Mother (介護日記)
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2001年11月29日(木) 母の記憶

今朝、身支度を終えた母がやってきて
「お誕生日、おめでとうございます。何かお祝いしなくちゃねぇ〜」と言った。

覚えてくれていたんだ。

ってか、絹江がいろいろ寝まわしをしていたようだったけど(謎)
でも、その時間、絹江は既にに登校していた。

「覚えてるさぁ、いくらボケてたって、それくらい覚えていなくっちゃぁ。」

父の命日などはもうすっかりわからなくなってしまってるというのに。
まぁ、29年も経てば仕方ないか・・・ (笑)


2001年11月20日(火) 体重増加 堯福陰Α院叩叩

今日は2週に1度の検診の日でした。

これで退院後6週間、何事もなく過ごせたことになります。
もちろん、そうでなくではイケナイことなのに、担当医もびっくりしていました。

「ちょっと太りましたか?」と聞かれて、そう言えば、そんな気もするなぁと思って、
帰宅後、体重を計ったところ、
なんと9kgも太っていたのです。 堯福陰Α院叩叩

先生が「腹8分目でいいですね」と言うと、
母は、「私は腹6分目ぐらいですよ」と言い、
先生は「いやぁ、どう見ても、腹12分目でしょう」と続けました。 ( ^m^*)

担当医は
「太りすぎると心臓にも負担がかかるし、
 呼吸にも影響があるから気をつけましょう」 とのことでした。

いやぁ、確かにかなりの量を食べているんですよね。(^^ゞ
育ち盛りの絹江と同じぐらいを食べています。(^_^;

外出もできないので、
楽しみと言えば、どうしてもテレビと食べる事になってしまって・・・

それに、アイスクリームや飴が大好きだというのが、やっぱり影響大きいでしょう。

少しおやつも減らさなくては・・・

つい、『栄養のあるものを』と、飲み物も野菜ジュースなどを買っていましたが
これも、しばらくはお茶中心にした方が良さそうですね・・・


とか言いつつ、検診の帰りにファミレスに寄って、
『ネギトロ丼にソフト白玉あんみつ』なんぞを食べさせてはイケマセンよね・・・
ヽ( ′ー`)ノ

今回はSPAなしでした。


2001年11月13日(火) 悪徳業者の訪問?

昨日帰宅してみると
「住宅防火のポイント」「住まいの防火」「住宅防火講座」の
3つのパンフレットが置いてあり、消防署から2人が来たのだと言う。

先日は、近所のママさんたちが集まっての食事会で悲惨な火事が起き、
4人の子供が亡くなるという事故があったばかり。
天ぷら火災の場合の火の消し方や注意事項など、ニュース番組でも取り上げていた。
火事は確かに恐い。 母にはコンロ使用禁止令を出している。

昨日の訪問は家庭の施設点検らしかったが、
台所のコンセントが付け替えられているのが気に掛かった。
母に聞いても、その理由はさっぱりわからない。
だいたい、消防署が電気工事をするとは思えない。

確かに蛸足配線となっていて、危険だと言われればそうなのだけど、
なぜそこの1ヶ所だけなのかがわからないし、
帰宅したレフティーに相談しても明確な答えが出ないので、
今日を待って、消防署に直接聞いてみることにした。

消防署に掛けるとは言っても『119』を回すわけにはいかず(爆)
電話帳でひっぱって『総務課』あたりでいいだろうと判断した。

「(住所)の(名前)と申しますが
 昨日、母が留守番中に点検に来ていただいたようなのですが・・・」

「11月9日から15日まで、全国一斉の秋の火災予防週間になっているので、
 その関係でご家庭を廻らせていただいています」

「うちでは、コンセントの付け替えをしていただいたようですが、
 これについて、どういったことでこの工事が必要だったのかわからないのと、
 消防署の方が電気工事をするとは思えないので・・・」

「うちの者(署員)と一緒に、電力会社やガス屋が廻ったと思うんですけど・・・」

「留守番をしていたのが、高齢の母で耳も遠い為、状況がよくわからないのですが
 公的な機関の点検なら良いのですが・・・」

消火器を「消防署の方から来ました」と言って高額で売りつける業者や、
勝手に工事をやって、高額な代金を請求されるとか、
コンセントの中に盗聴機を仕掛けたりする人もいるのだと、
テレビで見たことがあったので気持ち悪かった。

