Laurentides MOVIESBOOKMARKS



 Lago Titicaca

朝5時半起床。サンライズを見るためだ。


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思っていたほど寒くもなかったから、湖沿いの畑のほうまで歩く。村のヒトたちはもう農作業を始めていてびっくり。ルームメイトのキャシーも起きて来たので一緒に。

パンケーキとお茶の朝ご飯の後、8時にタキーレ島に向けて出発。島の反対側に到着後、ゆるやかな坂をのんびりと登りながら、El Plazaを目指す。


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この島のみどころといえば、編み物をする男性。立ち話をしながら、もくもくと器用な手先で帽子とか編んでいる。プラザには島のコミュニティが経営する店があって、各自自分達の作品をソコへ持ち込んで売ってもらうといううしくみになっているもよう。ところが、その帽子とかはイマひとつ。最近はアクリルの糸を使って機械編みっていうのもアリだとか。昔は糸を切るということは縁起が良くないと言われていたらしいけど、小道には切られた糸がそこら中に散在してた。


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ちょっとスパニッシュな帽子をかぶったおばちゃんは他の土地からモノを売りに来ている人らしい。オトコのヒトだけど、帽子、半分白いのをかぶってるヒトは既婚だとか。ガイドさんが、パーティの時、未婚のオンナのヒトはスカートを20枚はくのだ、って言ってたけど、2枚でもずっしり重いのに大変なコトだ。一枚一枚スカートを重ね着してる間に「早く結婚しよう」って思ったりするヒトもきっといるはず。

さて、ところで、お菓子をねだりにくる子供には果物をあげましょう、とかガイドブックに書いてあるけど、観光客の食べてるお菓子が食べたい気持ちはよくわかる。かと言って、ねだられるままにあげたりすると、彼等の人生観がそういう風に変わってしまうわけだし。そのへんが微妙なところ。


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観光が重要な資源であるこの島の変化は著しく、団体ツアー用のレストランもたくさんある。ここでランチ。メニューは島近辺でとれるキングフィッシュもしくはスパニッシュオムレツ。スープとパンとコーヒーもついて10ソレスだから良心的。

ここ数年の間に宿泊設備もできたとかで、「あと1、2年もすれば、インターネットカフェだってできてるかも?」ってガイドのヒトは言っていた。あまり近代化しすぎると、この島へやって来るヒトが逆に減るのではないかとも思えるけど。

2003年06月30日(月)



 Lago Titicaca

ティティカカ湖の島々をめぐる一泊二日のツアーに参加。

ブッフェの朝食をたらふく平らげ、トラベルエージェントのおじさんが迎えに来てくれるのを待つ。

船に乗る前に、ホームステイ先へのおみやげにとパスタとオーツを購入。あと、なんでも電気は一日に2時間だけということなので、ろうそくも。

私の参加するツアーのグループは、イスラエル人4人、スペイン人2人、フランス人3人、オーストラリア人3人、カナダ人2人、イギリス人2人、そして私、と、総勢17人。実にインターナショナルな顔ぶれだ。

●Islas Los Uros


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トトラと呼ばれる植物からなる浮島。大きな島にはトタンの屋根のあるモダンなお家もいっぱい建っていて、ホントに浮島なのか?と思えてくる。なんとソーラパワーの電力を使用していて、テレビやラジオの普及も進んでるとか。


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もいた。

観光客向けのおみやげには、たぶんボリビアあたりで大量生産されたであろうモノもたくさん混じっている。需要があるからなのだろうけど、安ければよいというモノでもなさそうな。。。

●Isla Amantani

ウロスからボートで3時間ほど。島には8つの集落があって4000人ほどのヒトが住んでいる。基本的に一つの家庭に二人ということで、私はフランス人のキャシーと一緒に、ホームステイすることに。

アドベの家は思っていたよりも普通の家だし、部屋にはちゃんとベッドもあるし、ガイドブックには「寝袋を持参するように」と書いてあったけど、ブランケットもたっぷり用意されていた。(あとで気が付いたのだけど、私のベッドの下にはトカラで編んだマットレスがひいてあったから、キャシーのベッドより快適だったもよう)

トイレは裏庭。便器もある。シャワーもあるけど、水のみだから、夜はちょっと無理。夕方2時間だけとはいえ、電気だってあるし。

別棟になってるキッチンでランチ。なんとなく日本の雑炊のような感じのインカ米のスープとゆでたじゃがいもと『オカ』と呼ばれるパシフィックではヤムと呼ばれているいも。おいしい。

ランチの後は島で一番高い山へ登ることになっているけど、村には自動車がない、それ以前に車が通れるような広い道がない。つまり、あんな遠いところまで歩くの?とかなり不安だったけど、歩いてみると思ったよりもずーっと近かった。とはいえ、1時間くらいは歩いたけど。


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美しいサンセットを堪能した後、また一度家に戻り、晩ご飯。スープとゆでた野菜と卵、ムーニャと呼ばれる、ミントとユーカリのような清涼感のあるお茶。おいしい。

ご飯が済むと、民族衣装に着替えて、ホームステイ先の人たちと一緒に近所の集会場へ。なんとダンスパーティだ♪

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ところで、この民族衣装、実はずっしり重くて、着膨れ度が150%ほどアップするうえ、暑い。で、地元の人のダンスっていうのが、ステップがうんぬんというのではなくて、なにかあるごとにサークルになって走り回るっていうタイプだから、薄い空気に慣れてない外国人には結構ハードだったりするのだ。

