この世界で生きる事はもっとできる事があるからだとどこかで信じていたように思う 小さな感謝より劇的な達成感をどこかで味わおうとしていなかったか 目の前で衰弱していく人に結局何もできずに呆然として、私はいったい何をしているのか 自問自答しながら車を運転し、そしてわびる気持ちで涙があふれた まだお元気だった頃、至らないのに訪室のたびに笑顔で喜んでくれた人だ
どこに行こうと、毎日会いに来るから
病床で数日という妻に老いた夫は言葉を紡ぐ 愛おしいまなざしで妻の汚物を片付ける 意思疎通ができなくなってきた妻を抱き起こし、トイレへ連れていく 食事を口に運ぶ
こんな夫婦は、映画だけじゃなくて本当に存在するのだ
そんな2人に私は、何かできただろうか
こんな絶好の撮影場所に住んでいながら 復活予定だった写真に気が向かない 仕事に情熱が奪われている
情熱というか生気を吸い取られている?? スクラップブッキングをいう本を見つけて買ってみた なんでもお金をかけてでも気にいるようにしてきた数年間 工夫をする余力もなかった 今、お金は昔のようにはない 湯水のように使えるお金はないけれど、 それでも孤独感は種類を変えた 争いのない世界 それでも生きていける世界 気に入る自分で生きて生きたい
過去の思い出をきれいに楽しく彩りたい 一度になんでもするのではなく1ページずつ丁寧に作っていくことにした そうしたら、アーティスティックなものを撮りたくなった でも、私に日常をアーティスティックに撮る腕はない ただ、自然をありのままの姿でまっすぐに撮るのみだ 私には「遊び」の部分が欠けている
結局どうしたかというと
買いました 新しいカメラ
しかも、トイカメラ HOLGAを。
夜中から昼前にかけて勤務して、帰りに退院したPtに遭遇。 外来受診日だったのだ。 また、お世話になりますと再発の事実を語り始めた。 1時間話を聞き、涙する姿を見つめた。 励ましは下手な同情で慰めもそれに似たり かける言葉も見つからない 自分の非力さを更に知る
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