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樋川春樹

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2005年07月15日(金)
書いてたとこまで公開します。その1

 約一年前に書き上げてPSO読み物コーナーで現在も公開中の『とっておきスイーツ。』、削ってしまった部分を捨てるには忍びなくてこの日記の6月8日に掲載しましたが、実のところあれにはまだ結構長い続きがありました。
 やっぱり捨てるのはもったいないのでここに載せておきます。エピソードとしては未完です。続きを書いて仕上げるかどうかはわかりません。それでも良いという方は、是非読んで行って下さいな〜。

+++

「わ、私は、別にかばってるつもりじゃ…」
「いいや、お前の優しさはよくわかっている。そこがお前のいいところだが…それは同時に欠点でもある。人間は優しいだけでは生きてゆけないんだ、RyuKa。ときには心を鬼にして誰かを切り捨てることもせねばならんのだ…ッ!」
「切り捨てたいのかよKUROGANEを」
「いっそ切り捨てれば食の常識を破壊されずに平凡な毎日を送れるようになるのにとか思わないのか」
「何でアイツはあんな面妖な取り合わせばっかり次から次へと思いつけるんだろうな。KUROGANEって食べられるだけじゃなくて味覚もちゃんとあるんだろ?」
「ああ、そのはずだ」
 妹から手を離して着席しなおして、CAGEに答えてからHyuGaは深く重いため息をついた。
「それが証拠に他の料理はまともに作れるじゃないか」
「やあやあ諸君。一体どうしたんだい、そんな世界の終わりを明日に控えたような辛気臭いカオをして」
 突然わざとらしいくらいに明るい声が店内に響いた。
 うどんのつゆに漂うちょこ焼きの破片を箸で集めてマグに与えているHARUKIを除く四人が一斉に振り返る。
 全員の予想通り、開け放したドアのそばにHALKA が立っていた。一度目にすればやけに印象に残る真っ赤な衣装とFOnewmが好んでかぶる奇抜な帽子。常のごとく目の前にいる人間どころか世界中のあらゆるものを見下し嘲笑しているような軽薄な笑みを浮かべると、HALKA は堂々とした足どりでカウンターに歩み寄って来る。
 CAGEとHyuGaがHALKA から露骨に顔をそむける。
「こんばんは、HALKA さん」
 RyuKaが着席したまま頭を下げると、KUONも無言でそれに倣った。
「はい、こんばんは。相変わらずRyuKaちゃんは礼儀正しくていい子だね」
「こんな奴に挨拶することないぞ、RyuKa」
 にこにこと妹に話しかけるHALKA をHyuGaが邪険に追い払おうとする。
「どこぞの根性がねじくれ曲がった人格破綻のお兄さんとは大違いだ」
「どっちの人格が破綻してるんだよ」
「RyuKaちゃんはこんな歪んだ人間になっちゃ駄目だよ? こんなお兄さんでも反面教師としては役に立つんだからこれからも大事にしてあげなくちゃだね」
「何しに来たんだ、お前。用がないなら帰れ!」
 横合いからCAGEも口を挟む。
 一瞬、HALKA は薄っぺらい笑顔のまま表情を止めた。頬に唇に笑いを貼りつけたまま、HyuGaとCAGEに視線を走らせる。右と左で色が違う特徴的なその瞳。瞳の奥に閃いた不穏な色。見られた途端背中にぞくりと寒気が走り、二人は呑まれたように口を閉ざす。
 へらっ、とHALKA が再び笑み崩れた。
「いやだなあ、僕が用もないのにこんな辺鄙で薄汚い喫茶店になんかわざわざ足を運ぶワケがないじゃないか。用ならあるとも。そう、僕はこの店の御主人に招待メールを受け取ったからここまで来たんだから。このうえもなくれっきとしたお客様なんだよ? 大事な大事なお客様をよってたかって追い返したなんてことになったら、君達、KUROGANE君に怒られるんじゃないかな? きっとすごく怒られると思うよ? なあに、僕の大事な友人達が互いに傷つけあうのを見るのは僕としても心苦しい。大丈夫、僕はこんなことで追い返されたりなんかしないよ。それどころか寛大な心で君達の暴言を許そうじゃないか。いやいや、実際、僕は海よりもなお広い心の持ち主だからさ。君達を許すことぐらい何でもないさ」
「あ、あの、HALKA さんも試食に協力してるんですか?」
 放って置いたら来世まで喋り続けるんじゃないかと本気で思えるぐらい滔々とまくしたてるHALKA の台詞が一秒の何分の一か途切れるその隙をついて、RyuKaが話しかける。
「ああ、もちろん。僕は見かけ通りとても友達を大事にするタイプだから」
 誰が友達を大事にしとるか。HyuGaが唇を動かさずに吐き捨てる。声には出していないのだから誰にも聞こえるハズはないのに、まるでそれを耳聡く聞きつけたかのようなタイミングで背後に近づいたHALKA が馴れ馴れしくHyuGaの肩に腕を回した。
「ほら、君のお兄さんともこーんなに仲良しさんだしね?」
「オレとお前が仲良しだった期間など過去に一秒たりとて存在せんぞ…」
「僕と違って心が狭いなぁ、君は。そんなだからじきに三十なのに彼女の一人も出来ないんだよ」
「三十言うな…!」
「あ。いらっしゃーい、来てくれたんでっか、HALKA さん」
 キッチンから洗いものを終えたKUROGANEが出て来た。
「やあ、ご招待ありがとう。今日は何を食べさせてくれるのかな? 先日いただいた山かけヨーグルトはわりといいセンいってたよ」
 山かけヨーグルト…!
 今の今まで忘れたことにして強引に封印していた忌まわしい記憶を引きずり出されてがたんと身を引く一同。
「いや〜、そう言うてくれんのはHALKA さんだけですわ」
 照れるKUROGANE。タチの悪いお世辞だ気づけとツッコもうとして、コイツのことだからあるいは本気で言っているのかもしれんとHyuGaは出かかった台詞を慌てて飲み込む。
「今日のレシピなんやけど…実はもうケージ達から全然駄目や言われましてなぁ」
「おや。そうなのかい?」
「アカンと断言されたモンを引き続きお客サンに出すのもどないかと思うし…」
「ふむ。いやいやKUROGANE君、そう即座に結論を下すものでもないよ。駄目な部分があるのなら改良すればいいのさ。既に作り上げたもの全部を捨てることはない」
 あの『ちょこ焼きうどん』に改良の余地などどこにもないような気がしたが、HyuGaは今度も口を出さなかった。
「改良言うてもなぁ。ワシなりの試行錯誤は重ねた後なんでっけど」
「ふむ、それじゃあひとつ僕が見てあげようじゃないか。第三者の意見を取り入れることで開ける道もあるだろう。いや、いくら親切で面倒見が良いことに定評のある僕だっていつもいつもそこまで君達に関わり合っていられるほど暇じゃあないんだけど…うん、そうだ、今日は特別だよ。どうせ今日はこの後に大した予定は入ってないからここにいくら長居したって問題はないしね。そうだ、そうしよう。そういうことでKUROGANE君、早速僕を厨房に案内してくれたまえよ」
 HALKA は一秒も途切れることなく喋り続けながら、KUROGANEの背を押すようにしてキッチンに入って行ってしまった。
 二人の姿が視界から消えると同時に、ぐったりとカウンターにもたれかかるCAGEとHyuGa。
「お…おいしくなるのかな、あのおうどん」
 RyuKaが呟く。
「アイツは一人で来たのか?」
 RyuKaよりもまだ小さな声でHARUKIが誰にともなく尋ねかける。
「…今日はHomu_Raだ」