そんなわけで、汗をかいたら、外へでて、満天の星空を眺めながら休憩。アレほどくっきりとしたミルキィーウエイを見るのはいったいどのくらいぶりだろう。サザンクロスが控えめに輝いていた。ホームステイ先のおじさんから「ダンスが上手だねぇー」っておほめをいただいた。うしうし。

ところで、ちょっと前にまちゅぴちゅ行きの電車で横になったフランス人のおばさんも、このツアーに参加したとかで、「ホントに貧しい村だから、複雑な気持ちになったわ」って言っていたけど、私には村のヒトたちが貧しいとは思えない。アドベの家は小さいが快適そうだし、どの家にも家族をまかなっていく分のじゃがいもや麦を栽培できる畑がある。たしかに食べていくだけでせいいっぱい的ではあるけれど。ソレって貧しいのかな?

たとえば、ホームステイ先のおとうさんは、以前はPunoの町にでて、自転車をこいでいたらしいけど、安らぎを求めてこの島にもどってきたと言っていた。ただ、十代のむすめさんが二人いるのだけど、彼女たちの将来に関しては不安を感じているらしい。

2003年06月29日(日)



 Cuzco a Puno

私のホリデーも急にあわただしくなってきて、今日はこれからプーノへ。

あれこれ迷った末『First Class』っていうバスを利用することに。料金は30ドルとちょっと高いけど、途中、英語の話せるガイドさんによる観光名所のツアーとランチも含まれてる。

旅行会社のヒトがホテルまで迎えに来てくれて7時半クスコを出発。


●Andahuaylillas


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1610〜50年ごろに建てられたという教会のある町。

●Raqchi

インカの遺跡

●Sicuani

●La Raya

標高4300メートル。このあたりから台地が延々と続く


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さすがにここまで海抜が高くなると、木も育たない。リャマとかアルパカの放牧が中心産業。

5時半ごろにプーノ着。バスを降りたところで、クスコのトラベルエージェントのおばちゃんの知り合いのヒトに出迎えられる。

予定してたホテル『Hostal Pukara』が満員で、『Plaza Mayor』というこぎれいなホテルに泊まることに。料金は25ドルとちょっと高いけど、ブッフェスタイルの朝食込み。たっぷりあったかいシャワーを浴び、夜ケーブルテレビを見ていたら、『Memento』『Y tu mama tambien』をやっていたので、少し得した気分。

2003年06月28日(土)



 Aguas Calientes

今日は夕方4時の電車の時間までフリー。

とはいえ、こんな小さな村で一体ナニしよう?と少し迷った末、とりあえず『Rupa Wasi』へ寄ってみることに。

オーナーのデイビッドはその昔神戸に6か月ほど滞在してたこともあるとか。

パートナーっぽいフランシスコは、ただいま料理の勉強中とかで、「ランチ食べる?一時間待ってくれるならおいしいモノ作ってあげれるよ」って言ってくれたから、Granadillaというパッションフルーツのシェイクを飲みながら、子猫と遊ぶ

そして、できあがったのはコレ。


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彼のいうとおり、ホントにおいしかった。ライス、豆、野菜をよく炒めたのち、パンケーキ状にして、時間をかけて焼くだけ。ってことなので、そのうちまねして作ってみよう。

そういうわけで、キュートなデイビッドとフランシスコ、そして子猫たちと遊んでたら、半日はあーっという間にたってしまって、4時。電車でのんびりとクスコへ戻る。

◆◇◆


『Rupa Wasi』では、フルムーンの夜のまちゅぴちゅツアーも行ってるらしい。次回はぜひ!

2003年06月27日(金)



 Machu Pichu

1泊2日のインカトレックを申し込んでたけど、結局希望の日に出発できないということで、まちゅぴちゅのみのツアーに参加することに。

サンペドロのまどろみが少し残る感じで朝6時起床。トラベルエージェントのヒトが迎えに来てくれて、朝6時35分の電車でクスコを出発。観光客用の電車だからドル建ての料金。往復53ドル10セント。6時発のはシートがリクライニングで朝食付きとかで、さらに往復で30ドルほど高いとか。隣に座ったフランス人の女のヒト、前に座ってたリマから来てるというキュートな男性と彼のおかあさんとおしゃべりしながら。


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10時40分アグアスカリエンテス到着。

すぐにバスに乗り換えて、さあ、夢にまで見たまちゅぴちゅだ!


