなら、私のベースには成瀬好博ことナルチョ氏のサインが刻印されてるからさ〜。
(~_~;)

注:ナルチョは現カシオペアのベーシストであります。

「ネイヴル・オブ・ジ・アース」
MUSIC BY (--sorry unknown--)、PLAY BY ジンサク



2001年10月26日(金)
ハイヒール

秋の夜長は寂しいのさ〜♪
とてもひとりでいらんない。

な〜んて、どっかで聞いたようなセリフ。

別に用もないのに夜の街をふらふらしたくなる。
かっこいい革ジャンかなんか着込んでさ。
ポケットに手を突っ込んで。

TVの中のばかばかしいやり取りにももうウンザリ。
どっかに楽しいことはないんだろうか。

でっかい花火でも打上げたいね。

毎日生きてりゃ、そんな気分の日もあるわけさ。

「ハイヒール」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月25日(木)
アンコール

石やんの話はもう少し続く。

ライブが終わってからなんとなく帰りがたかった。
それに八千代さんとちょっと話をしたかったんだよね。
Boogie Houseの階段の上でどうしようかなあと佇んでいた。

下の方から階段を踏みしめる音が聞こえて来た。
とっさに覗いて見たら・・・・。

い、石やんだ〜!!
ギターケースを2つ抱えた石やんが上がってくる〜。

何か声を・・・声を掛けたいっ!
・・・のに硬直してしまって声が出ない。
・・・体も動かない・・・。

ふっと石やんが顔を上げた。
私に気がつくと、ニコっと笑って言った。

「一番前で見てたよね。」

・・・・・・!!!!!!!!!!・・・・・・・

なんと、石やんには私が見えてたんだ〜。
(そりゃそーだ、だって距離は1メートルくらいしかなかったんだし。)
とっさに何か返したような覚えもあるんだけど、感動のあまりその後何を喋ったのか分からん、思い出せん。

とにかくっ!
それが私に新たな興奮をもたらしたのは確かで、その後何をどう思ったのか、私は八千代さんに頼んでサインを貰おうともくろんだ。
何にも持っていなかった私は、とっさにその日のチケットの半券にサインしてもらうことを思い付いた。
それで、八千代さんにそれを託そうとしたのだが・・・。

こともあろうに八千代さんは打ち上げ直前の石やんのところまで私を引っ立てていった。私はじたばたしながら逃れようとしたんだけど(ん?よく考えたら逃げる必要はないんじゃん!!ばか?)とにかく石やんの側まで八千代さんは連れていってくれた。

八千代さん、その節はありがとうございました・・・(;◇;)

座っていた石やんはわざわざ席を立ってくれて、快くサインをしてくださった上に握手までしてくださいました。

「これからも布教活動してくださいね。」

またまたにっこり笑って石やんは私にそう言った。
不思議なことに私は自分がなにを喋ったのかは何一つ思い出せない。
石やんの表情と言葉だけが未だに残ってるんだよね〜。

ああ、今思い出しながら書いているにもかかわらず、やっぱりあの日のことを思い出すと興奮してくるなあ。

今ならもう少しまともな会話も出来ると思うんだけど。

「アンコール」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 石田長生



2001年10月24日(水)
Round About Midnight

これは7年くらい前のある日の話。
その日、私は朝からそわそわしていた。

仕事は上の空、早く切り上げてBoogie Houseに行かなくっちゃ。
なんてったって、今日は今一番聴きたいギターを弾く男がこの街にやってくるから!
最前列をとらないとっ!

その日は馬呆のメンバー石やんこと石田長生さんがBoogie Houseでライブをする日だった。

4時に会社を出てその足でそのままBoogieへ。
当然、すぐには入れないんだけど、ライブハウス前に車を止めて開場を待つ。
格好も悩んで悩んでかっこいいのを着て来たし。(ばか?)

ああ、早く開場しないかなあ〜。

車の中では、石やんのアルバムを流し続けているけど、ちょ〜っと上の空・・・かな?

どきどきどきどきどきどき・・・・

1時間半くらい待って開場。
どきどきしっぱなしのままいつものようにドアを開けると、やっぱり息切れした。
これだけは、毎回変わらないのよね〜。

目の前には椅子、イス、いす。
ははは。
まだだれも来ていません〜。お手伝いに入っている八千代さんはあきれた顔をしていた。
ステージに目をやると・・・。
当然ですが、すでにセッティングは終わっています。
今日、石やんはベーシストを伴ってやってきているらしい。
ステージには2つの椅子がセットされている。
八千代さんに石やんはどっちか確認してから、ステージ奥の石やんのポジション前に座り込む。
何と私はそれから1時間以上その場から動かなかった。

・・・その辺の記憶は実はとんでいてあまり覚えていない。
やっと開演を迎える頃にはBoogieの中は身動き取れないほどお客さんが入っていた。

そして、石やん登場!

心臓が口から飛び出してくるかと思った。
最前列の椅子から石やんまでの距離は1メートルなかったのだ。
まだBLANKEY JET CITYを知る前だったが、石やんとの距離はベンジーと超接近した時よりも近かったのだ。

間近で見た石やんは、背が高くって写真やビデオで見るよりもがっしりした感じの人だった。すごく朗らかな人で、出てきただけでぱっと明るくなった感じがした。
でも、顔はしわくちゃでお世辞にもハンサムとは言いがたかったけどね〜。

一緒に来ていたベーシストは藤井裕という人で、金子マリさんのバックバンドのメンバーだそうだ。私の師匠 島村さんの大好きなベーシストで、彼はこの日藤井さんのベースを聴くためにライブに来ていた。
ライブ後に話した時、島村さんの目がきらきら輝いていたことを書いておこう。ぐふっ。
生で聴く石やんのギターは、そりゃ筆舌に尽くし難いってやつだった。

人生かけてギターだけ弾いてきた男ってのは、こういう音を出すんだ。
なんて、感動の連続。
歌ももちろん歌うんだけど、ギターとのギャップがこんなに激しい人もめずらしいんではないだろうか。
とにかく石やんの歌はすごく楽しくて、ご機嫌になるようなものが多い。
でも、ギターだけになるととたんに雰囲気が変わる。
水を打ったように静まり返った中で、ギターだけが響いてるような感じ。
だけどねえ、気持ちが時々先走っちゃうのか、フレットの上で指が滑りすぎたりするんだよ。そのあたりが、チャーとは違う味なんだよね。

藤井裕さんのベースは、すごく重厚で、控えめだった。でも、存在感は格別。
石やんと違っておいそれとは声を掛けれない雰囲気を持っている人で、一言で言うと”恐い”感じ。
ベースを弾いている姿は、寡黙で崇高。
だからって、すごく重いリズムを持ってるわけじゃない。
おおっ、こういう人を真のベーシストって言うんだろうか・・・・そんな気持ちにさせるベーシストでした。
島村さんは、彼を見てああいうベーシストに成りたいと思ったんだって。
納得したなあ。

ライブの一番最後の曲が「Round About Midnight」だったんだ。
これは、JAZZの有名な曲。
すごく有名なJAZZマンがたくさん出演している映画のメインテーマ。
石やんのアルバムで聴いてからすごく好きになって、私は映画も見てみた。
Boogie Houseみたいに地下にある古いライブハウスが舞台のミュージシャンのお話。
機会があったら見てみるといいよ。

同じコード進行を何回しも弾き続ける。
でも、石やんは同じリフを二度と弾かない。
客席のことなんて忘れてるんじゃないかなあなんて思ってしまうほど、彼はギターにのめり込んで気持ちよさそうにギターを弾いていたんだ。

見ているこっちもいい気分になって、この日Boogieに入ってきた時とは違うどきどきを感じていたんだよ。

たっくさんライブに行くけど、本当に印象に残るライブは結構少ないものなんだよね。

「Round About Midnight」
MUSIC BY セロニアス・モンク、PLAY BY 石田長生



2001年10月23日(火)
THE REAL FOLK BLUES

「COWBOY BEBOP -天国の扉-」って映画を見た。
アニメなんだけどね〜。

感想は・・・。

うんっ、ハリウッド進出ねらってるでしょ〜?

