Dynamite徒然草
Dynamite徒然草

2002年12月31日(火) 年越しソバにどん兵衛はヤバいだろーおい。

「年越しに、どん兵衛」

昔は山城新伍と川谷拓三が、
年末になるとよく出てきてこんなこと言ってましたっけ。

正月になるときまってエンドレス流れてくるのが、
「おせちもいいけどカレーもね」
っていきなりククレカレーかよ、おいってCMです。

「お正月を、写そ」ってフジカラーは、
最近またリメイクされて出てきましたね。同じメンツで。

でも、やっぱり大晦日のソバは、
カップ麺じゃヤバいでしょう。せめて生麺タイプでお願いします。


ってなことで、
皆様今年も一年無事に過ごせて何よりです。

そして勢い余ってバカな企画を背負ってしまったこのサイト、
閉鎖せんですむようにダイエットのほうも気合い入れてがんばりますので、
どーかひとつ

来年もよろしくお願いいたします



2002年12月30日(月) お参り

今年一年の感謝の気持ちを込めて、
高塚地蔵尊にお参りにいってきました。

大きな災いもなく今年一年過ごせたことに。
息子も大病や事故にあうことなく育ったことに。
たまに夫婦ケンカしつつも仲良くいられたことに。
感謝。


おみくじは中吉でした。
先祖の加護に感謝するようにとありました。


あーんど、
皆様にも感謝。

今年の一月に始めたこの日記も、
無事に年をこせるようでございます。

共に白髪の生えるまで。(既に生えてることはこの際無視して)



2002年12月29日(日) 餅つき

今日は餅つきです。

・・・いえ、正しくは「餅つき機が餅をついているのを横目にお茶を飲む会」です。


兄貴の家が昨年餅つき機を購入したので、
昨年から正月の餅は「餅つき機」まかせってことになりました。

お鏡餅も安上がりですな。
親族に一台餅つき機って感じです。

機械が勝手に米を蒸し、
勝手にぺったらぽったらついてくれて、
できあがったらピーッと教えてくれるので、
あとは皆で好きに丸めるだけ。
姪っ子と甥っ子は粉まみれ。

そーいや私が子供の頃は、
おばあちゃんの家の玄関先で、
臼と杵で毎年餅つきしてましたっけ。

親戚一同集まって、
次々と蒸された米をつきあげていったもんです。

便利な時代になりました。

そうそう、
姪っ子に「餅とり粉を顔に塗りつけて、たくさん粉が顔についた人は来年幸せなるっていう”もちとり粉占い”ってのがあるとよ。やってみー?」とウソ八百を教えてきたのは、叔母の私です。



2002年12月28日(土) おせちを全部手作りする人はエライと思う。

つまり、昔のおかーさんはエライと思う。
んっとに。
まったく。

ウチは今年もなじみの料理屋さんに頼みました。
まったくもって他力本願です。

おせちだけじゃなんなので、
がめ煮(筑前煮)くらいつくろーかってことになりました。
レシピはマヒナ父につくってもらいました。
頭はマヒしてないのでありがたいことです。
数の子も父のレシピで母につけてもらいます。はい。(結局他力本願)


あとは買ってきたものでよろしかろうかと。
これで慌ただしいだの忙しいだのといってる嫁もどーかと思われますが、
それでもいろいろやることあって慌ただしいのです。

つーことで、
昔はなんでも手作りしていたかーさんたちはエライ。偉すぎる。



2002年12月27日(金) 年の瀬は慌ただしい。

年の暮れですよー。
忙しいです。
つーか慌ただしいです。

重たいモノの買い物(調味料類)
おおまかな掃除は完了。
お飾りも購入。

でも日常の洗濯も料理もありーので。
あーお正月よりクリスマスのほうが楽だったよーと、
思いつつ、そーいやまだツリーかたづけてねーぞ。

・・・・・・とっとと片付けます(T-T)



2002年12月26日(木) 年の差夫婦でうらやましーのかこの野郎。

夫は買い物好きです。
今朝もはよから「買い物いこーよー」といいまくるので、
てっきり年末の買い物かとおもいきや、
自分の洋服だそうで(笑)

息子とおそろいのバジャックでニットのジャケットを購入。
そーとーお気に入りになった様子。
ここまで息子とおそろにしたい父ってのも珍しいかと思われるほどに。

そうそう、
私たち夫婦が腰に手ぇなんぞまわして百貨店なんぞぶらぶら歩いてると、
必ずといっていいほど夫と同年代くらいの男性や女性らが、
「なぬ?」
といった表情で振り返りまする。

男性は「なぬ?うまいことやってんなーあいつー」って顔で、
女性は「なぬ?あんたどーせ略奪でしょっ、キーッ」って顔。

いっとくけど、
略奪じゃないっすよ。


不倫でも2号でもないからね。


ってー書いた紙でも配ってまわろーかってくらい、
百貨店では視線を感じます。くけけ。


正々堂々と夫婦なんだけど、
いつも新鮮な視線を浴びるので、
たまーに相手の会話を想像して笑ったりする年の差夫婦でございました。



2002年12月25日(水) 制服注文

今日は息子が来春入園する幼稚園の、
制服注文の日でございます。

120センチで頼みました。
三年だからどうせ一度は買い換えることになるでしょーから、
ジャストサイズくらいでかわいーかなって感じです。

ラッキーだったのは、
バッグ類を「手作りしなくていい」ってーことでした。
やったー!
思わず先生の手をとって本気で喜んでしまいました。
これだけが気がかりでございました。
あーよかったよかった・・・
ミキハウスで揃えたろ(笑)