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誰がとっても同じに見えるところもミステリアース



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ところが、シーズンということもあってか、あまりに観光客が多くて、神秘的な雰囲気は全くなし。なんとなく幻滅さえしていたのだけど、ツアーが終わる2時頃から、あっという間にヒトがひき、静けさを取り戻す。。。

そんなわけで、ツアーで回って来たところを逆戻りして、さらにじっくりと堪能。










リャマの子供。生後2週間とか。こちらの親子も観光客が去ったとたん、我がもの顔で遺跡の中を移動しまくってて、行く先々で顔をあわせることに。ついには「あんた、ストーカー?」って顔されてるし。

◆◇◆


5時頃のバスでアグアスカリエンテスへ降りる。ちょっとした日本の温泉街みたいな村。渓谷を流れる川の音を聞いているとノスタルジックな気持ちにさせられる。

ホテルのすぐ近くに温泉があるというので早速。このために水着も持って来てるわけだし。一番あついというところにつかってみたけど、みんながいうほどでもなく、ちょっとモノ足りない。それでも、30分もつかってたら体の芯からホカホカしてきて気持ちがよかった。

お風呂上がりのビールを飲みに、近くのジャズバーのようなところへ。ひとりさびしく飲んでたら、かわいい猫が寄って来て、いつのまにかひざの上で寝てしまい、帰るに帰れなくて、ちょっとだけ困った。

◆◇◆


おなじみ『なしょなるじおぐらふぃっく』のインカサイト。なかなか詳しい。

◆◇◆


まちゅぴちゅへはツアーで行くのが一般的。日帰りやアグアスカリエンテスで一泊のツアーはクスコ市内に腐るほどある旅行代理店で申し込める。

2003年06月26日(木)



 San Pedro Day

インティライミも終わり、そろそろクスコを去る時がやってきた。けれど、その前に二つほどしておくことがある。この二つが今回の旅のメインイベントなのだ。その一つはサンペドロと呼ばれるさぼてんを身をもって体験すること。体験者からいろいろ話は聞いたけれど、やっぱり自分自身でその世界を感じ取りたい。その為にわざわざこんなに遠くまでやってきたのだ。本当は二人以上でないと行わないということだったけれど、無理を聞いてもらった。バディは禅にかぶれていたおとうさんからそういう影響を受けていたっぽい南アフリカのヒト。


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クスコから車で30分ほど、着いたところはマヤの人々の間で金がわんさか湧いてくると言われていた湖。美しい。湖のほとりにするか、小高い山に登るかどうすると聞かれ、ちょっと困っていたら「登りたいんだよね」と言われる。確かにそうだ。言葉には出さなかったけど気持ちは伝わったらしく、気が付いたら二人して丘に向かって歩きはじめていた。

大した山ではないのだが、そこら中さぼてんだらけで、スニーカーの靴底なんていとも簡単に貫通してしまいそうな5センチくらいのするどいとげを持っているモノもあるから油断はできない。おまけにブッシュのさぼてんにたわわになっている小さな子供のさぼてんは「ぴゅーん」と音をたてながら(本当にそういう風に思えた)洋服にへばりついてくる。そんなわけで距離はそうでもなかったけれど、実際歩いたのは15分ほどだと思うけど目的地のケイブにたどり着くころにはちょっとくたくただった。ワリックは早速儀式の準備にとりかかる。そう、ホントにプチ儀式という風でちょっと面食らうが、素直にそして真剣な気持ちで、呪文のような言葉を唱えながらコカの葉っぱを宙にばらまき、心が落ち着いたところで、コップに入った緑色のドロドロした液体を二口ほどで飲み干した。ひどく苦いとか、まるで洗剤のような味だと言われてるが、別に気にもならなかった。心がピュアだと苦くないらしい。ははは。

それから30分ほどはメディテーションということで岩のくぼみに向かって歩く。途中目をつぶったまま数歩歩かされ、「目をあけてごらん」って言われた私の目の前にはインカの世界が広がってた。普段は高いところは虫酸が走るくらいキライだけどあまりの美しさに感動してしまう。どうやらもうすでに気持ちが穏やかになってきているもよう。

岩のくぼみの中で、これからどんなことが起こるのだろうとか、ぼぉーっととりとめもないことを考えていた。けれどナニも起こらない。ちょっと半信半疑になってくる。その間に「今日は特別にぼくも」と言っていたワリックもさぼてんを飲んだようで「そろそろ湖のほうへ行こう」と呼びにきた。ケイブを出てみると鳥が私達のほうを見てた。羽をばたばたさせることもなく空中で静止しながら。あんなことができるなんてすばらしい。山を下りると途中の沼地には水草を食いあさる羊たちがいて、その様子は私の体をむさぼっているようにも思えた。通りを渡ったところで、ワリックが今度は毛虫を見つけた。私のジャケットと同じ、鮮やかなオレンジ、こんなの初めて見る。(こういう風に書いていると、そういうのがこのさぼてんの幻覚なのかと思うヒトもいるかもしれないけど、そうではない。コレは本当に見たもの。ただ、きっとしらふの時にはつい見過ごしてしまうような類いのことなのだろう。)

そして湖のほとりに残されたインカの廃墟の部屋の一角に腰をおろし、ワリックはいろんな石を並べ「助けが必要になったら音を聞くんだよ」とダイヤモンドとどこかの湖の水が入っているというケースを渡してくれた。廃墟の外には、ちょうどひざをちょっと曲げれば横になれるくらいの大きさの岩があったから、その上に寝そべり、瞬時に形を変える雲や、水草の森の中で水浴びする鳥や、せっせと働く蟻をぼんやりと眺めていると、ソレは自分と自然とのかかわりを表しているように思えてきた。きっと何万年も前からソコにある山の歴史が見えてくる。いろんな思い出がスライドショーのように甦る。自分がこんなに自然と密着した生活、人生を送っていたんだということに気が付き、幸せな気持ちになる。今まで、意識して逃避してきたところを愛おしく感じる。

