Yoshikiの日記

2004年09月24日(金) 大学で得た知識。

 昨日は落雷の心配があったので日記の更新はやめました。べつに日記を書いている管理人に雷が落ちるって意味じゃあありませんよ。
 雷が轟いている間、木曜洋画劇場の「es」を見てました。これは大学の社会学かなんかの講義で聞いた話を基に作ってある映画なので、興味がわいたのです。その話というのは人間を三十人ほど集め、看守役と囚人役に分けて模擬刑務所で生活をさせるという物でした。講義の中で、「驚くべきことに、それぞれの役割になりきってしまった」と聞いた覚えがあります。つまり、看守役は本物の様に囚人役を監督し、罰まで与えたのです。劇中にも、騒ぎ立てた囚人の主犯格に「罰」という名の暴行を加えるシーンがありました。しかもそれはエスカレートし、最終的には死者2名、重軽傷者多数を出してしまいます。主催者の心理学博士まで犠牲になりました。
 人間は社会構造の中で生きています。社会構造というと抽象的ですが、手っ取り早く言えば成文・不文を問わず、多くのルールの中で生きているってことです。人には「身分相応」という言葉が示すとおり、社会の中である程度の役割が決まっていて、しなくてはならないこと・してはならないことがそれによって決定されます。既婚者は未婚者の時の行動が必ずしも可とされるわけではないことからも分かると思います。
 この映画でも被験者が看守・囚人という役割を与えられた上で、生きる最善の方法を自然と選択すると言う事がわかりました。しかし、看守が「支配者」としての自覚に目覚め過ぎてしまい、観察者である心理学博士らまで支配しようとしてしまったので、惨劇が起こってしまったのです。
 このように人間が役割によって行動が制限されると聞いてがっかりする人がいるかもしれませんが、そんなに気にしなくてもいいように思えます。昨日までの生活とほとんど変わることはありませんから。
なんでかって言うと、すでに存在するルール(規範)を人が自らの中で肯定するというプロセスがあるから。これ以上詳しく話すとさらに長くなるから、反転させて見つけた人、ごめんね。


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