新聞の記事を破いてずっとおいてあるままになっている 整理したいのでここに記載し、廃棄する
何事もマニュアルに書いておかなければ実行されず、書いてあればその通り実行すればよいという風潮が横行している
日経新聞のあすへの話題で、国際交流基金理事長小倉氏によってのものである 察するという事がこのごろできない人が多いなぁと思っていた矢先のこの文面におお!これこれ!と思ったのだった かなりすかっと書いてあったのだった
昔の映画なぞを見ていても気づく事だけれど、昔は非常に余白を大事にした あえて言葉に表現しない事によって見る側は己の中での解釈で察するのだ わざわざせりふにしないところに深みがあった 今の映画などは、ご丁寧に言葉にきっちりとして言うのだ 言ってしまうととたんに深みから遠ざかる うわーんうわーんと泣いてしまうのと歯を食いしばり背中が震えているのとどちらに深みを感じるだろうか 泣くひとつをとってみてもその表現ひとつで重みや深みが違ってくる わざわざせりふにしなければ伝わらなくなってきたという事は寂しい事でもある 他人の心の思いを察するという気を配る事ができないようになってきている割合が高いという事なのだろう
帰宅後薄っぺらい封筒が階段のところに置いてあった それは、書留でもなく普通郵便でもなく 速達だった 入試なので、不採用通知もないもんだし 合格なら入学書類が入ってて分厚いはずだし いったいなんだぁ?? 開けてみて納得。 「補欠」通知でありました 面接での質問内容が記憶のかなたに及ぶ事で もうすっかりどうでもいい気分で済ませていた 面接の点数は相当低いと思われる という事は筆記のおかげで補欠に引っかかったんだなとおかしかった 補欠は字のごとく合格者が入学しなかった場合、繰り上げて合格をもらえるという位置づけをされた人である 補欠の場合、補欠で張り出されるor補欠の張り出しはなく郵送で合格発表前に知らせを受けるかのどちらかの場合がほとんどである そして、後は3月末までに繰り上げとなった場合に順位の上の補欠から順に電話連絡が来る 連絡がこなければ不合格と同じ事になり、入学はできない 連絡がくれば、入学金を収めて晴れて入学となる
答えは大きくは二択 繰り上がっても入学せず来年再受験の道 繰り上がったら入学の道
来年受験の道は更に選択肢が別れていく
入試の帰りに一年お疲れ様と自分をねぎらうべく昼は外食に 本屋で何か物色し、購入してから店に入るのが通常だったが 空腹に耐えかねて順序を逆にした 今回購入してみた本「面接の達人」割と面白かった と、いうかかなり実行して納得していた事がそのままかかれてあって そうそう!と一人でうなずいたりしていた
単なる読み物としてでも面白い
なぜ看護師になりたいのですか? なぜ本校を志願されましたか?
と質問を受けたら自分の中で初対面の他人にわかる説明をと思い ノートを例のごとく出してかきなぐって整理していた 頭がしっちゃかめっちゃかになると、 必ずノートとボールペンを用意してかきなぐるのだ パソコンで打つのとは意味が違うのだ 書いた事は消してしまわないで二重線をひいてでもいいから書きなぐるのだ 書き終わってすっきりする頃、まとまった文章はその最後のほうにきっちりできあがっているのだ
同じことがかかれていた
今年の受験が終了した 二校受験 社会人も受け入れ態勢の学校のほうは筆記テストに合格し、面接を済ませた 最終結果はまだ不明 第一志望の学校のほうはやはり筆記テストで玉砕した 数学の問題を見た瞬間終わったなと思ったので、実に早起きした時間を考えると4時間もの間はちょっとの希望は夢見ていられた
ここまでは予想通りの展開であります
えらくきつい風邪を去年からひいてそれがようやく治った 気づくともう1月の正月も終わって仕事始めだった ずっと受験するかどうか検討していた第一志望校の出願期限が迫っていた 健康診断をうけねばならず、それも受診してから一週間ほど日がかかるだろうと考えていた 出願は書類がそろわないだろうから無理だな と諦めながらも賭けをする気分で地元の診療所へ電話してみた 健康診断書を今日受診して今日記載して頂くという事は可能ですか できますと言われた 受験しろとのおたっしか。。 あわてて出願書類をそろえて出願した 来週に受験を控えてなおやる気が出ないまま勉強も全くもってせず日々を過ごしている 昨日受験票が届いたが、出願書類の中に卒業証明書がはいっていなかったので何日までに持参頂くか郵送してくださいという事だった 書類不備なのに受験できるのか、、 母校に電話したが、またぎりぎりのようだ 働きながら誰も協力してくれない環境だと書類の受け取りだけでも一日ロスするのでばたばたするもんだなと勉強になった
ぎりぎりになってまだ悩む自分が一番悪いのでアル(笑
やる気が失せた という表現が正しいのかどうかはわからないが
なぜか? と問われた時その答えが初対面の人間には伝わらない表現である事に気づいた それでは初対面の相手にも伝わる表現でとなるとそれは何か
そこでとまってしまった きちんと答えられない以上資格がないのと同じではないかと思い出した そうして勉強する気がなくなったのである
あたふたと新年も明けた 今年は随分連絡を取っていなかった人たちにも改めて年賀状を書いたので もらう数より出した数のほうが多い年になるだろうと予想している 出先から帰宅したら年賀状が3枚しかきていなくて大笑いした 仕事を除けば所詮こんなもんだよなとおかしかった
あけました。 今年もよろしくご愛顧ください。
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