涙が止まらない。あたたかい涙だ。

大地を潤わせるために降る雨と同じで、心が乾ききってしまわないように、乾いてしまった心の部分からもまた新しいナニかが芽生えてくるためにも、こういう涙を流すことも必要なのだ、と教えられているようだ。今までの出来事が、ひとつひとつはっきりとした意味をもっていることに気づき始める。Everything gets clear and makes sense! そう気がついて心がなごみ、私は安心してどんどん泣いた。

◆◇◆


古くから『聖なる儀式』に用いられてたっていう、このさぼてん、いわゆる幻覚作用があるのだけど、幻覚といっても、別にとなりにいるヒトが牛になったり、地面からゾンビが出てきたりっていう類いではない。自然界の美しいモノはさらに美しく、普段はそう思わないモノでさえそれなりに美しく見えてくる。そのかわり、人工的なモノは全く受け付けられない。遠くを走って行く車はもはや形をなしていないし、途中現れた地元の子供が手にしていたラジオから聞こえてきた音楽は、気分を害するような雑音だった。

効き目がよくなるようにということで、朝からナニも食べていなかったから、帰りの車の中では食べ物のことばかり考えてた。私はじゃがいものような大地のかおりのするモノが食べたかった。ワリックはピースープが食べたいと言っていた。帰ってきてから冷蔵庫をのぞくと、そこそこいろんな野菜があったからカレーを作り、ブラウンライスを炊いた。コレが本当においしかったのだ。自然の恵みって感じで。

◆◇◆


ワリックはとってもステキなバディだった。また、どこかで会えるかな。

2003年06月25日(水)



 Inti Raymi

南米3大祭りのひとつである太陽のお祭り。

なんでもインカ時代には、この月は休息の月にあたり、農民は一年の疲れを癒し、飲んだり踊ったりして毎日を送っていたそうだ。

ところで、クスコ郊外のサクサイウアマンで行われる祝祭だけど、最低45ドルからVIP席65ドルとやたら高い。でも遺跡の上からだと無料ということ。よい場所を確保するために、昨日は、っていうか今朝4時まで遊んでいたくせに、同じところに泊まってるアイリッシュなガールズと4人で朝8時から出かけてみた。が、もうすでにヒトがちらほらと集まってきている。それに無料のはずなのに、よく見るとテープで細かく場所が仕切られて、「一人5ソレス出せ!」と言う。悪どい商売はいけない。

デジカメ持って行かなかったから、画像はなし。こちらのサイトがなかなか詳しい。

お祭り自体は、学芸会のような感じ。アレに45ドルっていうのは、どう考えてもリップオフだと思うけど、観光客相手の商売だからしょうがない。お祭りそのものよりも、みーんな、ぞろぞろと、インカな道を下ってクスコに戻って行くのを見てるほうが楽しかった。

2003年06月24日(火)



 Cuzco

Inti Raymi前夜

午前中、アナザプラネットに立ち寄ったらペトロが「パーティがあるよ」って教えてくれた。とりあえずインビテーションのカードが必要だからということで店へ寄った後、広場の角にあるアイリッシュパブへ。

広場のまわりを練り歩くパレードを見物。そのうち隣に座ってたオーストラリア人とちょっとおしゃべり。偶然にも彼女、来年の1月ごろにモントリオールにやって来るとか。不思議な縁。


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夜はパーティだからと、お昼寝するつもりでホステルに戻ったけど、結局寝れないまま、アイリッシュのオンナノコふたりと一緒に9時頃からお出かけ。

天使の羽を身にまとうのがコンポーサリー、ということで10ソレスで購入。

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2度近くまで下がった気温の中、年がいもなく踊り狂い、気が付いたら朝の4時。ひゃーとばかりにホステルに戻り仮眠。なんだか元気ありすぎ。

2003年06月23日(月)



 Valle Sagrado de Los Incas

『インカの聖なる谷』ツアー。英語のガイド付きで35ソレス。


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●Pisaq


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日曜日に行われるマーケットで有名。でも、観光客からぼったくってやろう的商魂が見えかくれして、ちょっとアレだ。別に買いたいモノもないから、屋台で簡単なブランチ。ピーマンにきざんだ野菜を詰めて、フリッターにしてあるもの。ソレにサルサとビートルートのサラダが食べ放題で、ウンソル。アメリカドルにして、30セントほど。ゆでたとうもろこしも食べてみるけど、いわゆる『ジャイアントコーン』で、甘みもなければ、歯ごたえもなく、おいしいモノではなかった。

●Urubamba

ランチ休憩の場所。

ツアー用のレストランがいっぱいあるのだけど、同じようなメニューでありながら、建物のクオリティーとセッティングの違いで、アメリカドル15ドル、13ドル、10ドルといった具合に値段にランク付けがあるのが興味深い。

ちなみにそのレストランのとなりには地元のヒト向けレストランもあり、オランダ人とニュージーランド人と私の5人はこちらへ。こちらだど、アメリカドル3ドル。なんだかなぁーなお話。