制服の注文もおわり、
2階に行くようにいわれたので息子と2人、階段をのぼると・・・
そこにはなんと「サンタクロース」が座っていました。
顔はかぶり物の、なんていいますか、マスク・ミュージカルにでてくるような、
とてもよく出来たマスクのサンタです。

息子は本気で言いました。
「あっ!かーちゃん!サンタさんだよぉっ!!!」

サンタは息子にむかって手招きをしました。
「ご挨拶して、握手しておいで」と私が言うと、
息子はうれしそうにサンタの前にいって挨拶と握手をしました。
するとサンタさんは小さなお菓子の包みをくれて、
息子は「ありがとう♪」と言うと、
満面の笑みで振り返りました。


私もちょっと感動。

素敵な演出をしてくださった幼稚園に感謝です。



2002年12月24日(火) 誰が為にイヴはある

息子が楽しみにしていたクリスマス・イヴがやってきました。

「サンタさんがねー♪ケーキ持ってくるんだー!」

彼の希望プレゼントは結局「ケーキ」に戻りました。
馬でも、
ひよこでもなく!(ねだられても誰が買うかってーの)

つーことでケーキは知人が夕方プレゼントしてくれまして、
私は息子の好きなトーマスの「お菓子ブーツ」(千円也)を購入。
シャンパンとローストチキン、
ローストビーフ&サラダ、
でもって宅配のピザ(笑)


お菓子ブーツにも目を輝かせて喜んでくれた息子。
大きなケーキは1人でまるごとデコレーション部分を平らげた息子。
ホストのようにシャンパンを私のグラスに交互に注いでくれた息子と夫。


来年もこんなクリスマスがいいなあ〜上げ膳据え膳でさ〜。
シャンパンのあとはビールでさ〜。
片付けもしなくていいしさ〜。
つーか誰の為のクリスマスかってーとさー
なーんかあたしのためのクリスマスってかんじ〜???????




・・・・・飲み過ぎて心地よく爆睡。



2002年12月23日(月) そういえば

今、この日記借りてるLycosで、
「心を決めたあのことば」ってのを募集してるそうな。
※実際募集しているのは苦しい時の救いとなった言葉ですが


心を決めたあの言葉、ですか。
振り返ってみましょうか。



プロポーズの言葉とか?
そーいやうちの夫、
つき合う前から唐突に、
「お前、オレと結婚しろ!」でしたからねー。
いきなり命令でしたねー。笑いましたが。

心を決めたってより、
心癒された言葉でしょうな。いろんな意味で。


そういえば、
胃ガンで闘病中だった高校時代の恩師に、
結婚の報告をしたとき言われた言葉は、
私の夫に対する健康管理の原点かもしれません。

「ご主人を大切にしなさい。健康管理をしっかりするように」

恩師はその半年後に亡くなりました。
夫と同じ年齢での、早すぎる死です。


聞き流されがちな、
当たり前な言葉ですが、
その死によって私の心には、
どんな刻印よりも深く刻まれました。


でもっていきなりですが、
実は今日の12月23日という日は、
夫が私の家に結婚の挨拶をしにきた日です。
20日に最初の子供が流産し、退院した翌日でした。
式を挙げていない私たちにとっては、
この日が2人の結婚記念日のようなものです。

私はこの時期になると、
この言葉をもう一度胸に刻みます。

「ご主人を大切にしなさい。健康管理をしっかりするように」


長生きしようね。ふたり一緒にね。



2002年12月22日(日) 体脂肪計来る!

えー、これまで我が家にあった体脂肪計は、
指でつまんではかるような携帯用体脂肪計でした。

でもって我が家の体重計は、
0.5�埣碓未離妊献織觴阿任靴拭�

夫も私も「もっといいのが欲しい」と思っていたので、
本日ついに購入。
02�埣碓未蚤�れる体重計付き体脂肪計です。

早速身長や性別などを登録し、
まずは私が測定。

う。

まっ・・・まあこんなもんさね。
※体重減っても体脂肪がほとんど減ってない現実に動揺中

そして夫。
これまで指で測るヤツではいつも体脂肪が18%で、
本人いっつも有頂天だったんですよ。ええ。

で、乗りました。
測りました。
出ました。


25%


夫。「ガ━━(゚Д゚;)━━ン 」
私。「チッ、それでも20%台やんっ」
夫。「・・・・・・(そーとーショックだったらしい)」

私。「ねーねーそれよりあたし体重減ったのにそげん体脂肪減ってないやん。どー思うー?」
夫。「・・・風呂入ってくる・・・・」


聞いちゃいねーよ、人の話。


一台の体脂肪計が、
夫婦の目の前に現実を突きつけた、のどかな日曜日の午後でした。


おのれ体脂肪・・・・



2002年12月21日(土) 3歳児のクリスマスプレゼント(予定変更)

クリスマスプレゼントは何が欲しい?

