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春の香は碧 【鳴門】 前編
2015年04月15日(水)

 実は別所にも投稿してあるんですが、こちらにも。いーかげん更新しないと、投稿できなくなるかもしれないし。

 以前UPした「夏の色」及び「いっしょにごはんを食べようか」と、時間枠は一緒と思ってください。ただ、【鳴門】完結後に発表された公式小説の設定を一部使っているので、おそらく色々と矛盾があります。大目に見てください。m(__)m

※一応、念のため。
作中で引用している文章は、清少納言の「枕草子」の一文です。「枕草子」には著作権は発生しませんので、本文の引用自体は著作権違反ではありません。

※タイトルを「はるのかはあお」と読むか、「はるのかはみどり」と読むかは、読者次第です。「木ノ葉の気高き碧い猛獣」なんだから「あお」なのかも知れませんが、言葉的には「みどり」でもいいな、と思ってしまったもので・・・優柔不断でゴメン★

※久々に、長すぎました。前後編になります。

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春の香は碧


 木ノ葉の上層部に命じられ、某国へ逃れようとした抜け忍を『処理』し。

 少しチャクラを消耗した はたけカカシが、開(ひら)けた草むらで大の字になって休憩している時に、それは漂ってきたのだ。
 その、どこか懐かしく感じられる、青い香りが。

 体を起こすのも億劫で、横たわったまま視線を右へずらせば。
 そこにあったのはまだ蕾が開ききっていない、フキノトウの群生。


 ───そうか。もうこんな季節だったんだな・・・。


 ふと、同期で自称・ライバル、マイト・ガイの明るい笑顔が脳裏に蘇り、カカシは静かに目を閉じた。





 確かあれは1年前のこと。
 いつも通っている飯屋が臨時休業で、カカシがすきっ腹を抱えて夜の街を歩いていた時に、ちょうど任務明けだと言うガイに出くわした。


「空腹中に勝負しても、そんなのホントの勝負じゃないデショ?」


 相も変わらずけしかけられる恒例行事を、そう言ってかわし。ほとんど話のついでに聞いたのだ。どこか良い雰囲気の食堂はないか、と。
 すると、やはり今晩は外食予定だったガイから、有力情報が与えられたのだ。


「だったら、今から俺の行きつけの居酒屋へ一緒にどうだ? ご馳走と言うほどのものは出さないが、馴染める店だぞ」


 空腹に耐えかね、そう誘われるままについて行ったカカシだったが、店の暖簾をくぐったところで我に返る。
 ガイの行きつけなのだから、彼のような血の気の多い男たちばかりが、集う場所なのではないのか?


 ───疲れてる時に、熱血はゴメンなんだけど。


 カカシは若干及び腰になったが、そこそこ繁盛している店らしくカウンターしか席は残っておらず、渋々座ったそこで、店の主に引き合わせられた。


 元・忍だと言う店主は、自分たちとそう変わらない齢で、浅黒く日に焼けた男のくせに、わざとらしい女言葉を使う人物だった。何でも、特にソッチの気があるわけではないのだが、柔らかいこの口調の方が変にトラブルを招かなくて、便利らしい。

 とりあえず食べられるものを。
 いくつか料理を頼んで一息ついた頃、そう言えば、と、その店主がガイに話しかけた。


「ねえねえガイちゃん、もう春でしょ? 材料揃えてあるから、例のもの作ってくれなあい?」
「・・・例のもの?」
「またか? いい加減、作り方覚えたらどうなんだ。教えただろう」
「でもお、やっぱりガイちゃんの作ったものの方が、評判イイんだってばあ。アタシが作っても、どこか味が違うのよ。ね? 今晩もビール1杯、お礼に奢っちゃうし。そっちのお兄さんの分も、サービスするわよおん」
「何かよく分かんないけど、ガイくーん、俺にビール奢ってv」
「カカシ、お前な・・・。しょうがない、今日だけだぞ?」
「とか何とか言っても、毎年1回は作ってくれるんだから。すっかりウチの風物詩よねえ」
「勝手に決めるな。ったく、今度はバイト料とってやろうか・・・」


 おそらくは毎年、繰り返されているやり取りなのだろう。押し切られる風を装いつつも、どこか面映い表情のガイは、慣れた手つきで店のエプロンを身に着けた。

 そうして、興味津々のカカシの目の前でガイが作ったのが、フキノトウの焼き味噌、だったのだ。

 ミキサーも何も使わず、洗ったフキノトウをまな板の上で荒いみじん切りにし、味噌と食用油と酒を適度に合わせ、そのまま包丁でたたく。
 その間に店主がいそいそと、浅く広い皿にアルミホイルを覆うように敷き、その上に薄く食用油を塗り始めた。
 そうして手渡された土台に、ガイが左官よろしく、包丁をこてに見立てて、フキノトウ入り味噌をざっと載せる。・・・一見無造作だが、何かしらコツみたいなものはあるのだろう、という雰囲気で、均等な厚さに。


