解放区

2026年10月30日(金) 青天の霹靂4

今日は裾野市で仕事。見事な富士山を見ることが出来ただけで十分です。で、空き時間がたくさんあったのでいろいろ考えた。

前職を辞するとき、「動揺が大きいことが予想されるから、次の理事会までは誰にも言うな」と言われた。その理事会では、てめえが辞職するという話が出たときに号泣する理事がいたらしい。じゃあもっと大切に扱えよ、と思ったのが正直なところと、やはり寂しさはあった。

今回はどうなるんでしょうね。まあ号泣はないだろうな。正直てめえのかわりなんていくらでもいるんですよ。というわけで、来週には辞表を出します。



2026年10月29日(木) 青天の霹靂3

今朝出勤して、いつもの勤務先が見えてきただけでなぜか涙が出てしまった。まだお別れと決まったわけでもないのに。

今日は事務の方と条件面でのすり合わせ。もう、よほどのことがない限り決定になりそう。そしててめえの勤務先の方々はまだ誰も何も知らない。

勤務先を出て、明日の用事のために新幹線で東に移動。ぼーっと窓の外を見ていると、遠くにぽつーんと見えた建物が気になった。何気なくgoogle mapで確認すると、てめえを引き抜こうとしている施設だった。そんなことある? と思ってしまった。



2026年10月28日(水) 青天の霹靂2

というわけで、さっそく今日面談。凄いな、2日前までは全く考えていなかった事態が進んでいる。

面談の結果も移籍を後押しする内容。いやあどうすんのコレ。スピード感についていけないが、ほぼ心は決まりました。面白そうな方に賭けるわな普通は。



2026年10月27日(火) 青天の霹靂

自分的にもめっちゃ急だが引き抜きの話が来ました。めっちゃいい話だが、急すぎて頭が付いていかぬ。いやあ、こんなことあるんやな、というのが一番の感想すね。徳は積むものですね。



2026年10月24日(土) 静岡へ2

今年の2月に、京都の国立博物館であった刀展に行った。目的は、今川義元と坂本龍馬が死んだ時に身に着けていた刀。ある意味悪趣味だが、まさに歴史の証人である。

中でも今川義元の刀が凄い。亡くなるときに実際にこれで戦ったわけで、その後織田家から建勲神社に所蔵が移り、今は国立博物館にある。

そんなわけで、今日も仕事をした。終わってから、蕎麦屋。「安田家本店」へ。仕事終わりなので、蕎麦と一緒にそば焼酎も頂いた。いいでしょ。

その後、駿府城跡へ。自分の目的としては、どちらかというと「今川館跡」という感じ。しかし、桶狭間の戦いが幻というか、今川の勝ち、あるいは長引いて(長引く要素はなさそうだが)いたら、その後の世界は全く別物になっていただろう。

今日は宿に戻ってやりたいことが色々あったのだが、その後「桶狭間の戦い」関係の本を読み漁り、気が付くとこんな時間になってしまった。

で、「海ぼうず」のおでんをテイクアウトし、今です。もう今日は、今川さんに思いを馳せる一日にしたい。



2026年10月23日(金) 静岡へ

出稼ぎで静岡へ。浜松や三島には仕事で来たことがあるが、静岡市は初めて。京都駅からひかりに乗り、静岡駅へ。

今日もひどく働いた。 "I've been working like a dog"ですよ。いやあほんま、ジョンレノンは天才ですね。

遠方での仕事の際は、できるだけ早めに通常業務を終わらせてからの移動を心がけているのだが、今日は諸般の事情により、あやうく残業しそうになった。もう勘弁してほしい。

そして、ひかりで移動。仕事での移動は旅費精算の関係上基本自由席になる。ひかりは比較的すいているので、席の確保についてはあまり問題はないのだが、問題は「民度」す。育ちの悪い自分が言うのもなんだが、自由席にはさらに育ちの悪い方がいたりする。

今日も席を確保して、自分の仕事をしていたら、急に職員の方が来て床を拭き始めた。誰かが大量の液体をこぼしたらしい。てめえのかばんも少し濡れていた。もう勘弁してほしい。

ようやく静岡駅に着き、宿にチェックイン。もうぐったりです。

明日は仕事が終わったら、城に行こうと思う。仕事は明日明後日の二日間です。



2026年10月14日(水) Find the river



カート・コバーンが脳髄を打ち抜いた気持ちもわかるくらい美しい曲。彼はこういう曲を作りたかったのだろうか。



2026年10月13日(火) 古巣と再開する

高校を卒業して、しばらくプラスティック成形工場で働いていた。友人の紹介で、工場自体が創業間もなかった。

てめえが働き始めた時点で、男性従業員が4人。パートのおばちゃんが8人くらいだったと記憶している。男性の構成は社長と工場長、僅かに先輩な方とてめえ。お昼はこの4人で、工場で注文した弁当を食べていた。

社長はとても有能な人だった。日々営業に走り回っていたが、工場にいるときは誰よりも働いていた。

工場長は、たぶん社長の身内。いい人だったが、有能かと言われると微妙だった。もう一人の僅かなパイセンは無能だった。

ここで毎日、プラスティック製品を作っていた。当時はまだ週休二日という概念はなく、土曜日は「半ドン」で午前中だけ仕事だったが、納期にいつも追われて終日働いていた。下手したら日曜日も働いていたわけで、そこで悟りを啓いて大学に進学した話はどこかで書いた気がする。

日は過ぎて、久しぶりに工場の近くを通ると、かつて工場があった場所は更地になっていた。つぶれたのか、移転したのか。それはわからない。ネットもない時代だったのと、誰ともつながっていなかったので、その後についてはわからなかった。

で、先日その工場後の近くで仕事をする機会があった。バイクで現場に向かう道すがら、どこかで見た社名を発見した。それまで、かつて働いていた会社の名前を失念していたのだが、一瞬で思い出した。

すぐにネットで検索する。便利な時代になったものだが、社長の姓が一緒だったので、かつて働いていた会社に違いない。名前までは憶えていない。息子さんかもしれない。

で、いまは結構大きな会社になっていた。なんだか勝手に感慨深い。


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