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ええと。その。 「純きら」の斉藤先生を描いてみました→ ■…自分でも「違うだろっ!」と。 でも、友達が、描いたのを見てみたい、と言ってくれたのであげてしまいます。 や、えと。 すいません。 ってより、なんだか恥ずかしい。 それで、以前もこういうことがあったなあと思い出したり。 同じひとをモデルに描いていても、描くひとによっては残酷なほど違う出来になったなあ、と。 その違いは原料の違い。すなわち萌えの違いだと。思い知らされた懐かしいあの日。
ええと、実はここも30日に書いているのですが。 なんだか、やっぱし毎日書くのはなかなかできないっすね。 つい寝てしまったり。 日付け的には29日、久しぶりにトップ絵を更新しました。 なんだか絵が描けそうだなあ、と思ったので、この勢いで描いちまえ!と。 ちょっときつめに加工をしてみたり。 ちなみに、その加工をかける前の絵はこっち→ ■あ、そうです。トップ絵の場所はまた以前のところに戻しました。 このサイトの一番最初のページです。 そん感じなので、今フレームページへのリンクは切ってあり、以前の絵は見られない状態になっているのですが。 なんかしょっちゅう変わって申し訳ない。 このあと、改装したり整理したりするかどうかは、また後で決めます。 しかし。それにしても。 最近、誤ってclearボタンを押してしまい、書いた文が即消滅、ってことがよくあるのですが。 今も、実は。 そして、その前に30日の日記を書いたのだけど、そこでも。 今まで、滅多にこういうことはなかったのに、なぜ連発。 …年? 年って指にもくるの??? うおー、しょっく!!!
おおっ。 ぼーっとしてたら今日が終わりそうだったよ。 せっかく時間ができてきたから、ここを書こう。
なんだか今日は、自分でもよくわからないままにイライラしていたり。 それで、そのイライラを人に伝染させてしまったり。 午前は気持ちよく過ごしていたのだが、そんな感じで、夕方からダメだったな。 うーん。 なんだろうなあ。 イライラの原因がわからないところがよくないよな。 原因がわからないと対処しようがないもんな。
…や、実は。 そうではなく、この原因を追求しようとする考えがさらにイライラを増長させているんだろうかな。
難しいなあ。 穏やかなひとにはなれそうもないな。 たとえ外見はそう見えても、中身はぐちゃぐちゃなんだな。 まあ、そういうもんか? 別に、そうなのは自分だけ、じゃないのかな。
まあ、書いて、好きなものを聴いて、すると落ち着いてきたんだけども。 ほんで今は、なんであんなにイライラしてたんだろうなあ、と思ってきていたり。 それがいいのか。 それでいいのか。 考え過ぎはよくないのか。
でもさあ、なんていうんだろう。 そんな捨てっぱなしみたいな感覚は、なんだか抵抗があったりして。
持ち過ぎてもいけないけど。 でも、捨て過ぎるのは。
自分のバランスはどこにあるんだろうねえ?
ああ、それにしてもフラカンいいなあ。 9年前とはやっぱり違うんだろうなあ。 というか、明確になってきてるのかなあ。 この、下まで行って全力でかけ登ってくる感じが、なんだかすごく落ち着くなあ。 まさに「後ろを向いたまま前に走ってる」感じ。 これは、何年か前にあるひとが言った言葉だ。 そうか、こういうひとたちをいうんだな。
なんだか、フラカンのライブに行った次の日あたりから(私にしては)異様に忙しく。 まあ、フラカンの次の日に休みを取ったせいで、仕事がたまってしまったということだろうか。 私の仕事は、日によって忙しい時と、そうでない時があり。 まとまってドカンときてしまったのだ。 ここを毎日書けば、自分の微妙な変化(もしくはその法則)がわかるんではないだろうかと思っていたのに、手をつけられず。 そんな感じだったのだけれども、とりあえず今日一段落ついたので、戻ってきてみたり。 明日からもまた書けるかしら。