●Ollantaytambo


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インカ帝国時代の宿とも要塞跡ともいわれている。積み重ねられた石はレゴのような仕掛けになっていて、地震でも崩れないようになっているとか。しかし、「スパニッシュという地震には耐えられなかったのだ」と、ガイドさん。


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言われなければ気が付かないけど、左側にヒトの顔。なんでもインティライミのころ、そのへんから朝日が顔を出すように、ヒトの手によって掘られたんだとか。

●Chinchero


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教会の裏に小さな遺跡がある。ちょうど日曜日で、教会横の広場ではマーケットが開かれてた。ピサックよりもマーケットらしい雰囲気をかもしだしててよかった。

2003年06月22日(日)



 Cuzco

特別コレといってすることのない一日。

まずはぶらりとセントロのほうへ寄って、民芸品マーケットをのぞく。


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アンデスのオンナノヒトはみんな三つ編み。こんなに凝った編み方をしてるヒトもいる。

◆◇◆


サイモンが教えてくれた韓国人がやっているレストランでランチ。ウエイトレスのオンナノコがやって来てインカの話をしてくれる。「仕事は3時までだから、よかったら市内を案内してあげるよ」と言われたけど、一人でぶらぶらしたかったから柔にお断りして、博物館めぐりへ。ちなみにココの料理はすっごくマズかった。

◆◇◆


●Museo de Arte Contemporaneo

クスコから飛行機で30分ほどのところにある『Parque Nacional del Manu』のエキスビジョンをやってた。担当のおじさんが親切にひとつひとつ説明してくれる。スペイン語の勉強にもなって一石二鳥。アマゾンのヒト同様、モンゴル系のインディアンたちは、日本人に限りなくよく似ている。またペルーに来る事があったら、ぜひ訪れたいところ。

●Iglesia y Convento La Merced


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1534年に建てられたそうだが、地震でくずれ、今あるのは17世紀に立て直されたモノだとか。

●Museo de Arte Religioso


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有名な『12角の石』の向こうを曲がったところにある、ピューマの形が描かれている部分。見ようによっては見えないこともないけど、言われなければ、ただの(インカの)石。

◆◇◆


夜、ワリックと話をしようと、母屋を訪ねてみたら、彼はいなくて、かわりにとっともグアポなラウルというペルー人がいた。強いロンドンアクセントの英語だから、変だなぁーって思ってたら、彼女が帰ってきて納得。彼女は絵に描いたようなロンドンっコっていうタイプ、そんなコトだと思ったよ。3人でおしゃべりしながら『パルプフィクション』を見て、楽しいゆうべ。

2003年06月21日(土)



 Cuzco

お昼は、お散歩中に見つけた『Kin Taro』っていう日本レストランで、お好み焼き定食を。ちゃんと本物のお好み焼きだった。お味噌汁とごはん、お漬け物、コカ茶付きで10ソレス。

その後、市内半日ツアーに参加。

●Iglesia de Santo Domingo(Qoricancha)


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『太陽の神殿』上の写真はインカのヒトが最も尊ぶ朝日のあたる場所で、金で覆われ、くぼみの部分にはサファイアなどの美しい石で装飾されていたとか。もちろん、スペイン人が祖国に持ち帰ってしまったわけだが。

●Sacsayhuaman

クスコの東を守る要塞だったらしい。一日3万人を動員して完成までになんと80年かかったとか。毎年6月24日に行われる『Inti Raimi』の会場。

●Qenqo


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インカ帝国の祭礼の場だったとか。洞窟の中にはいけにえの台なんかもあったりした。

●Tambo Machay


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聖なる泉。雨期、乾期を通して、常に同じ量の水が湧き出ているらしいが、水源はどこにあるのかわからないとか。みすてりあぁーす。

ツアーを終えてクスコに戻る途中、アルパカ製品の店へ立ち寄る。ガイドさん曰く、ここの店の商品は質がよくて、街で買うよりも安いんだそうで。みんな急に物欲が刺激される。香港とかハワイのツアーに必ず含まれてる免税店でのショッピング同様、ガイドさんのおこづかいかせぎだと思われるけど。説明の途中見せてくれた600ドルもするというアルパカのマフラーを、みんなでうれしそうにナデナデ。さすがに買うヒトはいなかった。

◆◇◆


コリカンチャで英語のツアーに合流したのだけど、そんなこととはつゆ知らず、最初に乗って来たバスにコートを置いてきてしまった。もうそのバスには戻らないのだと気が付いた時には時遅し。ツアーが終わって、クスコに戻ったころにはすっかり肌寒くなってた。どうせ捨てようと思ってたコートだ、すっぱりあきらめて、オレンジ色のフリースのジャケットを購入。45ソレス。

ところがホステルに戻ってから、コートのポケットに部屋の鍵を入れていたことに気がつく。合鍵がないとか。がーん。結局、ワリックが窓から部屋に侵入して、鍵を付け替えることで、一件落着。その後、サイモンの子供、ガビちゃんと一緒にお絵書きして遊んだり、まったりと。

◆◇◆


ツアーの時、バスで横に座っていたおばさんとは、その後行く先々で出会うはめに。マイアミ在住だけどペルー生まれ、ペルーの北のほうにコンドを持っているから、「いつでも遊びにきてぇー」とのこと。ほほほー。

2003年06月20日(金)



