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セキララな思考。
安井 文
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2001年09月30日(日)
泣きたいような気分で

今回の熊本行きを私はとても楽しみにしていた。

遠足前の子供のように4日くらい前から落ち着かず、どうせ眠れないからとレイトショーを見に行って、その映画にも興奮してまたまた眠れないという不毛の日を送った。

なんてったって私が音楽をやめられなくなってしまった張本人たちとの久々の逢瀬だから。(おおげさ?)

前夜、私は今では古い友人になったカリスマギタリスト田川ヒロアキくんの家に宿を借りた。

田川くんは絶対音感を持っていて、そのうえ耳に入った音は木霊よろしくその場でギターから出してしまうことが出来る。音楽の申し子だと私は思っている。
実を言うと、今こうして好きな音楽のことを書くことを始められたのは彼の助言のおかげなのだ。田川くん、ありがとう!

田川くん家には、新しい友人のひとりちゃいちゃいが待っていた。
彼女ははるばる横浜から今回の宴会に参加するためにやってきた。
3人で話していたけど、ちゃいちゃいは朝が早かったので早々と眠りに就いた。
私は久々に田川くんと話したので止まらなくて田川くんにもう寝ようといわれるまで喋ってしまった。

翌日福岡で、23さんと合流。
彼は、八千代さん田川くんがいっしょにやっていたCOLORSのファンで、新しい友人の一人。私はあまり話したことがなかったんだけど、話してみると・・・出るわ出るわ!楽しい話が!結局、道行きは23さん相手に喋り倒してしまいました。
ご迷惑おかけしました・・・・。

゜゜・c(>_<。)o・゚゚・

熊本では、八千代さん一家が待っていた。

尾崎亜美さんのライブを楽しんだ後、静かなキャンプ村にかりたコテージにみんなで引き上げて酒盛り。
気心のしれた仲間達との久しぶりの宴会で私はすっかりリラックスした。

普段はあまり飲まないお酒も結構進んだ。

前日、田川くんと議論(?)が盛り上がったせいで、睡眠時間が少なかった私は、彼と八千代さんの歌が始まる頃には気持ちがよくなってうとうとしていた。
よく考えたら一番おいしい時間に寝てたのね・・・私。

しかし、時折目を覚ましては、怒涛のように喋り倒していた。
いつもの私は1番最初に眠たくなってさっさと寝床に入ってしまうようなやつなのだ。

その私が、最後まで起きていたのなんて始めてかもしれないなあ。
翌日、田川くんがびっくりしていた。

実は、みんなが寝静まったあとも私の怒涛のしゃべりは止まらず、八千代さん、MyShowさんはその巻き添えを食ってしまった。

MyShowさんは八千代さんのダンナさんでタイコ叩き。
すごくいいドラムスを叩くんだよ。
私のすごくマニアックな話題についてきてくれる。
いくらマニアックなことを喋っても分かってくれるのでとてもうれしい。

そのMyShowさんは、亜美さんのライブを聴いてすこぶる興奮していた。
話の合間合間に「それにしても、今日のライブはすごかった・・・。」を繰り返していた。あんなに興奮して喋るMyShowさんは始めてだ〜。

それから、一番早くに寝てしまったけど、今回は八千代さんとMyShowさんの愛娘も来ていてかわいい歌声をたくさん聞かせてもらった。
4歳にしてすでに歌姫としての風格が・・・。
これはきっと母譲りですね?

そして、八千代さんからは久々に。

「そんなんじゃから、アンタはつまらんのんちゃーっ!」

となつかしい叱咤激励(!?)を何度も貰い、マゾな私は嬉しがっておりました。

とにかく今回一番楽しんだのは私かはたまたかわいい歌姫かってとこじゃないかなあ。

みんなが優しいのをいいことに私は散々喋るまくり、食べまくり、寝まくって充分元気を貰ったのでした。

楽しい楽しい週末の終わりに「泣きたいような気分で」枕を抱えてもいいよね?

う〜ん、今回は本当に日記になってしまった・・・(ノ^^)ノ

「泣きたいような気分で」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 尾崎亜美



2001年09月29日(土)
風のライオン

はるばる橋を渡って九州に行った。
熊本の阿蘇にあるファームランドというところで開かれる音楽祭に行くために。

今年はまだ1度も野外ライブに行ってない。
真夏の陽射しの中、開演を待つのは結構辛い。
体力がないと参加する気持ちもなかなか生まれてこないんだよね。

だけど、夏も終わり秋もそろそろ本格的になり始めるこの時期なら、きっと落ち着いて楽しめるだろうと思ったので、お誘いも受けたことなので行ってみることにした。

この日、天気は下り坂。
せめてライブが終わるまではもってほしい。
せっかくのすばらしい時間をだいなしにされたくはない。

お目当ては尾崎亜美さん。
数年前福岡のどこかのコンサートホールで始めて彼女のライブを体験した。
とてもかわいらしくてとても暖かい人。

静かな微笑みをたたえて亜美さんが息を整え大事に大事に第一声をもらしたとき、思わず涙があふれそうになった。

亜美さんは、絶対に歌い捨てない人。

思いの丈がみんなに伝わるように・・・とまるで祈っているかのように歌う。
指先ではピアノが正確なリズムで奏でられ、曲の盛り上がりにしたがって強弱がはっきりつけられる。歌も同じだ。
ドラムスもベースもないのに、リズムを刻む音が聞こえる気がする・・・そんなピアノ。
聴いていて何の不安もない。
すばらしいとしか言いようがないんだ。

会場のみんなは息を呑んでその場面を見つめる。

歌うたいをすごいと思う一瞬。

第一声でその場にいる人間を自分の世界に連れて行く。
心地よい緊張感があたりに漂い、神妙に音楽を楽しむ雰囲気になる。

ああ、これで満天の星が見えたらもっともっといいのにな。

ふわふわの衣装を着た彼女はまるでお姫様。
相変わらず暖かい空気を振りまきながら彼女が3人のナイトを呼ぶ。

そこから先はそれまでの静かな空気が一瞬にして熱いものになった。
3人のナイトは屈強だけど柔らかく彼女をバックアップする。
ドラムスがベースがギターが、彼女の歌をもっともっと引き立つようにとしっかりと支える。

・・・これがプロなんだ・・・。

ライブを目の当たりにして私はそんな当たり前のことを思っていた。

言葉や思いを伝えるのに音楽はすごい力を発揮する。
だけど、その伝い手が強い力を持っていなければ、自分の生活だけに気を取られている人達を振り向かせるのは難しい。

優しい顔をして亜美さんは、思いのほか強い力を持っているようだ。
3人のナイトはその力に引き寄せられたのかな。
彼らは、彼女の力をもっと大きな物にするために楽しそうに演奏していた。

・・・な〜んて。
御伽噺にたとえたくなってしまう雰囲気を亜美さんは持っている。

2001.09.29(sat) TKU MUSIC ファームランド2001(at 阿蘇ファームランド)
「風のライオン」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 尾崎亜美



2001年09月28日(金)
コンドルは飛んでいく

週1回指圧に通ってる。

・・・というとすごく年寄りに思われるかな?
だけど、これがすごくいい。

凝り固まったカラダ中を揉み解してもらうと心まで軽くなってくるからね。

その上、私が通う指圧の先生は音楽が大好きな人で、気分がまぎれるようにと音楽をかけてくれるのだ。
最近の先生のお気に入りは、ペルーのフォルクローレバンドSISAY。
私もフォルクローレは好きなのでこれが結構楽しみ。

いつもCDの頭からかけてくれるので、同じ曲しか聴けないのがちょっと残念。
だけど今日は「コンドルは飛んでいく」が聴けた。

穏やかなリズムにアコースティックギターのやさしく温かい音がストロークを重ねその上をパンフルートが空を渡る風よろしく涼やかに流れる。
カラダはコリが解れてきていい気持ち。

ああ、このまま眠ってしまえたらなおいいのになあ・・・。

アコースティックギターの音は大好き。
なんだか安心してしまうのだ。

ライブなんかで生で聴けるとなおいい!
明日は久しぶりに友人の名ギタリストに会えるので弾いてもらおうっかな!

ねっ?