この質問に息子はずっと「ケーキ♪」と答えておりました。

ところがです。
今週、病み上がりの彼に「何が食べたい?」と聞くと、
バカのひとつ覚えのように「ケーキ!」と答えていたので、
連日のようにショートケーキを食べさせておりました。
食欲がなかったのでケーキがとっかかりになればという軽い気持ちでした。

そんなわけで息子もすっかりケーキへの「ありがたみ」が失われており、
最近では「ケーキ食べる?」と聞いても、
「いらなーい」とけんもほろろ。
そんなもんですわな〜。


さて、今日は姪っ子たちにプレゼントを買っておこうと思い、
ショッピングセンターに行きました。
昨年までは欲しがっていたおもちゃをそれとなくリサーチして、
どーんと渡していたものですが、
来年で姪っ子も小学生。
甥っ子も年長さんです。

つーことでおもちゃは卒業。
今年からは本にしようと決めました。

姪っ子にはアンデルセン童話集。挿絵が「いわさきちひろ」で素敵です。
甥っ子は最近アルファベットに興味を示していたようだったので、
アルファベットを押すと発音を教えてくれる本と、
トミカの英語レッスンノートにしました。


息子が「それどーすると?」と聞くので、
「これは●●ちゃんたちのクリスマスプレゼントだよ」と言いました。
すると「しゅーのプレゼントは?」と聞くので、
今一度質問してみることに。

「しゅーはクリスマスプレゼントに何が欲しいの?」


すると間髪入れず「馬っ!!!」

馬ぁ????


「馬って、あのパカパカ走る、馬?」
「そう!!!」

・・・そうってあんた・・・・

「馬刺じゃダメ?」

・・・・って聞くほうも聞くほうだけど。

「ばさしってなーん?」
知るわけないやね(笑)


「馬がダメだったら、他には何が欲しい?」

「じゃー、ひよこっ!!!」







・・・・・・・えー、若鶏の唐揚げじゃだめですかね?(鬼)



2002年12月20日(金) 「メマくん」。

息子の体調もすっかりよくなりましたので、
今日は久々のお出かけです。といってもお教室ですが。

今年最後の教室。でも来ていたのは4人だけでした。
みんな風邪で全滅・・・
流行とは言えかわいそうなことです。みなさんお大事に(T-T)

さて、息子と仲良しのお嬢もお休みしていましたが、
彼女の場合はちと事情が違います。
お母様、第2子誕生で入院中なんですねー♪

ということで、お教室の帰りにもう1人のお母様と一緒にお祝いに行ってきました。

いやいや、ほんとーに新生児ってのはいつみても癒されます。
またどーして第2子ってのは手がかからないというか、
騒がしい中でもすーすー眠ってるんでしょう。
まったくもってうらやましい限りです。

幸福のお裾分けをいただいた気分になりつつ、
話題は赤ちゃんの名前のことに。

ご主人が漢字にこだわって付けた名前は、読み方はごく平凡で、
へえーなんて聞いていると、
お母様が笑いながら言いました。

「でも、この子はその名前イヤがって何故か”メマくん”って呼んでるんよ」

えっ。

「メマ」ですかい?




お嬢は赤ちゃんがお母さんのお腹にいるときから、
ずっと「メマちゃん」と呼び続けてきたらしく、
生まれてからも頑として「メマ」の名を譲らないとのこと。










メマくん・・・。








・・・・その名にこだわったのがご主人じゃなくてよかったと心から思いました。



2002年12月19日(木) 18枚

何が18枚かって?
背中と肩のサロンパスです。文句あっか。

目覚めると部屋中メントール臭。
一瞬、神経痛持ちのバアさんの部屋にでもワープしたのかと思いました。

朝風呂に入ってゆっくりと全身のサロンパスをはぎ取り、
深い溜息をつきました。


ついついシュークリームを食ってしまいました。



ついつい明太子で御飯を食ってしまいました。



ついつい寝る前にビールを飲んでしまいました。




ダイエット中ですが、
今日は自分を甘やかします。(明日は体重計に乗らないゾと)



2002年12月18日(水) 我慢我慢・・・

今年最後のNOVA KIDSも、大事をとって休ませました。
扁桃腺&風邪の馬鹿野郎ぉぉぉぉっっ・・・・(夕陽に向かって)

喉の痛みがなくなった頃から、
やたらと鼻水がタレタレ〜の息子です。
それを袖口でグリンッと拭うので、
彼の袖はこきたない限りです。勘弁してください。

また食欲がでてきたので、アレ食わせろコレ食わせろとうるさく、
元気になってきたので部屋の中でうろちょろと遊び回り、
私と出会い頭に何度も衝突する始末。


そして私は洗濯物と格闘している日々。


いやいや息子が元気ならそれで良い・・・・((( T_T)