映像が”絵”なだけでストーリーとか演出はもう立派な映画ですわ。
これ実写で撮ったら、えっらいお金かかるでしょうねえ。
でも、見てみたい気がする。
映画が終わった瞬間からキャスティングを考えてみたりして・・・。

SFものだけど派手な戦闘シーンや思いっきり現実不可能な乗り物なんてものはほとんど出てこない。舞台も火星だけど、ん?地球じゃないの〜?という感じ。
主人公の一人、スパイク・スピーゲルがめちゃめちゃイカスよ。

実はこの「COWBOY BEBOP」数年前にTV東京の「ポケモン」枠で放映されたことがある。
ただし、あまりにもコドモ受けしない内容だったので打ち切りになっちゃったらしいんだけど。
一部のアニメファンにかなり支持されていたらしく、その後、WOWWOWの深夜枠で全編が放映された。しかもノンスクランブルの時間帯に。
私は友人に頼まれてたまたまそのWOWWOW放映分を録画することになった。(こんなパターンばっかじゃん。)

そして、第1話放映をたまたま見てしまった。
めちゃめちゃかっこええオープニングで、バックに流れている曲がブライアンセッツァーオーケストラばりの曲でねえ。

はっきり言って惚れました。

アニメって、だいたい音楽がシンセサイザーだけ使って一人の人が作り込んだようなものが多くてあまり好きじゃない。
ゲームも同様。
音楽さえ作り込んでくれればもっと楽しいのにって作品は結構ある。
ところが、この「COWBOY BEBOP」は全編これのために作られたフルバンド”シートベルツ”が演奏する音楽が目白押し。
TVシリーズのサントラだけで実に5枚が発売されているけど、私は全部購入してしまった。でへっ。そのくらい音楽がカッコええ〜。

こういうカッコええサントラは、だいたいすぐTVのバラエティー番組で使われるようになっちゃう。「COWBOY BEBOP」もご多聞に洩れずあっという間にそこかしこで曲は使われはじめた。

おいおい、そんなシーンでその曲を持ってくるなよ〜!!

そう思うこともしばしば。
で、今回は、そのオープニングのカッコええテーマは使われてないと言う情報をキャッチしていた。

いったいあれなしでどうするつもりなんじゃ〜?
あれなしじゃ「COWBOY BEBOP」にならんのでは??

・・・やられましたね。

完全にTVシリーズの影はなかった。
最初に書いた通り、あれは画像が”絵”なだけの立派な映画です。
もーこのまま実写にしてくださいと言わんばかりの演出で、うん、これだと返ってあのメインテーマじゃ音楽だけ浮いちゃうね。

つーか、あまりにも世間に知られすぎたメインテーマは映画には使えなかったのかもしれないとも思う。おなじみの曲は1曲も見当たらなかった。

TVシリーズのエンディングは「THE REAL FOLK BLUES」って言う曲で山根麻衣さんが歌っている。クレジットを見てびっくりしたね。
山根麻衣さんだよ〜?
めちゃめちゃ渋いブルースだよ。
こういう曲はもっと世の中に広めないともったいないなあ〜。

「COWBOY BEBOP」作った人達は、かなり渋い趣味をしている。
映像、音楽、演出、小道具・・・なんて手が込んでるんだろう〜。
私と同年代らしいが、やはり、自分が好んできたものを何とかカタチにしたいっ!と思ったんだろうか・・・な〜んてひとりほくそえみながら映画館を後にした。

願わくば、「COWBOY BEBOP」をたくさんの人が見ますように〜。

行けっ、行ってくれ〜!!

「THE REAL FOLK BLUES」
MUSIC BY 菅野よう子、WORDS BY (--sorry unknown--)、PLAY BY 山根麻衣 + シートベルツ



2001年10月22日(月)
ミッドナイト・シャッフル

自慢の(?)べんとー箱(軽四ワゴン)に乗ってラジオをかけていた時のこと。

まあそれは、割とあることなのでいつのことだったかは忘れてしまった。
季節も覚えてないなあ。

ぼんやり聴いていたんだけど、いきなり軽快なシャッフルのギターが流れはじめた。
聴いたことあるようなないようなギター。
シャラシャラのその音は、アコースティックギター・・・かにゃ?
そしてさらに!
そのシャッフルのリズムにアコースティックと思われる別のギターがメロディーをはわせる。

おおお、これはなんと〜!
かっこいいリズムじゃ〜。

などとひとり叫んだような叫ばなかったような。
やがてヴォーカルが入ってくると・・・こ、この声はぁぁぁぁぁ。
な、なんとチャーだっ。

チャー・・・。

天才ギタリストの名をほしいままにしているお方。
古くは、紅白歌のベストテンのバックバンドでギターを弾いていた。
そのうち”チャー”と染め抜かれた浴衣を着て同じ番組で「闘牛士」なんて歌ってたっけ。
それから、ジョニー、ルイス&チャーにPINK CLOUDっていうハードなロックバンドもやってましたね〜。

・・・、というくらい私には”エレキギター”のイメージが強い。
(んーでもって、ストラトキャスターが似合うというイメージもあるし。)

なんなんだ、なんなんだこれはぁぁぁぁ!!
すごく私好みの音を出していたのだ。

それはチャーの新しいユニットで、馬呆(BAHO)というアコースティックブルースのユニットだと言う。
すぐさまCD屋に走ったのは言うまでもな〜いっ。

チャーと一緒にやっているのは、石やんこと石田長生。
長生きと書いて”おさむ”と読む。

私は、この石やんが気に入ったっ!

チャーは何処かおっしゃれ〜で非の打ち所のないギターを弾く。
んーで、チョーキングビブラートが超お得意。
安心して聴いていられるんだよね。
声は渋くって深いので、尾低骨に響くっちゅう感じですな。
そういや、昔、チャーがソロデビューした時、私は小学3年生か4年生くらいでしたが、チャーの好きな同級生がおりました。(私は狩人だったけど〜♪)
今考えると渋すぎ・・・。
とにかくチャーは、スゲーかっこええ〜♪

対する石やんは・・・。
すっごい痩せこけた仙人みたいなおじさんで、チャーよりも年が上なんだそうな。
間近で見ると顔はしわくちゃ、鼻から下は無精ひげのようにも見えるくしゃくしゃの髭づら。初めて名前を聞いた。
長いことアメリカのメンフィスって街でギター修行をしていたそうな。

むむむ、そういうだけあってギターの方はめちゃめちゃうまい!
・・・んですが、時々指が滑りすぎてミスタッチをよくします。
だが、同じコード進行で限りなくいろいろなパターンのリフを弾き続けてしまう。
それもかなり楽しそうに♪
この人朝から晩までギター弾いてるだけなんじゃないの?
と言うくらい、ギター持つ姿がもう座禅組んでるみたいにしっくり来ている。
彼はチャーと違ってチョーキングビブラートをあまりしません。
ぽこぽこって感じで左手の指が自由自在にフレットの上を滑りまわして音符を紡ぎ出します。それの細かいこと細かいこと・・・。

あ〜んまり感動したので、当時参加していたバンドのメンバーにすぐさま教えた。

これこれっっ!これがええっっっっ!

その後、2人は私よりも馬呆にはまったとさ〜♪

「ミッドナイト・シャッフル」
WORDS & MUSIC BY CHAR、PLAY BY BAHO



2001年10月21日(日)
ヘルター・スケルター

短大の入学式が終わってすぐの頃。
学校のクラブ紹介が講堂で行なわれた。

私は、出来ればバンド活動をしたいと思っていたので、先輩達のパフォーマンスが楽しみだった。うちの短大には、フォーク部とロック部ってのが存在していた。

ロック部からはサディスティック・ミカ・バンドが出演。
BOWWOWバージョンの「ヘルター・スケルター」を演奏した。

うひょ〜♪
めちゃめちゃカッコええじゃん〜♪

しかも、サディスティック・ミワ・バンドよん。
これはもしかしてもしかするかも・・・。

フォーク部のバンドは覚えてないけど確かアンルイスをやってたな。

というわけで、一も二もなくロック部の門を叩いた。(サディスティック・ミワ・バンドの名前に惹かれてさ。)

私は歌いたかったのでヴォーカルをやりたいと言ったのだが、歌しかできませんと言う子が入ってきたのでじゃあ、ベースを・・・・と言っていたら今度はベースしか弾けませんと言う子が入ってきて、結局ギターになってしまった。
そりゃ、フォークギターは弾いたことがあるけどさ、エレキギター持ってないのに・・・。まあ、これがそもそも間違いの始まりだった。

結局出来上がったバンドは素人ばっかで、なかなか上達はしなかった。
私も先輩からショッキングピンクのフライングVのエレキギターを借りて、パールの曲とか練習した。
初めてのライブは、H電気大学(通称電大)のどっかの教室だったな。
ちなみにこの大学は、あの奥田民生が在籍していたユニコーンの出身大学だった。(もっと言うと、彼らは前年度卒業したばっかりだった。)

私はギターしかもってなくってそれを直接、電大の先輩所有のでっかいマーシャルのアンプにつないでもらって音も作ってもらって変な衣装で演奏した。
ライブ後、結構うまいじゃんというお褒めの言葉を貰ったことだけ覚えている。(ほんまかいな・・・?)