 HARUKIの方は見ないまま、CAGEが短く応じた。個人を特定出来るほどはっきりとしたものではなかったが、店の外に気配がある。HALKA はほとんどの場合Himu_RoとHomu_Raの両方あるいは片方を護衛兼雑用係として連れ歩いていて、一人で出歩くような真似は滅多にしない。二人のHUcastのうち、戸外で待機していながら屋内の人間に存在を感知されるような杜撰な潜み方をするのはHomu_Raに決まっている。Himu_Roであれば背後数センチのところまで迫ったとしてもほんのわずかな違和感さえ覚えさせないくらい巧妙に気配を消せるはずだ。
「…まずかったのか、あのうどん」
 自分の問いに対する答えは無視して、HARUKIはRyuKaに真顔で話しかけた。
「まずかったって言うか…やっぱヘンな味、だと思うけど…」
 真剣に見つめられて自信をなくしたようにRyuKaは語尾を途切れさせる。
「そうか」
 RyuKaの曖昧な反応には構わずにHARUKIは軽くうなずき、それきり完全に興味をなくしたように自分の手元に視線を戻した。
 不自然に終了した会話に何となく居心地の悪さのようなものを感じつつも、RyuKaはそっとHARUKIの横顔を観察した。カウンターに載せた生マグを見下ろして何事か話しかけているHARUKI。目の前の生マグ以外のものからは完全に関心を失ってしまっているようなのに安心して、ついついじっと見つめてしまう。
 ホントにHARUKIさんって、HARUKIさんにそっくりだなあ。
 RyuKaは心の底から感心してしまった。FOmar・HARUKIの双子のきょうだいだというFOmarl・HARUKIを思い浮かべる。
 男女の違いがあるから全体で見たときの相違はもちろんある。黒ぼんぼりのFOmarl・HARUKIの方がやはりFOmar・HARUKIよりも幾分細っこくて柔らかな曲線で構成される体つきをしている。しかし、その顔だけを比較してみると−もう片方は今この場にいないから自分の記憶の中の映像と照合するしかないのだが−ほんの小さな差異さえも見出すことが出来ない。
 ふたりのHARUKIは、それなりに整ってはいるのだがこれと言って個性のない容姿の持ち主だ。漆黒の髪と瞳。色について説明してしまえば後は取り立てて抜き出して並べる要素がない。背は高い方だろうがそれだけで特徴になるほど上背があるワケではない。痩せている方だろうがそれもやはり第一印象でそうと気づくほどの痩身でもなく、誰かと並んでいるところを何度か目にして、そう言えば結構痩せている方かもなと思い至る程度でしかない。
 HyuGaとRyuKaは兄妹だが、十歳以上年が離れている。年の近いきょうだいを持ったことのないRyuKaには、ふたごの兄なり姉なりがいるというのがどんな感じなのか、うまく想像出来ない。楽しいのか、煩わしいのか。互いの存在をどのように認識しているのか。直接尋ねてみたい気もするけれど、どちらのHARUKIもRyuKaには少しだけ、怖い。原因はよくわからない。
「おまたせおまたせ。さあさあできたよ、改良版『ちょこ焼きうどん』だ。気合い入れてご賞味してくれたまえ」
 躁病的な明るさを感じさせる声と奇妙な言い回しがRyuKaの思考を遮った。満面の笑顔でキッチンから出て来るHALKA の後に、どんぶりばちを載せたトレイを持ったKUROGANEが続く。
「何をどう改良したってんだよ…」
「それは食べてのお楽しみだよCAGE君!」
「ま、また食うのか? アレを?」
「おや? またってコトはないだろう。君に僕の手料理を食べさせるのは初めての出来事だったハズだけれど? いやまさかこの僕の記憶が誤ってるなんてことは億に一つもないだろうからね。まあ安心したまえよ、確かに先程の料理はすこぅしおかしな味がしたかもしれない! 僕は人間が出来ているから大変美味しくいただいたけれども凡人で非力な諸君らには理解出来ない高尚な味だったかもしれない。それは認めるとも、僕だって温かい人の血が流れてるんだから、多分」
 多分。コイツが言うと冗談に聞こえない。CAGEは背筋が冷えるのを覚える。
「でも今つくってきたコイツは別物だよ。そう、完成度が全く違うのさ。きっと気に入ってもらえると思うな、僕は。とにかく出来立ての熱いところを食べてくれたまえよ。なあに、そんな青ざめた顔を向けて来なくたって毒なんか入れてやしないよ」
 トレイからどんぶりばちを取り上げて、HALKA は上機嫌で手ずからCAGE達の前に料理を並べた。
 並べられたものの箸を取り上げる気にもなれずただ憮然とはちのふたを見下ろしてしまうCAGEとHyuGa。RyuKaとHARUKIはとにかくふたを取る。HARUKIは二杯目のうどんも食べるつもりだった。RyuKaは『ちょこ焼きうどん』がHALKA の手によってどのような変貌を遂げたのか一刻も早く確認したかった。
「あ…」
 ふたを持ったままRyuKaの手が止まる。
 ちょこ焼きうどんに新たな具が追加されていたのだ。
 はちの全面を覆い隠すほどたっぷりとふりかけられた、かつおぶし。湯気でしんなりしている。いいにおいだ。
「え、えーっと…」
 困惑する。助けを求めるように視線を巡らせた先では、HARUKIが平然とした表情かつ迷いのない動作でうどんをかき混ぜていた。かつおぶしを全域に行き渡らせる。その他の具もつゆの中にまんべんなく混じり込んでゆく。あれが正しい食べ方なのかと問われればすぐに首を縦には振りたくないが、間違っているのかと言われれば間違っていないような気もしないでもないと非常に消極的にあのやり方を支持したいようなしたくないような。…やっぱり正しいのかな? RyuKaの意見はどんどんあやふやになってゆく。
「おや。どうしたんだい、HyuGaにCAGE君。遠慮なんかいらないんだよ? 思うさま食べなきゃ。せっかく僕が今まで君達が食べたこともないようなおいしい料理を用意してあげたんだから」
 にこやかにそう言うHALKA を、HyuGaとCAGEが無言で睨む。
「ふふ、そんなおっかないカオで見ないでくれたまえよ。そうだな、君達がどうしても食べたくない…どーしても、絶対に、食べたくないって言うんなら、無理強いはしないさ。僕はそんなにコドモじゃないしひとつのものごとにそこまでこだわるほど暇でもない。ま、でも、もし君達が僕がわざわざ直々に君達のために用意してあげたそのうどんを食べないって言い張るのであれば…まあ、ほんのちょっとだけ、困ったことになるかもしれないしならないかもしれないし、まあその辺は君達の自由意志だから」
 絶句している二人をちらりと見下ろす。色違いの瞳をすいと細めて、HALKA はいかにも愉快そうに続ける。
「そうそう、Himu_Roの奴ね。最近新しいアギトを手に入れたんだよね。991年キコク作、まあ贋作だから大したモンじゃないけど、それでもやっぱり新しい刀を手に入れた以上は試し斬りしてみたいらしくてねぇ………」
 にこり。
 一片の敵意も悪意も感じさせない無邪気な笑顔。おそらく広い世界でもただ一人HALKA だけが見せられる…残忍で獰猛な、完璧な愛想笑い。そして話題を切り替える。
「ところで、Himu_Roってさ、感情プログラムがアレだからちょっとやそっとのことじゃキレたりしないんだけどさ。最近HIKARUちゃんのコトとなると見境なくすんだよね、ホント。こないだなんか………ああ、そっか、アレはHimu_Roがやったんじゃないってコトにしてやったんだっけ。まあ、死者含む重傷者五人も出たんじゃねえ。ちょっと公には語れないって言うかさぁ」
 その台詞も唐突に区切って…HALKA はCAGEとHyuGaに向かい小首を傾げてみせた。
「で、食べる? 食べない?」
 …HALKA は何一つ具体的な脅迫を行わなかったが、二人はそれ以上ものも言わずに箸を取り上げた。

