今年も終わる やり残した事もあるし、先延ばしにしていたけどやれた事もあった ジブン手帳を買ったのはよかった
事実として自分を振り返れるから、軌道修正できる
明日からは目標を定めて着々とこなしていこう
NOLTYの手帳に一目ぼれして買ったはいいが、その後でほぼ日手帳やらジブン手帳に興味が湧いてしまった
NOLTYはほぼ日と似たような感じだし、現段階では購買欲はわかなかった しかし、ジブン手帳は書く項目が整理されていて興味深いものだったので悩んだ末に結局購入した NOLTYは持ち歩くには分厚いので、日記として利用する ジブン手帳の良いところは、LIFEが良かったのと見たい映画リストや格言など私の好きそうな項目が既にピックアップされている所 今更ながら、生き方をシフトしていこうとしているので 自己管理という視点では非常に役に立ちそう できていると思い込んでいる事を見直して起動修正していくにはうってつけだろう
来年はこれに尽きる シフトを変えて行く 徐々に
今の職場にいる間に目に止まる事を記しておこうと思う 忘備録のような夢の種のような記録
しかし、このエンピツサイトは新規募集はしていないようだが いつか突然消失する事もあるのかもしれない そうしたらこれまでの長の記録をどう取り返したらいいのやら… 対策も一考せねばなるまい
70代のその利用者ははっきり言って美人 顔立ちも姿もどちらかと言えば整っている そのDNAは息子に見事に引き継がれている 同居人は40歳の長男、独身である どうやら特定の彼女がいるようだ その利用者は認知症の進行が著しく施設への入所を考えているという話が出たのがかれこれ半年以上前 他のどの利用者よりも目立って進行が進んでいる 一年ほど前は愛想もよく、冗談を言っては笑いすぎるくらいに笑っていた 徐々に認知症は進行していく 彼女は来所してもどこか怯えたような眼をするようになった そして、他の席で他の利用者たちが笑っていると自分がばかにされていると感じるようになったようで、急に粗野な言葉を怒鳴るように口にするようになった 「うちはにーちゃんが爪切ってくれるから」 などと、自慢げに口にしていた姿はもう見られない 掛け合い漫才のようだった男性職員とのやりとりもなくなり、今はむしろ男性と見ると食って掛かるようになった 「よその女にへらへらしてお前は何様じゃ」 と、言ってしまうほどの暴言ぶり 職員には見えない自宅での息子との生活も垣間見えてしまう やさしさは時に非情な罪である 抱え込んで介護する事だけが、家族としてのありようではないのだろう 短期間での目覚ましい進行と心理の変化に職員も戸惑う程だ
きっと「捨てられる」ことを予感している だからこそ、怯えている 決められてしまえば、受け入れるしかなくなる けれど、その決定権は自分にはないのだ その事をうっすら感じている その危うい立ち位置 安心できない状況 それこそが、本人を不安定に貶め急速なまでの症状の進行を後押ししている
ドライなようだが、今の状況は家族にとっては良いとは思えない 最後まで家で一緒にと決めているならまだしも 入所を検討しているならば、さっさと預けてしまうほうが双方の為ではないか ここでそのありがちなやさしさが彼女を苦しめているのだ 区切りをつける事はとても難しい事だ たやすくはない 親子の情もあって、他人が知りもしない歴史もあって 捨てきれない気持ちもある だけど、入所は捨てる事とは違う お互いにとっての未来を描く事でもあるのだと思う この家族の場合は
彼女を怯える暮らしから救えるのは息子ただ一人だというのに そんな優柔不断な事では彼女にも逃げられるのではないか などと余計なお世話な事も頭をよぎる
一日に何回も書けないのでここに記す
今年のクリスマスイブは珍しい事だった 週末だった事もあり、職場ではどうする?という話題の嵐だった その影響を受けてしまったようだ
シャンプーがちょうど切れてしまったので、買いに寄ったが最後 今やもうアルコールはこれしか飲みたくないというものを買いに、ワインショップへ行ってしまった そこらの酒屋には売っていない高級ワインなので、まあないだろうなと思っていた ざっと店内を見て回ってもついている値札はせいぜい3万ほどが上限のよう やはり、ないな そう思った瞬間 銀のブドウのバッジが話しかけてきた 試しにないですよね?と銘柄を口にすると 「ありますよ。13年のものがちょうど入荷した所です。」 オーマイガ!をOMGと言うらしい事を最近知ったのだがまさに… しかも…一般には出回らないとされる、セカンドまで扱っていた(こちらは完売だったが) うなってしまったが… リーデルのグラスともどもお買い上げ こうなれば、オードブルもチーズも果てはもう十年以上も食べていないであろうローストチキンなども買ってしまった