母といえば、訪問販売や催眠商法のお得意様である・・・

例えば、ガスの点検の場合には、点検票のようなものがあって、
誰が来たのか、どこをチェックしたか、どこに問題があったか、どこを修理したかが
ちゃんと記録されているので、信用性は高い。

電話は総務課から、他の係に引き継がれた。
そのTさんが言う通りに、置いて行ったパンフレットの真ん中あたりに、
今回うちにやって来た分遣所の2人の名前が鉛筆で書かれていた。
(しかし、なんだって、真ん中のページなんだろうか)

そして御丁寧にも、その分遣所の担当者に確認してくれて、
『分遣所の2人と電力会社の下請けの2人、計4人で訪問した。
 蛸足配線をするにはコードが細いので、交換した。
 家の人に説明をして、許可をもらってから工事したので、
 改めて何かに書いたりする必要はないと思った』との説明を折り返しの電話でしてくれた。

こうして正規の施設点検補修だということがはっきりしたわけだけど。
交換したコンセントには特別電圧の高いものばかりでもなかったんだけどな。

行政が施設点検に来るのなら、
事前にそういうお知らせを回覧で回すとか、地元新聞に載せるとか、
誰が来たのか、何をチェックしたのかは、
誰が見てもわかるような場所に記入してくれると親切。

なんか、こんな事を問い合わせる市民は私だけだろうな、などと思ったけど、
今時は、これぐらいでいいのかも、と自己弁護。
だけど、そうしなくてはイケナイ物騒な世の中というのも、なんか悲しい。

母には、絹江が小学生の時に買った「ぼくたちの安全安心ブック」という絵本を
読んでもらうことにした。
1人でもお留守番ができるように、というねらいのもので、
地震・火事・台風にはじまり、病気・ケガ・事故防止の為の知識がわかりやすくかいてある。
1人のお留守番が心細いと言うけれど、もう少し頑張ってもらわないと・・・


2001年11月06日(火) 定期検診

10/11の退院後、2週に1度の検診に行っています。
今日は退院後、2回目の検診に当たります。

11:00の予約に合わせて、10:30にタクシーを呼んで出掛けました。

受付を済ませて、内科のソファに母を座らせておいて、
私は売店に行って、母の好きな『ニッキの飴』を買ってきました。
受け取った時、母は、
「これが好きなのよぅ、良かったぁ、ありがとう♪」と大きな声で言ったので、
周りの患者さんも笑っていました。 (しかも、見せびらかしていたし^_^;)
近所のスーパーやコンビニにはなかったので、他の飴を買ってあげたのですが
どうしてもニッキが欲しいと言うので、困っていたのでした。

予約とは言っても、待つのが当たり前、今日も30分を経過・・・
やる事がないので、掲示物などを読むぐらいしかありません。

母が突然「あぁ、私は火曜日と木曜日だ」と言い出しました。
母は、内科診療担当医のスケジュール一覧を見ていたのでした。
そこに、自分と同じ苗字の先生がいたので、
母はそれが予約の患者一覧だと思ってしまったのです。^_^;

私は母の耳元で、「あれは、先生の名前だよ」と言いましたが、
ボードに注目している母には聞こえておらず、同じことをまた言うので、
もう1度、もう少し大きな声で、
「うちの名前じゃなくって、先生の名前だよ」 と説明したのだけれど、
それでもわからなくって、「だって、私の名前が書いてあるもん」と言うので、
表題の部分を指差して、
「月曜火曜・・・と書いてある、その上に何て書いてある?」 と質問しました。

「何にも書いてない。そんな遠くの方は読めない。」 と、
今度はとんでもない方を見ているので、私は母を立ち上がらせてボードの目の前に行き、
「だからね、これは、先生の名前なの。」と言い聞かせ、やっと理解したのでした。

周りの人もクスクス笑っているけれど、子供と同じで、好奇心旺盛、
しかも納得しないと気が済まないようなので仕方ありません。
みっともないからと、無視をするのもいいことではないし・・・
母なり、お年寄り達の言うことに、真摯な態度で答えてあげることが大事だと思います。