 覚悟を決めて改良版ちょこ焼きうどんに立ち向かう。どのようなやり方で食べるべきかなんてことはもちろんわからなかったので何となく相棒のやり方を真似ることにした。どうせいずれはたこ焼きの生地がうどんのつゆに溶け出して、そのうち全てが分け難く混ざり合ってしまうのだから、今混ぜるも後で混ざるも同じだ。
 そうしておいてからうどんを何本か箸で持ち上げて…一秒、迷ったが、どうしようもないので口に入れる。
「………、うッ…!」
 衝撃のあまり口から出かけた台詞と一緒に慌ててうどんを飲み込んでしまう。奇妙な声を発したCAGEを視線だけで見やって、HALKA が得意そうに微笑ってみせた。目を逸らす。どんぶりばちの中身に見入る。
 どっさりと盛り込まれたかつおぶしを除けば見かけもにおいも先程KUROGANEが持って来たものとほとんど変わりはない。
 なのに…なのにこれは、美味いのだ。自分の舌が突然異変をきたしたんじゃないのかと思うくらいに。言葉で表現出来ないくらいの美味。一体何を使ってどう調理すればこのような味が出せるのか皆目見当もつかない。
 ちらりと隣をうかがうとHyuGaとRyuKaの兄妹も箸を握り締めたまま愕然としていた。ものを食べられないKUONはCAGE達の沈黙の理由がわからず無言でこちらの様子を見つめている。HARUKIは一人淡々と食事を続けている。
「どうだい? お気に召したかな?」
 どこか勝ち誇ったような響きさえ感じさせる快活な声でそう言って、HALKA は居並ぶ一同の表情を見渡す。
「おいしい…! HALKA さん、これすっごくおいしくなってますよ」
 素直に反応したのはRyuKa一人。
「ふふ、そうだろうねぇ。RyuKaちゃんが味のわかるコで嬉しいよ」
「さっきと全然違う味になってますけど…どうやったんですか?」
「おいしいって褒めてくれたお礼に教えてあげようかな。味の決め手はこれだね。白ワイン」
 言いつつ洒落たラベルのついたボトルをどこからともなく取り出してみせる。
「し、白ワイン、ですか?」
「そうさ。まあ、ちょっと効かせた程度だけどね。あとレモンとはちみつを少々。僕としては砂糖を使いたかったんだけどここはレシピの考案者であるKUROGANE君に敬意を払って彼の意見通り隠し味にガムシロップを入れてみたよ」
「お前は…食べ物で遊ぶなと教わらなかったのか、常識として!」
 耐え切れずにHyuGaがとうとう口を挟むが…。
「おや、僕がいつ食べ物で遊んだと言うんだい? ひどい言いがかりだよ。そのうどんが美味しく出来てることは認めるだろう、HyuGa? 君の舌が君の生き方と同じくらい歪んでるのでもない限り美味しいはずだよ」
 あっさりかわされた。かわされるとわかっていてもがっくりと脱力してしまう。
「そっかァ…白ワインに、ガムシロップかぁ…」
「RyuKaちゃん! 覚えちゃ駄目だRyuKaちゃん!」
 打ちのめされている兄に代わり必死に止めるCAGE。
「それにしても、君らはいつ会っても揃いも揃って暇そうだねぇ。日常に悩み苦しむような問題もなさそうでうらやましい限りだ。これからもずっとそんな感じで生きてゆくのかい?」
 HyuGaはヤケになってちょこ焼きうどんの残りを荒々しく平らげている。RyuKaはKUONと顔を見合わせ、オレが答えるのかよとCAGEが苦い表情をつくりかけたときに、カウンタの端で空になったどんぶりばちを置いたHARUKIが口を開いた。
「お前も随分暇そうだ」
 反発でもなく皮肉でもなく、無感動に平坦に事実を述べるだけの口調でそう言う。HALKA と視線を合わせるでもなくそれ以上何かを言い足すでもなく。ぽつんと放り出された台詞。
「口がきけたのかい、僕の義弟」
 同じような調子でHALKA が返す。短いながらも辛辣な台詞のやりとりにCAGE達が一瞬身構えるが、その場の雰囲気が険悪さを帯びることはなかった。HARUKIは一声発しただけで自分をとりまく全てのものに対する関心を再び失って視線を落とす。HALKA も義理の弟の存在を忘れ去ってしまったかのような自然な態度で表情と声色とをすっぱり切り替えて、楽しげにCAGE達を見回した。
「さぁて。名残惜しいがそろそろ時間だ。いつまでも君達と頭を使わなくて済む会話を続けていたいのはやまやまだけど、人には誰しもしなければならないことがある。…ふふ、まあ君達はもうしばらくゆっくりと食事をしていてくれたまえよ。人間、睡眠と食事の時間だけはきっちり確保しておかないとまいってしまうからねぇ。ということで健康には気をつけて」
「HALKA サン、時間ッスよ」
 ドアが開いてHomu_Raが呑気に顔を覗かせた。
「いくらなんでもそろそろ行かないと。あそこが封鎖されちまったら撤退が骨です。それともまたKata_Haの奴に泥かぶらせるつもりですか?」
「まさか。僕はそんなに悪どいことは思いつきもしないよ。無意識に実行してしまうことはあってもね」
 黙って思ってるだけの方が百倍も害がない。
「それに三回連続じゃさすがにアイツも気の毒だ。僕のメンテを嫌がるもんだから最近は全体的な性能も落ち気味だしね。そうとなったらさっさと行動するに限るか」

