「硝子の月」
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『第一王国』の建国祭は決まって晴れる。 今年もその例に漏れず、朝から上天気だった。 「あら? グレンさんは?」 使用人達と共に見送りに来た客人達を見て、午前中の式典に出席する為に正装したアンジュはかわいらしく小首を傾げた。青を基調とした華やかなドレスがよく似合う。 「昨日の夕方出掛けたきりです。折角泊めていただいているのに申し訳ないですわ」 溜息混じりにルウファが答えた。 「それは構いませんけれど……まさか何かあったのでは?」 「大丈夫だと思いますわ。……多分」 「午後には戻られるかしら」 お嬢様は昨日から、皆で祭りを見て回ることを楽しみにしているのである。 「そうですね。もし戻ってこなかったら置いていきましょう」 ルウファは至極あっさりと、その時の青年の切り捨てを表明した。 「ですが……」 「彼も大人ですし、自分のことは自分で出来ますわ、きっと」 根拠になっているのかいないのかわからないことを言って、ルウファはにっこりと笑う。 「それよりも、そろそろ出発なさらないと。リディアもはらはらしてますわ」 「そうね。それではいってまいります。3時頃には戻ると思いますので、夕方はご一緒致しましょうね」 「ええ。いってらっしゃいませ」 少女達は笑みを交わし合い、赤い少女は黙ったままのティオの脇腹を軽く肘で突いた。 「……いってらっしゃい」 渋々と、ひどくぎこちなく、少年は言い慣れない言葉を口にする。 「いってまいります」 アンジュはもう一度そういいながらにっこりと彼に笑いかけ、表で待っていた馬車に従者と共に乗り込んだ。 がらがらと音を立てて馬車が走り去り、使用人達は持ち場に戻っていく。 「……見とれてたんでしょ」 残ったのが二人だけになると、少女は赤い瞳を細めて言った。 「『ドレスがよくお似合いです』くらい言ってあげたらよかったのに」
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