| 2009年05月10日(日) |
スラムドッグミリオネア |
絶句した後に残ったものは たくましさと勇敢さと生存本能 この頃、命の別離と遭遇する機会が圧倒的に増えてしまい感覚が麻痺してくるのを感じていた だからこそ、生きることってなんだろうって思うようになっていた
仕事をしながら、見えてくる実態 たとえこの治療を受けてもこの人の時間の質を高めることに繋がっていくのだろうかというぬぐえない疑問 本人が受けたいと願えばやっていく医療 可能性がないわけではないが完治できるわけではない お付き合いしていくしかないのが実際 疲労がたまりにたまると、よからぬ発言をする人もいる そうまでして固執して何ができるって自信なんだろうね、と その言葉を聴いてしまって絶句してしまうけど、大勢居る患者さんの1人だけど家族にはたった一人のかけがえのない存在であるから生きている事に望みをかけるのも当然な気がした
今、1年を過ぎた私がもし大切な人が病になった時はどうするだろうか 命の最期を見ること数十回、受容するのにさほど時間はかからないだろう 本人の望む事をかなえようとするだろう 別れた後の周囲のためにも、本人のためにも
DNRとは蘇生措置をしないという意味
疾患の特性上、また所属部所の特性上命が終える時を何度となく見てきた けれど、初めてのDNRの受け持ちだった 辛さを少しでも軽減できるように自分にできる事はないかと思いながらも何ができたんだろうと思う
状態が悪化してからの入院、性格もつかみきれず家族関係もさっぱり不明 自分のケアは、その人の状態悪化に遅れをとっていた
「ありがとう。本当に。」 最後になんとか聞き取れた言葉
私は、この仕事を辞めようか真剣に悩んだ こんな自分が死に向かう人のケアに臨んでいいのか 専門職として恥ずべきだと行き着くと 自分を見失っていた
「感謝しています。」と 家族から自分あてにはがきが届くまでは
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