「LE CONDOR PASA」
MUSIC BY (-sorry unknown-),PLAY BY SISAY



2001年09月27日(木)
深緑

秋の気配がやっとしてきた。
私はこれから寒くなるまでの間が一番好き。

暑くてじめじめしていた空気がひんやりしてきて、風も少し乾いてくる。
この時期になるとわくわくしてくるんだ。

訳も分からずあたふたしていた夏の気持ちがこの風を感じたとたんに冷静になって、つい青空を見上げる回数が増える。

なんだかわからないけど生きてるんだなあと感じる。

落ち込んで悩んでいたことの大部分は結局結論も出ないし、出たって私の生活が今すぐ変わってしまうわけではないと笑いがこぼれ、ひとりにたにた笑ってしまう。

それがこれからの季節。

な〜んて・・・。
こんな気持ちを誰かに話したくなるのもこの季節なんだ。

「深緑」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY AJICO



2001年09月26日(水)
チェイサーに缶コーラ

かねがねミュージシャンが曲を産み出す場面に立ち会ってみたいなあと思っていた。
まあそんな幸運は、誰かの恋人になるか奥さんになるしかチャンスはないだろうなあと思っていたある日・・・。

いつものようにライブハウスに集まって、O-Kaysが練習をしていた。
私は練習中いつも椅子に座ってその様子を見るのが大好きだった。

その時はまだオリジナル曲が少なくて八千代さんは新しい曲をばんばん産み出そうとしている時でもあったように思う。

休憩中。

無駄話をしているうちに音楽談義が始まりなぜだか知らない間にその場がリズム練習と化してしまった。
私も面白いので参加していた。

「次はこれやって・・・。」

八千代さんに言われて、パーカッションのうめちゃんとともにリズムを叩いていると、八千代さんは愛用の小さなキーボードを取り出し適当にコードを弾き始めた。

こういう事は八千代さんといるとしばしばあることで、私はこの時間を結構楽しみにしている。いろいろ試行錯誤をしているようだ。

そのうち八千代さんは歌い始めた。

お酒が大好きな八千代さんは、普段の口癖をメロディーに載せて歌っている。
こーなるとますます面白くなってくる!
そのうちみんながノッて来て止まらなくなってきた。

「おわら〜ん!!」

八千代さんが悲鳴を上げたのでその場は中断。

「1曲出来たじゃん。」

八千代さんは涼しい顔でそう言った。
それは後にO-Kays最大の人気曲となる「チェイサーに缶コーラ」誕生の瞬間だったのだ。
この曲は、やればやるほど変化してすごくかっこいいアップテンポの曲になった。
O-Kaysのライブでこの曲が始まると会場が一体になって波打っていたのを思い出す。

「チェイサーに缶コーラ」
MUSIC & WORDS BY 中村八千代、PLAY BY O-Kays



2001年09月25日(火)
色彩のブルース

ブルースというとどんなイメージですか?

私はブルースと言うと、淡谷のり子大先生、青江美奈さんだなあ。
昭和初期、初めてブルースが日本に入ってきた頃の和製ブルース。
どちらかと言うとジャズに近い感じだったのかもね。

ある日、最新の音楽を常に発信しているスペースシャワーTVでそういうブルースを思い出させる曲が流れた。

タイトルは「色彩のブルース」
歌っているのはEGO-WRRAPIN'(エゴ・ラッピン)という関西が活動拠点だというインディーズバンド。

独特のハスキーボイスを持つ女性ボーカルがけだるく力を抜きつつ歌う。
ブラシを使った独特のドラミングとウッドベースの奏でるリズムがより一層そのけだるさを引き立てている。
バンド全体のイメージは、エネルギッシュで泥臭いのに、何処か洗練されている感じも受ける。
聴きようによっては、どんな風にも見えるバンドなんだろう。

実際ライブにも行ってみた。
ボーカルの女性は、私より若いんだろうなあと思う。背が低くとても小さい人だった。
でも、握手した手からは強い力を感じた。

それから程なくして彼らはメジャーデビューし、今じゃ若者に大人気。

「サイコアナルシス」というもっとサイケな曲が今大ヒット中だけど、これもなんだか昭和初期を感じさせるアナーキーな曲だ。
でも、彼らはそういう音楽を好んで聴くわけではないと言う。
自分達が普段、よく聴く洋楽からインスパイヤされたらああなったのだそうだ・・・。

私は、「色彩のブルース」をぜひ、八代亜紀さんに歌ってほしいと思う。
若い人の作る音楽を、味のある歌手が歌うととてもいい感じになると思うんだ。
どちらも刺激されていいものが出来るんじゃないかなあ。

そう思う音楽がまた増えてきたと思う。
なんだわくわくするっ!

よかったら聴いてみて!

o (^O^) o 〜♪

「色彩のブルース」
MUSIC BY 森 雅樹,WORDS BY ,PLAY BY EGO-WRRAPIN'



2001年09月24日(月)
People are strange

世界中が同じ方向を見る必要はあるのかな。

同じ思いを持つことは可能なのかな。

そんなことは無理だしする必要もない。

だけど、そんな簡単なことを主張するのが実はとても難しいことなんだよね。

それは、今まさにTVの向こうで起こりつつあることを指しているわけじゃなく。
自分自身の今の話でもある。

偏った考え方しか出来ないでいるのは、TVの向こうの人たちだけではなく自分自身かもしれないよ。

そして、自分と違う考えを殺意なく受け入れられる自分を幸福だと思いたい。
その幸福が、世界中のみんなにも与えられますように。

そのために幸福な音楽がたくさん生まれますように・・・

「People are strange」
MUSIC & MORDS BY Jim Morrison,PLAY BY THE DOORS



2001年09月23日(日)
サンチェスの子供たち

中学の時、近所の先輩がブラスバンド部でテューバという大きな楽器を吹いていた。
彼女はたくさんブラバンのカセットを持っていて、私もそれを借りて良くダビングしたものだった。

元々は、クラシックの曲やジャズ、フュージョン、そして歌謡曲・・・・とにかくいろんなジャンルの曲を学生ブラバン向きにアレンジした楽譜集を実際に録音したシリーズだった様だ。

今でもあるのかなあ。

思い返してみると、実に色々な人からいろいろな音楽を教えてもらっていることに気がつかされる。
そう言う人達のおかげで、今の私の情緒が形成されているのかなあ。

そう考えると、実に貴重でハッピーな人生に思えてくる。

みんな、ありがとう!!

私が通っていた中学校は、全国的にブラバンの名が知れ渡っている学校だった。
毎年、文化祭での一番の呼び物はやはりブラバンの演奏で、皆椅子に立ち上がってやんややんやの大喝采を送ったことを思い出す。

特に覚えているのは中学3年生の時の文化祭だ。

階段状に組まれた席の一番後ろがトランペットで、ソロの時は立ち上がるので彼はとても目立った。
同じ中学生とは思えないほどの自信を漲らせた彼はかなり大きな人間に見えたものだ。

私たち3年生は後ろの方で、演奏中椅子の上に立って大騒ぎしていた。

彼がすっくと立ち上がってソロを吹き始めた瞬間。
私は鳥肌が立った!!
まっすぐ伸びる音としっかりした音程は、ゆるぎない彼の自信が投影されていたと思う。

深く落ち着いた音が体育館全体に響き渡った。

まるでいつも聴いているカセットテープみたいな音だ!!
同じ年の彼がそんな音を出すことに素直に感激していた。

ソロが終わると彼はにっこり笑って席につき、何事もなかったかのように他の皆と同じパートに戻った。
そうなるともう彼の音はどれだかわからない。

私はその様子に鳥肌が立った。

その楽器はトランペットではなかった。
あとで彼自身に教えてもらったのだが、それはフリューゲルホーンという名の楽器だった。
トランペットの3倍くらいの管の太さでそのため出てくる音も太くてぐっと落ち着いた音になるんだ。

文化祭が終わって数日後、私は彼のクラスを訪れぜんぜん面識のなかった彼を呼び出し、文化祭の時、彼がソロを取った曲のタイトルを聴き、そのカセットテープを貸してもらいダビングした。

それが「サンチェスの子供たち」という曲。

そのカセットを繰り返し聴きつづけているうちに、私はトランペットが吹きたくて吹きたくてしょうがなくなった。

そして、彼はTVやラジオ以外で初めてファンになった身近なミュージシャンになった。
私と同じ歳にそういう凄いミュージシャンがいるってことがすごく刺激的だったな。

ちなみにその彼は今、プロミュージシャンとして大活躍している。

そして高校生になったらトランペットを吹ける様になってやるというひそかな野望が生まれた。

彼の様になってやる!!