+++



2005年07月14日(木)
書いてたとこまで公開します。その2

 『クリスマスパーティー』というタイトルで書きかけていたものです。
 ファイル破損で読み込めなくなっていたはずのものが昨日クリックしてみたら何故か普通に開けました。せっかくだから公開します。エピソードとしては未完です。続きを書いて仕上げるかどうかはわかりません。それでも良いと言う方は是非読んで行ってくださいませ。

+++

 シティにある建造物はどれもこれもきらびやかなイルミネーションに彩られている。
 通りの要所要所に点在する小型のツリー、広場には空にも届きそうな大型のツリー。
 道行く人々は皆穏やかな笑みを交わし、明るい声で談笑しながら、パイオニア2という閉鎖された空間にいる現実をしばし忘れる。
 今日はクリスマス。
 着陸の目処は相変わらず経たないまま、ラグオル上空で迎える三度目のクリスマス。
 パイオニア2が出航してから数えると八度目の聖夜である。

 賑わうシティの片隅…メインストリートから細い路地を一本裏に入ったところにある、小さな軽食喫茶店…クリスマスムードにはこれっぽっちも相応しくない陰気な表情を隠そうともせずに、夜にもなりきらないうちから発泡酒を呑んだくれている一人のRAmarの姿があった。
 一息に飲み干したグラスを音高くカウンターに叩きつけて、ぷはあっ、と大きく息をつく。
 顔の上半分を覆った仮面の下には、浅黒い肌が覗く。
 薄い栗色の髪を片手で乱暴にかき上げて、グラスを突き出しお代わりを要求したのは、CAGEである。
「…なァ、CAGE。気持ちはよおっくわかるんやけど…その辺にしといた方が、ええんとちゃうかなぁ…?」
 鼻先にグラスを突きつけられたRAcast―彼がこの店のマスター兼シェフである―、呆れ半分同情半分といった口調でCAGEをなだめにかかる。が。
「…ぅうるさいッッ!!!」
 仮面のRAmarを気遣うRAcastの言葉は全くの逆効果だった。店中に響き渡りそうな大声で怒鳴りつけると、CAGEは空っぽのグラスを改めてカウンターに叩きつけた。擬似硝子で出来たグラスはそんなことで割れたりはしないが…RAcastはため息をついて首を振ると、新しいグラスを棚から取り出しておかわりの作成に取りかかる。
「馬鹿野郎っ、お前なんかに俺の気持ちがわかってたまるかぁぁぁ!!」
 店内に他の客がいなくて助かった、と思いつつ…作業の手は止めずに、マスターは適当に相槌を打ってやる。
「ちくしょおっ、俺は上からの命令でしょーがなしに、この二年間というもの、ずうっと、ずううっとアイツの面倒を見てきたんだぞおおおっ!!」
 新しい発泡酒が目の前に出されるや否や、CAGEはひったくるようにそれを手に取り、一気に中身を空ける。
「一気飲みは身体に毒…」
「それがっ!! その結果がこの仕打ちッ!! こんちくしょおっ、俺はこの二年間一体何のために頑張って来たって言うんだよおおおッ!!」
 魂を振り絞るような嘆きと共にカウンターに突っ伏して、おいおいと泣き出すCAGE。
 RAcastはしばしリアクションに困った様子をありありと見せながら佇んでいたが…放置しておいてもこの事態は収拾されそうにないと判断し、控え目に言葉をかける。
「なぁ、CAGE。気持ちはわかる。おマエがこの二年間ホンマようやってきたこと、もちろん俺は知っとるよ」
「うっうっ…」
「せやなぁ、確かにあのFOmarの相手なんかおマエくらいの明るさがなかったらようやっとれんと思うよ。あんないつもいつもボケーッとしとる、朝も夜も起きとるんか寝とるんかわからん奴の相手なんか…」
「HARUKIの悪口は言うなあああああっ!!!」
「い、いやいや、悪口ちゃうて。悪口とちゃうけど…その、何や、つまりおマエはようやっとる、ちゅうことや。せや、CAGEはもっと評価されたかてええはずや」
「うっうっ…ひっく…わかってくれるか、クロガネぇ…ぐすっ…」
「…泣き上戸か、CAGE…?」
「だからぁ、俺が言いたいのはだなぁ…ぐすっ…HARUKIの世話するのが大変だったってことじゃなくってだなぁ…」
「じゃ、なくて…?」
「じゃ、なくて…、……こんなに苦労してる俺を…一人放置してなンで…HARUKIだけクリスマスパーティーにお呼ばれしちまうんだよおおおおおおおっっっ!!!」
「お…落ち着け、CAGE! 冷静に!!」
「あんの野郎っ、一人だけ楽しくやりやがってぇ〜〜〜ッ!! 俺にも一声ぐらいかけてくれたっていーじゃねえかっ!! いつも昼過ぎまで寝てるくせに、こんな日だけ早起きしてさっさと出かけやがってえええええ!! ちくしょおっ、許せん!! 許してやるもんかあああああっ!!!」