というわけで… 人生初の自宅で豪華クリスマス退会をしたのだった もちろん…おひとりさまで(笑)
看護師の仕事は給料が発生する しかし、労働に見合った対価は支払われていない 介護職員もそれは同様だと感じる ボランティアの部分がかなり要求される コラムで読んだ記事によると看護師の月給平均は37万だそうだ そんなにもらってるの?という声も聞こえそうだが、 けれど、どうだろう 夜勤は文字で書くほど楽なものではない 私の中学の同級生は小さな会社で設計補佐の仕事をしているが手取り月給28万である ボーナスも含めると年収は440万 9時5時勤務の残業、休日出勤、早出遅出もなし 休みは土日祝、盆正月、GWにSW そして有給は取りたい時に遠慮なく取れて育児休暇出産休暇なども法律で定められている通りきっちり取れる なんとコスパのいい仕事なんだろう
私より年収が50万程も高く、休日も私より一ヶ月近く多い 残業や社外での仕事はいっさいなし 9割デスクワークで、肉体労働や接待はなし 打ち合わせに同行して時々外に外出はあるそうだが すごすぎる お昼休みもちゃんと1時間取れるそうだ
東京にいる時はそういった意味では非常に高給料が稼げる仕事をしていたわけだが、売り上げノルマと時給というのがやはり生活していく上では私を狂わせた
やはり、正社員できちんと月給やボーナスがあるほうが生活もメンタルも安定すると思ったわけだった 老後も悠々自適な生活ができるほどの稼ぎが得られる時代は過ぎていた そういった意味でも東京から今の職業への転職は正しかったといえよう あのまま居ても、蓄えられないどころか若さを失って働く先にも困って給料も目減りし、挙句の果てには売れるものは売っても生活すら困窮するという事態が待っていた気がする
うちはパワーポイントが必要になるわけだが、職場のパソコンはWidows95 動作も遅く、当然パワポは入っていない 自腹になってしまうという訳 やれと強要するのに、やれる環境がないという傍若無人な職場である
そして、法的に定められた人員配置の為に休める曜日が決まってしまっている その曜日も上司と取り合い 退職覚悟でせいぜい5連休がいいところ それも、会議や勉強会の都合でそのチャンスは月初と月終わりに限定される たった5日で薄給でどこに行けというのか・・・ 胃瘻は看護師がするしかない為、更に休みが取れなくなった
がんセンター勤務時代、先輩たちは余裕で10連休を取得していたものだ 今の職場のよさは荒っぽい性格の人が少なめなので、悪愚痴は影で言う それなので、深くかかわろうとしなければ人間関係としては気楽でいい 時々は癒し系の利用者もいる
しかし、減価償却にやっきになっていて職員への労働の対価という視点ではだいぶ厳しい
もう少し頑張れるから、対価をきっちりもらえる所に ボランティアの部分が少ない場所へ
職場の介護職員がはまっているというドラマを見るようになった なかなか面白い 以前書いたが、主婦の労働力の対価についても描かれていた、 直近回ではやりがい搾取という言葉まで出てきた この搾取については、親子だから長男だから家族だからという搾取も存在するだろうな 搾取という表現になるのは、主語が自分ではないからだ 自分がしたいからという意志の欠落 自由意志の剥奪 強制 奴隷 そんな感じだ
そういえば、看護師になってから肌で感じた 看護師は搾取が当たり前である もはや、搾取される事こそ看護師と言えるほど 扱っている者が命という代替えのきかないものであるがゆえに その搾取されっぷりは見事である そう考えれば見合った対価など全く支払われていない