我慢我慢・・・




とはいえ、看病疲れがどっとでました。
肩がこりまくって死にそうです。

ということで今夜の私は全身サロンパスだらけのメントール風味でございます。はい。



2002年12月17日(火) 病み上がりですから。

「ケーキが食べたい」
「え?ケーキはないよ」
「いやだーっ、ケーキが食べたいぃぃっ」

昨日からこんなやりとりばかりです。

息子、扁桃腺腫れてからずっと食事がろくにできず、
吐きたおしておりましたが、少しずつ快復してまいりました。
熱も日曜日からほとんど出ていません。

とはいえまだノドは赤く、咳も続いてます。

昨日は友人を見舞った帰り、息子がケーキ食べたいと言ってたことを思い出し、
スポンジが柔らかくて甘さ控えめな某ケーキショップのイチゴショートを、
母の家で留守番している息子に買って帰りました。

ケーキだケーキだー♪といって喜んでいましたが、
食べてもまた吐くだろうと思っていたところ、
少しずつですが全部食べきってしまいました。

その後、牛乳も飲んで御飯も食べたのです。
あーよかったぁ・・・。

しかも吐かないし。
あーよかったぁ・・・。

で、本日。
英語教室でしたがこれもお休みさせ、
もう一息だからしっかり静養させることに。

朝食に柔らかくしたうどんをだすと、しっかり食べてくれまして、
その後に薬を飲んでも吐くこともなく一安心。
昼食には母の家で御飯を少し食べたとのこと。

すると、夕方になって突然「ケーキは?」
「え?もうないよ。昨日食べたでしょ?」
「やだーケーキ食べるっ。ケーキに電話してよ!」

ケーキに電話ってあんた・・・


うるうるした目でケーキを連呼する息子。
病み上がりだしなあ・・・
ちったー甘やかしとくか。

母の家に預けて、いざ外出。
といっても昨日のケーキ屋までいくのはウザいよなあ・・・
この近くにケーキ屋なんてないし・・・

あ。

ファミマ♪


つーことでファミマでやたらとデカいいちごショート購入。
帰宅すると息子大喜び。

すっげー美味しそうにケーキを平らげると、
その後、母の家で夕食をとり、九時頃には私に「ハンバーグ食べたい」と言い、
豆腐ハンバーグを出してあげるときっちり平らげ、
いつもの「よく食べる息子」に戻ってくれつつあります。

あーよかったぁ・・・・・

なんてゆーか、病み上がりのときの我が儘や甘えは、
ある程度きいてあげると快復も早いのかなーと感じたりした、
今度の扁桃腺でした。

それにしてもケーキって不思議な力があるんですねえ。



2002年12月16日(月) お見舞い。

子宮筋腫の手術をすすめられていた友人が、
決心して入院した。

彼女、四十半ば。独身。

彼女の子宮には、子供の頭位の大きさの筋腫。
もちろん「開腹による子宮全摘出」。

人一倍病院が怖い彼女だけに、人一倍この手術を決めるには勇気がいったことと思う。
だけど短命だった彼女の実母と実姉も婦人家系の病気だったことを考え、
精一杯の決断をしたようだった。

「別に今、彼氏いるわけじゃないけどさー」と彼女。
「私、これからもう誰ともつき合ったりとかできないのかなあ?」

「なんで?逆やないと?子供できんっちゃけん金持ちの後妻にもってこいやろーもん?モテモテくさ」と私。

別に子宮がなくなったからって女捨てるわけじゃない。
子供が産めることだけが女の価値を決めるんじゃない。

女の臓器を失うことに対する鎮魂。
しばらくふっと言葉を無くしたあと、
彼女の口から出た言葉。

「・・・保険金、いくら出るかいな」
年明けは保険成金やねーと金の計算しながら笑い、
傷の治りが早くなるごとできるだけ術後は動くようにせなよーと、
開腹経験者として助言しつつ病院を後に。

退院したら、もうお腹の爆弾はない彼女。

そうたい。良く生きるための決断くさ。


退院したら、一緒にライオンキングでも見に行こう。



2002年12月15日(日) 幻の神戸。

先月にたてていた予定では、
明日から私と息子は神戸に行く予定でありました。

新幹線のチケットも用意しておりました。

友達にも連絡しておりました。

16日から2泊して、その後夫と合流して金沢にでも・・・という話でした。



しかしこの12月は初っぱなから慌ただしくも忙しく、
その上、神戸の友達んちの双子も水疱瘡にかかっているとの連絡で、
こんなとき無理して行くのもなんだよなと思っていたら、
旅行にいく予定にしていた日の直前に息子は扁桃腺。

