| moonshine エミ |
| 2005年03月23日(水) 自分の文脈。 | ||||
| 毎日毎日こういう始まりで読まれるほうもいい加減飽き飽きでしょうが、朝起きられません。今朝は鶏肉とこんにゃくのオイスターソース煮を作る予定だったが、時間的な問題でこんにゃくとしいたけのピリ辛煮になってお弁当箱へ。まあ、これはこれでおいしかったわけです。 今週は三日しかない。うれしい、と言いたいが単純にそうも言い切れず、年度末まで日のないことを思えばしゃかりきになるべきところだが、午前中などは連休の余韻でどうしてもペースアップしない。 午後、仕事の用で天神へ行く。地震の際に嫌と言うほどテレビに映っていた(らしい)「繁華街にガラスの雨」を降らせた福ビルは、からだ全体を青いビニールでおおわれていました。しかし中は元気に営業中。私が天神の中でいちばん好きな本屋さん「丸善」はこのビルに入っている。本日も、用をすませたあと立ち寄り『赤ちゃんのいる日々』(よしもとばなな 新潮文庫)と「クーネル」最新号の2冊を電光石火の早業でゲット!早速読みながらバスで会社へ帰る。あと、今読みたいのは、本それ自体がダサくない、マナーの本。 戻って席に着いた瞬間からなんかイレギュラーな仕事を言いつけられたりしてあっという間に時間が過ぎる、もういつものことだ。それでも何とか10時前には会社を出て、久しぶりに(こういった場合、久しぶりって10日ぶりくらいを指します)松岡さんの店へ行く。カウンター中央には彼岸桜の見事な枝ぶり、一見、いつもどおりの店内だがやはり地震でお酒の何本かは犠牲になったらしい。 今日話したかったのは、「仕事は仕事として楽しみながら、それとは別の文脈を生きる。」という、最近ちょっと感銘を受けてしまった言葉について。私は、仕事に対してもう自分でもいやんなっちゃうくらい真面目だし(ほんと?)、一生けんめいに仕事をすることに対してある意味誇りも持っている。だけど、そのまじめさのために、必要以上に仕事によってストレスを感じてるんじゃないかな、と思うときがある。そんなわたくしにとって、この言葉は深い示唆を与えてくれる。でも、書きながら思ったけど、私ってそんなにまじめだったっけ。 グレンフィディック、カリラ、アードベッグ飲んで1時頃帰り、寝ぼけながらお湯を沸かしてカップラーメン食べ、寝ぼけながら米を炊き、寝ぼけながら朝するはずだった料理を作って、片づけ、寝ぼけながら洗濯機のスイッチを入れてシャワー浴び、寝ぼけながら干して、髪の毛を乾かすのもそこそこに寝る。 |
||||
| << | □ | >> | ||||