施設での暴力だけはどうにかならんかといつも思う 病気なのは仕方ない でも、利用者は家に帰りたいのだ それなのに、施設に閉じ込められている 出たいのは当たり前 見張り役とも思える施設の職員は、どう対応したって限界がある時もある 自分が利用者の立場ならどうか 叫ぶ 暴れる 抵抗する 逃げ出す 帰りたいという気持ちが強ければ強い程 なんとかしようとするだろう 結果暴力となるのも至極当然 自宅での一人暮らしが危険と判断するのは家族や保護責任者、後見人、もしくはなんらかの被害をこうむった近隣住民だったりする 仕事の関係で一緒に暮らすのは無理だとか 昼間勤務しているので夜間の徘徊で眠れなくて同居者が体調を壊したりする事もある その先の施設入所だったりもして なんだか救われない現実もある どこで、折り合いをつけるかなんだろう しかし、いくら病気でも他人に暴力をふるってもなんら問われないというのはやはり解せん かくいう私も帰宅願望が強い体も力も大きい利用者にみぞおちよろしく殴られた事もある そばにその利用者の担当ケアマネージャーの男性職員がいたが、そしらぬふり それが現実だった 私はむせこんで少し嘔吐したが、誰も助けてはくれなかった この状況で、殴られた職員に怒るな、病気なんだから諦めろと施設は平気で言ってしまうのだ かと言って、転倒骨折歴のある利用者の傍についていなければ、バランスを崩して倒れた時に簡単に骨折してしまう やられ損というのはまさにこの事だ これもまた、搾取になるのではないだろうか そう思うと、黒い私が出てくる
新しい来年の手帳も買って、転職活動を始めようと思う canadaに留学していた時のメンバーの子から転職の相談が来ていた 家庭的に重い事情を抱えた子で、あまり他人事と思えず気にはかけていた 結局去年中国地方から関西へ転職したその子から また連絡が来た 転職して数か月が過ぎた今 うまくいっていないらしい フェイスブックを見る限りでは、そんな気もしていたが突っ込まないでいた 20代の苦難の時期の自分と少し重ね合わせていて、自分で乗り越える力をつけたほうがいいと思っていたからだ 一人で抱えるには重すぎて、逃げたい現実とのはざまで身を切られるような想いをしているんだろう 昔の私なら、うちに来ればいいとなどと軽口をたたいていっさいがっさい面倒見ようとしただろう
けれど、この頃はそういった考えも少し薄まりつつある その人に与えられた試練はその人が乗り越えるものなのだきっと 1から10まで乳児の面倒を見るような母親のような接し方は違う 母を見ていて思う事は、困難な状況を自ら選択しているのだと考えるようになった 当の本人はそのことに気付いていない 指摘を受けても受容できない それは私自身にも言える事 苦難な事などなくても、ありたい自分を思い描きそして日々を大切に生きてさえいれば、なんとかなっていくものなのだ ゆらぎながらも、今を見つめる これからを願う 叶うのか叶わないのか それは誰にもわからない だけど、私は今は転職の事を考えたい 定年まで16年 集中したい時には、自分の事だけをきちんと見つめる 自分を犠牲にして、それで誰かの為になると思うのはおごりだ 私にそれほどの力はない 自分の力は自分の時間は自分の為にまず使う 私が欲しいもの それは、ご都合主義ですがりついてきたり、利用しようとする存在ではなく 協力し合える存在
今まであった自分への甘えを別な方向に使おう
勤務や、時間外の仕事があった事もあってHDDの交換に時間を要してしまった しかし、無事強化完了 メモリ更新でも軽くなったが、光の割には御そり気もしていた これでネットは問題ナクサクサクになった
メモリの増設で調子づいてしまった私は、定時で帰宅してマシンの強化について調べるべく 日中の業務を最速簡潔に片づけて定時でダッシュ帰宅 同僚の介護職員たちは不信な目を向ける 彼氏ができたのか、退職は本気かなどと様子を伺っているのがよくわかる 職場に微妙な空気が流れる
親はよくいう 頑張りすぎてのめりこみすぎて続かないよりも、細く長く続けなさい、と
それもそうだなと思ってもう年だし、そういう選択をしていこうと思っていた面もあった でも私は気付いた 過去とは違った選択をする事で、 刺激的で頑張りすぎて疲労するよりも、穏やかで余力のある日々を送ろうとした でも、その選択は極端すぎて 私から私らしい活動的な部分を奪う行為でもあったのだという事を
