聖なる夜に。 - 2006年12月24日(日) クリスマス会というのにお呼ばれしていたので、参加してきたりしました。 そこで、ああ、善人って世の中にはいるんだなあ、と我が精神の矮小さと卑屈さをまざまざと見せ付けられてきました。 楽しかったとか楽しくなかったとかそういう話じゃないの。 そこに居る人はみな善人で、私はただ笑みを表情に貼り付けて聞かれたことに答える、そんな置物みたいな生き物になってました。 幸せだ、幸せだ、ああ、幸せだ。 みんなが本気で口を揃えて言う場所。 健康に過ごせて幸せだ、皆と過ごせて幸せだ、本気でそういう人々の集う場所。 ありがとう、ありがとう、そんな言葉が飛び交いまくる場所。 我が精神の捩れを見せ付けられました。 こんな風に。 ああ、こんな風に。 羨ましかったのかもしれません。そういう風に在れる人たちを。そんな風に私もなれたらと、多分絶対に届かない祈りをどこかに捧げてしまうような。 不幸だ不幸だと思ってるわけじゃないんです。 ただこう、『一日を大切に生きようね』という言葉を本気で言える人たち。 私はそれを何処に忘れてきたんだろう、と哀しかったのかもしれません。 そんな気持ちを、24時間がもったいないと思いながら生きる気持ちを、何処に置いてきたんだろうと思って、寂しかったのかもしれません。 私もいつか、其処に届きますように。 涙が出そうな気分で、ただ笑みを貼り付けることしかできない自分は、なんて卑小な存在だろう。 どうしたら、其処に届くかしら。 そんなことを、考えたりしたのかもしれません。 かもしれません、とやたら書くのは、日記を書いているこの時に、自分で気付きながら書いてるからです。 あの空間での、あの不思議な気分、窮屈なような、全て許されるような、そんな相反する気分は、一体何だったんだろうと、ずっと考えてしまったから。 30人も人が居て、きっとこんな気持ちなのは私だけ、となんだか覚束ない気持ちだったから。 そして、主催の彼女が、この間ディズニーに行ったのだと言って、お土産をくれました。 実は、まだ2度しか逢ったことのない(今日で3度目)人。 そういう人が、『彼女には何が似合うだろう』と考えてくれて、彼女なりの『私』を解釈したものを、くれました。和柄のディズニーってあるのね…色は紫系。 『私』に似合うだろう、と考えてくれた瞬間があった、ということが、なんだかもう嬉しいのを通り越して、涙が出そうな気分になりました。 確かに私の好みのもので、とてもとても嬉しかった。 あの場所で、『私』のことを一瞬でも考えてくれたその気持ちが、有難くて涙が出そうでした。その為に、時間を割いてくれたことが。 そんなことを考えているうちに、私は一体、今までどのくらいの人の気持ちを蔑ろにしてきただろう、と、自己嫌悪にどっぷり陥りました。 『それ』は、『当たり前』ではないのです。 そんな『当たり前』のことに、この歳になって、今になって、ようやく気付きました。 そしてやっぱり、自分の愚かしさに、自己嫌悪になるのです。 本当に、本当に、ありがとう。 私を思い出してくれて。 私を思い出す瞬間を持ってくれて。 今まで、私が踏みつけてしまったかもしれない全ての人の『気持ち』に、心から謝罪すると共に、最大限の感謝を送ります。 今更遅いよ、と言われても、それでも。 私はあなたたちの為に、一体何ができますか。 それを目下、考えます。一生懸命。 -
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