そのおかげで、飛び切り刺激的な高校生活を送ることになる。
(ん?つづく??)

(゚.゚)

「サンチェスの子供たち」
MUSIC & PLAY BY Chuck Mangione



2001年09月22日(土)
もみじ

もみじ

中学生の時、姉妹のように仲の良い先輩が近所に住んでいた。
彼女とは短大まで同じ学校に進んだが、今は専業主婦となり”ニッポンの母”を地で行く生活をしている。

もっとも、ここ数年は会ってないなあ。

彼女はブラスバンド部、私は水泳部で、ともに活動が盛んで帰る時間は毎日6時を回るので、夜道は危ないから(?)良く一緒に帰っていた。

二人ともとにかく歌うのが大好きだった。

彼女は美空ひばり大先生の「港町十三番地」を歌わせると右に出るものはなく、地域ののど自慢に出てはやんややんやの大喝采を浴びるような人だった。
豊富な知識を持ちウェットに富んだギャグを飛ばし、いつでもまわりの誰でもを笑いの渦に巻き込んでいたものだ。
おまけによく分からない替え歌も作っていたな。

いや、今もそうだけど。

2人は外見がよく似ていてよく「姉妹ですか?」と聞かれた。
そう尋ねられると決まって彼女は真顔で「いえ血のつながらない姉妹です。」と言い、相手が訳もわからずあっけにとられると、その姿を見てそのあと大笑いをした。

いや〜豪快なんですよ。

とにかく、彼女は人目も気にせずどこでも大声で歌うような人で、一緒にいた私もつられてよく歌ったものだ。
二人で学校で習ったばかりの合唱曲をハモッたり、輪唱したりしながら帰った。
とにかく2人とも大きな声なのでご近所の皆さんは溜まったものではなかったかもしれない。
この場を借りてお詫びを・・・。
まあ、10数年経っているので覚えている人もいないだろうけどねえ。

(^^ゞ

2人が特にお気に入りだったのが「もみじ」だ。
輪唱を2人入れ替わったりして学校からの帰り道何度も何度も繰り返し歌った。

夏時期には「かえるの歌」だったね。

楽しかったなあ。

今も彼女は子供相手に良く分からない替え歌を歌っていることでしょう。

(^O^)〜♪

「もみじ」
MUSIC BY 高野辰之 & WORDS BY 岡野貞一,PLAY BY いろんな人



2001年09月21日(金)
小春日和

この頃、関東方面へ縁がある。
私の住んでいるあたりと違って関東は鉄道が張り巡らせてあるのでかなり便利。
人の多いのには閉口してしまうが、電車に揺られる回数が多いのはかなり楽しい。

7月に横浜のライブへ行った。
翌日、今度は横浜から池袋を目指すために電車に飛び乗った。
それは品川に行く電車で、名前は忘れてしまったけど私鉄だった。

窓の外を景色が飛んで行く。
電車の中はエアコンがかかっていて冷たい風が時折ほほをなでてゆく、でも、窓際に佇んでいると夏の陽射しが差し込んでぽっかぽっか陽気のような錯覚を起こしてしまう。
さらに電車特有のガタゴトいった揺れも手伝って・・・・。

あ〜、小春日和ってこ〜んな感じよね〜♪

そう呟いたとたん、「小春日和」の軽快なスリーフィンガーのギターメロディーが頭の中を流れ出した。
まあ、どんな季節でも電車に乗るとこの曲が流れはじめて、いい気分で眠気まで運んでくるのだ。

そういえば、この曲は東京から横浜へ彼女と久しぶりに遊びに行くっていう内容だったなあ。なんて思い出し、ちょっと得した気分だった。

電車を降りるとそこは、やっぱり猛暑だったけどね・・・。

(^_^;)

「小春日和」
MUSIC & WORDS BY 山木康世、PLAY BY ふきのとう



2001年09月20日(木)
風の船

北海道へ行った。目的地は釧路湿原。
私と友人達はそこへカヌーを漕ぎに行くのだ。

友人の四輪駆動に乗って舞鶴まで行き、そこから日本海フェリーに乗って小樽を目指す。
実を言うと台風のため予定は半日ほど遅れていた。
前夜はかなりの風が吹き、臆病者の私は「本当に行けるのかなあ〜」とかなり不安だったが、友人が「何も心配することはない」と笑って言うので、それを信じることにしたのだった。

友人の言葉通り快晴。
私も前日の臆病風はどこ吹く風だ。

30時間も船に乗っているのでみんなバラバラにすごしていた。
私はあんまり天気がいいので、サングラスを掛けて甲板でぼんやり海と空を眺めていた。自然に顔がほころんでくる。

憧れの日本海フェリー

子供の頃によく歌ったふきのとうの「風の船 -海よりも深く-」の船だ!
私は釧路湿原に行くことと共にこのフェリーに乗ってこの歌を歌うことをトテモ楽しみにしていた。

青空の中を大きな雲がゆっくりと流れている。
見渡す限りの水平線の向こうに佐渡島が見えないかと探したが、歌のようには行かなかった。
瀬戸内海を見なれている私にとって日本海はとても深い青をしていて恐い感じがする。でも、北海道近づくたびに空気は乾燥してきてさわやかさを増していたので、わくわくする気持ちの方が俄然大きくなる。

楽しいっ!!とても楽しいぞ〜。

もう甲板の上を飛び跳ねたいくらいの気分。
フェリーは大きくてとても快適。
ぜんぜん揺れないから問題ない!
旅の始まりはいつもわくわくするね。

以来、船に乗ると私はいつもこの歌。

北海道はとても楽しかった。
いろんな思い出が今も心に残ってる。
帰りのフェリーの中で、その思いをかみ締めながら、またこの歌を歌ったことも付け加えて置こう。

o (^O^) o

「風の船 -海よりも深く-」
MUSIC & WORDS BY 山木康世、PLAY BY ふきのとう



2001年09月19日(水)
春雷

子供の頃、月曜日の夜10時から夜のヒットスタジオという歌番組をやっていた。
私の家族はみんな歌が大好きだったのでそんな遅い時間にもかかわらず私はその番組を見ることを許されていた。

ある夜、大きな桜の木をバックに男の人が2人ギターを抱えて歌った。
彼らはふきのとうと言う名のフォークデュオだった。

ドラマチックなエレキギターのメロディーが印象的な曲だった。
メロディーがとても美しく歌詞とあいまって、子供ながら迫り来るものを感じたものだった。TVの中では、桜の花びらが散っていた。

何度も何度も繰り返し歌って、そのたび、サビの部分で涙がにじんだものだった。

それから約20年後、とあるライブ会場のMCでご本人の口からこんな話を聞いた。

実はこのTV出演のとき、作曲者である山木康世さんのお母さんが危篤だったと言う。
彼はそれを隠していたのに司会者の女性がそれを言ってしまいえらく困ってしまったと・・・。
この曲が世に出た頃、ふきのとうはかなり多忙で彼は危篤のお母さんのそばへ行くことがままならなかったという。この曲はそのときの気持ちを歌にしたのだと。

彼は20年経てやっと口にすることが出来たんだな。

「春雷」
MUSIC & WORDS BY 山木康世、PLAY BY ふきのとう



2001年09月18日(火)
夢の生活

それは小学3年生のときのこと。

当時私の家には父の妹に当たる叔母が同居していた。
彼女の部屋はいわゆる納戸と言うやつでとても狭くて暗くて湿気が多かった。

青春真っ只中だった彼女の部屋では、小さなラジカセから流行り歌がたくさん流れていた。
まだニューミュージックになる前のフォークソングだ。
私はそれが聴きたくてよく彼女の部屋に入り浸っていたもんだ。
私の音楽の好みに直接影響していたのはきっと彼女なんだろう。

後から考えて、一番最初に自分の意志で何度も聞いた初めての音楽を彼女は私にくれた。
「もう聴かないからあげる」

そう言って手渡されたのはカセットテープ。
自分で録音したやつじゃなくて売ってたやつ。
(ミュージックテープって言う商品名だったのかな?)
どこか落ち着いた感じの喫茶店の奥に若い男の人が二人左を向いて座っている写真が印刷されている。アルバムタイトルは、『風待茶房』。ミュージシャンの名前は”ふきのとう”。