ロック部とフォーク部の違いって何なのかって言うと・・・。
ロック部は、アン・スイスと浜田麻里はやっちゃいけない決まりなのだそうだ。
つまり、それが2つの部の違いってわけ。

へえ??????

それから、私はサディスティック・ミワ・バンドってネーミングを付けるからには、当然サディスティック・ミカ・バンドを知ってるんだろうと思って先輩に聞いたら、「ゴロがい〜からもらっただけ、音は聞いたことない。」だって。

むむむむむ。

だけど、ロック部では、シールド巻とかステージのセッティングの手伝いの仕方とか先輩後輩の関係とかお酒の付き合いかたとかを覚えた。これは後にO-KAYSの手伝いをするようになってからえらく役に立った。そういう意味では無駄ではなかったなあ。

どっかの大学であった新観コンパの自己紹介で、好きなロックバンドはBOWWOWですと答えたら、そんなのロックバンドじゃないなんて言われた。
要するに、洋楽ロックを聞いてないやつはチャンチャラおかしくて相手に出来ないって雰囲気だったわけ。

つーことで、私は1年しないうちにロック部を脱退した。
だって洋楽聴かないんだもんねえ。

ヽ( ´ー`)ノ

だけど、講堂で聴いた先輩達の「ヘルター・スケルター」はすごくカッコよくって今も思い出すんだよ。

みんな今、どうしているのかな?

「ヘルター・スケルター」
MUSIC & WORDS BY (--sorry unknown--)、PLAY BY BOWWOW



2001年10月20日(土)
波動

「悲しみジョニー」を聴いた浅井健一ことベンジーは、UAに興味を持った。
ぜひ一緒にやってみたいと思った彼はUAにラブコールを送り、めでたくAJICO結成にいたった。1年間だったけど。

ベンジーとUA????

どちらも好きなアーティストだけど、2人が組むってことには違和感があったな。
まるで個性が違うし、聴いてきた音楽も違うだろうし。
うまく行くのかなあと思っていた。

ところがどっこい。
出てきた楽曲を聴いて私はびっくりしたね〜。

ベンジーはまったく違う個性がどんな化学反応を見せるか試したいと言っていたけど、思いのほかすばらしい反応を起こしたなと私は感じた。

ベンジーのギターや声はすごく乾燥していて、それが心地いいんだけど、対するUAは熱帯雨林を思い出すような湿気を感じる。
気分によっては聴きたくない時もある。ちょっと重い感じなんだな。

その2つが合わさって、ひんやりしつつ適度な湿度を持っている音になってた。
これはたぶんにドラムスの椎野恭一さん、ベースのTOKIEさんの個性もしっかりインスパイアされた結果だけど。

で、そのメンバーでツアーがあるという。
そりゃ行かねばならんでしょう。

真紅のベルベットのカーテンがステージの奥に掛ってる。
今日の位置は、かなり後ろの方なので全体を見下ろせる感じ。
去年、BLANKEY JET CITYのラストライブがあったところで、その時はすごく前の方だったからステージがでっかく感じたけど、今日は狭く感じた。
みんなの立ち位置も結構狭く取ってあって、ホールっぽくなかったな。

初めて見るUAはすごく可愛い人だった。
クールな面しか知らなかったので、なんだかとりこになっちゃったな。

実は、ベンジーとUAはよく似ている。
2人ともコドモの心まま大人になったような人。
世界観が近かったからすごくいい反応をしたんだろうなあ。ライブではそれをすごく感じた。

ああいう人になりたいな。

舞台演出がすごくよかった。
みどり、青、赤なんて照明が、うねうねしてすごくサイケデリックだ。
前に見たことのあるジャニス・ジョップリンとかドアーズのライブ映像を思い出した。
UAの薄い緑色の上着にその色が映るとまた微妙な色になっていい感じ。

AJICOは緑色のイメージだったけど、赤い照明がすごく印象的だった。

「PEPIN」が始まり、ベンジーが歌った時、開場が歓声に包まれた。
これはやっぱしょうがない。
みんなあの曲が好きだったんだな。
BLANKEY JET CITYのライブではほとんど演奏されることのなかった曲。

AJICOは、ライブをするたびにカッコよくなるタイプのバンドだ。
最初に発売されたアルバムより、最後に発売されたライブアルバムの方が魅力的に感じる。

最強のライブバンド

けど、それはカゲロウのように命が短いと分かっていたからこその魅力だったのかな。

願わくば、いつかまた集まって化学反応を起こしてほしい。

2001.3.2(fri)2001年AJICOの旅(at 広島アステールプラザ大ホール)
「波動」
MUSIC BY 浅井健一、WORDS BY UA、PLAY BY AJICO



2001年10月19日(金)
COME ON(2)

会場の雰囲気は別段いつものライブと変わらない。

座席は4列目。
ベーシストの照ちゃん側。
3人の中では一番セクシーでかっこいい。(と私は思っている。)

黙ってステージを見上げながらいろいろなことを考えていた。

私の座った席ははしっこの方で、6人並ぶようになっていた。
私は左から4番目で、一番左に女の人が一人座っていた。
開演近く、私の斜め前に豹柄のワンピースを来たスタイルのいい女の人がやってきた。
10cmはあるハイヒールを履いた黒髪のロングヘアーの彼女は、とてもクールで足を組んで座席に座った。
結局私の座った列は、6人とも独りで来ている女の人ばかりだった。

SEが流れる。

いろんな曲が流れる。
そのほとんどを私は知らないが、ここからもうライブは始っている。

今日のライブは何が起こるだろう。

そんなことを考えていたら「おまえが欲しい」がはじまった。
数あるBJCの曲の中でも、特によく聞く大好きな曲。
みんな歓声を上げて立ち上がる。
今回はこの曲がきっかけだってみんなが知っていた。

豹柄のワンピースを着た女の人は、メンバーが出てきた瞬間に文字どおり豹変。
思わず鳥肌が立ったね。
人のことなど構っていられない、私も楽しまなくっちゃ。

「PANKY BAD HIP」だ。

3人はいつもと変わりなく演奏する。
のっけからおなじみのアップテンポの曲であっという間に開場の温度は急上昇。
この音を聞いた瞬間、いつも何かが弾けて記憶が飛んじゃう。

みんなそうなのかな?

いつもと変わらない選曲に演奏。
メンバーはとても楽しそうにやってる。
開場は、どんどん熱気をはらんで、みんなもうやけくそだ・・・。

「3104丁目のDanceHallへ足を向けろ」が始まる頃には、もう涙でくちゃくちゃな顔をした人なんかもいて、もうみんな気が狂ったみたいになってたね。
まあ、それもいつものことと言えないこともないんだろうけど・・・。

「不良の森」で私は不覚にも涙してしまった。
もうこれが最後、忘れないように彼らをみなくっちゃなんて思いながらさ。
バンドは終わっちゃうけど、彼らの音楽がなくなっちゃうわけじゃないのに。

でも、年中行事がなくなってしまったらどうすればいいんだろう・・・なんて、帰りの車の中で真剣に考えたりした。
SHRBETSがあるけど、BLANKEY JET CITYほど楽しめるのかな・・・とか。

静かな盛り上がりの「不良の森」が終わる。
いかんいかん、と頭を振って(気持ちだけ・・・。)残りの時間を楽しんだ。
楽しいので、さっき涙したことは忘れちゃった。

アンコールで、彼らは聴いたことのない曲を演った。
この後に及んでまだまだ彼らは音楽を作り出せるんだね・・・。
なんで終わっちゃうんだろう。
やっぱりそう思う気持ちがある。

そして「Baby Baby」
この曲が始まるとパーティーは終わり。
それがいつのまにか暗黙のルールになっちゃった。
もう、これで終わり!

