解放区

2005年07月09日(土) 原点

てめえが物好きに移り住んだ島はそれこそ小さな島だが、その小さな島の周りにも更に小さな島が点々と散らばっていたりして今てめえはそんな小さな小さな島の一つに居る。

島へ行く為のフェリーは一日二便で、この小さなフェリーに自動車を載せる為にはあらかじめ予約が必要だったりする。島に向かうフェリーからは透き通るような青い海の上を気持ちよさそうに飛ぶトビウオが見えた。

島に一つしかない診療所にはたった一人の医師が常駐している。放射線技師も検査技師もいないので、レントゲン撮影が必要な患者には自分でレントゲン撮影を行い、そのあと暗室にこもって医師自らが現像までしなければならない。蒸し暑い暗室から出て、現像したばかりのレントゲンを見ると条件が甘くてレントゲンが真っ白だったりして、そんな間にも待合室には患者さんが溜まっていく。

そんな小さな診療所には薬だけもらいに来る老人から子供の発熱から交通事故から止まらない鼻血からかすみ目から犬に咬まれた人からがんの末期から天井から悪口の聞こえる人から妊婦の腹痛からありとあらゆる患者が集まる。ここでは「専門外」という言葉はなく、限られた資源の中でなんとか診ていかなければならない。注射薬も使い切ってしまうと次の船が来るまで待たなければならない。

誤診があると島では生きていけないかもしれない。現に、何年か前に島で殺された医師も居た。まったく医師という仕事は割に合わないことばかりだが、そんな愚痴は別の機会にたっぷりすることにしよう。

そんなある日の夕方、腹痛を訴える旅行者が診療所を訪れた。腹痛ははじめみぞおち部分が痛く、次第に右下腹部に限局してきたと。腹部を診察すると確かに右下腹部に圧痛があり、反跳痛も認められた。腹部エコーにてやや腫大した虫垂を認める。腹痛は次第に強くなっているという。発熱も出てきた。設備はないのでこれ以上の検査はできない。虫垂炎は否定できない、それしか言えない。

この日のフェリーはもう行ってしまった。明日朝まで待たないといけない。一刻を争う状況であれば自衛隊のヘリを呼ぶが、そこまでの病状ではない。しかも夜間のヘリ搬送はきわめて危険で、過去に一度医師を積んだままヘリが墜落し海の藻屑と消えたこともある。

入院設備のない診療所の小さなベッドに患者を寝かせ、抗生物質を点滴しながら朝まで患者に付き添った。幸い症状は安定し、無事翌日のフェリーで患者を送り出すことができた。搬送先の病院からは、虫垂炎の手術が無事成功したとの知らせがあった。


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