ラジカセにセットしてボタンを押して流れはじめたのは、とてもやさしいメロディー。
歌っている人の声もやさしくてとてもいい気分になった。
覚えやすい歌詩とメロディーで何度も何度も聴いているうちに全曲覚えてしまった。

子供の記憶力はすごい。

このアルバムの曲は、今でも歌詞カードなしで歌えるもんね。
今同じ量の歌詞を覚えようと思ったらどれだけ時間がかかるんだろう。

まあ、とにかく音楽に関して一番古い幸せな記憶はこれなのである。
特にお気に入りは「風の船-海よりも深く-」と「夢の生活」「みぞれの朝」だったなあ。
この3曲を作ったのが山木康世さんという人なんだけど、なんと20年後に私は彼にこの頃の思い出を話す機会を持つことになる。


人生って不思議なものですね〜♪(BY 美空ひばり大先生)

まあ、それはまた別に機会にするとして・・・。

とにかく、ふきのとうの音楽はその後、特に意識もせず私の中で続いていく、いまもつづいているんだけどね。

今ではほとんど見られなくなった日本の風景やちょっとした日常の風景が歌われていて子供の私にも想像しやすかった。

そういう日常から音楽は多分生まれてくるんだろう。
楽しかったり、悲しかったり・・・そういう事の繰り返しで生まれてくるんだね。

ふきのとうの音楽を聴くとそんなことを考えてしまう。

「夢の生活」
MUSIC & WORDS BY 山木康世、PLAY BY ふきのとう



2001年09月17日(月)
春夏秋冬

私は、大きな会社に勤めている。

入社した当時は、「明日やめてやる」と毎日思いながら暮らしていた。
そんな私もここで働くようになって10数年が過ぎた。
大きな会社で社員は2000人もいる。
年中無休で何かしらプラントが動いて毎日何かを生産している。

社員のほとんどは朝昼晩と交代しながらそのプラントを管理している。
いつも汚れた油の匂いがしていて、でも、生き生きとした顔で働いている。

私はそんな彼らに敬意を払っている。

古いSF映画に出てきそうな鉄で出来たプラントは所々に錆が浮いていたりして何かしら哀愁を感じる。

みんな毎日の生活に精一杯、なにを楽しみとしているのかな。

絶望しているのか。
明日をわくわくしながら待っているのか。

それは誰にも分からない。

でも、生きてるって事はあんがいと単純なことかもしれないね。

「春夏秋冬」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 泉谷しげる



2001年09月16日(日)
真夏の果実

稲村ヶ崎に行った。

冬だったので人影まばらだった。
東京に出張に行ったついでに友人と遊ぶ約束をしたのだ。
鎌倉へ行こうと言うことになり友人と2人、江ノ島線に乗って海を見ながらのんびり揺られる。

「せっかくだから稲村ヶ崎でお昼しよう。」

彼女がそう言うので、一度も”湘南”ってとこに来たことのない私は大喜びでその話に乗った。

そして、稲村ヶ崎駅で下車。

実を言うと私はこの駅の風景を知っていた。
下車してから分かったんだけどね。

吉田秋生という漫画家の「ラヴァーズ・キス」という湘南を舞台にした漫画の中にまさにこの駅をそのまま描いているシーンが登場するのだ。
下車してその風景がそっくりそのままなのでしばし感動してしまった。

”おおっ、ここがあの漫画の舞台なのかあ。”

あまりに忠実に再現してあるのでこの地に対する作者の愛を感じた。

横断歩道を渡り浜辺に行く。
コンクリの上に腰掛けて、おしゃれなサンドイッチを頬張る。
風はあまりなくて穏やかな小春日和だった。

波打ち際を犬が走っていて、私たちに気がつくとゆっくりこちらに接近してきた。

「ん?匂いがあっちまでいったんかね?」
「はははは、そうかもしれんねー」

なんてことを言っていたら、やつは私たちのすぐ側までやってきて無言で私たちを見詰めた。

「悪いけどあんたの分はないよ〜。」

そう声を掛けたのだが動く気配がない。
友人はそばで笑っている。

そのうち飼い主が追いついてきて、恥ずかしそうに私たちに声を掛けるとやつを引っ立てていった。ドライな性格だったのか、その犬はあっさり飼い主と行ってしまった。

お茶を飲みながらしばしぼんやり。

私 「歌でも歌う?・・・やっぱりサザンかね?」
彼女「やっぱりね〜、本場だし。」
私 「あーでも、私、サザンの歌知らん。」
彼女「『真夏の果実』なら歌えるよー。」
私 「おお、じゃあ歌ってくれぃ。」

波の音をBGMにちょっと低めの声で彼女が歌った。

う〜ん、いいじゃ〜ん♪
やっぱ湘南はサザンだね。

なんて和んでいたら、その後予定していた鎌倉は日没がやってきて全部回れなかった。
しょーがないねー、またの機会しよう。

ヘ(´o`)ヘ

「真夏の果実」
MUSIC & WORDS BY 桑田圭祐、PLAY BY サザンオールスターズ



2001年09月15日(土)
Let It Be

今考えるととても幸せな時間。

何年か前、私はあるバンドの荷物運びをしていた。
自分がステージに立つって事は微塵も考えたことがなく、ただただミュージシャンのそばでその日常に触れることがうれしかった時期。

音楽はそれ以上でも以下でもなくただそれだけのもので、それを感じられるのがとても幸せだった。
そのこと自体は今も変わらないけどね。

これはそんな頃の日常の1ページ。
とある小さなライブハウスでその日のライブを終えて打ち上げに流れ込んだときのお話。
その日は、双子の兄弟がバンドと競演した。
私がついて回っていたバンドは女性ばかりのバンドで、O-Kaysと言う。
私の歌の師匠であり人生の師匠でもある八千代さんの率いるアコースティックなバンド。競演した兄弟はその名も山本兄弟と言い、私の好きなふきのとうを思い出させるところがあった。

「あんた、絶対好きっちゃ!」

ライブハウスに向かう道すがら、八千代さんはそう言った。
私はわくわくしてライブを迎えたんだけど、八千代さんの言う通りいや〜いい感じだったのだ。

わいわいがやがやお客の帰ってしまったライブハウスの中で、酒を酌み交わしてそれだけでもとても楽しい。
狭い店内にはちんまりとアップライトピアノが置いてある。
そのうち酔いの回った我がO-Kaysのピアノ弾き、加奈ちゃんがふらふらとピアノの前に座る。三度の飯よりピアノが好きな加奈ちゃんは、さっきからピアノが気になってしょうがなかったみたい。

「男が女を愛するとき!!」

八千代さんがリクエスト。これは、ここのマスターの大好きな曲なんだと八千代さんはわめいている。
加奈ちゃんはへらへら笑いながら弾き始めた。

おお、マスターがギターを取り出したっ!
うっとりした顔でギターを弾いているよ。そのうち彼は目頭を押さえた。

加奈ちゃんは引き続けている。彼女の中からたくさんたくさんメロディーがあふれているらしく聞き覚えのある曲が止めど無くあふれている。
その顔はきらきらしていてとてもきれいだ。

「よしっ、じゃあみんなで歌おう〜。」

八千代さんの合図で、みんなで大合唱が始まった。曲はビートルズの「Let It Be」
私は歌を知らなかったので、椅子に座ってその光景を眺めていた。

信じられない光景が繰り広げられてる。
めいめい楽器を取り出し、深夜を回っているにもかかわらず大音量で歌い続ける。

この時この大合唱に加われなかったことを私はひどく残念に思った。
そして「Let It Be」が私の歌えるレパートリーに加わったのだ。

ひとりこのメロディーを口ずさむとき、私は今でもこの時の気持ちを思い出す。

「Let It Be」
MUSIC & WORDS BY( --sorry unknown-- ) ,PLAY BY BEATLES



2001年09月14日(金)
When I Cry

「孤独の万有引力っていうのがあってね・・・」

もう充分酔っ払っている彼はいきなりそう言った。
正直何を言っているんだろうと困惑したのだが、とにかく私に何かを伝えたいんだなと言う気持ちが伝わってきたので、次の言葉を待っていた。

初めて会ったとき、私は彼に彼のデビュー曲に出会えたおかげで今の私があると言う感謝を伝えた。

「あの曲は、特に何も考えずに作った曲だから、そういうふうに思って聴いてくれた人がいたなんてうれしいなあ。」

感謝したいのは私の方だったので、彼のその言葉に驚いたことは言うまでもない。
と共に彼の懐の深さを垣間見た初めての会話だったので、私の大切な大切な宝物だ。
これは棺の中まで持っていくんだもんね。

多分、彼はそのことを覚えていたのだと思う。(勝手な思い込みでもいいんだ!!)