「あかん…手ェつけられんわ、こりゃ…」
 荒れ狂うCAGEをなす術なく見守りながら、マスター−KUROGANEは深い深いため息をついた。
 それにしたって、たかがクリスマス・パーティーに置いて行かれたくらいのことで…それがそんなに悔しいんだったら、こんなところでやさぐれていないで、後を追って行くなり他のパーティーに出席するなりすればいいものを…。
「うう…ひっく…HARUKIのばっかやろおおおおおおおお…!」
 空になったグラスを握り締めて再び崩れ落ちるCAGEの背中に。
「…誰が馬鹿だって?」
 その場の空気にはっきりと響く冷たい声がかけられる。
「!!」
 脊髄反射の勢いで身体を起こし、がばっと振り返ったCAGEの視線の先にいたのは…。
「はっ…HARUKIさんじゃないですかぁ〜っ!」
 黒ぼんぼりFOmarl・HARUKI。FOmar・HARUKIに生き写しの外見と、どんなに注意したところで聞き分けられないぐらいにそっくりな声の、持ち主。同じ名前で双子の妹。
 真っ黒な太めのマフラーで口元を覆うようにして、黒いダウンジャケットを着込んだ腕を組んだままCAGEを見据えているその肩には、真っ白な生マグがちょこなんとのっかっている。
「いやぁ、奇遇ですね! どうしてこんなところへ?! わざわざクリスマスに! さあさあ、外は寒かったでしょう、狭い店ですがどうぞ中に入ってやって下さいよ!」
 ほんの一瞬前まで酔いどれて情けなくも泣き崩れていたくせに、FOmarl・HARUKIを一目見た瞬間に明朗活発な好青年へとたちまち立ち直ったCAGEを、呆れ気味に見つめるKUROGANE…。
「お前なぁ、こんな店言うことはないやろ…」
「どうぞ、こちらのお席へ! ご注文は何にします? 何でもおっしゃって下さいよ、もちろんおごらせていただきますから! 聖夜にあなたと出逢った奇跡を記念して…」
「…CAGE…」
 CAGEは実にさりげない動作でHARUKIの手を取り、紳士的にカウンター席へとエスコートしようとしたが…。
「いや、私別に飲んだり食べたりするためにここに来たわけじゃないから」
「え……?」
「二人を、うちのクリスマスパーティーに是非招待しようと思って…」
「ほっ、本当ですかあああーッ!?」
 耳元で力一杯叫ばれて一瞬迷惑そうな表情を見せたものの…今日のHARUKIは何故か、すぐに不機嫌な顔を引っ込め…それどころかにこやかにCAGEにうなずいて見せた。
「もちろん、本当。わざわざこんなとこまで嘘つきに来るわけないじゃない」
「こんなとこて…お嬢まで…」
 カウンターの向こう側で軽くへこむKUROGANEに対しても、HARUKIはにっこりと笑いかけ、
「もちろんクロさんも来てくれるよねぇ?」
 来るに決まっている、と自分で付け足しかねないような断定口調。
「いや…お誘いはありがたいんやけど、店が…」
 それでも遠慮がちに一応切り出してみるが…。
「店…あぁ、店かぁ…。…営業出来ないようになったら来てくれるかな…」
「!! なっ、何するつもりやーッ!?」
「楽しいよぅ、クリスマスパーティー。クロさんも来るね。決定。さあ、準備して準備して」
「あっ、HARUKIさん、パーティーだったら正装して来ないといけませんよねっ? 俺今からちょっとウチに戻って支度を…」
「ああ、いやいや、全然その服で大丈夫だから」
「え…でも、いくらなんでもこんな格好じゃあ…」
「ううん…うちのクリスマスパーティーは、野外パーティーだからさ。きちんとした服で来て汚れてもつまらないし…」
「野外パーティーですか! クリスマスに野外パーティーとは…さすが、HARUKIさんのご家庭はやることが違いますね!」
 純粋に感心して褒め称えるCAGE。
 普通そこは突っ込むところのはずなのだが。
「このクソ寒い中表でパーティー…正気の沙汰とは…」
「…何か言った? クロさん…」
 片付けの手は止めぬままぶんぶんと首を横に振るKUROGANE。
「あ、ところで…HARUKIが行ってるのって、そちらのパーティーなんですか?」
「あぁ、兄貴? 今頃すっかり埋まっ…」
 HARUKI、急に言葉を切る。
 ごほん、と落ち着いた咳払いを一回。
 それからおもむろに顔を上げ…。
「今頃すっかり、『うまい』料理でも食べて上機嫌なんじゃないかなぁ〜?」
「…! 今『埋まった』とか『埋まってる』とか言いかけたのに…! 不自然な言い回しではぐらかすにも限度が…っ!!」
「くっ…アイツやっぱり一人だけいい思いしやがってぇぇ! 許さんっ!!」
 KUROGANEの驚愕をよそに息巻くCAGE。
「……CAGE……!」