 Cuzco

『Corpus Cripsti』という祝日。

Plaza de armas周辺では、プロセッションが行われていた。


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◆メルカド◆

ちょっと気分転換にと、市場へ。途中、若いオトコノコ二人が話しかけてきたので、ちょっとスペイン語の練習。「またどっかで会うでしょう」と言って別れたのだけど、4日後のパーティでホントにまた会ってびっくり。

メルカドで、オレンジ色のショルダーバッグを10ソレスで購入。昨日同じようなモノをセントロのお土産屋で見かけたけど、ソレは25ソレスだったから、得した気分。

セントロに戻ろうと歩き出すと、路上でアンデスのおばちゃんが、一生懸命、灰色がかった水を泡立てている。コレがチチャというトウモロコシからできたジュース。50センタボス。おいしーい!っていうような味ではなかった。

◆ツアー探し◆

てっとり早く近郊の見どころを回るツアーと『聖なる谷』ツアーを申し込む為に、目についたトラベルエージェンシーで、早速お申し込み。

後者のツアー、35アメリカドルと10ドルという二つのタイプがあるという。違いはというと、ランチがつくかつかないか、っていったところらしいので、迷わず10ドルのほうをチョイス。二つで60ソレスだけど、ツアーで回る名所の入場券は別売りで10ドル。割高感あり。まあ、しょうがないけど。

お昼過ぎから本格的な雨。乾期にこれほどまとまった雨が降るというのは珍しいらしい。雨宿りにふらりと入ったアイリッシュパブでビールを飲んだら、あっという間に酔っ払い、タクシーでホステルに戻りお昼寝。気が付いたら、夜までぐっすり。

2003年06月19日(木)



 Lima-Cuzco

朝6時10分、リマ着。

空港の外の通路はピカピカに磨かれてて、ゴミひとつおちていない。アライバルラウンジのあたりでは、タクシードライバーが「タクシー?」「タクシー?」と、小声でささやいてくるのがおもしろい。

乗り継ぎの便まで3時間。でも、空港にはコレといった施設もなく、退屈きわまりない。

9時40分の飛行機でクスコへ。飛行機から見るアンデスの山々は壮大。リマからクスコまで飛行機だと1時間程度の距離が、バスだと40時間ほどかかるというのも納得。


ペルーの地図
クスコの地図

◆宿泊先◆

宿泊先は『Casa de la gringa』こんなところ。 セントロからタクシーで5-10分ほどのところ(3ー4ソレス)にあるその名のとおり、南アフリカのヒトがやっているホステル。敷地内には大きな庭もあり、部屋も可愛い。

余談だけど、庭には、花々に見入りながらメディテーションをしている白人3人。彼等をウォッチングしながら、早速コカ茶を飲んで、高山病予防。なにしろ標高3400メートル。初日は無理をしないように、とのガイドブックのアドバイスどおり、2時間ばかりお昼寝した後、とぼとぼ歩いてセントロまで。

セントロに向かう途中、道ばたでおばさんが、チェリモヤを売っていた。5つで1ドル30セントほどだったから、早速購入。コレ、ホントにおいしい。

◆クスコーセントロ◆

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カテドラル



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空気のうすさはそれぼど気にならないけど、冬だというのに結構陽が強くて日中はまるで夏のよう。だけど夕方からは急に冷え込むからどんなに暑くてもジャケットは必須。


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民族衣装を着た子供たちは、観光客に写真を撮らせておこづかいかせぎ。私は横に座ってただけだったのだけど、あんまりしつこく「写真撮れ!」って言われたものだから、1ソルあげたのにモデル悪すぎ。お金取るならもっと自然なポーズをしてもらわなければ困る。それにしても、こんな小さい時から、こういうお金の稼ぎ方を覚えてしまうと、将来大変そう。

◆La comida◆

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Plaza de Armasからちょっといったところにでてた屋台でセナ。すごいヒト。ハーフサイズでこのボリューム。5ソレス(1ドル50セントくらい)。『Cuy』というギニーピッグ、ソーセージ、チキンの盛り合わせ。やたら塩辛くて、おいしい!と感動するほどの味ではなかった。それよりも、同じモノを売る屋台ばっかりっていうのは、いったいどうしたものか?



2003年06月18日(水)



 出発の日

出発の朝、9時起床。

NZ時代のともだちからメールが届いてた。最後に話したのは1年半ほど前、その時も1年半ぶりくらいに話したのだけど、お互いいろんなことがあってびっくりしたものだ。

で、今回も1年半の間にいろいろあったけど、二人ともなんとかフリだしから何歩かは先に進んでいるもよう。お互いに恐ろしい年になってしまったけど、まだまだ現役よねぇー。

◆◇◆


いつもどっか行く時って、朝5時とか6時とかっていう、私にとってはとんでもない時間に出発っていうのがキマリだったけど、今回は夕方の6時。余裕。ありがたいことにルームメイトが空港まで送っていってくれた。

NYで乗り換え。

ちょっと小腹がすいたから、前から気になってた『クリスピィークリーム』のドーナッツを購入。しっとりしててなかなかおいしいけど、たかがドーナツなのに2ドルちかくするっていうのはなんとなく許せない。