* * * * *

いつもなら、検診の後は、SPAですが、
今回はこの後、ノンタの赤ちゃんを見に行くことになっていたので、
ご飯だけにしました。

1000円のランチは、ワンディッシュにいろんなものがちょっとづつ載っているので、
結構楽しめます。 しかも、スープとコーヒー付き。 
それにさらに、母にはマンゴージュース、
私は例によってアルコール(ライチグレープフルーツ)を追加。( ̄ー ̄)

今日は良く晴れて暖かいので、OPENなデッキで食事をすることにしました。
雨上がりのおかげで空気がとても澄んでいて、
遠くの山も稜線がクッキリと見えてキレイだし、海は風もなくて波は穏かで、
なんかとっても幸せな気分になりました。


2001年11月04日(日) 添い寝

夜中にたまに咳が出ることがあるけど、
今朝はかなり辛そうだったので、私も起き出して隣の部屋に見に行った。

こういう時に、狭い家っていうのは便利です(爆)

注文していた年賀状を届けにきた同級生が、
転勤するから家を貸すって言ったけど、
2階建ての家では、母を1階に住まわせたとしても、
生活が完全に分離してしまうので、咳ぐらいでは聞こえてこないだろうし、
精神的にも寂しい感じがすると思う。

ここは13.5坪の平屋で、
6畳の居間と、6畳の子供部屋兼寝室、そして4畳半の母の部屋。
トイレに行くのも、冷蔵庫に何かを取りに行くにしても、お風呂に入るにしても、
どこで誰が何をしているかが、すべて見渡せるという素晴らしい?間取り。^_^;

ところで・・・

まだ真っ暗だったけど、時計を見たらもう6時少し前だった。
私が駆け付けると、母はいつもすまなそうに
「大丈夫、大丈夫、ありがとう」と言う。
なにも、喘息のように息苦しい時に言わなくても・・・と思うけど、
自分の咳がうるさくて起こしてしまったことを気にしているらしい。

水筒のお茶を飲ませて、背中をさすって、落ちついた後、私は布団に戻ったけど、
しばらくしてまた咳き込んだので、母のベッドで一緒に寝ることにした。
このベッドは通販の折りたためるタイプで、それなりにきゃしゃな作り。
買い直そうかと考え中だけど、添い寝をすることを考えたら、
セミダブルやダブルにした方がいいかも・・・

そのまま眠ってしまい、起きたら10時だった。
「良く眠れたかい? 起こしちゃって悪かったね。」

母は、今、普通の人です。
自己満足かも知れないけど、してあげたい気持ちと、
ありがとうの気持ちのバランスがうまく取れているんだと思う。


2001年11月02日(金) 平穏な生活

母が退院してから、早いもので3週間が経過しました。

母の体調は安定しています。
精神的にも非常に安定していて、私は今、とっても幸せを感じています。

母がこの家での生活に慣れて来たので、
私も、土日以外に2日休んでいた仕事を、1日に減らして頑張っています。

今の感じなら、仕事は続けられそうです。
決して、入院生活がこれで終わったとは思っていないけれど・・・

母は、米とぎと、お風呂の給水や洗濯物干し、食器洗いなど簡単な家事を手伝うことで
自分の存在が家族の為に役立っていることを感じているようです。

入院生活がにぎやかだったせいか、
先日、「1人でお留守番をしているのは寂しいものだね」と言っていましたが、
私の帰りを待つ間、小学1年生の足し算・引き算・漢字の練習、
そして幼稚園生向けの切り絵工作をしながら、1人でお留守番をしています。

私がお昼に電話をすると、いつも敬語で答えます。

家事の手伝いを頼めば「はいよ。はいよ〜♪」とやってくれるし、
何かをしてあげれば、「ありがとう」と何度も言うし、
とても、素直でかわいいおばあちゃんに変身しました。

かつての同居では毎日悩まされた被害妄想が一切なく、
入院中にはトンチンカンな発言がたまにあったので心配していましたが、
それらがまるで嘘のように、母の精神は落ちついています。

今回の同居を前にして、私達は過去の経験から『想像を絶する世界』を想像しては
身構えていましたが、レフティーも、
「いったい、何があったんだ? どうしちゃったんだ? (◎_◎)」と、拍子抜けの様子。

だから、こんなに順調な滑り出しで、正直なところ、驚いています。
家族の情緒も安定しています。
会話も穏かです。
私の疲れの質も変わってきたような気がします。

・・・愛情に恵まれなかった母には、どうか幸せになってもらいたいと思います。


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