来年はいよいよ大台に乗るという事と 大きな使命のようなものが迫ってきているという事で整理をつける時間を作ることにした
私は何になりたかったのだろうか そういう問いにいつも答える回答は「看護婦」であった 物心ついた時にシュバイツァーの伝記を読み 深く感銘をうけその時の親友と医療について話をした その親友は敬謙なキリスト教徒で将来は医者になるつもりだと強く答えた 私はならば看護婦になろうと話をしたものだった それから数年して私は自分が病気だと知る 毎日白い天井を眺める入院生活の中で 更に深く看護婦への道を決心したが医者には体力的に耐えられない仕事だと宣告される 泣く泣く諦めたつもりだったがそれ以来恐ろしく無気力になった そうして体育は見学する日々を送り学校も卒業してごくフツーに就職してOLになった OLをやめて今の仕事について2年ほどはさまよっているかのようで色々と定まらないようにのらりくらりとしていたようにも思える やはり看護婦になろうと再び決心したが頭のどこかで違うだろうともたげている部分は拭い去れなかった そして今 毎日の生活に追われて時間にも追われてそれを言い訳にして時間を費やしてしまった 私はいったいどういう人間になりたかったのか そういうとてもシンプルな疑問がようやく降ってわいた 看護婦になりたいのはこのシンプルな疑問の回答を得るための手段だという事なのだ 何になりたいのかではなく 自分が何者でありたいのかというえらそうな疑問なのかもしれない 私は「色んな人の気持ちのわかる人間になりたい」 これがシンプルな答えのように思える そういう中で己としては弱者と思えていたいわゆる病気と共存していく人に何かできる事が浮かんだのだ そしてそれが看護婦へつながったのだ 30を前にして何を子供の絵空事のような事を言っているのかと 自分でばかじゃないのかとも思えるが これがようやくこの年にしてガキなりに考えた途中経過の現時点での回答である 年の締めくくりに出した疑問とそれなりの回答 とても自己満足である
ただ次の大きな山場を迎えるにあたってはこの限りではない おそらくは
年末というかあまりにすさまじい部屋と少しばかり格闘してみた ふと思い出したように炊飯器を開けると。。。 一合じゃ多くて次の日にチャーハンにしようともくろんでいたはずの冷ご飯が そのまま放置されてカラフルになってた!(爆) こんなんでいつか嫁にいける日が来るのだろうかと自問自答していた 仕事に生きろってことか?!(泣)
大きな心の闇が人を病にする ずっとずっと理解できなかった心の引っかかりが切なさを伴って流れ出ていくようだった 30を前にして考える事も色々とある中 とても大きな心の解放が今ある
20代最後のクリスマスは仕事で過ぎた。 20代も終わりが近くなると焦りが起きたり悩む事が増えたりと迷いが生じやすくなるという。 ちょっぴりその通りかもと思えてくる。 30を越えてこれというものもなく仕事に燃えているわけでもなく 特に趣味のあるわけでもなく目標もあるわけでもなく 日々ただ時間を費やすだけのように過ごしている人を見る。 楽しそうでもなくただ無表情。 そういう風にはなりたくないと思うけれど、 実際そういう風に見えるような人間になってしまうのかもしれないと。 この頃思う。
黒澤監督の「生きる」を見て印象的な唄 「命短し 恋せよ乙女〜♪」 この唄の題名がゴンドラの唄という。 題名がわからなくて調べたら簡単にヒットして判明した。 確かに何かにゆられているような印象を与えるその唄のリズムに 思わず歌詞は?と耳を傾けずにいられない。 こういう時期だからこういう時勢だから余計にそう感じるのだろうか。
特に何もしていまセン。 しいて言うなら人の多そうだと予測される場所には出かけないという事。 人ごみに酔いそうだからである 年末だからと特に大掃除もしないと思われるが目につく年内に片付けておこうと思っていた事を着々と片付けるくらいである。 ちょっとは部屋も広くなるだろう(笑)
後はビデオ三昧なので、新作は返却に行かねばなるまい。 一週間レンタル品はまだよいとして。
今日は弟の誕生日。 彼が生まれる前の年。 私は母と毎日秋の空を見ながら雨戸を閉める時に手を合わせていた 神様どうか私にきょうだいをください、と。 次の年に弟は生まれた。 生まれた時は赤い顔をしているし、猿みたいだしおまけに両足が気持ち悪いくらいにひび割れたように赤くなっていてこの子は歩けないのかもとか色々と思ったものである。 けれども私はその日その瞬間からおねえちゃんになったわけだった。 そしていつもいつも私の後ろにくっついて回る弟をとてもかわいいと思ったものだった。 当然ヤキモチもやいたし、オトコに生まれただけで両親から溺愛されているのを見るとねたましくていじめたような事もあった。 おねえちゃんでしょ。この一言は結構子供にはきつい言葉でもある。 でもまぁなんだかんだ言って今になるときょうだいはいてよかったのだろう。 特に私のようなわがままなセイカクだとブレーキにもなる。
うまれてくれてありがとう。
という事でまた風邪をこじらしてしまったようです。 今年の得意技になってしまったようです。 はははっ。
頑張って治しますよ。 ええ年末までには。 気合です気合。
| 2002年12月13日(金) |
うっ血した血を流しに |
そうまるで汚れた血がうっ血しているのと同じように 淵になった何かを吐き出しに行って来よう
あまりに久しぶりなので 本を持参する
行き場のない整理のつかない情熱のような何かが私を突き動かす こういう時は何かがあるのだきっと
久しぶりに冬らしい更新を帰ってきたらばしようと思う
貧相な食生活をしているのと言われ じゃあうちに転がってるものほっといても腐るし おすそワケしましょうと話がなると いいの ご飯とお漬物があればそれでいいの といわれ じゃあ言うなよと 思わず言いそうになった けど、結局そんな食生活してて倒れたら入院費がなかったから点滴もうてなかったのと言うのだろう
ようはそういう生活をしている自分に酔っているだけのことだな 私って貧しいの私ってこんな生活をしててかわいそう 悲劇のヒロインごっこか。
こういうタイプの話は横流しで充分だ できれば話を聞く時間も損した気分だ それで友達だとか言ってりゃ世話ないなと笑ってしまった 友達がいないからあんなにいい子なのにという人もいるが アナタにとっていい子でも周囲の同性からすればかなり迷惑な人間なのだ 関わりたくない人のほうが多いだろう
でも世の中にはこういうタイプが結構いる まぁ時として私もダレカにとってはそうなのかもしれないな
東京に初雪が舞い降りた 春も気が早くおとづれるのだろうかと考えながら 外を見ていた
撮りたいなと久々に思ったが撮影地が思い浮かばなかったので デジカメで外を撮って見た
腕も感覚も鈍っているのを感じた いけませんな
何か撮ろうかなと
ふと思うこの頃 しかし空いた時間は疲れの緩和に使ってしまう
更新しようにもネタがないという恐ろしい状況になりました(笑) ハハハ 苦笑いするしかないな。。
お仕事一番 休息二番
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