フラカンのライブ後、日に日に、ああ、フラカンかっこよかったよなあ、と思い出され。 アルバムをものすごい聴いている。 一日一回「世田ヶ谷夜明け前」みたいな。 ライブでは、このアルバムからやった曲も多く、ああ、これやったよなあ、とか、この曲の振り(?)面白かったよなあ、とか。 「永遠の田舎者」では『かっこつけても かっこつけても かっこつかない男だ』のとこで、鈴木さんが、歌いながら、左見て右見て左見て右見て、みたいな感じで激しく動いていたなあ、と。 んで、よくマイクのコードくわえていたなあ、と。 MCもすごく面白かったんだよなあ。 青森が気に入ってくれてるらしく、「あと何回かくれば、そのうちねぶたになるかもしれない」とか。 フラカンのハリボテが、青森の夏の町を駆け巡ると。 面白いなあ。いやあ、あながち冗談で終わらせずに。 あと、グレートさんは、ア●ガ(図書館が入ってる駅前のあそこね)の地下の食堂の「中おち定食」がお気に入りらしい。 一食の中おちで、ご飯を何杯も食べられるらしい。 次回の青森ライブはまた同じクォーターで、今度は曽我部恵一さんと来るらしいんだよな。 曽我部さんも観たい観たいと思いつつ、もう何年も観ていないので、というかサニーディサービスでしか観たことがないので、ぜひ行きたいなあ、と。 しかし、ライブ後の物販で、「6月もまた(ここに)来てね!」と言われた時は、東京の人がこういうことを言ってくれるなんてなあ、となんだかおかしく。 それでいて、嬉しかった。
そしてエレカシ「町を見下ろす丘」。 ちょっと間を置き、久しぶりに聴いたが、途中で寝てしまった。 実は、発売された頃も毎日聴いていたが、よく寝てしまうことがあって。 通して聴けたのは何日か経ってからだった。 今では、とてもいいアルバムだと思うけど。 でも、やっぱり寝てしまうんだよな。 なんだろう。安心するのだろうか。 それだけ優しい音だということなのだろうか。 来月からツアーが始まるんだなあ。 うーん。トミは大丈夫なのかなあ。 でも、雑誌とか読んでいると、大丈夫そうだなあ、と。 次回観られる時を楽しみにしていればいいんだなあ、と。 最近は思えている。
| 2006年04月23日(日) |
フラワーカンパニーズ出演イベント「夏の魔物」。 |
フラワーカンパニーズのライブに行った。 場所は、家から自転車で15分の青森Quarter。 今年始めてのクォーターだ。 イベント(その名も「夏の魔物」というらしい)だったので、前に地元のバンドなど3組出て、トリ。 ここ何年か、青森県に来てくれていたのだが、何かと日程が合わず、青森で観るのは初めてで。 フラカンも、クォーターでは初めてライブをするらしい。 会場に入ると結構込んでいて。 何度か場所移動をし、フラカンの始まる頃は前から3列目程に。 準備はメンバー自ら。 そういや、昨年、エレカシが弘前のイベントに出た時もメンバーが音合わせしてたなあ、と思い出し(宮本は出てこなかったけど) や、イベントってこういうものなのかな?と思ったり。 始まる。9年振りに観る、生のフラカン。ドキドキする。 一曲目は「馬鹿の最高」。 好きな曲なので嬉しかったが。でもしかし。 声量が凄い。凄すぎる。 鈴木圭介が叫ぶ度に頭がクラクラし。 最近の記事などで、凄いとは聞いていたが、これほどとは。 スピーカーの近くにいたのだが、鼓膜を突き抜けそうな振動に『やばい、倒れるかもしれない』と思い真ん中あたりにに非難。 しかし、やはり同じような感じで。 始まる前、近くの人の耳穴に白っぽいものが見えて不思議に思っていたのだが、あれはきっと耳栓だったのではないだろうか。 もしかすると、フラカンファンの必須アイテムだったりして…などと思いつつ、ともかく私もティッシュを耳につめてみたのだが、それでも足りず。 さらに手で耳を押さえたらちょうどいいくらいで。 すごかった。フラカンにはクォーターは狭すぎるのかもしれない。 以前観た時はこんなにすごかったっけ?と思ったり。 でもフラカンの曲はすごく好きだ。染みる。 サンボもいいけどフラカンもいいよ、と若い人に薦めたい。 近くには、泣いているような女のひともいた。 「深夜高速」の「生きててよかった」のあたりで。 他にも何度か涙を拭うような仕草。 たぶん、すごくフラカンが好きなんだろうな。 私は、好きだけどここで泣きはしなかった。 そして今日、結成記念日ということで。 今回のイベントの主催者らしき人の先導でハッピーバースデーを観客が歌い。 花束をファンが何人も渡し。 2度のアンコールの最後は懐かしい曲で締め。 そのCDを持っていないので、はっきりとは言えないが、たぶん「ホップステップヤング」。 今回思ったのは、スイッチ入れの素晴らしさ。 