開場の様子を見ながら、照ちゃんが笑ってる、笑ってるよ〜!
めったに笑わない照ちゃんが笑うのを見てまたぐっと来てしまった。
もう、どうでもいいとにかく楽しまなくっちゃ!!
私も少々やけくそが入ってる。

・・・あっという間に終わってしまった。

楽しかったなあ。
初めて行ったライブの次に楽しかった。
この気持ちを忘れないようにしよう。
大事に抱えて私は帰路に着いた。

駐車場で、関西から来た2人に再び出くわした。
2人とも満足そうな顔をしていた。
楽しかったね、また何処で会いましょう。
そう言って別れた。

後日、このツアーについてのインタビューを読んだ。
照ちゃんは、私の行った日が一番印象的だったと言っていた。
みんなやけくそで面白かったって。

2000.06.12(mon)2000 TOUR『LOVE IS DIE DIE IS A CHANGE』(at 広島アステールプラザ 大ホール)
「COME ON」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月18日(木)
COME ON(1)

去年の夏、BLANKEY JET CITYは解散した。
実にあっけない終わりだった。
だけど、彼ららしくていいなと私は思う。

最後に行ったライブは初めて行ったホールと同じ所。
ただし、今回は大きなホールのほうだ。
数年の間にBLANKEY JET CITYはすっかり人気者になっていた。
メジャーってやつだね。
正直、びっくりしている。

このライブは独りで行った。
私にとってはこの日が最後のライブだった。

私は指定席のチケットを持っていたけど、早くからホールのエントランスにいた。
そのホールの建物の中にある図書館で時間をつぶそうと思っていたのだ。
でも月曜日だったから図書館はしまっていた。

しょうがなくぶらついていると、私より年上に見えるカップルから声をかけられた。
2人は関西方面の人で、大阪2DAYSにはもう行ったんだけど、今朝起きていても立ってもいられなくなって高速を3時間かけてこの街まで来たと言う。

2人は夫婦で思った通り年上で、とても仲がよかった。

私は自分より年上のBJCファンと話をするのははじめてだったのでとてもうれしくて舞い上がってしまっていた。
チケットは持ってなくて、当日券を当てにしていると言った。
人に話したことのないBJCへの思いを2人は聞いてくれて私も2人の話をわくわくしながら聞いていた。
2人が初めて聞いたのは「ロメオ」だったという。

BLANKEY JET CITYの音楽を聴く時は、いつも2人でドライブに出かけるんだって。
彼らの音楽は片手間では聴けなくて、車の中なら大音量で好きなだけ聴けるからいいんだとにこにこ笑いながらダンナさんの方が言った。
奥さんは、とても可愛い感じの人でやっぱりにこにこしながら彼らの話をした。
思いかけず大阪2DAYSの話を聞くことも出来てうれしかった。

開場からはドラムスが聞こえていて、ダンナさんは。

「達也かな?」

と、そわそわして、もっとよく聴こえる場所に移動したりしていた。

話し込んでいるうちに周りにはたくさんの人が集まっていた。
最後のライブだとみんな知っているけど、べつだんいつもと代わりない雰囲気に包まれていた。

そして開場。

2人は無事に当日券を手に入れることが出来た。
二階席の最前列だってさ。

二人に手を振って別れ、会場に入った。
なんとそこには手に入れ損ねたアナログアルバムが!!!
即座に購入し、割れないうちにコインロッカーへ押し込んだ。

2000.06.12(mon)2000 TOUR『LOVE IS DIE DIE IS A CHANGE』(at 広島アステールプラザ 大ホール)
「COME ON」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月17日(水)
ホテル・カルフォルニア


赤い夕日が沈む街 豊かな人 貧しい人
恵みの太陽を受けている人
渇きに苦しむ人 地球は回る

これは初めて聴いた「ホテルカルフォルニア」の歌詞。
すごくいい詞だったので、すぐこの歌を好きになった。
メロディーも切なくって何度も聴きたくなっちゃう。

歌っていたのは・・・狩人。

彼らのセカンドアルバムに入っていた。

幼稚園の年長組の時にTVで「あずさ2号」を歌う彼らを見てすぐに好きになった。
ベルベットのタキシードを着て蝶ネクタイをしていた彼らはすごくカッコよく見えたんだよね。
当時彼らはアイドル歌手だったし。

この曲が入っていたそのアルバムは、当時流行っていた洋楽・邦楽のヒット曲をカバーしたアルバムだった。
私が小学3年生の頃に発売されたはず。
いろいろ入ってた中でも一番のお気に入りがこの曲だった。

解説の中にこの曲がアメリカのロックバンド、イーグルスの大ヒット曲にして代表曲だということが説明されていて、ぜひ、オリジナルを聴きたいと思った。
なんと翌年の誕生日、叔母さんが本家本元イーグルスのアルバム「ホテル カルフォルニア」をプレゼントしてくれた。

と言うわけで、初めて手にして初めて聴いた洋楽がこれになった。

プレゼントされたLPレコードは、ちょっと歪んでいた。
当時、洋楽なんて未知の世界でわけがわからなかったので・・・。

「おお、アメリカのレコードは曲がってるんだ〜。」

と変な感動を覚えた。
今考えれば、中の解説が日本語で書かれているんだから日本で作った物だって分かるはずなのに。

しかし、いくらアメリカ製のレコードでも曲がってるなんてこと有るんだろうか?

・・・あるわけ有りません・・・(~_~;)

真相はこんな感じ。

その日、叔母さん夫婦は買い物で忙しかった。
そんな中、可愛い(?)姪の誕生日プレゼントを忘れてはいけないと思った叔母は、一番最初にレコード店へ足を運んでくれた。
そして、購入したそのLPレコードを何も考えずにリアウィンドウのところへ放り投げた。ほかの買い物の下になって割れてしまわないようにという配慮から。
買い物は日中かかった。

終わって帰宅する頃には・・・。

高音にさらされたレコードは、斜めになっていたためその分曲がってしまった。
そして、温度も下がって元の硬さに戻った時には・・・。

何年か後、叔母さんは申し訳なさそうにそう告白してくれた。

私は大爆笑。

そうとは知らずにアメリカ製のレコードは曲がってることもあると信じ込んでいた自分がおかしくてしょうがなかった。

「ホテル カルフォルニア」はすごくいいアルバムだ。

レコードに針をおろした瞬間に流れてきたギターの音にしびれた!
歌詩の意味なんてまったく分からなかったけど、とにかくギターに惚れ込んでしまった。狩人のカバーは、オリジナルに忠実にカバーされていた。だからほとんど違和感はなかった。けど、ギターサウンドの素晴らしさは、オリジナルには叶わなかったね。(当たり前だけどさ。)
私はあれほど好きだった狩人のカバーより、オリジナルを聴きまくった。
それこそ溝が擦り切れるほどに・・・。
今でもイントロのギターのメロディーを口で歌える。

・・・ただし、A面の1曲目だけリピートして。

今でもイーグルスは私のお気に入りのバンドだ。
当時、聴くとすぐ眠くなってしまったほかの曲も今ではお気に入りだ。
洋楽ではなにが一番好きかって尋ねられたら迷わずこれを言っちゃうね。

CD時代になってすぐCDも購入した。

そのジャケットを見るたび、申し訳なさそうな叔母さんの顔を思い出しては一人ほくそえんでしまうのだった。

「ホテル カルフォルニア」
MUSIC & WORDS BY (--sorry unknown--),PLAY BY EAGLES もしくは狩人



2001年10月16日(火)
せれな〜で


ひとりぼっちの真夜中は
置き去りにされた子犬のように
なんだか寂しい

何も聴こえないフォトグラフに
あなたの言葉を当てはめながら
目を閉じて ひとりの肩 抱きしめる

Moon light
窓からそっと 射し込む光が
心に染みてゆく
せつない Moon light
愛を歌うあなたの 暖かい声が
聴こえる気がして


思い出して笑う ひとりきり
気づかないうちに涙あふれて
暖かく冷たい夜

日だまりの午後に誘われて
街のざわめきにふとすれ違う
恋人たち 微笑んで見送った

Moon light
光のヴェールが 私をやさしく
包んで誘うの
甘い Moon light
愛を語るあなたが 訪れる
気配 感じて

Moon light
窓からそっと 射し込む光が
心に染みてゆく
せつなく Moon light
愛を込めて歌う この心
あなたの夢へと届くように・・・


「せれな〜で」
MUSIC BY (--nobody--)、WORDS BY 安井文、PLAY BY (--nobody--)



2001年10月15日(月)
空が高すぎる

ちょっとだけ何かに夢中になって、現実を忘れてしまう。

ふっと気がつくと自分がどこにいるのか分からなくなってしまっていた。
周りのみんなは目の前のことに夢中。
だれも人のことになんか構ってはいられないんだ。

この不安は、自分で何とかするしかない。

不安にかられるとやっぱり空を見上げる。
それは自然な行為。
だからと言って、不安が解消されるわけじゃない。

ただ、空が青いって事を思い出すだけにすぎない。
だけど、それだけで、現実感が戻ってきて、少しだけ勇気が湧く。

楽しい気持ちを思い出さなくっちゃ。
寒い冬が来る前に。

「空が高すぎる」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 小田和正



2001年10月14日(日)
ふたり


いつもの街角 あなたとふたり歩く
街行く人たち とても楽しそう


ふとした弾みで 指先が離れる
不安に私は あなたの姿を追う

どこへ行くの?