セキュリティーは相変わらず厳しいようで、みんな靴を脱がされてた。が、私は「脱がなくてもよろし」ってこと。前のヒトは裸足にサンダルだったにもかかわらず、脱いでたのに。へんなの。思うに、スニーカーの底っていうのは細工が難しいのかもしれないな。

◆◇◆


4時間もあるトランジット。なんだかぐったり。



2003年06月17日(火)



 ちびくろ

とりあえず、クスコとリマでの滞在先が決まって、なんと空港までお迎えにきてもらうアレンジも済ませた。なんだか手抜きっぽいけど、空港についた途端に、客引きのヒトとのネゴシエーションってのはめんどくさいから。よく言えばストレスフリーの旅。

荷物もほぼ詰め終わって、あとは明日になるのを待つばかり。わっくわく。

◆◇◆






先週末はF1だったこともあり、街は観光客であふれてた。モンロワイヤルは毎年恒例の歩行者天国になってて、こちらは地元のヒトであふれてた。

ともだちとぶらぶらしたのち、さぼちんのお見舞いに。元気そうでなにより。その後、きいろくんのところへおじゃまして、ちびくろのところにもちょっと顔を出す。猫のはしご。しあわせ。

ちびくろといえば、彼女、生まれつきちょっとバランス感覚がにぶい。ママン自身、子猫サイズで初産。帝王切開で生まれた子猫は一匹は死産、もう一匹は生後2週間くらいで死んでしまったのだけど、ちびくろは、ハンディキそんなハンディキャップにもめげることなく、ほかの二人の分までたくましく生きているっていう感じ。

それでも、ちょっと走ってはこけて、立ち止まったかと思ったらこけてを、くりかえす彼女を見ているのはたしかに痛ましい。「果たして彼女はサバイブできるのだろうか?」ってみんな心配しているけど、もしサバイブできなくても、今あんなにしあわせそうだから、ソレはソレでいいのではないかと私は思う。もちろん、すくすく育ってくれたらもっといいけど。

2003年06月15日(日)



 いろいろ

日曜日、早起きして、日替わりセール目玉商品になってるスマートメディアを買いに行ったのだが、店についたらすごい行列ができていて、あっという間に売り切れてしまった。『セールは12時から』っていうと、もっと前の時間から並ぶヒトがこの世に存在するっていうことをすっかり忘れてた。

結局、人生、なかなか一筋縄ではいかないこと多い。

そんなわけで、普段大きなメモリのメディアは必要ないから、普通のフィルムを5本ほど買って、一件落着。

◆◇◆


スペイン語の学校の下にあるカフェ、日本語が話せるヒトがいる。試しに日本語でオーダーしてみたら、〆に「めしあがれー」とか言われちゃってびっくり、っていうか大笑い。「ダニエルさんはずいぶん日本語がお上手ですね」とほめたら、「とんでもない。まだまだです」だそうで。ほほー。「強いコーヒーをください!」って言ってる私以上に有望なレベルかも知れない。

◆◇◆

  
部屋のペンキ塗り終了。一部、ウエッジウッドカラーを残すことにしたから、ソレにあうような色選びをしたつもりだったけど、なんかマーサスチュワートのカタログに出てきそうな配色。うーん、まあいいか。

◆◇◆


スペイン語のクラス終了。楽しかった。

そういえば、クラスメートが日本で撮ったというショートフィルム、ネットで見れるということなので、昨日早速見てみた。96年ごろの作品で、高校生売春の話。トロント映画祭でカナディアンショートフィルム部門に選ばれたらしい。映像がうんぬんというよりは題材がある意味衝撃的だったからだろうという気もしないでないけど。

それよりも、映画を見てて気になったのだけど、日本の街ってあんなに煩かったっけ? なんか、街中が魚市場みたいな印象。

◆◇◆
 

いろんなところで見かけたので。

kumikoさんのモテ度は56点です。ランクはBです。今、 kumikoさんとおつきあいしたいと思っている人が3人います。

解説
性格 C
容姿 C
お金 D
会話 B
恋愛経験B

だそうで。 得点が低いところは無視。これがポジティブ志向というモノだ。

雰囲気A なんともいえない、いい雰囲気を醸しています。あなたのオーラは目に見えない微粒子のように相手の耳や目から相手の気持ちに入り込んでゆき、相手によい印象を与えます。このまま誰にも真似のできないあなただけの雰囲気を保っていってください。

恋愛運A 運はばっちりです。恋愛ほど運が大事なジャンルはなかなかないですよね。とくに何の努力をしなくてもあなたにチャンスは訪れるでしょう。どしゃぶりの雨なのに傘がなくて立ちすくんでいる男が途方に暮れてたりとか、、、今恋人がいないとしても全然大丈夫。だって幸運の女神とお友達なんだから。

幸運の女神ちゃんがお友達、って言っても、お友達にもいろいろあるからねぇー。いじわるされてるような気もしないでない。

で、結論だけど、こっちが興味のないヒトにもててもしょうがないから、もてなくても全然おーけー。だけど、おつきあいしたいと思っている3人のヒト、とりあえず、はっきり言ってくれないと、私わからないので、そこのとこ、よろしく。


2003年06月12日(木)



 Parc






後日、けべこわーずな友達にこの画像を見せたら、どこの公園かすぐに言い当てた。おそるべし!っていうか、あまりにもポピュラー。

2003年06月08日(日)