こんなもんですよね。子連れって。
てゆーか忙しいとかバタバタしているときに限って、
いろんなことは起きるってーもんです。

一年の締めくくりの月がこう慌ただしいと、
来年はせめてのんびりゆったりしたいもんだなーと、
考えつつスケジュール帳を見ていると、
入園式前の準備が山積みです。



・・・・・・ババアになったら尼にでもなろうかなあと、ふと思った日曜日。



2002年12月14日(土) ゲロ日和

息子、熱も高く咳がひどくなってきたので、
またまた病院へ行きました。

前回は時間外だったので内科医しかおらず、
後日小児科医にかかるようにと言われてたこともあり、
少し熱が下がったところで着替えさせ、
バタバタと連れていきました。

すると季節柄か千客万来。
だいぶたってようやく名前を呼ばれました。
息子はトコトコ歩いて診察室に入ると「こんにちはー」。
先生の診察にも無抵抗で順調でした。

「じゃ、次はお口の中をみるよー」
口を開けさせ、舌の上に先生が器具を置いたとたん・・・

げろーん。

被害は私のジーンズでした。
なんでゲロッた本人にはほとんど被害がなかったのかは謎です。
無意識に逃げたのでしょうか。

咳の薬をグレードアップしてもらい、
夜中の咳用に飲み薬を増やしていただくことになり、
いざ薬局へ。

息子、お茶を欲しがるので飲ませると、
咳き込みはじめ、いやなヨカーン。

げろーん。

被害。薬局の床とソファ。タオル。
またもや本人には被害及ばず。

帰宅後、少しだけ食事をとって薬を飲ませたのちお布団へ。
横になったとたんに息子が咳き込みだし、
あっというまに、

げろーん。

被害。掛布団及び枕。バスタオル。


夜、パジャマに着替えさせて寝る前の薬を飲ませようと思い、
その前にポカリスエットでも飲ませとくかと思い、
目の前に差し出すと、一口飲んで数分後。

げろーん。

被害。着替える前のパジャマ一式。床。私のスカート。


結局息子は自分のゲロを一度も浴びることなく、
みごとに回避して吐きまくってくれました。

すばらしい危機回避能力とでも申しましょうか・・・。



2002年12月13日(金) 扁桃腺ですか。

昨日午後から息子が発熱しまして、
夜には39度まで記録。
病院へ行くとインフルエンザではなくホッとしたのもつかの間、
「扁桃腺炎ですね」と言われ、ガ━━(゚Д゚;)━━ン 。

実は我が夫、
子供の頃にやたらと扁桃腺が腫れ、
ついに17歳で切除手術を受けたという過去があり、
息子が扁桃腺を腫らすってことにとてつもない恐怖を抱いてたんですねえ・・・。

「お前もオレと同じ轍を踏むのかぁぁぁっっ」と嘆く夫。

まあ、昔とは医学も進歩してるので、
切除するまでもないとは思ってますが、
彼にしてみれば、そんなところまで息子に遺伝させてしまったかと、
申し訳なく思ったりしてるんでしょう。

息子は熱が出て以来、
ノドの痛みで食事もほとんど取れず、
飲み物さえも咳とともにオエッとしてしまうので辛そうです。


早くよくなれーーーー。。。



2002年12月12日(木) ラーメン・スタジアム初潜入

えー、我が家からさほど遠くない場所に、
キャナルシティってとこがありまして、
一年ほど前、ここに「ラーメン・スタジアム」ってのができたんですねえ。

なんつーか、全国各地の有名ラーメン店が小規模に何軒も出店して、
客の入りが悪い店は入れ替えるってーシステムらしいです。

とにかくオープン以来ずっと人気のコーナーらしくって、
私も多少興味はあったんですが、
近いだけに「いつでも行ける」と思うと特別足も動かず、
月日が流れていったのでありました。

さて、
今日は夫がデパート巡りをしたいと言うのでおつきあいし、
夫と息子の服などを購入。
で、私にも買いたいと言うのでキャナルシティに足を運んだってわけです。
そこで私のセーターを購入して、時計を見るとお昼前。

腹減ったーと言う夫に、
そーいえばここの上に全国各地のラーメン屋がいろいろあるらしいけど、言ってみる?と聞きましたら、
二つ返事でOK。
つーことで行ってみました。

ずらり並んだ各地の名店。
テレビで見たことのある有名店ばかりです。
はじめ、夫と私は東京のラーメン店に並ぼうとしました。

が。
夫と私、妙にその隣の「喜多方ラーメン」って看板に目がいってんですよ。
喜多方ラーメンってなんだ?
よくテレビでは聞くけど食ったことないよなあ。
つーか喜多方って一体どこだ?
だいたい何味なんだ??

疑問がわくわく。

・・・・・・・ついにこっちに並び直し、食券まで購入してしまいました。

で、順番がきてテーブルにつき、
冷たい麦茶が出されてゴックン飲みほすと、
一体どんなのが来るのかと待ちわびる夫婦。

お待たせしましたーとやってきたラーメンは、まさしくしょうゆ。
おっ♪うまそーじゃん、とスープを飲むと・・・
「うまーーーーーーー!」

チャーシューを食うとこれまた「うまーーーーーー!」

で、麺を!!!


