蜩日記
気まぐれに更新しています。

2002年10月27日(日) ばろんのこと。

大熊猫記にはあまり書きませんでしたが、こちらへ記して置くことにします。

といってもとりとめのないものになりますが・・・

さて、日記にも書いたとおり、
うちの飼い犬、バロンは10/26日に息を引き取りました。

病名は、胃癌です。

犬の胃ガンというのは非常に珍しいものだそうです。
しかし、罹ってしまうとほぼ助からない病気だそうです。

人間の癌と違って、犬の胃ガンは(特にバロンの罹った腺癌)
胃壁を何倍にも厚くしてかちかちに堅くなってしまうため、
出来た場所によっては手術で切除可能かもしれませんが、
そうでなければ胃全体が癌に覆われ、
消化活動ができなくなり、結局衰弱死、という道しかありません。

バロンの場合は、胃と腸との境、「幽門」とう場所に出来ていました。

春前頃から食べたものを戻してしまう事が増えてきて、
「おかしいな?」と思っていたのですが、
犬は時々は吐くことは自然なこと、という話も聞いていましたし、
近所の獣医さんも
「年で消化がしにくいかもしれないから」という風に話していたので、
それを信じていたわけです。

しかし、7月に入る頃になると、急に嘔吐する回数が増え、
これはあまりにもおかしいと
フィラリアの薬をもらいに行く際にもう一度獣医さんに訪ねてみました。
しかし答えは「お腹空きすぎていても吐くので、食事の量を調整してみては」
とのことでした。

それでも私たちがおかしいのでは、と言うと血液検査をしましょうか、といい、
行った結果、「数値に以上はありません」との診断でした。

しかし、その時バロンは既に、日に1度は戻すようになっていました。
さすがに実際にバロンを見ている家族には、
今の状態が正常のものとは思えません。
なので、自動車で1時間くらいにある、別の獣医さんへ連れて行きました。

その獣医さんは、バロンが生まれたばかりに特殊な症状が出たときに
お世話になったことのある先生で、遠方からもたくさん患畜が来るほどの病院です。

ずっとその獣医さんにかかっていては良かったのですが、
フィラリアの薬をもらいにいったり、予防接種にいったりする以外は用事がなく、
元気な頃のバロンが行くには少し遠すぎたので、通っていなかったのですが、
この状態になってようやく、その先生の元へ行くことを思いついたのです。

その先生は、バロンのレントゲンを撮り、それから丁寧に触診しました。
そして、「何かできている」と言いました。

(近所の獣医さんは触診もしなかった)

そして、「血液検査では分からない病気もあるので、必ず触診もしなければダメ」
とも言っていました。

レントゲンで陰は写らない、でも触診では感触がある。
先生は

●胃に物が詰まっているので嘔吐する
●腫瘍が胃を圧迫していて嘔吐する

この2種類の可能性を示しました。
先生は、手術して見るのが一番いい、と言うことでした。

犬の負担になることも考えましたが、もしそれほど深刻でなければ、
完治するかもしれない。
体力のあるうちに手術をすれば、犬の負担も少ない。
そういう期待を込め、開腹手術をすることになりました。

手術の頃には、口にした物はほぼ全て戻すようになっていました。
手術の日まで、毎日病院へ通い、点滴を打ち、薬を飲ませました。

かわいそうなことに、吐く物がなくても、胃液までも吐くように
なってきていたのです。
吐く動作をするたびに、
涙を流す姿は本当に痛々しくて見ているだけでツライものでした。

そして手術の結果、バロンの病気は胃ガン、しかもどうしようもない場所に
出来ていることが判明しました。

前に説明したとおり、胃と腸の間に出来ている、やっかいな物です。
先生がばろんに施した処置は、癌部分を切除するのではなく、
胃の、まだ癌が及んでいない部分に、腸の、まだ癌が及んでいない部分を
持ってきてつなぎ、いわゆる「バイパス」をつくることでした。

「治す」ではなく、
「延命」の措置でした。

先生は、「一度でももう一度ご飯を食べ、元気な姿を飼い主に見せてあげれれば」
という風に話していました。

手術は8月11日に行われたのですが、その時獣医さんが私たちに示した
ばろんの余命は「1〜6ヶ月」というものでした。

手術後も状態は芳しくなく、食べることが出来ない日々が続きました。
相変わらず食べられなくても、もどす発作は続いています。
ばろんは、みるみるやせていきました。

毎日、私はバロンを病院へ連れて行き、点滴を受けさせ、
しばらく後は家で点滴を打つ日日を過ごしていました。
(点滴の内容は水分)。

そして、私が中国へ行く時も、殆ど物を食べることが出来なかったのです。

しかし、私が中国へ行ってから半月ほど後、ほんの少しだけバロンの状態が
回復し、ほんの少しだけいい状態になってきました。

これならもう少し頑張ってくれるかな、
と嬉しく思っていたのですが、それは長く続きませんでした。

もう既に胃全体に癌が及んでいたようで、ばろんは見る見る衰弱していき、
そして、とうとう息を引き取ったのです。

元気だった頃は28、9kgあった体重も、10kg以上減っていました。

それでも、ばろんは最期の方まで、散歩と車に乗るのが大好きでした。
本当に起きらるのが辛くなるついこの間まで、朝晩お散歩に行っていました。

私の家の玄関は2Fにあり、階段を上がらなくてはならないのですが、
階段を一気に上って上がることが出来ず、途中で休憩してから
でないと上れないほど体力が落ちているのに、それでも散歩に行きたがりました。

病院へ行く車でさえ、よろこんで乗り込んでいきました。
途中で絶対しんどくなってふさぎ込んでしまうのに。

本当に最期まで、我慢してよく耐えて頑張ってくれました。

犬とはいえ、我が家にとってばろんは家族の一員で、
私にとっては弟のような存在でした。

本当に、かわいいやつでした。

残念な気持ちはまだまだ有りますが、
獣医の先生が、本当に動物や飼い主の身になってバロンを最期まで
看てくださったので、
その先生に就いてもらってからの病気の治療については
出来るだけのことが出来た筈で、
後悔を残すことがなかったことはよかったです。

悲しみよりも、
今までたくさん、言葉では表せない物をくれたばろんに、
本当にありがとうと言う気持ちの方が大きいです。

きっと今頃、天国でくしゃみしているかもしれない(笑)。



2002年10月20日(日) さらに保守

ここ見てる人いる?うふふ。

今日は王府井の書店まで本を物色してきました。
北京の大学の中では繁華街に一番近い方なんですが、
それでも疲れる・・・

今週末はちょっと忙しくて更新が出来ませんでした。
また週半ばにでも更新出来ればと思っています。

それでは!


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