孤独は引き合うものだから、それを知っている人同士は何かしら通じることもあると思うんだ。というようなことを話してくださった。
酔っ払いの彼は、口調がいつも以上にゆっくりしていて間延びしていたけど、とにかく一生懸命はなしてくださったことはよく伝わってきた。
そして最後に彼は、ぜひ谷川俊太郎さんの「孤独の万有引力」を読んでみて、と付け加えた。

後日、それはタイトルではなくキーワードで、本当のタイトルは「二十億光年の孤独」だと言うことが分かった。

「When I Cry」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 鈴木雄大



2001年09月13日(木)
太陽の匂い(3)

私の左隣に座っていた人が興奮した私をなだめてくれる。

「う〜ん、私も初めて雄大に会ったときはこうだったよ〜」

柔らかい関西弁でそう続けた。
彼女は私の中学以来の大親友にそっくりだ。
後日、彼女と映っている写真をその友人に見せたところ「この人なんか知ってる気がするなあ」なんて言ったので思わず吹出してしまった。

「せっかくなんだから話をしてきなさい。」

彼女はそう言って私を雄大さんのところまで引きずって行った。

「い、いや、いいんです!ここで見てるだけでいいんですぅぅぅぅぅ。」

という叫びもむなしく(?)引っ立てられた私。
でも、後から彼女にはものすごく感謝したのは言うまでもない。

ありがとうっ!

雄大さんはほろ酔い加減でしたが、私が涙で詰まって最後まで言えなかったことを聞いてくださった。
それを切っ掛けに遠巻きにしていたほかの人達もやってきて、みんなでわいわい話をした。雄大さんは、どんな話も楽しそうに加わってきて興味深げに聞いていた。

あっという間に温かい空間が雄大さんの周りに出来上がってしまう。

私もいつのまにか緊張が解きほぐれて、いつもの調子で喋り始めていた。

”なんてすごい人なんだ・・・!”

雄大さんは彼の作る歌の通りの人だった。

一番新しい曲「太陽の匂い」が、娘さんと遊んでいて出来た曲だと言うことを嬉しそうに話してくれた。

「ある日、娘と遊んでいたらね。お布団を干した匂いがしたんだ。」

う、うわ〜。すごい!
日常をこんなすてきな曲にしてしまえるなんて!

「素敵な曲ですね。」

誰かが言った。
にっこり笑って雄大さんは再び。

「でしょ?僕もそう思う。」

あああっ、やられたっ!
私はそういう雄大さんこそ”太陽の匂い”のする人だと思った。

何もない場所を何もいらない場所に
いつのまに変えてゆく人


「娘さんによく歌ってあげるんですか?」

私がそう尋ねるとちょっと考えてから。

「うん、そうだね。歌うねえ〜。」
「いいですね〜、普通お父さんはあまり歌を歌ってくれることはないですから、大きくなってからすごく楽しい思い出になりますね。」
「え?そうなの?お父さんはあんまり歌わないのかあ。」

後から思い出して一番印象的だったのはこの会話だったかも。
娘さんを膝に抱えて一緒に歌っている雄大さんを想像して感動してしまった。

その夜、話は尽きることがなかったけど、やっぱり何事にも終わりは来るのだ。
みんなで雄大さんを見送る。
彼はタクシーの中からみんなに向かってぶんぶん手を振ってくれていた。

私も翌日の仕事を休むわけにはいかないので、心残りはあったもののすがすがしい気持ちで帰路に着いた。

帰り道、なぜかべろべろに酔っ払っていた友人が言った。

「あんたら、み〜ぃんな、目がきらきらしてええ顔しちょッたよ・・・。」

「太陽の匂い」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 鈴木雄大



2001年09月12日(水)
太陽の匂い(2)

今回の公園らイブの主催者の人はたかさんという人だ。
打ち上げはたかさんのおにいさんの営む小料理屋。
車で出かけていた私は場所を聞いてそこへむかった。

20数人が集まっていて二階が貸し切り。
ずいぶん遠くから新幹線でやってきた人もいた。
みんな雄大さんの歌をこよなく愛している人ばかりなので、初めて会ったのに話が弾んでいた。楽しく話しているうちに雄大さんが到着。

そのとたん私は緊張してしまい、何も喉を通らなくなってしまった。
恥ずかしくて顔も上げられない。

雄大さんは少し恥ずかしそうに入ってきて、中央に鎮座。
暫し歓談のひととき。
雄大さんはこっちを見ているわけじゃないのに恥ずかしくて顔が上げられない。
みたいのに見れないジレンマで内心あたふたしていると、マネージャーの方が信じられないことを行った。

「じゃあ、自己紹介を・・・。」

えええっ!?なぜ?
打ち上げとは言っても私は部外者関係ないはず〜。
そんな自己紹介だなんて。・・・しかも2番目だよ〜っ!

どきどきどきどきどきどきどきどきどきどき・・・・。

一番手になってしまった一緒に来ていた友人が喋ってるけど、私はどうすればいいのか分からなくなっていた。

あああっ!回ってきちゃったよ〜。
立ち上がろうとするんだけど、足が震えてうまくいかない。
隣りに座っている人が手を貸してくれて、やっと立ちあがれる。

喋り始めたけど、声が上ずってくるのが自分で分かる。
そのうち、いっぱいいっぱいになって・・・・・ああっ、やっちまった。
・・・泣いてしまって最後まで喋れなかった。

雄大さんに伝えたいことがあったのに。

自己嫌悪。

雄大さんに出会ったら、自分がどんなふうに喋るなんてか想像したこともなかった。
だって、彼はずっと向こうの世界にいて私がいるこの世界とは違うところにいるんだと思っていたから。神様と言っても過言ではないんだから。

順々にみんなが熱弁を振るっている。
でも、私は自分がした失敗のことで頭がいっぱい。

ああっ、もう恥ずかしくて雄大さんと話せないや。
ますます落ち込みつつ、ちらちら雄大さんを盗み見ては・・・。
”でも、そばにいるってだけで幸せだなあ。”

そんなことを考えていたら、左隣の人が話しかけてきてくれた。

「ほらほら、たくさんあるんだから、食べなさい。」
「い、いや、胸がいっぱいで何も喉を通らないんです〜。」

「おお、なんか初々しいなあ。」

ちょっととぼけた感じの彼女は私の友人にそっくり。
そして彼女は、もう終わった気でいた私にまたもや夢の時間を与えてくれた。

・・・またまたつづく。

(T△T)


「太陽の匂い」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 鈴木雄大



2001年09月11日(火)
太陽の匂い(1)

私の中でずっと重要な位置を占めていたにもかかわらず、実体を持っていなかった音楽がその日現実になった。

きっかけは久しぶりに覗いたあるHPの掲示板


××月××日
○○公園の△△橋付近にて
鈴木雄大さんの出前ライブを行ないます!

ここって、隣りの県のあの有名な公園じゃない!
私はさっそく主催者にメールを打つ。
折り返し届いたメールには詳細な案内が・・・。

おおっ、これは面倒くさがっている場合じゃないぞ〜。

同じく雄大ファンの友人を引き連れて当日公園に。
道中、車の中は大騒ぎ、同行の友人はあきれてものも言えなかったようだ。
なんてったって初恋の人に初めて会うんだもんね!
ぐふふ。

指定通りの時間に指定通りの場所へ。

初めてこういうものに参加するので知っている人なんていない。
路行く人はみ〜んな自分と同じ目的のような気がしてくる。

きょろきょろどきどき・・・。
本人を目にするまでは信じられないよぅ!!

あ、看板持ってる人がいるぞ。
もしかして、すごく内輪の集まりだったのかなあ。
ちょっとした疎外感を感じて、ひいてしまいそうになる。

しかし!雄大さんの歌を聴くためだったら我慢するぞ〜なんて事を考えていると主催者の方が来られた。
ああ、この人が雄大さんを呼んでくれたのね〜。
ありがたや、ありがたや・・・。心の中で手を合す。

「あ!あそこあそこ!!」

誰かが指差す方向に・・・あああっ!雄大さんだー!!