え。
なんですかこれ。
太いんですけど・・・。


そーです、我々は長浜ラーメンをこよなく愛する博多んもん。
しょうゆラーメンも大好きですが、
「細麺」のしょうゆラーメンが好きなんでございます。

もにょーんとした食感におもわず「うへ」。




結局、チャーシューとメンマを食い、
スープを飲み干して、麺だけ残して帰りました(爆)


細麺好き夫婦がリサーチもせずに入ったばっかりに、
こんなお下品なことをしてしまい、誠に申し訳ないです。

スープはすっげー美味しかったですよー。太麺好きな人はぜひ!
私的にはあのスープにビーフン入れたら絶品だったろーなあと思ってますが(邪道)



2002年12月11日(水) 太鼓の達人、再び。

今日はNOVA KIDSのレッスン日。
いつも通りにレッスンが終わると、
息子は猛ダッシュで駆けていった。

「ちょっとまってよー、どこいくとーっっ???」

彼の返事。
「太鼓にいくとーーーーっ!」


ありょーん。


みるみる小さくなっていく後ろ姿を追って私も小走り。
太鼓の前に到着すると、おやおや先客に若いおにーちゃん。
つーことで息子と2人で眺めていると・・・

「むずかしいコース」で「明日がある」を完璧に叩く叩く。
うわーーーーすげーーーーーーーーー。

その後、「Traveling」をほどほどに叩いて兄さんは去っていった。

そして息子は私が渡した200円を機械に投入すると、
おもむろにバチを手に・・・
手に・・・

「むずかしいコース」を選択。ひょえーーーーーっ???

そして迷わずに「明日がある」を選曲。
ええーーーーーーーーっっ???


なん?あんた、もしかして闘いを挑みよーつもりと?????


かんたんコースではほとんどの曲をクリアできるようになっている息子でも、
いきなりむずかしいコースはそりゃー無理な話です。
当然の如く合格ラインなどには到達できないまま終了。

そして振り向いた息子。



・・・・めっちゃ悔しそうなんですけど。



またハマるんですかい?勘弁してくださいよ、旦那・・・・



2002年12月09日(月) 右脳開発初日

本日、待ちに待った右脳開発お教室初日でございます。

息子は車の中でずっと「ちゃいるどあかでみーにいくんだもーん♪」とはしゃぎまくりです。
さて、息子のクラスは同じ年齢(月例も近い)のお嬢様が2人。
間に挟まれてここでも両手に花です。
先生がいらっしゃってレッスン開始。
一時間弱でしたがきちんと椅子に座り、集中してレッスンを受けることができました。あーよかった。

とにかくカードはテンポがよくて息子も凝視。
漢字も最近興味を持ってるとこだったんで、
四字熟語もじっと聞いてました。
そのうち「魑魅魍魎」とか読んでくれるんだろか(爆)

迷路はいまいち時間がかかってましたが、
両サイドのお嬢様はスラスラ。
おー、うちも通い続ければスラスラできるようになるかなーとちょっと期待。

また100玉算盤での数のお勉強は、
家でも何度かやってたので引き算や足し算はしっかり答えることができ、
かーちゃんちょっと心でVサイン(親カバ)
算数や数字が大好きなのは嬉しい限りっす。
このまま楽しくやってくれるといいなー。

で、レッスン終了後、
家での取り組みについて説明を受けましたが、
うっ・・・
なかなかカードめくりが上達しない私だけに、
毎日の取り組みは私にとってもそーとーな課題です。はい。頑張ります。

さて、
楽しかったねー♪と喜びまくる息子を連れて、次はZ-Sideへ。
ここは地元百貨店の別館で、子供服のあるフロアにキッズ専用の美容院があるんですねえ。

つーことでクリスマス前だし、今年最後のヘアカットに行きました。
既に予約済みなので12時前には入らなきゃ。
が。
息子。

「ええっ!今日はちょきちょきしないんじゃないのぉっ??」と驚愕。
うるさい。
抵抗する彼を捕獲して強制連行。

すると先客の女の子がカットされながら大泣きの真っ最中!
それ見て息子もビビッて抵抗再開。

ふ。
そんなこともあろうかと思ってたさ。
そこで天下の宝刀「ハイチュウ」登場。
抵抗する息子にハイチュウを一つ頬張らせ、泣きやんだところでアンパンマンのビデオをスタートしてもらい、
気が付けばカット開始ってー感じです。ほっほっほっ、作戦成功。

かくして息子、やっと床屋頭からズッソ・ヘアに戻ることができました。
ご褒美に息子は隣の喫茶店でアイスクリームを食べました。

私も頑張ったので、
ご褒美にバッグを一つ購入しました(便乗消費)


・・・・・ふ。いい日だわ。



2002年12月08日(日) ぁゃιぃお遊戯会

今日は姪っ子と甥っ子の「お遊戯会」でした。

といっても私は用事があったので、
父と母だけ兄貴に拉致してもらい、
私は2人を回収しにいったわけで、

幼稚園に到着したときは全てのプログラムが終了したところでした。

見たかったなーと思っていると、
兄貴の手にビデオカメラが。

なので午後からは兄貴の家に全員で弁当買ってなだれこみ、
昼食&ビデオ鑑賞会と相成りました。

年長さんの姪っ子は最後のお遊戯会。
彼女のクラスの出し物は「おおきなかぶ」で、
姪っ子の役所は「おばあさん」(笑)
いわば準主役です。(じゃー主役は誰だ?じーさんか?それともカブか?)