 ラグオル地表、森林エリア。
 HARUKIに連れられるまま、CAGEとKUROGANEは、大地を分厚く雪が覆う一画までやって来た。
 歓声が聞こえる。
 複数の人間が雪を踏み散らかして走り回る気配。
 近づくにつれ、騒がしさは次第にはっきりとしたものとなり…。
「連れて来たよっ!!」
 HARUKIの呼びかけの声が冷たく澄んだ大気に響き渡ると、その場にいたほぼ全員が自分の今している行為―互いに雪玉を投げつけあうこと―を止めて三人に注目した。
「わ…CAGEさんに、KUROGANEさんだ!」
「! その声は…RyuKaちゃんじゃないかぁ〜っ! クリスマスに君と会えるなんて、もはやこれはうんめ…」
 大袈裟な台詞と身振りで喜びを表現するCAGEの顔面に、いきなり飛んで来た雪玉が命中した。
「なぁにが運命だ! 現れるなりヒトの妹に手を出すな!」
 前髪についた雪を払いながらそちらに顔を向けると、予想通りHyuGaがいる。白いダウンジャケットに黒くごつい手袋をはめて、新しい雪玉を作りながらCAGEを睨んでいる。

+++



2005年07月13日(水)
書いてたとこまで公開します。その3

 以前『高台にて』というタイトルで公開していたものの再録です。
 エピソードとしてきちんと完結しております。
 そのうち読み物コーナーに戻すかも戻さないかも?

+++

 灰色の分厚い雲に覆われた空から、細い雨が地表に降り注ぐ。
 濡れた大地に、左肩から腰の部分までを斜めに斬り裂かれたゴブーマの死体が投げ出される。
 泥水が跳ね、真っ赤な血がじわりと広がってゆく。
 倒れこんで来た屍を避けて、片手にDBの剣を握った紫色のHUcastが駆ける。
 ブーマ達が一掃された直後に姿を見せたヒルデベアへと、距離を詰める。
 こちらに向き直り巨大な拳を振り上げようとしたその懐に躊躇なく飛び込む。
素早く持ち替えたムサシの斬撃を、がらあきになった腹部に叩き込む。
 …巨体が傾ぎ、先刻のゴブーマと同様に泥の中に崩れ落ちた。
 緩やかに広がる紅が、HUcastの足元を浸す。
 翠の刃の双刀を両手に提げたまま、彼はこの区画の入り口ゲートを振り返った。

「済んだぞ」

 数十体を数える凶暴化した原生動物の群れをたった一人で殲滅し終えた直後とは思えないほど平然とした声で呼びかけると、それまでゲートの向こう側で待機していた白服のHUmarがひょいと顔を出した。
「早いッスね…」
「所詮雑魚の群れだ。お前と一緒にするな」
 HUmarに冷たく言い捨て、HUcastは広場の片隅にあるワープ装置に向かって歩いて行く。
「きょ、今日もやっぱり、このマップでしたか…!」
 HUmarは何故だかとっても情けない表情で弱気な声をあげ、それでもHUcastの後を追って歩き出した。
「ああ。これで三日連続か、この地形は」
 何の感慨もない口調で応答する彼の見上げる先では、モネストが三体、モスマントに運ばれ高台へとゆっくり降下してゆくところである。
「の…呪われてる…俺、呪われてる…!」
「つべこべ言わずに行って来い。ここまで連れて来てやったんだ、今日も頑張って『特訓』してくることだな」
「うう…仕方ない、それじゃあ、行って来ます…!」
 HUmarは最近手に入れたばかりのハルベルトの柄をきつく握り直して気合を入れると、覚悟を決めてワープ装置に乗り込んだ。

 JUNがハード区画への立ち入りを許可されて、数日。
 HARUKIに言いつけられて、HALKILEEKは毎日ハード区画の森林エリアでJUNを鍛えてやっている。
 ノーマル区画のエネミーとは比較にならないくらい強化された原生動物に、しょっちゅう叩きのめされるJUNの姿は痛々しく、せめてもう少しレベルを上げ装備を充実させてから来た方が良いのではないかと考えたりしなくもないHALではあったが…これは、HARUKIの言いつけなのだ。
 敬愛してやまない(度を越していると評判)母親の命令である限り、HALはたとえJUNが頑強に拒んだとしても、ハード森まで襟首掴んで引きずって行ってブーマの群れの中に情け容赦なく蹴り込み強引にレベルを上げさせることだろう。
 JUN自身も強くなりたいと切に願っているためそのような真似はせずにすんだのは幸いであった。
 