あの準備の時は普通の人だったのに。 曲を演るために出てきた時は。 もう最初から100%なんだよ、フラカンは。 終演後の物販で持ってないアルバムと、新しく出たというシングルを買った。 グレートさんと鈴木さんが手売りをしていたので握手してもらう。 なんだか興奮してつい鈴木さんに「以前よりかっこよくなって…」などと言ってしまう。 自分でも、何様だよあんた、と思った。反省。 でも、鈴木さんが笑ってくれたから救われた。 帰り道、なんだかすごく、エレカシのライブが観たくなった。 わたしはたぶん、そこで泣くんだろうな、と思ったり。 そうだ、そういえば、今日のイベント、合間の曲は色々とメジャーな邦楽がかかっていたのだが。 その1曲目が「四月の風」で。なんだか嬉しかった。 さあ、それはともかく。 買ってきたフラカンのCD聴こう。  チケットと、鈴木さんにサインしてもらったニューシングル「はじまりのシーン」。 7月にはアルバムも出るらしい。 そして、また近いうちに青森に来てくれるらしい。 行きたいなあ。 そして買ったCD、シングルの他に、持っていなかった「世田谷夜明け前」も買ったので、まずそちらから聴いている。 やっぱいいなあ。 なんでこんなに後ろ向きなのにいいんだろうなあ。 一番でかいものは頭の中に決まってる。って。 一番強いものは想像力に決まってる。って。 なんだか、サイコーだなあ、と思った。
すっげーきれいな気持ちになってるときと、汚い気持ちになっている時があって。 今は、どっちかというと汚い気持ちの傾向が強い気がする。
きれい、つーのは、要するに前向きだ。 汚いってのは、後ろ向きだ。 や、ただ後ろを向いているだけならいい。そうじゃなくて、もっといろいろなものを巻き込んでいる状態。
それから突き抜けられれば、きれいというか、すがすがしい気持ちになれるだろうに。
別に、誰のせいでもないのに。
| 2006年04月21日(金) |
テレビやDVDの話しかしていないなんて。 |
なんてむなしい生活なのだろうか。 …まあいい。まあいいや。
「がちぎり」を見終わる。 よゐこの二人は、特典映像の裏話のようなコーナーで、別々に撮っている(らしい)にも関わらず、良かった所に全く同じ所を挙げていた。 すごいなあ、と思った。以心伝心じゃないか。相思相愛じゃないか。いいなあ、いいなあ。うらやましいなあ。 そして、濱口さんと宮本さんはもしかして似ているんじゃないかと思ったり。どこって、まゆげが。
そして、今日気付いて愕然としたこと。 NHKの朝ドラって、土曜日もはいってるんだね。知らなかった…。いや、何の疑いもなく週休2日制だと思っていた自分の間抜けさに驚いた。 と、いうことは、今まで録画してたものは…。や、劇団ひとりが出始めた週にそのことに気付いてよかったといえばよかったのかも知れないが…。 やっぱり、録りっぱなしで観ないのはよくないな。 今週から見始めて、結構面白いので、前の話も観ようかと思っていたのに…。
| 2006年04月20日(木) |
気力のバロメーター。 |
しばらく風呂に入っていなかったのだが(調子が悪くなるとこうなる傾向があり)今日、久しぶりに入ったらやはり気持ちがよかった。 「純きら(略)」の斉藤先生は週一回しか銭湯に行かないそうだが、それを笑えない。
こないだレンタルしてきたよゐこの「がちぎり」を観る。 確か、よゐこが大阪の面白い芸人と何かやりたいと始めたもの、というような事がパッケージに書いてあり。 何組かの芸人といろんな形式の大喜利をライブでやるようなもので。瞬発力とひらめきの勝負、みたいな。 観始めた時間か遅かったため少ししか観れなかったが、なかなか面白いなあ、と。 明日、続きをまた観よう。
そう、最近思うんだが。 何でもいいから、連続って大事だと。 今日と明日の積み重ね。 こんな、ビデオの続きをみるようなことでもいい。 なるべく毎日やるのがきっといい。 そして時間がかかってもいいからやりきる。 それが心の安定と自信を生むんじゃないかと。 そう考え始めた。
まあ、考えるだけは楽だからね。あとは実行だよなあ。 まあ、この繰り返しで今の自堕落な生活があるんだけどな。