生まれて始めてみる”動いて喋って”いる鈴木雄大・・・。

十数年を経て初恋の君と初対面。

感動のあまり言葉が出てこないっ。
それまで考えていた余計なことはすべてその瞬間に忘れてしまっていた。

想像していたよりも背が高くて、ほっそい体をしていてびっくりした。
でも、出てきた声は昔ラジオで聞いたそのままの声だった。
世界的に有名なこの公園のベンチに座って、雄大さんはゆっくりとギターのチューニングを始めた。みんなその前に膝を抱えて座ってわくわくして待っている。

私も最高潮まで達した鼓動の音で、雄大さんの第一声が聞こえなかったらどうしようと不安になりながら雄大さんを凝視していた。

マイクなしで雄大さんはゆっくり歌い始めた。

セットリストなんて覚えてない。
目の前で雄大さんが歌っていることが私にとっては奇跡だったので、とにかく彼の歌がラジオで聴いたときと変わっていないことに感動していた。

声だけが今も耳に残ってるんだ。

あっという間に夢のような時間は終わってしまった。
主催者の人にお礼を言いに行く。

「これから、打ち上げをやるんでどうですか?」

えええっ??まじですか?

夢の時間はまさにこれからだった・・・つづく

┐(´ー`)┌

「太陽の匂い」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 鈴木雄大



2001年09月10日(月)
ダンデライオン

あんまり空がきれいなので、朝から涙がこぼれる。

車を運転しながら目にゴミが入った振りをする。
毎朝同じ道を運転しながら車の中は私だけの宇宙。

今朝の音楽は、BLANKEY JET CITY

一瞬、もう何年も彼らの音楽しか聴いていないような錯覚に陥る。
今はもう完全に聞き取れるようになったベンジーの歌が、私の気持ちを揺すった。

まいったなあ。

就職してから私はぜんぜん変わっていない。
変われることが出来ていたら、もっと楽に生きていられるはずだ。

な〜んて答えのでない問答をやってしまう。

車を降りる時、一瞬躊躇する。
見たくもない現実が今日も繰り広げられることへのかすかな失望感が一瞬現われて消える。

だけど行かなくちゃ、これが私の生活だから。

「ダンデライオン」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年09月09日(日)
たそがれ

私の住んでいる街はどこかにあるかなりさびれた街。

だけど駅までの道には立派な街路樹が立ち並んでいて、秋になるとそれがいっせいに黄色く色づいてそのさまはとても美しい。
冬になるとその街路樹には電球が巻き付けられ、たちまちツリーの出来上がり。
12月のクリスマス直前から年末にかけて街を照らす。

お祭りだってある。

その日のために選ばれたカップルが寒い冬の夜お祭りに訪れた人たちの前で永遠の愛を誓う。
その光景を照らすツリーはなかなか美しく今じゃ隣りの県からもたくさんの人が見物に来るくらい有名になった。

私はそのメインストリートの北の外れに住んでいる。
生まれたのはこの街の大きな病院だったが今はもうない。
育ったのは隣の小さな町だったけど。

今住んでるこの街は映画館があり、小さいけどかっこいいライブハウスがある。
私は子供の頃、この街に住んで生活したいとずっと憧れていた。
とりあえず今、夢は叶ったね。

でも今は私が育った町の方が活気にあふれている。
大きなショッピングモールが立ち並び、その一つには7つのスクリーンを持つ映画館が出来た。

今住むこの街のかつて私がわくわくしながらその扉を開けた大きなスクリーンの映画館は今はもう廃虚になってしまった。ETもトトロもあの映画館で見た。
高校生の頃、友達や先輩とみんなで見に行ったアニメ映画もあの映画館で見たのに、今はもうない。

初めて見た洋画は「スターウォーズ」だった。
ハリソン・フォード演じるハン・ソロ船長がカッコよくてね〜。

大ヒットした洋画はほとんどその映画館にやってきた。
今では考えられないが、都会ではそれぞれ料金を出さなければ見れなかった人気映画が2本立てで1回の入場料だった。

学生のころ、妹と2人12月1日の映画の日には入場料が千円になるので映画館を梯子したりした。

1日係りだったがとても楽しかったのを覚えている。

洋画ばかり上映するその古い映画館も今はビジネスホテルになってしまった。
今でもこの街には映画館があり、入れ替え無しで映画を見ることが出来るけど、めっきりお客は少なくなった。

私は今、あの頃憧れていた街に住み生まれ育った町に遊びに行っている。

それはかなり不思議な気分。

「たそがれ」
MUSIC & WORDS BY 小田和正,PLAY BY オフコース



2001年09月08日(土)
月の祭り

A-Bandのライブが終わってしばらくすると、見慣れないおじさん達がセッティングを始めた。譜面台にGOT'Sと書かれた楽譜がおかれてる。

GOT'Sは博多から来たおじさん達。アマチュアのバンドなんだって。

アマチュアミュージシャンは、どこへいってもすごい人がいるもんだ。
ライブをする機会がかぎられているので、なかなかお目にかかれないかもしれないけど、街のちょっとしたお祭りなんかは、覗いて見るのをお勧めする。
掘り出し物の渋いミュージシャンが歌っているかもしれないから。
プロじゃなくてもいい音を出す人が世の中には伍萬といるんだ。

ボーカルの人は西岡恭蔵さんの大ファンらしい。
西岡さんを蔵さんと呼んでいた。
選曲のほとんどは蔵さんの曲で何年か前私が聴いた曲が多かったように思う。
人柄がよく分かるやわらかい歌を歌う人だ。
サイドを固めるギタリストも、見た目は津川雅彦に似たちょっと恐い感じの人だけど、やさしくやさしくギターを弾いていて、静かにしていないとその音を聞き逃しそうになるくらいだった。

「月の祭り」が始まった。
そのとたん、西岡さんが歌うのを鮮明に思い出した。

ああ、あの時一番いいなあと思ったっけ。

人の記憶って面白い。
なんでも順番に思い出すわけではない。
私は特にそんなことが多くて、この時も突然フラッシュバックした。

落ち着いたいい感じの時間がゆっくり流れている。
いつまででも聴いていたいなあ。

でも、やっぱり終わりはやってくるんだよね。

めったに聴けないいい音を聞けてとても幸せな夜だった。

山さん、また呼んでね。

2001.09.01(SAT) A-Band&GOT'Sライブ(at Jack Blues)
「月の祭り」
MUSIC BY 西岡恭蔵、WORDS BY KURO、PLAY BY 西岡恭蔵



2001年09月07日(金)
プカプカ

"フォークソングのライブをするので友達を誘ってきてね。"

久しぶりに山さんからメールが来た。

山さんはこの街で私が一番好きなギター弾きだ。
とにかくギターが大好きでお酒とギターがあれば一日ご機嫌なおじさんである。
面白いライブをするときはいつも声を掛けてくれる。

フォークソングは大好きだ。
子供の頃、ラジオからたくさん流れていて耳にたくさん残っている。

今回は、どんなライブなのかなあ。
山さんは何も教えてくれなかったので分からないままJack Bluesへ向かった。

Jack Bluesは、この街にあるもう一つのライブハウスだ。

プロ指向のBoogie Houseと違って、楽しく音楽をやりたい人はだれでも出演する事が出来る。ここのマスターもミュージシャンで、月に1度はライブをやっている。
Boogie Houseで出会ったたくさんのミュージシャンにここでも会うことが出来る。

今日、山さんは、A-Bandで出演するという。

ラッキー!!

