| 2004年11月25日(木) |
アメリカ研究センターライブラリ開放のプロセス(私見)。 |
今年の九月から我が大学にある、アメリカ研究に関する図書を多く所蔵する「アメリカ研究センターライブラリ」が自由に使えなくなっていた。同研究センターには卒論を書くにあたって、非常に多くの有益な書籍が納められているため、英米の四年生はかなり利用している。自由に使えないとはどういうことかというと、今年の九月までは入り口で手荷物を預ける他は一般の図書館と同じく、書架を自由に散策して本を探すことが出来た。だが、九月からは検索エンジンを使って本を探し、カウンターでその本の請求番号と題名を告げなければ閲覧できなくなってしまったのだ。そればかりか、ライブラリの場所も英米学科生に馴染み深いL棟から、学校でもはずれのN棟まで移転してしまった。 「せっかくの貴重な資料を学生に使わせないでどうする?!」 と、うちのゼミの教授が最も憤りが強いようだった。何しろ、このライブラリを創設した本人だからである。設立理念の「誰でも利用できる」がすでに忘れ去られていることへの嘆きも含まれていたようだ。というわけで、略称「アメ研」は学生から遠い存在になってしまっていた。 しかし、我が大学にはネットを通じての投書箱(学内専用)が設置されており、そこには毎日多くの学生たちが大学に対し疑問や意見をぶつけている。学生の投稿には大学の該当職員が必ず返信をして、これもネット上で見ることが出来るのだ。この投書箱のおかげで学内すべてのトイレにハンドソープが設置された。このように、実際に大学が行動を起こすことも頻繁だ。 私はこの投書箱を使い、アメ研の不便さを書き連ねた。大まかに四項目の問題点に絞って書き込みをしてみた。検索エンジンだけでは本を探すことが出来ない点、いちいちセンター職員を使って本を取って来てもらわなければならない点など、どれも学生の立場に立った鋭い指摘だと思う。すると、数日のうちに返事が返ってきたものの、 「現在検討中です。」 の一言だった。 けんもほろろとはこういった状態をいうのか。卒論の最大の壁はまさにガラスのように存在がうつろだった。幸い、うちの教授のアドバイスで閉架になる前に、二三の資料は確保出来ていた。が、今となっては、もっと詳しい資料が欲しくなってきている。さて、どうしたものか。そう思案しているうちに友人から、 「11時半から1時半まではアメ研を自由閲覧できるよ!」 とメールが送られてきた。早速大学のHPで確認してみると、そのような制度が作られたらしい。これはありがたい!時間は限られているが、今までのように手にとって本を探すことが出来る!心底嬉しかった。そして、自分の投書からこのような運びになったことが、なんとなく達成感がある。はたから見れば自己満足かもしれないが、自分で起こした行動が何らかの影響を与えられたことが何より嬉しかった。 というわけで明日、早速アメ研を覗いてみることにしよう。
卒論⇒十二枚・・・。
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