| 2004年12月08日(水) |
二世の苦悩によせて。 |
今日は真珠湾攻撃の日だが、63年経った現在でも「日本軍=卑怯」の図式は消えていないと思う。 ところで、今日、英米学科生の中には「アメリカ大好き!!」と大声で言える人は少ないだろうという話をした。英語を勉強しているんだから、何をアホなことをと思われるかもしれない。しかし、アメリカについて勉強すればするほど、アメリカの不条理さに気付かされてしまう。日米開戦にしろ、ベトナム戦争にしろ、アメリカの戦争への突入方法がネガティブなイメージを作りやすいのだろうか?宣戦布告の権利は議会が持つものだが、実際の戦争で、議会が布告した令は二つほどしかないと聞いたことがある。その他は全て大統領の「統帥権」による軍隊の派遣から戦争の口火を切っているらしい。平和の反対語が戦争なら、軍隊を動かすことは平和に繋がるのだろうか。戦う相手がいるから派兵なのではないのか。 軍隊だけではなく、国内でも人種差別は根強く残っている。六十年代に相次いで市民の平等を訴える法律が制定されたが、人の無意識までもコントロールすることはできていないようだ。例えば、白人の多い地域に黒人一家が引っ越してくると、周りの白人は一人二人と別の場所へ引っ越して、地価が下がってしまうらしい。これではせっかく不動産を買った黒人はたまったものではない。 とまあ、悪態をついたわけだが、もちろんアメリカには良いところも沢山ある。例えば民主主義尊重の精神は世界一高い。政治制度もかなり完成されたものを持っている。そして、国に尽くした者へは惜しみない賞賛を与えている。今僕が学んでいるGI BILLがそうだ。また、身近なところで言うと、エンターテイメントのすばらしさでアメリカの右に出る国はないだろう。思いっきり楽しむことにかけても労を惜しまないようだ。そして何より、自分の国を愛している。 僕が思うに、英米学科生がアメリカをあまり好きでなくなる理由は、今まで知らなかった・考えたことが無かったくらい部分に目を向け始めたからではなかろうか。入学した当時はアメリカのピカピカな表面しか見ていなかったのだ。それを一枚ずつはがしていくことで、少しずつ憧憬の念は薄れて入ったと思う。この現象はもちろん外国人が日本に対しても感じていることだ。古い町並みが残る京都などを訪れただけで日本を好きになっても、次第にメッキがはがれて落胆してしまうことがあるだろう。 だからわれわれは世界の国々のことを学ばなくてはならない。現在あなたが持っている、それぞれの国に対するイメージは果たして正しい物だろうか?先入観というメッキを少しずつ削って、隠れている部分も覗かなくては、「相手を知る」ということは不可能だ。 今世紀が世界大戦のない世紀になりますように。
卒論⇒十七枚。
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