徒然日記

2004年06月25日(金) 戦場のピアニスト(真面目な暗いお話)

戦場のピアニスト

前にWOWOWでやっていたので見る。
・・・見た後、2〜3日は鬱に入る映画です。
いや、私が想像していたのはですね、こう・・・音楽を通じて
戦場の人々を癒していくというそんな感じの雰囲気だと
思い込んでいたのですが、現実はそう甘くはなかった。

重。

もうひたすら重い暗い、そしてリアル。
まぁ現実にあった話なのですから、リアルなのは当然だとして・・・。
ホロコースト※を題材にした話はたくさんありますが、ここまで
忠実に描かれたものは少ないかもしれません。

※ギリシャ語で全てを焼き尽くすという意味らしい。
 ナチス・ドイツの600万人のユダヤ人大虐殺をさして使われる。

ドイツ兵にとって、ユダヤ人というのは人間ではない。
何だろうなー・・・道を歩いててうっかり踏んじゃった石ころ、みたいな
ものでしょうか。

「立て!」と言われ立つことが出来ない車椅子の老人を
窓から放り投げるドイツ兵。
数十人を走らせ、まるでゲームのように銃をぶっ放し
道路の上に無造作にある死体を轢いていく。
何の感情もなくユダヤ人を殺していくドイツ兵に、ああ、この人達は
どこか頭のネジが壊れてるんだ、と思った。

シュピルマンはユダヤ人が狩られていく中、もう本当にギリギリの
ところで生き延びる。
彼の周りではごく普通に、そして淡々と人がいなくなっていく。
自分を助けてくれた人、庇ってくれた人、最愛の家族。
シュピルマンの家族はまとめて列車で運ばれていきました。
その列車が一体どこへ行くのか知らされもせずに・・・。
家族がどこの収容所へ運ばれたのかはわからないけど
ナチスは何万人ものユダヤ人を毒ガスによって殺戮し、それら死体から出た脂で石鹸を
骨からは肥料を、そして髪の毛からは布地を作ったという。

映画を見た後、ホロコーストについて調べれば調べるほど・・・醜い。
人間って落ちるとこまで落ちるもんなんだなと。
普通、小さい子供とかがいたらちょっと心が痛んだりするもんだろうと
思うのに、彼らはたとえ女子供老人であろうとも容赦はしなかった。

ある人は、自分の墓を掘ってから殺された。
ある人は、子供を産めない身体に改造された。
ある人は、ずっと食事をあたえずどのくらいで死ぬか(餓死)の実験をされた。
ある人は、コレラ菌など病原菌を植えつけ死ぬまで観察され
「劣等民族」と「優秀民族」の体がどう違うのか生きたまま手術をして調べられた。

(かつての日本軍も似たようなことをしていたらしいですが。)

ちなみに50万人ほどいたワルシャワ市内で、生き残ったのユダヤ人はわずかに20人ほど。
収容所では、毎日350体もの死体を焼いていたらしい。
アウシュビッツ等で検索すると色んなサイトがヒットするので
興味があれば見ておいた方がいいと思う。
・・・責任は持ちませんが。(ちょっとグロい。)

アマゾンで映画の原作となった本と、シュピルマンのその後を描いた本を購入。
シュピルマンを助けたドイツ将校、ヴィルム・ホーゼンフェルトの日記も
巻末に収録されていました。

映画では、彼はシュピルマンに対し命令口調で話しているのですが
本当は敬語だったらしいです。
ホーゼンフェルトは元々温厚な教師であったらしく、ドイツ軍の中では
珍しい正常な人間だったのです。

彼はシュピルマンだけではなく、数人のユダヤ人を助けていますが
収容所で非業の死を迎えています。

映画の中では、シュピルマンはホーゼンフェルトを助けたいというのが
イマイチ伝わってこなかったので、なんて薄情な奴なんだと
思ったのですが、実際はあらゆる手をつくしてホーゼンフェルトを
助けようとしていたそうです。
しかしロシア兵に、あんまり不穏な動きをするのなら貴方も
収容所に送りますよという圧力を感じたらしく
それ以上のことは何も出来なかった。

シュピルマンは、いつかきっと会えるはずだと信じていましたが
その願いは空しく砕け、ホーゼンフェルトは収容所で脳卒中を2度ほど起こし
心身共にボロボロになって亡くなりました。

映画はシュピルマンが舞台でピアノを演奏するところで終わっていますが
これは原作やその後を読まないとすっきりしないかもしれません。

うーん、この映画を感動したとかなんかそういう言葉で
語ってはいけないような気がする。
そういう次元のものじゃないというか・・・。
見た後は、言葉では言い表せないような空しさがありますな。

ま・・・ホロコーストについて興味がある方はどうぞ、みたいな。



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