重ねた指先 温もりがやさしい


この世界の中 たったふたりきり
流れるときの中で お互いを見つけた


見つめる瞳の その深いまなざし
切ないほどに あなたを感じる


ふたり・・・ふたり・・・

両手を広げて あなたを抱きしめる

いつもそばにいるから


「ふたり」
MUSIC BY (--nobody--)、WORDS BY 安井文、PLAY BY (--nobody--)



2001年10月13日(土)
SOON CRAZY

日が落ちて暗くなってからホテルを出発。

どうせ汗をかくからとちょっと薄着にしていたため、かなり寒く感じた。
独りで知らない街を歩くことには不安はないんだけど、ライブだとちょっと別。
時間通りにライブハウスに行ける買ってことがかなり心配なのだ。
でも、そんな心配は要らなかったようだ。
同じところを目指している人はすぐ分かったから。

オールスタンディングのライブに独りで行くのなんて始めてだった。
開場までかいだんで待っているのは結構面白い。
みんな自分が一番カッコよく見える服を着て、すましてる。
私も同じ。
それがちょっとうれしいんだよね。

うずくまって携帯のメールをチェックしている女の子。
口をへの字に曲げて天井を見上げている男の子。
みんなかっこうは不良少年少女みたいだけど、態度はきちんとしている。
騒いだりしていないので、好感が持てる。
自分もその中のひとりだと思うとまたうれしくなる。

開場してびっくり。

思い描いていたよりも会場は広かった。
多分、いままで行ったことのあるライブハウスの中で一番だっただろう。
名前からして小さなホールを想像していたんだけどな・・・。
ちょっと気後れしてしまった。

私はベンジーの前あたり3列目に立った。
後ろの女の子が「昨日はくじけたけど、今日はがんばる」と言っているのが聞こえた。
私は意味が良く分からなかった。
メンバー登場後、1分もたたないうちに私はその意味を理解することになるんだけどね。

私がいつも行くライブ開場と比べるとやっぱり集まっている人たちの雰囲気は違っていた。ツアーのラストだと言うことで全国からいろんな人たちが集まっていたからかもしれない。
オールスタンディングだと周りの人達と密着するので、自分のボルテージも自然に上がっていく。

ステージは3メートルくらい向こうで結構見上げる位置だ。
でっかいのでライブハウスとは思えない。
そう、広さで言えば初めてbBLANKEY JET CITYのライブに行ったホールと同じくらいだったと思う。

実を言うと、この時のライブのことはあまり詳しく覚えてない。
なぜかというと・・・。

メンバーが出てきて歓声が上がる。
そのとたん後ろからものすごい重圧が掛ってきて、あっという間に押しつぶされた。
おまけにみんな飛び上がるので、私はどんどん埋もれてしまい、瞬く間に酸欠になった。小さな空間の向こうにベンジーが見える。

すごく遠くに感じて、なにも聴こえない〜。

それでも、なんとか4曲くらいまではその場所でふんばった。
だけど・・・。

ふっと、ここへ来た目的を思い出す。
私はベンジーの近くに行きたいわけじゃない、ライブを楽しみたいんだ〜!!

・・・という訳で、次に私が起こした行動はというと・・・。

人の流れに逆らって、楽にライブを楽しめる場所まで避難することだった。

これがまた実は、容易なことではない!!
みんな少しでもステージの近くまで行きたいもんだから逆に押し返されてしまうんだよ。それでもなんとか、人数がまばらになっているところまでやってきて振り返ると、メンバーはとても遠いところだった。
けどねえ、もう同じ場所に戻りたくはなかったんだよね・・・。

やっぱりステージから遠いと、ちょっとみんな冷めてる。
私はそれでも出遅れたぶんを取り戻そうと踊り狂っていた。

でも、やっぱ何処か冷めてるんだよね。
前の方の喧燥を眺めてしまう自分を感じた。

ライブはあっという間だった。
メンバーの機嫌はあまりよくなかったようで、(というより早く終わらせて遊びに行きたかったようだ。後日、インタビューでそんなようなことを言っていた。)超特急のライブだった。
まあ、それなりに楽しかった。

いろんな教訓も得たことだし・・・(苦笑)
オールスタンディングのライブでは、体力のない人は後ろで楽しみましょう。
ちょっと体力には自信がないけど足の速さ(?)に自信のある人はがんばって最前列に行きましょう。

ちょっと引いてしまっていても、やっぱり汗だくで・・・。
帰り道はとても寒かった。(いや、冷たかった。)

実は、この日、ライブ参加者には、達也が参加するパーティーのお誘いがあったんだけど、私は着替えを持っていなかったので行くことが出来なかった。
来年は行くぞって心に誓ってね・・・。

次はああしよう、こうしよう。
いろんなことを考えながら、翌日、街を後にした。
でも、もう二度とそんな時はこないかもしれないね。

1999.12.28(tue)1999 STANDING TOUR『CONTINENTAL PUNK』(at 名古屋ダイアモンドホール)
「SOON CRAZY」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月12日(金)
冬のセーター

冬だったけど、その街は暖かかった。

その年の冬、私はBLANKEY JET CITYの故郷にライブを聴きに行った。
冬のツアーの中にいつも行く場所が入ってなかったからだ。

どうせ一人だから思いっきり冒険したいなあ。

そう思いツアーの最終日、彼らの故郷の街で行われるライブを選んだ。

年末も押し迫っていたからきっと寒いだろうと思い、私はハイネックのセーターを着込んでいた。
だけどぽかぽか陽気で、ハイネックのセーターなんか着てきたことを後悔する羽目になった。
翌日この街を去るとき、もう少し軽装にすればよかったと思った。
この次はきっとそうしよう。
そう考えていた。

ライブがはじまるのは夜だから、時間はたっぷりあった。
まずは海に行こうと思い、地下鉄に乗り込む。
私の住んでいる街と違いこの街には鉄道が張り巡らされている。

平日の朝だからだろうか、地下鉄の車内は静まり返っていた。
私は『SKUNK』を聞きながら、ぼんやり窓の外を見ていた。
私の住んでいる街には地下鉄がない。
JRがあるけど、1時間に2本くらいしか走ってない。
だからみんな車で移動する。
駅は朝夕のラッシュアワーくらいしか人がいない。

私は、電車が好きだ。

隣りの県に行く時はJRの鈍行に乗ってぼんやり窓の外を眺めながら2時間かけていく。時々居眠りしながらね。
それが結構気持ちいい。

地下鉄の終点には、水族館があった。

拡張工事をしているらしく、大きな塀が張り巡らされていた。
どうやらペンギンと亀が有名な水族館らしい。
専用のスペースをとるために工事をしていると大きな看板に書いてあった。

平日だけど水族館の周りには家族連れが結構いた。
年末だし、みんな休みを取ってゆっくり遊びに来ているのだろうな。

水族館は、広くてきれいだった。
天井が高く清潔な感じ。

ホログラムでうつされていたリュウグウノツカイがすごく印象的だった。

それから水族館を出てしばらくあたりを散策した後に、また、地下鉄に乗って、この街の繁華街にあるホテルに向かった。

この街は、縦横無尽に道路が張り巡らされていて、それが規則正しいので道に迷うことはほとんどなかった。ざわざわしているのに街の喧騒が遠くに聞こえる感じがした。
ライブのことがどこかにあって、上の空だったのかもしれない。

かなり早目に着いたので、開演時間までベッドに横になってすごした。

だけど、彼らが大好きなこの街に今自分がいると言うことが信じられず、なんとなく興奮していて眠ることは出来なかった。

今夜はいったい何が起こるんだろう。
そんなことばっかり考えてたんだ。

「冬のセーター」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月11日(木)
99

中学生の時、ブリティッシュロックが大流行りだった。
もっとも、私はいわゆるニューミュージックにはまっていて洋楽には疎かった。

当時友人に勧められたもの。

デュランデュラン、カルチャークラブ、カジャグーグー、デビットボウイ

どれもぴんと来なかったなあ。(今聴いてもこない。)
というわけで、単純に出てくる音が気に入らなかった。

だけど、ぜんぜん洋楽を聞かなかったわけじゃあなかった。
当時のお気に入りは、TOTO。
どうやってこのバンドのことを知ったのか記憶がないんだけど・・・。
多分、ラジオだと思う。
アメリカの商業ベースに乗ったロックなんだって事は、比較的最近知った。
AORというらしいが、それが正しいのかどうかさえ洋楽に疎い私にはよー分からん。

一番最初に聴いたのは、多分「ロザーナ」って曲。
その頃「聖なる剣」ってアルバムが発売されたのだ。
これは、私にとって初めて自分で買った記念すべき!洋楽アルバム。
それこそ擦り切れるまで聴いた覚えがある。
聴きやすくてスピード感があるそのサウンドがえらく新鮮だったんだよね〜。
NHKの夕方にTOTOのライブを放映していて、ステージの上の楽器の数にえらくびっくりしたのを覚えてる。
キーボードが何台も置いてあって、2人の人が別々の方向を向いてキーボードを弾きまくる踊りまくる。ううむ。アメリカ人は派手だ・・・と思った。

TOTOからはある種のカルチャーショックを受けたわけである。

ところで、じゃあ彼らの曲で一番すきなのは?と尋ねられると。

「99」

この曲は「ハイドラ」ってアルバムに入っていて、なぜこの曲を知ったのかも覚えてない。(結構詳しく覚えているほうなのになあ。)
でも、とにかくはまりまくった。
この曲は、詩の内容は激甘ラブソング(と記憶している)なんだけどその女性の名前が”99(ナインティーナイン)”って言うんだよね。
これは未だに私の中では”?????”。
たいして意味はないんだろうけど、当時中学生の私にはそれがより一層なぞめいた感じがした。

ピアノのアルペジオが延々続くきれいな曲で、そのピアノの後ろでささえてるかっちりしたリズムがすごく心地いいんだよ。
ちょっと哀愁を感じさせるピアノのメロディーがブレイクする時に甘くなる。(コード進行のせいだろうけど、うんちくたれられるほど詳しくない。)

今でも大好き!

