★ 夏海の日記 ★

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2006年01月18日(水) 阪神淡路大震災

1月17日。
毎年この日がやって来て、TVでも ラジオでも特集を組まれたりする。
その日はNHKの教育のチャンネルだけしか見られなくて、毎年毎年この日が来るのが怖かった。
その次の年、祖母が亡くなり、その日に 私はパニックの症状が現れ、うつ病になった瞬間でもある。

だから 何年って記憶はないけど、大震災から何年って言われると、それ引く1年。私の鬱歴は 長いね。

生まれ育った伊丹市が酷い状態でTVで流されていて、
毎日燃え盛る炎を見させられながら、食事をし、
あまりに身近な町である あの 炎の中で 苦しんでいるのは私で
どうして人の不幸が 大好きな人種がいるんだろう?
人の苦しみに不感症な人の中で暮らして
どんどん壊れていった私。

頑張っていたね。あの頃

それ以前に もう いっぱいいっぱいだったのね。
もうここまで頑張ったんだから、もう良いだろう。死んでもって 何度も思った。
ここまで頑張ったんだから、もう良いだろう。

何度も何度も、何年も夫君と話し合い、もう少し もう少しと 頑張ったあげく、壊れてしまった私。

あの家での出来事は遠い過去で、でも引きずっている過去でもある。
優しく 穏やかだった夫君は、最後に豹変したように怒鳴るようになり、
それも 家では何も言えず、外に出てお店とかに入らないと怒鳴れない可哀想な人。
あまりに怒鳴られつづけたので、トラウマになり、会うのが怖かったので、伸ばし伸ばしにしていた『離婚』と言う名の決着は
もうすぐ勇気を出して 話し合うところまで 来ました。
私が 落ち着けたので、夫君も 現実を見られるようになったので やっと。

私が家を出ている間は、『遠距離恋愛』をしている気分だった夫君。
あのね、親を選んで一緒に出られなかった時点で、二人の仲は終わっていたんだよ。2年以上前にね。

一緒に住まなくても良い。
今のままで良い。
ただ 君が昔の元気な君に戻るのを見たいだけ。そう言われて
生活費を貰える訳でもなく、会う訳でもなく、体を合わせる訳でもないのに、結婚の意味はあるの?ってね。

破綻したそれでも一緒に暮らしている結婚の形態を見て育った私は、
『結婚』に希望など持ってない。
好きな人と一緒に暮らすことこそ大切なこと。
私は 『結婚』という形に向いていない。
『結婚』は 私を縛ることなど できない。
一緒に暮らすことこそ 私にとって意味のあることなのにね。
何て遠くに離れてしまったことだよ。

友達はみんな私を応援してくれて、同時に心配してくれる。
病院の先生にも相談して、色々とアドバイスを貰えた。
怒鳴られないように、でも 言うべきことは言う。
怖いけれど、闘わないと。

仕事があるから 休むことはできない。
体調が壊れる恐れがあるのと、込み入った話も色々していたので、上司にも日程を話したら、
「そっか〜 適当に ほどほどに がんばれ」って言われました。
自分の幸せの為に頑張る。 適当に ほどほどに 力まないで。

その年、
大きな地震があって、地下鉄サリン事件があった。
あれから何年経った?
毎日 教育TVしか見られない時期をどれだけ過ごした?
私の子供と同級生になるはずだった愛する甥っ子は、今年小学校最後の年を迎えるよ。
時間はどんどん未来に流れていってるね。
早く心から笑える日がくれば良いな。


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