「ふんふんふ〜ん♪」


 一方店主は、と言えば、いつの間にかアルミホイルを敷いた平たいフライパンを用意し、皿と同様表面に食用油を塗った上で火をつけ、炙っている。鼻歌交じりに。
 その上にガイが、慎重な手つきで味噌を下にして皿を置くと、味噌とフキノトウの香りがたちまち、店内へと漂い始めた。

 不意に、カカシの口をついて出た言葉がある。


「蓬の車に押しひしがれたりけるが、輪の廻りたるに、
近う うちかかへたるもをかし・・・」

(清少納言 枕草子「五月ばかりなどに」より)


「・・・よもぎ? 何だ、呪文か? それは?」
「呪文って、あのね★」
「聞き覚えがあるわ。確か・・・木ノ葉に良く似て四季がある『和』の国の、むかしむかーしの有名な作家が書いたって随筆、だったかしら?」
「よく知ってるねえ。アカデミーでも習わないのに、これ」


 アカデミーでも教えていないものを覚えているとは、二人とも随分酔狂だな。

 そう言わんばかりのガイをよそに、店主とカカシの会話が弾む。


「知り合いに、老舗和菓子屋がいるから。今の季節によく蓬餅を作るんだけど、よく引き合いにこの言葉を口にするのよ」
「ああ、なるほど」
「・・・で、どういう意味なんだ? カカシ」
「牛車に押し潰された際に漂ってくる、蓬の香りが趣があって好ましい、って意味。
ほら、蓬も独特の香りがするデショ? フキノトウの香り嗅いでたら、思い出しちゃって。
多分フキノトウも、牛車に踏まれたら今みたいな香りするんだろうねえ」


 むろん、その時はこれほど香ばしくはないのだろうが、それはそれで風流があるに違いない。
 が、店主の方は随分と現実的な意見を述べた。


「あら、牛車が通るような道なんだから、フキノトウみたいな凸凹する草なんかは、真っ先に引っこ抜かれそうだけど。あるいは、踏み固められちゃって生えてこないとか」
「あー、そうかも。車輪が引っかかっちゃうか。風情も何もないねー」
「だが、蓬なんぞ一年中見かけるぞ? どうして今の季節に、蓬餅なんだ?」
「・・・蓬が一年中生えてるの、よく知ってたねガイ」
「カカシ、それは俺が情緒を理解せん、と言う意味か? 俺は木ノ葉一、風情を愛する男だぞ! 花粉症だし。それに蓬なら、修行場によく生えてるじゃないか」
「イヤ、花粉症と風情は別問題だし★」
「確か、今の季節の葉の方が、柔らかくていい香りがする・・・んだったかしらあ? ゴメンなさいねえ、忘れちゃったわ。
それよりほらほら、手が止まっちゃってるわよ、ガイちゃん。次、次」


 変に薀蓄披露になる前に、店主がそれとなく話を打ち切った。・・・それなりに空気を読む人物らしい。でなければ、サービス業は務まらないだろうが。
 いくら今は手元が忙しいとは言え、このまま話に加われないとなると、何だかんだで構いたがりで構われたがりのガイが、不愉快になるのは目に見える。

 幸いにも、二人の心遣いを知らぬまま、店主と雑談を交えながらもガイは、同じような焼き物を5つばかりこしらえた。


 どんだけ大量のフキノトウが用意されていたんだ、一体。
 ってか、仮にも客のガイに、どんだけ料理させてるんだろ、図々しくないか?


 思わずあきれていたカカシだったが、ふと第三者『たち』の視線がこちらに集まっていることに、そっと周囲を見やる。

 先刻から気づいてはいたが放置していたのは、特に害がないものだと分かりきっていたから。だが改めて観察すると、店内の客が皆、フキノトウの香りを楽しんでいるのが分かり、目を瞬かせた。
 そして、食事をしようと新たに店へ入って来た客も、店内に満ち溢れている春の香りで一瞬、戸口で足を止めるのも伺えた。

 忍も一般人も、店にいる客は皆、どこか無防備な表情を浮かべている。それも、ひどく嬉しそうに。
 それは決して、カカシにとっても悪い気分ではなかった。


「何も、春の香りは桜、ばっかりじゃないんだねえ・・・」
「当たり前だ」


 どうやら後は焼けるのを待つだけ、になったと見えて、ガイがカカシの傍らに戻って来た。


「どちらかと言えば空を見上げるより、地べたばかり睨みつけていた方だからな、俺は。フキノトウやら蓬の方が、樹の上の花よりも、春の香りという意味では馴染みがあるぞ」
「それも修行場での話?」
「おう、修行場で良く見かけたな。だが、桜餅もあれはあれで好きだぞ。うまいし」
「・・・奢らないからね、俺」
「ケチ」