「ハイドラ」自体は、多分、カリスマギタリスト田川くんから借りて初めて聴いたんじゃないかな?それは初めてTOTOを聴いてから、10年は経過した後だったと思うけど(苦笑)
自分の持ってるCD(あとLP)を見ても、アメリカのものが目に付く。
からっとして単純な感じのアメリカンロックが肌に合ってたんだろうな。
まあ、ヨーロッパは肌に合わないと決め付けてしまったせいでもあるだろうけど。

結局。
最近になるまで、イギリス産ロックのかっこいいのを知らなかったため耳を貸さずに来てしまい、最近少しずつ知って、ちょっとだけ後悔している今日このごろ。

だけど、成熟したTOTOサウンドは今聴いても古さを感じない。

「99」
MUSIC & WORDS BY (--sorry unknown--)、PLAY BY TOTO



2001年10月10日(水)
リベルタンゴ

ある夜、眠れないのでTVを付けたらモノクロの静かな映画が始まった。
そのまま、ぼんやりした頭でなんとなく最後まで見てしまった。

映画のタイトルは「タンゴ・レッスン」

新進気鋭の女性映画監督が(後から知ったけど、主人公本人がこの映画の監督だった。)ネタに詰まって夜遊びに行った先でタンゴを踊る男に惚れ込んで自分もその男にタンゴのレッスンをしてもらうと言う話。
いろいろあるけど、ストーリーはそれだけのもの。

舞台は、パリから始まって、ロス、ブエノスアイレス、そしてパリ・・・だったかな?
なんてことはないそのおばさんがひたすら踊り続ける。
その踊りのシーンはとにかく圧巻。
映画自体はとても静かなんだけどね。

音楽のような映画です。

で、その映画の中で流れ続けるのが、アルゼンチン・タンゴ。

ちょっと興味を引かれたので、サントラ盤を手に入れてみた。
どうやら、サントラ盤自体がその筋の人から見るとお宝いっぱいの音源満載らしいのだが、私にはよく分からない。
ただ、やけに耳についたのが、アストル・ピアソラと言う人の演奏する曲だった。

普段、日本のちょっとアングラよりの音楽ばかり聴いている私には、アルゼンチンタンゴはジャズやクラシックと同じくらい未知の世界だったけど、とにかくそのアストル・ピアソラの弾くバンドネオンの調べに耳が釘付けになってしまった。

バンドネオンは、アコーディオンをちょっと大きくして鍵盤部分がボタンになってるやつ。(あれ?小さいんだっけ?)
空気で膨らましたり縮めたりして音を出すんだけど、小学生の時アコーディオンを演奏した体験から言うと、鋭い音って出ないんでは?と思ってた。

ところがどっこい!
アストル・ピアソラの演奏はすごく鋭いんだ。

彼はアルゼンチン・タンゴに変革をもたらした人なんだけど、結局そのせいでアルゼンチンを追い出されそのまま帰れずに死んでしまった人なんだそうだ。

その執念が演奏に出ているのかな・・・。

そういえば、その頃ちょっとしたアルゼンチン・タンゴブームだったような?
TVでもかなり「リベル・タンゴ」が流れていた。
ただし、演奏は、香港の超人気チェロ弾きのヨーヨー・マ。はたまた、日本でのバンドネオン第一人者の小松なにがし(名前を忘れちゃった。)

わたしはやっぱり、アストル・ピアソラが一番いいなあと思った。
せっぱ詰まった人間の奏でる音はやっぱり鬼気迫るものがあるんだね。

ってまあ、これは単に私の好みだったと言うだけのことだけどね〜。

後日、KOBAというアコーディオン弾きのおじさんが、アストル・ピアソラの足跡を辿るという番組を偶然見た。NHKだったと思うんだけど。

最後に、ピアソラの奥さんに会いに行くと、ピアソラの死後誰にも触らせなかったと言うバンドネオンをKOBAに弾かせてくれる。
いつもは自信満々でちょっと人を小ばかにしたような態度のKOBAの感無量な表情はなんだか胸を熱くさせた。涙を流しながらそのバンドネオンを演奏する姿にはちょっと目頭が熱くなったね。

偶然見た映画から、人生をかけたすごい音楽に出会ったお話。

「リベルタンゴ」
MUSIC & PLAY BY Astor Piazzolla



2001年10月09日(火)
静かな闘い

真夜中にハッピーエンドの映画を見終わった。
すごく幸せな気分。

ぼんやりと画面を見続けていたらミサイルが飛んでいく映像が映った。

こんな時間にいったい何の映画?

まじめにそう思ってしまった。
チャンネルはNHKで、それはリアルタイムで放映されているニュース特番だった。
時間は午前2時前。

こんなところで私は何をしているんだろう。
とっさに思ったのはそれ。
浮かれ気分の自分がとたんに恥ずかしくなる。

夜が明けて、アメリカが戦闘を開始したことをTVはわめき続けている。
私は呆然と画面を眺め続けてる。

何が出来る?
私に何が出来る??

そればかりが頭を駆け巡り、そして、哀しくなった。
何も出来ない。
ここにいる私には何も出来ない。

ただ一つ出来ることがあるとすれば・・・。
心の中で歌い続けることだけだ。

それだって自分の心を落ち着けるだけの行為だって事は分かっているけどね。

「静かな闘い」
MUSIC & WORDS BY 鈴木雄大、PLAY BY 天才トノサマバンド



2001年10月08日(月)
Here I go again

さあってと!

今夜は楽しみにしていたBIG MOUTH CLUB BANDのライブ。

徳山で一番好きなギタリスト山さんのバンドなんだ。

BIG MOUTH CLUB BANDは、初めてBoogie Houseのお祭りみたいなライブに行った時に出会ったバンドの1つ。
もっとも、その時出会ったバンドで今も活動しているのは、ここだけになっちゃったなあ。(厳密に言うともう1つあるけど、今は活動休止だって。)
マスターの森永さんもずっと活動していらっしゃいますが、バンドが変わってるし。

私が初めて彼らのライブを見てからもう何年?
ん〜と、あれはBoogie Houseの6周年記念ライブの日だったから・・・まあ、そんなことはいいや。

私は洋楽をあまり聴かない。(昔はもっと聴かなかったんだけど。)
それでも少しながら聴くようになったのは、Boogie Houseでのたくさんのバンドとの出逢いのおかげ。
BIG MOUTH CLUB BANDは、その一端をになっている。(な〜んて)

彼らはすごく硬派で、ばりばりのハードロックバンドなんだよ。
見た目も結構重量がありますが(でも、最近結構きゃしゃなキーボディストが加入したのでちょっと落ちたかな?)、音はそれ以上です!

選りすぐりのロックミュージシャン達。

重いけどなんとなく人となりのようにやさしさも感じるドラムスを叩く橋やんのリズムに飄々とちゅんさんがベースラインを寄り添わせる。(ほんっと飄々としているんだけど今夜はやけに嬉しそうだった。)
ちょっと控えめだけどどっしり構えたリズム隊のおかげか、山さんのギターと中竹さんのキーボードが生き生きと走り回ってる感じ。
そして、BIG MOUTH CLUB BANDの顔、ボーカルの守川さんがそりゃもお気持ちよさそうに歌う!

うひょ〜、こりはたまりませんね〜!

