moonshine  エミ




2006年07月04日(火)  クールじゃなくてかまわない。

今日は、本当に、ヒデ一色の日だった。ヒデファンを公言する私も、恋人のことすら忘れるくらい(嘘ですが)、日がな一日、彼のことばかり考えていた。

それで、ブログのほうに、情熱炸裂の長い文章を書いたわけですが・・・書きながら、読み返しながら思うのは、私って人間は、ほんとに、誰かを好きになったり尊敬したりするという行為そのものが、好きなんだな、ってことだ。

ミーハーなのか何なのかわからないが、他者に対して愛情にしろ尊敬にしろ、ものすごく夢中になる人と、他人に対していつでもけっこうクールなスタンスを持ってる人と、世の中をおおざっぱな2種類で分けるとしたら、私は間違いなく前者。

身近な人に対しては急に批判意識旺盛になったり、嫉妬したりする面があるってことも考え合わせると、自分に限っては、好き嫌いの激しいイコール、自意識のつよ〜い性格だって気もするんだけど、これって、さっきの分類の前者の人々全般にあてはまることなのかしら。どうなのかしら。

話は変わるが、日経新聞の「私の履歴書」、先月は作曲家の遠藤実さんだった。これァまたすごい連載だった。なんたって、若かりし頃、戦前戦後の貧困のさまが、かなりすごかった。1ヶ月間の連載で、その時代の話が半分ほどを占めていたことからみて、若い頃の体験、感覚って、本当にその人となりをつくるなあと思う。

今月はその連載、SF作家の小松左京さんになったのだが、彼も戦中少年だったので、最近はそのころの話が書かれている。
いま、70歳とかそれくらいの人って、大小の差はあれ、ほとんどの人が若い頃に戦時を体験している。
戦争なんて絶対いやだし、戦争体験をもたない人が増えてくるのは、本来、すばらしいことなんだけれども、やっぱり私たちのように戦争を知らない、飢えや物質の欠乏を知らない人間は、生きることに対する敬虔さ、みたいなものが足りないのかなとも思う。これは、故藤沢周平も、エッセイでそう書いていた。

大学のときに、社会学入門の講義で、「悪しき経験主義」というのを習った。不真面目な学生だった私にとっても、その講義は強烈な印象だった。
どういうことかというと、

「経験したから、わかる。
 という、それ自体は素晴らしいことだが、
 逆に、経験したことがないからわからない。経験しなければわからない。
 という考え方になると、よくない。
 だったら、麻薬の恐ろしさは麻薬をやってみないとわからない。
 人を殺してみないと、そのあとの後悔、罪悪感を感じられない。
 ということになる。
 それではいけない。人間は、たとえ経験しなくても、想像し、考えて、判断し、行動することができる生物なのだ。」

ということだった。(と、月日の経過ともに、多少、自分の解釈が入ってますが。)

たとえ幸運にして自分が体験していなくても、戦争を、飢えを、世の中のいろいろな不幸を、想像して、みんながそれを味あわないでいい社会をつくること。それがいちばん大事だ。
でも、それをどうやって作っていくのか?と聞かれると、答えに窮する。
本当は、考えるまでもなく、「人の嫌がることをしちゃいけないよ。」って思想は、昔むかしのころからあったはずなのに。
そんなあたりまえのことが共有できないことがたくさんあるって。
どうしたらいいんだろうね。
ま、私は、現代日本の犯罪は、同情すべきかけらもないものがほとんどなので、ハンムラビ法典式に、「目には目を、歯には歯を」で強烈に罰するのが、いちばん効果的だと思ってるんだけど・・・。

やや酩酊中につき、乱文失礼いたします。
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