 パブロバ

ということで、なにごともなかったかのようにスムーズにコトが進み、明日チケットをもらいにいく予定。買おうと思っていた本はKさんが貸してくれたし、引っ越し以来行方不明になっているデジカメのスマートメディアカードは、明日の日替わりセール目玉商品になってるから、ソレを買うことにして、全て一件落着。

結局、人生、なるようになってくれるモノなのだ。

◆◇◆


短い期間に見とかないといけないところは出来るだけ押さえたい!と思ってるから、ともだちから借りた『地球の歩き方』、2年前にコピーしといたロンリープラネット、さらに図書館から借りて来た『Bibliotheque du voyageur』を読んだり、ネットをうろうろしたり。普段はこういうことしないままに出かけるタイプだから、新鮮といえば新鮮だ。

◆◇◆


そういえば、ここ最近続けて『パブロバ』なるモノを作ってみた。ニュージーランドのお菓子。メレンゲとマシュマロの中間のようなモノ。ちなみにオーストラリアのヒトは「パブロバはオーストラリアのお菓子!」って言っている。だけど、名前の由来はロシア人のバレリーナがうんぬん、っていうような話だったような気がする。けど、忘れた。

ところで、どっかで見つけたこのレシピはなかなかよいから、記録しておこう。

卵白5つ、お砂糖1カップ、酢小さじ1、ヴァニラエッセンス少々、卵白角がたつまで泡立てて、他の材料をいれて、あとはベーキングペーパーを敷いた型に入れて、250度で10分、その後225度で2時間焼くだけ。冷めるまでオーブンから出さないのがコツ。クリームと好みのフルーツを乗っけて、召し上がれ〜♪


2003年06月07日(土)



 領事館

領事館へ本を返しに。また来るのもめんどくさくなってきたから、もう借りるのはよそうって思っていたのに、例の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド(上)』が本棚に。この間(下)だけ借りたのは正解だったもよう。

(上)(下)ある本は2冊揃って借りようね、みんな。

◆◇◆


本を物色している時、「自分は日本で保育士をしていた。ここでボランティアをしたいのだけど、どこか知りませんか?」と聞いてるヒトがいた。「なんとかっていうホームページがあるので、そこに広告を出されたらどうでしょう」とか丁寧に答えていらっしゃった、さすがだ。それにしても、領事館を私書箱的に使っていたヤツを知っているが、こういうところで働く方、いろいろ大変そう。

そういえば余談だけど、一応領事館だから、ガードマンもいるのだけど、いつ見てもホントに退屈そう。今日は仕事に行きたくないなーって思うことないのかな?

◆◇◆


領事館といえば、ペルー領事館。トラベルエージェントにすすめられたとおり電話してみたら、「みんな同じ問い合わせをしてくるけど、everything is same as usualよー」だそうで。多分、デモで催涙ガスが飛び交うっていうのは全然珍しくなかったりするような国のヒトにしてみたら、「なに心配してるのかしらー」ってことなのだろう。

そういうわけで、気分を盛り上げるために、クスコのお天気バナーなんか貼ってみた。

◆◇◆


そして、パッキングの予行練習なんかもしてみたり。夜は結構冷え込むらしいから、コートも持ってかなきゃねー。

◆◇◆


そういえば、村上春樹の本を売りにだしているヒトがいて、旅行中の読書用に5冊ほど購入することにして、今日とあるカフェで受け渡しだったのだけど、15分待っても来なかった。コイビトでもともだちでもないヒトに待たされることほど頭にくることはない。コイビトとかともだちでも頭にくるのに。

2003年06月03日(火)



 ベイビーシャワー

例えば、ルイス君に偶然会ったのは、予想もしてなかったほど早くバイトが終わり、予定してたバスに乗れなかったからだけど、普段、予定どおりに事が進行したばかりに会えなかったヒトとか、起らなかったハッピーな出来事ってのもあるにちがいない。実際はそういうことの方が多いのかもしれない。

◆◇◆


ベイビーシャワー。二人の友達がこんな早い時間に一斉に集うというのもおかしなモノ。それに、みんなの名前当てゲームなんていうのもあったりして、へんに和気あいあいとしてるし。

そのゲームだけど、各自に配られた『名前の意味』から、誰の名前かをゲスするっていうゲーム。私のは『Life』、ギリシャ語でそういう意味を持つ名前のヒトのstep motherだったこともあるから、too easy。ともだちのハズバンドなヒトは、「Bright and Beautiful、くみこだろー」って言ってたけど、それはたしかに私だけど、私の名前ではない。残念でしたー。

ちなみに、英語とかフランス語の名前の意味は、このへんに。人気のある名前のベスト100とかもあって、おもしろい。

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「子供ができたからといって、子供中心にライフスタイルを変える必要はない!子供を親のライフスタイルに適応させればいいのだ!」って誰かが言ってた。たしかに、子持ちになっても、気分転換に二人で出かけたりすることも必要だもんね。

◆◇◆


そして、あるヒトは「私は子供と話す時間をとっても大切にしているの。毎日同じこと聞かないでよ!って言われても、同じことを聞くことに意味があるのよ」って言ってた。

同感。全く同じ日っていうのは存在しないわけで。

2003年06月01日(日)
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