uchie◎BASSMAN’s life

My追加

2003年08月31日(日)
■ジョンみたいに

ギリギリの声 キリキリ舞いだ
嘘つきには ファズギターを 

ジョンみたいに叫んで
ジョンみたいに飛び込んで



2003年08月26日(火)
■下北沢のフレンチポップ

 まったくもって無意味だった自分を否定したくて、足取りはなんとなくレコード屋へ。数え切れないくらいの新譜がひしめき合いならんでいる。見ただけで僕はお腹がいっぱいになってしまった。薬になるような曲を探すだけの我慢が出来ずに、すぐに表へ出た。
 そうだ、ヴィレッジヴァンガードへ行こう。小田急沿線に住んでいた頃は行き付けの店だった。週2度は寄って物色しては面白いものを探していた。
 店に着くと入り口にはチュッパチャップスを口に頬張った23歳ぐらいのオンナノコが二人立ち話をしていた。僕は彼女達の後ろに入りこみ、掲示板に貼ってあるバンドのメンバー募集の張り紙を見た。以前に比べると随分少なくなっている。“音楽中心に動けて、ACIDMANなどのギターバンドを好む〜”“ストーンズ等〜”ベースの募集は少ない。こういうことには波がある。今、2年前頃組まれたかなりの数のバンドがライブハウスに出ている。メジャーデビューを狙っているバンドの寿命なんてせいぜい2、3年だ。それぐらい経って何もいいことがないとメンバー同士苛立ちは隠せなくなるものだ。
 中に入ると、もう22時だというのに結構な人の数だ。僕は何を探すでもなく、なんとなく店内をゆっくりと歩き回った。漫画のコーナーには「BECK」が全巻ひら置きされていた。
“これを読んで熱くなれない人は死んだ方がいい!”その通りだと思った。
 音楽誌のコーナーにはかなりたくさんの種類が置いてあった。僕はどれも手にする気はなかった。こんなにたくさん出さなきゃいけないんだろうか。大きなお世話だ。音楽誌は高校生の頃、POP GIREの廃刊以来まともに買ってない。ミュージックライフなんかチリ紙以下と言っていいだろう。
 お店の中央の一角には高い本棚に囲まれた空間があって、その中には怪しくいかがわしげな本がたくさん並んでいる。これは別にいけない場所ではなく、この店の真骨頂とも言うべきところだ。精神とか神秘学とか性とかのタブーに近いものが置かれている。
 ユングの本なんかも置いてあるが、僕は中でもいかがわしい本を手にした。「アダルト女優の今」。引退後の女優の言葉が綴られている。適当にページを開いて見ると、生い立ちや家族との衝突のことが書かれていた。“生まれたところは、相模原市の○○で〜”なんと僕の実家のあるところと一緒ではないか。かつて小学校1、2年の頃同じクラスにいたオンナノコが18歳頃その道に進んだのが話題になったことがあった。芸名が思い出せない。でもその子とは違うようだ。
 高校生の頃、面白がった友達がレンタル屋でその子のビデオを借りてきて、親の旅行中に鑑賞会をひらいた。僕も呼ばれて出席したのだった。当時は深夜番組にも出演する程の人気ぶりだった。小学1年の頃、さらさらとした栗毛色のおかっぱ頭のその子は、目が大きくキリっとしていて清純そのものだった。どこで歯車が狂ったのだろう。彼女がホステスとして勤める銀座の店に、僕の友人が遊びに行ったことがあった。彼女は僕のことは覚えていなかったそうだ。なんだか悲しかった。いや、思い出を捨てなければならない何かが彼女にはあったのだろう。確か母親がいなかった気がする。葬儀屋で働く彼女の父親が、穏やかで誠実に仕事をしているのを見たことがあった。あの子は今どうしてるだろう。幸せになっただろうか。
 僕は何も買わずに店を出た。さっき飲んだ今日だけの特別ノンアルコールカクテル“EeL”の味が忘れられない。僕はそれだけで得意げだった。一瞬甘い夢を見たようだ。でたらめなフランス語で歌を反芻しながら帰った。



