music soul

2002年01月17日(木) 生きて行く事

7年前の早朝大地震がありました
下の子の授乳で地震発生の15分位前に起きてました
作ったミルクを少し飲んだだけで寝てしまったので、ベッドに寝かせてから哺乳瓶を洗おうとキッチンへ戻る途中のリビングでいきなり揺れ出しました
「地震や・・・」と思う間も無く、今まで経験した事の無いものすごい揺れが!
台の上に乗せてた90×45の水がいっぱいに入った熱帯魚の水槽が倒れる
2〜3日前に「この本棚は重すぎてちょっとの事では動かないなぁ」と思った本棚が倒れる
電気が消える・・・はっきり覚えてないけど轟音が聞こえる中
「これは大変な事になった!このままでは命が危ない!」
と思いテーブルの下に身を沈めて気がつくと叫び声をあげていた・・・お化け屋敷やホラー映画、恐い話、ジェットコースターでも叫んだ事が無かったけど、この時生まれて初めて叫んだ
そして腰が抜けた様に動けない体だけど頭では別室で寝ている子供達が心配でしょうがなかった

幸いみんな怪我一つ無く住まいも倒壊する事なく無事でした

でもそれで良かったね、じゃなかった
もちろん生きてられた事は幸運だと思ってる
だからってそれまでと同じ日常には戻れなかった

現実的に山のような壊れた物の片付け、壊れた家の応急処置、我が家は当日昼には電気が復旧してたけどガス、水道は全く出ない
年末年始に買い込んでた食べ物があったから食料にすぐに困る事はなかったけど、下の子はまだ生後2ヶ月で母乳も飲んでたけど足りないから粉ミルクは必需品
おしめもミルクもそこそこの買い置きはあるとは言えすぐに無くなるのは目に見えている
ミルクを作るのに飲み水がいる・・・けど、ない
同じ位の年のお子さんがいる知り合いが何時間もかけて原付でおしめとミルクと水を持って来てくれたのには感激した
普段親しくお友達付き合いなんてして来なかったのに、赤の他人なのに・・・嬉しかった
今、小学1年生の息子はその人に命を助けてもらったような物です

結局ライフラインが復旧するまで避難することになり同じ県の普通なら車で1時間位の町へ半日以上かかってたどり着き3ヶ月そこで暮らしました
住んでた町は道も街もボロボロで今までの様子が一変してたのに、非難した町は全く普通ですごく驚いた
まるで地震が嘘だった、夢だったみたいに

同じ地震を体験してても人それぞれ温度差があるのも実感した
しょうがないんだろうけど、由宇の中のあの時の恐怖は死ぬまで消えない
そしてあんな体験はしたくなかったって言う思いが今でもある
住まいが望んで住んだ所じゃなかったし住んでからも数々のいざこざがあって決して楽しい生活ではなかった
そこに住む事に渋々でも同意したのは自分だったけど、それが間違いだったと思い始めてた矢先の地震だった
だから余計に思うのかもしれない
今更言ってもしょうがない事だってわかってる
でも割り切れない思いが心の底にこびりついていて染みこんでて消えそうに無い

地震で生きることの喜びを感じる事が出来た
そしていつ死んでも後悔しない様に生きて行きたいと心から願ってる

なのに最近我慢する事がいっぱいある
先の事を考えないといけない時や今だけ見てればいい時、色々あって頭がごちゃごちゃして来る
やっぱり生きて行くって難しい・・・


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由宇 [MAIL]