しかもこのおばあさん、
ピンクサテンのロングドレスに白いレース付のエプロンをしており、
おばあさんってーより一昔前のどっかのコンパニオン風です。
しかも姪っ子は茶髪の巻き毛なので、
どっから見ても完全にぁゃιぃです。

おじいさん役の子はベレー帽かぶっててどーみてもエセ芸術家おやじ風。
大久保清もびっくりって感じの風体です。
いいんでしょうかこれで、園長先生。

しかも大きなかぶはこれまたまるっきり大きくないハリボテで、
んなもんジジイ1人で引っこ抜けるやろ!と、
あたしがばーさんだったらツッコミ入れて終わるとこでしょう。ええ。

しかも姪っ子ときたら劇の間中、苦虫でもかみつぶしたような顔で演技を続け、
笑顔が見えたのはエンディングでカラス役の子とぶつかって「おもわず」笑ったとき「だけ」。
本人を呼んで問いただしましたが、
「だってまぶしかったんだもん」の一言で片付けられてしまいました(笑)

甥っ子のクラスは「あおむし」のダンス。
男の子全員が青虫らしき扮装で、音楽にあわせて踊ってました。

そういえば甥っ子、
数日前に家にきたとき、
お遊戯は覚えた?と聞いたら、
ふるふると首を振っていたので正直どーなることかと思ったりしてたんです。

が。
これがまーびっくり仰天するほどの笑顔と完璧なダンス。
動きもやたらとキビキビしており、まるで平壌の子供を見ているかのようです。
一体何があったんでしょうか?

すると兄貴。
「出番の前に、笑顔でしっかりヤレよとオレが念を押しといたからな」ですと。
星一徹に言われたからにゃ、飛雄馬は命かけてヤルしかありませんな、そりゃ。

それにしても本番につよく物怖じしない甥っ子でありました。
頼もしい限りです。

さー、来年はしゅうの番やねーと兄貴夫婦から言われた息子。
一体何をやらかしてくれるんでしょうか?



・・・それより私は「衣装は親が手作りしなきゃならない」という現実を知り、
今はただただ恐怖を感じるばかりであります((( T_T)



2002年12月07日(土) おっさん・・・

久々にディスカウントショップへ行きました。
大掃除用の、白いスポンジを大量買いするためです。

この白いスポンジ、
水に濡らしてこするとキッチンまわりの油汚れもばっちし落とせる優れもの。
これさえあれば洗剤いらずでどこでも掃除できるため、
昨年から我が家の必須アイテムなのです。

さーこれで大掃除の準備は万全。
店内にあるゲームコーナーで遊ばせていた息子と母のところに行きました。

息子、メダルゲームに夢中。
買い物を母とバトンタッチして私が子守を。

やがて息子がメダルを大量にゲットしたので、
少々拝借して私もゲームを始めました(笑)

と。
メダルを落とすゲーム機の中に100円玉が一枚紛れ込んでいるのを発見。
あー、だれか間違えて入れたんやねーと思いました。
そのまま続けてメダルを入れて遊んでいましたが、
私の横に幼稚園の年長か小学一年くらいの女の子がじっと立っていたので、
このゲーム機で遊びたいのかと思い、譲りました。

ら。
女の子は、父親らしき薄らハゲを呼んで言いました。
「おとうさん見て。この中に100円が入っているよ」

薄らハゲは機械をのぞき込んだかと思うと、娘にささやきました。
「間違えて100円入れましたって、係の人に言ってきなさい」


・・・ちょっと唖然。

女の子も悪びれる様子もなく係の人に言われたとおりに告げ、
係の人が取り出したお金をすんなり受け取りました。

その時の薄らハゲのニヤニヤしたツラ。
あーキショっっ!!!


思わず私がその薄らハゲの横を通りつつ、
「やることセコっ!」と言ってしまったのは、
自然の摂理ってもんでしょう。はい。



2002年12月06日(金) 恐怖のシーズン

忘れてました。
「奴」のことを。

のど元過ぎればなんとやらってことで、
去年あれほど苦しめられた「奴」の季節がきたってゆーのに、
私はすっかり忘れとりました。

今日、お教室にいくと、息子と仲良しのお嬢様の1人がお休み。
もう1人のお母様と話しをしているところへメールが届き、
膝が痛いといって39度の熱を出したとのこと。

・・・節々が痛くなって高熱・・・


インフルエンザやん!!かわいそうに・・・・(TДT)


気が付けばニュースでも学級閉鎖になっているところも既にあるとか。
ぞぞぞそぞぞっっ!!!

また今年も高熱出してうんうんうなって寝込むことに?????
ぞぞぞぞぞぞっっ!!!