彼らはライブを聴くたびカッコよくなる〜。
近頃、いいリズムだと体が勝手に動くようになってしまった私は、今夜もずっともぞもぞしていた。
壁に掛けてあるダーツの蓋にがんがん頭を打ちつけてしまったけど、ぜんぜん痛くないもんね〜。
楽しくって顔がにやけすぎ〜♪
いつも硬派な路線を心がけているはずなのに、ご機嫌な音楽のため、今夜もまた失敗だ・・・。

今日は、White Snakeのナンバーが多かった?その単語がやけに耳に残ったから。
初めて聞く曲ばかりだったけど、とても楽しかった〜。
やっぱり、演奏なのかな?
BIG MOUTH CLUB BANDのような音楽は普段好んで聴くことがないんだけど、彼らの音が大好き!

MCになるととたんにシャイになって、駄洒落も飛び出て掛け合い漫才まで(失礼っ!)
それがまたアンバランスでよけいに楽しい気分にさせてくれるんだよね〜。

とにかく!

まだまだ知らない音楽が多いっ。
新しい音楽が止めど無く流れ込んでくる〜。うひょひょ〜♪
だから、ライブハウス通いはやめられないのである。

私の欲望は膨らんでいくばかりだなあ。
死ぬまでにどれだけの音楽を知ることが出来るか統計でも取ってみようか?

White Snake・・・。
気に入っちゃったなあ〜。
でも、BIG MOUTH CLUB BANDの音以上に気に入るかな?

2001.10.7(sun)BIG MOUTH CLUB BAND (at Boogie House)
「Here I go again」
MUSIC & WORDS BY David Coverdel、PLAY BY White Snake



2001年10月07日(日)
アルビノーニのアダージョ

世の中には、眠っている音楽がたくさんある。

楽譜に書かれたけど本の中に挟まれたままのもの、誰かがテープに録音したのに忘れ去られてしまったもの(あるいは、作為的に隠されているテープ)、誰かが今日も歌っているのに気づかれないもの・・・とにかくたくさんある。
そういう音楽は、とてもすばらしいものかもしれないのになかなか表に出てくることが出来ない。

きっかけだけなんだけど。

そして、世の中に出てきたとしても、その音楽に生命力がないと長く人の心に残ることが出来ない。音楽は世の中に出たとたん、作り手を離れてしまうものなんじゃないかなと思う。

まあ、この話は音楽に限ったことではないんだけどね。

10年くらい前(あるいはもっと前かな。)「誓い」という映画を見た。
話の筋は、「走れメロス」みたいなものだったと記憶している。
主演はデビュー当時のメル・ギブソン。
オーストラリア映画だということをもっと後になってから知った。

低予算で作製されたというこの映画は、クラシックの曲がたくさん使われていて、その中でも一番耳に残ったのがこの曲。

「アルビノーニのアダージョ」

もっとも、この曲のタイトルを知るのももっともっと後だったけど。

多分、何かの映画で既に耳にしていたんだろう。
哀愁を漂わせたこの曲は、主人公が言葉もなく苦悩しているシーンで使われていたように思う。その後、別の映画でもこの曲を耳にした。(その映画は覚えてない。)

これは探さねば!

まだ、インターネットもなかったから結構時間が掛った。(それだけにかまけていたわけでもなかったし。)

廉価版CDのクラシックシリーズの中にこの曲を見つけた時は、そりゃうれしかった。
そのCDの解説にこの曲がどんな道を辿ったのかが説明されていた。
この曲はアルビノーニの死後、彼の弟子が本の中から発見したそうだ。
彼自身、不遇な作曲家だったらしい。

だから心に残っちゃうんだろうか。

映画の中に出てくる音楽は映像と共に残像が残るから、なかなか頭を離れてくれないと言うお話。

「アルビノーニのアダージョ」
MUSIC BY アルビノーニ、PLAY BY (--sorry unknown--)



2001年10月06日(土)
ルワンダ

ん〜♪いい天気だ。

これからドライブに行く。

夕べは遅くまで友人と話しこんだ挙句、映画を1本見たために眠りにつく頃には空が白んでいた。
話は最近見た映画の話から、TVニュースの話題まで。
映画好きの友人とは、いつもちょっとマニアックな話題まで突っ込んで話してしまう。

夕べもそれでついつい。

そして、今日は朝から「Luwanda」が流れつづけてる。

この曲が流れる日は、車の窓を大きく空けてドライブに行くと決めている。
行き先は気分しだい。
映画の主人公になった気分で、サングラスをかけて旅に出よう。

つかのま空想の旅へ・・・。

「Luwanda :: for Luwanda」
Music by 浅井健一、PLAY BY SHERBETS



2001年10月05日(金)
3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ(2)

後から考えると・・・。

前半は発売されたばかりのアルバムの曲が中心だった。
だから客ののりは今一つだったのかもしれない。
それで彼(彼ら?)は不機嫌だったのかも。
私は最前列にいたので、振り返ることもなかった(出来なかった)からそのあたりはよく覚えてない。

そういえば・・・。

その日の達也と照ちゃんのことは記憶にない。
ベンジーを見上げることしか出来なかったからなあ。

そのあたりまでは難なく体を揺らして楽しむことが出来てた。
まあ、ベンジーは恐かったけどね。

そして、おなじみの曲が連続して流れる頃には、もう普通に立っていることは出来なかった。後ろから続々と人が押し寄せてくるくる。

そりゃもう大変。

ライブを楽しむというより、セキュリティーのお兄さん達と格闘しに行ったといった方がいいかも。
私は闘いの最前線、しかもカリスマロックスター、ベンジーの真ん前だったから、戦いはし烈を極めた。

か弱い女なのになあ。

しかし。
初めての戦闘(!)に気がそがれるどころか、アドレナリン大放出状態で私は興奮しまくってて顔はにたにた笑っていた・・・ような記憶が。
高熱が出たとき、出るまでは寒くってしょうがないけど出きってしまうと逆にふわふわして気持ちいいそんな感じに似ている?などと思ったような思わなかったような・・・。

とにかくめちゃくちゃ。

我先にベンジーの前に行ってやろうとする兵士達(!)が座席の背もたれを稲葉の白兎よろしくぴょんぴょんとんで来てダーイブ。

うおおおお、こりゃすげ〜!!

自分の立ち位置をキープするのに必死になりながらもアドレナリンは放出され続ける。
必死になりながらそれでも頭を振る。
しまいにゃセキュリティーの押し付けるロープにしがみつかなきゃ立っていられない始末。

何の曲だったか思い出せないが・・・。

ベンジーがそんな状態にもかかわらず前に出てきちゃった!!
その直後のことは覚えてない。
なぜなら、私は後ろからの衝撃でこけてしまったから。

みんながベンジーの足に触ろうと手を伸ばし私の上にのしかかる〜。

はっ?私も触るぅぅぅぅぅ。

と必死になっておきあがったときには、すでにベンジーはマイクスタンドの前に戻っていた。
その時、セキュリティーのお兄さんに睨み付けられた。

なんでさ〜?
おいらは負傷兵なのになあ。

怒涛のように揉みくちゃにされる。
立っているのがやっとで何が何やら訳わかんないよ〜!!

・・・ライブ終了・・・。

みんな満足したように手を振りまわしながら会場を後にする。
言葉にならないが私も満足感を感じていた。

すごい、すごいものを見てしまった〜!!
うおおおおおおっ!

ふっと思い出し一緒に来ていた友人に目をむけると。

ありゃりゃ。

泣きじゃくってる。
私よりはインディーズ系ライブにたくさん行ってて、わたしなんかよりよっぽどBLANKEY JET CITYのことを知ってた彼女が泣いてる・・・。

「こわかったよ〜。殺されるかと思ったよ〜!!」

ぶるぶる震えながら彼女はそう言った。

うーむ。

そうか、百戦錬磨の彼女さえこれは初めての体験だったのか・・・。

「もう、BLANKEY JET CITYのライブはいや〜!」

彼女はそう言った。
あーそりゃよっぽど恐かったのね。
しょうがない次からは独りで来るかあ。

しかし、これには後日談が・・・・。

彼女はよっぽど恐かったらしく、会社の友人達にこの話をして回ったらしい。
おかげで私は喋れなかった。

そして、10日が過ぎたころ彼女に出会った。
彼女はにこにこ笑いながらこうのたまった。

「4列目より後ろの席だったらまた誘って!」

・・・・・ヽ( ´ー`)ノ

1997.06.18(wed) 1997TOUR 『皆殺しのトランペット』(at 広島アステールプラザ 中ホール)
「3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月04日(木)
3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ(1)

好みってものはだれでも偏ってしまう。
それは当たり前。
でも、何かの拍子でまったく違う世界に足を踏み入れることってある。
そういう時ってものすごい衝撃を受けてしまって、後々まで引きずってしまう。