2003年08月22日(金)
■hasband

ヨシダレコードのライブイベントが渋谷nestで行われた。僕のこの日の焦点はhasbandだけにあった。なぜなら、ボーカルギターの山本光昭、彼が本当のアーティストだからだ。
真夏だと言うのにステージに現れた彼は黒のスーツに白いハット、足元は雪駄という妙な格好。なんだかどこの世界の人とも言えない世捨て人。照れくさそうに深くかぶった帽子の奥には鋭い眼光。
1曲目は“紅、くされ外道”まったく書いてみるととんでもないタイトルだ。しかし、ぜひ聞いてもらいたい。サビに出てくるこの言葉が実にぴったりで、非常に熱くなるのだ。
そう彼は言葉の持つ意味とメロディーの持つ意味を、どの曲でも見事に同化させている。音楽にとって歌詞というのは後付けだったり思いこみな部分が大きく感じて、どんなに偉い事を言っていても嘘っぽく聞こえてしまうことがよくある。楽器のフレーズだってそうだ。主旋律や詞に対して大袈裟過ぎるものは嘘臭く感じる。またそこがうまくいっていたとしても、このひとたちがそんなことするのは嘘臭いと感じるバンドだってある。山本光昭の場合、彼は己の辛さも惨めさも全ては自分の世界にあることを認め、押し付けがましいメッセージや身勝手な理想郷を語ったりはしない。それは詞だけに限らず、ギターの音や立ち振る舞いにも表れているのだ。
だから、このひとの音楽を聴くと自然と心に入り込んできてやさしい気持ちになれたり、背を向けていたことを思い出したり、狂おしく切なく踊りたくなるのだ。
聴きながら、?と考えてしまうような迷いがない。彼はきっと随分長いこと自分
を探してきたのだろう。だからこそ大衆に受け入れられるような普遍性を持ちつつ、独特に発展を遂げた感覚を持ち合わせている。アーティストなのだ。



2003年08月17日(日)
■ポール・マッカートニー

ポール・マッカートニーが遊びにきた。うちは杉並区の住宅街にある80年代半ばに建てられた2階建てのアパートだ。とても有名人が遊びに来る理由などなにもない。ほんの気まぐれだ。
6畳もない1Kの赤い絨毯と白いソファーがあるこの部屋で、彼は僕より少し後ろで方膝をついて座っていた。英語か日本語か、特に気にせずに話しをした。僕はビートルズのリボルバーをかけた。特別彼の機嫌をとろうとか畏敬を表そうとしたわけではなかった。ただ聞きたかったからだ。
すると彼は少し身を乗り出して真剣に聞きはじめた。しばらくリボルバーを聞いてなくて懐かしかったのだろうか。それとも日本人の部屋で聞くのが新鮮なのか。客観的に聞いている様子で、そのサウンドについて僕と意見を交わした。

そんな夢を見て朝目覚めた。



2003年08月02日(土)
■Fountains of Wayne

レコード店にて試聴盤を聞きあさった。クラシックから現代音楽、ロックバンドの新譜などいろいろと。余裕があればたくさん買いたかったけど、1、2枚買ってじっくり聞きこむのも好きだ。
で、今回買ったのがFountains of Wayneのニューアルバム、「WELCOME INTERSTATE MANAGERS」。このバンドはたぶんクラブでかかってるのを聞いたことがあったかな?とにかく聞いた瞬間にいいと思った。
試聴盤を聞くときは本当に自分の耳が頼りだ。あらかじめ雑誌なんかで評論家のコメントを読んでれば別だけど。
思うに、それが期待作であるとか、ジャンル的に今が旬であるとか、フェスに出たとかってことはあまり重要視したくない。聞いた瞬間に絶妙な音、各パートの絶妙な重なり合い、それを本当に気持ちよく体に流し込んでくれればもう好きになっちゃう。
本作は一曲一曲が気持ちよく流れていく。最近のロックって狙ったオシャレさだったり、変にラウドだったり、妙に壮大だったり、適当なのをガレージっていってみたりで、こっちとしては気持ちよければどんなジャンルでもOKなのだ。(まあ、やる方はそれが難しいんだけどね)
なんというかこのバンド、この音のあとはこの音を使うといいとか、これぐらい盛り上げたら次はこのぐらい落としてとか、曲の長さのちょうどいいとことか、すごく分かってる。だからノリのいい曲もカントリーな曲も純粋に音を楽しめる。たぶんこの手のバンドでカントリーをやるのってあまりないと思うけど、カントリーの良さを教えてくれてありがとうという感じだ。そしてノリのいい曲はぜひDJにかけて欲しい。踊りたい。