 思えば、カカシに勝負を挑んでは負け、修行中にも失敗や挫折を繰り返してきた男だ。地に伏し、悔しさで涙を流している時、同じ目線に生えていた草木に、親近感を抱いていたのかもしれない。

 自分もこいつら同様、踏まれても吹きさらされても、枯れたりはしてないぞ、と。

 ───それにしたって。


「カレーなら分かるんだけどね・・・」
「ん? 何がだ?」
「イヤ、お前がカレー好きで、カレーを得意料理にしてるのは知ってるよ。けど、フキノトウ味噌、なんて季節を感じられるものにも心得がある、ってのはちょっと意外だなあって」
「失礼な。俺は風情を愛する男だ。さっきも言ったはずだぞ?
それに、これは父さん直伝なんだ。この季節になるとよく、酒のつまみに作っていたからな。以前任務で農家の手伝いをした時に、ついでに教わったと言ってたような・・・今じゃ、俺の好物だ」
「・・・ホント、仲がよかったんだね、ガイたち親子って」


 知らず知らず、口調が僻みがちなカカシである。
 が、人の感情にも案外敏感なガイは、不思議そうに眉をしかめた。


「何を言ってるんだ、カカシ。お前もサクモさんと仲がよかっただろう。
さっきの・・・ええと、蓬が何とか、なんて話、サクモさんの趣味関係だったんじゃないのか? そもそも、忍に不必要なものには興味を示さんお前だ。でなきゃ、諳んじられるはずもないだろうが、そんなもん」
「・・・・・・・!」


 思いもよらぬことを言われて、カカシはとっさに返事が出来なかった。

 確かに、サクモがまだ生きていた頃、他の国の文学について色々と教わった覚えがある。

 繊細な父は情緒豊かで、忍の心得以外にも、いろんなことを知っていた。文学もその一つで、きっと彼はそれで不遇な立場を慰めていたのだろう。
 しかもカカシ自身が、無意識のうちに諳んじることが出来るぐらいに。

 ガイから言われるまでその事実に気づけなかった一方で、ガイの方は気づいていたと言うことに、カカシは若干ショックを受けていた。
 とは言え、それを素直に表現できるような年齢を、彼はとっくに通り越している。


「・・・そんなことな〜いよお。イチャイチャパラダイス大好きだし〜」
「サクモさんが草葉の陰で泣いてるぞ・・・っと、来た来た」
「お待たせえ〜v サービスのビール2人前と、フキノトウの焼き味噌よおんvv」
「ふーん、結構いい香りだねえ。
ンじゃ、ガイの尊い労働力に、敬意を表して」
「お互いこの季節を無事に迎えることが出来た、幸運に」


 カツン、とジョッキを軽く合わせてから、カカシもガイも自分の杯を同時に空けた。

 一仕事終えた後のビールがうまい、と喜んでいるガイを尻目に、早速フキノトウの焼き味噌にカカシは箸をつける。
 苦味と、塩辛さと、春の独特な香りに、知らず知らず顔がほころぶのだった・・・。





 そもそも、好んでは山菜を口にしないカカシがフキノトウを食べたのは、あれきりになる。
 あの居酒屋にも、それから足を運んだことはない。料理はそれなりにうまかったし、値段も手ごろ、雰囲気も嫌いではなかったにも、かかわらず。

 ただ、一度きりで印象が強かったのか。そばに生えているフキノトウを見た途端、あの日の風景が一気に甦って来て、カカシを妙に落ち着かない気分にさせた。


『蕾が開ききらない方が、フキノトウはうまいんだぞ』


 酔って饒舌になった口で、そう偉そうに言っていたガイの声音すら、呼び起こされて。見れば傍らのフキノトウは、おあつらえ向きに蕾が閉じたままだ。

 チャクラが回復したところでカカシは体を起こし、そっとフキノトウに手を伸ばしかけて・・・。


「・・・っ・・・」


 自分の指先に、浅黒いものが付着していることに気づき、動作を止めた。


 周囲の穏やかさと、フキノトウへの感慨につられて忘れかけていたが、カカシは先刻、抜け忍を『処理』したところだったのだ。

 グッ、と拳を硬く握り締め、目を閉じる。
 この手で、香り高き若葉を摘み取ってはいけない、と言う思いに囚われたから。

 何をきれいごとを、とあざ笑う別の自分がいる。だが、血にまみれたこの手で集めたものを渡しても、ガイは喜ばないような気がした。

 別に、ガイを神聖化するつもりはない。どころか、彼だって血生臭い殲滅戦に赴いたことすらある。他ならぬカカシが、その見届け人として同行し、その見事なまでの徹底振りに、戦慄したぐらいだ。

 けれど・・・。

 ふとそこでカカシは、ガイに焼き味噌の調理をせがんだ居酒屋を思い出し、急にいたたまれない心境に陥る。
 そして、すぐに帰郷しなければ、と言う奇妙な義務感に襲われ、休憩もそこそこにその場を後にした。


 ───ひょっとして・・・・。






■続く■





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