予防接種しときゃよかった・・・(T-T)



2002年12月05日(木) ゴミを出せ

家事に追われてます。
ここ数日バタバタしてたんで、家事がたまりまくりです。

12月に予定していた神戸旅行も来年に延期しました。
別に神戸は逃げないので、落ち着いた頃に行こうかな、と。

でもって今日はゴミ出しの日。
部屋のモノの配置などを変えたり、押し入れの整理をしていると、
わらわらわらわらと捨てたくなるモノが出てきました。
次々に処分しているうちに、
ついにゴミ袋(大)が8つになりました。
すっかり環境破壊魔と化しています。


ゴミ収集のみなさん、ご苦労様でございます・・・



2002年12月04日(水) 他にないんでしょうか

なんてゆーんでしょうかね、あれ。
香典返しっていうんですかね。

葬儀屋さんってーのは非常に至れり尽くせりでございまして、
こちらの希望にたいへんよく沿っていただけたりなんかして、
しかも香典返しの業者さんまでタイアップしてるところなんか紹介してくださったりして、
でもってわざわざ家まで来ていただけたりなんかして。

とゆうことで、カタログもって業者さんがいらっしゃいました。
まあなんといいますか、
こうしたカタログってどーしてシーツだのタオルだの石鹸だのお茶なんでしょうね。

そーいやバザーなんかでもシーツだのタオルだの石鹸ってのは、熨斗はぎとって出品されてますよね。
流転のギフトって感じです。

しかしカタログにはこうした商品しかないため、
ついつい私も石鹸だのお茶だのに落ち着くことになりました。

お礼の品ってのは難しいもんです。

そーいや父の病気見舞いのお返しも、
ボディーソープとか石鹸でしたっけか。他にはバブ(入浴剤)なんかも贈りました。
バブとか温泉のもと関連は結構喜ばれますねえ。

息子の出産祝い返しは気合い入りました。
有田焼関係をどしどし贈りまくりでしたっけ。

お祝いのときのお返し選びは楽しいもんですが、
葬儀なんかのお返し選びはシンプルかつ平凡なのが一番なんでしょうか。

・・・私の時は是非とも宝くじでよろしく。故人のたっての希望ってことで。



2002年12月03日(火) 作務衣な人

夫がいきなり作務衣な人を連れてきました。

作務衣な人?

気で人を治しちゃったりする先生です(笑)

この二日間の正座で持病の膝痛がぶりかえし、
私の左膝にはたっぷり水がたまっています。水不足のダムに行けってーくらい。

そこで先生登場。
「どれどれ」と見たかと思うと、右手でウリャッ!
ほーら、もう大丈夫。

・・・・あれ?

・・・・・・・・激痛なしでまがるやん

疑り深い私も目がテン。←よくあるパターン。

マヒ爺にも一発やってもらいました。
こっちは状況が状況だけに時間もじっくりかけてます。

すると・・・

装具なしで、装具つけてるみたいに歩きだしました。
一瞬 (゚Д゚)ハァ?

もちろんこの2年間近いマヒ生活で筋肉がすっかり落ちているので、
ビシビシ歩くことはできません。
でも明らかに「装具は不要」。

いきなりマヒがなくなって走り出したとか、
奇跡体験アンビリバボーってわけにはいきませんが、
作務衣な先生の「大丈夫、きっと歩ける」ってな言葉で
マヒ父はすっかり洗脳されて自信を持った模様。

作務衣先生・・・(作務衣着てるからって安直に名付けるな)

怪しいけどおもしろい作務衣先生・・・


次は私の脂肪を落としてください。(できるかヴォケ)



2002年12月02日(月) ひとりきり。

昨日が通夜、
今日は葬儀。

あっという間といえば、あっという間の出来事です。

無事に葬儀も終わり、
遺影を前に親族が酒を酌み交わしていました。

義姉には1人残した娘があります。
二十代の若き喪主は、
か細い体を喪服につつみ、
丁寧に親族に頭を下げていいました。

「私1人では何もできませんでした。ありがとうございました・・・」


離婚調停中の彼女は、
母の死で、
娘の親権を手放す覚悟を決めたと聞きました。


ひとりきり。という言葉が、
ほんとうに存在するんだということを、
青ざめた横顔に感じて、
涙が出そうになりました。



救いだったのは、
彼女をずっと支えてくれていた友達がいたこと。

あの子は家族を失ってひとりきりだけど、
同じ涙を流してくれる友達がいるから、
きっと、だいじょうぶ。

強く生きるんだよ。



2002年12月01日(日) 別れ。

愛子ちゃんが一歳になったという新聞記事に目を通しているとき、
家の電話がなりました。

夫のすぐ上の姉が亡くなったという連絡でした。

長く闘病生活を続けており、
この数年間はずっと入退院を繰り返していました。
数日前から危険な状態といわれていたので、
親戚一同覚悟はしていたのですが、やはり辛いです。

義姉はご主人を早くに亡くし、
長男も数年前に急逝。
一人娘がいますが、
ご主人側の親戚は相次いで亡くなっており、
嫁ぎ先の親族が誰1人いません。

なのでこちらで仕切って葬儀をとりおこなうことになりました。
こういうとき兄弟姉妹の団結ってのはすばらしいし美しいものです。
しっかり最後を飾って見送るのが親族の勤め。
私も長男の嫁として頑張らせていただきます、ええ。

料理の上手な優しい義姉でした。
61歳は若すぎます。


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