このバンドのボーカルは荒木さんと言う渋いおじさん。
吉田拓郎を歌わせたらこの街で右に出る人はきっといないだろうなあ。(と私は密かに思っている。)
この街で"五番街"と言う飲み屋をやっている。
気分がよければ、ギター爪弾きうたってくれるんだ。
機会があったら行ってみて。

ベースは、私の師匠である島村さん。
ドラムスはガッチャン。お嫁さんが見に来ていたね。

今日の選曲は、吉田拓郎と西岡恭蔵。

ちょっと不思議な取り合わせだなと思ったけど荒木さんはなんでも自分の歌にしてしまうので、違和感はなかった。

西岡恭蔵さんは、昔、大塚まさじさんとディラン兇箸いΕ侫ークバンドを組んでいた。私はその頃リアルタイムで聴いていないけど、TVの番組なんかでその映像は見たことがある。
数年前、ラッキーにもこの街に2人揃ってやってきたことがあり、ライブを聴くことが出来た。

だけど、その1年後に西岡恭蔵さんはこの世を去った。

翌年に同じ企画のライブに有山淳司さんと元優歌団の木村充揮さん(ユニット名はその名も”有山くんと木村くん”だった)がやってきて、彼の名曲「プカプカ」を歌ったときには涙があふれてしまった。ちゃんと西岡さんの名前を歌詞の中に入れていたので・・・。
そして、その「プカプカ」を今夜は荒木さんが歌った。
「プカプカ」は私にとっても思い出深い曲なのでなんだか涙があふれてきた。

今夜の山さんはギターが冴え渡っていた。
なんとも言えない表情で首を振りながらギターをつま弾いてる。
島村さんとガッチャンがしっかりリズムをキープしていて、荒木さんのバッキングもすばらしい。山さんは好きなようにギターを弾きまくる。

久しぶりに楽しそうな山さんを見た。

ライブが終わって、PA前に陣取った山さんは幸せそうな顔をしていたんだ。

彼は練習なんてしないって言う。
「好きな曲を好きなだけ毎日弾いているだけだもんね。」

などと涼しい顔をする。

そういう山さんを私はかっこいいと思う。

2001.09.01(SAT) A-Band&GOT'Sライブ(at Jack Blues)
「プカプカ」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 西岡恭蔵



2001年09月06日(木)
Black Jenny

TVの前で生中継のライブを聴く。

これってとっても変だよ。

今日もそう思いながらTVに釘付け。
もっとも、お茶の間で見るときには録画OKっていう特典があるんだけどね。
私の前にはちゃぶ台があってその向こうにある24型TVの中では今まさにライブ前の緊張感がみなぎっている。
部屋は明かりを落としTVの音をミニコンポから出力。
これで一応4スピーカー♪
準備OKってとこかな。

SHERBETSのリーダーでボーカルの浅井健一(愛称ベンジー)は、TVの生中継ライブが苦手のようだ。
いままで見た中継で「最高!」と思ったことは一度もなかったので、今回もそんなもんだろうと高みの見物気分。

お約束のSE「over the Rainbow」が流れはじめ、真っ暗な中に人の気配がし始める。

静かな感じの「人がわからないよ」が始まる。
そういえば、夏のツアーもこれで始まったなあなんて思い出す。

ベンジー。
細いブラックジーンズと黒いシャツ。
頭は最近かけたというパーマがくりくりになって、褪色した茶色い髪の毛に赤いライトが透けてこの世のものとは思えない。(これがホントのスパゲッティヘア?)
今日はめずらしくきれいに髭をそってる。
顔立ちがもともと子供っぽい彼は髭をそってしまうときれいな顔をしていて、きっと彼が愛する”星の王子さま”はこんな顔なんだろうなと思わせてしまう。
いつもオープニングは大きなサングラスを掛けて登場する。
今日はいつもと違うサングラスだね。

時折光る結婚指輪だけが、彼はただの人間だって事を証明している。

・・・なんて、ベンジーの様子をぼんやり観察しているうちに曲が終わった。

「Let'S Party!!」

いつものベンジーのコール。
会場が沸き立ちパーティーが始まる。
会場は興奮の坩堝と化して行く。
狭いスタジオの中のお客が押し合いへし合いベンジーに近づこうと飛び上がっている。
それはいつも繰り広げられる光景で別に何てことない風景だ。

ベンジー、声の調子はいまいちだけどギターは冴え渡っていた。

彼のギターはキチガイじみてる。

このバンドの前に在籍していたBLANKEY JET CITYでも、そのキチガイ度は度を越していたが、留まるところを知らない彼のギターは聴くたび違う表情を見せる。

彼のメインギターはグレッチのテネシアン。

セミアコースティックギターというやつ。
ワインレッドの大きなボディーで、痩身のベンジーが持つとより一層大きく見える。
話によるとチューニングがすぐ狂うんだってさ。
エフェクターは使ってるらしいんだけど、ベンジーは音をあまり加工しない。
生音っぽくて、どの曲でもいつも同じ音を出す。

そのせいだろうか。
どんなに小さい音でも聴こえてくれば「おお、ベンジーだ。」と分かってしまう。

技術ではなくフレーズで聞かせてしまうタイプのギタリスト。
メインボーカルをとりながら、まったく違うメロディーをギターから紡ぎ出してしまう彼は、普通じゃない。

彼のギターは毎回、音楽はテクニックじゃないんだぜって言ってるみたいだ。

無表情で1曲1曲を終えていくベンジーを見ていると今日もまたあまり楽しくないのかなと感じる。
時折見せるカメラ目線がやけに冷たい。
TV中継はだからいけない。
その場にいれば雰囲気で楽しいかどうか分かっちゃうのにTVだと空気がわかんないんだ!
アップで捕らえられているベンジー。
ふっとした瞬間に笑顔が。

おおっ!楽しいんじゃん!

それが分かったとたんに私のボルテージも上がっちゃう。
それからはひとり部屋の中で踊りまくりうたいまくり。

ライブは最高潮に達しておなじみの「ジョーンジェットの犬」が始まる。
多分これが今日のラストソング。
ぐいぐいテンションが上がって、スピードもアップしている。
こんな早いリズムでよく弾けるもんだ。

「自分の国を愛そうぜ。」

ベンジーの声が響き渡った。

やられたっ!

いつもこの男はたった一言で会場に火を付ける。
もうそんなこともどうでもいいくらい私もTVの前でヒートアップ。
曲が終盤に向かいいきなりブレイク。
そしてもう一度エンディングを繰り返してライブは終了した。

夢のような映像のその部分だけがやけに生々しく残った。
ベンジーの結婚指輪と同じくらい。

”自分の国を愛そうぜ”

その言葉が耳の奥でリフレインしている。

2001.09.04(TUE) SHERBETS LIVE (SSTV "LIVE SHOWER PHANTOM")
「Black Jenny」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAY BY SHERBETS



2001年09月05日(水)
黒い宇宙

S氏の夢を見た。

どこかの街へ彼に会いに行った。
どことなくよそよそしかったけどとりあえず私は彼と再会した。

もう顔も思い出せないはずなのにS氏だって分かった。
昨日、思い出しながら彼のことを書いたせいだろうな。

彼と最後にあってからもう10年はたっているから、私はかなり変わってしまった。
彼は、年を取らないのでいつまでも最後にあったときのまま変わらない。
変わってしまった私をS氏はよく分かったなあ。

なんて、夢だもんね。

な〜に話したっけ?

今朝のことなのにもう思い出せないや。

夢の中のS氏は少し困ったような顔をしていたなあ。
何か言いたかったのかもしれない。

目が覚めたとき不思議な気分だった。
うれしくも哀しくもなかった。

ああ、S氏だったなあ。
そんなようなことを思っていた。

この頃、S氏のことをよく思い出すんだ。

「黒い宇宙」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一,PLAY BY BLANKEY JET CITY



2001年09月04日(火)
あなたに逢いたい

その日、いつもと変わらず車を走らせていた。
ふと前方のバス停に目をやると近所に住んでいる友人が立っていた。
私は車を止めて彼女を車に招き入れる。

「ひさしぶり、元気そうね。」
「まあ相変わらずだけど」

ふと思い出したらしい彼女は少し躊躇しながら話し出した。

「S氏が亡くなったって。」

突然の報告に私は狼狽を隠せなかった。

それより数年前、彼女と私は隣県の短大に先輩後輩として在籍していた。
同じアパートに住み同じ喫茶店に常連客として通っていた。
喫茶店の名前は、オン・ザ・ロード。
オーナーは浜田省吾ファンで、店ではいつも浜省の歌が流れていた。
雇われマスターは山本コータロー似の痩せた人だった。
マスターは3人兄弟の長男で、常連客には彼の弟2人もいた。
S氏はマスターの一番下の弟だった。