NHKの朝の連続テレビ小説「純情きらり」に劇団ひとり演じる斉藤直道先生がようやく登場。主人公の家への運命の下宿人として。待ち兼ねた。 物理教師で向学熱心だが身なりにかまわない。 純朴で優しいがちょっと変わっている。 というキャラクターで。 着物に袴。そしてもちろん丸眼鏡装備。 ドラマにはまだ出てきていないが、雑誌によると足袋には穴が開いているらしい。萌えだ。 初日から、歩きながら本に熱中して電柱にぶつかるというベタなところも見せてくれた。 でも、そういうNHK的とでもいうようなところが微笑ましい。見ていて心が和む。 今日なんとなく調子がよかったのは斉藤先生のおかげだ。
うん。やっぱ「萌え」ってパワーをくれるね、aちゃん。
幸せな人の言葉なんか聞きたくねえ、という。 この心の狭さ。
芸人たむらけんじの 「東京で流行ってる芸人みんな死ね」っていうギャグに、 笑うでなく、共感を覚えてしまう今日この頃。 もちろん心を占める近しいものに置き換えて。
| 2006年04月16日(日) |
何をしたくて何をしたくないのかわからない。 |
なんとなく調子が悪い日々が続いている。 そして描けない。
今日、雑誌を読んでいたら、なんとなく調子が悪いというのは、気付かなくても、実はうつ病の場合がある、というのを読んで少し怖くなった。 自分にも、もともとそういう、精神的に弱い、というか、ぐちゃぐちゃになりやすいところはあると認識してはいるけれど。 でもな、でも。 うつ病って、きっともっと苦しいものだと思うんだ。だから、あんまり簡単にそう思ってはいけないんだろう。 私は専門的な知識も持っていないので、こういうことすらも本当は言ってはいけないのかもしれないけど。
何人も、心の病気を持っているひとを知っている。 というよりも、むしろ知り合ってから、実はそうだった、と知ることが多いのだけど。 そういうひとはたいてい真面目だ。そして優しいのだ。 だから、自分はそういう(もちろん知っている範囲のひとのことしかわからないけど)ひとは好きだ。
…なんだか何をいいたいんだかわからなくなってきたなあ。
結局。 描けないので。 今、悩んでいる。 毎日楽しくない。
いろんなことを忘れる。 何も成し遂げられない。 関係ないことばかりに手を出す。 好きなものについての感動が薄くなっている。
ネット、やめた方がいいのかな。発信する方としては。 描けなきゃ意味ねえじゃん、と。 思うんだよ。
何日か前は、何かやりたいと言い。 今日は止めた方がいいのかもしれない、と言う。 これぐらい極に動く感情が、やばいんじゃないかと思う。
なんだか、自分が何をしたくて何をしたくないのかわからない。
最近、気が付くと朝で。 せっかく時間があっても、知らぬ間に爆睡。そして朝。 なんだか体が確実に変わっている気がする。体力が減っていると思う。
なので、更新等、何もできなくてすいません。 明日こそは…。と思いながら。 でも、それを繰り返す日々なのでいまいち強く言える自信はなく…。
ああ。なんかむなしいなあ。
なんだか最近やけに日記を書いていない気がするのだけど。 でも、日付けを見るとそうでもないのかな。 一ヶ月でトータルした数は、他の月と比べても、そんな極端には少なくないのかもなあ、と。
だけど最近は、日が早く過ぎていってしまっているような気がして。 なんだかこう、今までと違うんだよなあ。 前回も書いたけど、生活が変わったわけではないのに。 なんなんだろう。この感覚は。 30歳を過ぎると時間が早いって聞いたことがあるけど、そういうことなのだろうか。 まあ確かに、体力が落ちているのか、睡眠時間は増えたけど。 起きてる時間が前より少ないわけだから、結果的に一日が早く過ぎていく気がしていても不思議じゃないといえば、そうなのだけど。
でもなんだか。そろそろやっぱり。 何かしてえなあ、と。 また改装の虫がうずいている。 コンパクトにしようかなあ、と。 フレームとか使ってみたけど、なんだかおおげさな気がして。 や、そんなことはないのか。 でも、なんかもっとたいしたことないことのように更新したい。 らくがきとか。 だって今、じったりと絵も描けないんだよなあ。 なんだ、なんだ。こう書いてみて思ったが、最近日記を書けないのも同じで、自分に落ち着きがないだけなのかな。 どうすりゃいいんだろうな。
