moonshine  エミ




2005年08月20日(土)  選択権はけっこう持ってる。

今朝もすごい悪夢を見た。本当に怖い夢を見たときって夜中でも目が覚めるけど、覚めたあともしばらく動けない感じがするのがとても不思議だ。

そんなこんなで9時過ぎに起き、早いなーと思いながらしばしベッドで読書。保坂和志の『草の上の朝食』(中公文庫)。これまで3,4回は読んでるし、この人の本はほかに何冊も読んでいるけど、今のところこのシリーズ(『プレーンソング』と『草の上の朝食』の2作)が一番好きだ。何度読んでもハッとする。思考の方向や広がりが。

昼になったので素麺を茹で、キムチ豆腐、昨日の大根ときゅうりの塩もみ(冷蔵庫で冷え冷えにして食べるとおいしかった。)と一緒に食べる。

その後、友人迎えにきてくれて、ドライブ。箱崎をしばし探索。自分が住んでいたマンションが取り壊されたのも然り、道路拡張のため、私の大学時代とはだいぶ景色が変わっている。私が住んでたのってもう5年以上前なんだもんなあ、実際。感傷がなくもないけれど見るとまあ満足して、方向転換して一転、柳川へ。費用対効果という観点でもっともおすすめという「若松屋」で鰻のせいろむしを食べる。うまかった・・・。鰻の骨せんべいも。

途中、ドラッグストアに寄ってもらってシャンプーとかリンスとかその他消耗品など買って、20時半ごろ帰宅、急いでシャワー浴びて、発泡酒あけて『女王の教室』見る。うう、今週も泣いてしまった・・・。これ、ドラマだからもちろん過剰につくってはあるのだけど、見るたびに、「どう生きるか、自分で選ぶ」ということを思う。天海祐希扮する教師は、生徒を抑圧するようでいて、いつも「自分で決める」ことを課している。それは大人になってからの社会生活そのものだ。

たとえば天海は「勉強をしていい成績をとり、私立の中学校に行く」ことが大事だと口では言う。それは、必ずしも間違ってはいない。今の社会の仕組みでは、そうしていったほうが「ある意味ラクに」生きられるからだ。だが、「レールに乗るために」勉強をするのか、「その都度、自分のしていることの意味を考え、そこに価値を見出して」勉強をするのか、というのではぜんぜん違う。勉強(これは、小学校で言えばスポーツ、とか、図工や音楽、と置き換えてもまったく同じ)が苦手な子もいる。だけどそこに、ただ劣等感をもち続けるか、「でも自分はこう考えるし、こういう道ではがんばれる」と自分で考えることができるようになるかというのも、ぜんぜん違う。

教師や親というのは子供にとってはある意味、絶対の存在で、大人には大人の考えや経験があって子供に接する。でもそれを、「権力がこう押しつけるから」と何の疑問も持たずに受け入れたり、あるいはそれと対峙しないでこそこそと抜け道を見つけるか、逐一、自分で考えて時には対決していくか。その選択権は必ず、ひとりひとりにあるのだ。

大人になってからもまったく同じだ。唯々諾々と権力につくか。それもひとつの生き方だ。どんな仕事をしていても、お金がなくても、食うに困るほど生存が脅かされる状況がそれほどない現在の日本では、「考える権利」というのは、ほぼ、誰にでもある。それを放棄するかしないかは、自分次第なのだ。自分の価値観を自分で作ることができる権利をもっているのだから、私はそれを大事にしたい、なぁーと思っています。このドラマ見ながら。いやー、素直でいい子な理想的視聴者やね、私って。

さて、もうすぐ深夜2時です。ベッドに横になって目をつぶってもいっこうに眠れない。原因は自分ではわかっています。ああ。

それで観念して起き上がって、ちょっとネットなどつないでみましたところ、ヤフーファイナンスに出てるうちの会社の基本情報に誤りがあることに気づいてしまった。慌てて金融庁のHPに行ってみて、EDINETで自社の有報検索。よ、良かった、原稿が間違ってるわけじゃなかった・・・。ヤフーのばか!びびらせやがって!!
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