 ところで、森林エリアへの降下を続けるHALとJUNの二人が見つけた絶好の経験値稼ぎポイントというのが、今JUNがワープ装置を使用して乗り込んだ「モネストが三体出現する高台の広場」なのである。
 モネストはその体内からモスマントと呼ばれる生物を無数に吐き出して外敵を攻撃させる。モスマントは数こそ多いものの、森に生息するエネミーの中では最弱のものだ。
囲まれてしまわないように注意を払ってこいつをたくさん倒せば、ブーマに張り倒されまくって本気で泣きそうになったりサベージウルフの群れに周囲をぐるぐる回られて獲物として狩られる恐怖を味わったり見た目は愛らしいラグ・ラッピーの一撃で地に這いつくばり自らの非力さを噛み締めることなしに、比較的安全に大量の経験値を稼ぎ出しレベルを上げることが出来る。
 …JUNにとってはモスマント一体でさえ軽く斬り捨てるというわけにはいかないのであるが。

 戦闘が始まると目の前の敵一体に集中してしまってレーダーマップを見なくなるきらいのあるJUNの為に、待機しているHALが適切な指示を与えて彼が囲まれないようにしてやる。
 それでも時折背中をとられてしまうらしく、モスマントの攻撃をマトモに食らってJUNが死にかけることも何度かある。
 当然本当に危なくなれば助けに入るつもりだが、とりあえずメイトがある限りは彼一人に戦わせなければためにはならないと、じっと見守るHALである。
 こんなとき回復テクニックのレスタが使えれば、ワープ装置がある位置からでも体力を回復してやることが出来るのだが…と言うか、何故HARUKIがJUNを鍛えてやらないのか…? FOmarlなら回復だけでなく補助テクニックもかけてやれるのに…だが、HARUKI自らがJUNのレベル上げを手伝う等と言い出したらそれはそれでやっぱりHALとしてはものすごく面白くないので、内心は自分が護衛役をすることになって安堵していたり、JUNの世話役を任せるってことはやっぱり俺って頼りにされてるのかな? なんて幸せなことを思ったりもしている。
 彼には気の毒だが実際のところはHARUKIがJUNの面倒を見ないのは純粋にダルかったからで、HALにJUNのお守りをさせているのはもちろん彼がHARUKIにとって最も便利に扱える人物であるからというただそれだけの理由に過ぎない。…本当に気の毒なのだが。

 …JUNが最後のモスマントをナイフの刃ではたき落としたのは、高台に足を踏み入れてからたっぷり一時間後のことであった。
 今回は特に大量のモスマントを吐くモネストばかりに当たってしまったらしい。
 手持ちのメイトもほぼ底を尽いている。
モネスト本体を倒してしまいたくなったりHALに助けを求めたくなったりという誘惑を必死にはねのけながら戦い続けていた彼の精神力も限界に達しようかという頃だった。
目の前にいるモネストがしんと静まり返り、もはや一匹のモスマントも吐き出して来なくなったのをきちんと確認してから、JUNは安堵と疲労のあまりその場にへたり込んだ。
「は、ハルキリさ〜ん…終わりましたぁ…」
 ぐったりとした気分で呼びかける。
 すぐにHALが上がって来た。
「今日は長かったな…」
「もう、死ぬかと思いました…」
「少し休んでいろ。残りを片付けて来る」
 ガルダ・バル島探索が始まって以来お気に入りの武器となったらしい双刀でモネスト達をあっさり葬り去ると、HALは単身先の区画へと進んで行った。