仕事は大変だけど、定時に終わる事はできる プライベートの区切りは昔よりつける事ができる職場で、帰宅しても仕事の事をえんえん考えるなどという事はなく、退社とともにプライベートと仕事を分けられるようになった まあ、勉強会の持ち帰りの仕事もあるし雑用品の買い出しなどはつきまとうが、それも毎日ではない 各段に、プライベートや趣味の時間を確保できるようになったはずなのに実際はどうか
中途半端に時間という資産を確保できても、今度は趣味に使える資金が不足している そして、2年半も務めれば業務に関してはある程度のルーチンワークは習慣化していてさほど苦もなくこなせるようになった つまりは、収入と自分の余力、先の事を考えた場合 もう少し仕事してもいいから収入が欲しい という結論にいたったのだ 勤務開始から給与明細を見て見ると、日曜出勤ができたり業務内容は増えたのが昇給が多少あっても賞与は減っている。年収でいくと400はない。 看護師が一般的にもらっている月収は37万程と言われているが8割満たない。 夜勤がない分少なくて当然だが、バランスが悪いと思える。 今後は医療依存度の高い患者がどんどん在宅へ移行するのでデイ利用者の処置必要度も上がっていく つまりは、給与の増額は多少なのに業務量は増える一途をたどるということだ この調子で時間を過ごしても、年収500にたどりつくかどうかの所で定年になりそうだ それよりも、確実にスタートから給与が高い所へショートカットするようが賢明な選択といえよう まぁ、介護をしなくてもよい医療専門職員が病院勤務よりも楽をして高い給与を得ている事を知ってしまったから余計にばかばかしく思えてしまうのも重々あるが(笑)
自分らしく活動的に生きる為に 夢を現実のものとする為に 省く必要のある事と、大切にしていいものは人と同じではない 大きな花火を上げてそれで散るならそれもまた人生
周りの心配はありがたいが、それで己の限界を決めつけてしまうのは 自分を殺す事と同じこと 他人の普通は、自分の普通とは違うものなのだ そして、それは尺が違うのだから何が正しいというものでもない 自分が良いと思えばそれが一番正しいことなのだ
あの時こうしてりゃあな、は自分の作り上げた妄想でしかない そしてその妄想を選択していたとして、結果が望むものだったかどうかもわかりはしない ただ、変わろうとすることを 自分を進化させることを 恐れないで行こう
さしあたりは、マシンのハードディスクも強化してみるということで
現代機器が傍にあると、ついついそれで長く長く遊んでしまったり 夢中になってしまうタチなのは、昔から変わらない
携帯も新しいものに変えるとおそろしく夢中になって我を忘れる 夢中になるあまり徹夜してしまったりもしてしまっていた
そういう好奇心に勝とうとしない性質をよく知っているので、この数年はあえて目新しい機器とは距離をおいた生活をしていた
車は運動不足になるし、経費がかかるので持たない PCはだらだらやらないから、新しいのなんて必要ない 携帯もメールと電話だけ使えれば十分だから、2年前はガラケーだった
ネット環境はやっぱりあったほうがいいかも・・・ スマホじゃないから調べものなんかにいるよね 株もちーさい額ならちょろっと売買してみたいし そんな気持ちでネットはやむを得ずひいた ゆえに、今のマシンはスペックよりも低価格を選んだ
メモリが2Gしかないのである 女子には多いと思うが、PCが動きが悪くなると めいっぱいお掃除して整理するが、時間稼ぎでしかなくて 新しいマシンに買い替えるという事を繰り返す
メモリの増設などという高度な方向には考えが向かないのである
しかし、仕事でパワーポイントを使わなければならない?雰囲気が漂い始めた 軽量かつ、持ち運びにも良いモバイルパソコンという種類のものを買い替えるべきか 悩みに悩む しかし、私は転職を練っている所でその転職先で果たしてパワーポイントが必要かどうか いや、そういうのがいらん職場であってほしい などと思いつつ 新しいマシンを購入するよりも、とりあえず重くて重くて立ち上げがおっくうになっているこの状況を打破しよう
2G→6Gへ生まれて初めてのメモリー増強へレッツトライ
簡単すぎてびっくり しかも、マシンの画面は今までの重さが嘘のようにサクサク これまでトライもせずに、疑問も抱かずに買い替えてきたけど なんだか、自分がマヌケで仕方ない次第 いい経験になりました
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