ああ、そうだ。 それから、何かしたいというついでに、みくしー日記も復活しようかな、とちょっと思っていたのだけど。 そしたら、知っている方が退会していて。 なんていうか。ショックを受けた。 しかも私は、そのひととは、ほぼみくしーだけの付き合いだったわけで。 前も、こういうことはあったのだけど。 その時もやはり同じような感情があり。 そしてこれは、通っていたサイトが突然閉鎖したときにも似ているなあ、と。 さらにこれは。 もう会えなくなってしまったひとへの感覚だと。 こう、死んでしまったひとへの。 いや、まあ、そこまでではないかもしれないけど。 でもある意味、ネットで、しかもそこだけでしかつながっていないひととは、もう連絡の取り様もないわけで。 だから、ネットをやめるってのはその世界での死に近いんじゃないかなあ、と思ってみたり。 や、もちろん、宣言してくれれば違うんだけど。 そうするとそれは卒業に似ている感じがして。 だってその人に別れも言えるし。 でもいきなりいなくなるのは。 なんだか残されたやるせない感じが、似ているなあって。
なんだか、そういうことを考えた。 …また極端な方向に行ったでしょうか。すみません。
でも私は、だからネット止められないのかなって。 そしてやっぱ、知ってるひとにもやめてほしくないなあ、って。 まあ、そう思うが。 でも、みんな事情があり。 だからこう、止める時は、せめて別れを告げてからにしてほしい、そしてそうしよう。と。
…や、止めないっすよ? うん。 しぶとく生きたい。
| 2006年04月06日(木) |
そして聴き続けている。 |
なんだか最近、あんまり書いてないですね。 すいません。 なんだか、落ち着かないというかなんというか。 じったり書けないというか。 なんなんだろう。特に生活が変わったわけでもないのに。 東京日記も書く前に忘れそうだ。やばい。 …ちょっと書こう。インパクトがあったことを。 ええと。 満田くんに会えて嬉しかったです。 一生懸命、親友の結婚式のスピーチをしていました。 (…って。こう書いて何人のひとがわかるんだろう)
ええと。また現在の日記に戻りまして。 …ええと。 そうだ。 「町を見下ろす丘」聴いています。 なんだか、じわじわ気持ちよくなってきました。 聴く度に、言葉が少しずつ入ってくる気がしています。 そして思ったのは。今回のアルバムは、宮本のうねりがないんだなあ、ということ。 あの、曲を曲として自分から切り離して作っているというか。 もちろん悪い意味ではなく、ちゃんと表現者として。冷静に。自分より、まず曲を、みたいな。 たぶん、私が違和感として感じてびっくりしたのは、このうねり、宮本臭(とでもいおうか。しかしなんだかなあ、この表現)がとても薄まったからなのではないだろうか、と。 それで、だからこう、この感じの違うアルバムの聴き方がわからなかったんじゃないか。と。 そして今だんだん慣れてきて、言葉が耳に入ってくるようになったんじゃないか、と。 このアルバムは、じっくり聴くものなんではないのかなあ。たぶん。 「聴け!」って問答無用に流れ込んでくるものではなく。 こちらがこう、聴こうという意志を持つと初めて聴こえてくるような。 ああ、鼻歌のような? や、なんというか。でかい音ではなく。 静かな。作り過ぎていない。自然な。 そういうエレカシ。 うーん。なんだか、その変化はすごいんじゃないのか? インタビューで一番びっくりしたのは、宮本が 「勝ち負けじゃなくて、もっと違う大事なことがあるんじゃないかと思った」 というようなことを言っていたことで。 うわー、なんだか普通のこと言ってるよ!と思ったのだ。 やっとここまできたんだなあ、と。 なんだか知らないが思ったりして。
あと。そうだ。 4人で音を作り込んでいっているということで、宮本臭(だからその表現どうよ?)が薄まり、感覚としてクセというかアクみたいなものが少なくなったところがちょっと物足りないような気もしたんだけど。 でも、これはスタートだって。 だから、これから、エレカシ臭(だから…・汗)を付けていけばいいと。 なんだかそう思った。 それが楽しみだなあ、と。
ああ、なんだかぐちゃぐちゃと書いてしまった。 すいません。 でも、またそのうちなんか書きます。 書こうと思います。
そうだ。 ブリッジを読んで。 やっぱり、メンバー(宮本)の話としてトミのことを聞けたのでなんだか安心した。 しかし、やっぱり石くんっていいひとなんだなあ。
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