 数分後、まだ休みたいと訴える身体に無理矢理活を入れなおし、JUNはその後を追った。
 ドーム地下への大型転送装置前にHALが立っていた。
 装置が作動しているところを見ると既にこの周辺にいたエネミーは全て始末されたようだ。
 ドーム地下には『ドラゴン』と呼ばれる大型のモンスターがいる。そいつを倒せば、このエリアのエネミーを全滅させたことになる。
「かなりへばっているようだな?」
「ま、まだまだですよ!」
 HALの台詞を弾かれたような勢いと大声で否定し、JUNは無理に背筋をしゃきっと伸ばした。
 それが真実でも、弱音を吐くわけにはいかないのだ。
 己の未熟さを克服するにはひたすら修行あるのみ。
 ただがむしゃらに無茶をすればいいと思っているわけでは、決してないが…。
「そうか。だがもう少し休め」
 静かな声であっさりとそう言うと、HALはJUNの返事を待たずに高台の縁へと歩み寄った。
細かな雨に濡れる森林の眺めを楽しんでいる、という風には見えない。何事か考え込んでいるようである。
 沈黙が落ちた。
 それまで全然気にならなかった雨音が急に耳につき始める。
 JUNは思い切ってHALに歩み寄った。
「ハルキリさん」
「…何だ?」
「毎日、付き合ってもらっちゃって…すいません」
「いきなり改まってどうした」
「俺、早く一人でレベル上げられるようにならないと、いけないですよね…レベル上げだけでなく…普段から、HARUKIさんとか、HALさんとかに、お世話になりっぱなしで…それじゃ、ちょっと、情けないですよね」
 足元に視線を落とす。
「…もっとしっかり、しないと…」
 自分に言い聞かせるように呟く。
「お前がしっかりしたいと思うのは勝手だが…他人の世話になって生きることを情けないとは、俺は思わない」
 少しの間を置いて、ゆっくりと響く低い声が答えた。
「むしろ、自分が大勢の人間に助けられて生きているということを自覚出来ない方が情けないと思うが」
「…! 俺、そんなつもりじゃ…もちろん、皆さんには感謝してます…!」
「わかっている。あくまで比較として挙げただけだ。…JUN、人は一人では生きられない、弱い存在だ。だからこそ…己のその弱さを見つめ認められる者こそが…他人の助力を素直に受け入れ、感謝出来る人間こそが本当に強いのだと、そうは思わないか?」
 咄嗟には返す言葉が浮かばずに、HALの顔を見返す。
「自然にそうすることの出来る人間のまわりにはたくさんの仲間が集まるだろう。人は一人では生きられない…だからこそ謙虚な心を忘れずに、出会った人間とのつながりを大切にしていかなければならん。話が少しずれたかもしれないな。自分自身が強くなりたい、という志を持つことは大事だ。その意志なしには向上は有り得ない。だが、その為には…甘やかしではない他人の協力もまた、不可欠だということだ。…助けられていることを申し訳なく思う必要も、そのことで自分を責めたり無理に追い立てたりする必要も、ない。周囲の援助を受けるのは当然のことだ」
 一息に言い終える。
それから、少しばかり喋り過ぎてしまったのを恥じるかのようにHALは視線を逸らした。
「…、ハルキリさんがそういう考え方をなさってたなんて、ちょっと意外でした…」
 彼の横顔を見上げながら、JUNは正直な感想を口にする。
「あ、悪い意味じゃないです。だって、その…ハルキリさんは強くて…俺もそんな風になりたいと思って…どんなとこででも、独りで戦えるぐらい強くなりたいと思ってて…その、だけど、正直言って、ハルキリさんの考え方、いいな、と思います。うまく言えないんスけど…」
「俺が考え出した訳ではない。…HARUKIの受け売りだ」
「ええッ?! …あっ」
 JUNは自らがあげてしまった驚きの声の大きさに自分でビックリして慌てて口を塞いだ。
 自分が単独では生きられない弱い存在であることを受け容れ、だからこそ助けてくれる周囲とのつながりを大事にしなければならない。
 …その考え方が、HARUKIさんの受け売り?
 あの、超がつくほどのマイペースで、ときとして非常識なまでに自己中心的で、他人がどう考えているかなんてことには露ほどの関心も持っていなさそうな、HARUKIさんの受け売り…?!
「…そこまで驚くか…」
 HALが呆れたように言って、ため息をつく。
「あ…い、いえ、決して悪意は…その…」
 しどろもどろに弁解しようとするJUNの台詞を片手で遮る。
「まぁ、俺が言うのも何だが、わからなくもない…俺だって最初に聞かされたときは意外だった」
「で…す、よね」
「しかし今でもHARUKIがその考えを捨てていないことは確かなようだ。…理解はされないだろうが…」
「は…はぁ…」
「だからこそ、俺もそれを受け入れることにした。自らの思考パターンの根本にそれを置くことにした。自分が本当は、他の助け無しには存在出来ない弱いものであるという、認識を」
HALの台詞に耳を傾けながらも…HARUKIが今でもそう思っている、とは、やはりにわかには信じられないJUNである。
HARUKIは誰も必要としていないのだと思っていたから。彼女は誰の助けも必要とせず、自分一人で生きていくことに何の不都合も感じていない、感じない人間なのだと、ずっとそう考えてきたぐらいだったから…。
「…もう十分休めたようだな? そろそろ行くぞ」
 そのまま深く考え込んでしまいそうになったJUNは、HALの声ではっと気を取り直す。
「メイトもなくなりかけていたようだったな…俺のものを持って行け」
「あ…す、スイマセン。ハルキリさんは大丈夫なんですか?」
「…俺は必要ない」
「ですよね…ありがとうございます!」
 受け取ったメイト類をアイテムパックの中に収める。
 それから、ドラゴン戦に備えナイフをオートガンに持ち替える。
「準備OKです!」
「うむ」
 一つ頷くと、HALは大型転送装置へと一歩足を踏み入れた。
 JUNもすかさずそれに続く。
 …直後。
 装置が作動する一瞬、HALが身を引いた。
「!!」
 転送される直前。
 HALは短く、はっきりと、告げる。
「強くなれよ、JUN」
「………!!」
…気の利いた台詞の一つも返せぬまま、JUNは単身ドーム地下の空洞の中―――ドラゴンの目の前に、放り出された……。

 …今度こそ死ぬむしろ死んでやると思いながらもJUNがどうにかこうにかドラゴンを撃破したのは、それからたっぷり一時間半後のことであった。

 よれよれになってテレポーターから帰還したJUNは、メディカルセンターのすごく真ん前で待っているHALの姿を見つけた。
「ハルキリさん〜ッ!! 何で俺を一人で送り込むんですかああッ!! 鬼!! 悪魔!! マザコンッ!!」
「…!(衝撃) 最後のだけは取り消せ!! お前のためを思ってのことなんだぞ!」
「何もボス戦で突き放すことないじゃないですかあっ!! HARUKIさんに言いつけてやる!!」
「無駄だ…あれはHARUKIの言い出したことだ…」
「…!!」
「むしろ、最初HARUKIはハード区画のデ・ロル・レ戦で置き去りにして来いと言ってたのを俺が説得してドラゴン戦に変更させたのだぞ…?」
「でろるれ…!?」
「まぁ、そうやってハンターズは強くなっていくということだな…」
 遠い目で語るHAL。
 多分そんな風には強くならないだろう。
「はっ…モネスト特訓も、まさか…?」
「…最初HARUKIは…ノーマルDF第一段階ダーバント戦で鍛えて来いと言ってたな…」
「だーばんと…!!」
「モネストと違ってDFは攻撃して来るからなぁ…アレはつらいとやはり説得したんだ…」
「ハルキリさん、まさか…」
「…VHでやったっけな、ダーバント特訓…ふふ…苦労するわりには効率の恐ろしく悪い…レベルなんかちっとも上がりやしねぇ…」
「ハルキリさん?! ハルキリさん…!! しっかりして下さい!!」
「しかしそれがHARUKIの言いつけであるからには…HARUKIが俺を強くするためにと考案した経験値稼ぎ法であるからには…!! 俺に選択肢などないのだ…ッ!! 三時間でも四時間でもダーバントを狩り続けるしか…!!」
「ハルキリさん…!! お気を! お気を確かに…!!」

 …そんな二人のハンターズを人々が怪訝そうに避けて通ってゆく。
 ラグオルに着陸出来なくとも、とりあえず彼らの周囲ではパイオニア2は今日も平和、なのであった。

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