| moonshine エミ |
| 2005年10月25日(火) 「もういいよね?」って神様が | ||||
| 8時〜22時45分、仕事。 朝になっても治らないパソコン。決意して配線解く。梱包して(うそ、トートバッグに詰めただけ)取扱説明書、ひも(コード?)、ウインドウズが入ってるっぽいCDーROMなど、なんだかよくわからないけど必要そうなものも持って、救急車(=西鉄バス)で会社へ運搬。 ICU(=集中治療室=システム部)にもっていって、ドクター(システム部の社員さん)に「うちの子を助けてください!お願いします!かわいい子なんです!」と頼み込む。「どういう症状ですか?」と聞かれ、「ウインドウズが起動しなくなって、、、買って3年半で、、、うち3年くらいは、24時間つなぎっぱなしで電源落として無くて、、、」などと説明すると、ドクター「それは、助かる見込み低いよ」と沈痛な面持ち。「とりあえず、夜に緊急オペをしましょう。お母さんは気をしっかりもって!」と言われ仕事に就く。 しかし、手術の甲斐も虚しく、パソコンのメビくん(シャープのメビウスです)は、ご臨終になりました。 いちお、メーカーに持って行ってみようとは思うけど、主治医さん(=うちの社員さんね)いわく、中のデータが取り出せる可能性はあまり高くないそうです。ここ数年の写真も音楽もマイドキュメントの数々のファイルも、消えてしまった。ボーゼン。 でも、思った。なくして困るもの、物質的に、ないと絶対に生きていけない!ってものは、実はそんなに多くないんじゃないだろうか。今の部屋に引っ越してくる前、相当な数の本を処分するときにも思ったことだ。写真とか音楽とかって「思い出」的側面が強いけど、それさえ、というかそういうものほど、なくても何とかなるものだ、記憶があるうちは。 たとえ細かいことは忘れてしまっても、覚えてることもたくさんあるし、取り戻せるものもあるし、何より、無意識のうちにでも身についてるものがある。今ここにいるその人というのは、つながって広がってきた過去によってつくられてきたものなんだよね。 何度も読んだ本、聞いてた音楽、写真に残ってる出来事たち、そういうのは覚えてる。知らず知らずのうちに生き方に影響を与えてる。覚えてないもの、それは結果的にはもう必要のないものか、逆にこれまでには必要のなかったもの。欲しければこれからまた手に入れればいい。 それにね、これはひとつのリセットかな、って気がした。「もういいでしょ?それはなくても。だいじょうぶだよね?」って神様に言われた気がしたんだよ。 ま、総括するに、財布(各種カードとか免許証とか入ってるやつ)を落としたときに比べれば、現実的な影響っていうのは全然低くって、とにかく自分の心の問題だなって思った。 それはともかく仕事も忙しくてねー。私のCPU?ハードディスク? 動かしすぎてもうすぐお湯も沸かせそうなくらいよ! 冷却ファン!! |
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