私は彼に一目ぼれをした。

彼に会う前、マスターがきっと気が合うよと言っていた。
その言葉通り初めて会った日にいきなり意気投合して楽しかった。

デートなんてものをして、毎日のように電話して・・・。
私も人並みのことはやっていたんだなあ。

4歳年上のその人は私から見ると充分大人だった。
今はもうとうにその人がなくなった歳を越してしまったけど。
彼の写真さえ残っていないので今はもう覚えているのは声だけ。
それももう薄れかけている。
数少ない思い出の品といえば、彼が真ん中のお兄さんと旅行に行った先で買ってきた小さな鏡と、南義孝のカセットテープとホワイトデーのお返しに貰ったオルゴール。
オルゴールの曲は「イエスタディ・ワンスモア」
一番好きな曲なんだと彼は言っていた。

私があまりに幼すぎたためその恋は成就しなかった。
だけど、先輩から彼が私のことを心配していると聞いたので、いつか街で出会ったときには笑って声を掛けたいとずっと思っていた。

「久しぶり〜?元気〜?」
「うんっ!元気でやってるよ!」

だけどもう、どこかで彼に出会うことは二度となくなってしまった。


「あなたに逢いたい」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 鈴木雄大



2001年09月03日(月)
不良少年のうた

彼らの音楽を初めて聴いたのはもう8年くらい前。
長い付き合いの友人の家に遊びに行った時だった。

「めちゃめちゃかっこいいバンドなんだ」

友人はそう言ってビデオを流し始めた。

その時見た映像と音楽を忘れることはないだろう。

それほど衝撃的だった。

金髪リーゼントの男、ロングヘアーの男、上半身裸の身体には刺青、ナイフの傷。
始まったとたんに倒されるカメラ。
ベースの男は何か叫んでマイクスタンドを投げ捨てた。
観客はわめきながら波打っていて、時折誰かの足が逆さに移ったり、ステージに上がったとたん失神した女の子がステージ上のスタッフに抱きかかえられて連れ去られたり・・・。

瞬間なにが何やら分からない。

そのくらい音は塊で飛んできて、頭の中を不協和音で殴られたような衝撃を感じた。
とても居心地が悪い。
大きすぎて飲み込むことが出来ないんだ。

ギターの男は歌いながらギターでまったく違うメロディーを弾いてる。
ドラムスの男は4つしかない太鼓から休みなくリズムを繰り出してる。
そのリズムはよどみなく絶えまない。

私の知らない世界がそこにあった。

深夜、すでに意識がもうろうをしていた私はあっという間にその映像に釘付けになった。
これはいったいなんなの?

心拍数が上がっていく。
でも、今は足を踏み入れてはだめだと危険信号が点滅した。
だからその時、強烈に印象に残っていながら私はその音楽を受け入れることを拒んだ。

2度目に彼らの音楽を意識したのはそれから半年後。
あるミュージシャンのライブ開場。
彼はバックミュージシャンの一人をこう紹介した。

「BLANKEY JET CITYの浅井さんのソロワークスに参加している人です。」

そのとたん奇妙なひらめきを感じてしまった。
ライブから帰って数日後、私はCD屋で浅井さんのソロワークスであるSHERBETというバンドの『セキララ』というアルバムを手にとっていた。

浅井さんはこう歌っていた。

・・・思い出は雪だから 透き通った水に返ってゆくだけ・・・

強烈にこの男の世界を覗いてみたいと思った。

そしてBLANKEY JET CITY。

一番最初に手に入れたのは、デビューアルバム。
彼らの音楽の虜になるのに時間はかからなかった。

知り始めてみると”恐い”という形容がこのバンドにはよく使われていた。
でも、実際流れてくる音はとてもピュアで、意識し始めると病み付きになっていつまででも聞いていたくなるような音だ。

小細工がまったくなく、それまで知っていた表現では、私には彼らの音楽を表現できなかった。
技術的に特別うまいわけではなく、歌だって稚拙で正直すばらしいっ!とは言いがたい。歌詞なんてまったく聞き取れないし。

なんでこんなに惹かれるんだろう。

分からないまま聞き続けているうちに、BLANKEY JET CITY中毒になっていた。

「不良少年のうた」
MUSIC & WORDS BY 浅井健一、PLAYER BLANKEY JET CITY



2001年09月02日(日)
ミュージック・アワー

日曜日の朝。

目が覚めたら、ラジオのスイッチを入れる。
私はもう長いことこれが習慣。
TVも好きなんだけど休日の朝にTVのスイッチなんか入れると一日心を奪われて前夜計画したことがまったく台無しになってしまう。

う〜ん、それはそれでゆっくり出来ていいけれど、やっぱり少し損した気分になってしまう。

だからラジオ。

ラジオはDJがお構いなしに喋り続ける。
勝手に選曲し流している。
だから私も勝手にする。
勝手に顔を洗い、洗濯機を回し、掃除機をかける。
朝食を作って食べ、コーヒーを入れ、そして洗いあがった洗濯物を並べて干していく。
その間ラジオは、私に向かって喋り続けるし音楽は流れ続ける。
私は時折、吹出してみたり大笑いしたり、洗濯物のしわを伸ばしながら。
振り返って文句言ったりして。

家事ははかどり気分も上々。
天気もいいので今日は自転車で街まで行ってみることにしよう。
とりあえず ラジオはまた後で・・・。

こんな平凡な休日を私は愛している。


「ミュージック・アワー」
  MUSIC & WORDS BY (--sorry unknown--) ,PLAY BY ポルノグラフィティ



2001年09月01日(土)
風のBluse

自転車を走らせてBoogie Houseへ。
早く行かなくちゃライブが始まっちゃう。

今日は、五十一(ISOICHI)さんのライブ。
と言っても、初めて聴く音楽なんだけど。
先週のライブでマスターが「なかなか味があるよ」と言っていたので、とても気になってた。

汗を掻きかきドアを開けるとなーんだ、まだ始まってない。
地元のアコースティックブルースバンドが演奏していた。
胸をなでおろしつつビールを注文。
カウンターに腰を下ろす。
そのとき、カウンターの一番奥にいるおじさんと目が合った。

あれ、初めてみる人だなあ。

まあ、ライブに行くといつもはじめてみる人ばかりなんだけど、そのおじさんはなんだか気になったんだ。

地元のバンドは、なかなかよかった。
でも、2本のギターのチューニングは出来れば合わしておいてね。
何度かライブを見たバンドだけど、だんだんよくなってる。
あ、彼らのバンド名は、”よたよた”なんだそうな。

お客さんのほとんどは、彼らの友人のようだ。楽しそうにライブを見てる。
なかなかいい雰囲気だね。

でも、早く五十一さんの音を聴きたいんだ!

彼らが引けるとマスターが椅子をひとつ用意した。
そこにカウボーイハットをかぶった男の人が・・・。

あれ?あのおじさんじゃん!

そう、カウンターの奥に座っていたおじさんが今日の主役の五十一さんだった。
ぜんぜん別人みたいだ〜。

うひょ〜これは第一声がすごく楽しみだぞー。
ギターは3本。そのうち1本はドブロだ!おおっ!

出てきた音はなんだかとても懐かしい感じがした。はじめて聴くのにさ。
あれ・・・、このメロディーは・・・。

「アメージング・グレース」だ!

カントリーっぽい感じのアレンジで、ぞくぞくっとした。
流れてくるメロディーはやさしくてあったかくて乾燥している。
楽しそうのギターを弾く五十市さんは、カウンターの奥で身を潜めていたおじさんとは別人だ。きらきら輝いててかっこいい。

言葉は全部日本語で、意味がとてもわかりやすいんだ。
元もとの意味なんて大して考えなくていいと後で五十市さんは言った。
自分が感じるままに言葉にしてしまえば、自分の曲になるんだよってね。
マスターと話している五十一さんの言葉はいちいちかっこよくて私はどきどきしながらその話を聴いていた。

私は関西のフォークソングを思い出していたんだけど、彼が大好きなのは、ライ・クーダーやランディー・ニューマン、トム・ウェイツ。
ライ・クーダーもトム・ウェイツも名前しか知らないや。
そう言うと五十一さんはぜひ聞いて見るべきだと彼らの一番よいアルバムの名前をメモしてくれた。
ふふふ、また新しい音楽を手に入れることが出来る。

いつもなら、ライブが終わったらすぐに帰るんだけど、その日は深夜まで彼らの話に耳を傾けていた。来年も五十一さんは来るよと言っていた。
来年かあ・・・、待ち遠しいなあ。

2001.08.17(FRI)五十一(at BOOGIE HOUSE)
「風のBluse」
MUSIC & WORDS & PLAY BY 五十一