私の場合はねえ。
BLANKEY JET CITYのライブを初めて体験したときがまさにそれだった。

初めて行ったBLANKEY JET CITYのライブは、あまり広くないホールだった。
と言っても、私の住んでいる街より大きな街のホールだったから結構な広さだ。
私の住んでいる街に彼らはこなかったから隣りの県まで行くのだ。

集まってきた人たちはなんだかすごかった。

私はライブが大好きな性質なので、それまでもかなりのライブに足を運んでいた。
でも、その日私は自分の見てきた世界がとても小さいものだったことを思い知る。

エントランスにはたくさんの人がたむろしている。
でも、女の子の黄色い声やはしゃぐ声は聞こえない。
とても静かなざわめきだった。

開場待ちをするために列に並んでいた私は、階段からかっこいい男の人が登ってくるのを見つめていた。
確か3,4人だったと思う。
彼らは、BJCのメンバーみたいにかっこよかった。

むき出しの腕には刺青。
多分、彼らは私よりも年上だったんじゃないかと思う。
私は生唾を飲み込んだ。

今思い出してみると、多分、バイク乗りじゃないかと思う。
白いランニングに黒い革パンとハンマーブーツ。

まんま「PUNKY BAD HIP」の世界やね。

別に刺青がかっこいいと思っているわけじゃない。
彼らの持っている雰囲気がとてもかっこよかったのだ。

こんな人たちが集まるライブなんて、私ははじめてだ。
なんだかすごくわくわくする。
だけど、そんな男の人達を見かけたのはそれが最初で最後だった。

開場してみると、思ってたよりホールは狭かった。
私の席は最前列だったので、ちょっと不安だった。
しかもその不安は適中する。

なんと、ベンジーの真ん前。

ステージまでの距離は2メートルあったかな。
真っ直ぐ見上げるとベンジーの使うマイクスタンドが目に入ってくる。

はっきり言ってその時、私はその場から逃げ出したかった。

BJCのライブと言うと、想像するのはステージ前に押し寄せる人の波。
ビデオで何度も見た。
ホールのエントランスで見かけた男の人を思い出し、私は緊張して後ろを向けなかったほどだ。

だけどまあ、半分飛び上がるほどうれしかったって言うのも事実だけどね。
後にも先にもそれが一番いい席だった。
まさにビギナーズラックってやつだ。
神様はなんていたずらをするんだろうと思ったね。

時間が近づいてくる。

セキュリティーが持ち場につく。
私の前だけでも、セキュリティーは20人くらいいた。

通路には鉄の柵が付けられ、だんだん物々しい雰囲気になって行く。

通路に柵なんて信じられなかった。
プロテクターを持ってくればよかったかなあ。
なんて、ばかなことを本気で思っていたようないなかったような・・・。

どんなことが起こるんだろう。
不安と期待が入り交じって、私は何度も生唾を飲み込んでしまった。

1曲目はなんだっただろう?

「プラネタリウム」だ。

そう、その日は新しいアルバムの発売日だった。

登場したベンジーがあまりにも近い場所にいて私は顔を上げられなかった。
頭の上にベンジーがいるのだ。

心臓が早鐘を打つ。

このまま窒息して死んでしまうかと思うくらい。
そのくらい近かったんだから!!

私は前日手に入れていたそのアルバムをもう5回くらいは聴いていたから、それぞれの曲の3分の1くらいの歌詞を覚えていた。
だから分かる限り歌いまくっていた。
途中、ベンジーにそれが見えたらしく、彼はその後、曲が始まるたびに私をじっと見ていた。

私は恐くて顔が上げられなかった。

だって、ベンジーの目はとても冷たくて熱かったから。

ベンジーはシャウトしてるのに目はマジで、私をひとしきり見たあとそのまますーっと目を上げて、会場を見まわした。
4年くらい前のことで彼がどんな服を着ていたかはもう忘れたのに、その表情だけはいまだに目に焼き付いてる。

盗み見たベンジーの顔を私は死ぬまで忘れることが出来ないだろう。

同時に「ああ、彼はステージを降りた瞬間に私を見ていたことを忘れるんだ。」と思ったことも。

その両方の思いは、確かにその時真実だったから。

とりあえず、続く。

(-_-)

1997.06.18(wed) 1997TOUR 『皆殺しのトランペット』(at 広島アステールプラザ 中ホール)
「3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月03日(水)
海を探す

天気がよいとバイクに飛び乗ってしまう。
決まって向かう先は、県東部にある比較的大きな島。
海沿いのうねうね道をマイペースで飛ばす。

橋を渡ったところでルートは右と左に分かれる。
左は道が広くて走りやすい。
右は途中まで道が狭くぼこぼこ道で走りにくい。でも、バイクの数が少ないのでゆっくり走ることが出来る。

私のお気に入りは右回り。
ゆっくりと島を一周したいから。

桜の時期に走りに行くと、満開の桜並木の下を走ることが出来るんだ。

最近、左回りの方に車がほとんど行き来しない農道が開通したことを知った。
その名もオレンジロード。
この島は、みかん農家がたくさんある。
その時期に行くとおいしそうな匂いが漂ってくるよ。
道はすいていてなかなか快適な走りが出来るんだ。

バイク乗りになろうとしたけどなれなかった友人がいる。
彼女は四輪のほうがいいんだって。
なぜと尋ねてみた。

「音楽が流れないとつまらない」

彼女は言った。

私は逆、絶えず頭の中で音楽が流れているので楽しく走ることが出来る。
人それぞれで面白いねと彼女と笑った。

さて、バイク乗りはたいていの人がバイクに乗ったとたんBGMが流れるらしい。

これも人によって選曲が違うので面白い。
めちゃめちゃハイテンションなアップテンポの曲が流れ続ける人の方が多いみたい。

私はというと、ゆっくりしたミディアムテンポの曲が流れている。
またがった瞬間は、アップテンポの曲が流れていたはずなのにいつのまにか曲が変わっちゃう。

バイクに乗ると心が安定するのかもしれないな。
最近そう思う。

大好きなルートを辿るとき、BGMは「海を探す」なんだ。

「海を探す」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年10月02日(火)
雨の降る日に

今日、窓の外は快晴なんだけど・・・。

秋になると必ず聴きたくなるアルバムがある。

オフコース「ワインの匂い」

初めて聴いたのは小学6年生のときだった。
私と一回り違う従兄弟のお姉さんの家に遊びに行くたびいろいろな話や音楽を聴かせてくれた。
父の妹の次に私に影響を受けた人。
秋だったか冬だったか、彼女の家に泊りに行ったときこのアルバムをかけてくれたのだ。
レコードの回る音、針が静かにおりてレコードに触れる。
少しのノイズ。
その中から静かに雨の降る音が・・・そして静かなピアノのイントロ。

「雨の降る日に」

秋の雨は冷たいイメージがあるんだけど、この曲は同時に暖かい。
いろんなアルバムを聴くけど、この時の安心感と同じ物を感じたアルバムはまだないなあ。

アルバム全体に優しさがあふれていて最後まで優しい気持ちで聴いていられる。
遠い昔に見たことがあるけど思い出せない映画のサントラ盤のよう。
優しいけどちょっと寂しい。

秋になるとこの曲のイントロが聴きたくなるんだ。

「雨に降る日に」
MUSIC & WORDS BY 小田和正、PLAY BY オフコース



2001年10月01日(月)
罪と罰

ある日の夜。

いつものようにスペースシャワーTVをつけっぱなしにしたまま本をめくっていた。
ちょっと印象的な曲が流れてきたので振りかえると、椎名林檎の新曲だった。

林檎は、私の好きな映画「ブレード・ランナー」に出てくるレプリカントの女みたいなメイクをして、真っ二つに切れた黄色いベンツの運転席に座って無表情に歌っている。

あとから聞いたのだが、そのベンツは彼女の持ち物で、撮影のために真っ二つにしたのだそうだ。

なんとまあ・・・。

彼女は免許を持ってなかったらしいけど。

メロディーやアレンジはいつもの林檎節なのにどこか変。

何が変なんだろう・・・??

わかった!ギターだ!

聴こえてくるギターの音は、いつもの彼女のものじゃなかった。
もっと乾いていてきれいな音・・・。

・・・・・・・!!

これベンジーじゃん!

そう、私の愛するBLANKEY JET CITYのギタリスト浅井健一のギターだ。

その確信をもっと確かなものにするために私は曲が終わったあと本屋へ向かっ
た。(ばか?)
ロッキンオン・ジャパンのインタビューで彼女は確かに浅井さんに弾いてもらいました。なんて答えていた。

ギターの音でベンジーとわかったじぶんにびっくり。
ああ、これも彼の音楽に対する私の愛の表われだわ・・・な〜んて。

そういう音、もってます?

「罪と罰」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 椎名林檎