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なんだか憂鬱だったけど、布団の中でうつらうつらとしながらいろいろ考えていたら、少し上向いてきた。
いまだにこの気持ちへの対処法はよくわからないけれど、たぶんそのうちどうにかなる。
凹みっていうのは、ある意味、毒出しなのかな、とも思うわけで。
がんばろーぜ。 きみのまわりの大切なもののことを考えるんだ。
この素晴らしき世界よ。 きみがいてくれてよかった。
まわりまわる地球にのっかって。 また今日も通りすぎる。
ああ、そうか。 そういうもんだね。
だけどどっかでひっかかりたい。 傷ついてなんぼだろう。 生きにくくてなんぼだろう。 確かにそれも望んでいるんだよ。 するっと生きてたまるか。 俺はもっと知りたいんだ。
なんていうか、なんていうか。 とりあえず、がっこーにいこう。
昨日のハイテンションも、なんか一瞬だった。 また眠こけてしまい、今日も飯食って掃除して洗濯干したらもう午後だった。 あいかわらず、家の中は明るくない空気が渦巻いている。 そんな今日は母親の誕生日。
ぼんやりしつつ、携帯でついったーをうろうろしてたら、なんつか、おいらが「このひと素敵だなー、なんか気になるなー」って思うひとって、たいてい精神的な病いを抱えてるひとだったりすることが多いことを思い出した。 今、何気なく見てたひともそうだった。
なんか、おいらには、センサーでもついているのか。 それとも、自分にもそういう傾向があるから、引き寄せられるのか。
…でも、自分としては、そういう病気になってしまうひとは、やはり感性が澄んでて、優しいのではないかと思うのだ。 だからやっぱり、魅力的なんだと思うのだ。 おいらは、やはり優しいひとが好きだから、きっとあなたが好きなのだ。
時々、思い出してしまうけど。 やっぱ傷は癒えるものだな。 条件反射ってのはあるけど、前よりはずっと復活早いもの。
今は決していい状態ではないけど、それでもだぜ。
ものごころついてからのこういう傷は、たぶん癒されまた傷つき。
なんてーか、強くなるのかな。 でも、傷ついた分、優しくなりたいよな。
おいらはやっぱり、優しいひとが好き。
うん、そして優しさってのは、ひとを思いやれるこころなんだろーな。
おもいやりすぎて傷ついてしまう優しいひとたち。 だいすきだ。
ああ、そうだ。 できたら自分が。 優しいひとのよりどころになれたらいいのに。
| 2010年04月12日(月) |
感情を伴う記憶とともに。 |
最近、人付き合いをする機会が多いこともあって、考えたのだけど。
意外と「嫌い」って感情も大事なんじゃないかって思った。 自分を守るために。
テレビで見たけど、感情を伴う記憶は、2週間で大脳に移動して、その後は一生忘れないんだそうだ。 素敵な記憶ならいいけれど、逆に、不快な感情を伴った記憶も残ってしまうらしい。 そして、それをインプットしてしまわない(忘れる)方法は、その記憶を「嫌い、嫌だ、ありえない」などと、大脳に届いてしまう2週間前までに否定しつづけることらしい。
ってことは「嫌い」って感情も、なるべく気持ちよく生き続けるためには大切なことなんだ、って思った。
全てを拒絶してしまうようなその感情を、自分はさみしくて否定してたけど。 でも、嘘をつくと、自分が苦しいだけなのかもしれないもんな。
だって、どうしたって嫌いにならない人もいる。 だったら、ほんとは嫌いなひとたちの気持ちを伺って一喜一憂したり、無理して「嫌い」を否定して残ってしまったつらい記憶と生きるより、好きなひとたちを大事にした方がいいんじゃないかって。
当たり前のことかもしれんけど、そう思ったりもした。
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